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『聴覚障害者に対する、企業のおかしな合理的配慮』


『記事』

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by bunbun6610 | 2016-11-18 23:00 | 就労後の聴覚障害者問題C


全く、会社の人の聴覚障害者への無理解ぶりには、
目に余るものがあります。
職場での聴覚障害者は孤独であるばかりではなく、
差別も無条件に受け入れなければなりません。

私はそのことで、M係長と口論になったとき

「あなたが私の悩み苦しみを理解しないのは、
経験したことがないからです。
これから両耳に耳栓をして、会社に来てみて下さい」

と言いました。
M係長はそれをあっさりと一蹴しました。

当たり前です。
私がもしも、M係長の立場だったならば、
M係長と同じ態度を取るでしょう。

M係長は自分のためだけでも、
私のために生きているのでもありません。
M係長はM係長として生きているし、
そうしなければならないのです。
この会社の、耳の聞こえる係長としているのです。

聞こえなくなったら、会社からは無価値とされます。
逆に言うと、聞こえることも含めて、
M係長として存在しているのです。

私が「それを否定しろ」と言う権利はありません。

「自分で聴覚障害の人体実験をしてみろ」

なんて言えば、それこそM係長への人権侵害
となります。

たとえ体験学習でも、そんな人体実験のような
ことを本気でさせることは、倫理上、
許されないだろう。

だから「本気でそれをしてみろ」と言ったのでは
ありません。
聴覚障害とは何かということを、
自分でもちゃんと掘り下げて考えてみて
ほしかっただけです。
もし、自分も聞こえなくなった場合のことを、
よく想像してみてほしかったのです。

でも、健聴者にはやっぱり、
それすら難しいのかもしれません。

これでは「歩み寄り」だって、難しいと思う。

口先だけの歩み寄りなんて、私はもういらない。
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by bunbun6610 | 2016-11-18 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1
何と! 
手話を披露する「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー 15-16」が誕生!!

レースクイーン最高峰の賞「レースクイーン・オブ・ザ・イヤー 15-16」
に、三城千咲(みき・ちさき=26)さん。
https://matome.naver.jp/odai/2147920381556445301
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by bunbun6610 | 2016-11-16 22:48 | 手話
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161109-00000004-jij_afp-int


イラン、
「目には目を」で男に失明刑執行
4歳児の視力奪った罪で


AFP=時事 11/9(水) 6:25配信

【AFP=時事】
イランで8日、4歳の少女の顔に石灰をかけて
視力を奪ったとして有罪判決を受けた男に対し、
両目を失明させる刑が執行された。
イラン学生通信(ISNA)が、司法当局者の話
として伝えた。


【写真】加害者を許す権利を行使した
酸攻撃事件の被害女性



テヘラン(Tehran)検察当局によると、
イランでこのような犯罪に対して科され得る
「目には目を」という厳格な同害報復刑が
執行されたのは、今年に入ってこれが
2回目だという。

 シャリア(イスラム法)においては、
同害報復の原則が中心的な位置を
占めており、国際人権団体による非難を
生んでいる。

 犯罪被害者は、加害者からの賠償金と
引き換えに刑罰を免除することもできる。
2011年には、同国で近年相次いでいる
酸攻撃事件で失明し顔に重度のやけどを
負ったアメネ・バハラミ(Ameneh Bahrami)
さんが、犯人に同じ苦しみを与えたくない
との理由でこの権利を行使した。

【翻訳編集】 AFPBB News


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コメント欄には、賛成派が圧倒的に多い。

だがそれでも、

「日本は甘過ぎる」

「倍返しで良いんじゃない」

「目には目を+α」

は、やはり悲しくなる。

昔のハンムラビ法典があった背景を
理解しないと、この法典が存在した
意味・理由も正しく理解できないのでは、
と思う。



·オーデトワレの男
| 2016/11/10 01:10
これは報復の思想ではなく、
「目なら目で、歯なら歯で(つぐなえ)」
ということなのです



今でも人間はその教えを理解できてもいない、
“破格の教え”なのだと思う。

これを読んで、
昔読んだカトリック信者・犬養道子氏の
著書

『旧約聖書物語』


『新約聖書物語』

を、久しぶりに思い出した。


「目には目を、歯には歯を、手には手を、足には足を。
償いの定めはこれである。
いかなる者が相手にせよ、相手の目を歯を手を足を
傷つけたときには、目を以て、歯を以て手を以て足を
以て償え。
目に命を、歯に命を、手に全身を、要求するのは
過ぎたことと知れ。
いかなる敵が、イスラエルの子らの目を歯を手を足を
傷つける場合にも、過ぎた報復を行ってはならぬ。」
(P114)
(『旧約聖書物語(増訂版)』犬養道子/著者 新潮社/発行所)

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by bunbun6610 | 2016-11-16 21:00 | 社会
『聴覚障害者が犯罪を犯す権利』
また誤解を招きそうな記事タイトルになって
しまっているが・・・・。
でも、私が今日、皆さんに話したいことは、
まさにコレなのだから仕方あるまい。

健聴者は言い回しが上手
(というより、私に言わせれば
「曖昧にしてしまうのが得意」)
だが、私はそういうのって、あまり得意じゃない。
真似していると、自分が何を言いたかったのか、
相手に何を求めていたのかが、
わからなくなってしまう。

本題の話に入るが、聴覚障害者だって犯罪を
犯す権利はある。
おかしな言い方かもしれない。
だが、テレビとかインターネットでよく、
障害者の聖人君子的イメージばかり話題に
なったりする。
8月のEテレ『バリバラ』で、故ステラ・ヤングさん
の『感動ポルノ』説が話題になったのも、
そのことに起因しているようだ。



『<NHK>「障害者を感動話に」方程式批判』
〔2016-08 -29 20:00〕




聴覚障害者に関しては、ボランティアや
社会福祉制度上の手話・要約筆記通訳
を利用した犯罪を犯す権利だってあるべき、
という極論まで、昔聞いたことがあった。
でもそれは、人間なら誰にだって犯罪を犯す、
犯してしまう可能性はあるのだから、
聴覚障害者だって当然、例外ではないはずだ。
特に近年のことで有名になったのは、
佐村河内氏事件だと思う。

『佐村河内氏問題
 - 手話通訳を悪用した犯罪の可能性』
〔2014-03 -18 21:26〕



しかし、手話通訳制度があることも知らなかった、
ろう者の犯罪事件もあった。
福岡で起きた窃盗事件である。


『障害年金制度と障害者支援制度を
見直しする必要性』
〔2013-10-21 18:30〕



あるいは、ろう者集団のギャングがいる、
という情報も聞いたことがある。
別に通訳などいなくても、犯罪は出来るのだ。
いや、やりたい放題にやるには、通訳も邪魔に
なるだけなのだろう。
犯罪こそ差別のない、自由な世界なのかもしれない。
と思うのは逸脱した想像だが、少なくとも、
その道を進むことに、障害のあるなしは関係ない。
やりたいことをやればいいわけだ。

無論、捕まった場合には、それなりの社会からの
制裁を受けなければならない。
警察官は障害者を捕まえた時、多少なりとも
温情的釈放をしてくれることもある。
しかし、福岡の裁判所判決では、検察側寄りとなり、
一般人と同等の裁きとあまり変わらないものと
なったようだ。
私も、それは間違っているとは思わない。

ただ一つ、注文をつけたいのは、

「社会はそれで終わりにするつもりなのか。
彼だけを責めて、社会には反省点を厳しく
指摘しないのはおかしいのではないか」

という点だ。
勿論、裁判所がその役目をする、というのは無理だ。
私は、受刑している聴覚障害者の無念を、
絶対に無駄にしたくはない。
傍観者にはなれない。

犯罪のない社会にしたいのなら、
差別のない社会にしなくてはならない。
それなのに最近、職場の上司には

「差別があるのは、どこでも当たり前。
どこの国にも、女性にもあるよ」

と言われ、ものすごく腹が立った。
今、世界中で貧しい国、そして豊かな国までも
テロの温床になるのは、やはり差別が原因なのだ。
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by bunbun6610 | 2016-11-15 23:00 | 聴覚障害
『就労継続支援A型とは』
http://www.fukushi-navi.jp/keizoku_A.php



ハローワークでは最近、やたらと

「就労継続支援A型事業所」

なんて書いてある会社(事業所)の
求人票が目に付くようになってきた。

求人内容を見てみると、民間企業と変わらない。
仕事の内容、賃金は民間企業とほとんど同じだ。
社会保険は、あるところとないところがあり、
あっても勤務条件次第のようだ。
つまり、加入の可否は会社が決めることに
なるようだ。


とりあえずハローワークの窓口に聞いてみると、
以下のような回答があった。

ハローワーク職員Aさん;
「あなたのように、民間企業で働ける能力のある
人が行くところではないですよ。
あなたがこんな所に行ったら、もったいないです」

ハローワーク職員Bさん;
「就労継続支援A型事業所は、
民間企業での就労が難しい人が行くところです。
知的障害者や重度の障害者が主に働いています」


私が応募することについては、明らかに賛成して
いなかった。
ハローワークではなぜか、就労継続支援A型事業所は、
民間企業よりも「レベルが下」の事業所だという
認識のようだ。

いやでも、民間企業よりもレベルが下の仕事を
していても最低賃金がもらえる所ならば、
障害者はここへどんどん行こうとするかも
しれないぞ・・・。

それにしてもだ。
ハローワークの障害者対象求人票としてちゃんと
コンピュータ上にあるのに、職員からはどうして
このように区別されている(嫌われている?)
のだろうか。

それでも、問い合わせ段階で100社以上は軽く
断られるくらい、私だって民間企業への就職
・転職は難しい。
聴覚障害が原因だからだ。
いや、企業の就職差別が原因と言ったほうが適当だ。

そのことを理由に、就労継続支援A型事業所の
求人票を持って、職員に問い合わせを頼んでみる。
すると、こちらは

「是非、まず職場見学にいらして下さい、とのこと。
いつにしますか?」

という返事。
民間企業と違って、好感触なのだ。
だがそれでも、ハローワークでは紹介を渋るのだ。
一体、なぜなのだろうか。
障害者を差別するだけでなく、
障害者が行く所のA型事業所も差別している
かのようだ。
これは明らかにおかしい。

確かに、私は民間企業で働いていても、
きちんと評価されてきたことは、
自分でもよくわかっている。
それなのに、就労継続支援A型事業所に行くことは
ないだろう。
でも現実は、そんなこともわからずに門前払いして
しまっている民間企業が物凄く多いのである。
それで困っているから、就労継続支援A型事業所へ行って、
一体何が悪いというのだ。

ただ、就労継続支援A型事業所は民間企業とは違い、
国や自治体から補助金とかを受けて運営している
らしい。
もし本当にそうならば、税金を投入して運営している
ことになり、こういう事業所が増えてしまうと、
それだけ税金を遣ってしまうことにもなるだろう。

その上に、事業所の中には、利用者(障害者)から
利用料を徴収する所もある、と聞いている。
このシステムはつまり、ピンハネと同じだ。
ピンハネされたら、それだけ所得は下がるので、
障害者からも税金はもっと取れなくなるだろう。
ならば、ハローワークが阻止しようとするのはわかる。

さらに社会保険にも入れないとなると、
年金制度が簡単に破綻してしまうだろう。

結局、将来は生活保護しかなくなる、という悪循環だ。
こんな障害者を増やしたら、国はもっと悪くなるに
決まっている。
もう生活保護ビジネスだけでなく、
障害者ビジネスも増殖している、というわけか。
道理でこうした目的で、障害のある人に安易に
障害者手帳取得を勧め、そして取らせるわけだろうな。
そして、その人を福祉漬けにして、カネ儲けをしている
ビジネスなのかもしれない。
生活保護では「貧困ビジネス」と呼ばれているが。
最近、認定医でない医師が精神障害者手帳を
不正取得させる事件が発覚したが、
それはこの手口なのかもしれない。



『夢破れ突然の変貌 相模原障害者施設殺傷』
〔2016-07-27 22:07〕
『「精神指定医」
100人不正疑い、
「相模原」判断医師も
…診療歴偽り取得か』



これは『障害者の経済学』の観点からも、感心しない。


これはもしかして、『障害者奴隷雇用促進法』が
原因かもしれない。
障害者奴隷がどんどん就労継続支援A型事業所に
逃げ込んで行ってしまったら、障害者奴隷が民間企業
からいなくなってしまうからだ。
それではきっと、健常者は困るからに違いない。



〔関連情報〕

『A型事業所への規制について』
〔2016-04 -26 00:17〕


ということだから、障害者の就労移行支援どころか、
障害者をダメにしてしまう制度にもなりかねない
危険もある。
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by bunbun6610 | 2016-11-15 21:30 | 就職活動・離職


会社では、どうしてこうも、聴覚障害者のことは
忘れられるのだろうか。

『会社の朝礼でさせられる「聞いているフリ」の辛さ』
 〔2015-06 -26 18:30〕
参照。

『健聴者にとって、聴覚障害者は面倒くさい存在?』
 〔2015-11 -13 18:30〕
参照。

会社にとって、聴覚障害者障害者は、
透明人間か、それとも案山子(かかし)なのか。

『聴覚障害者者は『透明人間』なのか』
 〔2015-04 -23 18:30〕
参照。


いずれにしても、私はそこでは、
人間として存在していないかのようです。

OさんもYさんも、筆談ボードで内容を伝えることを、
すぐ忘れてしまっていた。

新しく配属された社員のMさんは、
最初はきちんと書いて伝えていてくれたので、
私は感心していました。
しかし今では、それも変わり果ててしまいました。

3ヶ月もすると、全く書かなくなってしまったのです。
私にとっては、喜びから悲しみに変わる瞬間だ。

やはり、会社が組織的に取り組んでいないと、
皆同じになってしまうのだ。

それを見ているM係長だって、もう何も言いません。
M係長は自分だけ続けています。

要するに、聴覚障害者への合理的配慮は
個人の道徳意識の問題だと、
M係長でさえ割り切っているのだろう。

会社であっても、道徳心は強制できることではない、
という方針なのだろう。

私だってもう、言うのもイヤになった。
だから、もう諦める。
こんなストレスの溜まることにいつまでも付きあうなんて、
疲れたのです。


『人間は、忘れる動物である』

この言葉は、真実だ。
この会社に入って、もう1年以上も過ぎている。
昨年の今頃には、

「朝礼、その他で、大事な話をした場合には、
職場に置かれているホワイトボートに、
話されたことの内容を書いて伝えて下さい」

と皆にきちんと伝えていました。
(人事部も介入しました)

しかし、現実には、そうした対応があるのは
最初だけです。
だんだんと、3ヶ月も過ぎれば、
忘れられていくのです。

Oさんはなかなかやらなかったが、
Mさんは、最初はしていました。
しかし3ヶ月も過ぎた今は、もう忘れてしまった
ようです。
こうしたことは皆、面倒くさくなるし、
忘れてしまうものです。
あれほど言い続けてきたことなのに。

だからプロの通訳者が必要だという理由は、
健聴者にはわからないものです。

それがわかるのは、被害者である聴覚障害者と、
支援の具体性を理解している通訳者だけなのです。

でも、もうこんなことは考えるのも疲れてきた。
忘れようか…。
自分が、皆と同じ人間だということも…。

いっそのこと、死ねばこんな悩みもなくなるだろうが…。
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by bunbun6610 | 2016-11-15 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

『素顔の筆談ホステス』


今日、たまたま自分のブログのレポートを
確認したら、検索キーワードの第9位に

「筆談下手」

が入っていた。

「何だこれは?」

と気になって検索してみたら、
確かに当ブログでも過去に、
筆談が下手な健聴者の事例を載せている。

しかし、もっと気になったのは、
やはり単行本やテレビドラマで
有名になった『筆談ホステス』だ。
その中に、下の情報がある。


銀座ものぐるをしけれ
『素顔の筆談ホステス』
〔2009年12月21日02:14〕




このブログに書いてあることを

「鵜呑みにはしていないつもり」

だが、佐村河内守氏問題と同様、
マスコミによって作られていた部分は
あるような気がする。

『筆談ホステス』が有名になりだした頃、
私もこの本を買って読んだが、
「後になってから創られた」、
つまり「創作」の部分は、
やっぱりあるのではないか、と思える。

マスコミって一体何なのだろう?
何でもマスコミのせいにするのは
考えものだが・・・。
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by bunbun6610 | 2016-11-12 23:47 | 難聴・中途失聴
以前から続いていることなのだが、
下の記事がよくランキングに入っている。


『聴覚障害者を疑似体験する方法』
〔2013-02 -28 18:00〕



自分で書いたのだから、自分が言うのもヘンな話だが、
聴覚障害者が読んでいる記事ではなさそうだ。

私は時々、障害者施設に入ることがある。
そこでこのあたりの時期には以前、
依頼を受けたりしたことが何度かあった。

「大学の卒論(研究論文?)を書くため、
聴覚障害者の日常生活や、
困ったことなどについて知りたいのですが、
ご協力していただけませんか?」

といった、健聴者大学生からのアンケート依頼だった。
この時、ろう者は大体、非協力的な態度だった。
やっぱり、健聴者を信用していない人が、
今でも多いからなのだろう。
だが私は協力したことが、何度かはある。
そういうことがきっかけで、上の記事もちょっと
書いてみたつもりはある。

聴覚障害について書くとなると、
これはやっぱり難しい。
(それでも、私は敢えて書いたが)

手話サークルでも健聴者が話し合ったことが
あったが、

「私達には難しいからやめましょう」

ということになった。
たとえ手話通訳士であっても、
聴覚障害者でもない者が無責任に語るもの
ではないからだろう。

「聴覚障害」「聴覚障害者」というものは、
実はものすごく幅が広いので、そういう説明になる。
手話通訳者たちは、手話を母語とする
「ろう者」を中心にして説明を広げていく人が
多いと思うが、
手話がわからない「難聴者」支援が中心の
要約筆記者は、手話通訳者の立ち位置からは
もう少し離れて説明する人もいる。

とにかく、そんな「聴覚障害」「聴覚障害者」の
ことを書けば、本が何冊も出来てしまうぐらい
だろうから、今回は一つの話に絞ることにする。

聴覚障害者は、かなり重度の障害がある人でも、
本人自覚があまりない場合が少なくない、と思う。
実際、身体障害者手帳の1級や2級を持っている
ろう者でさえ、

「自分は障害者ではない。
『ろう』(あるいは、『ろうあ者』)だ」

という人がよくいる。


〔参考記事〕

『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02 -28 20:20〕




『米国・ギャローデット大学でのろう運動』
〔2013-03-05 18:00〕



自分を「障害者」だとは思っていないし、
それを苦にもしていない。
ならば、聴覚障害者は皆、
本当にそうなのかと言うと、
いやそんな人ばかりでもない、実は。
ろう者からよく対極的な代表にされるのが、
難聴者だ。


『映画『レインツリーの国』(有村浩/原作)』
〔2015-12 -12 00:22〕





しかし、幅広くいても、ケースバイケースであるに
しても、やはり音声コミュニケーションが
苦手になる聴覚障害者は必ずいる。
それが「聴覚障害」なのだから。

よく職場で、何人かの健聴者と一緒にいることになるが、
たまたまにしても必然にしても、
そこに会話(コミュニケーション)が自然に発生する。
色々な話をしているのだろうが、
私には補聴器を幾ら傾けたって、
補聴器のボリュームを大きくしたって、わからない。
何か話していることはわかる。
聴こえている。
しかし、何を言っているのかが、さっぱりわからない。
それは、全く聴こえないで気にしていない場合より、
ずっと心が重くなってくることなのである。
そんな状況の時でも、
皆の輪に入ってコミュニケーションをする方法はある。
手話は使えないだろうから、筆談である。
だから、自分でも筆談ボードを持って来ている。

ところが、そんな気軽な会話をしている最中に

「筆談して」

とは、とても言えない。
そういう見えない力が自分の前に押し寄せてきている。
それで我慢してしまう。

健聴者はよく、

「聞きたいことがあったら書いてと言って」

と、気軽に声をかけてくれる。
しかし、それに素直に甘えることが、なぜか出来ない。
見ているとやっぱり、難しそうに思えてくる。

私の目の前にある、この圧力は一体何だろう?
自分のせいなのか?
そんな悩みを何十年間も持ち続けていた。

そして、同じように悩んでいる聴覚障害者を、
仲間の輪の中に入ってみて、やっと見つけた。
だが、誰も明快な答えを見つけ出せてはいないようだ。
悩みがある、困っているのは皆同じ。

ただ一つ、新たにわかったのは、どんなに下手でも、
諦めずに一生懸命に手話学習に取り組んでいる
難聴者もいるし、手話をマスターして別世界に
飛び込んでいった聴覚障害者たちの姿があることだった。
見える言葉、動く言葉が、聴覚障害者と共にあった。

「はじめに言葉があり、言葉は神と共にあり、言葉は神であった」

という、ヨハネによる福音書の言葉と同じだった。
手話という言葉を覚えるのに全く苦労もしない、
天性の手話者もいた。
それぞれが別々ではあったが。


あるろう者は、健聴者とコミュニケーションを
取ろうとする時のろう者について、
こう証言していた。

「ろう者はダメだよー。
こうやるのよ」

と言って、ろう者のやり方をやって見せてくれた。
手に握りこぶしを作って、机の上をいきなりドンッ!
と叩いた。
そりゃ、私もびっくりした。
だから、健聴者社会での常識から言えば、
感心しないのは分かる。
だが、聴覚障害による障害の深さも知っている
立場から言えば、私には机を叩くろう者を
非難する気にはなれなかった。

社会常識がどういうものであるべきかは
まず置いておくとして、健聴者は、
自分たちの社会の尺度だけで物事を見ているから、
こうした無理解が起こるのではないだろうか。
そこが残念でならなかった。


人間は所詮、限界性のある生き物だ。
各々の限界性をわきまえて生きるべき存在
なのかもしれない。
だが、その限界を変えていくことができる存在
でもあるだろう。
それを、この人たちは私に教えてくれている。
人間の可能性は無限だ。
一つの可能性だけが、全てなのではない。






〔補足説明2〕

「人はパンのみにて生きるにあらず」

という言葉を、だいぶ以前に聞いたことがある。
キリストが聖書の中で言っていた言葉だっただろうか。

http://www.k-doumei.or.jp/np/2002_11/04_02.htm

働いて給料を貰わなかったら、人は生きてゆけない。
だが、人はそのために働き、生きるのではない。
スワンソンという生物学者は、3つの物質の他に、
もう一つの要素を加えた、という。



『人間が生きるために不可欠なものは

 「水、空気、食物、そしてコミュニケーション」

である。』
            (生物学者M・スワンソン)



『コミュニケーションは、
人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕




東京大学教授・福島智氏は、
この4番目の要素について、

「コミュニケーションは酸素のようなもの」

と解説している。
これを立証するために、彼はある実験をしたという。
ある小学校で、子どもたちに20分間、
誰かと話す事も聞く事も禁止し、給食を取らせた。
そして、終わった後に、子どもたちから感想を
聞いたところ、

「いつもより美味しくなかった」

などというマイナス意見の声が次々と挙がったそうだ。
あくまでも、健聴者の疑似体験として可能な実験に
過ぎないのだろうけれども、これは聴覚障害者の
疑似体験になりうるのかもしれない。



ちなみに、聴覚障害者になると職場で
どういう障害が起きてしまうのかが、
具体的書き記されているのが
『聴覚障害者の就労後問題』です。
それらは全て実話です。
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by bunbun6610 | 2016-11-11 21:00 | 聴覚障害

聴覚障害者への
【情報障害(人為的格差)】 とは

20■■年■月■■日(■)

『職場にある「作業マニュアル」を知らなかった』

職場で皆が、それぞれ個人的に先輩に聞いて、
個人のノートを取っているのを見て、
こう思いました。

「統一した手順、ルールがあるなら、
作業マニュアルをどうしてつくらないのですか?」

とYさんに聞きました。
すると

「マニュアルは以前に、皆がつくった。
前からある」

と言われました。

「Mさんの机にあるので、言えばマニュアルを
見せてくれる」

という。
しかも、そのことはもうずっと以前に、
他の人は朝礼のときに(マニュアルができたことを)
聞いていた、という。

なのに、自分だけそんなことも、
まるっきり知らされていなかった。
これは、おかしい。
朝礼の情報保障や通訳がないから、
こういうことになるのだ。

 →『何も聞こえない朝礼に我慢して』
〔2013-08 -19 18:30〕

  参照。

 →『朝礼でのトラブル』
  〔2015-02-02 18:30〕

  参照。

 →『会社の朝礼でさせられる「聞いているフリ」の辛さ』
  〔2015-06 -26 18:30〕

  参照。

 →『『人間は忘れる動物である』』
  〔2016-07 -25 19:30〕

  参照。


こうしたトラブルが継続しているということは、
社内、あるいはメンバーがわずか数人という
狭い範囲である部署内であっても、
一緒に働いている聴覚障害者を含めた
情報共有ができていない、
という証拠になるだろう。

これは、聴覚障害者への情報格差問題だけでなく、
コンプライアンス上からも、
非常にまずいのではないだろうか。
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by bunbun6610 | 2016-11-11 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610