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『ろう文化』の疑問点


当ブログに、比較的アクセス数が高い記事がある。


『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02-28 20:20〕



なぜ、この記事にアクセスがあるのか、わからなかった。
だが、下の記事を読んで、これが理由の一つなのではないか、
と思えるようになった。



『ろう者の中には、「自分たちは障害者ではない。
手話という言語を使う民族だ。」
という人たちがいます。』

〔2015/9/2309:09:33〕
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?page=1&qid=10150639210



確かに彼らは、聴覚障害者と呼ばれて難聴者等と
混同されることを嫌っている。
それでよく、対立したりしていた。

手話についても

「難聴者が使っている日本語対応手話を“手話”
と呼ぶな。
"手指日本語”と言え」

と、大勢の聴講者がいる講演会で、よく話していた。



他にも、ろう文化のことで思い出すのは、
例えば下の記事だ。
ろう者と健聴者とでは、文化が違う。


『NHK『バリバラ』 ここがヘンだよ! 健常者 第2弾 (2)』
〔2013-05-23 18:30〕




でも、だからといって、モノを投げたりするのはどうか?
なぜ、こうなったのか?

実は、私が働いている職場にも、このような人がいる。
ろう者Tさんだ。

Tさんは、まだ手話禁止時代だった、
A県立ろう学校を卒業した人だ。
学校では手話を厳しく禁止していて、
口話教育を徹底的に受けさせられた。

授業中に手話を使おうというものなら遠慮なく、
先生から手を叩かれたり、
両手に水を一杯に入れたバケツを持たされ、
授業が終わるまで独り立たされたり、
紐で両手を縛られたりするという、
厳しい体罰を受けたりした。

学校ではそんな時代の教育を受けて、
授業が全て終わると皆でバスに乗って寄宿舎に帰った。
そこでは先生がいないので、
皆、手話に戻ってしまっていたという。
つまり、手話を含む、ろう文化の源泉は、
正確に言うならろう学校ではなく、
寄宿舎だったようである。
手話を教えている所なんて、どこにもなかったので、
寄宿舎では皆、オーバーアクションの手話で自由に、
開放的に喋っていたのだという。
授業中にあった辛いことなども、
そこで手話で話していたという。
なかには、手話で先生の悪口まで言い合っていた、
という。
そうやって、彼らは手話を自然に覚えていったようである。

そして、Tさんにはもう一つ、特徴的な文化があった。
同じ聴覚障害者を呼ぶ時、机を思いっきり叩くクセだ。
大きな音を立てたり、振動を起こして伝える方法だ。
あるいは、部屋の電気を突然消したりする場合もある。
これは健聴者からはよく、驚かれる行為だ。
いきなり大きな音を立てれば、聞こえる人はビックリする
わけだし、そもそもそういう行為は誰が見ても、
激怒しているとしか、見えない。
完全に、誤解される原因だ。
職場の人から「勤務態度が良くない」と評価される場合も
あると思う。
だから同じろう者でも、女性の場合は「あれは良くないよ」
と言うものだが、男性にはこういう方法で人を呼ぶ場合が、
今でもあるのだ。
特に、昔のろう学校で育った人にはいる。

こういうことをするろう者は、その方法が良いか悪いかは、
考えていないようだ。
ただ、自分にはこの方法が当たり前だからと思って、
やっているようなのである。
周りの健聴者はそれを見ても「すごい人だな」
「聞こえない、喋れない人だから、仕方がないな」
と思っているのか、
それとも怖がって誰もTさんに近づかないのかわからないが、
とにかく誰も注意しないのである。

これはやっぱり、健常者が必要以上に障害者扱い
しているのと、

「手話という言語を使う民族だ」

とも、無関係ではなさそうなのだが。
正直に言って、手話を取り入れ、ろう者も正しい方向へ
導くべきだと思うのである。
(『手話言語法』の制定)
それが、現状課題点だと思うのである。
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by bunbun6610 | 2017-03-25 18:11 | 手話言語法

2017年3月24日(金)
センチュリータワー地下1階の食堂には、またジュンテンドウ大学教職員組合の『かがりび』(№3423)チラシが置いてあった。増員や賃上げ、サービス残業実態の改善を要求しているそうだ。看護師の平均勤続年数も、他大学6校と比べても、最低の6.4年だった。、面接試験の時、「定年後も、長く働いてほしい」と言っていたのは、嘘だったのか。結局、フタを開けて見れば、嘘だらけの大学だったんだな。

フジノンEL-580BT(新スコープ)使用開始。
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by bunbun6610 | 2017-03-24 21:00 | 就労後の聴覚障害者問題G
2017年3月23日(木)
TAさんの機嫌が悪い。いつも何も話さない人なので、変わらないように見えるが、内面の変化はある。彼は洗浄スタッフのリーダーだが、相変わらず一匹狼の仕事ぶりで、チームワークなし。洗剤が超濃すぎていた。私に対する接し方を見ても、なぜかOさんや、他の人とは違う。意図的に差別をしていると分かる。他に人には何も言わない人だが、私にはよく文句もよく言う。私だけ、彼の手話がよく通じるからだろうか。
回収箱を、わざとぶん投げるような置き方をしている。幾ら能力が高い先輩でも、妥協の世界に身を落とした男など、尊敬するには値しない。乱暴なコミュニケーション、勤務態度では、上司としてふさわしくない。ただの主従関係に過ぎない。

スコープを丸めていない。医師の頭が変なのか。それとも、異動で医師が変わったためなのか、わからないが、とにかくひどい。回収箱を持って来ても、黙って置いていくだけ。だから何番検査室からなのかわからない。こちらは慌てて、確認を急ぐ。わからないと記録ができないからだ。なぜここの医師はこうも、非協力的なのだろうか? 医師に協力をお願いすることも出来ない、という。もうバカバカしくなってきた。

ミーティングでKさんからだと思われるが、「運び担当の方へ。スコープを丸めてから(回収箱に入れて)運んで下さい。」と指摘があった。TAさんが運んでくるスコープは大体、丸まっている。しかしSさんやTOさんが運んで来るスコープはいつもひどいのだ。Oさんでさえ、時々ある。以前から何度も言われながらも、守っていな人が結構いる。洗浄をしている私にもわかっているが、言うと逆恨みされて、また細かく文句を言われるうになるので、私はもう言わず、黙り通している。このまま3月末までやり遂げて、退職するだけだ。
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by bunbun6610 | 2017-03-23 21:00 | 就労後の聴覚障害者問題G
2017年3月22日(水)
主に上部スコープを洗う洗浄機の1台が、「昨日の12:08洗浄」の記録で途切れていた。その後、18:00頃にこの洗浄機の緑色のプレートが紛失して動かなくなっていることに、Kさんが気づいたそうだ。この時間の洗浄だと、上部スコープの2番洗浄になっているはずで、約23分間かかる。すると、洗浄後にスコープが取り出せるのは早くても、12時30分過ぎになる。12時30分頃には、私は昼食に出ているので。Oさんしか残っていない。Oさんが洗浄後スコープを取り出した後か、Oさんも出た後に、他の人が取り出した後に、無くなった可能性が高い。だから、TOさんの可能性もある。

最近は、N主任は全くミーティングに来なくなった。他人任せにしているのが、現実だ。

最近は暇だが、誰も掃除をしない。でも私だけ、Kさんからよく「掃除とかしていて下さい」と言われる。なぜだろう?

N主任から「ブラシ・カゴの紐を外して下さい。理由は、外して拭く事が出来なくなるので」と指示があり、外した。でも外したら早速、今日だけで2回も落ちて、ブラシがびしょびしょになった。かえって、不衛生になってしまう。しかし、これが責任者のN主任の指示だから、もう仕方がない。
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by bunbun6610 | 2017-03-22 21:00 | 就労後の聴覚障害者問題G

2017年3月21日(火)
TOさんの回収したスコープは、コードがきれいに巻かれていない。防護カバーが付いていない場合もあった。雑な仕事ぶりが目立つ。10時出勤のSさんも、同様に仕事ができていない。TAさんは年休取得。洗浄は、私とOさん。

3月末で退職する人は、Mさん、Sさん、Eさん、Kさん、Hさん、H山さん、Nさん、私。かなりいる。なぜ、こんなに多いのか?

9時に出勤すると、洗浄シンク左側にあったはずの『除菌クロス』がなくなっていた。TOさんに「ないと困る。どうしたの?」と聞くと、「すぐなくなるから」と言っていた。「だからと言って、なくなったら、回収箱のアルコール消毒はできなくなる。どうするの?」と聞くと、「出来ないでしょ」の返事。何を言いたいのか、よくわからなかった。だから「じゃあ、もうやらなくていいの?」と聞くと、「シンク右側にあるものか、廊下にあるものを使って」と言う。困った。「それでは、前よりも大変になる」と苦情を言うと、「何で大変なの? 何分もかからないでしょ」。「何回もやるのだから、距離が遠くなったら、時間のロスが増えることになる。それでいいの?」「・・・・」「TOさんの言っていることは、おかしいよ。だから、こうなる。ケンカになる」。そりゃそうだ。やる人の立場で言っていることと思えないのだから。「監査の人に言われ、ミーティングで回収箱をアルコール消毒すると決めたんでしょ。それなら、やるのが当たり前なのでは? なのに、なぜここに除菌クロスがなくなったのか?」「・・・・」「それならば、今後はもう、やらなくていいのか?」「・・・・」。
恐らく、除菌クロスの使用量が増えて無くなりそうになったので、減らしたいのが本音なのだろう。ところが、なぜかそれを言えない。監査の指示と相反するからだ。だから、黙って除菌クロスの設置場所だけを、減らしたのだろう。冗談交じりに「盗まれたの?」と聞いても、TOさんは何も答えなかった。理由すら言わないということは、やっぱり何か、勝手に決めてやっている部分があるのだろう。ここの現場では、よくあることだ。
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by bunbun6610 | 2017-03-21 21:00 | 就労後の聴覚障害者問題G

すれ違う理解

■社での就労後問題(日記から)

20■■年■月■■日(■)

後悔しても何もならないが、■社に入っていなければ、
私はこんなに傷つくことはなかった。
■社は、聴覚障害者のことを何もわかっていなかった。
今だって、わかろうともしない。

職場実態は(財)全日本ろうあ連盟が、
その著書に書いている通りだった。
しかし、これがこんなに自分を傷つけるとは、
私も始めは想像できなかった。




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「身体障害者の雇用についての法律は1960年、
身体障害者雇用促進法の制定があります。
しかし、積極的に障害者を雇用する企業もあれば、
義務ではないので我関せずという企業もありました。
そこで1976年には納付金を納めることになったのです。
この為、多くの企業が特に新しく設備を作る必要のない
聴覚障害者を積極的に雇用し始めます。
しかし、しばらくすると聴覚障害者雇用の難しさに
気付き始めます。」
(厚生労働省手話奉仕員養成講座『手話教室 入門』
財団法人 全日本ろうあ連盟出版局
/2003年7月25日 第11版発行)




========================




私が■社の面接を受けたのは、20■■年■月上旬の、
ハローワーク・ミニ面接会が最初だった。

それから約1ヵ月後の■月上旬に二次面接があり

「■月■■日から就労できますか?」

と聞かれた。
私は、そのときに勤めていた会社を辞めなければ
ならないので

「■■月■■日からにしたいです」

と伝えた。
つまり、会社には聴覚障害者の受け入れ準備に
十分な期間があったと思う。
しかし、いざ入社してみると、聴覚障害者対応と
言える合理的配慮は全くなかった。
会社側は、それを平等と考えていたのかもしれない。
これは、何も特別な配慮ではなく、東京大学にも
女性用トイレをつくるのは当たり前なのと同じことなのだ。

なぜ、会社は聴覚障害者を雇用すると決めていながら、
受け入れ準備をしなかったのだろうか。

それから私は問題点を指摘し、要望を続けていった結果、
会社も労組も事の重大さを理解したのか

「障害を持つ方にも気持ちよく働いてもらうために」

と改善に乗り出していった。
しかし、会社も労組も、またも私の言っていることを
勘違いした。

聴覚障害者差別を職場環境と勘違いしたのだ。

このせいで、一層理解とは難しいものであり、
またすれ違いが私の心を大いに傷つけていった。
それが健聴者には、誰にもわからない。
誰も理解してくれないという事実が、私を一層孤独感に
沈めてしまい、苦しめていた。
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by bunbun6610 | 2017-03-20 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1
『補聴器を装用すると、語音明瞭度が上がる症例』
〔2016年8月3日 [最終更新日]2016/08/03〕
http://l-s-b.org/2016/08/increases-understanding/



>「音を聞く事と、音声を理解できる事は、
全く異なる事です。
前者を調べるのは、聴力検査であり、
音声の理解力は、語音弁別能検査(語音明瞭度検査)
を行います。
私の場合、補聴器の効果に関して、
よく数値化しているのですが、それを繰り返していると、
補聴器を装用する事で、
補聴器を装用していない状態の最良の明瞭度より、
補聴器を装用した時の最良の明瞭度の方が高くなる
ケースをたまにみます。
このような症例をいくつか経験してきましたので、
今現在、わかる範囲で、まとめていきます。
なお、こちらに書いているのは、あくまでも私が
補聴器の調整や測定をして得られた傾向であり、
エビデンスがあるわけではありません。
また、まだまだ数が少ない状態ですので、
その点は、ご了承ください。」


補聴器への「慣れ」もあると思う。
ある程度なら、使いこなせるようになる人もいると思う。



>「補聴器は、簡単に言えば単に音を大きくする
機器であり、音を大きくして音声を聞かせたとしても、
それが理解に繋がらないのであれば、
補聴器を装用しても、思うように効果が望めない
という事がわかります。
語音明瞭度測定がやっている事は、
音声を大きくして聞かせると、どのくらい正解(理解)
するかを見るものであり、
補聴器の効果を可視化しているとも言えます。」


補聴器だけでは、単に音を大きくするとか、
聞きやすくすることはあっても、
それだけで言葉まで聞き取れるようになるとは限らない。
自己訓練が必要なのだ。
また、調整店や家族、周囲の人の支えも必要だろう。



>「もちろん、測定結果は、あくまでも静かなところで
行いますので、騒がしくなると、
良い数値の約半分くらいにまで下がるケースもあります。
この数値が良いからと言って、
全てが改善するわけではありません。」


支えの一つとして、環境を変える工夫もある。

実際の補聴器装用者から聞いたことのある話だが、

「本人が補聴器を使いこなせるかどうか」

「補聴器はメーカーや機種によって様々なので、
試してみないと、ユーザーとの相性が合ったり、
逆に合わなかったりもする」

「補聴器の調整者(販売店)の調整力にもよる」

「補聴器を百万円以上費やして購入してきたが、
効果がなかったので諦めた」

とか、たくさんの声を聞く。
補聴器が合う人でも、「ないよりはまし」という人もいれば、
「ないよりは全然いい」人もいる。

「『ワイデックス(デンマーク製)の補聴器がいい』と
有人から薦められたが、自分には合わなかった」
という話もある。

また、本人の訓練(リハビリ)次第で効果も違ってくる、とも。



>「初めに見かけた時は、こんなケースもあるんだなと
見過ごしていたのですが、ちらほら見かけるようになった
事、そして、明瞭度の関係上、あまり考えられる事では
ないため、気になり、自分なりに調べてみる事にしました。
仮に明瞭度を良くする方法が見つかれば、
さらに聞こえにくさを改善させられるかもしれないと
思ったためです。」

これはおそらく、補聴器の性能が、昔と比べて格段に
向上していることもある、と思う。
ユーザー側の持つ障害特性だけではなく、
補聴器側との二輪で、聴こえは改善するものだからだ。
障害者福祉でも、昔は国産補聴器(リオネット)しか
選べなかったが、今は自分で補聴器も補聴器販売店
(調整店)も選べるように変わっている。
するとユーザーにとって、選択肢も増えたことになり、
より自分に合った補聴器に出会えるチャンスも増えた
ことになる。
そりゃあ、以前より良くなるわけだ。




>「もちろん、測定結果は、あくまでも静かなところで
行いますので、騒がしくなると、良い数値の約半分くらい
にまで下がるケースもあります。
この数値が良いからと言って、全てが改善するわけでは
ありません。」


これは「感音性難聴障害」の、どうしようもないところだから、
この部分にだけ気にしていても、仕方がないことだと思う。




>「ただ、高い音が聞こえにくい事で、
理解力が落ちていると仮定し、
そこを上げ、良好になるのであれば、
聞こえにくさを底上げするヒントにはなります。」


これって、どうなのだろうか。
補聴器ユーザーの立場から言うと、私の場合、
苦手な高音域は諦めている。
ボリュームを大きくしたり、補聴器の専門調整士に
調整してもらっても、あまり改善効果が上がらないことが
わかっているので。

でも、そのうちにまた、画期的に進歩した補聴器が
登場するかもしれないので、完全に諦める必要はない
のだ。
それも含めて、

>「まだまだ、補聴器は捨てたものではないようです。」

これは確かに言えている、と思う。



補聴器を探し求めるのはいいことだが、
注意したいのは、過去に悪質な補聴器販売店もあった、
ということだ。


『補聴器販売店テクノスの悪質商法』
〔2012-04 -13 20:43〕



上の情報は、氷山の一角に過ぎない。
昔は、

「役所の障害者福祉課(ケースワーカー)
との“癒着業者”か?」

と思えたケースも、実際にあった。
だから、「補聴器を買おうかな」と思った時は、
充分に気をつけてほしい。
一人では決めず、他のユーザーとも情報収集しながら、
お店を絞ってゆくことを、おすすめする。
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by bunbun6610 | 2017-03-20 07:11 | 補聴器、福祉機器等


■社での就労後問題(日記から)

20■■年■月■■日(■)

この会社の問題点は、聴覚障害者がいる職場
の人たちに問題があるのだが、
その人たちはなぜか、次のように言う。

「この問題は上(人事部)に任せている」

「障害者雇用は会社として取り組んでいる問題
だから、上が考え、決めること」

「上が何とかする問題」

「何か聞きたいことがあれば、上に聞いて
(自分は、何もわかりません)」

「困ったことがあるならば、上に言って」

つまり、自分たちにはわからないとか、
関係がないとか、
関わらざるべき聖域のような問題だという
考え方がある。

その原因が個々の人によるのか、
それとも会社組織にあるのかは、
私もわかりません。

しかし、いずれにしても、聴覚障害者の職場問題は、
周りの人が何とかすれば、すぐに解決する問題が
多いものです。
それなのになぜそうしないのか、できないのかが、
疑問です。

上司の硬直した考え方は、聴覚障害者への
職域差別をさらに正当化してしまいます。
それがこの問題を深刻にしてしまったのだと思う。

健聴者の聴覚障害者への言いにくさから、
コミュニケーション問題もあった。

例えば、

「障害者は健常者と別の仕事をやってもらうことに
している」

という事実があったとしよう。
それを健聴者が言いにくくて言わなければ、隠せば、
聴覚障害者は曖昧模糊にされたのだと怒るのも
無理はない。

かと言って、事実をハッキリと言ってしまえば、
それも聴覚障害者は差別だと怒るだろう。

したがって、どちらにもできないがゆえに、
健聴者は曖昧に答えるのが常になっている。
Y部長の言っていた

「障害者とコミュニケーションを取るのは難しい」

という言葉の真意も、おそらくそれを避けたいがため、
であろう。

しかし、それも結局は、事態を悪くしてしまう。
聴覚障害者には精神的に苦しいからである。

健常者は

「障害を持つ方に気持ちよく働いてもらうために」

と言うが、それは一体、どういう意味で言っている
のだろうか。
私にはさっぱり理解できない。

これから障害者と共生していくために、
「真の平等」の意味を、
健常者は今からでも、よく考えてほしい。
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by bunbun6610 | 2017-03-19 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1
ドキュメンタリー映画
『FAKE』
(監督・撮影; 森 達也)




〔関連記事〕

『佐村河内氏ドキュメンタリー映画6・4公開決定』
〔2016-03-09 21:46〕






DVD『FAKE』(ディレクターズ・カット版)鑑賞後の感想(2/2)


アメリカの著名なオピニオン誌『The New Republic』の取材

デヒリ(記者);
「新垣はサインはできる?」

香;
「ああ、手話ってことですか?
できないと思いますよ」

デヒリ;
「どうやって話した?」

香;
「どうやってお話をしたんですかって」

デヒリ;
「奥さんの方が介入されたんですか?」

香;
「ああ、私は一切知らない。
仕事に関しては知らないので。
二人だけで会って。」

デヒリ;
「どうやって会話を交わされたんですか?」

香;
「どうやって会話をしていたんですかって。」

佐村河内;
「彼はほとんど喋りません」

デヒリ;
「何時間も何時間も一緒に過ごしましたが、
よく喋る人でしたよ」

佐村河内;
「だいぶ慣れたんでしょうね。
そういうことに。
ほとんど聞いてないです。
もう時計見て、帰りたい帰りたいって。
いつもです。ずっと18年間。
そもそも、“この通りやれいいんでしょ”っていう
スタイルです、彼は。」

デヒリ;
「聴こえない時代に音源を録音する。
で、その聴こえない音源を今度新垣さんに渡して、
新垣さんが何をしたかも聴こえない。
新垣さんの最終的に作った音楽が、
本当に佐村河内が自分の作曲したものと
一致しているか―確認はどうされたんですか?」

佐村河内;
「私は鍵盤を見ると、かなりの情報がわかります。
弾いていたので。」

デヒリ;
「会話ができない中で、新しい仕事の仕方を
一緒に作らないといけないんですよ。
だからそのあたりが、いつ頃だったか、
その過程について知りたい。」

香;
「手話の勉強をしてた本。」

デヒリ;
「いやいやいや。
それは疑ってはないんですよ、別に。
もちろん、信じてますよ。
それを使わなかったことまで、疑っていませんので。
補聴器があったかどうかは、あまり大したことだとは
(思っていません)。
それは別に、見せる必要ないです。
私たちは信じてます、それは。」


(佐村河内が突然立ち上がって、休憩すると言い出す。
その反応に、記者たちは
「我々が今、何か悪いことでも言ったか?」
と驚く)


香;
「話は違うんですが、神山さんと会ったんですか?」

デヒリ;
「もちろん。関係者はほとんど。
漏れずに聞いています。すると、ご本人も出てこないと。」

香;
「ああ、そうですね。」

(佐村河内が休憩から戻り、未発表の『交響曲第二番』の
指示書を見せて、説明する)

デヒリ;
「ただ、誰も音源を、佐村河内が作ったもの(音源)を
聞いていないんですよ。
メロディーが実際、佐村河内が作ったかどうかという
証拠はないんです。
私たちは、これ(佐村河内が作った指示書)を読めない。
音楽に置き換える方法がわからない。
これが音に変わる瞬間。
例えば、新垣に指示するときに、
多分その何かを演奏すると思うんですね。
隣で鍵盤で弾くんでしょ?」

佐村河内;
「(それ)もあれば、そのメロディーを渡して、
その場でコードを一緒に付けていくっていうことも
ありますね。」

デヒリ;
「じゃあ、それを見せてもらえます?
それだと、一目瞭然だと思うよ。
少し、その部分とかは弾けます?
メロディーとか、何か一つ。
このあたりとかの。
多分、それが1つの課題なんですよね。」

佐村河内;
「う-ん・・・。
もう長く鍵盤触っていないんで。
いつだっけ、捨てたの?」

香;
「キーボード捨てちゃった。」

デヒリ;
「ないんですね?
シンセサイザーとか?」

佐村河内;
「もちろん、ないです」

デヒリ;
「でも、何でない?」

香;
「何でないんですかって」

デヒリ;
「それは別に、捨てる必要ある?」

佐村河内;
「何でですかね・・・部屋が狭いから?
本当です。
凄く狭かったです。」

香;
「ああ、ここじゃなくて」

デヒリ;
「じゃあ、この3年の間は、打ち込みはなかったという
ことですね?
それは歌を歌ったり、送るとか、そういうこと?」

佐村河内;
「そうです、そうです。」

デヒリ;
「それで、新垣が自分のもの(作曲)だって
言うんじゃないですか?
打ち込みが来なくなってきたから、じゃない?
新垣さんが作曲できる証拠はいくらでもある。
でも、私たちはまだ(佐村河内さんの)音源は
もらってないし、聴いてないし。
指示書は見てる。文章は見てる。
でも、多分、多くの読者が、それを作曲の半分までと
(すら)思えない可能性は高いです。
是非、何か1つの、佐村河内の作曲である
音源なり何なりを、見せてほしいんです。」




外国人記者は、非常に説得力のある言葉を
投げかけていた。
全力で、妥協なく取材する姿勢が伝わってきた。
さすが、日本人のやり方とは違う。




森;
「音楽やりませんか?
作曲しませんか?

本当に、音楽好きなのかよって、僕は言いたい。
頭の中、溢れているはずでしょ?
出口を探しているはずでしょ。
頭の中でメロディーが。
いっぱい時間あったんだから。

僕・・・タバコやめます。
この映画ができるまで。」





佐村河内;
「すっごい細かいですね、これ。
自分、こんなことに楽器が手元に戻ってくるまで、
自分、こんなことに感情が動くことなんて、
なかったもん。
きれいだとか、本当に楽器のおかげというか、
作曲できたおかげで。
香には、すごく穏やかになったって言われてるし。
これ、達也さんの、はい。」

森;
「この映画は、今日の撮影が、おそらく、
最後の日になると思います。
で、守さんに質問。
僕に今、隠したり、嘘をついたりしていることは
ないですか?」

佐村河内;
「うーん・・・・(長い沈黙のまま、映画のシーンは閉じた)」



さあ、この映像の中に、FAKEはいるのか?
いるのならば、それは誰なのか?
「矛盾」が謎だ・・・・。
2回目に観る時は自分の視点も変えて観ると、面白い映画だ。
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by bunbun6610 | 2017-03-19 18:01 | 難聴・中途失聴
ドキュメンタリー映画
『FAKE』
(監督・撮影; 森 達也)




〔関連記事〕

『佐村河内氏ドキュメンタリー映画6・4公開決定』
〔2016-03-09 21:46〕





DVD『FAKE』(ディレクターズ・カット版)鑑賞後の感想(1/2)

森;
「もし、言いたいことを言う機会を1分間だけ与えられたとしたら、何を言う?」

佐村河内;
「ゴーストライターがいることを隠していたというより、共作だったと言いたい」


ならばなぜ、最初から共作として発表しなかったのかと、
視聴者からは疑問に思うだろう。

それと、やはり

佐村河内;
「自分の聴覚障害についての、マスコミの嘘、間違ったこと」




森が佐村河内の前で「も」と言ってみるが、
佐村河内は「ぼ」と聞こえるらしい。
「も」と「ぼ」は、口型が似ている。
同じ一音だという点で、単語よりも推測が難しい。
昔のろう学校で、口話法教育を徹底的にやらされた
ろう者とかは、ある程度の読話(読唇術)が出来る
人もいるらしい。
だが佐村河内は元健聴者(中途難聴者)なので、
そういう訓練を徹底的に、しかも長くしたことはない
だろう。
すると、苦手であることは十分に考えられる。


(聴覚障害の程度を調べる)
「語音明瞭度検査では、口を隠してやる」

という。
すると今度は森が、口を隠して
「うぇ」と言ってみる。
佐村河内氏は今度は

「音は聴こえない」

と言っていた。

それから今度は、佐村河内に目をつぶってもらい、
森が「え」と言うと、今度は「て」と答えた。
今度は音が聴こえている。
が、正確に聞き取れていない、というわけだ。


『難聴体験ソフト』
〔2012-02-03 00:05〕



明らかに、誰が見ても「矛盾している」と思うだろう。
それが感音性難聴という、聴覚障害ゆえなのか、
それとも佐村河内氏の嘘なのかは、
本人と神のみが知ることだ。

さらにもう一度、目をつぶってもらった状態で、
森が「さる」と言うと、「わからない」と答えた。

森は素直に疑問を投げかけた。

「わからないっていうのは、聴こえないのか、
それとも・・・聴こえてはいるけど理解できないのか?」

佐村河内;
「そうですね。
音としては、凄く小さく入ってます。
だけども『ハーハー』っていう感じだと思うんですね。」



『ハーハー』っていう感じに聴こえたのなら、
なぜそう答えなかったのか、と疑問に思うだろう。
だから健聴者から見たら、
これでは誰も納得できないだろう。


(佐村河内が、自分の診断書を森に見せて、話し始めた)

佐村河内;
「ここに書いてあるんですけれども、ABRっていう、
科学的な検査結果、自分では操作のできない
脳波の検査だったんですけど、
普通の健常者の人は1デシベルでも聴こえる
わけです。
それが、こっち(左)が50いくつ。
こっち(右)が40いくつまで―
音量あげて、V波っていうのが、感知される。
それが聴こえるっていうことなんですね。
それで総合診断が“感音性難聴”。
入ってくる音が、ねじれて聴こえたり、
歪んで聴こえたりするような障害なんですね。」

森;
「これ、配ってるんでしょ?
記者会見のとき。」

佐村河内;
「はい。」

森;
「であれば、それについて、マスコミはちゃんと
報道しました?」

佐村河内;
「いいえ。
ここの科学的な、完全なる・・・科学的な検査である
ABR検査の結果は全部伏せられて、
こちらの“手帳を取り上げられました”というところと―
“聴覚障害には該当しない”というところだけ、
アピールされて」

森;
「何で、それが報道されないの?」

佐村河内;
「僕はやっぱり・・・
自分が悪いのかもしれないけど、全部メディアの、
これまでの復讐だと感じましたね」

森;
「復讐?
復讐の意味がよくわからない」

佐村河内;
「これまでですね、何年かにわたって、徐々に、
ある1つのメディアが取り上げたことによって、
人々がその曲を聴いて、それで感動する。
で、その連鎖が起きて、じゃあ次は取材が・・・で、
その人たちが見抜けなかったのかとか、
その嘘が誤った報道、著しく誤った報道を、
放送をした、というような・・・」

森;
「つまり、“俺たちを騙しやがった”って(意味ですか)?」

佐村河内;
「そうですね。
それが全部、自分に返ってきたと思ってます」

森;
「『耳が聴こえなかったと思ったことは過去一度もない』
と、新垣さんが言ってましたね?」

佐村河内;
「新垣が、そんな嘘をつく理由が、わからないんですよ。
そうやって付き合ってないですし。
僕が困っているところも、彼はずいぶん見てきてるし。
若い頃っていうか、18年前の最初の頃っていうか、
違いますね。
10年前の最初の頃とか、彼は結構頑張って
筆談もしてくれていたんで。
何の理由があって、彼は突然・・・。
これはひどいなと思ったのは・・・。
もう、聴こえるということは口止めされていたという話に、
嘘がどんどん進化しているわけです。
いや、これ国民が聞けば、とんでもない人でしょって、
やっぱり。
そんなのありえない話だし。」

森;
「香さんからは何かありますか?」

香;
「ちゃんと耳が聴こえていないっていうのをわかって
もらえないのが、すごく辛い。
パッと見には、喋っているから聴こえている人と
変わらないんですけど、本人聴こえていないので。
ちょっと伝えるのも難しいんですけど、状況的に・・・
感音性難聴で、さっきみたいに“あ”って言ったのが
違う音に聴こえてるのもあるし、
本当に会話が難しいので、普通に聴こえている人だと
思われているのが悔しいですね」

森;
「結婚してから、徐々に耳が悪くなったんですか?」

佐村河内;
「はい。」

森;
「香さんは、ずっとそれを見ているわけでしょ?
そばにいたわけですよね?」

香;
「うん」

森;
「昔は聴こえていたけど、どんどんそれが悪くなって
いく過程を。」

香;
「そうですね。
返事をしても『してない』って言われたり。」

森;
「最初の頃は?」

香;
「最初の頃は、『したよ』って言っても『してない』って
言われて喧嘩になったりしてたんですけど。」

佐村河内;
「うん。」




その後、佐村河内と森が一緒にタバコを吸う
シーンが撮られているが、
面倒くさそうなコミュニケーションの様子が映っていた。
口話だけでは、明らかにコミュニケーションが
取りづらそうだ。



フジテレビの人が佐村河内の自宅まで訪問してきた
時は、こう言っていた。


〔(佐村河内が)机を叩くリズム音〕
佐村河内;
「何もメロディーを聴いていなくてもわかったわけ
ですよね?
わかるでしょ?」

安永(フジテレビの);
「はい。
トゥルトゥルトゥ・・・」

佐村河内;
「“トルコ行進曲”だって、わかると思いません?
何もメロディーを聴いていなくても、
わかったわけですよね?
僕は鼓膜で、大きい音でタカタカタン・・・って
やられたんで、『わかりますけど言っていいですか?』
て言って、『わかるんですか?』って怪しまれて、
『トルコ行進曲ですかね』て言ったら、
『音階が聴こえてるんですね!』って。
いや、音階は聴こえません。
『何でわかったんですか』って言うから、
いやリズムで―『タラタラタン・・・って、
誰でも分かるんじゃないですか?』
って―言ったんですけど、やっぱり、
なかなか信じてもらえない。

例えば、知っている曲だったら、今、
プロコフィエフの“ピアノ協奏コンチェルト2番”
をやっていますって言ったら、
もうずっと子供のときから、
まぁ子供のときからではないですけど、
ずっと聴いてきたので、
ベートーベンの“第九”から、
それこそマーラーやショコスタコーヴィチまで
大好きな、ずっとレコードから聴いてますので、
叩き込まれているわけですよね。

クラシックが好きで、全く無関係の人間と
思われていますけど、僕は昔の記憶で、
喋る音の出し方、唇の形、息の出し方も――
子どもの時、口笛を吹いていたからできるん
ですよね。

僕は多分、モーツァルトの“ナハトムジィク”
を一発で、(これは)キーだから本当は
撮られるのは嫌なんですけども」

(佐村河内が、自分の両頬を叩いて、
音楽を再現して見せる)

安永;
「やっぱり、音楽が大好きなんですね。
本当に音楽が好きなんだということが、
わかります」




この部分の説明は、下の記事とほぼ同じだと思う。
皆、同じようなものだ。
聴覚障害者の世界では、常識的な範囲だと思うのだが、
健聴者はそれも知らない。
無知なマスコミも然り、だろう。


『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①』
〔2014-03-14 18:30〕





就労後の聴覚障害者問題G
『知的障害者には、聴覚障害を理解できるのか?』
〔2017-02-07 21:00〕




『「音の記憶」の重要性』
〔2017-01-28 21:52〕




『手話歌&ダンスで、ろう者と健聴者は歩み寄れるのか?』
〔2017-02 -19 07:35〕




ひとりごと
『オカリナ演奏動画』
〔2017-03-08 09:42:16 〕
http://blog.goo.ne.jp/papipupepo12/e/29fced32649a62e657a78e2f5debcaac




ファッション雑誌でモデルになぜか新垣氏が出て、
「いつか佐村河内氏と一緒に謝罪したい」
と言っていたが、“自分だけいい子ぶっている”
ように思えた。
初めはそういうつもりではなかったにせよ、
そのうち彼の口に悪魔が入り、
自分を売り込むようにしたのかもしれない。
見え見えの売名行為(策略)だ。
新垣こそが“イスカリオテのユダ”
(イエス=キリストを裏切った弟子)だったのでは
ないか、とさえ、思えてくる。

神山氏のやっていることは、要するに、
カネになるネタにするための誘導報道?
宗教勧誘と同じで、それよりもさらに巧妙な手段
に変えただけに過ぎないような気がする。

所詮、神山氏のようなジャーナリストは利己的な
生物なのだ。
ジャーナリストよりも、エホバの証人にでもなった
ほうが、よっぽど成功しそうな人だと思う。

著名なジャーナリストにも、一部にはそういう人も
いるのだということを、全ての人が肝に銘じながら、
一人一人が情報リテラシーを磨いていくことが大切だ。
それが、今回のような問題を繰り返さなくする方法
であり、低劣なジャーナリストを撲滅させることにも
なると思う。


著作権問題に関しても、口だけで逃げている新垣氏
の動向が、弁護士事務所など第三者の立場からも
露呈してきた。



おぎやはぎ(司会者);
「(佐村河内は)才能があるように見せるのが上手い、
ということなんですか?」

新垣;
「まあ、うまく・・・振る舞いをしたり・・・」

おぎやはぎ;
「全然、何言っているのか聴こえない」

一同;
「全然わかんないよ」



自信のない返答に、嘘の可能性が表れていると思う。
続いて、


(タレント1);
「(佐村河内は)楽器は弾けるんですか?」

新垣;
「楽器は弾けるというレベルではないです」

(一同);
「えっ?」

(タレント2);
「じゃあ、自分の曲も別に演奏しているのを
見せたことがないんですか?」

新垣;
「そうです」

(タレント3);
「よくバレなかった」

(アンジャッシュ);
「じゃあ、人のピアノの感じがわかるっていうのは、
嘘なんですか?」

新垣;
「あ・・・えーっと」

(タレント2);
「どうしたの?」



ピアノに触って、音を(耳だけではなく、身体全体で)
感じたり、聴覚障害者でも重低音、
低音の音なら感じやすい人もいるから、
音楽を全く楽しめない人ばかりではない。
新垣は、そのことを知っている可能性が濃厚だ。


(一同);
「聞いちゃったから、一回休憩します?」

新垣;
「はい、はい。」

おぎやはぎ;
「“壁ドン”やってくれるのは―新垣さんです!」

アンジャッシュ;
「これもう、新垣さん特番じゃん。今日」

おぎやはぎ;
「今年の顔だから」

(観終る)

(中略)

森;
「テレビ番組を作っている彼らには―信念とか
思いとかが全然ないんです。
つまり、出てきてた人をどう使って、
一番面白くするかしか、考えていないから。
だから多分、守さんが、あそこに出ていれば、
多少は変わったかもしれない。」



「新垣は世間の人が思っているような、
本当にいい人なのか?」

と確実に思えたのが、フジテレビの大晦日特別番組
に出演した、新垣の「聴こえないフリ」パフォーマンス
を見た時だった。
佐村河内が断ったバラエティ番組だ。
聴覚障害者の立場から見たら

「本当に無神経なヤツ」

と思った。
フジテレビもフジテレビだ。

「我々は、片方の意見しか聞けていない」

と言っていながら結局、片方の意見だけを取り上げていた。
反論しない佐村河内にも、責任がないとは
言えないだろうが、あの状況では言うには無理がありそうだ。


佐村河内の父;
「みんなニュース、新聞雑誌全部、信用しとるわけですよね。
周りの人が。
これは怖いですよ。
だから、なんぼ私らが、あの・・・温度差があるわけ。
ある程度、耳は聴こえとるのに、聴こえんふりをしたというのが
一番でしょうね。
それがあるから、それを言い訳なんかしようもんなら、
『ああ、わかった、わかった。
あんたの言うことはわかった』
って、こうなるわけですな。
こっちは話・・・友人なんかにも話はできない。」




「なっちゃん」という、視覚障害者との交流のある
シーンがある。



森;
「今、守さんは、障害者を利用してクイモノにして、
今の地位、これまでの地位を獲得した、
とんでもない男であると―
そう思ってる人も多いけれど、
それに対してはどう思いますか?」

なっちゃん;
それに・・・私が怒りを感じたのは、
作曲がゴーストライターだったこととかじゃなくて、
耳が聞こえないことと、
障害者をいじめたっていうことで、
やっぱりさっき言ったように、
うーん・・・それは私がそういう付き合いをしてきて
ないっていうのは言い切れる。」

森;
「なっちゃんから見て、守さんと香ちゃんはどんな人なの?」

なっちゃん;
「家族です。

(自分が点字ライターで打った手紙を読み上げる)

私は、佐村河内さんと15年という年月の、
長い付き合いです。
その中で今、問題となっていることの誤解を解きます。
1つめは、障害者をいじめるという話です。
私は生まれつき、目が見えません。
そんな私を、からかったり差別したり、
いじめるなどということは一度もありません。
泊まりに行ったときは私を自分の娘のように
可愛がってくれていました。
だから、楽しい話、悲しい話、いろんな話を真剣に
聞いてくれ、とてもいいアドバイスをもらえるから、
いつも爽やかな気持ちで、自分の家へ帰ることが
できます。

あと、私が体調を崩したときも、親のようにすごく
心配してくれます。
とても感謝しても、しきれないくらい感謝しています。
ありがとう。
もちろん、奥さんの香さんも守さんと同じように。

優しく、たくさん話をしたり、遊んだりしました。
だから、私にとって二人は、命の恩人です。
これは自信を持って言いたいです。
だから守さんは障害者をいじめるなんて、
一度もしたことはありません。
私の友達も、聴覚障害や視覚障害、身体障害の人にも
差別はしないし、いじめなんてしません。
みんな守さんといたら楽しい、と言っています。

ここま言っても、あなたは佐村河内さんが障害者を
いじめてたと思いますか?
きっと、冷静に考えれば、わかると思いますよ。

終わりです。」




このシーンは、劇場版にはなかったような気がする。
子どもがバッシングを受けている佐村河内の擁護者
として出ているから、森監督や佐村河内が、
最初はそういう配慮(劇場版では出さなかった)
をしたのではないだろうか。

この子は、騒動後、即廃刊となった『交響曲第一番』
(佐村河内守/著者 株式会社講談社/発行所)
の「第八章運命の少女」
(「■見えない子供と聞こえない大人」P174~179)
に出ている、「ナツ」という女の子(全盲)である
可能性が高そうだ。




佐村河内;
「僕は、僕の報道によって、誰を傷つけたかって
いうと、やっぱり、同じ聴覚の障害者の人たちを
みんな嫌な思いとか、『お前も聴こえるんじゃないか』とか、
きっとたくさんの人たちを傷つけたと思って。」


前川修寛(聴覚障害者);
「あの記者会見で(守さんは)もう充分詫びてます。
だから私はもう、それ以上の謝罪はいらないと
思いました。」

佐村河内;
「ありがとうございます」

前川;
「そしてもう一つは、今回の報道を煽った、
フリーライターの神山典士さんですね?
この方が『僕と口話で話して下さい』とか、
『まだ手話通訳終わってませんよ』とか
言っていた方ですね?

これね、多分、日本中の聴覚障害者と難聴者に、
ケンカを吹っかけています。

だから、マスコミの皆さんが、ちゃんとこういうことを、
予め調べておけば、あのような記者会見には
ならなかったと思います。」

森;
「耳が聴こえない人にとって、っていうか、
もう前川さんにとって、音楽って、意味あります?」

前川;
「あります。
実は、耳は聴こえないけれども、一応聴こえている
部分で音楽が聴こえるんですね。
実際に音楽を、聴いているんですね。
補聴器に付ける、オプションの機械があるんですね。
こういう形です。
こうやって、これをこれで聴くということができるんです。」

佐村河内;
「へぇー、専用のがあるんだね」

森;
「でも今、前川さんは全部は聴こえないと、
おっしゃったけど。
全部が聴こえているか、聴こえていないかの判断は、
本当は出来ないですよね?」

前川;
「そうです。
そこまで全部の判断はできません」

森;
「多分、自分は一部しか聴こえていないんだろうと、
想像するしかないですよね?
全部は聴こえてないんだから。」

前川;
「あとはね、バイオリンの音なですけれども、
バイオリンのこれは、聴こえにくい。」

森;
「高い音は聴こえない?」

前川;
「はい。
いわゆる、欠落した音楽を聴いているんですね、
私は。
欠けてる音楽ね。」

森;
「口には、音にはできないけども、
頭の中にはあるんですよね?」

前川;
「あります。はい。」

森;
「はい。わかりました。」









音楽というより、パフォーマンスに近いが、打楽器の音ならば、
補聴器装用で聴こえる場合はある。
特に太鼓とか、、大勢の人でやる、よさこいは楽しい。
大きな太鼓だと、自分の胸板に重低音が当たり、
それで楽しむ方法がある。
耳だけで聞くのとはまた違った楽しみ方だが、
要するにそこが違うのだし、聴覚障害者にとっては、
それが当たり前なのだ。
バイオリンとか、高い音が多いチエロは、聴き取りにくい。
この傾向は、聴覚障害者には結構あるようだ。




〔関連情報〕


『ろう者音楽(Deaf Music)』
http://www.asahi-net.or.jp/~ai2s-tnd/RONBUN/DeafMusic.html




『「ろう者の音楽」を視覚化する全編無音のドキュメンタリー『LISTEN』』
http://www.cinra.net/news/20160129-listen




『"ろう者にとっての手話と音楽"』
http://www.geocities.jp/suzuring5815/essay14.html




『手話歌&ダンスで、ろう者と健聴者は歩み寄れるのか?』
〔2017-02 -19 07:35〕

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by bunbun6610 | 2017-03-19 18:00 | 難聴・中途失聴

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610