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あなたの将来を決める、大事な就職について

『あなたの将来を決める、大事な就職について』



もしあなただったら、どちらの会社に入りますか?


①給料はいいけど、上司からは

「障害者差別には我慢してもらわないと・・・・」

と暗黙に指導される会社。(例;パチンコ店)



②「給料は少ないけど、ウチでは合理的配慮も
きちんとやります。
ここで是非、あなたの能力も伸ばしていって
下さい」

と言われる会社。(例;小さなカフェ)



ただ儲かっている会社なら、給料だって高くする
ことはできる。
従業員に、障害者へ挨拶させることだって、
社員教育でできる。
しかし、表面的な改善に騙されている人は多い。
どんなに表面だけ磨いても、本質がわかって
いない会社は、いつか必ずボロが出てくるものだ。

しかし、小さくても良い会社は、本質がぶれず、
確実にレベルを上げていくから、そこで働く従業員
が長くいるのである。

パチンコ店の離職率が異常に高いのは、
実はこうした背景がある。

パチンコ店がダメにしてしまうのは、
客だけではない。
経営が異常だから、カネ遣いも人遣いも荒く、
店で働く人をダメにしてしまう。
そして、社会・経済をおかしくしてしまうのだ。

今でこそ、パチンコ店のイメージはガラリと
変わってはいるが、それでも結局は、
根本が変わっていない。
手口がより巧妙に変わっただけだ。
それに騙されて、パチンコ店などへ就職してはいけない。

自分の人生だから、自分で選択する権利は誰にでもある。
だが大人としての、社会人としての責任を持つ以上は、
それだけではないはずだ。
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by bunbun6610 | 2016-05-09 22:24 | F.最大手パチンコ店

映画『レナードの朝』

映画『レナードの朝』



『泣ける!!
”あたりまえ”のありがたみを
教えてくれる映画
「レナードの朝」』




久しぶりに映画『レナードの朝』を観てみた。

初めて観たのは、もうだいぶ昔なので、
この映画は古い作品だ。

その頃は、まだ自分が「障害者」だということを
自覚していなかった。
それで、普通の人と同じように、観終わっても

「感動のヒューマンドラマだった」

といった感想しかなかったように思う。

しかし、今は自分が障害者であることを強く
認識しているし、障害者問題も毎日考える
ようになっている。
私の今の状態は、ある意味ではだが、
レナードと似ていなくもない。
身体障害者として、社会から“役立たず”の
扱いを受けていて、単純労働マシンとして
働いて給料をもらって、単純な生活を毎日
送っている。
だが、パスカルの

「人間は考える葦である」

とはよく言ったもので、私の脳内は活発なの
かもしれない。

今、『レナードの朝』を観たら、改めて色々な
ことに気づかされた。
私は今、この原稿の一部分を、マクドナルドの
中で執筆している。
そこで周囲を見渡すと、様々な人たちがいるが、
ほとんどの人はスマホを見ている。
それ以外には雑誌や新聞や本を読んでいたり、
数字パズルみたいなものを解く作業をしている
人ぐらいである。
つまり皆、受動的に脳を使っているに過ぎない
ような気がする。
この中に今は、誰も自分自身について考えたり、
人生について考えることも、
主体的に考えたりする人はいないようである。

レナードは30年間眠り続けていた、ということ
らしいが(これは正確ではないだろうが)、
それでも意識はあったそうである。
彼の生涯は、まず幼少期までは健常者だった。
それが発病して、病気のため療養生活に入る。
それが重度化し、障害者になる。
そして入院し、セイヤー医師の薬物治療を受けて、
奇跡的にまた健常者に戻る。
しかし、それは短い期間のことで、彼の病気は
再発し、そして重度障害者へ戻されてしまうの
だった。

中途障害者にも“喪失の過程”を経験するが、
重度障害者から健常者に戻るという話は、
聞いたことがない。
こういう経験をした人も、稀だ。
だから奇跡なのだ。
レナードが素晴らしく、観る人に感動を与えたのは、
彼がその奇跡を生かしたからのように思えて
ならない。



レナード;
「先生、かけて」

セイヤー;
「どうした、何事だ」

レナード;
「皆に知らせるんだよ。
いかに、すばらしいか」

セイヤー;
「何が?」

レナード;
「新聞の記事を読めよ。
悪い事ばかり載ってる。
皆、生きることのすばらしさを忘れてる。
持ってるものの尊さを教えてやらなきゃ。
人生は喜びだ。
尊い贈り物だ。
人生は自由で、すばらしい!」

セイヤー;
「“我々は感謝の心を忘れてる”と。
仕事 楽しみ 友情 家族への感謝。
朝の5時までしゃべり続けた。
開放感からか、躁状態なのか。」

病院職員;
「愛では?」

セイヤー;
「そうだな。
確かに僕らは、生き方を間違ってる」



医師;
「何か話があるとか・・・・」

レナード;
「簡単な事です」

医師;
「何だね?」

レナード;
「普通の人間のように、自由に散歩を」

医師;
「散歩は自由だよ」

レナード;
「本当に? 一人で?」

医師;
「なぜ、一人で?」

レナード;
「犯罪者ではない。
誰かに危害を加えるわけじゃない。
なのに、一人での外出を禁じられてる。
あんた達が目覚めさせたのは人間で
物じゃない」

医師B;
「ロウ(レナード)さん、無意識的に
私達に敵意を持っているようね」

レナード;
「無意識を意識できるので?」

医師A;
「ノラ、よせ。
参考までに、一人で外出して何を?」

レナード;
「散歩して、いろいろ見て、人と話す。
どっちの方向へ歩くか、自分で決めたい。
あんた達と同じようにね」

医師A;
「それだけ?」

レナード;
「ええ」

医師;
「分かった。
君の望みを考慮して、我々の結論を
出そう」

セイヤー;
「大丈夫か?」

レナード;
「緊張したので、けいれんが・・・・。
結論は?」

セイヤー;
「治って、まだ日が浅い。
“もう少し観察して、診断を下すべきだ”と。
外の世界は病院の中とは違う。
何かあれば病院が責任を問われる。
結論は“ノー”だ」

レナード;
「あんたは何と?」

セイヤー;
「僕の意見は弱い」

レナード;
「賛成を?」

セイヤー;
「ああ・・・・。
安心するのは、まだ早い。
この引きつりも心配だ。
あの薬は実験段階だ。
もっと観察を・・・・」

レナード;
「さよなら」

セイヤー;
「どこへ?」

レナード;
「散歩さ」



一人で散歩に出ようとしたレナードは、
警備員や病院職員たちに、
強引に連れ戻される。

それから再び病魔に冒されるように
なった時、彼はこう言っている。



「病人は奴らだ!
奴らこそ治療すべきだ!
我々は最悪の経験を生きのびた。
連中は違う!
それを恐れてる!
おれ達から、ある事を学んだからだ。
答えの見つからない病気がある事を、
我々から学んだ。
それを分かりもせず、病気を治せると思うか?
なのに、それを認めたがらない。
問題は奴らだ。
おれ達じゃない!
奴らが悪いんだ!」

「病気と闘って、やっと戻ってきた。
30年だぞ。30年間闘い続けた。
今も闘ってる。 あんたは?
あんたに何がある。
孤独で、何もない生活。
眠ってるのは、あんただ!」



皆は、薬の副作用でおかしくなったとか、
性格が変わってしまったとか言っていた。
しかし、彼は全然、間違ってはいないし、
おかしくもない。
おかしいのは、むしろ健常者のほうだと、
観ていて思った。

これを観ると、障害者問題や、障害者運動
はどうして起こるのかが、よくわかる。


以前に、

『<働かない働きアリ>
集団存続に必要 働きアリだけは滅びる』
〔2016-02-16 23:02〕




を紹介した。

社会から見れば、レナードも、そして私も、
障害者の多くは、同様なのかもしれない。
しかし、そういう人が実は、他の人には
気づかないことに気づいていて、
何かとても重要なメッセージを社会に
向けて発信しているのかもしれない。
ただ、社会はその声を聞かないだけだ。
優先順位うんぬんで結局、いつもその声は
埋もれていってしまうのだろう。
きっと、たくさんのそんな声があるはずだ。
しかしそれでも、その声はそれで死んだの
ではない。
きっと、何かの役に立つ日が、いつか来る
のだろう。
その声を拾って活かす誰かとは、実は
「働かないアリ」のような人間だったりするの
かもしれないのだ。
だから、信じたい。
イエス=キリストの話にも、似たような話が
あったのを覚えている。



レナードとは違う病気だが、佐々木正さんという、
手術を繰り返して生き続けた障害者がいた。


『難聴者の先輩 (3)ガネーシャ氏(ハンドルネーム)』
〔2013-03-04 18:30〕

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by bunbun6610 | 2016-05-09 21:30 | 障害者問題・差別

『ダイバーシティーの意味を実感する』

http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/37175166.html


炎のジョブコーチ
『ダイバーシティーの意味を実感する』
〔2016/5/8(日) 午後 6:37〕

先日、ある企業の経営者とお話する機会が
ありとてもよいお話をいただきました。
就労支援や障害者雇用ではないお話で、
創業し40年間ほど、山あり谷ありの会社経営
でようやく150人の従業員を抱える企業になり、
後継者へのバトンタッチも順調とのことでした。

苦労ばかりの経営でしたが、社会に貢献できて
とても満足している・・・と、しみじみと話されて
いましたが、中でもとても心に残った言葉が
あります。

これまでやってこれた経営の秘訣のようなものは?
とうかがったら、その経営者の方曰く、

「誰も辞めさせなかったこと」

とのこと。
中には、仕事をしない社員、文句を言う社員、
性格的に合わない社員、こんちくしょうと思った
社員もいたそうですが、しかし一人も辞めさせた
社員はいないこと、そしてこの年になってそれが
よかったとわかった、と話してくれました。

経営者なら、自分の意見に賛同する人で構成
したい…心を一つにして成果を上げたいと思う
ところですが、どうもそうではないようです。
もしかして、経営って、もっとシンプルなのかも・・・。

40年以上の経営の経験からの言葉、
とても重みがありました。

ダイバーシティー(多様性)が流行語のように
なっていますが、どれも地についていない感じで
したが、お話をうかがって、ああそういうことか…
と感じ入りました。

大手の企業はとても立派な『社会貢献報告書』の
ような冊子をつくってダイバーシティーを掲げて
いますが、末端の職場ではとても働き辛い環境
になっているように思います。

これからの働き方、経営のあり方、そして障害者
雇用は・・・いろいろ考えさせられました。




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by bunbun6610 | 2016-05-09 21:00 | 就労後の聴覚障害者問題B

曖昧になってしまう標準純音聴力検査

T・I・E ~自閉症児を育てる母の前向きブログ~
『知的障害児の難関・聴力検査』
〔2012-05-05 07:51:28〕




これは、標準純音聴力検査と呼ばれている、
聴覚検査の最初に行う検査だ。

知的障害児でなくとも、難聴児も耳からの
情報しか得られない幼児期にもかかわらず、
耳が不完全なためにその情報がさらに
少なくなる、という不利がある。
それで、この検査を受ける意味が子どもには
わからず、精度の低い検査結果になって
しまうことはありえると思う。


子どもの頃、こんな経験がある。
ヘッドフォンをして、幾ら時間が経っても、
何もわからなかった。
(聴こえなかった)
そのうちに皆が、保健の先生も私の顔を
覗き込んで

「どう? まだなの? 聴こえたの?」

と言いたげに見つめてきた。
それが堪らなくなって恥ずかしくて、

「このボタンを早く押さないといけないのかな?
何か聴こえないと悪いのかな?」

と思い、物凄く不安になってきてしまったので、
もう聴こえなくても押してしまった。
それがいけなかった。
でも、それが自分にとって重要な検査だとは、
全く知らなかった。
皆が聴こえて当たり前の環境で、
自分だけ「聴こえない」と証明されるのも、
物凄く恥ずかしかったからだろう。
そんな経験を、難聴児の頃はしていた。
人生で初めて、意識的に難聴障害を隠した
経験だったかもしれない。


もう一つ、大人になってから、難聴者の体験を、
講演会で聞いたことがある。
聞き取れなくて、何度も聞き返すと、
相手は次第に怒った表情に変わってくるという。
それが怖くて、聞き取れなくても「はい」と言って
しまう。
「うなづき障害」と呼ばれている、難聴者特有の
癖だ。

子どもの頃はこれと同じことを、
聴力検査でも出してしまっていたのだろう。


大人になっても、この検査を疑問に思ったこと
があった。
それは、普段は嫌いになった補聴器も外していて、
音というものをあまり聞かない生活をしていると、
久しぶりに補聴器とは違う機器で音を聞いたとしても、
慣れていないせいなのか、
あるいは耳鳴りなのか、
それともさっき聴いた音の残聴なのか、
よくわからなかったりする。
すると、回答(つまり、押すタイミング)もどうして
いいかわからず、曖昧になってしまったりする。
これでは検査の精度が落ちてしまうだろう。

また、検査師がミスばかりしていても、
同じように聴こえているのかいないのか、
わからなくなったりするのではないか。
聴覚の錯覚が起こると、脳が混乱するためだろう。
そんなことは本当にありえるかどうか、
わからないが、人間だからあり得そうな気もする。
検査師の腕にも、微妙な差はあるだろう。


「少しでも聴こえたら押して」

と言われると、聴こえたような気がしただけで、
積極的にどんどん押していたこともあったような
気がする。
その時は当然、

「ハッキリと聴こえたら押して」

と言われた場合より、押すのが早かったのだろう。
当たり前なのだが、検査師の説明の仕方で
被験者の押すタイミングが変わるのは当たり前
なので、その結果、採取するデータが変わって
しまったのではないかと、今になってみると思える。

こんな曖昧になってしまうことがよくある検査って、
聴覚障害を調べる検査として、
本当に重要なデータなのだろうか?

そんな疑問がある。
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by bunbun6610 | 2016-05-09 20:30 | 聴覚障害

今年4月施行『障害者差別解消法』で、どんな変化が起こったのか? (2)




最近の当ブログ・ランキング上位に
入るようになった記事に、
下のものがある。


『“軍艦島上陸ツアー”での聴覚障害者拒否事件』
〔2015-05-09 18:30〕



ツアー企画会社のうち、障害者差別と
思われる企業があった。
やまさ海運株式会社である。

当時は上陸条件に、下の文言があった為、
それが障害者側から

「障害者差別になるのではないか」

と問題視されていた。


「13 歳未満の者、未就学児童、乳幼児及び
身体障害者、車椅子等一人で歩行が困難な方は、
当分の間上陸できません。
(但し、小学生の場合は承諾書の署名と保護者が
必ず同行し管理監督を行うことを条件として許可します。
上陸を出来ず船内に待機する場合は、
付添い人が必要です。)」





ところが、現在のやまさ海運株式会社の
ホームページを覗いてみると、
その条件がなくなっていた。

変更後のホームページは


『軍艦島上陸周遊クルーズ : 一般客用 提出書類』


『誓約書』


『承諾書』



『軍艦島上陸についての注意事項』





この変更は、最近のことのようだ。
変更点は、障害者の上陸禁止を外す代わりに、
注意事項を徹底させたことだろう。
健常者も障害者も同条件を守ってもらう、
というものだ。
その上で障害者の中には、
「保護者又は介助者の同行」
を条件とする項目もある(『誓約書』6)。

このような変更は、おそらく今年4月に施行された
『障害者差別解消法』に配慮してのことだろう。

第一には世界遺産に登録となったため、
その名誉に恥じないようにするためだった
かもしれないが。


http://www.huffingtonpost.jp/2015/07/05/world-heritage-gunkanjima_n_7730182.html

『軍艦島など、世界遺産に決定
「明治日本の産業革命遺産」
めぐる日韓対立が終結』
〔投稿日: 2015年07月05日 23時39分 JST
更新: 2015年07月06日 00時27分 JST〕



これで本当に障害者差別が解消したかどうかは、
この会社のツアーを実際に利用した障害者の
声を聞いてみないことには、まだわからないが。
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by bunbun6610 | 2016-05-09 20:00 | バリア&バリアフリー

ろう重複障害児の現状

地下鉄に乗っていた。
ろう重複障害児と、その母親がいた。
児童は男児で、たどたどしい手話を使っていた。
母親は読書に夢中になっていた。
子どものことには全く構おうとしない。
子どもは読書中の母に何度も話しかけたが、
手話と口話の両方を併用していたらしい。
かなりあいまいだが、独り言、不満を発しているようだ。
それが、理解できる言葉だったのかどうかはわからない。
もし、母親にも理解できない言葉だったとしたら、
相手にしても仕方がなかったのだろう。

しかし、この時期に話し相手がいないと、
言葉の学習が遅れ、様々な副次障害が起こり、
将来必ず困ることになる。

それをこの母親は、わかっていないのかもしれない。
その親子は、W駅で降りた。
知的障害者がよく降車している駅だ。
すると、知的障害もあり、その施設に通っている、
ということだろうか。
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by bunbun6610 | 2016-05-07 23:20 | 聴覚障害

<水俣病>46歳、認められぬ苦難…公式確認60年




http://www.excite.co.jp/News/society_g/20160501/Mainichi_20160502k0000m040062000c.html



<水俣病>
46歳、認められぬ苦難
 …公式確認60年


毎日新聞社 2016年5月1日 21時11分
(2016年5月1日 23時06分 更新)


「公害の原点」とされる水俣病は1日、
公式確認から60年を迎えた。
患者認定や被害補償を求める訴訟が続き、
60年を迎えても解決の道筋は見えない。


 ◇特措法の救済、生年で線引き

一定の感覚障害がある未認定患者に
一時金などが給付される水俣病被害者
救済特別措置法(特措法)は、対象を原則
「1969年11月末生まれ」までとしている。
しかし、その後に生まれた40代の人々が
被害を訴えている。

 チッソ水俣工場は水俣病原因物質の
メチル水銀を生み出したアセトアルデヒド
製造を68年5月に終了した。
国、熊本県はこれをもって

「69年以降、水俣病が発生するレベルの
水銀汚染はない」

との立場を取っている。
特措法は妊娠期間を考慮し対象を69年
11月末までの出生としている。

 熊本県南部に住み、医療福祉関係の
仕事をしている女性(46)の誕生日は、
その十数日後。
親族が認定患者であるにもかかわらず、
救済の枠の外に置かれたままだ。

 女性の家は、水俣工場の排水が流れ
込んだ不知火(しらぬい)海でイワシ漁を
していた網元。
母(71)は

「魚をすりつぶして離乳食にしていたし、
網子さんたちも抱っこしては魚を食べさ
せていた」

と振り返る。

 女性は小さい頃から

「どうしてここで?」

という場所でよく転んだ。
手足に傷ができても気づかなかったり、
就職後も知らないうちにボールペンを
落としたり。
頭痛やこむらがえりもひどくなった。

 祖父は死亡後に親族が認定申請して
水俣病と認められていた。

女性と同様の症状に悩んでいた母も
2005年、水俣病不知火患者会が国など
を相手に起こした未認定患者の損害賠償
請求訴訟に参加。
和解で救済を受けた。

 女性は

「自分は水俣病とは関係ない」

と思っていた。
しかし、母の勧めで検診を受けると症状を
指摘された。
熊本県に特措法の適用を求め申請したが
「対象外」の判定だった。

 出生時期や、提出したへその緒の水銀値
が比較的低かったことなどが理由とみられる。
だが、納得のいく説明はなく賠償請求訴訟に
加わった。

「出生年の線引きはおかしい。
確かに症状があるのに。
認めてほしい」


【笠井光俊】




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感音性難聴者と全く同じ対応の仕方だ。

どこかで線引きしなければ、
「どこまで?」となってしまう問題だからだろうが、
症状があると認められる人にまで、
年月日だけで完全に線引きしてしまうのは疑問だ。
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by bunbun6610 | 2016-05-01 23:42 | 障害者問題・差別
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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