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蒼穹 -そうきゅう-

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すごい! 煮干ラーメン『凪』新宿ゴールデン街別館
東京都新宿区歌舞伎町1-9-6 三経ビル1階

http://www.n-nagi.com/


1杯当たりのスープに、煮干約60グラムを使用しているとか。
ドロドロ系のスープで、煮干しがぎっしりという感じだ。
煮干ペーストが入ったようなスープとでも言えようか。
初めて遭遇した、超個性的なラーメンだ。

カウンターから調理風景を覗くと、
麺を茹でる直前に、麺をよく揉んでいる。
強く揉んでいるのだ。
それからすぐに茹でると、
あの独特の縮れが更に強くなるのだろう。
麺のグルテンを出しているのだ。

こういう技法があるとは、知らなかった。
これによって生み出された縮れが、
濃厚なスープをしっかりと絡ませて、
濃厚な味わいになるのだろう。

すごい煮干しスープは、
それだけでも美味しいが、
やはりラーメンだから、
麺によく絡ませて食べるのが一番いい。



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『特製すごい煮干ラーメン』(1000円)
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by bunbun6610 | 2017-02-19 20:00 | 食べ物(ラーメン編)


就労後の聴覚障害者問題(■社)

20■■年■月■日

会社の労働組合の●●●●●●●労働組合
中央執行部のTさん、
同 事務C支部 委員長のWさんと面談した。

私のメールでの問い合わせ

「組合主催行事での、通訳費用はどうするのか?」

という問いに対する、回答のためだった。

「聴覚障害者対応の通訳は本来、
個別にも対応したいところだが、
費用負担がかさんでしまうと難しくなる」

という理由で、

「後日に障害者をまとめて集め、通訳を配備したい、
という考えだった」

という説明をしてくれた。

「どうすればよいかはまだ決まっていないが、
労働組合は(健常者も含む)皆の組合費で
運営していることもあり、
周囲の理解が得られないと、
聴覚障害者への個別対応にまで負担するのは難しい」

ということだった。
(何だ? このまとまりのない、いいかげんな回答は?)

しかしその後もずっと、結局は労働集会に
通訳者が派遣されたことはなく、
個別に対応されたことも一度もなかった。

健聴者はすぐナンタラカンタラと言い訳をして、
ろう者をだましてしまう。
そして、その場限りで逃げてしまう。

聴覚障害者だって、健常者と同額の組合費を、
給料から強制徴収されているのだ。

これが本当に、皆のための労働組合のすること
なのだろうか?



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by bunbun6610 | 2017-02-19 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1


ろう学校と聖書を愛する男
『何故、ろう学校教師は日本手話ができないのか?』

http://blog.goo.ne.jp/kuuro-tanada/e/c00459e59741f94eeaeb0be1aab3eecf


>「これに対して、明晴学園関係者は以下のように
回答した。

聾学校の先生の多くは日本手話ができない。
子どもと十分なコミュニケーションができない。
このような状態で、手話を日本語に云々というのは
言語道断である。
日本手話をみっちり学んで子どもと十分なコミュニケーション
ができるようになってから質問して欲しい。」」


これって、ビックリすることだ。

私の知っている、ろう者・Tさんから聞いた話がある。
Tさんは秋田県立ろう学校卒業だという。

(現在の秋田県立聴覚支援学校。
なお、現在のこの学校では、手話が使われるように
変わっている、という)
http://www.kagayaki.akita-pref.ed.jp/chokaku-s/


Tさんがこの学校に通っていたのは、35年以上も前のことだ。
その頃は手話禁止時代だったという。

学校の先生の日本語指導は厳しく、毎日、
日本語の読み書きを教えていた。
その教育法は体罰法で、授業で手話を使うと
手を叩かれたり、水を張ったバケツを両手に持たされて、
廊下で立たされるといった罰を受けたという。

普通学校に通ったろう者から話を聞いたら

「手話を使うと日本語を覚えなくなってしまう。
子どもが日本語を使わなくなってしまうから」

と言っていた。
Tさんが通っていた当時の秋田県立ろう学校でも、
学校の授業では手話禁止だから使えなかった。
だが寄宿舎に戻ると皆、手話で話し始めた。
みんな大げさ、オーバーな手話だった。
だが学校と違って、楽しかった、と懐かしげに言っていた。

そのTさんだが、実は頭がものすごくいい。
誰よりも早く、仕事を覚えてしまったので、
皆が一目置くほどの存在だ。
それはなぜか?

私はその理由が、彼がろう学校時代に覚えた
日本手話にあるのではないか、と思う。
ろう学校時代の授業だけではないかもしれない。
なぜなら、彼はこう言っているからだ。

「学校の授業を幾ら見ても、単語までなら覚えられるが、
それに付く「てにをは」とかまでは、理解できなかった」


神奈川県立平塚ろう学校
http://www.hiratsukarou-sd.pen-kanagawa.ed.jp/

でも、何年か前から外国人向けの日本語教育に着目して、
日本語教育方法を転換している。
ということは、昔の教育法が間違っていたのだろう。


私は子供時代から難聴だったが、普通学校に通った。
聞き取れなくて、学校の先生の授業はほぼわからなかった。
だが、たくさんの同級生と休み時間に遊んでいるうちに、
それと担任先生に読書を勧められてどんどん読んでいるうちに、
日本語をしゃべるようになったし、読み書きもある程度、
出来るようになった。
普通の子供よりも日本語の獲得が遅かったが。


この話と比較すると、ろう学校の教師たちも

「やはり、ろう児に日本語を教えるには、
手話をやめさせなければいけないのだろうか」

と思うかもしれない。
そう思うのも無理もなかったかもしれない。

ちなみに、普通学校に通ったろう者は、
日本語がきちんと書けるし、日本手話も出来る。
どうしてなのかはわからないが、
本人から聞いた話では

「普通学校に通う傍ら、ろう学校に通っていた、
ろうの友だちにも会い、一緒に遊んだ」

と言っていた。
つまり、子どもの頃からバイリンガルだったのだ。
ということは、明晴学園の教育法は間違っては
いないことになりそうだ。


>「ろう児の手話が読み取れていないことを
自覚しない教師は実は多いのである。
ろう学校で、きちんとした手話研修が行われて
いないということ、

「子供が声を出さないと、何を言っているのか
分からないので、声を出してくれるとありがたい」

と自分を擁護する教師もいることを考えると、
時には厳しい発言は必要であろう。」



これは一体、どういう意味だろうか。

例えで言うならば、私の母語は日本語である。
だが聞こえないので、手話が分からない健聴者には
筆談してもらうことが多い。
それで通じる。
ただし、これは

「筆談で同じ母語(日本語)でコミュニケーションを
したから通じた」

とは、実は限らないのである。
私は筆談でも通じないと思う経験を、たくさんしてきている。
そんな時に、相手に「筆談力」がないことが原因だと
思うこともあった。
その証拠に、筆談で通じる人とは、ちゃんと通じているからだ。
コミュニケーションは、母語が同じであれば必ず通じる、
と思っていたら大間違いだ。

私は第二言語として手話(日本語対応手話と日本手話)
も不完全ながら獲得しているが、それでも十分に通じる
場合がある。
つまりこのことが、コミュニケーション能力とは

「母語にとらわれることなく通じることが可能な力」

を意味している、と思う。
ろう学校教師たちの大きな間違いの理由が、
ここにあるのではないか、と思う。
言語の違いがコミュニケーションを難しくすることは
あるが、だからといって、不可能だとは限らない。
言語が違っていても意味を正しく伝えられる場合も、
実はたくさんあるのである。
日本手話は、ろう児に

「言葉の意味〔言葉と事象の関連性〕を正しく伝える力」

において優れているという事実を、忘れてはならない
と思う。
言葉の上っ面に頼っているから、そして自分(教師)が、
ろう児の言葉(日本手話)が理解できないから、

「子供が声を出さないと、何を言っているのか
分からないので、声を出してくれるとありがたい」


と言うのではないか。
そういうのは、真の教育ではない。
「日本国」という、管理社会をつくるための教育だ。
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by bunbun6610 | 2017-02-18 23:30 | 手話言語法

麺屋『義』

麺屋『義』
東京都台東区谷中3-24-1 野口ビル1階

https://tabelog.com/tokyo/A1311/A131105/13199273/


https://ramendb.supleks.jp/s/94438.html


http://blog.livedoor.jp/kigekiramen/archives/65421788.html



ろう者からの噂を聞いて、やっと行ってみた。
前にも行ったことがあったのだが、
ここは日曜日は休んでいる場合が多いそうだ。
日曜日に休む飲食店は珍しいから、
「まさか!」と思ったものだ。
行かれる場合は、気をつけてほしい。

土曜日の夜になって店に入ると、
早速数人のお客様が入っている。
普通のラーメン屋だ。
ところが、音声が異常に少ないので、
音声による活気は感じられない。
女性健聴者ただ一人だけが「いらっしゃいませ」
と声と手話で挨拶をしていただけだったので、
ちょっと普通のラーメン屋とは違う印象だった。
店主のろう者と二人だけだったからかもしれない。

メニューは少ないので、本当に一杯の丼勝負の
ラーメン店だと分かる。
「塩味」のラーメンが目当てだったのだが、
既に売り切れてしまっていたので、
「特製義ラーメン・しょうゆ味」にした。
特製とはいえ880円は高いか、
それとも安いか・・・・。
食べてみないことにはわからない。

カウンター席なのに、わざわざ運ばれてきた
ラーメンは、見た目が美しかった。
しょうゆラーメンといえば、もっと色が濃いかと思ったか、
これは美しいコンソメ色に近かったのだ。
スープの味を見るためにスープから頂くと、
これが美味なので驚いた。

(この時、絶対に箸でかき混ぜてはならない。
すぐに他の材料との中和が進んでしまうからだ)

上に焦がし玉ネギのような調味料が浮いていて、
しょうゆスープと合う。
醤油スープというよりも、
しょうゆ風味コンソメ・スープみたいな感じだった。
しょうゆスープにしては色が薄いので、
これは良質の塩も使っていることは間違いないだろう。
フランス・ゲランド産の塩を使ったラーメンを
食べたことがあるが、それに似ている。


『麺屋 空海 ―仏ゲランド産塩のラーメン』
[ 2013-04 -14 18:30 ]




丸味のある塩味が出せる塩を使わなければ、
こういうスープは出来ないと思う。

チャーシューは昔時、今時のチャーシューではなく、
ローストポークと軽く煮込んだ豚肉
(いや、鳥のような気もしたが)
を使っていた。
これも非常に美味しい。

ローストポークはスライサーで超薄切りにして、
まるでハムのような味わい。
『ましこ亭』に似ている。


『東京 ましこ亭』
[ 2014-03 -24 20:00 ]



そしてもう1つのタイプの豚肉?(鶏?)は、
軽く煮込んだものを厚切りにしていた。
チャーシューがフランス料理で言う「ラグー」
だとすれば、ここの豚肉?(鶏?)は「レジェ」だと思う。
ラグーだとチャーシューのように味が浸み込むが、
レジェだと、肉の味わいをよりストレートに味わえる。
だから、このスープにも合うわけだ。

こういった2つのコラボレーションは石神秀幸氏が
評価した『麺創研かなで 改(かい)』に似ていた。


『麺創研かなで 改(かい) ―煮干ラーメンは美味』
[ 2013-04 -13 18:30 ]




しかし、この2つに比べても『義』のほうが
断然美味かった。

ただ、一つだけ理解できないのは麺。
東京でも今や博多ラーメンや久留米ラーメンが
多くなってきている。
それらでは固めに茹でた麺が多い。
それに食べ慣れてきていることもあり、
『義』の麺はかなり柔らかく感じる。

だがそれにしても、スープがあっさりしていて飲みやすく、
肉のボリュームもあるので、880円は満足だ。
次こそ、狙いを定めている「塩味」を食べてみたい。




【料理専門用語について】

「ラグー」・・・煮込み料理の総称。
ミジョテ という技法によって作られる。
http://www.french.ne.jp/modules/xwords/entry.php?entryID=27&categoryID=5


「レジェ」・・・軽い 薄い
http://www.ss-foodlabo.com/knowledge/tyouri_detail.php?id=463


例えば「子羊もも肉の軽い煮込み」といったメニューに、
「レジェ」の用語が使われていたことが、昔あった。

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『特製・義ラーメン(しょうゆ味)』(880円)

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【追記】(2017年3月4日)

11時30分に着くや、先客が2名、その後に入れた。
だが待っているうちに、どんどんお客さんが
なだれ込んできて、店内も店外もあっという間に行列に。
やはり、人気がある。
多くがリピーターなのではないか、と思う。

店内は店主一人でラーメンづくりをしていて、
接客等の女性店員が2人いた。
厨房では店主が厳しい表情で、
ゲキ(手話で)を飛ばしていた。
すこぶる真剣だった。

でも、味わうラーメンはとても優しく、
美味しい。
是非また行って、食べたい。


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『特製・義ラーメン(塩)』(880円)
塩は芸術的なほど、きれいなスープです。
味に雑味がないことも特徴。
塩は国産数種類のブレンドとか。
しかし最大のポイントは、
水にもこだわっている点ではないか、と思う。
このスープは、特にローストポークと合っている。
とにかく美味い一杯である。
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by bunbun6610 | 2017-02-18 21:24 | 食べ物(ラーメン編)

働く苦しみの違い

就労後の聴覚障害者問題(■社)

【聴覚障害者の働く苦しみは、健聴者とは違う、ということ】

「働く」ということは、聴覚障害者にとって、
いろんな問題を抱えてしまうことです。

健聴者だって、問題を多く抱えているし、
その質量がどうのこうの、と言うつもりはありません。

言いたいのは、抱えている問題の中身が“違う”ということです。

健聴者は、普通に仕事のことを考えていますが、それって、
私も昔は、本屋へ行って、いろいろな本を買って読んでは、
参考にしてきたつもりです。

例えば、デール・カーネギーとか、アレキシス・カレルとか、
アーノルド・ベネットとか、加藤諦三とか、
ビジネスで成功する本、人生の成功哲学書とも言われる、
いろんな本から、対人関係をよくする方法についても、
読んできました。
成功するか否かは対人関係にある、
といっても過言でないかもしれません。

でも「耳の聞こえない聴覚障害者がこれらを読んで、
果たして本当に実践できるだろうか?」
と疑問に思うようになったことも事実です。


実は先日、あるろう者から

「世界のお金持ちのやり方を見習えよ」

と言われたのですが、それが例えば、
こういった本に書いてある出世術のことなのです。

「人の悪いところを見るより、いいところを見て褒めろ」

とかね。

その人は具体的には、次のように話しました。

「筆談を頼むとか、あなたは甘い!
あなたが努力しないから、相手は筆談もしてくれないのだ。

例えば、飴玉を毎日持っていって、皆にあげる。
そうすると、だんだんと距離感が縮まり、
親切にしてくれるようになる人もいる。
自分はそれをしたから、周りに助けてくれる人がいた。
親切にしてくれない人もいるが、それでもガマンする。
怒ったら負けだから。

親切にしてくれるようになった人に、筆談をしてもらえばいい。
筆談してくれないからと言って、怒るあなたのほうが、
ワガママだ。」

このような考え方をする人もいるし、いろいろだと思います。

この話を聞いて、私は昔、新聞配達のアルバイトをしていた
ときを思い出してしまいました。

自分の受け持ち範囲のすべての家に、
新聞を毎日配達しなければなりません。
そのなかに、私が行くと必ず吼えまくる犬を
飼っている家があったのです。

それでどうしたらいいものか、先輩に相談しました。
先輩も一緒に来てくれて、鶏の唐揚を犬に食べさせて、
自分になつかせていました。

それを私も続けるうち、その犬は私が新聞を配達にきても、
吼えなくなったのです。

ビジネスの世界でも、道徳的にどうのこうのというより、
まず相互メリットに気づいてもらうことが大事
(「大事」というか、少なくとも「手っとり早い解決方法」)
なのかもしれません。

自分からメリットを与えれば、相手もそれを
してくれるようになる、という関係を自分からつくっていく。

そうすると、職場の皆が変わるというわけでは
ありませんが、誰か一人ぐらいは、自分の味方に
なってくれるかもしれません。

味方になってくれないからといって、その人を
攻撃してはいけません。

それをすれば、味方になってくれている人まで、
離れていくでしょう。

味方になってくれるまで、辛抱強くガマンし、
成功するまで方法を探り、試してみることだ、
というわけです。
そして、味方になってくれる人を少しずつ
増やす努力をすることだ。

「あんなにしたのに(してやったのに)」

という態度はダメです。

まぁこれは、戦略的実行なので、するほうも、
(初めのうちは)あまり気持ちよいことでは
ないのですが、会社は基本的に、お金をもらいに
行くところですから、そういう苦労をしなきゃ
いけないのは、当たり前なのでしょう。


そういうことは、私もわかっています。

でも人間同士の場合はモノをあげるという行為を
通してより、やっぱり音声コミュニケーションの
比重が圧倒的に大きいでしょう。

人間はやっぱり、モノをあげたりもらったり、
という関係からではなく、コミュニケーションで
関係を築く動物だと、つくづく思うのです。

つくづく・・・と。

耳の聞こえない自分が突然にこんなことを言って、
相手に筆談で言葉を書いてもらうことが、
喜ばれるとは思えません。

皆の話しに、まったく割り込めません。
割り込めば「この人、ヘンな人だな…」と
思って逃げる人もいるし、
「仕事中に邪魔しないで」と言われたりする。

皆はやはり、その人たちのおしゃべりと、
私との筆談は違う、と思っているのです。
親切な人がゼロというわけではないけれども…。

やはり筆談はどうしても必要に迫ったときしか、
お願いしにくいものです。

仕事中では特に、筆談をする状況にしてしまうことは、
ストレスを与えるほうが大きい、と思い、
遠慮してしまうものです。

そして自分だけ、自分一人だけ、
自然なコミュニケーションはできない、
と気づくのです。

それが一層、自分の胸に、重たくのしかかってくるのです。

それでコミュニケーションはせず、一生懸命仕事をすると、
褒められることもありますが、ただそれだけのことです。

そのうち、そんな職場、皆のこと、そんな関係が
嫌になってくるものです。

言わなければ改善しないが、かといって、言う方法も難しい。
試しに言ってみたところで、失敗の連続なのか、
結果が伴わないので、それも疲れてきます。
かくして問題解決を放棄せざるをえなくなります。
放棄するのではなく休めばいいのでしょうけれども、
とにかくそうしないと壊れるからです。
かといって、休むのに慣れ過ぎてしまうと、
もうどうでもいいようになってきてしまいます。
これは、本当に難しい作業です。

そんなときに頼れる、聴覚障害者版人生の
成功哲学書はないのです。
ひょっとすると、成功した人がいないから、
書いた人も未だいないのかもしれません。

「自分はいったい、何でこんなことに、
いつまでもハマったままでいるのだろう?」

と、疑問に思いながら、悶々とした日々を過ごし続ける。
やるせない気持ちで。
あるろう者は

「運命だから、しょうがない」

と言いました。
いつまでもこだわっていないで、ときには

「しょうがない」

と割り切らないと、精神的安定がえられない場合もあります。

天気は、自分で晴れにすることはできない。
晴れるか晴れないかは、誰にもわからないし、
できるものでもありません。
それは聞こえる人も、聞こえない人にも公平です。

でも、健聴者だけ、それができるかのように思えてしまい、
つい恨めしくなってしまうのです。

これは心の病気なのか?
それとも、単なる悩みの部類に過ぎないのかだろうか?

何もわからない。
だが、苦しい、ということはわかる。

この苦しみから逃れられる方法も、
自分にはまったくわからない。

究極の方法だが、もし死んだら、
この苦しみから逃れられるだろうか?
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by bunbun6610 | 2017-02-18 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/34766885.html


炎のジョブコーチ
『(発達障害)「あまえ」「わがまま」「努力不足」の前に…』
〔2013/2/13(水) 午前 0:49〕



発達障害のある人の支援をしていると時々、

「あまえでは」

「非常識では」

「努力不足」

とありったけの自尊感情をゆさぶるような
言葉が周囲から聞こえることがあります。

ある方のお話ですが、その方、顎髭が伸びて
職場で注意されても剃ってきません。
何度注意されても剃らないので、
次第に職場から整容面での課題あり、
そしてだらしないと思われてしまいます。

職場からジョブコーチに連絡があり、
整容面の指導をしてほしいとのことで、
ジョブコーチが自宅で一緒に髭を剃ることに
なりました。

ジョブコーチが少し上を向いて下さいと伝え
顎の下をカミソリで剃ろうとすると、
小さなうなり声をだしながら、
ものすごい苦痛に満ちた表情で辛抱しています。

どうしたんですか?
と聞くと、カミソリの刃が怖い、刃の感覚が苦手、
とのことです。
あまりの辛そうなその表情に

「他の方法を考えましょう」

と思わず諦めました。

結局、先の丸い鼻毛カット用のハサミで切ることに
しました。

そこには、定型発達の人が想像するよりかなりの
苦痛が存在しています。
「あまえ」ではとか「本人の努力」とか簡単に言う
けれど、想像以上の苦痛が存在していたり、
感覚の違いが困難にしていることがあります。
その方の苦痛に満ちた表情を見て教えられました。

「あまえ」「わがまま」「努力不足」どれとも
違っていました。





==========================





整容面での指導が厳しくなる理由は何だろうか?
それが、ここではわからない。
もしも接客業だったら、だらしがなく見えてはダメだろう。

そういう業種でなくても、周囲から見て不快に思ったり、
同じようにマネをし出すスタッフも出てきたりしたら、
やはり悪影響だと思われるだろう。

そういったことはどうなのか、書かれていない。
ここでは、視点の違う一面が語られているに過ぎない。


でも、簡単には言い切れない実情があることは理解できる。

私も今、聴覚障害ゆえの副次障害に、とても苦しんでいる。
健常者だけでなく、他の障害を持った人にも理解されない。
そういうのがある、ということは分かる。

同じ障害を持つ友人が

障がい者の苦労は、当事者にしかわからないと思います」

と言っていたが、その通りなのだと思う。

もし自分に「あまえ」「わがまま」「努力不足」
という言葉を投げかけられたとしたら、どうだろうか?
やはり傷つく人もいるのではないだろうか。
それでは、仕事に悪影響になっても仕方がない。
そして負のスパイラルに乗って、
最悪になると欠勤を繰り返すようになったり、
自殺なんてことにもなりかねなくなる。

そこの想像力が欠如していることのほうが、問題だと思う。

「一体、本当の障害者はどっちなのか?」

と、私ならば考える。
これも、健常者とは別の視点で語っているに過ぎないが。
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by bunbun6610 | 2017-02-18 13:02 | 就労後の聴覚障害者問題B



http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/37507496.html



炎のジョブコーチ
『(就労支援)余暇とストレス対処行動』
〔2017/2/12(日) 午後 7:11〕


就労支援をしていると余暇の重要性をとても感じます。
仕事が長続きする要因として、本人のもともとの資質、
会社の雇用管理が上手、家族のフォローや支援者、
様々あると思いますが、余暇や趣味の有無は結構
上位ランクの要因かと思います。

余暇には主に二つの役割りがあるように思います。
一つは、ストレス対処行動としての余暇で。
会社で嫌なことがあったら、その嫌な「感情」は持続
します。
この感情が持続すると体調や不眠にもつながり
翌日の仕事に影響します。
また、何度も同じ悩みを考えていると、ちょっとした
出来事でも、だんだんと深刻な出来事に頭の中で
変わっていきます。
例えば、少しミスして注意されただけなのに、
そのことが頭をグルグル回るなかで、深刻化し、
仕事や会社そのものが嫌になっていきます。
そうすると、行きたくないし辞めたくなります。

余暇活動は、この嫌な気持ちを断ち切るための
スキル(ストレス対処行動)になります。
帰りに喫茶店に立ち寄ったり、友人と会って食事
したり、又は身近で一人で没頭できるようなものが
あるといいですね。

もう一つは、豊かな人生を送るための余暇です。
余暇は、仕事以外の自分を表現する場です。
自分の好きなことを楽しむことで自分らしい人生を
送ることができます。
また、余暇を通しての色々な人との出会いは、
人生をより豊かにしてくれます。

仕事が長続きする人は、やはり余暇があって、
気分転換が上手な人です。
反対に、気分転換が上手でない人、趣味や余暇が
乏しい人は長続きしないように経験上、感じています。




===========================





私は余暇の使い方が本当に下手だ。
仕事のことをほぼ毎日引きずるし、不満や問題点なども、
何でもブログに書いたりする。
余暇の使い方で最も大切、最重要なのが
「切り換えること」だとすれば、
私には余暇が与えられても、意味がないのかもしれない。

また、世間では「嫌なことを家庭に持ち込まない」という、
良き夫、父親のルールもあるらしい。
会社で遭った、良くない感情を家庭に持ち込めば、
やっぱり家庭を壊しかねなくなるだろう。

恋人と逢う時でも、仕事のことを持ち込む男はモテない、
嫌われると言われている。

そういった点を考えると、やはり下の言葉は、
仕事が長続きするかどうかだけでなく、人間関係、
人生を楽しむための、重要なキーワードだ思う。

>「仕事が長続きする人は、やはり余暇があって、
気分転換が上手な人です。
反対に、気分転換が上手でない人、趣味や余暇が乏しい
人は長続きしないように経験上、感じています。」


良き家庭を築きたいと思う良妻賢母型の女性は、
伴侶選びの参考にもなる話かもしれない。

人生の大半を会社で過ごしているといっても、
会社が人生の全てではないのだ。
そこに飲まれてしまってはならない。
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by bunbun6610 | 2017-02-14 00:23 | 就労後の聴覚障害者問題B


『コンニャクみたいな、つかみどころのない話術』



なぜ健聴者は、曖昧な話し方が多いのか、
健聴者に聞いたことがあります。
そうしたら、

「ハッキリ言わないほうが、
後で都合がよい場合もあるからよ」

という、信じられない理由でした。

よく言えば
「臨機応変にできるから」、

悪く言うならば
「優柔不断だから」や「曖昧模糊にしている」
ということなのだろうか?

どっちにも転べるように余地を残しておくあたりが、
確かに「都合がいい」と言えなくもないが。


当ブログ

『無期限自宅待機中の、会社(人事部)との第1回面談』
〔2017-02 -05 19:30〕


では、会社人事部と話した内容を述べました。

そこでやっぱり、健聴者の話し方は、
その言葉をまともに受け取って
コミュニケーションをしてはいけない、
と思いました。


相手のコミュニケーション文化を受け入れて
コミュニケーションをしないと、すれ違ってしまう

と思いました。

いや、受け入れたくない場合はそれでいい。
必要なのは、それも考慮して、
意味を考える、ということだろう。

例えば、表面では「解雇ではない」と言っていても、
解雇と同じ意味だってあります。

相手が「解雇」とは言っていないからといって
「自分には職場に留まれる可能性が残っている」
と考えていいわけでもありませんでした。

会社が私の腹の底から聞きだしたいことは何なのか、
また私が何を悟ってほしいのか、
会社が何を求めているのか、
そういったことを、
それが非常に大事な話であっても、
会社はストレートに伝え合おうとはしません。

心理戦みたいな馬鹿馬鹿しさがあって、
本当にやりきれませんでした。
しかも、その時間の無駄遣いのスゴイこと…。

これは日本人特有の、ダメなコミュニケーション方法
かもしれません。

『「コミュニケーション力」とは』〔2011-04-12 21:04〕

も参照。

一発で言うと、ろう者の木村晴美氏が言っているように、
健聴者はやはり「察する文化」なのです。


■月■日にY人事部長が言った

「あなたが自宅待機中に考えること。
自分にとって、本当にこのまま、ここで働くことがよいのか?
職場の人間関係を元に戻すのは、相当の協力が必要です。
ストレスが重なり、さらに環境が悪くなったり、最悪、
あなたの心身の健康を害することは好ましくない。
リフレッシュをして、ゆっくり、冷静に考える機会にもなる」

という言葉は、まるっきり会社の本意ではありませんでした。

本当は

「まず、時間を与えるので、今後の自分のことを考えてほしい」

という意味だったろう。
それから段階的に、自主退職ロードマップを
考えてほしかったのだろう。

最終的には、再就職活動をして、
職場復帰は諦めてほしかったのだ。
今までのことも全て、忘れてほしかったのだ。

ただ私に恨みの感情を残されたままでは、
またインターネット上で何をされるかわからない。
それを防ぐのも、人事部の役目だから、

初めはクッションを与えて伝えたのだ。
健聴者は、そういう言葉の文化だ。


まず1ヶ月間落ちつかせてから、

「給料をあげるから、再就職活動をしなさい」

という意味のことを言ってきたわけだ。

普通、規則違反をした者に対し、
会社がそんな親切なことをすることは
ありえません。
だから、何か本心があるのだと思います。

「いい会社じゃないか」という見方もあると思いますが、
自分は納得していません。

会社は、私の気持ちなどまるで理解せず、
どこまでも権力を乱用して、
屈辱的なやり方で封じ込めようとする。

その目的はやはり、会社は助成金の
メリットを捨てたくないから、
そう作戦を練ってきたのだと思って
間違いありません。

それと、会社は、私がインターネット犯罪の
暴挙に出ることも、念のために恐れ、
それを防ぐために恩情を与えているのだと思います。

また会社として今まで、落ち度が全くなかったとも
思っていないでしょう。

謝罪はしないが、慰謝料のつもりで、
残りの雇用契約期間の給料は払う、
と決めたのだろう。

謝罪の事実があったら、裁判にされた場合、
会社はほぼ負けるだろう。

だから、そういう事実は絶対につくらない。

さすが、障害者対応にも場慣れした部長だ。
この手腕で、今まで相当の人のクビを切ってきた
のかもしれない。

私は、この人事部長に、こう言ってやりたい。

「あなたの胸には、良心は詰まっていないのですか?」

いやいや、でもこの人物にそんな古い言葉は、
もう通用しないだろう。
この人は、すでに会社を守るためにしか、
生きていないのだから。


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by bunbun6610 | 2017-02-12 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

■社での就労後問題(日記から)

20■■年■月■■日(■) ハローワークに報告・相談


私;「■月■■日に会社と面談しました。」

HW;「どんな状況でしたか?」

私;「会社は、クビだとは言いませんでしたが、
   会社にはもう働きには来なくていいと。」

HW;「給料はないの?」

私;「いえ、100%でもらっています」

HW;「えっ?! 働いていないのに、100%の給料をもらっているの?!
    60%ではなくて?!」

私;「普通は労働基準法第26条の休業手当でしょう。
   それなのに、100%です。なぜだか、わかりますか?」

HW;「さぁ? さっぱり…。」

私;「こういう事例はあるのですか?」

HW;「聞いたことがない。そんなケースは、珍しいと思う。」

私;「何か思い当たることがありましたら、教えて下さい。」

HW;「障害者を解雇すると、助成金が支給されなくなるので、
    それで解雇とはしないのかも。」

私;「やっぱり、そう思いますか。」

HW;「いや、そうかどうかは、こちらにはわかりませんが、
    可能性として。」

私;「会社も、今回のことは悪かった点があると認めているから、
   こういうふうにしているのかもしれません。
   残り契約分の給料は、慰謝料のつもりで支払っているのかも、
   しれません。
   
   今後のためにも、何らかの恩を与えて、
   口を封じたい気持ちもあるでしょう。

   ただし、■月■■日以降の契約更新はない、と言われました。」

私;「それからもう一つ、相談がありますが。」

HW;「何ですか?」

私;「働いてもいないのに、会社から100%の給料をもらうなんて、
    何だか申し訳ない気持ちもあります。
   会社が命令したのだから、それでガマンするのは仕方ないですが、
   もし自分から「辞めます」とか「解雇にして下さい」と言ったら、
   失業手当は出ますか?」

HW;「失業手当は、会社が倒産したり、やむをえない理由でリストラを
    された失業者には、翌月から支払われます。
    しかし、自分から辞めた人や、懲戒解雇された人は、受給開始まで
    3ヶ月間待たなければなりません。
    もらえる額は、どちらも同じですが。

    それと、さっきの話ですが、会社は障害者を解雇すると、
    助成金を凍結される可能性があるので、解雇を避けたいと思っている。
    でも、自分から辞めると損です。

    気持ちとして納得できないのはわかるが、お金の問題で言えば、
    今の100%でもらえる会社の給料の方がいい。
    だから、自分から辞めたり、会社とケンカして懲戒解雇になるのは、
    やっぱり損です。」

私;「そうですか。ありがとうございます。」


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なるほど。
懲戒解雇だと、失業給付の受給まで3ヶ月待たねばならないのか。
企業だけでなく受給者にとっても、そういう不利があるのか。
それなら、両方とも懲戒解雇は避けるよな。

企業にとってはまず何といっても解雇を避けることが、
助成金の確保になる。
しかし、自主退職は受給者の方だけの不利になる。

職場イジメもなく自宅待機だけで100%の給料がもらえる
時間を有効に使って転職活動をするのが、
一番良い方法なのか。

それが障害者に恩情を与えた事実となり、
後になって障害者から裁判を起こされたとしても、
会社側に有利に働くだろう。

この事実がある限り

「会社は助成金目当てだ」

なんて言っても、
誰にも相手にされないだろう。
裁判所でもどこでも同じだ。
それでも障害者側が文句を言うなら、
逆に非難されてしまいそうだ。

同時に、なぜ障害者雇用は、有期契約ばかりなのか、
そして、その期間は短いものが多いのか、
これで理由がわかった。



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by bunbun6610 | 2017-02-11 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1



http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/37501215.html


炎のジョブコーチ
『知的障害のある方の能力開発』
〔2017/2/6(月) 午後 4:43〕


先日、知的障害のある人がたくさん働く企業に訪問しました。
障害者雇用に取り組んでしばらく経ち、社員の習熟や会社
自体の変化から切り出した仕事も変化しています。
手空きの時間が徐々に増えているとのことで困っておられました。
たくさんの社員が手空き時間が多くなると生産性はもちろん、
空き時間でのモチベーションの低下による仕事へのモラルの
低下が目立ってきました。
担当の方から、知的障害のある人の能力開発はどうするのか、
質問を受けました。

なかなか難しいことに、当初の同社の仕事の設計に、障害の
ある方の人材育成の視点はなく、今でも決められた仕事を
ちゃんとしてくれればいい…といった意識のようです。
決められた仕事が十分ある時代ならそれで済んだかもしれません。
しかし、これからは単一の作業で働き続けることはないでしょう。
急激なビジネスを取り巻く環境の変化はオフィスの様子も
一変しました。
知的障害のある人も「変化が苦手」といってる時代ではなくなって
います。


変化の時代に働き続けるためには、柔軟な働き手に育てるため
の能力開発
がポイントかと思います。
一般社員にはジョブローテーションなどの仕組みがありますが、
知的障害のある社員にも業務を変えたり、教える立場、教えられる
立場など、柔軟性を育む能力開発が有効かと思います。

安全で構造化された中で、環境の変化を設定することは、
将来の変化への対応のための大きな準備になります。

その間、変化するビジネス環境の中で、今後どんな仕事が切り
出せるのか、一般社員の付加価値に貢献するような業務の
切り出しを常に敏感であることが重要です。

人材が負債にならないために、今しないといけないことがあります。




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by bunbun6610 | 2017-02-07 22:10 | 就労後の聴覚障害者問題B