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『人間は忘れる動物である』(2)


Q社での就労後問題(日記から)

2012年1月23日(月)

会社では、どうしてこうも、聴覚障害者のことは
忘れられるのだろうか。

『会社の朝礼でさせられる「聞いているフリ」の辛さ』
 〔2011-09 -18 01:58〕
参照。

『健聴者にとって、聴覚障害者は面倒くさい存在?』
 〔2011-10 -04 21:58〕
参照。

会社にとって、聴覚障害者障害者は、
透明人間か、それとも案山子(かかし)なのか。

『聴覚障害者者は『透明人間』なのか』
 〔2011-09 -08 22:07〕
参照。


いずれにしても、私はそこでは、
人間として存在していないかのようです。

OさんもYさんも、筆談ボードで内容を伝えることを、
すぐ忘れてしまっていた。

新しく配属された社員のMさんは、
最初はきちんと書いて伝えていてくれたので、
私は感心していました。
しかし今では、それも変わり果ててしまいました。

3ヶ月もすると、全く書かなくなってしまったのです。
私にとっては、喜びから悲しみに変わる瞬間だ。

やはり、会社が組織的に取り組んでいないと、
皆同じになってしまうのだ。

それを見ているM係長だって、もう何も言いません。
M係長は自分だけ続けています。

要するに、聴覚障害者への合理的配慮は
個人の道徳意識の問題だと、
M係長でさえ割り切っているのだろう。

会社であっても、道徳心は強制できることではない、
という方針なのだろう。

私だってもう、言うのもイヤになった。
だから、もう諦める。
こんなストレスの溜まることにいつまでも付きあうなんて、
疲れたのです。


『人間は、忘れる動物である』

この言葉は、真実だ。
この会社に入って、もう1年以上も過ぎている。
昨年の今頃には、

「朝礼、その他で、大事な話をした場合には、
職場に置かれているホワイトボートに、
話されたことの内容を書いて伝えて下さい」

と皆にきちんと伝えていました。
(人事部も介入しました)

しかし、現実には、そうした対応があるのは
最初だけです。
だんだんと、3ヶ月も過ぎれば、
忘れられていくのです。

Oさんはなかなかやらなかったが、
Mさんは、最初はしていました。
しかし3ヶ月も過ぎた今は、もう忘れてしまった
ようです。
こうしたことは皆、面倒くさくなるし、
忘れてしまうものです。
あれほど言い続けてきたことなのに。

だからプロの通訳者が必要だという理由は、
健聴者にはわからないものです。

それがわかるのは、被害者である聴覚障害者と、
支援の具体性を理解している通訳者だけなのです。

でも、もうこんなことは考えるのも疲れてきた。
忘れようか…。
自分が、皆と同じ人間だということも…。

いっそのこと、死ねばこんな悩みもなくなるだろうが…。
by bunbun6610 | 2012-01-23 23:10 | C.クレジットカード会社

ある障害者から見た世界


by bunbun6610