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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
今度のデフリンピック開催は、実は今年の7月18日~30日
に決定している。
(第23回夏季デフリンピック)
開催地はトルコのサムスンだという。


http://www.jfd.or.jp/sc/samsun2017/



実は2011年冬季デフリンピックが資金難で、
突然の開催中止に追い込まれた経験もあるという。
知名度が低いだけでなく、支援が乏しい中での運営らしい。


(スロバキア・ハイタトラス
2011年2月10日~2月20日〔開催中止〕)
http://www.jfd.or.jp/deaflympics/games/timeline.php


ところが、2020年東京オリンピック・パラリンピックで、
手話が注目されるとか騒がれている。

『東京オリンピックへ向けて今、
手話が少しずつ注目されてきている?!』
〔2017-04 -14 19:00〕

しかし、東京でデフリンピックが開かれる予定はまだない。

Eテレ『バリバラ』でも、パラリンピックのことでは
バリアフリーのことで騒がれていた。

5月7日(日)夜7:00放送
Eテレ『2020年 東京パラリンピック応援企画』
http://www6.nhk.or.jp/baribara/lineup/single.html?i=422#top


しかし、『デフリンピック』のほうは、どうだろうか?
『バリバラ』を長い間観ていても、

「聴覚障害者は仲間外れみたいだ」

という印象を受けるのは、私だけだろうか?
他の障害との違い、特殊性を大いに感じる。

実際に、近年放送された番組内容を見ると、
聴覚障害者が全然出てこない。
しかも、生番組だと字幕が追いつかなくて、
ますます観る気がしなくなる。

「本当にバリアフリー番組なのか?」

と疑いたくなる。

「テレビ朝日のほうがまだましではないのか?」

と思う日もある。


ところで、デフリンピックの参加資格を調べてみた。



参加資格
http://www.jfd.or.jp/deaflympics/games/about.php


「デフリンピックへの参加資格は、音声の聞き取りを補助
するために装用する補聴器や人工内耳の体外パーツ等
(以下「補聴器等」という)をはずした裸耳状態で、
聴力損失が55デシベルを超えている聴覚障害者で、
各国のろう者スポーツ協会に登録している者とされて
います。
また、競技会場に入ったら練習時間か試合時間かは
関係なく、補聴器等を装用することは禁止されています。
これは、選手同士が耳の聞こえない立場でプレーすると
いう公平性の観点によるものです。
(国際ろう者スポーツ委員会 オージオグラムに関する
規則2. 参加資格に関する規則 第2.1版 改訂版
- 2009年11月13日第1.0版公開 - 2001年7月31日
 ※一般財団法人全日本ろうあ連盟:訳)」




ここで言う、スポーツ委員会とは、
「一般財団法人全日本ろうあ連盟 スポーツ委員会」
のことのようだ。

http://www.jfd.or.jp/sc/about

となると、全日本ろうあ連盟の会員であることが
前提条件になると思う。
それには、地域の聴覚障害者協会(ろう協会)にも
加入しなくてはならない。
この団体は難聴者でも入会することはできるが、
実態は重度聴覚障害者(ろう者)が主体となって
いる団体で、難聴者は少ない。
その会員資格には、私の所属している会則によれば、
次のようになっている。



「正会員とは、○○○○内在住の聴覚障害者で、
本会の趣旨に賛同して所定の手続きを経て入会した
者をいう。」


上の文言を厳密に捉えるならば、「聴覚障害者」とはやはり、
日本の障害認定をクリアしている「障害者手帳保持者」
を指すのだろう。



http://www1.plala.or.jp/t_nishimura/tyoukaku.htm



http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/shougaishahukushi/shougaishatechou/


ところが、日本の身体障害者認定基準では、
デフリンピックの参加資格とは差が大きいのだ。

聴覚障害で身体障害者手帳が保持できる者は、
日本の場合は6級以上に該当することが条件なのだが、
この6級でさえ

「1.両耳の聴力レベルが70dB以上のもの
(40cm以上の距離で発声された会話語を理解し得ない
もの)
2.一側耳の聴力レベルが90dB以上、
他側耳の聴力レベルが50dB以上のもの」

となっている。
日本の障害者手帳取得基準は国際基準
デフリンピック参加資格である55dBよりも、
圧倒的に高いのである。
これって、おかしくないだろうか?


ちなみに、全日本ろうあ連盟の正会員数は、
昔聞いた話では2万人強だとか。
しかもスポーツ委員会加入者数は、
さらに少なくなるのだ。
そのなかの選手だけが、参加資格があるということになる。
だから、日本のような厳しい基準では特に、
選手層が薄くなるのではないだろうか?


55dB以上という聴力基準では、
日本では手帳保持者という意味での聴覚障害者
には該当しない。
先進国では、もっと低い国が多いようなのだが。
基準が低い国の方が当然、
デフリンピック選手層も厚くなるはずだ。
日本では「難聴」と言われる多くの人が、
ろう者スポーツ協会に登録していない現状なの
ではないだろうか?
他国に比べて聴覚障害の認定基準が異常に高い
日本は、このハンディも存在することにならない
だろうか?
日本の聴覚障害の認定基準が、デフリンピックでの
日本選手のメダル獲得数に影響しているかもしれない。

https://www.jfd.or.jp/deaflympics/games/timeline.php

https://www.jfd.or.jp/deaflympics/results/results.php




参考に、
世界各国の聴覚障害認定基準について、
書かれているものが幾つかある。



ひとりごと
『手帳のない難聴者(追記あり)』

http://blog.goo.ne.jp/papipupepo12/e/e4217656ab16386c6d9f9c855a1d85f3



『スウェーデンの聴覚障害者 ―日本との比較を通じて』
(水野映子)

http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/watching/wt1009.pdf#search=%27%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%E3%82%B9%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%27



『聴覚障害の認定方法に関する意見』
(〔一社〕全日本難聴者・中途失聴者団体連合会)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/2014082703_2.pdf#search=%27%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%27




『国際比較からみた日本の障害者政策の位置づけ
−− 国際比較研究と費用統計比較からの考察 −−』
(勝又幸子)

http://www.ipss.go.jp/syoushika/bunken/data/pdf/18879202.pdf#search=%27%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%E3%82%B9%E3%82%A4%E3%82%B9%27




ドイツの法定雇用率は5%
フランスは6%
障害認定はデシベル値よりも、医師の診断が重要?
http://www.nivr.jeed.or.jp/vr/vrwebreport-pdf3-1.pdf#search=%27%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E8%AA%8D%E5%AE%9A%E5%9F%BA%E6%BA%96%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%B9%27



NAVERまとめ
『聴覚障害の本当のところを知ってほしい』
https://matome.naver.jp/odai/2139366509071825501



ADまとめ
『エッ?こんなに違うドイツと日本の障害者の在り方』
http://stone-roses.org/matome/499




ちなみに、聴覚障害を持ちながらオリンピックに
出場してきた選手の中に、
オーストリアのシュリー・レンツァウアーがいる。



グレゴア・シュリーレンツァウアー - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B4%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%84%E3%82%A1%E3%82%A6%E3%82%A2%E3%83%BC


グレゴア・シュリーレンツァウアー
(Gregor Schlierenzauer、1990年1月7日 - )
はオーストリア、チロル州インスブルック出身の
スキージャンプ選手。


プロフィール
1990年1月7日、インスブルックでポール・シュリーレンツァウアー
とアンジェリカ夫妻の長男として生まれた。
姉グロリアと弟ルーカスがいる。
彼には生まれつき左の耳に聴覚障害がある。
8歳の時SV Innsbruck-Bergisel clubでスキージャンプを始めた。
伯父のマルクス・プロック(リュージュのオリンピックメダリストである)
がマネージャーとなり、2001年にフィッシャーと、
その数年後にはレッドブルとスポンサー契約を結んだ。
2005年のノルディックスキージュニア世界選手権に
出場し団体戦4位、個人戦20位だった。
2006年のジュニア世界選手権(スロベニア、クラーニ)では
個人戦、団体戦ともに金メダルを獲得。
同年3月には日本で行われたFIS-Cupに出場、
宮様スキー大会のノーマルヒル(宮の森ジャンプ競技場)
で優勝するなど実力の片鱗を披露した。
これらの活躍によりアレックス・ポイントナーコーチにより
ナショナルチームに招集され、3月12日にホルメンコーレン大会
でスキージャンプ・ワールドカップデビューを果たして
24位となった。

2006年のスキージャンプ・サマーグランプリでは
1勝をあげて総合5位となった。
2006年12月3日のリレハンメル(ノルウェーでワールドカップ
初優勝。
2007年1月7日、ビショフスホーフェンで17歳の誕生日を
優勝で飾り、ジャンプ週間総合ではアダム・マリシュに次いで
2位となった。
世界選手権では団体金メダルを獲得した。
このシーズン、ワールドカップでは5勝をあげて総合5位となった。
2007年のサマーグランプリでは2勝して総合3位となった。
2007-2008シーズンも開幕から好調で常に一桁順位に
入っていたが開幕から6連勝するなど絶好調の同僚トーマス
・モルゲンシュテルンの陰に隠れる形だった。
2008年1月1日のガルミッシュ=パルテンキルヒェンで
このシーズン初勝利をあげた。
しかし地元インスブルックの第3戦は強風でビショフスホーフェン
に変更となり5位、第4戦では2本目に進めず42位となり
ジャンプ週間は12位に終わった。
2008年2月のスキーフライング世界選手権では個人、
団体の2冠を獲得、シーズン終盤には4連勝するなどして
結局ワールドカップ総合でモルゲンシュテルンに次ぐ2位となった。
またプラニツァのフライングで233.5mのオーストリア記録
をマークした。
2008年のサマーグランプリでは5勝して総合優勝を果たした。
2008-2009シーズンは開幕からシモン・アマンが絶好調で、
総合首位を走ったが、シュリーレンツァウアーも常に上位に
入って好調を維持していた。
2009年1月17日のザコパネ(ポーランド)から2月11日の
クリンゲンタール(ドイツ)まで6連勝を記録、
これはヤンネ・アホネン、マッティ・ハウタマキ、モルゲンシュ
テルンに次いで史上4人目である。
世界選手権ではノーマルヒル個人で銀メダル、団体金メダル
を獲得、シーズンではともに新記録となる13勝、
2083ポイントをあげで総合優勝を達成したが、
シーズン終了後の3月25日にラムソーで用具のテストジャンプ
を行っている最中に転倒し右ひざ靭帯を断裂する重傷を負った[1]。
すぐに手術を受け[2]、6月にはジャンプのトレーニングを
再開した[3]。
8月には復帰してすぐにサマーグランプリで優勝し、
けがの影響を感じさせなかった。
2009-2010シーズンも開幕から好調でワールドカップの
総合をシモン・アマンと激しく争い、2010年1月22日には
史上五人目の通算30勝に到達した。
2010年バンクーバーオリンピックでは、ノーマルヒル個人
・ラージヒル個人両種目で銅メダルを獲得した。
オリンピック後は4連勝したアマンに水をあけられ、
ワールドカップ総合2位に終わった[4]。
2010-2011シーズンは開幕から彼としては不調で11月と
12月は10位以内に入ることが出来ず、その上練習中に
右膝靭帯を痛めてしまった[5]。
しかし半月後には練習を再開し、ジャンプ週間の後半
インスブルックからワールドカップに復帰した。
2月12日と13日のヴィケルスンのフライングで連勝、
2月12日には243.5mのオーストリア記録をマークした。
2011年ノルディックスキー世界選手権では個人ノーマル
ヒルこそ8位に甘んじたが団体2種目優勝、個人ラージヒル
では同僚モルゲンシュテルンを僅か0.3ポイント差でかわして
金メダル獲得と活躍した。
3月18日のプラニツァでシーズン3勝目、同20日の最終戦
4位となり、ワールドカップ総合9位まで順位をあげてシーズン
を終えた。
2011-2012シーズンもサマーグランプリから好調で常に
表彰台を維持、冬のシーズンに入っても優勝争いの常連で
スキージャンプ週間では自身初の総合優勝を達成した。
2012年2月4日、ヴァル・ディ・フィエンメでのラージヒルで
優勝、マッチ・ニッカネンに次いで史上二人目の個人通算
40勝に到達した。
この後やや勢いが失われ、2012年スキーフライング世界
選手権では団体で金メダルを獲得したもののワールドカップ
総合では結局アンデシュ・バーダルに及ばず2位となった。
2012-2013シーズンも開幕から好調を維持、シーズン
5勝目でスキージャンプ週間を2年連続で制覇すると
次の焦点はニッカネンの通算勝利数に移った。
1月26日にヴィケルスンで行われたスキーフライングで
勝利して46勝のタイ記録、2月3日のハラコフで47勝の
新記録を達成した。
2013年ノルディックスキー世界選手権では金メダル1個、
銀メダル2個を獲得。
さらにホルメンコーレン大会で優勝、3月22日のフライング
で通算50勝に到達し2度目のワールドカップ総合優勝を
達成した。


冬季オリンピック成績

金メダル
2010 バンクーバーラージヒル団体


銀メダル
2014 ソチラージヒル団体


銅メダル
2010 バンクーバーノーマルヒル個人
2010 バンクーバーラージヒル個人



だいぶ前の話になるが、バンクーバー冬季オリンピックで
滑降する直前に、シュリーレンツァウアーが手話を使って
いる場面を見た、という、ろう者からの証言があった。
ただ、彼にも聴覚障害はあるといっても、
その障害程度でデフリンピックの出場条件を満たしている
かどうかまではわからない。
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# by bunbun6610 | 2017-05-16 21:04 | ろう者世界

ろう者の「やせ我慢」


このところ、職場の若いろう者の、
理解しにくい面を記事に書いていますが、
そのことで思い出したことがあります。

以前に、聴覚障害者団体、手話・要約筆記通訳の
団体等が開催している
『聴覚障害者労働問題学習会』に参加したことが
あります。
そこで、ハローワークに勤務し聴覚障害者支援を
行っている手話通訳者の方の話がありました。

「年配のろう者は手話通訳を依頼するのに、
最近の若いろう者は、手話通訳を依頼しようと
思わない人が増えている」

こういうふうに話していたのです。

これに関連して思い出すのは、
■社にいた若いろう者Aさんです。

私がAさんに

「職場の人に手話を使ってもらうとか、
手話通訳は要らないのか?」

と聞きました。
すると驚いたことに、Aさんは次のように
言いました。

手話なんて要らないよ。
口を見てわかるから。
だから、手話通訳も要らない


ところが、Aさんはその数ヵ月後には
職場放棄し、退職してしまいました。

Aさんは会社の障害者雇用を進める人事部
に所属していたのですが、
辞める頃にはなぜかミーティングの時間でも
一人だけ参加せず、
やる気なさそうにボーッとして、
自分の座席に座っていたままだったのを
見かけました。
Aさんは、会社に任された仕事をやる気が
なくなっていました。

一体、若いろう者はなぜこうなってしまってまで、
変な我慢をし続けるのだろうか?

職場で自分の聴覚障害をごまかしたツケは結局、
自分が払うだけで終わるというのに。

これは自分にとっても、また会社にとっても、
かなり痛い代償になるはずだ。


「口を見て分かるから」

という理由を、最近の若いろう者はよく言います。
しかし、会社で聴覚障害者の就労場面に立会い、
支援をしてきた手話通訳者は、
次のように話していました。

「最近の若いろう者は、
健聴者と話が通じていないのに、
『口を見て分かる』と言い続けている。
おかしいと思う」

そして、通訳を利用することを勧めてみても、
若いろう者はなぜか、拒み続けるのだという。

当ブログにも、過去に次のような話を掲載しています。

『会社の飲み会にも通訳者は派遣できる』
〔2011-07-12 00:01〕


そこでは、大企業に勤めている人事部の
若いろう者が、(メールで)次のように話しています。


「コミュニケーションが円滑になっているとは
言えませんが、皆さんも筆談など、
やってくださってるので手話通訳者を
呼ぶ必要ないと思っております。
考え方は人それぞれだと思います」
(原文のまま掲載)



まぁ確かに「考え方は人それぞれ」なのでしょう
けれども、自分で通訳者を呼ぶ聴覚障害者も
勿論います。
私もそうだし、そのほうがよくわかります。
と言うより、呼ばないと会話の内容が全く
わからないし、参加するのがかえって苦痛
だからです。

ちなみに上のろう者の答えを読んで、
読者の皆さんは「曖昧さがある」と思いませんか?
私なら、思います。
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# by bunbun6610 | 2017-05-16 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

悪魔の声

Readyfor
ろう者と聴者がつながる場・手話カフェバーを杉並区にオープン!
https://readyfor.jp/projects/nokcafebar


手話カフェ・ノックカフェバー
東京都杉並区浜田山1-23-7 イオニック浜田山1階
浜田山駅から徒歩4分



■ 具志からのコメント
具志が初めて働いた会社には手話が分かる人は
一人もいませんでした。
想いが通じず不安な中、勇気を出して同僚たちに
手話を教えました。
徐々に手話で会話ができるようになった経験を
持ちます。
その時から『ろう者』『聴者』関係なく、手話で『障害』
の壁を取り壊したいと考えるようになりました。


■ 近藤からのコメント
近藤は補聴器があれば僅かな音が聴き取れます。
中学生のとき自分は『聴者』でも『ろう者』でもないと
悩み、不登校になりました。
そんなときに出会った手話。
聴こえる、聴こえないに関わらず、コミュニケーション
が取れる手段を知り、聴者の友達にも伝えたいと思い、
学校に復帰。
今でも多くの人に手話の魅力を伝えたいと考えて
います。



健聴者に本物の手話を学んでもらうために、
一つだけ守った方がいいことがある。
それは、双方が声を使うことをやめることだ。


〔関連記事〕

『日本人健聴者が手話を覚えられない理由』
〔2014-07-14 18:30〕



決して、

「普段の生活で音声会話を一切やめなさい」

と言うつもりはない。
ただ、今までに何人かの聴覚障害者
(中でも、手話を母語としているろう者が多い)
を見てきた中で、
手話やジェスチャーなどのコミュニケーション手段
で健聴者と問題なく話してきた聴覚障害者は、
やはり声を全く使っていなかったからである。


私が以前にいた職場で、A県立ろう学校を卒業
しているTさんという人も、そうだった。
彼は、実は少ししゃべれるという。
しかし、仕事でも声を全く使わない。
なぜかと聞いたら

「必要ない」

と答えていた。

だが、それだけではないと思う。
声も使う聴覚障害者である私を見て、
彼は無視していた。

彼が声を使うのをやめたのには、理由がある。
職場の皆に、対等のコミュニケーション手段を
身につけてほしかったからだろう。

反対に、私はコミュニケーション手段を
健聴者に合わせようとしたために、
様々な問題点が起きた。

結局私は、会社からは解雇通告を受け、
その職場を去ることになった。
妥協の産物が、これだったのだ。



『就労後の聴覚障害者問題C』



『就労後の聴覚障害者問題G』



『就労後の聴覚障害者問題Z1』




だから私は、自分の経験で皆さんに、
出来ることならば声を使わないことをおすすめする。
例えどうしようもない場合であっても、
声は絶対に使わない方がいいだろう。
声に支配されたら、もう終わりだからだ。
彼ら(健聴者)は絶対に、
合理的配慮などしなくなるのが当たり前なのだ。

健聴者には、手話が出来ない人がほとんどだろう。
その時は、お互いに筆談でやりとりすればいい。
声は使わないことだ。

もし使うと、健聴者の口からは“悪魔の声”が
次々と出てくるからだ。
それは確実に、聴覚障害者の心を蝕むであろう。



補聴器が福祉で交付される理由も、
健聴者に必要なのものだからだ、
ということがわかる。

『補聴器依存症の健聴者の罪』
〔2012-05 -27 21:07〕


『補聴器依存症の健聴者の罪』
〔2017-05-14 19:30〕

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# by bunbun6610 | 2017-05-16 09:00 | ろう者世界