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聴覚障害者の心と性

『Rの夜/Sの昼』
http://blog.livedoor.jp/rnight_sday/




『Rの夜 72 「聾者のマキさん (印象的なお客 その4)」』
〔2011年12月26日 0:5〕
http://blog.livedoor.jp/rnight_sday/archives/51629884.html



注)この筆者による文中には「中途失調」という言葉が
よく出てくるが、これはパソコンの変換ミスで、
正確には「中途失聴」である。
「中失」も「中途失聴(者)」である。


セックスというのは普通、お互いに身も心も一つになりたい、
溶け合いたい、というような欲求が重なった時にする行為
なのではないだろうか。
でも、そんな時でも、根底にある"違い”がどうしても
気になってしまったら、うまくいかない場合もあるだろう。

難聴者とろう者のカップルを何組か見たことがあった。
だが、付き合っても別れたり、結婚まで行っても離婚したり、
別れてはいないがうまくいっていない夫婦も見かけた。
心の違いが、大きな原因かもしれない。
「セックス」と「心の融合」は、やはり違うのだ。



>「それにそもそも、聴覚障害は性行為を行ううえで致命的な身体障害とは言えないと思うし、僕はSV(セックス・ボランティア)のプロフェッショナルではなく、あくまでお金をいただいて性行為を行うサービス業者なので、聾者だったマキさん(仮名)との関係は、健常者から障害者への介助とは違う。」

>「マキさんが聾者であることは事前に知らされていたものの、その彼女との筆談で
 「ディスカウントしていただいてありがとう。社長様によろしく。
と言われてはじめて、ナツコさんが彼女に対して、<障害者割引>を適用していたことを知った。」

>「それでもナツコさんの、マキさんに対する<障害者割引>には、なんとなく割り切れない、奇妙な違和感を感じた。
なぜだろう。」

>「それはやはり、上述したように、セックスをするうえで聴覚障害自体がネックになるとは思えなかったから、
(実際、料金の発生しない普通のセックスの経験が彼女にはあった)
金を払ってまで男娼を買うというのは、一般の女性と同じく、快を求めての消費行動とと考えるべきで、その意志と選択に対しては、きちんと正当な代金を要求して然るべきではないか、そんな気持ちがあったんだと思う。足の不自由な人の移動手段として、交通料金をディスカウントするのとは話がちがうということだ。

それだけでなく、このマキさんが裕福な家庭の子女で、そのうえ障害者手当てもあり、経済的には何の不自由もないどころか、かなり贅沢に暮らしていることも、<障害者割引>に対する僕の疑問を助長した。
容姿や性格、環境などの要因で異性と交際する機会に恵まれず、さりとて経済的に裕福であるわけでもない女性が、なけなしの貯金やボーナスをはたいて<銀座>のデートボーイを買う例もある。
そんな彼女たちの容姿や環境を<障害>と同等に扱うのは失礼かもしれないが、男娼を買うに至る各個人の事情はそれぞれで、その事情によって差別や優遇措置を設けるのは、なんだか変な気がする。
要するに、「失恋」や「個性的な容姿」への割引はないけれど、「聴覚障害による異性との出会いの寡少」には割引が適応されるというその善意に、ナツコ社長自身も無自覚な、障害者への憐れみ・差別意識・優越感を感じたと言ったら大袈裟か。

朱に交われば赤くなるの喩えがあるように、常に差別にさらされてきた立場のマキさん自身の内部に、そういった<差別する立場><される立場>の関係構造が刷り込まれていたのだろうか。
彼女とつきあっている当時に感じたのは、このマキさん自身が、自分よりも障害の程度が重い人や、他の障害を持つ人たちに対して、独特の差別意識・優越感を持っていることだった。」

>「健聴者がそんなことを言ったら、差別的発言だと激しいバッシングを受けそうなことを、彼女自身は平気で言ったりする。
それだけを告発すれば、マキさんの人格に問題があるようにとられかねないけれど、彼女をあえてかばうならば、彼女のこの言い分には、聾者社会独特のカテゴリー構造が浮き彫りになっている部分がある。

 マキさんとの交際で僕が見聞きした聾者社会の内部構造は、健聴者にははかりしれない複雑さと排他性を伴うものだった。」

>「「聞こえないから喋れない」と「聞こえないけど、言語発声できる」の間には、大きな境界線があるらしく、それが先天聾と中途失聴とを、まったく違う文化の人間に隔てているらしいのだ。

先天聾の特徴は、言語を獲得する機会をまったく得られず、よって言語は聾学校での手話がその人のネイティブ・ランゲッジとなることだ。
そしてこういった先天聾の人たちが習得する「日本手話」と呼ばれる手話は、言語体系や文法が日本語とは大きくかけはなれており、主語のあとに述語が並ぶSVOC構文のインド・ヨーロッパ言語に近い。
つまり先天聾の人たちで「聞こえないし、喋れない」という人たちは、日本語文法とはちがう、まったくの異文化としての言語世界に身を置いている人たちと考えられる。
日本人よりアメリカ人に近いと言う人もいるくらいだ。
 それにひきかえ、中途失聴者は、失聴したその年齢にもよるけれど、健聴者時代に獲得した言語構造を持っているので、手話も「日本語対応手話」と呼ばれる別の手話体系を用いる。
これは健聴者の言葉からの同時通訳に向く、日本語の文法そのままに手話を並べる用法であって、日本語の言い換え、つまり代替言語的なものと考えられ、先天聾の人たちが使う「日本手話」とは似て非なるものらしい。

そのせいか、手話を使う人たちから見れば、相手の手話のタイプによって先天聾なのか、中途失聴なのか、健聴者でありながら手話を使える人なのか、すぐに見分けられるんだそうだ。
僕ら健聴者にしてみれば、手話を使う人 = 耳の不自由な人 という図式であり、手話の種類が違うというのは、それはちょっと不便だろうな、くらいのものだけれど、当人たちにしてみれば、そこには独特の境界意識が働いているらしい。
マキさんが言う。(以下、筆談。)

―― 私たち中失(中途失聴のこと)は、日本語の響きや語順、ニュアンスを
    知っているから、人生の途中で失った日本語のやりとりを、手話をつかって、
    必死に取り返そうとしている感覚なの。
    でも、先天の人たちは、最初から口語の日本語を知らない。
    日本語っていうのは、音をともなわない、読むだけの記号文語だと思っていて
    健聴者の言葉を外国語のように考えてる。
    だから、あの人たちは、自分たちは最初から違う言葉をしゃべっていると
    思ってるせいか、私たち中失(注:中途失調)のように、障害者としての認識がない気がする。」

>「―― そのくせ、中失の私たちのことは、「わかりにくい手話を使う人種」ってことで
    同じ聾者同士でも、なんとなく差別してるみたいなのよね。
    あとから自分たちの世界に来た新参者扱いっていうのかしら。
    中失の多くが言葉を発音できて、「しゃべれる」ってことに対するねたみもあるのか
    なんとなく遠巻きにされてる感じ。

 これは聾者社会に関する彼女の私観であって、聴覚障害者一般の感覚とはちがうかもしれない。
けれどもマキさんのこんな話から、聾者の社会が、僕らが考える以上の複雑な様相をはらんでいることが感じ取れる。」

>「「手話を知らない人とは会話が成り立たないし、筆談は面倒だから、
  男性と出会っても、それ以上の関係には発展しづらいの」
当時はまだインターネットやチャットが一般的ではなかった時代だ。
 「Rクンは文字を書くのが早いからいいけど、なかには遅い人もいるし、
  そもそもそんなことしてまで私とつきあわなくても、最初から健聴者の女性と
  つきあえばいいわけだし」」

>「おおう、おおう。
彼女のあの時の声は獣のようだ。
でもそこには確実で切実な生の叫びがある。
いっぽう僕の声は彼女の耳に届かない。
けれども、僕が彼女の前髪をかきあげて、汗ばんだ額をむきだしにしてやると、彼女は何かを問いただすように僕を見つめる。
 いい?
僕も首をかしげて問いを返すと、彼女の目にもさらに問いが浮かぶ。
 え、何が?
そのたび、僕は自分の問いがわからなくなる。
何が<いい>のだろう。
許可を求めているのか、それとも何かを白状させたいのか。」


Rさんのこのような見方、考え方は自然だと思う。
風俗遊びにも障害者割引があるとは、知らなかった。
障害者手帳による交通料金割引の場合は、
「経済的福祉支援」ということになると思う。

『障害者の「旅客運賃減額」について』
〔2014-10-13 18:30〕

健常者の考え方がこのようであるとするなら、
精神障害者も聴覚障害者と同様、
という見方をされているのだろうか。

ただ、Rさんに限らず健常者が見落としている点も
あると思う。
それは、聴覚障害者などが社会から受けている、
特有の間接差別である。
これゆえに、聴覚障害者は能力はあっても
仕事につけなかったり、つけても低収入になるなど、
経済的不利に立たされている人が多い。
そんな場合でも障害者福祉支援が何もなかったら、
生活はかなり苦しくなるだろう。
そうしたことに対する理解として、
その社長は割引に応じていたのかもしれない。

とはいえ、マキさんの場合は、何らかの理由があって、
恵まれていたようだが。
中途失聴者なら、十分にありえる。

それと、周囲の健常者からRさんと同様に思われて
いるのだから、聴覚障害者本人でさえ、
自分が障害者であるなどとは、
普段はあまり思ってもいないのだろう。
自覚していないし、可能性はあると思っていても、
周囲の目のせいで自覚できないと言えるのかも
しれない。



「ろう者と難聴者・中途失聴者は、ウマが合わない」

などと、よく言われる。
とはいえ、
(講演会で私の聞き間違いでなければの話になるが)
なかには中途失聴者がろう者と恋愛をし、
結婚した方もいる。
その後は二人で手を取り合って生き、
幸せになったと聞いている。
その中途失聴者とは、河合洋祐氏、I氏(存命中)である。
勿論、お二人とも、ろう者として、
ろう者の団体に非常な貢献をされている方々だ。





〔関連記事〕

『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02-28 20:20〕





『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①』
〔2014-03-14 18:30〕





『心の叫び (3)『愛は静けさの中に』』
〔2014-11 -03 18:30〕



この映画の主人公サラの処女喪失体験談が、
またすごい衝撃的なのである。

「彼女から、かつて姉の作ったリストの順番に
従って男友達に求められるまま体を与えた
ことをうち明けられた。」

wikipediaより。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E3%81%AF%E9%9D%99%E3%81%91%E3%81%95%E3%81%AE%E4%B8%AD%E3%81%AB



【参考情報】

50dBの世界
『ろうの世界について』

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by bunbun6610 | 2016-12-02 22:13 | 聴覚障害者心理

映画館の日本映画に日本語字幕がないことへの"怒り”

ある日、DVDショップに行った。
商品をよく見ると、最近発売されている商品には、
日本映画なのに日本語字幕が付いている。
これならば聴覚障害者も、
いつ買ってもすぐ楽しむことができる。

昔のVHSビデオテープ時代は、
日本映画には日本語字幕がなかったので、
わざわざボランティア団体に頼んで、
日本語のセリフをパソコンで打ってもらった。

私はそれを読みながら、本作品を観たものだ。
とても大変だった。
その苦労が懐かしい。

しかし、映画館で日本映画を日本語字幕付きで
観れる機会は、まだまだ限られている。
するとやはり、映画製作会社の社会的使命とは何か、
ということにも関心が向く。
障害者だからこその視点が出てくる。

障害者雇用で一日中、つまらない仕事をさせられ、
身も心もくたくたになって、わずかな給料をかせぐ。
そのお金で食べ物を買う。
そして気分転換に日本映画を観たい、と思うこともある。
以前にはディズニーの『ファイティング・ニモ』を観たい、
と思ったが、その作品は子ども向けのために
「日本語吹き替え」になっていて、諦めたこともある。

日本映画の場合もあいにく、日本語字幕がなかったり、
あっても上映期間が限られているために、
都合悪く行けない、ということもよくあった。

そうすると、自分は一体、何のために生きている
のだろうか? と考える。

「聴覚障害者は、生きている意味がない」

今年7月に知的障害者施設で殺傷事件を起こした、
植松容疑者が発した言葉を思い出し、重ね合わせた。

その通りだ。
自分が生きている意味などない。

でも本当は、その障害が原因ではなく、
社会が聴覚障害者を排除していることが原因だ。
私は毎日、それに対する怒りを抑えながら
(溜めながら)、生きている。
だからこそ、その我慢にも限界がある。
本心はいつも、健聴者に思いっきり、
復讐をしてやりたいのだ。
もはやそのためだけに、私は生きているのだ。
「喜び」というよりも「快楽」だが、私は今、
それにハマっているとしか、いいようがない。
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by bunbun6610 | 2016-12-02 20:00 | バリア&バリアフリー

会社の手段

■月■日に人事部Y部長とM課長との面談で話した内容

『人事部の要請』
〔2016-06-24 19:30〕

参照。(※①)

「それでも、会社や組合が

「事実と相違している」

と主張したのはなぜか、
その理由がわかりませんでした。
会社は説明しなかった。
いや、自分で私に手渡した資料の意味を
よくわかっていないのだから

「説明できない」

と言った方がいいだろう。

「筆談コミュニケーションが通じて
いなかったからではないか?」

と質問したら

「そのことは後で」

と言われました。」


『筆談コミュニケーションのすれ違い』
〔2016-10-06 19:30〕

参照。

「●人事総務部へ

通知書を受け取りましたときに、
私は

「筆談にもかかわらず、
どうしてコミュニケーションの行き違いが起きたのか、
わかりません。
原因を教えてください。」

と伝えています。

Y部長は、

「コミュニケーションのことは、
われわれもどのようにすればよいか考えている。
その件は後で」

というふうに言われたと思います。
ご回答は必ずお願いいたします。」

の、私からの質問に対し、両名が再度の
面談機会を設けた。
仕事中に突然呼び出されて、話を聞いた。
そのやり方が暴力団みたいで、
失礼も何もないような感じだった。

内容は上の話のほかに、新たに
『自宅待機命令通知書』もあった。
この理由がとても納得できるものではないが、
自宅待機が仕事だという。

やりとりのなかで重要な部分を簡単にメモした。
先方も、前回と同様、Y部長が筆談し、
M課長が私の回答を全部筆記記録した。

Y部長は自分が筆談した、
■月■日(※①の要請日)の筆談原文を
見せてくれた。

「やり方は、コミュニケーションが必要。
これから、いろいろ考えたい」

というものだった。
即答ではなく、いつ回答する、
またいつ頃になるかについても、
全く結論は出せない、という曖昧な内容
だった。

そして、こう言った。

「あなたがこのメール文に書いているような、
一問一答の形ではない」

と。
私は

「でも、意味は合っていますよね」

と言った。
これには、Y部長は否定はしていなかったようだ。

これは例えば、健聴者や難聴者がよく

「要約筆記は話し言葉と違う」

と文句を言うのと似ていないだろうか。

確かに、話し言葉を書き言葉で同じようには
書けないから、違うのは当たり前だ。
だが、意味がきちんと伝われば問題ないと
考えるのが、通訳者や、それを信頼して
利用する聴覚障害者側ではないだろうか。

このブログも勿論、原文通りではない。
したがって、言葉のニュアンスなどは
変わるかもしれない。
しかし、意味は同じになっているはずだ。

Y部長は

「障害者とのコミュニケーションは難しいと思う」

と筆談した。

私;「『障害者とのコミュニケーションは難しい』
とは、どうしてですか?」

Y部長;「障害者を100%理解していないから」


Y部長は、逃げる言い訳のような形だったが、
言葉ではそうは言っていない。
でも本音は「逃げ」だと、何となくわかる。
Y部長は反論したいのか、次のことを言った。

「すぐに、あるいはいつ回答する、とは考えていなかった」

と言うので、私は、

「では
『これからの課題であり、いつになるかはわからない』
ということですね?」

と聞いたら、その通りです、と答えていた。

今まで会社側のいろいろな人と、
一年近くかけて話してきた結果が、
これだ。

やはりこの会社も、M社の場合と同じく、
なかなか本気で動かない。
もしかしたらまた何年も曖昧模糊にしたままに
してしまうやり方かもしれない。
もちろん私は、信用できない。

これでは、当ブログ
『イヤになってくる』
〔■月■日に人事部Y部長とM課長との面談で話した内容

『人事部の要請』
〔2016-06 -24 19:30〕

参照。(※①)

「それでも、会社や組合が

「事実と相違している」

と主張したのはなぜか、
その理由がわかりませんでした。
会社は説明しなかった。
いや、自分で私に手渡した資料の意味を
よくわかっていないのだから

「説明できない」

と言った方がいいだろう。

「筆談コミュニケーションが通じて
いなかったからではないか?」

と質問したら

「そのことは後で」

と言われました。」


『筆談コミュニケーションのすれ違い』
〔2016-10 -06 19:30〕

参照。

「●人事総務部へ

通知書を受け取りましたときに、
私は

「筆談にもかかわらず、
どうしてコミュニケーションの行き違いが起きたのか、
わかりません。
原因を教えてください。」

と伝えています。

Y部長は、

「コミュニケーションのことは、
われわれもどのようにすればよいか考えている。
その件は後で」

というふうに言われたと思います。
ご回答は必ずお願いいたします。」

の、私からの質問に対し、両名が再度の
面談機会を設けた。
仕事中に突然呼び出されて、話を聞いた。
そのやり方が暴力団みたいで、
失礼も何もないような感じだった。

内容は上の話のほかに、新たに
『自宅待機命令通知書』もあった。
この理由がとても納得できるものではないが、
自宅待機が仕事だという。

やりとりのなかで重要な部分を簡単にメモした。
先方も、前回と同様、Y部長が筆談し、
M課長が私の回答を全部筆記記録した。

Y部長は自分が筆談した、
■月■日(※①の要請日)の筆談原文を
見せてくれた。

「やり方は、コミュニケーションが必要。
これから、いろいろ考えたい」

というものだった。
即答ではなく、いつ回答する、
またいつ頃になるかについても、
全く結論は出せない、という曖昧な内容
だった。

そして、こう言った。

「あなたがこのメール文に書いているような、
一問一答の形ではない」

と。
私は

「でも、意味は合っていますよね」

と言った。
これには、Y部長は否定はしていなかったようだ。

これは例えば、健聴者や難聴者がよく

「要約筆記は話し言葉と違う」

と文句を言うのと似ていないだろうか。

確かに、話し言葉を書き言葉で同じようには
書けないから、違うのは当たり前だ。
だが、意味がきちんと伝われば問題ないと
考えるのが、通訳者や、それを信頼して
利用する聴覚障害者側ではないだろうか。

このブログも勿論、原文通りではない。
したがって、言葉のニュアンスなどは
変わるかもしれない。
しかし、意味は同じになっているはずだ。

Y部長は

「障害者とのコミュニケーションは難しいと思う」

と筆談した。

私;「『障害者とのコミュニケーションは難しい』
とは、どうしてですか?」

Y部長;「障害者を100%理解していないから」


Y部長は、逃げる言い訳のような形だったが、
言葉ではそうは言っていない。
でも本音は「逃げ」だと、何となくわかる。
Y部長は反論したいのか、次のことを言った。

「すぐに、あるいはいつ回答する、とは考えていなかった」

と言うので、私は、

「では
『これからの課題であり、いつになるかはわからない』
ということですね?」

と聞いたら、その通りです、と答えていた。

今まで会社側のいろいろな人と、
一年近くかけて話してきた結果が、
これだ。

やはりこの会社も、M社の場合と同じく、
なかなか本気で動かない。
もしかしたらまた何年も曖昧模糊にしたままに
してしまうやり方かもしれない。
もちろん私は、信用できない。

これでは、当ブログ
『イヤになってくる』
〔2016-01-05 18:30〕

で述べた、本気で対応しようとしていない会話
と同質でしかない。
やはり健聴者とは話し合いをしても、ムダなのだ。

後で、このことをろう者に話したら、
ろう者も諦め顔でこう言っていた。

「健聴者は、聴覚障害者のことを考えていない
から、言っても無駄」

別の会社で働いているろう者がこれを聞いて、

「うちの会社では、パソコンが机にないろう者
には、共有が必要な社内情報をプリントアウト
して、ろう者に見せているのに、
どうしてあなたの会社はそんなふうなのか」

と言っていた。

2番目に『自宅待機命令通知書』の話しになった。
▲月▲▲日の自殺未遂のことを、職場で話したから、
皆不安に思っていたり、心配し、混乱している。
よって、本日より自宅待機命令を通知する。

私には、以前より皆が真面目に仕事をする
ようになったし、おしゃべりは減ったが、
職場イメージが暗くなったとは思えないので

「これは罠だろう。
本当の理由は、ブログだ」

と感じた。
さらに、これからのことを考えても、
私を雇用し続けることは、リスクのほうが高い、
と会社は判断したのではないだろうか。

以下は、自宅待機命令通知書についての
質疑応答内容。
2-(2)について。
Y部長;「給料は今と同じ。
自宅待機が仕事と同じです。
休業手当として支払うのではない」

私;「それは、退社と言うことですか?」

Y部長;「それは、今は何とも言えません」

4-(2)について。
書面;「所定の就業時間中は当社と連絡の
とれる状態にすることとし、
当社から指示があった場合には、
速やかにこれに従うこと」

私;「4-(2)にある『速やかに』の正確な意味は?」

Y部長;「連絡手段は、ケータイ・メールで
通じればOKです。
一日中、ずっと家にいる必要はない。
翌日に来れるようにするとか。
不定期での来社はある。」
「今すぐに、会社からの貸与品は全て返却し、
私物も、持って帰ること。」
「労働組合からの回答のことは、
会社も対応しなければならないので、
改めて日時を設け、後で連絡する」
という。


その後、人事部M課長、直属上司M係長が
立会いの上で、
皆がまだ仕事をしている最中に、
自分だけ荷物の整理をさせられ、
自分がパソコンでつくった作業マニュアルも
全部、返却させられた。

これは懲戒解雇の場合と同じやり方であり
「事実上、退社」を意味する、と思う。

私;「作業マニュアルは自分でつくったものなのに、
どうして会社に返さなければならないのですか?
自分のメモ帳と同じです」

M係長:「企業秘密ですから」

会社は「預かる」とは言っていない。
「会社に返すこと」と言った。
通勤定期券も精算手続きに入った
(「本日分までを支給」の通知を受けている)、
ということは、もう私の職場復帰はないという
ことだろう。

もしかすると、昨年■月から長期休養をした末、
今年▲月▲▲日付けで自主退職したろう者Cさんも、
これと同じ目に遭っていたのかもしれない。
とすると今後、この仕事はさせないことを意味
しているだろう。
会社が障害者に自主退職を半強要する場合
に使う手段だと、私にはわかる。

解雇だと、ハローワークにそれを通知した場合、
障害者雇用助成金を凍結される可能性があるから、
会社はそれを避けたいと考えているのだろう。
これは会社にとって、非常に痛い話になるからだ。

会社は、障がい者者雇用を進めるよりも、
この利益を守ることに関心があるからではないか。

Y部長;「あなたが自宅待機中に考えること。
自分にとって、本当にこのまま、ここで働くことが
よいのか?
職場の人間関係を元に戻すのは、相当の協力
が必要です。
ストレスが重なり、さらに環境が悪くなったり、
最悪、あなたの心身の健康を害することは
好ましくない。
リフレッシュをして、ゆっくり、冷静に考える機会
にもなる」

私;「会社の配慮はわかるが、それは逆効果に
なると思います。
無期限の自宅待機では、いつまでこの状態が
続くのか不安になる。
それでは、リフレッシュにはならない」

Y部長;「一ヵ月後くらいに、考えたことを共有
する時間が取れると思う。
以上」

Y部長が言っていることは一応、会社としての
配慮にも見えるが、状況は懲戒解雇と同じだ。
復帰できる見込みはないだろう。
そう思った。

■■日(■)にY部長が

「しかし、ここの職場環境は、あなたには合わない。
人事がサポートすることも難しい。
それでも、ガマンし続けてやっていけるのか?」

というふうに言っていたことも思い出した。
やはり、会社の本音は辞めさせたいのだ。
私にはまず穏やかに言って、ブログ記事の削除を
成功させてから、このような強行手段を取って、
追放しようとする手口だったのだろう。

午前中で帰ることになったので、ハローワークに寄り、
事情を話してみた。

私;「突然、無期限の自宅待機命令を受けた。
会社からの貸与品は全部返し、私物は今日、
全部持ち帰ってきた。
自主退職を勧められているのかと」

ハローワーク;「いや、自分から辞める、と言わなくてよい。
今のうちに転職先を探して」

私;「そうですか…」

やっぱり、ハローワークでは労働紛争の相談は無理だ。

会社は決して「クビだ」と言わない。
しかし、健常者だったらこうはいかず、
もっと厳しい対応をされるのではないだろうか。

やはり会社は、障害者雇用助成金を確保したいから、
私に自主退職を望んでいるのだろう。
しかし、実質上はすでに解雇されている、というわけだ。
ハローワークもそれをわかっているから、こう言ったのだ。

会社は少なくとも

「今後も(私を)会社に置いておくことはリスクがある」

と見抜いている。

何で、障害者問題にはこんなにおかしな方法しかない
のだろうか。

やはり会社は、本当は私をすぐにクビにしたいのだ。
しかし、それでは助成金に響くし、
私の怒りを買って退職後にブログに恨みを書かれたり、
会社の悪い噂が広がることを恐れるから、
会社として温情を示す形で、
こういうわざとらしい配慮をやっているのだろう。

次の面談時には、私が何と答えようとも、会社は

「解雇予告料と、今月分給与を銀行振り込みするから、
もう来なくていい」

と言うだろう。

クビだとわかっているのなら、
もう今までのことはブログに公開してもいいのではないか、
と思われるかもしれないが、そうはいかない。

今はまだ、クビの皮一枚でつなげられている状況だ。
どのように料理するか、考えているところだろう。

会社の指示を守る限り、給与は支払われることに
なっている。
この配慮は一体、どう解釈したらよいのだろうか。

早合点はできない。
それに、これが突然なくなれば、私は生活に困る。

だから、このままガマンするか、
次の仕事を見つけるかしないといけないが、
どうすればいいかわからない。
このような苦しめ方もあるのだと、今知った。

会社の背後には、すでに顧問弁護士がついている
ことは間違いない。
弁護士でなければ、これほど法違反スレスレの対策を、
自信満々に出せるはずがないからだ。

会社はもう、今までのしどろもどろな、
ナンタカカンタラ言って逃げるだけの対応ではない。
会社だけで和解策を考えたのではなく、
弁護士の背中に逃げたのだ。

会社は、私を完全に抹殺してくるだろう。
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by bunbun6610 | 2016-12-02 19:30 | Z1.クレジットカード会社

障害者週間

障害者週間

デジタル大辞泉プラスの解説

「12月3日から12月9日。
障害や障害者への関心と理解を深め、
障害者の社会参加への意欲を高める
ための啓発活動を行う。」



内閣府の説明(意識啓発としての位置づけ「障害者週間」)

http://www8.cao.go.jp/shougai/kou-kei/index-kk.html



第1回 障害者週間について

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n173/n173_008.html

「障害者対策推進本部(本部長内閣総埋大臣)は、
平成7年6月27日に「障害者週間」を決定しました。」

日本の「障害者週間」の歴史は、意外と浅い。
本当に、まだまだだ。
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by bunbun6610 | 2016-12-01 19:00 | 国連・障害者権利条約