日本語文化と、デジタルテレビ放送の全文表示字幕にウンザリ
2011年 08月 09日
「一歩前へ」
「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」
これは、会社の男性トイレの中の張り紙文句です。
昔は、このような丁寧な言い方ではありませんでした。
「トイレを汚さないでください!!」
(命令口調でハッキリと)
それがだんだんと、
「トイレをきれいに使いましょう」
(「!!」の使用も止めている)
に変わり、現在は冒頭のような、丁寧語になってきています。
最も言いたいことというのは
「トイレの使い方が悪くて汚くなり、次の人が気持ちよく使えなくなるので、
皆できれいに使ってください」
ということには変わりないのですが、言い方が物柔らかになったというか、
オブラードで包んで、読み手に差し出してあげているような表現になっています。
「察する文化」だとも言われたりしています。
日本語文化って、こういう方向にも絶えず、進んでいるのかもしれません。
言葉の使い方がマナー、モラル意識の向上とも関係しているのだと思いますが。
でも、それって、ホントにマナー、モラルがいいということなのでしょうか?
私は、そこが疑問に思っています。
もちろん、それとは逆方向の日本語も増えていますが。
当ブログ『「コミュニケーション力」とは』(2011-04-12 21:04)のテレビで
観たのですが、そのときの日本人の言い方に対する、外国人の見方がナルホド、
と思いました。
その外国人は、医者が「○○です」と、傷病名をハッキリと言わないので、
イライラしたという経験を話していました。
日本人のハッキリしない言葉の使い方を「湾曲表現」と批判的な見方をしていました。
そういう見方は、アメリカ人でもヨーロッパ人でも、インド人でも中国人でも、
ほとんど同じらしい。
なぜ、日本人だけが違うんだろう?(笑)
日本語の言語文化は、同じ日本人である聴覚障害者からも、すこぶる評判が
悪いのですが、健聴者の皆さんは、知っていましたでしょうか?
聴覚障害者がそう感じるのは、当たり前です。
ただでさえ、聞こえないのに、日本の健聴者は語彙数が多い日本語を話され、
しかも長ったらしくて何を言いたいのか、なかなかハッキリと言おうとしません。
自己主張がないほうが無難、そのほうがやさしいと思っているからでしょうか。
あるいは、誰にも非難されたくないような自己防衛的な言い方しか、
しようとしないのが日本人の性(さが)なのかも。
原発事故後に、テレビに毎日出てきた、原子力保安院のメガネ男の説明にも、
字幕付き放送で見たときは、本当にウンザリしました。
あれは全文表示の字幕になっていましたが、「もう見たくないな」と思いました。
大事な情報なので、見ないわけにはいかないのですが。
あれは健聴者もウンザリしたのではないかと思いますが、中途難聴者から
「健聴者の場合は、聞き流すことができる。大事な情報だけ聞き取ることができる」
と聞きました。
もしそうなら「健聴者は、何ていい耳をしているんだろうなぁ」と思います。
反対に聴覚障害者は、あのデジタル放送の字幕は、種類にもよりますが、
なかには非常に見づらいものもあるのです。
ただ字幕がつけばいいのではなく、話し手の話し方の工夫も必要だと、正直に思います。
「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」
これは、会社の男性トイレの中の張り紙文句です。
昔は、このような丁寧な言い方ではありませんでした。
「トイレを汚さないでください!!」
(命令口調でハッキリと)
それがだんだんと、
「トイレをきれいに使いましょう」
(「!!」の使用も止めている)
に変わり、現在は冒頭のような、丁寧語になってきています。
最も言いたいことというのは
「トイレの使い方が悪くて汚くなり、次の人が気持ちよく使えなくなるので、
皆できれいに使ってください」
ということには変わりないのですが、言い方が物柔らかになったというか、
オブラードで包んで、読み手に差し出してあげているような表現になっています。
「察する文化」だとも言われたりしています。
日本語文化って、こういう方向にも絶えず、進んでいるのかもしれません。
言葉の使い方がマナー、モラル意識の向上とも関係しているのだと思いますが。
でも、それって、ホントにマナー、モラルがいいということなのでしょうか?
私は、そこが疑問に思っています。
もちろん、それとは逆方向の日本語も増えていますが。
当ブログ『「コミュニケーション力」とは』(2011-04-12 21:04)のテレビで
観たのですが、そのときの日本人の言い方に対する、外国人の見方がナルホド、
と思いました。
その外国人は、医者が「○○です」と、傷病名をハッキリと言わないので、
イライラしたという経験を話していました。
日本人のハッキリしない言葉の使い方を「湾曲表現」と批判的な見方をしていました。
そういう見方は、アメリカ人でもヨーロッパ人でも、インド人でも中国人でも、
ほとんど同じらしい。
なぜ、日本人だけが違うんだろう?(笑)
日本語の言語文化は、同じ日本人である聴覚障害者からも、すこぶる評判が
悪いのですが、健聴者の皆さんは、知っていましたでしょうか?
聴覚障害者がそう感じるのは、当たり前です。
ただでさえ、聞こえないのに、日本の健聴者は語彙数が多い日本語を話され、
しかも長ったらしくて何を言いたいのか、なかなかハッキリと言おうとしません。
自己主張がないほうが無難、そのほうがやさしいと思っているからでしょうか。
あるいは、誰にも非難されたくないような自己防衛的な言い方しか、
しようとしないのが日本人の性(さが)なのかも。
原発事故後に、テレビに毎日出てきた、原子力保安院のメガネ男の説明にも、
字幕付き放送で見たときは、本当にウンザリしました。
あれは全文表示の字幕になっていましたが、「もう見たくないな」と思いました。
大事な情報なので、見ないわけにはいかないのですが。
あれは健聴者もウンザリしたのではないかと思いますが、中途難聴者から
「健聴者の場合は、聞き流すことができる。大事な情報だけ聞き取ることができる」
と聞きました。
もしそうなら「健聴者は、何ていい耳をしているんだろうなぁ」と思います。
反対に聴覚障害者は、あのデジタル放送の字幕は、種類にもよりますが、
なかには非常に見づらいものもあるのです。
ただ字幕がつけばいいのではなく、話し手の話し方の工夫も必要だと、正直に思います。
by bunbun6610
| 2011-08-09 22:12
| 情報保障(テレビ字幕)