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人事部のM課長と相談をしました。
S課長と私との話し合いは、S課長と私の2人だけ、
あるいは2対1(S課長&M係長orS課長&Oさんと、私)
の場合が多かった。
そのため、M課長もこれまでの事情を全て知っている
わけではありません。
それで、経緯についての説明を最初からしなければならず、
大変でした。

S課長が

「聴覚障害者には、単純労働しかさせないように」

というような指示をしているかどうか、確認してみました。
仮にそれが事実だとしても、
差別が発覚するようなことは言うわけがないと思いますが。

最初はOさんに聞いたところ

「上の指示です。私にもわからないので、上に聞いて」

と言われました。

その後、S課長とOさんも同席で私に再度説明して
もらいました。
それが

「あなたはまだ入ったばかりで、力の程度が
わからないので、今の仕事だけをやらせています。
Oさんの指示は、私(S課長)の指示です」

と説明されました。
この後になぜか、人事部のM課長も割り込んできて、

「あなたの雇用を決めたのは私。
だから私にも責任がある。
ここは一旦、私が中立的な立場で、
あなたの話を聞くことにするから」

と言い、S課長とOさんを退席させました。
それでM課長と話をし、一応の妥協点を
見出しました。
しかし肝心のS課長の説明の真意が聞けずじまい
になってしまいました。

その後も、職場での情報障害によるトラブルは
消えなかったので、結局、本社のコンプライアンス部
にも働きかけて、ようやく改善されていきました。

今回は、職域差別についてのS課長の考えを
聞きたかったのですが、この日に本人と面談する
ことは難しかったので、後日に調整し直すことに
しました。

上の話を聞いたM課長も、
S課長の指示だと理解しているようであったので、
あとはS課長から直に、理由を聞くつもりです。

以前の労働組合との話し合いの後に、
S課長から

「あなたの仕事内容について今、
Oさんと相談中です」

と言われたが、私は

「二人だけでの話ではなく、
今後は第三者も交えての回答にしてもらえる
よう、考えています」

と話しました。

勿論、私のほうはS課長のこの申し出にはもう、
納得していません。

私は

「(S課長は)今まで何でこんな差別的な扱いを
してきたのか」

その理由を聞きたいのである。

M課長にはこれまでにも何度も言われてきました
が、今日も

「『~して欲しい』と言うのは子どもと同じ」

と言われてしまった。
この人だって、人の話を真面目に聞いているとは
思えません。

それだけではありません。

「私がこんなに忙しい中、あなたのために、
他の人よりも時間をかけて相談に応じてやっている(※)
のに、君は譲歩しないのか?」

というふうに言われました。

(※)筆談は時間がかかるので、M課長はこう思っている。

M課長のこの考え方は違うと思うのだけれども、
反論を言おうものなら、もっと怒り、
もう話を聞いてもらえないような気がしたので、
私は黙り込んでしまいました。

S課長が説明してくれないのを、

「してくれないのはおかしい」

と私が文句を言ったからといって、
なぜM課長にそう言われてしまうのか、
理解できません。

そこで今度は、M課長にこう聞いてみました。

「私は社長か常務取締役と、職域差別について
話したい」

しかしM課長からは

「あなたが社長や常務取締役と話せることはない。
私はあなたを採用した責任がある。
だから、私が必ず間に入る」

と言われました。
聴覚障害者差別問題は、
どこまでも隠蔽されてしまうのだろうか?
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by bunbun6610 | 2015-07-30 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1
『10000人のお掃除革命』(橋本奎一郎/著 株式会社出版文化社/発行 2008年2月6日/初版発行)

「(韓裕)副社長からは、ただ店舗がきれいになればよいというものではなく、清掃を通して人間教育をやり、社員一人一人に自らの精神を磨かせてほしいと要請された。」(P16)

「差別されたことを反面教師として反発することで韓会長は伸びてきた。差別されないためにどうしたらいいだろうと考えた。答えは、差別する人より二倍も三倍も教養と人格を磨き、社会奉仕をすることだった。社訓の『努力、信用、奉仕』とは会長の生き方そのままである。」(P34)

「会長は「マルハンは実力社会だ。学歴や肩書よりも、情熱を持って努力する人間を優先し、そういう社員を高く評価する。残りの人生は社会奉仕に捧げたい」と語っている。」(P34~35)

「韓会長は常に現場重視を貫くだけに、抜き打ちの店巡回や電話を入れることで常に現場に緊張感がみなぎっている。あるエリア長は一日に八回も電話をもらい、ふらふらになったと悲鳴をあげていた。「君と話していると私が病気になりそうだ」と言われた店長もいる。現場にかける執念はすごいものがある。
このように、会長はうるさい親父というイメージがあったので、店長たちはびくびくしていた。」(P37)

「一般的にいって二代目、三代目になると弱くなるのは、この「見透かす力」が弱くなるからである。目が利かなくなり組織が弱くなる。小さなことをおろそかにしがちである。頭で仕事をし、体を動かさない状態に陥る。だから、いったんやると決めたことも継続できなくなる。社員もトップの顔色を見ているので、適当な仕事しかしなくなる。極めようなどという気持ちにはさらさらならない。
経営者には確かな「眼」がなければならない。「将来を見透かす眼」「企業内容を把握する眼」「その後ろにあるものを見る眼」の三つが要求される。」(P38)

「韓会長は常日ごろ、お金を儲けるのは「技術」、お金を使うのは「芸術」といっている。これまで多くの寄付を行っているが、会社の利益の一%を社会に還元するというのが方針だ。感謝の気持ちがあれば地域社会に奉仕する心が生まれてくるという。ただし、自分の会社にプラスになると期待して寄付するのでは奉仕ではなく、投資になってしまう。寄付に投資の考えを入れないのもマルハンの鉄則だ。
社会に寄付するためには、やはり儲けないといけないが、金儲けには技術が必要だ。しかし、儲けた金は使い方によって生きも死にもする。社員や社会に還元し、お金を芸術として使いたいというのが韓会長の望みである。」(P39)

「幹部には人としての品性や人間性を求め、特にポジションパワー(職務上の地位による権限)を持つ人間は気をつけなければいけないと副社長はいつも自戒している。
「上から見下す」ことを一度ポジションパワーでやってしまうと、相手からも「平行な視線」で見てもらえなくなる。自分の伝えようとすることは、ますます伝わらなくなるし、相手も自分に対して意見を言わなくなる。「対話」でなくなってしまう。そうなれば、良いアイデアや意見を部下や仲間から引き出すこともできない。また、自分のことも理化してもらえなくなってしまうだろう。こうしたことを信条として、副社長は人に接しているという。」(P43~44)

「元もと下の者から上の者に物申すのは難しく、「なんか変だぞ」と思っていても、「はい、わかりました」と従うことが多いだろう。こうしたタイプの上司の下で働くとしたら、部下はどう振る舞うようになるのだろうか。その上司からは何か学ぶのか。最初こそ勇気を出して疑問を口にしても、そのうち口を閉ざし、びくびくしながら卑屈に機嫌をうかがうようになる。そして、こそこそと陰口を言いながら憂さ晴らしの暗い酒を飲むようになる。「黙っているのが一番賢いのさ」「さっさと会社を辞める見切りが大事」と部下は考えるようになる。
こうした問題は「個人の人格の問題」のひと言で済まされることが多い。しかし「そういう人だから仕方がない」では済まないと副会長は考えている。そこで副社長は、全従業員にこう呼びかけている。
「私たちは人と向き合い、マルハンを築いてきた。お客様を大切にし、仲間を思い自分たちを高めてきたのがマルハンだと思う。そこから逸脱している人がいるならばよく聞いてほしい。あなたには“人を生かす”責任がある。“輝いた店をつくる”責任がある。それができないのであれば、あなたがその立場にいることは許されない。それが私のこだわりであり、マルハンのこだわりでもある。
人に人格があるように、企業にも人格がある。そこに参加する個人の言動、行動の積み重ねから社風が築かれ、そこでまた人が育っていく。マルハンという企業を良くするためには、参加する私たち一人一人の責任ある行動が必要だ。特に、上に立つ人の言動、行動は、影響力が大きい。店長やマネージャー、本社の役職にある人はそれを忘れずに、自分で磨いてほしい。また社員であれば、アルバイトスタッフや後輩社員に対しての自分のあり方を見直してほしい。マルハンは、私たちがつくっているのだから。」(P46~47)

「橋頭堡(きょうとうほ)」(P53)

「昔のパチンコ業界は、一部のパチプロなどの客との駆け引きというよりだまし合いで商売をしてきた面がある。従業員は、客の不正を見張るのが役割だった。質の良くない客になめられないために、従業員のほうもパンチパーマや紫のスーツなどやくざまがいの風貌が多かった。客だけではなく、内部にも不正が横行していて、経営者は店長を見張るために徹底した管理統制をしていた。そうしないと危ないレベルの人たちが店長をやっていた。韓会長が掲げた理念があるにもかかわらず、当時のマルハンはまだ、人のレベルが高いとはいえなかった。
「これを何とかしないといけない」と考えた副社長は、思い切って全否定した。業界を変える戦いのスタートである。」(P59~60)

「クレーマー問題」(P61)

「私たちが今必要としているのは真の意味でのコミュニケーションです。コミュニケーションとはラテン語からきた言葉ですが、「伝える」という意味の他に、「分かちあう」とか「共存する」という意味も含んでいるそうです。私たちの会社、私たちの仲間という意識が必要です。「もっと豊かに」「もっと楽しく」「もっと確かなものに」していくために、共に分かちあい、共存し、夢を共有し、それぞれの目標、マルハンの目標に向って頑張りましょう。(社員一同様『すばらしい会社とするために』 1993.11.15 韓裕 より、抜粋。)」(P66)

「昔のパチンコ業界では、店を移るときに店長が従業員を連れてくるのが当たり前だった。店長が家の親分で、店長が連れてきた従業員はみんな子分みたいなものだった。だから、店長が辞めると従業員まで一緒に辞めてしまった。
パチンコ店のオーナーは、経験豊かな店長に店舗運営から人事管理、教育に至るすべてを委任した形だったので、各店長は、自己流の運営をした。チェーン店舗を展開しているマルハンも例外ではなく、当時のマルハンは、個人商店の集合体のような組織だった。各店の店長が人事権を含め大きな決定権を持っており、会社の方針よりも店長の方針が優先されてしまう状態であった。」(P74)

マルハンイズム「7つの行動指針」(P83)

「朝礼司会者の大きな声で投げかけと返事で全員が確認しあう。

姿勢はいいですか。(はい)

声の調子はいいですか。(はい)

笑顔はいいですか。(はい)

服装・身だしなみはいいですか。(はい)

・・・・・よろしくお願い致します。(よろしくお願い致します)」(P87~88)

「私がかつて米沢店に行ったときに、私の同伴者が、「従業員が誇りを持って働いている」「魂がこもっている」と評価し、その懸命な姿に感動を覚えていた。
「なぜここまでやれるんだ。今まで自分たちがやってきたことは何だったんだ。この差はマニュアルではない!」。そう感じながら「パチンコ業界もここまできたんだ」と思い、感動がこみ上げたと同伴者は言う。
マニュアルでなければ、その差を生み出しているものは何なのか? それは、お客様に向き合っているということだ。それが原動力になっている。評判をつくってくれるのも、もちろん「お客様」だ。」(P89)

「東北第二エリアの鈴木隆志エリア長は、「マルハンは出玉のマルハンでもなければ、イベントのマルハンでもなく、『サービスのマルハン』『人のマルハン』と呼ばれています」と言っている。」(P91~92)

「巡回と研修、店舗を外から支えるのがSA(サービス・アドバイザー)である。
・・・(中略)・・・
SAの仕事は大きく分けて二つある。
一つは巡回である。店を回って、スタッフの目が届かない問題点をチェックする仕事だ。掃除、接客、備品、また、服装の乱れ、髪型、女性スタッフのメイクなどチェック項目は多肢にわたる。しかし、訪問巡回と覆面巡回がある。訪問巡回は定期的に担当する店舗を訪れて、細かくチェックする・覆面巡回はエリア外の店をお客様に扮してチェックし、自身のチェックする目を慣れさせないように工夫している。」(P120)

「マルハンでも一兆円達成の前までに、効率化し清掃のアウトソースを完了していたが、やはり安易なアウトソースだったのか、管理部門(本社)を含め、「汚れても業者のせいで、自分たちは関係ない」「汚れに慣れてしまい、汚いことに気づけない」という感覚の従業員が多くなり、大企業病が進行しつつあった。」(P127)

「もともとあった「クリンリネス」へのこだわり」(P128~130)

「正式名称を「クリーンマインド本気!プロジェクト」とすることも決まった。
プロジェクト名は、「@きれいな心を本気で育む」という意味だ。合言葉として「感謝を実践!全員参加」「磨こう職場と心 ~まずは私から始めます~」を加えた。清掃をすることと心をきれいにすることは不可分な関係にある。」(P170)

「人が指導次第で変わる可能性があることを幾度も体験してきたからだ。逆にいえば、教えられていないから無知だという状態があまりにも多い。このような状態で自主性に任せたらどうなるか。道に迷う山登りと同じ結果になる。
企業には利益を生み出す目標があり、しかも永続しなければならない。社員や家族に対する責任、社会的な責任を果たすために当たり前のことであるが、この原点の部分を理解していない経営者、幹部、社員が多い。こうした軸足部分がずれていると会社は時間とともに、確実に倒産へと向かう。」(P133)

「社員のレベルを無視して安易に自主性に任せるのは、逆に無責任であり、良い結果は得られない。教育は、最初は強制から始まるものである。」(P134)

「管理部門は関連会社のエムエムインターナショナルに、エムエムインターナショナルはベンダーと店長に、店長はマネージャーに、マネージャーは一般に「やっておいてください」と言う。「・・・・のはず」(実際はそうではない)「・・・・と伝えている」(実際は伝わっていない)などの伝言ゲームばかりがあり、実態確認は誰もしていない。
結果アウトソース費をかけているにも関わらず、きれいになっていないという状況になっていた。」(P174)

「〈口だけの言葉遊び主義・できない理由を外部に求める習慣〉
「物を大事にする、創意工夫する、感謝をする」ということが“口だけ”になっていた。
分業化や管理部門・店舗間の伝達が整理されていないことが多く、確かに自分たちだけで判断してやると管理部門から叱られることもある。その中で、できない理由を「人が足りない」「今の世代にはそれでは通用しない」「何でも自分たちでやっていた時代とは違う」「業者が悪い」「管理部門の命令が悪い」「現場で店長がやらないのが悪い」と「外側」に求めることも増え、「ならば、どうするか(できることに集中する)に向おうとしない。」(P175)

「最初の清掃体験ツアーで新宿店を訪問したとき、あまりの汚れようだったので、「日々の従業員への清掃や業務の指示は何で行っているのか」聞いてみた。機械トラブルや金銭に関することは引き継ぎノートがあったが、毎日、今日一日、どういうことを心がけて取り組むのかを具体的に文章にまとめたものはなかった。朝礼でイズムの唱和や確認事項の伝達はあったが、声に出したら終わりで、再度確認する、公休者が翌日に昨日のことを確認する、今日の出来事を翌年の同じ日に参考にするために足跡を残すといったようなことは行われていなかった。」(P176)

「・かつてのマルハンは、人任せ(無責任)を嫌い、普通に考えればアウトソースすればいい「清掃」を自分たちでやることを大事にしてきた。超過労働などの悪しき習慣を改革するためにアウトソースに切り換えたことも、もちろん効率化にとって大事だが、「清掃をしなくなる」ことで失ったものもあると感じている。
・単純に「クリンリネスレベルを上げればいい」ということではなく、「清掃に取り組むことで生まれる何か」(感謝・思いやり、気づく力・創意工夫などの「マインド」)のためにこのプロジェクトは必要。
(マルハンの社内報『ルーチェ』2007年1月号より)」(P177~178)

アウトソース
アウトソーシング
ベンダー
バックヤード


「マザーテレサが来日したとき話したこと「この豊かな国の大きな心の貧困を見ました」」(P178)

「すばらしい個人の集団である会社は、社会から尊敬される会社になる。だからこそ、一人一人が自己の成長に取り組む必要があり、かつ「誰か一人がものすごく優秀」ということよりも、みんながすばらしい会社の方がいい。」(P186)

「私は、経営コンサルタントとしてさまざまな企業から社員研修の依頼を受けるが、従業員の能力が三分の一しか発揮されていないことが多い。人間は可能性という埋蔵されたエネルギーを持っている。埋蔵エネルギーを引き出せるかどうかは、上司と自分自身にかかっているのに気がつかない。たとえ気がついても、正しいやり方がわからなかったり、長続きしなかったりで成果を上げることができない。」(P187)

「花を育てたことのない人間が人から花をもらっても、花を育てた人の思いは実感することができない。トイレ掃除や料理も同じである。体で体験するプロセスを踏まないと物に対する感謝の心は湧かないし、自立型の人間をつくることもできない。また、体験して、も継続できないと成長は止まってしまう。」(P188)

「自己成長シート」(P188)

「図表6 自己成長シート記入の目的
・・・・(中略)・・・・
2.従業員全員が、クリンリネス、清掃、整理整頓を意識したか、実践したかを振り返る。」(P189)

「クリーンリーダー任命と朝礼クリーン宣言 ~全員が清掃をする機会を持てば変わる~」(P194)

「・クリーンマインドとはマルハンで働いているからではなく、一社会人としても重要なことであることに気づかされました。」(P210~211)

第一弾キャンペーンの努力賞表彰店舗
関東第一エリア 都筑店
関東第二エリア MPT澁谷
関東第三エリア 八千代東店

「接客は得手不得手があるが、清掃は、やれば必ずきれいになる。」(231)

「松田享男(みちお)店長(当時、富山県富山市・富山店の店長)は、感謝の心を醸成するのにも根気強く取り組んだ。当初、ゴミ箱はいつもあふれかえり、誰も交換しない状況で、サイズも小さいまま使用していた。そこで、サイズの合わないものは磨いてから捨てた。ゴミ袋の予備もぐじゃぐじゃに放置されている状況だったので、きれいにたたんで置くことを教える。次に、使う人のことを考えることについて、いつも言い続けた。これが簡単そうで意外にやれない人が多く、150回くらい同じことを言い続けた。」(P232)

「ゴミ箱担当制…毎日出勤時に、自分の魂だと思ってゴミ箱を磨く。」(P232)

「ただ、このような状況の中で、一方では二人の社員が駐車場で雑草を切り、一方では玄関で二人の社員が玄関マットの清掃をしていた。しかし、私はその社員たちが気の毒になった。定休日なら、なぜ多くの社員が全員で清掃をしないのかと思っているからだ。全員で清掃すれば社員間のコミュニケーションが良くなり、一つにまとまることができる。経営者が参加して一緒にやれば、効果はもっと大きなものになる。清掃ができていないのは、やらない社員が悪いのではなく、段取りよくさせない経営者が悪いのだ。」(P246)

「企業の差は、教育の差である。一回くらい注意しても、社員は絶対にやらない。そこであきらめたら経営者の負けである。何十回でも何百回でも、社員がやるまで言い続けるのだ。まさに体を張った戦いだ。自分の身は自分で守らなければならない。」(P248)



(連絡先)
橋本奎一郎

〒107-0052
東京都港区赤坂4-13-5
赤坂オフィスハイツ
(株)ハートコンサルツ
TEL; 03-3578-8778
FAX; 03-3582-7227

(事務所移転先)
〒187-0001
東京都小平市大沼町7-14-1
株式会社ハートコンサルツ
TEL; 042-344-6104
FAX; 042-344-6104

we20nvemrvr5q6715j9v@docomo.ne.jp;

http://掃除の力.jp/contact.html
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by bunbun6610 | 2015-07-29 20:30 | 就労後の聴覚障害者問題F
『掃除の力』(人と会社を変える 掃除の力)
(著者・橋本奎一郎/発行者・中島正樹/商業界
/1600円+税)



「汚れというものは、無頓着でいると見えるものも見えないということを実感しました。」(P20)

「変化は「気づき」からスタートする。
掃除を続けていくと「気づき」が広がる。」(P21)

「社員の能力を引き出すためには、仕事の中で社員の心を育てることができる企業にしていかなければならない。」(P25)

「人間は誰にでも「可能性」というエネルギーが埋蔵されており、「やる気」という精神力により、能力として引き出されてくる。精神力という機能を強く働かせるためには、精神力のトレーニングが必要になる。
また、この機能が働くか働かないかは意識の差にある。知識や経験によって能力を高めるには長い時間が必要なことが多いが、意識は正しいトレーニングによって比較的短時間で変えられる。こうしたトレーニングに最も適しているのが、掃除である。」(P26)

「「人づくり研修」よりも、知識を詰め込む「知識研修」を優先した研修では意味がない。
また、職場の和を保つために競争させないというのも間違いだ。「チームワーク」を優先して競争を避ければ、お互いの傷をなめ合っているだけになってしまう。お互いに切磋琢磨するような、「正しい競争」なくして進歩はない。「経費節約」も必要ではあるが、それを優先して従業員食堂の電灯を暗くするなど「社員の快適さ」をないがしろにして、社員が暗い気持ちで食事をするのでは士気も上がらない。
こうした優先順位を間違うことが企業を隅々までむしばむ。そしてやがては衰退するプロセスが確実に進行していく。」(P33)

「心が開いたタイミングでのアドバイスは、社員に無理なく浸透していく。」(P39)

「ゴミ箱やガラスが経営姿勢を教えてくれる
・・・・人は口や報告書で情報を伝えるとき、意識的であれ無意識であれ、自分に都合の悪いことは、ごまかしたり嘘をついたりすることがある。これに対してモノはしゃべることも動くこともできないが、嘘はつかない。
だから、モノをよく観察すると、人よりも正直に、わかりやすく、さまざまなことを語ってくれる。
掃除を続けていくと、誰でも、こうした物言わぬモノたちの声が聴こえてくるようになる。例えば、玄関の床が汚れていれば、いくら笑顔で「いらっしゃいませ」とお客様を迎えても、「迎える準備は手を抜いていますよ」と床が語っている。」(P44)

「掃除は、ただ漫然とやっていても人間の成長にはならない。自分の意志でやることで、初めてさまざまな効果につながる。だから、他人から言われて掃除する「やらされる」清掃を行っているうちは、その人にほとんど変化はない。
といっても、掃除をする気のない人間が自分から進んで掃除を始めることはない。そこで、掃除をするきっかけをつくるためには、まず命令して強制的にやらせるしかない。最初は嫌々でも、正しい手順で掃除を継続していれば、やがて本人が効果を感じ、積極的にやるようになっていく。」(P116)

「何も知らない人は、まず掃除をすることで最低限の気づきを味わうことはできるが、本当の意味を理解しないと、真の意味での掃除レベルは上がっていかない。やらされ感だけで嫌々掃除しているうちは、本当の掃除とはいえないのだ。
掃除の意味を理解するには、正しい指導者に正しい方法で訓練を受けながら、継続していかなければならない。逆に、正しい方法で掃除に真剣に取り組めば、誰でも掃除の不思議な力の恩恵に預かれる。」(P118~119)

「また、ゴミ拾いなどの地域清掃には積極的に参加するが、社内の掃除はやらない企業がある。社会奉仕はするが、職場奉仕はしないということだ。
本来、毎日世話になっている身の回りのものに感謝しながら掃除するのが優先順位の一番なのだが、それをせず外部の掃除を優先している。外部から評価される、イメージがよくなることはやるという姑息さが透けて見える。
こんな企業は掃除をやっているふりをしているだけだから、お客様にはそれがわかってしまう。」(P122~123)

「〈黒い雑巾を使って、雑巾の汚れを見ない〉
汚れが目立つからと、白い雑巾ではなく、黒い雑巾(または灰色、紺)を使っているのをよく見かける。汚れが目につかない雑巾では、こまめに洗わず、汚いままの雑巾で拭くので、汚れを広げているだけになる。こうしたことに慣れてしまうと、大事なことに気づかない人間になり、心が腐っていくことにも気づかない。
あえて汚れが目立つ白い雑巾を使うことで、気づきが広がる。」(P126)

「〈日常の掃除を外部業者に委託〉
身の回りの日常の掃除まで業者に頼んでいると、掃除は業者の仕事で、自分たちの仕事ではないと思い込んでしまう。汚れても掃除をしなくなり、気づき、感謝の心がどんどん薄れていく。
業者に頼まなくてもできることは、自分たちでやるといい。例えば、壁の汚れなども、自分たちで塗装してきれいにすることができる。椅子も、シートが破れると買い替える企業が多いが、発想を変えて、自分たちでどうにかしようと創意工夫すれば、補修できる。」(P126)

「成功事例②ぶれない経営者の姿勢 - マルハン
「掃除で従業員の心を磨きたい」(韓 昌祐会長)
「誰が何と言っても妥協する必要はない」(同)」(P130~132)

「手引書・フォーマットづくり
準備期間中にプロジェクトの最大の作業となるのは、手引書(マニュアル)づくりだ。手引書は、掃除の心得からルール、やり方、用具の使い方まで、掃除に関するすべての内容を具体的に示したものになる。
全員が掃除の指導や実行に使うものなので、使う身になって、具体的で表現が明快でわかりやすいものにする。プロジェクトメンバー自身が実際に手引書に従って検証してみるとよい。また、要点を表にしたり、イラストや写真を使って説明するなど、わかりやすく、使いやすくする工夫も必要だ。」(P141~142)

「ここで大切なのは、現状のレベルよりも、取り組みの姿勢だ。特に、責任者の姿勢が重要だ。「きれいにしろ」と指示するだけでは部下は動かない。自ら率先垂範し、部下に清掃キャンペーンの主旨を理解させるとともに、どう取り組んでいけばよいかを身をもって示していなければならない。」(P145~146)

「掃除が実行されていない現場は、責任者が理解不足で、実際に行動していない。責任者を再教育するとともに、他の従業員を、指導員(または外部のコンサルタント)が直接指導する。」(P146)

「〈第3ステップ〉
ワーストの現場のてこ入れをしながら、全体の底上げをする。どうしても駄目な現場には、指導員が入って一緒に掃除をしながら指導していく。これをやると、やっと目覚めることが多い。また、初めはよかったが継続実行ができなくて評価が落ちていく現場もあるので、こうした現場にも直接指導を実施する。
第3ステップに入ると、合格点に達する現場が増えてくるので、弱い現場を重点的に指導していく。」(P146)

「わかりやすい形で、全従業員が見るように評価結果を発表すれば、具体的な努力目標ができ、各現場は、競って掃除に取り組むようになる。
評価と同時に、優秀な現場は表彰し、悪い現場にはアドバイスするといったフォローもしっかり行う。」(P147)

「目の前で体験した直後だけに、指導者が話す掃除の心は、乾いた砂に水が染み込むように納得できる。恥をかかされた形になった実施現場の責任者や従業員の中には、反発をする人もいるが、悔しいという反応にしろ、強く印象に残ることは事実だ。
その思いが後に強いエネルギーとなって、最終的によい方向に進んでいくのを、私は何度も経験している。
このように、清掃体験ツアーによって、現場への直接指導を行うと、大きな意識変化が起きる。ツアーに参加した、他の現場の人たちだけでなく、実施現場の責任者や従業員に正しい掃除の心が伝わる。
実施後、今まで「掃除は汚れをきれいにすること」と思い、清掃キャンペーンは掃除の技術を高める活動だと誤解していたという声が非常に多く聞かれる。」(P156)

「「ありがとうカード」は他人のよい点を観察する力を養い、職場のコミュニケーション
向上させるなど職場の潤滑油となる。」(P161)

「清掃体験ツアー」(P197)

「ブリヂストンチャレンジド」(P212)

「大便器の清掃の説明」(P214)


株式会社エムエムインターナショナル
http://mmin-net.co.jp/




株式会社そうじの力
『創業の想い』
http://www.soujinochikara.com/index.php?cID=16

より引用
「誰がやったのかはさておき、「何とかするのは自分だ」という気持ちでゴミを拾っているのです。

なるほど、そうじとは、依存人格から自立人格へ転換するための訓練なのだ、ということが分かってきたのです。

以来、そうじを取り入れた自己改革の研修プログラムを開発し、提供してきました。」
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by bunbun6610 | 2015-07-29 20:00 | 就労後の聴覚障害者問題F
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/



この映画は奇妙だ。
こんな極限状態、社会が荒れた世界に、
何人もの障害者が登場する。
しかも、障害者の中には、社会の底辺にいる者から
組織のボスや上官にいたるまで、様々な地位にある
人がいるのだ。
何よりも驚いたのは、彼らも健常者に混じって、
生きるために必至で戦っている姿だ。
自分の権利を得るために、そして守るために。

日本では障害者が出る映画というのはほとんど
ないし、出ても視聴者に同情を誘うような、
極めて地味な役柄が多かったりする。
こんなシチュエーションは普通、あり得ない。

だから、ジョージ・ミラー監督の映画構想には
本当に驚く。
この映画では障害者も健常者と対等に扱って
いるのだ。

この映画のストーリーのようなことは、
実際に起きてほしくはないことは勿論なのだが、
いい面をあえてよく言えば

「障害者も社会参加を果している人間社会」

と言えるかもしれない。
そういう意味で、この映画は障害者、健常者とに
関わりなく、どんな環境の中でも生き抜く、
たくましい人間性を描いている、と思う。


障害者を描いた映画には『フリークス』があるが、
それは上映禁止になった映画だ。

『映画『フリークス』(1932年制作・公開)』
〔2014-11-06 18:30〕


しかしそれに対して、本作はエンターテイメント
作品として成功している。
障害者が活躍し、そして健常者にも称えられる
英雄になるのである。

大悪党のボス、イモータン・ジョーは、呼吸器を
つけていなければ活動できないらしい。
大悪党のボスが何と! 障害者なのだ。

ジョーに反逆し、希望と平和を求める大隊長
フュリオサ(シャーリーズ・セロン)も、義手の女性だ。
本作はフュリオサがジョーの支配を終わらせ、
英雄になるまでの物語だと言ってもいいくらいだ。

他にも、何らかの障害や病気を持つ、
つまりハンディを持つ人々が登場する。
さらに、高齢女性も兵士として、男と戦っている。
そんな誰もが“平等な”人間社会を、
たくましく描いているのだ。
暴力で支配する社会でありながら、
障害者も活躍できていた社会だったから、
私は「奇妙だ」と言ったのである。

彼らは、自分に障害などがあっても決して
卑屈にならず、むしろ堂々と自己主張していく。
それが、この社会では当たり前になっているのだ。
そういう意味では、素晴らしいではないか。

そんな映画をつくったジョージ・ミラー監督の
映画構想には、本当に驚かされた。

個性的でビジュアル的に強烈な印象を持つ障害者
を主役級に多数起用しているためか、
主人公マックスの存在感すら薄れてしまっている
ように思う。
しかし、それも監督の計算のうちなのだろうか。


以前に、ろう者も兵士になれるイスラム圏の国に
ついて話したろう者が、こう言っていた。


「ろう者も兵隊になれる国は、幸せだろうか?
日本では、なれないよね。
あなたなら、この国をどう思うだろうか?」



『ろう者の「幸せ」とは?
(花燃ゆ - 第23話 『夫の告白』)』
〔2015-06-10 19:00〕



障害者だから兵士にはなれないというのも、
実は差別なのである。
それがこの映画に描かれている世界では、
いいかどうかは別として、
そうした差別は全くない、ということになる。

障害者も健常者も関係なく、誰もが皆、
生きるために自分の権利を得るために、
守るために、自己主張をしている。
実際にこんな社会が実現してほしいなどとは
思っていないが、いいところだけを取り上げれば、
まさに障害者や高齢者のみならず、
ハンディを持つ全ての人々も社会参加している、
理想的な人間社会だと言えるのかもしれない。

そんな構想は、映画とはいえ、やはり大した
ものだと思った。
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by bunbun6610 | 2015-07-29 18:30 | 雑談


http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20150728/President_15790.html?_ga=1.198668207.1221020213.1428876294


どこが違う?
定年延長が許される人、
捨てられる人


プレジデントオンライン 2015年7月28日 08時45分
(2015年7月28日 23時21分 更新)


法律改正により、希望者の65歳までの雇用が義務
づけられたが、現実はそれほど甘くはない。
定年延長できる人と、引導を渡される人はどこが
違うのか。
実績だけではない、意外なポイントが浮かび上がって
きた。

「定年後も希望者全員を再雇用します、と謳っているが、
それは表向き。
再雇用後はきつい仕事をやらせて自主的に辞める
ように仕向けるなど、会社にとって必要のない人間
に対しては露骨な嫌がらせをして退職に追い込んで
いるのが実態です」

昨年12月末に電子部品メーカーを62歳で退職した
A氏はこう語る。

本当は65歳まで働きたかったのだが、同僚に対する
会社の仕打ちに嫌気がさして辞めたという。

「定年後も残ってほしい社員は、他社に就職されては
困る技術系の人などごくわずかしかいない。
ほとんどの人はいらないんです」

とA氏は言う。

希望者全員の65歳までの雇用を義務づけた改正
高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行された。

しかし、企業の本音は違う。
上場企業に業績評価など再雇用の対象者を絞る
基準は必要かを聞いたところ、

必要と答えた企業が48.6%、

「本当は必要だと思うが、法の主旨から選別基準を
設定するのは望ましくない」が47.1%。

合わせて95.7%の企業が選別したいと考えている
のだ(図表1)。

サントリーホールディングスや大和ハウス工業の
ように定年を65歳まで延長した企業もあるが、
大半の企業は定年後、1年ごとに契約更新する
再雇用方式。
しかも給与は現役時代の半分というのが相場だ。

それでも人手不足の建設業や製造業のように
定年後も残って働いてほしいという業界もあるが、
ほとんどいらないという業種もある。

ソフトウエア開発会社の人事部長は、

「正直言って60歳を過ぎても使える社員は少ない。
発想が古いうえに、技術の進歩が早いので追い
つくのも大変。
できれば60歳前に3年分の退職加算金を払って
辞めてもらったほうが助かる」

と本音を漏らす。
使えない社員は60歳を前に退職勧奨される可能性
も高く、再雇用されても冒頭のA氏のように自主
退職に追い込まれるかもしれない。
法律で65歳雇用が義務化されても決して安心は
できないのだ。

では定年後も会社に残ってほしいのはどういう人
なのか。
元JCB執行役員で再雇用事情に詳しい感性労働
研究所代表の宮竹直子氏は

「特殊なスキルの持ち主よりも知識や経験の伝承
ができる人」

と語る。

「特殊なスキルや知識を持っていることが望ましい
ですが、その能力をフルに発揮してほしいというより、
これまでに培った経験・技術を後輩に伝えることを
会社は期待しています。

自分は黒衣に徹し、若手を前に出してやらせる。
失敗させてもいいからアドバイスしながら後輩を
育てていくタイプに残ってほしい、と会社は思うもの」

たとえば営業職であれば、会社にとってはその人が
いなくなることで顧客や取引先がなくなることが一番
怖い。

「取引先に若手を連れていき、人間関係の築き方を
含めた自分のやり方を実践で教えながら受け継いで
もらう。
それができる人です」(宮竹氏)

逆に自分が培った専門性や経験に過剰な自信を持ち、
後輩を仕切りたがる人もいる。
過去の成功体験を披瀝し、自慢話をする人がいるが、
これが最も後輩に嫌われるタイプだ。
電機メーカーの人事部長は

「自分の実力を知る」

ことが大事だと指摘する。

「過去の実績や自分の専門性を過信している人が
多い。
会社の看板やブランド、優秀な上司や部下の
サポートがあって実績につながっていることを
忘れているのです。
さも自分一人でやったかのような自慢話など誰も
聞きたくありません。
自分の実績が本物か偽物かを検証し、自分の実力
を知ること、そのうえでどんな役割を演じればいい
のかを突き詰めて考えることです」

自分の役割とは何かを知る人の意識は、職場での
立ち居振る舞いに表れる。
実例を挙げて宮竹氏はこう説明する。

「部長職を務めて再雇用された人がいます。
基本的には定時に帰るのですが、若手が残業して
いると常に『お先に失礼します』と言って席を立つ。
会議にも参加しますが、決して自分から発言せず、
意見を求められて初めて答えるのです。
そういう人ですから周りも

『こういうものをつくってみましたが、見てもらえ
ますか』

『ここが行き詰まっているのですが、どうしたら
よいですか』

と言って寄ってくる。
その方は決して無理して自分を抑え込んでいるの
ではなく、後輩が自律的に育つことを支援するのが
自分の役割だと言い聞かせているのです」

元部下の若手社員に

「お先に失礼します」

となかなか言えるものではない。
その人は契約更新のたびに継続して働いてほしいと
懇願されたという。

定年延長すれば、元執行役員、部長、課長職の人
であっても一兵卒として働くことになる。

「現役の延長線上で

『おまえ、そんなやり方はダメだよ』

と口うるさく言う人もいるし、俺が俺がというタイプだと
若手が遠ざかってしまう」(宮竹氏)

という弊害をまき散らす人も少なくない。
再雇用したくない人はプライドが高く、勤務態度が悪い
人だ。
大手食品会社の人事課長はこんな事例を挙げる。

「途中席を立ってタバコを吸いに出かけたまま帰って
こない人、あるいは周りに行き先を告げないで席を
立ってしまう人がいますが、上司としては部下の手前、
示しがつきません。
もっとひどいのは仕事のじゃまをする人。
終業前の4時を過ぎると、バサバサ大きな音を立てて
新聞を捲って読み始めるのです。
なぜ、そんなことをやるかというと誰かが飲みに誘うの
を待っているわけです。
うるさくてしょうがないから、誰かが別の社員に

『今日はおまえがつきあえ』

と目配せして、結局、誰かが犠牲になってしまうことに
なる」

プライドが高い人ほど職場に疎まれて辞めざるを
えなくなることが多い。

「年収が半分になり、決裁権限もなくなる。
女性の一般職と同じような仕事をやらされ、なんで俺が
こんな仕事をしなきゃいけないんだと愚痴を漏らす人が
います。
割り切れない気持ちもわからないではないが、その結果、
いいかげんな仕事しかしなくなり、自分で自分の価値を
下げてしまう人がいます。
周りの目も厳しくなり、最後はいづらくなって辞めてしまう
人も」(宮竹氏)

40代が定年後もすんなりと再雇用される保証はない。
工作機械メーカーの人事部長はこう指摘する。

「課長の平均年齢は44歳ですが、同期で課長になれる
のは半分もいません。
社員の人口構成も48歳から50歳の層が最も多く、
いずれ定年を迎えるとして、全員を再雇用するとしたら
人件費が膨らむのは間違いありません。
今、考えているのは40代半ばから50代半ばまでの層
を対象にした退職加算金つきの転身支援プラン。
これでできるだけ定年到達者を減らし、必要な人だけを
再雇用する形にしていきたい」

同社に限らず40代後半の社員に向けたセカンドライフ
支援セミナーの開催や割り増し退職金つきの転身制度
を設けている企業は多い。
バブル入社組の人件費圧力は企業に重くのしかかって
おり、給与制度の改革に踏み切る企業も出てくるだろう。

国の強制で65歳まで会社が面倒をみてくれると思って
いるとしたら甘い。
40代の今からこれまで培った自分の専門性や経験を
一度棚卸しして、今の会社で何ができるのか、自分の
役割を知ることが重要だ。

ジャーナリスト 溝上憲文=文



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by bunbun6610 | 2015-07-28 23:43 | 雑談

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150728-00000089-reut-bus_all


特別リポート:
「スバル」
快走の陰で軽視される
外国人労働者



ロイター 7月28日(火)22時28分配信


[群馬県太田市 28日 ロイター]

- 今年5月8日、富士重工業<7270.T>が東京で開いた
決算説明会。
吉永泰之社長はすこぶる上機嫌だった。
米国で「スバル」ブランド車の販売が急増しているからだ。

現地のディーラーたちに会ったら、

「スバル車が足りない」

と頭をたたかれるかもしれない。
だから、次の米国出張にはヘルメットが必要だろう―。
吉永氏からはそんな冗談も飛び出した。

スバルの米国売上高はこの4年間で2倍に増えた。
成功の原動力となったのは4輪駆動のスポーツ用
多目的車(SUV)「フォレスター」だ。
米国のドライバーたちを引きつけるのは、同車が持つ
走りの性能や手頃な価格、それに社会的責任を
果たしている車というオーラ(雰囲気)だ。

「Love Promise」。同社は米国で、そう銘打った
企業イメージ戦略を大々的に展開、いまカリフォルニア、
ニューヨーク、ワシントンの各州では、

「世界に前向きな影響を与える」

自動車メーカーとして、スバルを愛用する顧客層が
形成されている。


<難民申請者たちが就労>

しかし、スバル車ブームの陰には、同社が喧伝して
いない別の事実がある。
売れ行きが急増している同社の生産が、ひとつには
アジアやアフリカからの難民申請者や安い外国人
労働者の存在によって支えられているという点だ。

東京から電車で2時間の距離にある群馬県太田市。
同社や部品サプライヤーなどスバル車の主要生産
拠点で働く彼らの多くは短期契約の作業員で、賃金
の35%程度は彼らを派遣した業者が受け取る。
バングラデシュ、ネパール、マリ、中国など様々な国
からやってきた彼らは、フォレスターの革製シートなど
の部品の多くを作っており、大半の場合、厳しい労働
環境に置かれている。

ロイターは太田市でスバル製造に関わっている22カ国、
およそ120人の外国人労働者と面談し、彼らの給与
明細書や難民認定申請書なども調査した。
そこから浮かび上がってきたのは、外国人労働者が
日本の閉鎖的な出入国管理法に縛られ、スバル車の
サプライチェーンのなかで人材派遣業者や企業による
待遇に苦悩している姿だった。

そうした労働者の1人、ネパール出身の難民申請者
であるラカン・リジャル氏(34)は、同社向け車座席を
製造する会社で作業中に腰を負傷し、その後に解雇
を言い渡されたと話した。
他の労働者たちからは、通常シフトの2倍の時間を
働くよう圧力を受けた、事前通告無しに即時解雇された、
保険をかけてもらえなかった、などの訴えがあった。

ロイターがインタビューした大半の労働者は、群馬県
の一般機械器具製造業の最低賃金である時給817円、
あるいはそれ以上の賃金を受け取っていた。
しかし、2カ所のスバル系列サプライヤーで働いていた
十数人のインドネシア人労働者の場合、家賃や光熱費、
本国の送り出し機関に支払う手数料を差し引くと、
残る手取り額は毎月平均でおよそ9万円、時給にして
約409円にとどまっていた。

こうした問題について、富士重工は

「取引先の労働環境管理は基本的に各取引先の責任
で行っており、当社が直接的に関与することはない」

との立場をとっている。
ロイターの問い合わせに対し、同社は書面回答の中で、
法律や企業内のガイドラインに従うことが同社と取引
するための前提条件だ、と述べた。
同社はまた、派遣会社の行動を監視する権限はない
とし、

「ただし当社として、客取引先に、ガイドラインで定める
差別撤廃・人権尊重・法令順守に沿った対応をお願い
している」

と説明している。


<「灰色」の供給ルート>

同社のサプライチェーンにおける労働実態は、人口
縮小で労働市場がひっ迫し、移民労働者に対する
法律上の壁が依然高い日本特有の事情が生んだ
副産物といえる。
同社や系列サプライヤーなど人手不足に直面して
いる企業は、工場の作業員を確保するため、難民
申請者やビザ(査証)切れ不法滞在者、アジアから
の技能実習生といった「裏口ルート」の移民労働者
に頼らざるを得ない。
「灰色」の労働市場が存在するおかげで、建設業、
農業、製造業などは数多くの外国人労働者を安い
賃金で雇うことが可能になっている。

同社は、政府が行っている外国人技能実習制度に
そって、339人の中国人を受け入れている。
この制度は、発展途上国の労働者に日本の製造
現場で産業技術を習得してもらうことが目的だ。

この制度の参加者には、自国の送り出し機関に
日本円にして約37万円もの手数料を払い、借金
を抱えて日本にやってくる人々が少なくない。
日本に来ても、研修先の企業を変更できないと
いう制約に直面する。
国連と米国務省は日本の技能実習制度について、
今年の報告で、一部の研修生が

「いまなお強制労働の状況にある」

と厳しく指摘した。

海外からの技能実習生の採用は、労働力不足を
一時的に補完する方策として、これまでも農業や
繊維産業などの現場では20年以上にわたって
続けられてきた。
ロイターの取材で、その制度が大手輸出企業に
よって製造業の作業現場にも組み込まれている
ことが明らかになった。

富士重工と系列サプライヤーにとって、製造拠点
である太田市で十分な労働力が確保できなければ、
大きな問題が生じる。
過去20年あまりで最も厳しい人手不足が続く中、
外国人の雇用がその重要な対策となった。

スバルのサプライチェーンにおける外国人作業員の
数について公式のデータはない。
しかし、ロイターが各企業、派遣会社や労働者らへ
の聞き取りにもとづいて把握した外国人作業員の
数は、太田市内にある富士重工の部品サプライヤー
4社で、少なくとも約580人にのぼった。
これら4社で働く合計およそ1830人の30%に
あたる規模だ。

「灰色」労働市場からスバル系列メーカーに流れ
込む労働者の中で、最も大きな比重を占めている
のが難民申請者だ。
日本において、難民資格を求めている外国人は
大きく二つに分けられる。
数が多いグループは、半年ごとの資格更新を条件
に日本での就労が許可されている人たち。

一方、入国者収容所から仮放免され、そうした許可
無しに働いている難民申請者もいる。

日本の法律は、こうした仮放免者であっても、
難民申請が審査されている間は国内滞在を認めて
いるが、就労は許していない。

就労できない仮放免者が暮らしていくには、親族や
友人、地元の慈善団体などからの生活保障を受ける
ことが必要だが、それができず「違法な」労働に走る
例は後を絶たない。

小川秀俊・外務省領事局外国人課長は、仮放免を
長期間の拘束を避けるための人道的な措置だとする
一方、出国を命じる判決がでたら

「出国するのが本来あるべき姿だ」

と語った。


<「仕事に行けないならクビ」>

難民申請者や技能実習生として日本にやってきた
外国人労働者は、いまどのような状況に置かれて
いるのか。
スバルの製造拠点である太田市でロイターが
インタビューした人々の言葉を聞いてみよう。

ネパール出身のリジャル氏は、自身を含めた難民
申請者や他の外国人労働者とともにスバルの
下請けメーカー、日本発条(ニッパツ)<5991.T>
で働き、毎日手作業で数百個のヘッドレストに革を
押し込む仕事をしていた。
生産ラインで作業する者の多くは、爪がはがれ、
一日の仕事が終わると過労のために拳を握れなく
なる者もいた。

同氏は今年1月、起床時に激しい腰の痛みと右足
のしびれに襲われた。
ニッパツを紹介した派遣業者から、仕事に行けない
ならクビ、という最終通告を受けたという。
動くこともままならず、職を失った。

病院のカルテによると、リジャル氏は椎間板ヘルニア
で3月12日に手術を受けている。
現在、地元病院の治療費とネパールにいる仲介業者
への支払いで約9000ドルの借金があるという。

「ネパールにいる妻とスカイプで話すときは3分で
切り上げる」

と9歳の娘をもつ同氏は話す。

「妻の泣き声を聞くのはもう堪えられない」

ニッパツは、ロイターの質問に対し、同社工場で難民
申請者を直接雇ったことはなく、質問は労働者を集めた
派遣会社にすべきだと話した。
ニッパツの企画本部広報部課長、斉藤浩明氏は電話
での取材に

「これは派遣会社の問題だ。
うちは直接雇用しているわけではない」

と答えた。

リジャル氏を紹介した派遣会社、ヒカリ商事を運営する
仲松英邦(オズワルド・ナカマツ)氏は取材に対し、
解雇による脅しを否定、リジャル氏が帰国して治療する
ことを望んだとし、彼が政府からの離職手当を受け取れ
るように解雇したと語った。
これに対し、リジャル氏は、帰国の意思を示したことは
ないといい、一切の給付を受けていないとしている。

これについて、富士重工はロイターへの書面回答で、
リジャル氏には、もともと腰に持病があり、本人から

「自国にもどって手術する」

との申し出が派遣会社にあった、と指摘。

「日本発条での作業による発症ではなく、
労働災害には当たらない」

との認識を示した。


<欲しいのは「人間としての待遇」>

スバルの系列メーカーで働くバングラデシュ人の
アブ・サイド・シェク氏(46)は「違法労働」の状態
にある。
入国者収容所から仮放免されている立場ながら、
同氏は週に6日、1日最大12時間もダッシュボード
部品や他の内装パーツの塗装作業を行っている。
彼自身がスマートフォンで撮った自分の写真には、
塗料の臭いを防ぐためにマスクをしている姿が
映っている。
その場所については本人が特定しないことを希望
した。

同氏は、ダッカの裁判資料の英訳によると、本国
で爆発物に関する法律違反で起訴された。
難民認定申請書で、同氏は容疑がねつ造であり、
野党のメンバーだったために標的にされたのだと
主張している。
法務省の書簡によると、2度目の難民認定申請は
2012年に却下された。
同氏はその後も再度申請し、最終判断を待って
いるという。

常に入国管理局の監視下にあり、ひっそり暮らし
てきたと同氏は話す。
だが、仮放免されている難民申請者は、帰国も
できず、働く事もできないという事実上、身動きが
取れない状況にある。

「私には働く権利も保険もない。
正式な住所もなく銀行口座もない。
日本政府にとって私は存在しないのと同じだ」。

「日本にいなくてはならないし、そのためには
食べ物を買う金が必要だ」。

他のバングラデッシュ人と同居しているシェク氏は
言う。

「私が欲しいのは人間としての待遇だ。
犬扱いじゃない」。

これに対し、富士重工は不法移民を雇っておらず、
下請けメーカーでもそうした作業員は確認できない
としている。
太田市の下請けメーカーはトヨタ<7203.T>や
日産<7201.T>、ホンダ<7267.T>など他
自動車大手にも部品を供給している。
トヨタも日産も難民申請者を雇っていないと述べたが、
下請けメーカーによる難民申請者の雇用については
コメントしなかった。
日産は約50人の技能実習生を雇っていると答えた。
ホンダはコメントを拒否した。


<外国人なしでは車ができない>

米国で人気を博すスバル車の成功は、安倍晋三政権
が進めるアベノミクス経済政策のモデルケースだ。
円安の追い風を受け、スバルの米国内販売シェアは
BMWやメルセデスを抜き去った。
富士重工の株価は2012年末の時点から4倍も上昇。
ロイターが計算したところ、フォレスターは単独で年間
36億ドルを売り上げる輸出マシンとなった。

フォレスター人気のおかげで、富士重工は営業利益率
で日本の自動車メーカーのトップに立った。
また安倍首相の経済政策により、輸出企業が円安の
恩恵を受けて利益を伸ばす顕著な例となった。

規模の大きい競合他社とは違い、富士重工は海外で
販売する自動車の約80%を日本で製造している。
このメード・イン・ジャパンを貫く姿勢が、同社や
約260社の下請けメーカーの多くが太田市の工場群
で部品需要を満たすのに困難をきたす原因となっている。

太田市の清水聖義市長は

「外国人がやらないと、現実に、
車は部品から何から絶対できない」

と指摘。
市長は過去、同市を外国人労働者特区に指定するよう
申請活動をしてきたが、実を結んでいない。

清水市長はインタビューで、ロイターが把握している
移民労働者の過酷な実態について認識していないと
した。
ただ、派遣業者が労働者を国の社会保険に加入させ
ないと、市が支払う生活保護など福祉手当の財政負担
が増えかねないとの懸念を示した。

政府は2010年、難民資格の希望者に対し、認定申請
書を処理する間、6カ月更新の就労許可を与えることを
決めた。
それ以来、申請件数は4倍に跳ね上がり、昨年は5000
件を記録した。
ネパール、トルコ、スリランカの出身者が特に目立つ。
しかし過去4年間の承認件数は毎年20数件にも満たない。

法務省入国管理局の丸山秀治氏は、外国人が日本の
入国管理システムの抜け道を利用していると批判し、

「最近は難民申請すれば働けるというような話に
広まってしまっている」

と話す。

自民党の河野太郎議員は5月28日、外国から「安い
労働力」が入ってくるのを許さないという政府の方針は
「大きなウソ」だと批判した。
同議員は日本の移民政策には「裏口」があるとし、

「裏口のドアを閉め、就労許可の発行を始めるべきだ」

と述べた。

2010年に始まった「難民認定」申請者への暫定的な
就労許可は、本来、人道的措置として実施されたが、
それが今、スバルの下請けメーカーのような企業に
割安の労働力を提供する手段へと姿を変えている。


<派遣業者のあり方にも論議>

外国人労働者の「需要」が急増する中で、その恩恵を
受けているのが派遣業者だ。
太田市では、同社が生産規模を増大するにつれ、
下請けメーカーが外国人の短期契約作業員を手配
する数十の派遣会社に一段と依存するようになった。

トヨタの大規模リコールが起きた際に品質管理を監査
する外部委員会のメンバーを務めた長田洋・文教大学
教授は

「派遣業者を使うメリットは、企業が都合の良いときに
雇用を減らせることだ」

と指摘する。

日本では250万人以上の派遣労働者が数千社の派遣
会社に登録している。
大手派遣会社は企業に代わって短期契約の労働者を
募集するが、より小規模な業者は労働者を直接雇って
工場やオフィスに送り込む。
近年こうした業者は増加傾向にあり、太田市のような
製造業の町にある人手不足の工場に労働力を提供
している。

太田市には1100社の派遣会社がある。1台のバンと
分厚い連絡先リストを頼りに1人で運営する業者から、
レストランの奥や車庫をオフィスにした家族経営の会社
までさまざまだ。
その多くが外国人労働者をターゲットにしており、
トルコ語、スペイン語、中国語などで書かれた看板が
太田市や隣接する大泉町の道路沿いに点在する。

リジャル氏をニッパツに送り込んだヒカリ商事を経営
する仲松氏は、日系ブラジル人の来日ブームがあった
1980年代後半に日本に移り、すぐに自動車部品
メーカーに労働者を供給する人材斡旋業を始めた。

仲松氏によると、ニッパツに派遣しているのは約90人。
ヒカリ商事では11人の正社員が働き、26台のバンと
作業員宿泊する75部屋がある。
同社はニッパツの工場に近い敷地に新しい4棟の寮を
建設中だ。

「ニッパツへの対応で忙しく、別の会社に人材を派遣
する余裕はない」

という。

同氏は各作業員の時給のうち約500円を受け取って
いると話す。
90人の作業員が週50時間働くと前提したロイターの
計算によると、同社はニッパツへの人材派遣によって
年間1億円以上の収入をあげているとみられる。
同氏はこの額についてのコメントを避けた。

工場作業員自身が人材斡旋をすることもある。
大手サプライヤーのある作業員は、ロイターに対し、
自分が見つけ、紹介した作業員ひとりについて、
毎月1万円を手数料として受け取っていると話した。

地元工場への労働者供給契約を勝ち取るために、
斡旋業者は厳しい競争を繰り広げている。
仲松氏以外の4人の業者は、契約を確保するため
に工場の管理者や本社担当者に飲食の接待を
したり金品を贈ったりしなければならない、と語った。

太田市郊外の人材斡旋会社ワイズコーポレーション
の丹羽洋介社長は

「人材は必要だが、(その調達を依頼する)斡旋業者
は選り取り見取り。
会社側に決定権がある」

と話す。

一方、富士重工は系列サプライヤーと取引する
労働者派遣業者を直接監視する立場にはないと
している。
ただし、ガイドラインに反した事項があった場合、

「取引先に対して是正措置や契約見直しといった
ペナルティが課されることから、間接的な抑止効果
があると考えている」

とし、その会社が基準に従うよう改善させることも
可能と話す。


<技能実習生は景気下振れ時の保険>

同社は太田市で46年の歴史がある矢島工場の
生産を拡大した。
約4000人の従業員を2交代制で使い、1日1800台
を生産する。
同工場で1台のフォレスターを製造するのに約20時間
かかる、と工場見学者は説明を受けている。
生産ラインの停止後にまもなく再開するという合図に、
ベートーベンの「エリーゼのために」がスピーカーから
流れるという。
ロスした時間にかかったコストを思い出すためでもある。

マフラーや燃料タンクを製造するトップの下請けメーカー、
坂本工業の坂本正堂会長は

「目下、最大の課題はスバルの増産ペースにしっかり
ついていくことだ」

と話す。

スバルと下請けメーカーが、技能実習生という名の下に
数百人の労働者を雇っている。
この制度は通常3年間の予定で労働者を送り込むが、
スバルの矢島工場でフォレスターの製造作業をしている
ほとんどの中国人技能実習生は1年更新の契約しかして
いないという。
ロイターの計算によると、富士重工は中国人実習生を
雇うことで、約4億6600万円を節約できたと見られる。
これについて、同社はコメントを控えている。

この制度は、2008年に経験したような米国市場の
落ち込みが再び起きた場合の保険になる、と子会社の
スバル興産の長川光弘氏は話す。

「3年と決めると、その途中で景気の下振れがあっても
3年の契約を守らなくてはならない。
1年の契約であれば途中で下振れが起きても安全。
リスクをとらずにすむ」。

スバルの製造拠点に配属されている中国人実習生の
多くは20代前半で、毎朝スバルの野球帽をかぶって
仕事に向かう。
ロイターが入手した給与明細書によると、彼らは週に
約50時間、群馬県一般機械器具製造業の最低賃金
である時給817円で働いていた。

太田市内に掲示されたスバルの広告や富士重工の
ウェブサイトに示された同じ工場で働く日本人の常勤
期間従業員の賃金水準に比べ、ほぼ半額とみられる。
米国スバルによると、インディアナ州ラファイエットの
ある工場では時給が最高で3136円だという。

ロイターの取材に対し、同社は技能実習生が日本
労働者と同等の待遇を受けており、関連書類は中国語
に翻訳され、作業員が自由に会話できる環境を整えて
いるとしている。

しかし、一部の技能実習生の証言は異なる。
彼らによると、仕事のことをあれこれ話すと、
全員が解雇され、中国に送還される、と住み込みの
管理人から警告されたという。

同社は太田市のアパートに4人の研修生を住まわせ、
給与明細書によると、家賃、光熱費、食費を引いている。
彼らは技能実習生になるために中国の送り出し機関に
最大37万円を支払うという。
彼らはいずれも匿名を希望した。

ある技能実習生は

「日本人と同じ待遇を受けられないのは実に不公平だ。
中国に帰って自動車工場で働かない限り、ここで覚えた
ことはあまり役立つと思えない」

と話した。


<「私たちには関係ない」>

インド人のモハメッド・シャフィール・カライ氏(28)は
難民申請者だが、昨年8月、スバルやホンダに自動車
部品を納める池田製作所の工場でベルトコンベヤーに
左手薬指の先が巻き込まれる事故にあった。

カライ氏によると、指が切断されるほどの事故だった
にもかかわらず、池田製作所のマネジャーは事故後、
救急車を呼ばなかった。
代わりに、製作所側は派遣業者を呼び、カライ氏は
病院に連れて行かれるまで、およそ30分待たされた
という。

同社の総務部総務課係長だった中嶋郁夫氏は

「我々は止血をし、傷口を抑えるように言った」

と話す。
八木貞雄総務部長は、同社が斡旋業者に連絡したこと
は認めたが、救急車を呼ばなかったのは緊急医療事故
に該当すると思わなかったからだと説明する。
その業者の到着や治療にかかった時間はわからない
という。

同社によると、カライ氏の事故が起きたのは、ベルト
コンベヤーについている安全ガードが何らかの理由で
外れ落ちてしまったため。
この事故後、同社は製造ラインの安全性を確実にする
方策を講じたとしている。

カライ氏は

「すごい量の血が流れ、私は

『痛くてたまらない。
病院に行きたい、誰かと一緒に行きたい』

と伝えたが、彼らは

『私たちには関係ない』

というばかりだった」

と話す。

(Thomas Wilson, Antoni Slodkowski and Mari Saito
 翻訳編集:加藤京子、北松克朗)






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〔関連情報〕

障害者対談;
『障害者の就職問題』と『聴覚障害者版サムハル』
〔2014-12-30 18:30〕




『売上日本一のT社が聴覚障害者にしたこと』
〔2015-03-16 18:30〕

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by bunbun6610 | 2015-07-28 23:31 | 人権、差別
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150725-00000020-jij-n_ame


ハルク・ホーガン解雇
 =過去に差別発言
 ―米WWE

時事通信 7月25日(土)5時31分配信

【ワシントンAFP=時事】
米プロレス団体WWEは24日、看板レスラー、ハルク・ホーガン
(61)を解雇したと発表した。
 約8年前に録音されたとみられる会話の中で、人種差別発言
を行っていたことが理由と報じられている。

 WWEは声明で

「従業員もレスラーも世界中のファンも多様であるように、
あらゆる出自の人々を受け入れ称賛してきたのがWWEだ。
テリー・ボレア氏(ハルク・ホーガンの本名)との契約は終わりだ」

と表明した。

過去のビデオや関連グッズは全て販売停止となった。




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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150725-00000095-spnannex-fight


WWE解雇のホーガン
“侮辱的発言”認め謝罪
「言い訳できない」

スポニチアネックス 7月25日(土)13時36分配信


WWEを解雇された人気レスラーのハルク・ホーガン
(61)が人種差別発言疑惑について認め、

「自分自身に失望している」

と反省したと米メディアが24日に伝えた。

WWEは解雇理由を明らかにしていないが、

「従業員もレスラーもファンも多様であるように、
私たちはあらゆる背景の人間を受け入れてきた」

とする声明を出し、一部メディアはホーガンをめぐる
訴訟の資料に人種差別発言が録音されたテープが
あったと伝えた。

 ニューヨークポストなどによると、ホーガンは

「8年前に侮辱的な発言ををしてしまった。
これは受け入れがたいことであり、言い訳できない」

と謝罪する声明を発表。

「世界中の誰しも重要な存在であり、民族や性別、
宗教を理由に差別をされるべきではない」

と自身の発言を打ち消すように思いをつづった。

 さらに

「自分の信条に反した侮辱的な発言をしてしまった
自分自身に失望している」

とも付け加えた。



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やっぱり、米国社会では差別に対して、
このような断固とした対応もある。
 日本の企業とは大違いだ。
差別を受けた者が差別した者に対し、

「それは差別ではないか」

と言うと

「差別はしていません」

と言い返されて終わり、というケースは、
日本でもよくある。
しかし、反論したからといって

「それ(「差別」だという解釈)は間違いです」

ということにはならない。
差別する側がそう主張できても、
決める権利まではないのだ。
相手側(差別された側)が

「いや、違う。
それは、やはり『差別』だ」

と言い続ける限り、少なくとも火種が
消えることはないだろう。
そこで差別する側は、消極的になるか、
それとも積極的になるかの決断を迫られる
ことになる。
すなわち、ひたすら自己保身に徹する態度を
貫くか、それとも相手を理解し、和解するかである。

ハルクは聡明な決断をした。
誰にだって間違いはある。
彼の反省という行いは、
決して恥じるべきことではないと思う。



〔関連記事〕


『ももクロの事件から学ぶアメリカの差別観』
〔2015-04-09 19:30〕



『<ヘイトスピーチ>差別か表現の自由か
 街宣訴訟7日判決』
〔2013-10-05 09:43〕





〔関連情報〕

『WWEに復帰した“超人”ハルク・ホーガンが、
「猪木舌出し失神事件」の真相を語った!!』

〔2014年08月21日〕

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by bunbun6610 | 2015-07-26 23:57 | 人権、差別


<岐阜市版レッドリスト>
天然アユ→「天然遡上」
…表記変更


毎日新聞社 2015年7月23日 22時41分
(2015年7月24日 00時09分 更新)

岐阜市は23日、「岐阜市版レッドリスト」で準絶滅危惧種
に選定した長良川の「アユ(天然)」の表記を、
「アユ(天然遡上<そじょう>)」に変更したと発表した。
選定を巡っては、岐阜県内の漁業関係者が

「買い控えが起きる」

と抗議し、レッドリストからの削除を求めていた。


 ◇漁業関係者の抗議受け

 市は4月のレッドリスト公表の際、「天然」の定義を、
人の手を借りずに海から遡上したアユとした。
漁業者らは放流した稚魚から育ったものも含め、
全てを「天然アユ」として出荷しているため、
リスト公表後、釣り人や消費者から

「アユを取(買)ってもいいのか」

と問い合わせが寄せられるようになったという。

 岐阜市の担当者は記者会見で

「(天然の表記で)漁業関係者の誤解と混乱を
招いてしまった」

と陳謝。
その上で、海から川をさかのぼってくるアユである
ことを明確にするため「遡上」の表記を追加したと
説明した。

一方、リストから削除することについては

「アユの漁獲量が増え続ければ
(削除は)やぶさかではない」

と述べるにとどめた。

 岐阜県によると、長良川水系のアユ漁獲量は
1992年の1029トンをピークに2004年には180トン
まで減少。
漁業者らがふ化事業や稚魚の放流などを行い13年
には300トンまで回復している。

 表記の変更について長良川漁業対策協議会の
玉田和浩会長は

「市から正式な回答を受けていないが、リストからの
削除を求めていく考えは変わらない」

と話している。

【石塚誠】



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はて?
この記事にある

「やぶさかではない」

の意味は???


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実用日本語表現辞典
『吝かではない』

http://www.weblio.jp/content/%E5%90%9D%E3%81%8B%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84


読み方:やぶさかではない

形容動詞「吝か(である)」の否定形で、多くの場合
「やりたい」というおおむね積極的な意思を示す表現。

「吝か」は、それ自体「気が進まない」「気乗りしない」
「あまりやりたくない」といった後ろ向きな気持ちを示す。
これを「吝かではない」と、否定形によって表すことで、
「やりたくないわけではない」、「やってもよい」、
あるいは、「どちらかと言えばやりたい」、「むしろ喜ん
でする」といった肯定的・積極的な姿勢を婉曲的に表す。

「吝かではない」のように否定的表現を否定する修辞法
は「緩叙法」とも呼ばれる。
例えば「嫌いではない」(わりと好きだ)、「悪くない」
(けっこう良いと思う)などのような表現でも緩叙法が
用いられている。



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健聴者は「耳で聞いて覚える」と、よく言われる。
実際、教科書などにすでに載っていることでも、
先生から改まって声で説明してもらい、
授業を理解するようだ。
会社の研修などでも、資料が用意されていて、
それを読めば内容がわかるのに、
わざわざ講師がまたそれを読むことが多い。

しかし、子どもの頃から耳が不自由だった私は、
そうではなかった。
教科書には載っていないことはわからないし、
教科書を読んでもわからないことは、
諦めてしまっていた。
聞き返しても、また声で言われたらわからないのは、
どうせ同じだったから。

聴覚障害者の中には、例えば自動車の運転免許の
筆記試験でも、苦手意識を強く持っている人がいる
という。
なぜかというと、日本語文法が非常に苦手だからだ。

よく聞くのが

「二重、三重否定文は苦手」

だという話。


「○○○でないのではない」

「▲▲▲ではないわけではない」


といった文章だ。

私も、どうも苦手だ。
先にも述べた通り、私は日本語文法は独学なのだ。

聴覚障害者側からは

「このような日本語文章(読解)力と、
運転能力には何の関係もないではないか」


という批判が、昔から強く残っている。

それはそうだろう。
運転実務では、そんな回りくどい視覚情報など
存在しないのだから。
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by bunbun6610 | 2015-07-24 09:37 | コミュニケーション能力
TOHOシネマズ新宿に映画を観に行った。



障害者割引鑑賞券の購入者だから、
鑑賞券は専用カウンターを利用できた。
私は並んでいる間に、自分の筆談ボードに


 ・障害者割引鑑賞券 1枚

 ・ターミネーター 18:00

 ・座席はなるべく中央付近で。

と書いておいた。
そして、障害者手帳と代金も用意しておいた。
すると、接客係の聴覚障害者対応もスムーズに
できた。
一つだけ、接客係の人が「カード」の手話
(CLを使って)を表した。


『聞こえない赤ちゃんのための
 はじめての日本手話CL絵本「ボール」』
〔2015-02-12 00:18〕



『手話のダイグロシア』
〔2011-06-21 00:16〕



特定非営利活動法人バイリンガル・バイカルチュラル
ろう教育センター
『第5回目 <CLとは>』
〔掲載日/2010/08/03〕





今ではパチンコ店や、ビックカメラなどでも、
健聴者の間でも、よくこのCLが自然に使われている。
聴覚障害者では、ろう者が特によく使うのだが、
健聴者もこういった仕事をしている人は、よく使う。

ポイントカードか何かのカードのことだろうと思って

「ありませんので、結構です」

と答えた。
それも、スムーズに伝わった。
全てが問題なくいったので、ここは良かったと
思っていた。

入場時間を待っている間、ポップコーンを買って
みようと思って、カウンターに並んだ。
ところが運悪く、前の二人の注文時間が
だいぶ長くて、なかなか自分の番まで来なかった。
そのうちに、他のカウンターに接客員がついたり、
またすぐに離れたりし出した。
お客さんが来そうになると、接客係が対応に当たり、
いなくなるとすぐに別の仕事をしてしまっていた。
それで、聞こえない私はタイミングがわかりかねていた。
それで、最初から並んでいる場所から離れず、
ひたすら待った。
その間、次々と隣のカウンターに客が来ては、
ポップコーンを買っていった。
それでも、私だけじっと我慢し、まだ待たされた。
接客係は、声だけで案内しているから、
私は行けないのだ。
だから、聞こえない人は競争に負けるのだ。


〔関連情報〕

『セールのパンが買えなかった日』
〔2013-04-12 18:00〕


『「聴覚障害者心理が働く」ということ』
〔2015-07-05 19:30〕



このようなことは、売店だけではなかった。
入場可能になると、音声によるアナウンスがあるらしい。
それも、聞こえない人にはわからない。

「ターミネーターの入場時間は何時ですか?」

と、声で聞いてみた。
すると、接客係も声で

「もう少し待って下さい」

と言っているようだった。
失敗だった。
これでは困るのだ。
時間を正確に言ってくれたほうが、助かったのに。

そして接客係は、すぐに他のお客の対応に追われて、
私の相手などしてくれなくなってしまった。
こういった不便さを、他の聴覚障害者も経験した
ことはないだろうか。

空港のように、正確な時間を常時、
パネル表示されていればよかった。
それが、こんな立派な施設でも備わっていなかった
のは、ユニバーサルデザインがしっかりと入って
いなかったからだろう。
聴覚障害者の意見も聞いていれば、
こんなことにはならなかったはずだ。


一体、この施設のバリアフリー状況はどうなの
だろうかと思って、他のことも点検してみた。

例えば、チケット売り場・売店フロアにある
トイレは男女あるが、そこに障害者用トイレの
マークはなぜか、見当たらない。
男性用トイレまで行ったが、そこに障害者用
トイレは見当たらなかった。
男性用トイレの奥には女性用トイレがあるが、
障害者用トイレは見えなかった。

こんな立派な施設なのに、障害者用トイレがない
はずはない。
1階にはちゃんと、エレベーターまであるのだ。

きっとどこかにあるはずだが、見つけにくい場所
にあるとしか、思えない。

「これもちょっと、ヘンなのではないだろうか?」

と思った。

施設はかなり立派だが、それは健常者に対しての
ものばかりに思えたので、私は残念に思った。
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by bunbun6610 | 2015-07-24 00:18 | バリア&バリアフリー
病気ガイド ~気になる病気の症状・治療法を簡単解説~
『耳の「聞こえ方」の検査方法 ~こんな検査を行います~』
http://kininarushoujou.blog74.fc2.com/blog-entry-109.html



>「補聴器をつけてもほとんど聞こえない
…超高度難聴(聾)」


というのは、初めて見た。
「聾」というのは、医学的には、よほど重い難聴の
場合を言うのだろうか。

(しかし、聴覚障害者の世界ではよく、
「聾」と「難聴」は区別される。
しかも、それは聴力のみで分類できるものでは
ないそうだ)

確かに、ろう者も

「自分に交付された身体障害者手帳にも
『難聴』と書いてある」

と言う人がいる。
「難聴」のなかでも「高度難聴」という分類らしい。

しかし、「聞こえにくい」とか「聞こえる」では、
曖昧だ。
音が聞こえても言葉が聞き取れなかったら、
それはもう、重大な聴覚障害だと言えると思うのだが。
意外に怖いのは、感音性難聴だ。


>「感音難聴とは、低音域が聞こえやすい一方で、
高音域が聞き取りにくくなる難聴です。
話し声は、個人によって高い低いはありますが、
一般的に1KHz付近の高音域が中心です。
一方、生活雑音は、低音域が多いのです。
そのため、”言葉”が雑音に埋もれて、
聞き取りにくくなってしまうのです。」



聞こえても言葉が分からない障害なので、
こうした正確な知識と、そして本人の自覚もよほど
しっかりしていないと、簡単に見過ごされてしまう。


>「”言葉”が雑音に埋もれて、
聞き取りにくくなってしまう」


健聴者にはなかなか理解しにくいことなのですが、
この部分を理解することが重要だと思います。

例えば、こんな感じではないでしょうか。


中度難聴(感音性難聴)WebSite 【 静かの森 】
『3 感音性難聴の実際』



これが

「音は聞こえるけれども言葉は聞き取れない」

という聴覚障害なのだと思う。




中には、次のような珍しい事例もある、という。


『聴覚情報処理障害と聴覚障害』
〔2014-01-27 18:30〕



症状や障害名はともかくとして、専門医でさえ、
見抜けないことはよくある病気なのだ。
語音明瞭度検査すら、しないで軽度診断をして
しまう医者は、昔から非常に多い。
それゆえ、不幸にも“たらい回し”にされてしまった
患者も多いのである。
手遅れになれば最悪、聴力は戻らなくなることもある、
という。

そのことは

『『「耳の不調」が脳までダメにする』(中川雅文/著)』
〔2014-07-29 18:30〕
「突発性難聴は、症状が出始めた一週間が勝負
(P135~138)」
「無責任な医者に遭遇した患者さんは不幸(P156)」



にも、詳しく書かれている。
だから、決して侮らないことだ。
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by bunbun6610 | 2015-07-20 19:30 | 聴覚障害

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610