聴覚障害者バリアフリー論を始める前に、ちょっと興味深い話があります。
それは、聴覚障害者のバリアフリー意識について、です。

当ブログ2011年3月30日では、聴覚障害者にはさまざまな人がいる、ということを述べています。
当然、生き方、考え方、聴覚障害者心理も人それぞれです。

あるろう者は、こう言いました。
「耳が聴こえないということは、不幸ではありません」
その後にさらに続けて話す言葉も、人により違いはありましたが、ろう者というカテゴリーでは、あまり大きな
差異は感じられませんでした。

例えば、
「(私は耳が聴こえないということは)不自由とも不便とも思いません」
と言う人がいますし、
「少し不便に感じることもあります」
と言う人もいます。
自分たちろう者と聴者との生活上の違いについても、当たり前だとか、自分はろう者に生まれた運命だから、
というように、少なくとも中途失聴者や難聴者から見れば、わりと楽観的に考えているように思えるのです。

これは彼らが、生まれつき耳が聴こえず、音の世界を知らない、という経験が大きく影響した思考だと
思います。
あるいは、彼らの視点ではそのようには考えておらず、むしろ自分たちにとっては、音がない世界が
当たり前だと思っているのかもしれません。


では、音の世界もある程度知っている聴覚障害者である、難聴者や中途失聴者ではどうなのかというと、
考え方、心理は大きく違っているのです。

音の世界も知っている難聴者は、音を聴くこともできるし、できないこともあるし、あるいは音は聴くことが
できても、言葉の聞き分けができないためにコミュニケーションが難しかったりします。
それは、難聴者独特の体験です。
この状態で長期間の生活を続けていると、心理状態が健聴者とは変わってきます。
よく「難聴者心理」と呼ばれています。
それは、健聴者にもろう者にも大変理解が難しく、複雑な心理です。

中途失聴者は、聴こえる状態から聴こえなくなる、つまり自分の聴覚機能を失っていく、という経験をしており、
そのプロセスも人により、さまざまです。

わかりやすい例で言うと、中途失明者の心理にも似ている、と言われています。
その心理がどのようになるかは、失聴への過程だけでなく、本人の社会適応力とか、周囲からどのような
支援が受けられるか、にもよると思います。
支援を受けられるのがあまり遅ければ、本人が立ち直るのは難しくなることもあります。

『基礎からの手話学』(神田和幸,藤野信行/編著,福村出版,1996年6月20日初版発行)という本に
よれば、中途失聴者の心理的状況は「ショック期」「否認期」「混乱期」「受容期」の4つの時期(4段階)が
ある、と説明されています。

このようなことは決して机上理論などではなく、私も体験しています。
この心理状況を描いた例としては、例えば『セント・オブ・ウーマン』という映画もそうだと、私は思っています。
(→http://movie.goo.ne.jp/movies/p10237/story.html)

障害は異なりますが、ああいった、普通に人にはなかなか理解しがたい心理状態を経験する点では、
中途失聴者も同じです。

また、『中途失聴者と難聴者の世界』(山口利勝/著)が、詳しいと思います。
 →http://www.amazon.co.jp/%E4%B8%AD%E9%80%94%E5%A4%B1%E8%81%B4%E8%80%85%E3%81%A8%E9%9B%A3%E8%81%B4%E8%80%85%E3%81%AE%E4%B8%96%E7%95%8C%E2%80%95%E8%A6%8B%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%AF%E5%81%A5%E5%B8%B8%E8%80%85%E3%80%81%E6%B0%97%E3%81%A5%E3%81%8B%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85-%E5%B1%B1%E5%8F%A3-%E5%88%A9%E5%8B%9D/dp/4834805107


ちなみに以下は、上の『基礎からの手話学』より引用しました。

「c.中途失聴者の障害受容
中途失聴者は、障害を受けてから、それを受容し、再出発するまでの間の心理的状況はさまざまであり、
この心理的過程を4段階に分けることができる(図1-2参照)。
第一段階は障害の発生から失聴宣言を受けるまでで、医療を中心とした時期である。
第二段階は将来の見通しが立たず悶々とした日々を過す心理的葛藤の時期である。
言うに言われぬ不安感、周囲の者に対する依存、そして劣等感にさいなまれるもっとも辛く苦しい時期でも
ある。
第三段階は生きる意欲や目的を見出し新たな人生を踏み出す障害受容の時期である。
この頃になると「読話訓練」、「聴能訓練」、「手話訓練」などにも積極的に取り組むようになる。
第四段階は職業決定の段階で、既婚者であれば経済的基盤の確立が成るか否かの瀬戸際に立たされる
時期でもある。
すべての人が同様の過程をたどるとはかぎらないが、中途失聴者の社会復帰までには数年を要するのが
普通である。」

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# by bunbun6610 | 2011-04-23 21:32 | バリア&バリアフリー
最近、会社で上司と仕事についての話をしました。

私;「この前まで『ミスゼロ運動』ってやっていましたが、
ミスはどうしてなくならないのですか?」

上司;「一人目のチェックでOKだと、その次の人、3人目、4人目も
「前の人がチェックしたんだから、大丈夫だろう」
と思い、油断する。だから、一人目が重要だ」

私;「ミスは誰にだって起こりえますよ。
そもそも、最初の人はやることが多いので、
この時点からミスゼロにするのは難しいのでは?

それよりなぜ、2番目、3番目、4番目の人でミスが
でないようにできないのでしょうか?」

上司;「…」

私;「それでは2番目、3番目、4番目の人がいても、あまり
意味がないのでは? 会社が考えるべき問題だと思います」

上司;「…」

この話をした後、また思い出して

「これだって、六本木ヒルズ回転ドア事故と同じだろうなぁ」

と思ったものです。

ドア製造会社がつくった立派なドアだから、
森ビルは安心していたし、利用者も不安には思っている
人がいたとはいえ、まさかそんなに
安全軽視のドアとは思わなかったでしょう。

それと同じことが、日常的にも繰り返されている例だと思いました。

私の上司の言っていることは決して

 「一番目の人の責任」

というわけではなくて、

「一番目が重要」

と言っています。

でもそれだからと言って

「後の人はさほど重要ではなくなる」

ということでもないです。

「油断」かぁ…(その油断だって「無関心から」かも?)。
でもそれで死んだり、犠牲になる人はたまらない。

東京は福島原発の電気で多大な恩恵を受けていますが、
事故で大被害を被った福島の人はたまらないはず。

原発問題も是非、みんなで考えたいものです。

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# by bunbun6610 | 2011-04-23 13:06 | 原発問題
 ―『人間のコミュニケーションの無限性と、危機を乗り越える力』―

回転ドア事故を体験する前まで、
私は障害者という自分の古い概念、
すなわち卑屈な自分の殻の中に
閉じこもっていました。

子どものころに聞いた「不具者」、
こういう言葉が差別語だということも知らず

「障害者は健常者よりも劣る人間。
だから誰にも迷惑をかけないように生きなくてはならない」

とか

「障害者は健常者の邪魔にならぬよう、
おとなしく働いているべき」

と考えていました。

私はいわゆる、誰が見ても「真面目な人間」でした。
でも、その真面目さは「正しい」という意味ではありませんでした。

他人から褒められていても
「それは表面的な善に過ぎない」
ということを、私は回転ドア事故で知りました。

自分の中にある劣等感や怯えは、
正しさの動機ではないとも気づいたのです。

私は

「あの回転ドアは、危ないんじゃないか?」

と気づいていたのに、会社の人の誰にも言う勇気が
ありませんでした。

その頃、私は自分の情報保障も通訳者支援も、
全く何も知りませんでしたから

「自分のような障害者は、周囲の健聴者と
コミュニケーションができなくて当たり前なんだ。
自分はこのまま一生、我慢して生きて
いかなくちゃいけないんだ」

と思っていました。

今思うと、それは大変な間違いです。
自分の悪しき殻の中に閉じこもっていただけに
過ぎません。

でも、聴覚障害者への情報保障や通訳について、
本当に何も知らなかったのだから、自分をそんなに
責めることはやめました。

むしろ、こうした状況を放置している社会に問題がありはしないか、
と気づくようになりました。

そのきっかけとなったのが、

 ・回転ドア事故、
 ・故佐々木正さん(→http://www.muse-meson.com/Ganesh/ganesh.html)、
 ・国連・障害者権利条約の新しい考え方

の3つでした。

「あの回転ドアは、危ないんじゃないか?」

と一人でも気づいたのなら、それが誰であろうと、
素直に他の人に伝えられる人間社会でなくてはいけません。

でなければ、ヒューマンセンサーなんて、あっても意味がないのです。

会社は、さらに範囲を大きくすれば社会全体は、
そうでなくてはなりませんでした。
人が大勢いるだけでは、ただ見ているだけでは、
事故は防げませんでした。

ここでも、人間社会で最も大事なのは、
そうしたコミュニケーションができる環境だったのです。

事故前の森ビルは、社内コミュニケーションがダメでした。
無関心は真のコミュニケーションを生みませんが、
その反対はコミュニケーションを無限に広げていきます。
大きな差があります。

それは、一人一人の努力から、また社会全体でも努力し、
築いていくべき、人類の大きな財産だと思います。

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# by bunbun6610 | 2011-04-22 21:28 | 六本木ヒルズ回転ドア事故

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610