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蒼穹 -そうきゅう-

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就労後の聴覚障害者問題(■社)

20■■年■月■■日(■)

『就労後ミスマッチ―職域差別は誰の責任か?』

私が■社に入社したのは、20■■年■■月です。
その一ヶ月前に、二次面接があって、それが終わってすぐに、
就業場所を見学させてもらいました。

そこでの仕事が、私が入社してから行う仕事だと
説明してくれました。
ですから、そこにいる皆と一緒に働くのだと思って
いました。

■■月に私と同時入社した人もいました。
その他に■月から入社していた人もいたようですが、
それは入社時期の個人の都合のためだったようです。

私よりも後に、他部署からの異動で入ってきた人も
いました。
そんな状況で、初めは皆で一緒に(先輩も後輩も
あまり関係なく)
仕事をしていたのですが、日が経つにつれてすぐに、
私だけが他の人とは違い、初日と同じ単純労働
ばかりをやらされていることに気づきました。

私は次第に

「これは職域差別ではないのか」

と、疑問に思うようになりました。
そこで、S課長にこのことを聞いてみたのです。

けれども、S課長の言うことには一貫性がなくて
納得できず、その疑問はむしろ、
職域差別であるとの確信へと変わってゆくだけ
でした。


『聴覚障害者が、就労後に直面する職域差別』
〔2014-08 -01 18:30〕
参照。

『課長の聴覚障害者に対する職域差別』
〔2015-05 -29 19:00〕
参照。

『会社側と3対1の面談 結果は、聴覚障害者の大幅譲歩に』
〔2015-09 -18 18:30〕
参照。


『聴覚障害者は、健聴者の仕事道具か?』
〔2015-12 -18 19:00〕
参照。


残念でしたが、ここから会社と私との間に溝が
出来始めていたのだと思います。
事実は否定できません。

しかし、その事実を受け入れるということは、
被害者にとっては大変な苦痛なのです。
それを会社は全然わかっていません。

会社はそれにも気づかず、そのままコミュニケーション
を取り続けていたために、両者の間にある溝は
どんどん深くなっていきました。
差別による被害者と加害者とでは、
こんなにも違うんだな、
と感じさせられてしまいました。

確かに、人事の人の言うことや、
入社時の会社の説明では、

「今ここで見せている、こういう仕事をやっていただく」

ということは、理解できます。

しかし、そこには健常者向けの仕事内容と、
障害者向けの仕事内容とに仕切られている、
ということまでは、入社して働き続けるようになる
までは気がつきませんでした。
「職場内障害者授産施設」の存在に気がつかないほうが
当たり前です。

『障害者は、永遠の子ども?』
〔2012-03-28 00:48〕
参照。

会社によっては、後になってこういうトラブルに
ならないために、雇用契約書に主な仕事内容を
具体的に明記しているところもあります。

しかし、■社の場合は、雇用契約書に仕事内容は
明確に記載していませんでした。
そして、見学での期待とは反対に、
障害者の職場内授産施設として、
目には見えない枠を設定し、
そのなかに障害者を押し込んでいたのだと思います。

これが、■社の障害者職域差別だと思います。
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by bunbun6610 | 2017-03-26 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

環七土佐っ子ラーメン(池袋店)

東京都豊島区西池袋1-39-4 佐久間ビル1階

https://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13016969/


https://tabelog.com/matome/6180/



ここのラーメンと出会ってから、もう20年は付き合っている。
美味い店は他にいくらでもあるのだが、
何故か時々、

「またあそこのラーメンが食いたくなった」

と、思い出して来てしまうのである。

ポイントはたっぷりの背脂と、
酸味と少しの甘味のあるしょう油味スープ。
麺は柔かめでイマイチだと思うが、
このスープと合うストレート麺。

意外と飽きの来ない味のラーメンである。
『土佐っ子ラーメン』は750円だが、
背脂が多いスープには、ネギたっぷりが合う。



a0196876_18371496.jpg

『土佐っ子ネギチャーシューメン』(1000円)
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by bunbun6610 | 2017-03-26 18:38 | 食べ物(ラーメン編)



最近、野澤和弘氏

(毎日新聞社論説委員、
障害者政策委員会委員、
障害者差別解消支援地域協議会の設置等の推進に向けた検討会座長)

の講演を聴いた。
その中に、次のような話があったと思う。



「千葉県の障害者差別解消条例をつくる時、ろう者はいつも
手話通訳者を連れて来ていた。
彼らにとっては、手話通訳者がいなかったら、
参加しても意味がなかったからだ。
他の人は、いなくても別に困らない。
みんなは、聞こえるから必要なかったのだ。
その時、手話通訳者の費用を、誰が負担するのかが、
話題になった。
そこで、

「申し訳ないが、その費用はろう者の自己負担でお願いします」

と求めた。
ろう者は、それに怒り、反対した。
そのろう者からは逆に、

「それならば聴覚障害者のシンポジウムに来て見て下さい」

と言われた。
行ったら、手話だったので全然わからなかった。
しかし、側には音声通訳や文字通訳があった。
それで、気がついた。
その通訳は、私(野澤氏)だけの為についていたのだ。
少数派への合理的配慮だった。
が、それも、実は違う。
自分が音声で発言すると、今度はそれを手話に変換して、
会場の皆に通訳した。
どちらが発言者になるかで、役割も変わるのだった。
役割の比重も違う。
それが、社会の中で起きている、差別の核心部分だと思う。

決して、少数派を追い詰めているのではない。
それが社会では気づかれていない。
加齢で障害者になる人だっている。
その人は社会参加した場面の中で少数派になり、
次第に言いづらくなることがあるかもしれない。
しかし、そうした中でも、できるだけ多くの人に恩恵を
与えることができるようにするのが、
障害者差別解消法の目的です。」


正確な内容ではないかもしれないが、大体こんな感じだった。


最近、全日本ろうあ連盟や、都道府県聴覚障害者連盟が
「手話はいのち」という言葉を頻繁に用いている。

https://www.jfd.or.jp/70kinen/kinenhi/about

私はその意味をまだ知らないが、スワンソンの

「人間が生きていくために必要なものは、
水、空気、食物、そしてコミュニケーション」

という、有名な言葉を思い出した。

『コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕



聖書にも「手話」という言葉が出てこなくても、
言葉が命のように扱われている箇所が多数ある。
ろう者も「手話はいのち」と本気でそう思っているからこそ、
最近は手話を守るだけでなく、
権利として主張するのではないかと思う。

他の障害者だったら、耳も言葉もあるのだから、
コミュニケーションに苦労はしないことが多いだろう。
普通は皆、そんなコミュニケーションがあるのが
当たり前の世界で暮らしている。

しかし、手話を使うろう者にとってはこの世界は、
まだまだそんな当たり前ではないのだ。
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by bunbun6610 | 2017-03-26 13:36 | 手話言語法

六本木ヒルズ回転ドア事故から13年。

事故当時6歳だった溝川涼君。
もし、今も生きていれば、成人する頃だ。
彼は天国で今、どうしているだろうか。



シオンの建築U評論(事故ドアの写真)
  →http://www.neox.to/ud/roppongi.html


>「デカイ大型自動大回転扉は、映画のエイリアンのように
思わせる、恐ろしい扉のような感じがいた。
リスク管理や安全性がないようで重体や死亡事故発生する
恐れも。」

六本木ヒルズの大型回転ドアを視察していた障害者の
この予測が、ズバリと当たってしまった。
裁判所でも「事故は予見できた」と有罪判決を下している。

本当のユニバーサル・デザインを考えるにあたって、
障害者の意見は欠かすことができない。




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http://www.asahi.com/special/doors/TKY200403310406.html

asahi.com:ニュース特集
『【回転ドア死亡事故】
「東京オペラシティ」でも事故14件、ヒルズと同社製』



新国立劇場などが入る複合文化施設「東京オペラシティ」
(東京都新宿区)で、自動回転ドアに来場者が挟まれる
などの事故が00年以降、14件起きていたことがわかった。

事故は警備員の常駐をやめてから相次いでいた。

ドアは男児が死亡した六本木ヒルズの回転ドアと同じ
「田島順三製作所」製で、オペラシティ側は事故後に一部の
回転ドアの使用を中止した。

 東京オペラシティは地上54階建てのオフィスビルを中心に、
新国立劇場やコンサートホール、アートギャラリーなどが立ち
並ぶ。
オフィスビルでは約1万人が働き、レストランやショッピング
施設もある。
主要部分は96年から徐々に施設がオープンし、99年に全体
が完成した。
自動回転ドアは計6台ある。

 事故14件のうち、ドアに体を挟まれたのは12件。
救急車が出たのは4件ある。

 昨年4月、高齢の女性がメインタワー2階の正面ドアに入ろう
として、持っていたつえごと右手を挟まれ、抜けなくなった。
レスキュー隊がドアを逆回転させるなどして救い出した。

 昨年12月には男児がビル内から外に出る際、母親の手から
離れてドアに向かい、腕を挟まれた。
いずれも病院に運ばれたが、大事には至らなかった。
救急搬送された事故はこれ以外にも2件あった。

 また母親が目を離したすきに、子供がドアの中に入りこみ、
あわてて後を追った母親のかばんが挟まれる事故もあった。

 オペラシティ側は97年に自動回転ドアを設置した。
当時はそれぞれのドアに警備員1人を常駐させていた。
約3年間、事故はまったくなかった。

このためオペラシティ側は

「回転ドアが普及し、利用方法が浸透してきた」

と判断、イベントなどで混雑する時を除いて警備員の常駐を
やめたという。

 その後00年に3件の事故が起き、01年に1件、02年に5件、
03年に3件あった。
今年は3月までに2件あった。

 3月26日の六本木ヒルズの事故を受け、オペラシティ側は
6台のうち2台の使用をやめた。
残り4台についても、回転速度を標準から低速に変え、それぞれ
2人ずつ警備員を置いて警戒している。

(04/01 06:13)




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東京オペラシティでも、最初は警備員常駐体制で運営し、
事故ゼロだった。
ところがそれに安心してしまい、警備員の常駐をやめてから、
事故が相次いだ、となっている。
もともとこのドアが安全ではなかったことを証明しているが、
ヒューマンセンサーがなくなったことも事故原因になった。
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by bunbun6610 | 2017-03-26 08:00 | 六本木ヒルズ回転ドア事故



就労後の聴覚障害者問題(■社)

20■■年■月■■日(■)

会社の人事部長に、

「あなたを雇用し続けるメリットはありません」

と言われたことがあります。
リストラです。

しかし、それはどうしてなのか、
すぐにはわからなかったので、
しばらく考えていました。
そして、事業者への障害者雇用助成金の
支給要件を思い出して、やっとわかりました。

ある障害者は、次のように言っています。

「就労後、2年までは大切にしてくれる。
(雇用してもらえる、という意味)」

私も、ちょうど2年になります。

今は自宅待機命令期間で、労働はしていませんが、
会社の命令なので給料はもらえることに
なっています。
そしてそのまま、おそらくは長くても今年の
雇用契約期間満了までは、自宅待機命令が
続くらしい。

ということは、会社はそれまでは給料を払い続ける
ことになります。
会社はなぜ、このようにするのだろうか?

理由がないのにこのようにすることは、
絶対にありえません。

労働基準監督署に相談しても

「このようなことはありえない」

という。
だから、これには必ず理由があるのだ。


〔当ブログの参照記事〕

『労働基準監督署のアドバイス』
〔2016-12 -16 19:30〕


『ハローワークに報告・相談』
〔2017-02-11 19:30〕


その理由こそ、会社は障害者雇用助成金の
支給要件を満たし続けて、
助成金を確保するためなのだとわかります。

雇用して最大2年間は助成金がもらえるので、
それを利用しきりたい、というわけでしょう。
その間は、障害者へ支払う給料の半分以上が、
助成金が財源だから、というわけなのです。

当ブログ

『障害者雇用助成金の問題点』
〔2012-02-01 19:47〕


参照。


もし会社が、その財源を捨てるようなことを
すれば(=障害者を解雇すること)、
会社は全額負担で障害者に給与を払わなければ
ならなくなります。
だから、会社は雇い入れた障害者は2年間、
籍だけでも残しておきたいのだろう。
そうやってハローワークに助成金申請をするつもりだ。
こう考えれば、全てのつじつまが合う。

要するに

「助成金が出なくなる2年を超えてまでは、
障害者を継続雇用するメリットはない」

という意味で、人事部長は言ったのだろう。
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by bunbun6610 | 2017-03-25 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

『ろう文化』の疑問点


当ブログに、比較的アクセス数が高い記事がある。


『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02-28 20:20〕



なぜ、この記事にアクセスがあるのか、わからなかった。
だが、下の記事を読んで、これが理由の一つなのではないか、
と思えるようになった。



『ろう者の中には、「自分たちは障害者ではない。
手話という言語を使う民族だ。」
という人たちがいます。』

〔2015/9/2309:09:33〕
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?page=1&qid=10150639210



確かに彼らは、聴覚障害者と呼ばれて難聴者等と
混同されることを嫌っている。
それでよく、対立したりしていた。

手話についても

「難聴者が使っている日本語対応手話を“手話”
と呼ぶな。
"手指日本語”と言え」

と、大勢の聴講者がいる講演会で、よく話していた。



他にも、ろう文化のことで思い出すのは、
例えば下の記事だ。
ろう者と健聴者とでは、文化が違う。


『NHK『バリバラ』 ここがヘンだよ! 健常者 第2弾 (2)』
〔2013-05-23 18:30〕




でも、だからといって、モノを投げたりするのはどうか?
なぜ、こうなったのか?

実は、私が働いている職場にも、このような人がいる。
ろう者Tさんだ。

Tさんは、まだ手話禁止時代だった、
A県立ろう学校を卒業した人だ。
学校では手話を厳しく禁止していて、
口話教育を徹底的に受けさせられた。

授業中に手話を使おうというものなら遠慮なく、
先生から手を叩かれたり、
両手に水を一杯に入れたバケツを持たされ、
授業が終わるまで独り立たされたり、
紐で両手を縛られたりするという、
厳しい体罰を受けたりした。

学校ではそんな時代の教育を受けて、
授業が全て終わると皆でバスに乗って寄宿舎に帰った。
そこでは先生がいないので、
皆、手話に戻ってしまっていたという。
つまり、手話を含む、ろう文化の源泉は、
正確に言うならろう学校ではなく、
寄宿舎だったようである。
手話を教えている所なんて、どこにもなかったので、
寄宿舎では皆、オーバーアクションの手話で自由に、
開放的に喋っていたのだという。
授業中にあった辛いことなども、
そこで手話で話していたという。
なかには、手話で先生の悪口まで言い合っていた、
という。
そうやって、彼らは手話を自然に覚えていったようである。

そして、Tさんにはもう一つ、特徴的な文化があった。
同じ聴覚障害者を呼ぶ時、机を思いっきり叩くクセだ。
大きな音を立てたり、振動を起こして伝える方法だ。
あるいは、部屋の電気を突然消したりする場合もある。
これは健聴者からはよく、驚かれる行為だ。
いきなり大きな音を立てれば、聞こえる人はビックリする
わけだし、そもそもそういう行為は誰が見ても、
激怒しているとしか、見えない。
完全に、誤解される原因だ。
職場の人から「勤務態度が良くない」と評価される場合も
あると思う。
だから同じろう者でも、女性の場合は「あれは良くないよ」
と言うものだが、男性にはこういう方法で人を呼ぶ場合が、
今でもあるのだ。
特に、昔のろう学校で育った人にはいる。

こういうことをするろう者は、その方法が良いか悪いかは、
考えていないようだ。
ただ、自分にはこの方法が当たり前だからと思って、
やっているようなのである。
周りの健聴者はそれを見ても「すごい人だな」
「聞こえない、喋れない人だから、仕方がないな」
と思っているのか、
それとも怖がって誰もTさんに近づかないのかわからないが、
とにかく誰も注意しないのである。

これはやっぱり、健常者が必要以上に障害者扱い
しているのと、

「手話という言語を使う民族だ」

とも、無関係ではなさそうなのだが。
正直に言って、手話を取り入れ、ろう者も正しい方向へ
導くべきだと思うのである。
(『手話言語法』の制定)
それが、現状課題点だと思うのである。
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by bunbun6610 | 2017-03-25 18:11 | 手話言語法

すれ違う理解

■社での就労後問題(日記から)

20■■年■月■■日(■)

後悔しても何もならないが、■社に入っていなければ、
私はこんなに傷つくことはなかった。
■社は、聴覚障害者のことを何もわかっていなかった。
今だって、わかろうともしない。

職場実態は(財)全日本ろうあ連盟が、
その著書に書いている通りだった。
しかし、これがこんなに自分を傷つけるとは、
私も始めは想像できなかった。




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「身体障害者の雇用についての法律は1960年、
身体障害者雇用促進法の制定があります。
しかし、積極的に障害者を雇用する企業もあれば、
義務ではないので我関せずという企業もありました。
そこで1976年には納付金を納めることになったのです。
この為、多くの企業が特に新しく設備を作る必要のない
聴覚障害者を積極的に雇用し始めます。
しかし、しばらくすると聴覚障害者雇用の難しさに
気付き始めます。」
(厚生労働省手話奉仕員養成講座『手話教室 入門』
財団法人 全日本ろうあ連盟出版局
/2003年7月25日 第11版発行)




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私が■社の面接を受けたのは、20■■年■月上旬の、
ハローワーク・ミニ面接会が最初だった。

それから約1ヵ月後の■月上旬に二次面接があり

「■月■■日から就労できますか?」

と聞かれた。
私は、そのときに勤めていた会社を辞めなければ
ならないので

「■■月■■日からにしたいです」

と伝えた。
つまり、会社には聴覚障害者の受け入れ準備に
十分な期間があったと思う。
しかし、いざ入社してみると、聴覚障害者対応と
言える合理的配慮は全くなかった。
会社側は、それを平等と考えていたのかもしれない。
これは、何も特別な配慮ではなく、東京大学にも
女性用トイレをつくるのは当たり前なのと同じことなのだ。

なぜ、会社は聴覚障害者を雇用すると決めていながら、
受け入れ準備をしなかったのだろうか。

それから私は問題点を指摘し、要望を続けていった結果、
会社も労組も事の重大さを理解したのか

「障害を持つ方にも気持ちよく働いてもらうために」

と改善に乗り出していった。
しかし、会社も労組も、またも私の言っていることを
勘違いした。

聴覚障害者差別を職場環境と勘違いしたのだ。

このせいで、一層理解とは難しいものであり、
またすれ違いが私の心を大いに傷つけていった。
それが健聴者には、誰にもわからない。
誰も理解してくれないという事実が、私を一層孤独感に
沈めてしまい、苦しめていた。
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by bunbun6610 | 2017-03-20 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

『補聴器を装用すると、語音明瞭度が上がる症例』
〔2016年8月3日 [最終更新日]2016/08/03〕
http://l-s-b.org/2016/08/increases-understanding/



>「音を聞く事と、音声を理解できる事は、
全く異なる事です。
前者を調べるのは、聴力検査であり、
音声の理解力は、語音弁別能検査(語音明瞭度検査)
を行います。
私の場合、補聴器の効果に関して、
よく数値化しているのですが、それを繰り返していると、
補聴器を装用する事で、
補聴器を装用していない状態の最良の明瞭度より、
補聴器を装用した時の最良の明瞭度の方が高くなる
ケースをたまにみます。
このような症例をいくつか経験してきましたので、
今現在、わかる範囲で、まとめていきます。
なお、こちらに書いているのは、あくまでも私が
補聴器の調整や測定をして得られた傾向であり、
エビデンスがあるわけではありません。
また、まだまだ数が少ない状態ですので、
その点は、ご了承ください。」


補聴器への「慣れ」もあると思う。
ある程度なら、使いこなせるようになる人もいると思う。



>「補聴器は、簡単に言えば単に音を大きくする
機器であり、音を大きくして音声を聞かせたとしても、
それが理解に繋がらないのであれば、
補聴器を装用しても、思うように効果が望めない
という事がわかります。
語音明瞭度測定がやっている事は、
音声を大きくして聞かせると、どのくらい正解(理解)
するかを見るものであり、
補聴器の効果を可視化しているとも言えます。」


補聴器だけでは、単に音を大きくするとか、
聞きやすくすることはあっても、
それだけで言葉まで聞き取れるようになるとは限らない。
自己訓練が必要なのだ。
また、調整店や家族、周囲の人の支えも必要だろう。



>「もちろん、測定結果は、あくまでも静かなところで
行いますので、騒がしくなると、
良い数値の約半分くらいにまで下がるケースもあります。
この数値が良いからと言って、
全てが改善するわけではありません。」


支えの一つとして、環境を変える工夫もある。

実際の補聴器装用者から聞いたことのある話だが、

「本人が補聴器を使いこなせるかどうか」

「補聴器はメーカーや機種によって様々なので、
試してみないと、ユーザーとの相性が合ったり、
逆に合わなかったりもする」

「補聴器の調整者(販売店)の調整力にもよる」

「補聴器を百万円以上費やして購入してきたが、
効果がなかったので諦めた」

とか、たくさんの声を聞く。
補聴器が合う人でも、「ないよりはまし」という人もいれば、
「ないよりは全然いい」人もいる。

「『ワイデックス(デンマーク製)の補聴器がいい』と
有人から薦められたが、自分には合わなかった」
という話もある。

また、本人の訓練(リハビリ)次第で効果も違ってくる、とも。



>「初めに見かけた時は、こんなケースもあるんだなと
見過ごしていたのですが、ちらほら見かけるようになった
事、そして、明瞭度の関係上、あまり考えられる事では
ないため、気になり、自分なりに調べてみる事にしました。
仮に明瞭度を良くする方法が見つかれば、
さらに聞こえにくさを改善させられるかもしれないと
思ったためです。」

これはおそらく、補聴器の性能が、昔と比べて格段に
向上していることもある、と思う。
ユーザー側の持つ障害特性だけではなく、
補聴器側との二輪で、聴こえは改善するものだからだ。
障害者福祉でも、昔は国産補聴器(リオネット)しか
選べなかったが、今は自分で補聴器も補聴器販売店
(調整店)も選べるように変わっている。
するとユーザーにとって、選択肢も増えたことになり、
より自分に合った補聴器に出会えるチャンスも増えた
ことになる。
そりゃあ、以前より良くなるわけだ。




>「もちろん、測定結果は、あくまでも静かなところで
行いますので、騒がしくなると、良い数値の約半分くらい
にまで下がるケースもあります。
この数値が良いからと言って、全てが改善するわけでは
ありません。」


これは「感音性難聴障害」の、どうしようもないところだから、
この部分にだけ気にしていても、仕方がないことだと思う。




>「ただ、高い音が聞こえにくい事で、
理解力が落ちていると仮定し、
そこを上げ、良好になるのであれば、
聞こえにくさを底上げするヒントにはなります。」


これって、どうなのだろうか。
補聴器ユーザーの立場から言うと、私の場合、
苦手な高音域は諦めている。
ボリュームを大きくしたり、補聴器の専門調整士に
調整してもらっても、あまり改善効果が上がらないことが
わかっているので。

でも、そのうちにまた、画期的に進歩した補聴器が
登場するかもしれないので、完全に諦める必要はない
のだ。
それも含めて、

>「まだまだ、補聴器は捨てたものではないようです。」

これは確かに言えている、と思う。



補聴器を探し求めるのはいいことだが、
注意したいのは、過去に悪質な補聴器販売店もあった、
ということだ。


『補聴器販売店テクノスの悪質商法』
〔2012-04 -13 20:43〕



上の情報は、氷山の一角に過ぎない。
昔は、

「役所の障害者福祉課(ケースワーカー)
との“癒着業者”か?」

と思えたケースも、実際にあった。
だから、「補聴器を買おうかな」と思った時は、
充分に気をつけてほしい。
一人では決めず、他のユーザーとも情報収集しながら、
お店を絞ってゆくことを、おすすめする。
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by bunbun6610 | 2017-03-20 07:11 | 補聴器、福祉機器等



■社での就労後問題(日記から)

20■■年■月■■日(■)

この会社の問題点は、聴覚障害者がいる職場
の人たちに問題があるのだが、
その人たちはなぜか、次のように言う。

「この問題は上(人事部)に任せている」

「障害者雇用は会社として取り組んでいる問題
だから、上が考え、決めること」

「上が何とかする問題」

「何か聞きたいことがあれば、上に聞いて
(自分は、何もわかりません)」

「困ったことがあるならば、上に言って」

つまり、自分たちにはわからないとか、
関係がないとか、
関わらざるべき聖域のような問題だという
考え方がある。

その原因が個々の人によるのか、
それとも会社組織にあるのかは、
私もわかりません。

しかし、いずれにしても、聴覚障害者の職場問題は、
周りの人が何とかすれば、すぐに解決する問題が
多いものです。
それなのになぜそうしないのか、できないのかが、
疑問です。

上司の硬直した考え方は、聴覚障害者への
職域差別をさらに正当化してしまいます。
それがこの問題を深刻にしてしまったのだと思う。

健聴者の聴覚障害者への言いにくさから、
コミュニケーション問題もあった。

例えば、

「障害者は健常者と別の仕事をやってもらうことに
している」

という事実があったとしよう。
それを健聴者が言いにくくて言わなければ、隠せば、
聴覚障害者は曖昧模糊にされたのだと怒るのも
無理はない。

かと言って、事実をハッキリと言ってしまえば、
それも聴覚障害者は差別だと怒るだろう。

したがって、どちらにもできないがゆえに、
健聴者は曖昧に答えるのが常になっている。
Y部長の言っていた

「障害者とコミュニケーションを取るのは難しい」

という言葉の真意も、おそらくそれを避けたいがため、
であろう。

しかし、それも結局は、事態を悪くしてしまう。
聴覚障害者には精神的に苦しいからである。

健常者は

「障害を持つ方に気持ちよく働いてもらうために」

と言うが、それは一体、どういう意味で言っている
のだろうか。
私にはさっぱり理解できない。

これから障害者と共生していくために、
「真の平等」の意味を、
健常者は今からでも、よく考えてほしい。
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by bunbun6610 | 2017-03-19 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

ドキュメンタリー映画
『FAKE』
(監督・撮影; 森 達也)




〔関連記事〕

『佐村河内氏ドキュメンタリー映画6・4公開決定』
〔2016-03-09 21:46〕






DVD『FAKE』(ディレクターズ・カット版)鑑賞後の感想(2/2)


アメリカの著名なオピニオン誌『The New Republic』の取材

デヒリ(記者);
「新垣はサインはできる?」

香;
「ああ、手話ってことですか?
できないと思いますよ」

デヒリ;
「どうやって話した?」

香;
「どうやってお話をしたんですかって」

デヒリ;
「奥さんの方が介入されたんですか?」

香;
「ああ、私は一切知らない。
仕事に関しては知らないので。
二人だけで会って。」

デヒリ;
「どうやって会話を交わされたんですか?」

香;
「どうやって会話をしていたんですかって。」

佐村河内;
「彼はほとんど喋りません」

デヒリ;
「何時間も何時間も一緒に過ごしましたが、
よく喋る人でしたよ」

佐村河内;
「だいぶ慣れたんでしょうね。
そういうことに。
ほとんど聞いてないです。
もう時計見て、帰りたい帰りたいって。
いつもです。ずっと18年間。
そもそも、“この通りやれいいんでしょ”っていう
スタイルです、彼は。」

デヒリ;
「聴こえない時代に音源を録音する。
で、その聴こえない音源を今度新垣さんに渡して、
新垣さんが何をしたかも聴こえない。
新垣さんの最終的に作った音楽が、
本当に佐村河内が自分の作曲したものと
一致しているか―確認はどうされたんですか?」

佐村河内;
「私は鍵盤を見ると、かなりの情報がわかります。
弾いていたので。」

デヒリ;
「会話ができない中で、新しい仕事の仕方を
一緒に作らないといけないんですよ。
だからそのあたりが、いつ頃だったか、
その過程について知りたい。」

香;
「手話の勉強をしてた本。」

デヒリ;
「いやいやいや。
それは疑ってはないんですよ、別に。
もちろん、信じてますよ。
それを使わなかったことまで、疑っていませんので。
補聴器があったかどうかは、あまり大したことだとは
(思っていません)。
それは別に、見せる必要ないです。
私たちは信じてます、それは。」


(佐村河内が突然立ち上がって、休憩すると言い出す。
その反応に、記者たちは
「我々が今、何か悪いことでも言ったか?」
と驚く)


香;
「話は違うんですが、神山さんと会ったんですか?」

デヒリ;
「もちろん。関係者はほとんど。
漏れずに聞いています。すると、ご本人も出てこないと。」

香;
「ああ、そうですね。」

(佐村河内が休憩から戻り、未発表の『交響曲第二番』の
指示書を見せて、説明する)

デヒリ;
「ただ、誰も音源を、佐村河内が作ったもの(音源)を
聞いていないんですよ。
メロディーが実際、佐村河内が作ったかどうかという
証拠はないんです。
私たちは、これ(佐村河内が作った指示書)を読めない。
音楽に置き換える方法がわからない。
これが音に変わる瞬間。
例えば、新垣に指示するときに、
多分その何かを演奏すると思うんですね。
隣で鍵盤で弾くんでしょ?」

佐村河内;
「(それ)もあれば、そのメロディーを渡して、
その場でコードを一緒に付けていくっていうことも
ありますね。」

デヒリ;
「じゃあ、それを見せてもらえます?
それだと、一目瞭然だと思うよ。
少し、その部分とかは弾けます?
メロディーとか、何か一つ。
このあたりとかの。
多分、それが1つの課題なんですよね。」

佐村河内;
「う-ん・・・。
もう長く鍵盤触っていないんで。
いつだっけ、捨てたの?」

香;
「キーボード捨てちゃった。」

デヒリ;
「ないんですね?
シンセサイザーとか?」

佐村河内;
「もちろん、ないです」

デヒリ;
「でも、何でない?」

香;
「何でないんですかって」

デヒリ;
「それは別に、捨てる必要ある?」

佐村河内;
「何でですかね・・・部屋が狭いから?
本当です。
凄く狭かったです。」

香;
「ああ、ここじゃなくて」

デヒリ;
「じゃあ、この3年の間は、打ち込みはなかったという
ことですね?
それは歌を歌ったり、送るとか、そういうこと?」

佐村河内;
「そうです、そうです。」

デヒリ;
「それで、新垣が自分のもの(作曲)だって
言うんじゃないですか?
打ち込みが来なくなってきたから、じゃない?
新垣さんが作曲できる証拠はいくらでもある。
でも、私たちはまだ(佐村河内さんの)音源は
もらってないし、聴いてないし。
指示書は見てる。文章は見てる。
でも、多分、多くの読者が、それを作曲の半分までと
(すら)思えない可能性は高いです。
是非、何か1つの、佐村河内の作曲である
音源なり何なりを、見せてほしいんです。」




外国人記者は、非常に説得力のある言葉を
投げかけていた。
全力で、妥協なく取材する姿勢が伝わってきた。
さすが、日本人のやり方とは違う。




森;
「音楽やりませんか?
作曲しませんか?

本当に、音楽好きなのかよって、僕は言いたい。
頭の中、溢れているはずでしょ?
出口を探しているはずでしょ。
頭の中でメロディーが。
いっぱい時間あったんだから。

僕・・・タバコやめます。
この映画ができるまで。」





佐村河内;
「すっごい細かいですね、これ。
自分、こんなことに楽器が手元に戻ってくるまで、
自分、こんなことに感情が動くことなんて、
なかったもん。
きれいだとか、本当に楽器のおかげというか、
作曲できたおかげで。
香には、すごく穏やかになったって言われてるし。
これ、達也さんの、はい。」

森;
「この映画は、今日の撮影が、おそらく、
最後の日になると思います。
で、守さんに質問。
僕に今、隠したり、嘘をついたりしていることは
ないですか?」

佐村河内;
「うーん・・・・(長い沈黙のまま、映画のシーンは閉じた)」



さあ、この映像の中に、FAKEはいるのか?
いるのならば、それは誰なのか?
「矛盾」が謎だ・・・・。
2回目に観る時は自分の視点も変えて観ると、面白い映画だ。
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by bunbun6610 | 2017-03-19 18:01 | 難聴・中途失聴