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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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『「E上司は、何であんなにバカなんだ?」と思った事例』


聴覚障害者読者の皆さん、聞いてほしい。
会社で、自分の仕事をきちんとしたにもかかわらず、
上司や先輩に信用されなかった、という経験は
ないだろうか。

今回は、私のそんな経験を書いてみるので、
まず、読んでみてほしい。


私は、E上司からの依頼で、営業スタッフIさんの
書類を、ある所へ提出に行った。
そこに着いて、窓口でIさんが作成した書類を提出した。
しかし、その書類には不備があったので

「これでは受付けられない」

と言われた。

こんな重要な問題が発生した時は、私は必ず、
自分の紙とペンを先方に差し出して、筆談をお願いする。

しかし、相手によっては強く警戒し、私の用意した紙
には書かない。
私が自分の身体障害者手帳を見せて、自分が本当の
聴覚障害者だということを示すと、相手はやっと
筆談に応じてくれた。

ただし、それでも、私の用意した紙に書くのではなく、
あくまで自分の紙とペンで筆談をする人もいる。

私は、これを別に不思議だとは思わない。
実際、過去にも時々はあることだったからだ。

「自分が、うっかり書いてしまった文言で、
何かに利用されたりしないか」

と警戒しているのだから、それは理解できる。

例えば、自分に差別しているつもりはなくとも、
書いた内容が障害者側から見たら“差別”と
受け取られることは、よくあるだろう。
相手は、その物証を握られたくないわけだ。

私も、筆談の記録を正確に取って、帰社したら
会社に正しく報告するつもりだった。
そして、その通り、相手が書いた文言を正確に
写し取って会社に持ち帰り、申請が却下された
理由を説明した。

そうしたら今度は、Iさんがその所までまた
わざわざ電話して、確認を取っていたのだった。

私は

「何のために、自分はあんなに苦労して筆談してまで、
却下理由を報告したのだろうか?」

と思った。
こうなるのなら、最初からすぐとんぼ返りすれば
よかったのだ。

向こうにダメだと言われたら、理由など聞かずに、
そのまま帰ってきてもよかったのではないか、
とも思った。


確かに、どの会社でも重要なことは二者確認する、
というルールもあるだろう。
大事な仕事なのだから、責任は全てIさんになる以上、
Iさんがそこへ確認を取る、ということは当たり前
なのだろう。

けれども、私はどうも納得がいかなかった。
疑問に思ったのは

「私の聴覚障害ばかりが疑われていて、
報告が正確な筆談記録によるものだということが
理解されていない、信用されていないからではないか?」

ということだった。
これは、大いに有り得ることだろう。

もしそうだとするならば、私が幾ら努力したって
無駄だということになるだろう。


別の日には、こんなことがあった。
これもやはり、Iさんが書いた書類の不備が原因だった。
その書類を提出先へ持って行ったところ、相手先に

「ここのところは、訂正しないといけませんよ。
訂正は今、ボールペンで書いても構いませんが、
後日、受領日に訂正印を持って来れますか?」

と伝えられた。

私は、このことを早速、メールでIさんに報告した。
すると、Iさんの返事は

「何で? どこがいけないの?」

メールでは、さすがに詳細に説明するのは限度がある。
それでも、できるだけしてみた。
そして、先方が

「顧客の印鑑を借りて来られますか?」

と言っていることを繰り返した。
すると、Iさんの返事は

「印鑑は借りられませんよ!
書類は、持ち帰って下さい!」

だった。

私は

「それが分かっているんだったら、
最初からそう言え!」

と言いたい気持ちになったが。
勿論、私は初めから、こうなるだろうと予想は
していた。


信頼関係がないと、こんな簡単な報告でも、
すぐ揉めるのである。
こっちも、一緒に仕事をしていて、イライラする。
こんなバカのせいで、無駄な費用と労力を遣って
しまうのだ。

命令は命令なので、仕方なく、その時の交通費
(1万円以上)も労力(7時間と労務費)も全部パー
にし、とんぼ返りしたのだった。
これが、私の忠告を無視したツケだった。
ツケは結局、会社が払ったのだ。

帰社後、E上司に、こういうミスで会社が何度も
損失を出していることを説明し、そして

「今度からはここと、ここのところは、実際に行き先に
着いて、先方受理の確認を取ってから記入する、
というルールにしたらどうでしょうか。
そのほうが、失敗しません」

と提案した。
ところが、E上司もIさんも、それを全く無視していた
ので、また同じ失敗が続いた。
Iさんの癖は直っていない。
だから、Iさんがまたミスしたら、今後も同じことが
続くのである。
この問題は

「ミスは誰にでもあるから」

というのとは違うことを、E上司が理解していない
のが問題だ。

堪忍袋の緒が切れた私は、今度は人事部とD上司に
事例報告し、私の提案を受け入れるように強く言った。
E上司よりも、D上司のほうが格上だからである。
すると、D上司のグループでは、私の提案が受け入れ
られるようになった。

ところが、信じられないことに、E上司のグループに
所属するIさんのほうは、相変わらず全然、自分の悪い
癖を直さなかった。

なぜなのかはわからないが、中間管理職が無能で、
だらしがないと、会社の組織は半分壊れていってしまう、
という事例だろう。

E上司のグループは、なるべく障害者を使わないようだ。
だがそれで障害者がブラブラしているようでは、
会社に無駄を増やすだけだ。
そればかりか、何人もの営業スタッフが障害者のサポート
を受けず、各自でやっている、ということは、
会社の営業力も落ちる、ということを意味している。

「障害者が使えない」のではなくて、
ダメ上司だから障害者が遊んでいるのである。
そしてそのツケは、勿論会社、つまりみんなが払っている。
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by bunbun6610 | 2014-10-24 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題E

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141023-00000029-asahi-soci



妊娠で降格、明確な同意ない限り違法
 最高裁が初判断


朝日新聞デジタル
10月23日(木)16時52分配信


妊娠によって不当に降格させられたとして、女性が職場を訴えた
訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷(桜井龍子裁判長)は
23日、

「明確な同意」や特段の事情がない限り、妊娠を理由に
した降格は男女雇用機会均等法が禁じる不利益処分にあたり
違法だ、

とする初判断を示した。

 判決は、この事案で「女性の同意はなかった」として、女性の
敗訴とした二審判決を破棄し、審理を広島高裁に差し戻した。
女性が逆転勝訴する可能性が高まった。
裁判官5人全員一致の意見。

 2006年に改正された男女雇用機会均等法は、妊娠や出産
を理由に解雇や降格、減給などの処分をすることを禁じている。
同法違反に該当する基準を明示した今回の最高裁判決は、
妊娠や出産による職場での嫌がらせ「マタニティー・ハラスメント」
への一定の抑止力になりそうだ。



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by bunbun6610 | 2014-10-23 19:08 | 人権、差別
ある日、Yさんは営業スタッフのAさんの指示で、
N所へ出向くことになった。
夕方には二人とも仕事が終わったので、
Yさんと少し話した。


私;「今日はどこへ行きましたか?」

Yさん;「N所へ行きました」

私;「N所へは無事に行くことができましたか?」

Yさん;「行けました。
バスが1時間に2本しかなくて、でも今日は1時間
待たないと来ないと分かったので、行きはタクシーを
利用しました。
帰りはバスにしました」

私;「えっ?! そこは遠いの?」

Yさん;「遠いですよ~」

私;「・・・・・」(閉口してしまった)



私;「N所はね、KT駅から700メートルぐらいで、
歩いても10分ですよ。
T駅からでも、歩いて20分で行けるんですよ」

Yさん;「でも、インターネットで調べたら『徒歩25分』
ってありますよ」

私;「インターネット情報は参考までにしておいて下さい。
実際にどれぐらいかかりそうなのかは、地図を見れば
大体わかります。
Yさんの感覚では、『遠い』と感じるのは何分歩いた
場合なのですか?」

Yさん;「・・・・・」

私;「実際に、私がいつもやっている仕事では、
片道20分歩くなんて、よくあることですよ。
それで会社のお金を遣ってタクシーやバスを使うのが
当たり前だと思いますか?
やむをえない事情でもないと、認められませんよ」

私は、前の部長と、タクシー利用条件の話をした
ことがあるので、原則は

「タクシー以外に公共交通機関がない場合に限る」

ということを理解している。

しかし、Yさんはそれを理解していないで仕事を
している。


その4日後、N所へ行く仕事が再びあった。
しかし、D上司はそれをYさんにではなく、
私に頼んできた。

やれやれ・・・。
またこうなるのか・・・。

それでYさんは

「その日の午前中は何も仕事がなかった」

という。


仕事というのは、会社に貢献することである。
それをしない人は、信頼されないのである。

だからYさんは「お客様」なのである。
お客様だと思われているから、注意されるのでも
怒られるのでもなく、「しようがない」と思われる
だけなのである。
Yさんに成長はない。


このことを、不真面目に考えてみたら、
障害者雇用の場合

「真面目に働かない人」

「やる気のない人」

「能力の低い人」

のほうがラクだ、トクだ、ということになる。
たとえ真面目に働いていようがいまいが、
生活保護の不正受給者と同じ扱いになるのだ。

今年9月にも当ブログで公開した、障害者枠の
求人票を見れば、わかるだろう。
障害者はどうせ誰だって、昇給も賞与も、昇進もないのだ。
経験豊富な先輩も、何も出来ない新入りも、
やり気のある人も、ない人も、
能力のある人も、ない人も、
賃金は皆同じなのだ。
真面目に働くほうが馬鹿馬鹿しくなる世界なのである。

一般枠雇用だと健常者と同じ資本主義社会(競争社会)
に入って働くことになるが、障害者枠雇用だと共産主義
社会(非競争社会)に入れることになる。

もしあなたが、クローズでもオープン(※)でも働けると
したら、あるいは自由に障害者手帳を持つことも出来る
としたら、どちらへ入りたいだろうか。
実は、どちらを選ぶことも出来る障害者もいる。


(※)当ブログ

『難聴者の会社面接対策(3) 「オープン」と「クローズ」』
〔2011-07-07 20:55〕


参照。




ついでに、今の世の中には、こんな障害者向け
就職斡旋会社も堂々と存在する。

障害者手帳を活用して大手へ転職
|日本最大級/東京都の女性向け身体障害者
求人が4000件!大手・上場企業が多数
www.pojichalle.com


何か、怪しい会社のように思えるけれども。
でもこれって、ホントにできる話だ。

「障害者手帳があれば、能力がなくても大手に入れる」

というのは、本当の話なのだ。

こういうことができるようになったのも、
障害者雇用促進法、その助成金による、
ご利益のお陰なのだろう。
もっと皮肉を言えば、障害者手帳は“魔法の手帳”
なのである。


ともかく、それを使って、仕事は不真面目にやり、
小説を書くのもいい。
いい作品が出来たら、それを出版社に売り込み、
成功したら障害者雇用を辞められるだろう。

あの佐村河内氏も、もしかしたら、そんなところ
だったのかもしれない。
軽度の障害でも、困っていることは事実だが。


あるいは、障害者雇用とサイドビジネスを併用し
続ける、という手法もあるだろう。
本業はとりあえず障害者雇用にしておくが、
それは手抜きでいい。
自分が成功するために、サイドビジネスに精を出す。
それが軌道に乗ったら、障害者雇用なんか辞める、
あるいは障害者雇用のほうをサイドビジネスに転換
する、という手法もある。

そうすれば障害者の人生の楽しみも、増えそうだ。

これは間違いなく『障害者の経済学』になりうる。

こんな話を聞いたら、健常者は気分が良くないだろう。
しかし経済学的には、障害者もこれで、社会に大きく
貢献できようになるはずだ。
そして何よりも一番大事なことである、
障害者の自立にもなるはずだ。

不良で自立したって、別にいいじゃないか。
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by bunbun6610 | 2014-10-23 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題E
『聴覚障害者への合理的配慮ではないが、良くなった例』


以前にも書いていたE上司のことである。


『筆談しない上司との人間関係』
〔2014-06-23 18:30〕



最近はやっと、聴覚障害者に対する指示の仕方が
わかってきたようだ。
必要な書類を私に手渡すだけになったのだ。

以前は、私に何だかんだとしゃべってから、書類を渡す、
というパターンだった。
これではさっぱりわからないので、私は書類を渡される
までの間、ただ待っているだけだった。
勿論、E上司がしゃべっている間は、ただの時間の無駄
に過ぎない。

あんまりE上司が鈍感で、コミュニケーションがうまく
いかないものだから、私は

「いいから、その書類をさっさと渡せ」

とでも言いたげな表情になっていた、と思う。
人間関係が良くなかった、と思う。


それが今は、E上司は私に仕事を頼む時は、
書類を渡すだけになった。
コミュニケーションは全然しなくなった。

だが、このほうが私も、そしてE上司もラクになった。
お互いに機嫌がいい。

どうせいつも、やっている仕事は同じ単純作業なの
だから、それで何も問題はない。
私が書類をゆっくり読んで、わからないことがあれば
E上司か担当者へ直接、確認すればいいことなのだ。

このやり方のほうが、無駄なコミュニケーションが減るし、
仕事の精度も実際に上がる。
だから、そのやり方になって以来、平穏な毎日になっていた。


「それなら、そんな上司はいらないだろう」

って?
よくぞ、気がついた!
前から、そう思っているのだ。


アメリカのろう者パイロットの話も、だいたい同じみたいだ。


沖縄県豊見城市手話サークル ティダの会
『【報告】第6回聴覚障害者の労働問題を考える集い』
〔2009年02月23日〕



音声コミュニケーションはやめたほうがいいのだ。
健聴者がやめないから、職場では聴覚障害者バリアが
生じるのだ。
そして、聴覚障害者と健聴者との間にトラブルが絶えず、
起こるのだ。
そして、聴覚障害者はどんどん辞めていく。

それが、健聴者が今まで散々やってきた、
聴覚障害者雇用の失敗事例だ。


これって、健聴者文化とは違う?

そうだろう。
違っていてもいいではないか。
上手くいきさえすれば。

健聴者もたまには、聴覚障害者からも学びなさい。
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by bunbun6610 | 2014-10-22 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題E

http://www.yomiuri.co.jp/national/20141020-OYT1T50136.html


生活保護不正受給の女、
他に5自治体からも?


2014年10月21日 09時52分


 東京都三鷹市から生活保護費を受け取りながら、神奈川県の3市
からも不正受給したとして、詐欺罪で起訴された住所不定、無職
春日野美保被告(48)が、同時期に不正に生活保護を受けていた
として、都内の5自治体が新たに被害届を静岡県警に出したことが
20日、同県警への取材でわかった。

 同県警で被害内容の確認を進めている。

 新たに被害届を提出したのは、東京都内の世田谷、文京、豊島の
3区と三鷹、武蔵野の両市。
このうち三鷹市では、これまでの調査で2009年5月~13年12月
の間、春日野被告が計697万円を受け取ったことが判明。
春日野被告が申請当時に中野区から生活保護費を受給していた
ことがわかったため、被害届を提出した。

 残る4市区の被害届によって、春日野被告が三鷹市から生活保護
費を受け取りながら、11年7月~12年12月に世田谷区から別に
217万円を受給し、文京区(12年2~5月)、武蔵野市(同5~6月)、
豊島区(同8~11月)からも計86万円を重複して受給していた
疑いが浮上した。

 生活保護の申請は、住民登録がなくても居住実態があれば可能で、
春日野被告は「住所不定」で申請。

自治体側も、窓口に来たことや医療機関の受診だけで居住実態が
あると判断したケースがあり、春日野被告の住民票がないので、
他の自治体からの受給に気付かなかったという。


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「住所不定」(住民登録しない)にしておけば、
あちこちの自治体から生活保護費を貰えてしまうのか。
生活保護の制度がひどすぎて、そこを簡単に突かれて
しまっているのが問題だ。

生活保護は、本当に最後のセーフティネットだ。
生活に困っていながらも、「漏給」の人がたくさんいる。
国の人口減少にも直結する問題ではないだろうか。

このようなことは、やめてほしいことだ。
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by bunbun6610 | 2014-10-21 20:37 | 生活保護を考える
http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/36068640.html


炎のジョブコーチ
『当事者会での支援者あるある』
〔2014/8/14(木) 午後 6:22〕

ある当事者会に参加させていただき、支援者への愚痴が
テーマでいろいろ出されたのですがちょっと印象に残った
ものがありました。
それは、ちょっと静かにしていると

「気分が落ちていますね」

と言われ、ちょっと気分がいいと

「上がっているから注意して」

と言われる、どないせいちゅうねん!・・・といった内容で、
その他に「まだ早い」といってなかなか就労のステップに
進ませてくれない、何が根拠にまだ早いの、等々。

支援者がどれだけ専門性があるかは別として、支援者は
それほど影響力が大きい存在と気づかされました。

支援者はアドバイスと思っても、支援される側からするとか
なり指示に近いものになります。
支援者に異議申し立てするともしかして支援してもらえなく
なる・・・それでなくても、相手の意図を敏感に感じてしまう
方が多いですから、支援者はそのことを支援者としての
自己理解が欠かせません。
(楽しいひと時でしたが、針のムシロでした)



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>「支援者はアドバイスと思っても、支援される側からするとか
なり指示に近いものになります。
支援者に異議申し立てするともしかして支援してもらえなく
なる・・・それでなくても、相手の意図を敏感に感じてしまう
方が多いですから、支援者はそのことを支援者としての
自己理解が欠かせません。」



支援者でなくとも、非常に考えさせられることだ。
利用者側も、遠慮しがちになってしまうことはある。
でもそれでは最終的に、利用者側が窮地に陥ってしまうかも。


聴覚障害者の“支援者”でなじみの深い方というと、
手話・要約筆記通訳者がある。
この場合も、利用者が当事者会や、仲間で飲んでいる
時などで、愚痴みたいなことを言う事がある。

これは、もう本当に利用者が困った事例もあれば、
ただ愚痴ばかりを言う性格の人もいるから、
全部聞く必要はないと思うのだが。

手話通訳の場合は、日本手話に近いか、
そうでないかの意味でだが、その通訳が

「上手い」

「下手だった」

という話がよく出る。


講演会などで手話通訳者の通訳が下手だと、
ろう者は誰も見ないで、隣同士で手話で話している、
という。
手話だから講演中でも話せるのだ。
それが見える舞台上で、一生懸命に通訳する手話通訳者は、
ものすごく辛い気分になるそうだ。
通訳中に、自分のことを言われているわけだから。
ボランティアでやっている人にも、ろう者は容赦しない
そうだ。
その話を、通訳者側から聞いたことがある。
だから、手話通訳者の場合は相当なプレッシャーも
あるという。


利用者側からしても、見てもわからない手話通訳を見ても、
それはつまらないだけではないし、大変なストレスに
なってしまうことは確かだ。

「せっかく来たというのに、通訳がこれでは」

と憤慨してしまうだろう。

通訳がわからないのか、講演内容がわからないのか
わからないが、途中で帰ってしまうろう者もいた。
それは残念なことである。


要約筆記通訳だって、意味がわからなければ、
そうなってしまうだろう。

要約筆記で一番思うのは、書くスピードの個人差が、
そのチームの人によって、かなりある場合だ。
OHP(オーバー・ヘッド・プロジェクター)や、
長時間ノートテイク方式の場合、三人交代でやるが、
そのなかにベテランもいれば、経験の浅い人も
入れているようだ。
そういう人でも、現場で経験を積ませて育てるため、
らしい。

そういうことだから、利用者も協力してほしい、
ということなのだろうか。

(手話通訳も、そういう組み合わせがあったりする。
明らかに差があるのがわかるので、読み取るほうも、
通訳の質によっては結構しんどい気がする。)

なぜ、スピードが問題になることがあるのかと言えば、
これはその通訳状況による。

例えば、今はもう、自分の講演にパワーポイントを使う
講演者がかなりいる。

(しかし、東京大学の福島智教授の場合は、
ああいうものはなるべく使わないそうだ。
理由は、やはり視覚・聴覚障害を持つ人にとって、
通訳だけでなく、ああいうものの情報まで同時に聴いたり、
見たりしなくてはならなくなるので、理解しづらくなる
からかもしれない。)

パワーポイントは、聴覚障害者にとっては、通訳と
同時に用いられると困ることもある。

基本的には使ったほうが、講演の内容を理解しやすく
なる。
ただし、あくまでも使い方次第である。

問題となるのは、特に、スライドをやたらとたくさん使い、
スピードを上げてどんどん講演を進めてしまう講演者
にはウンザリする。
その時、主文となるはずの、通訳が遅かったのでは、
ついてゆけない。
スライドにある情報も理解できなくなるのだ。
いやいや、通訳者に「遅い」などと言ってはいけない。
こんな場合、本当は講演者が悪いのだ。

健聴者は、スライドにある視覚情報と、音声情報を
同時に取り入れられる。
しかし、要約筆記通訳を利用する聴覚障害者は、
同時にではない。
話し言葉がやっと表示されたときには、スライドが
次へ変わってしまっている場合もよくあるのだ。
これでは、見ている方は、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
要約筆記者だって、そのことに気づかない。
というよりは、これはもう、要約筆記者の努力だけ
では解決できないのだ。


健聴者は、こういった

「要約筆記通訳にはタイムラグがある」

というのを、本当にご存知だろうか。

要約筆記通訳のつく、難聴者の集まるところで、
このことでわかり易い例えは、噺家や落語家が
招かれて講演会をやるケース。
すると、講演者が話し終わった後から、
笑い声が聞こえてくるのを初めて知って

「こういうふうな笑い声もあるんだな」

と言った人がいたそうだ。

講演者は

「あれ? 何で今、笑ったのかな?」

と思ったのかもしれない。
タイミングがずれているので、健聴者からすれば、
そういう違和感があるのだが。

それまで、健聴者はそういうことは経験したことが
なかったようだ。
なぜって?
一般の講演会では、そういう情報保障がないし、
だから聴覚障害者も誰も来ないからだ。
引きこもりがちになっていった難聴者も、行かなく
なるそうだ。
だから知るわけがない。


日本テレビで毎週日曜日に『笑点』が放送されているが、
デジタルテレビの生番組で、それを「字幕オン」にして
観てみると、よくわかる。
すごいタイムラグがあるし、CMに入ったら、
字幕はすぐにちょん切れちゃう。
つまり、最後まで字幕が付かないのだ。
あれなんか、憤慨する。

「こんなテレビ番組なんか、もう見たくない」

と思うものだ。

要約筆記通訳だって、利用者があまり「遅いな」と感じると

「どれだけ情報がカットされているかと、不安になってくる」

そうだ。

「あれだけしか話していないはずはない。
だから、あの要約筆記では、随分カットされているだろうな」

と疑心暗鬼になってしまう。

しかし、要約筆記通訳者の立場からすると

「手書きで話し言葉を全部書くことは無理。
あれが限界」

だとか

「要約して書くのが要約筆記」

だとか説明される。
しかし

「そのような通訳では納得できない」

という利用者もいる。


このような情報保障がある場で講演をする健聴者には、
話すスピードをもう少しゆっくりにしてもらえると、
要約筆記通訳の利用者の心も、和らぐのではないかな、
と思うのだが、どうだろうか。

もう一つ、「なるべく易しい言葉で話す」ことも、
できるだけ心がけたほうがよい、と思う。
難しい言葉、聴きなれない言葉は、通訳できない
こともあるそうだ。


そうすると、何か、聴覚障害者への支援というと、
そういった不安、不満、などへの理解がないと、
進歩しないのではないだろうか、と思えてしまう。
そのために、不満でも聞くべきなのかもしれない。

一方、利用者もそれをきちんと言わなければ
ならないし、そういう場に積極的に参加すること
によって、通訳者との信頼関係も築いていかなければ、
よりよい情報保障や通訳が使えるようにならない・・・
ような気がするのだが。
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by bunbun6610 | 2014-10-21 18:30 | 情報保障・通訳
松浦貴広のねんきんブログ
『障害年金の手続・仕組みなど 第97回』
◆ 言語機能の障害における言語機能検査
〔2014-10-17 00:27〕



日本語が話せる難聴者、中途失聴者には関係ない話だが、
聴覚障害、特にろうあ者(聾唖者)に関しては、
勉強になる知識だ。

身体障害者手帳と障害年金とでは、制度が異なる。
ここは、混同してしまっている人が大変多いので、
よく注意したい。


【身体障害者手帳の場合】
聴覚障害のみの認定は、最高で2級まで。
聴覚障害者のなかにも、1級の手帳を持っている
人がいるが、それは言語障害が認められる
聴覚障害者で、聴覚障害2級と、言語障害の
点数を合わせて1級に認定された場合である。

http://www.crayon-box.jp/seido/tetyou/toukyuuhyo.htm



【障害年金の場合】
聴覚障害のみで1級もある。
詳細は、下記サイトを参照。

http://www.shogai-nenkin.com/teido-mimi.html




障害年金3級って、本当に身体障害者手帳6級の
聴力ラインなのですかねぇ?
実際にもらっている人って、いないような気がするのだが。
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by bunbun6610 | 2014-10-20 21:29 | 聴覚障害
『聴覚障害者心理 - ろう者と難聴者の、その違いについて』


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『澁谷智子のホームページ』
産経新聞 『コーダ』
『地域保健』 2011年4月号 東京法規出版




――保健師は乳幼児健診で聞こえないおかあさん、
もしくは子どもの聞こえが心配なケースにかかわる
ことがあります。
ろう文化を知らないと行き違いが生じるように思い
ますが、その点はいかがでしょう。


澁谷
 親がろう者で子どもの聞こえが懸念されるケースでは、
「早く聴覚検査を受けさせたほうがいい」とおっしゃる
保健師さんもいらっしゃるようです。
これは「聞こえない」ことを多くの方がいけないことと
思っているからですが、ろう者の中には、聞こえない
子どもが生まれることを歓迎する人が少なくないのです。



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>「ろう者の中には、聞こえない子どもが生まれることを
歓迎する人が少なくないのです」



以前にろう者の講演会でも聞いたことがあったが、
これはやはり、びっくりだ。
同じく「聴覚障害者」と言われる、難聴者とは大違い
だからだ。

例えばデフ・ファミリーの講演を聞くと、彼らは実に
幸せそうに、家族の話をよくする。

反対に、親が難聴者の場合は、自分の子どもが
聴覚障害者に生まれてくることを、ほとんどの人が
望んでいないだろう。


『難聴者の世界 - 同障者が涙流さずにいられない手記』
〔2014-03-17 18:30〕



一概には言えないにしても、難聴者はどちらかと言えば、
「健聴者に近い存在」だと言える、と思う。
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by bunbun6610 | 2014-10-20 18:30 | 聴覚障害
http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/36183926.html


炎のジョブコーチ
『もしかして何も選択していないのかもしれない・・・』
〔2014/10/8(水) 午後 10:30〕

先日、さるラジオ番組で、途上国でNGOの活動をする人が
話をしていました。

その人によれば、少しオーバーかもしれないけれど、
当地では常に生命に関わる選択をしていくことが生き続ける
こととのこと。
治安や食べ物、衛生・・・、日本はお店に入るとメニュー通りの
安全で美味しいものが出てくる、よそ見をしていても誰かに
狙わることはない、交通機関は時間通りで場所から場所へ
運んでくれる、病気をしたら病院と薬、そして保険もある。

その人が久しぶりに帰国して感じたことは、もしかして日本
に住んでいることは、何も自己決定・選択していないのかも
しれない、と話されていました。

実は、僕らは何も自己選択・自己決定していない・・・。

今の社会が決してよくないというつもりはないけれど、
選択していないとすると、その人らしさが喪失してしまいます。
私たちは、安心を手に入れるために意外と高い代償を
払っているのかもしれませんね。
ちょっとそんなことを考えてしまいました。

現代人は、自分のことが気になる、人のことが気になる・・・。
自分と他人を比べて苦しんでいる。
はたして、私たちはどんな方向へ向かっているのでしょうね。

とりあえず、明日もがんばりましょう。


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考えさせられる・・・。
障害者も、よく考えてみよう。

職場内障害者授産施設(障害者雇用)で
あぐらをかいている障害者って、
実はものすごくいる。

アメリカの障害者を書いた本を読むと、
日本の障害者との、意識の違いに驚く。

日本の障害者の皆がそうだというわけではないが、
少なくとも、私の会社にはかなりいる。


もう一つ、思い出したことがある。

あらためて紹介する。
小山内美智子氏が書いたこの本は、名著だと思う。


『『車椅子で夜明けのコーヒー 障害者の性』 2/2 ピア・カウンセリング』
〔2013-08-26 18:00〕


より。



「私は今、親元で何不自由なく生活しています。
欲しいものがあれば買って来てくれ、行きたいところがあれば
出来るかぎりは連れて行ってくれます。
家に居れば何ひとつ困ることなく楽な人生がおくれると思います。
親が死ねば施設(国)が第二の人生を与えてくれます。
でも、何かが足りないのです。
これまで、両親は私を育てるため自分の人生を犠牲にして来ました。
普通に子供を育てるのとは違い、私が思っている以上にたいへん
だったと思います。
心から感謝しています。

でも、私も成人して自分の生き方を持ち始めました。
このまま、他人が与えてくれる楽な人生を歩みたくありません。
出来るかぎり自分のことは自分でやって、自分の意思で行動し、
何にでもチャレンジしたいのです。
その可能性が1%でも、私は自分の人生を自分の力で切り開いて
行きたいのです。」
(1989.5.30 T・M)


「一所懸命歩いて、ドアを何度もたたき、自分の考えをぶっつけなければ、
自立は0%で終わってしまうかもしれません。
あきらめなければ100%です。」
(1989.6.22 小山内)

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by bunbun6610 | 2014-10-19 19:00 | 障害者問題・差別

ろう者による接客

ある新聞を読んでいたら、興味深い記事が見つかった。
以下に、その一部を抜粋する。


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「吉野家がレジにこだわる理由はお客様とのコミュニケーション
だという。
注文を受ける際と支払の際、お客様と二度の接点を持てるという
それだけのこと。
しかしファストフードでは少ない瞬間をあえて演出し、ほんの少し
でもお客様との会話の時間を得ている。
もっともそのことをしっかり理解してお客様との貴重な接点を
有効に活用している店舗はあまりお目にかからないのだが・・・。」


「お客様とのつながりを大切に考える企業は、お客様との接点と
なり得るところで、むやみに人の手を省いてしまうことはしないのだ。」


「営業マンが集めた顧客情報をパソコンに入力し、店舗全体で誰が
見てもわかるように共有化する。
各社が取り入れる顧客管理システムだ。
その善し悪しは別として、本来自分たちで管理すべきことがますます
自分たちの手から離れてしまっているように感じる。
それらは行き過ぎると、効率化という大義名分により手抜きの助長
になっているように私の目には映る。」


「吉野家のような外食産業でさえお客様との接点を考えて効率の
良い券売機を敬遠する。
我々は何に効率を求めて何に温もりを残そうとしているのだろうか。
時々店舗へ行ってよくわからなくなることがある。
願わくば小売業にとって大切なことは普遍的であってほしいと思う
ばかりだ。」


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こういうところを読んで、吉祥寺のカフェ(※1)を思い出した。


(※1)
『心で会話するカフェ、聴覚障害者が接待…東京・吉祥寺』
〔2012-02-28 20:02〕




ろう者にも接客の仕事を与えているお店は、幾つかはある。


〔洋菓子店「ラポート」、スターバックスやユニクロ
などの聴覚障害者雇用事例〕



『『障害者雇用の成功事例』(2006年5月)より』
〔2012-11-03 18:00〕


『合理的配慮と理解で、障害者の雇用促進を』
〔2011-12-07 20:48〕



ある駅ビル地下の販売店は、タッチパネル式の
注文表を使っているらしい。
しかし、吉祥寺のカフェでは、あえてそういった
便利なバリアフリー機器は導入せず、
聴覚障害を持つ店員と健聴者との、
ナマのコミュニケーションを重視するらしい。

最近は健聴者でも、お客様とのコミュニケーション
をわずらわしく感じているような素振りを見せる
場合もある。
店としては、最新機器を導入するほうが効率が
良く、それを「バリアフリーだ」とする人も増えた。

しかし、本当はそうではないだろう。
おそらく、聴覚障害者のほうは、それが便利だ、
面倒でなくていい、と思う人もいるとしても、
それが真のバリアフリーだなどとは、
思っていないだろう。
喜んでいても、心から喜んでいるのではない、
と思う。
ハード(機器等)のバリアフリーとソフト(心)の
バリアフリーは、なかなか両立しづらいものだ。


以前に、聴覚障害者を積極的に雇用していた
レストランで働いたことがある。
そこでは、優秀なろう者が働いていた、
と後で聞かされた。(※2)


(※2)
『優秀なろう者が辞めたのはなぜ?』
〔2013-06-01 18:00〕



そのろう者は、お客様とコミュニケーションを
取るために、メモ用紙とペンだけでなく、
自主制作した会話カードを持っていたらしい。
そのカードをお客様に見せて、コミュニケーション
をはかろうとしていたらしい。

おそらく


「いらっしゃいませ」

「お荷物をこちらでお預かり致しましょうか?」

「ご注文はお決まりですか?」

「メイン料理は、お肉とお魚の、どちらに致しますか?」

「お酒はいかがですか?」

「デザートはどれに致しますか?」

「コーヒーと紅茶の、どちらに致しますか?」

「ありがとうございました。
是非、またお越しくださいませ」


などではないだろうか、と思う。

ろう者は声があまりに奇妙な人もいる。
それで

「レストランの中では、やはりこういう方法がいい」

と考えたのかもしれない。

そのことを、後輩のろう者Nさんに話した。

しばらくすると、Nさんもそれを用意するようになった。
Nさんが製作した会話カードは、短文とイラストが
あって、なかなか見栄えもよいものに思えた。

実際にこの方法で接客をしている人は、
まだ見たことがないが、やってみたらどうだろうか。

しかし、会話カードよりも手話のほうが、
やはりろう者の気持ちがよく伝わるだろう、と思う。
まず手話でやってみて、それで通じなかったら
カードを見せればよいのかも。

それでよいかどうかは、まだわからないが。


けれども、それでも

「お客様から注文を取る仕事はできなかった」

という。
その理由は聞いていないので、私は知らない。
なぜだろうか?

やはり、健聴者から見ると、聞こえない人では
ダメなのだろうか?



吉祥寺のカフェでは、最初から、ろう者と健聴者
との間にある壁を、打ち破ろうとした試みだった
らしい。

手話や、筆談とかで、お互いに通じる方法で
コミュニケーションをしていた、ということだろう。
それはちょうど、ドイツみたいな考え方と同じ
かもしれない。
「お客様と私(店員)は、対等関係」――。

日本はそうではなくて

「お客様は神様」

として扱わなければならず、ろう者の接客係は
タブーなのだろう。


それでも、もし本当にろう者の立場であっても、
その役割を与えられたならば、どのように
コミュニケーションをするだろうか。

どのようにして、その接客業務を自分も楽しみ、
そして、お客様を喜ばせるだろうか。
働く前に、それをしっかりとイメージしていなけれ
ばならない。

そして、イメージを現実に変える実行力、
創造力を持っている必要がある。


昔、ろう者が経営していたという喫茶店があった。
そのお店は、残念ながら数年で閉店したそうだ。

そのお店に関する噂を、健聴者から聞いた
ことがある。

大雑把にしか書けないが、次のようになる。


健聴者;「ねえねえ、●●区にあった、ろう者の
喫茶店って、知ってる?
あの店、潰れたんだってさー」

私;「へぇー。そういう店ができたっていう事は、
僕も知ったところだったけど」

健聴者;「何で潰れたかわかる?
あそこは、健聴者のお客さんに
『手話を使って下さい』
と強要したからなんだよ。
だって、手話がわかる健聴者なんて、
ほとんどいないでしょ?
それで、どうやってコミュニケーションを
するんだい?
だから、あの店には、健聴者のお客さんが
来なくなってしまったんだよ」

私;「ふーん・・・。なるほど」


この噂の真偽は、私もどうなのか全く知らない。
しかし、真偽がどちらにしろ、こういう噂が
広まってしまったら、そのお店はどうなるか、
想像に難くはないだろう。
この話を思い出したら、ちょうど、
Social Café- Sign with Me(※3)
も思い出した。


(※3)
『ろう者スタッフによるカフェ運営(東京都文京区本郷)』
〔2012-02-01 20:27〕


Social Café- Sign with Meの場合は、
手話か、書記日本語(筆談)によるコミュニケーション
を基本としていて、手話を強制した、という話は
聞かない。
あの雰囲気だと、わざわざ

「(コミュニケーション方法は)●●でして下さい」

と頼まなくても、お客さんのほうもどうすれば
いいのか、自然にわかってくるのかもしれない。
インターネットでの評判を見て行った人は、
手話があるとか、ろう者スタッフがいるとか、
巨大な筆談ボードがあるとわかっていて行く
だろうけど、知らない人はその場で、
自分で考えたりするのだろう。

ろう者オーナーシェフの串揚げ店『ふさお』(※4)
に行ったときも、特に言われたことは
何もなかった。

(※4)
『串揚げ居酒屋「ふさお」
|つたわるねっと【ダブル・ピー株式会社】』




ろう者のスタッフがメニューを持ってきて、
すぐ行ってしまう。
声をかけても店員にはわからないから、
手を挙げて振って、スタッフを呼ぶ。
それからメニューを指差しして、注文した。
ただ、それだけのことで済んだ。

欲を言えば「ふさお」の場合、筆談用具とかも
ないので、あったほうが良かったんじゃないか、
とも思った。

その点、Social Café- Sign with Meは
完備してある・・・と言いたいところだが、
片側の壁だけだから、離れた席でも筆談したい
場合は、やっぱりお客さんが自分で紙とペンを
持ち出さなくてはならない。

手話が早くて便利という、手話優先の環境
イメージは、どうしてもある。

そういう点をもっと考える必要があるのではないか、
と思うし、そういったコミュニケーション方法でも、
お客様に喜んでもらえるにはどうしたらよいかも、
諦めたり割り切ったりせずに、考えてみたいものだ。

でも、もしあの噂がデタラメだったとしたら、
何でそういう噂ができて、広まったのだろうか。
悪意ある人、あるいは誤解した健聴者が、
口で言い広めたことは、ろう者にはわからないので、
対処のしようがない。

自分の店の周辺に音声だけのデマが広がって
いったとしても、ろう者にはどうしようもなかっただろう。
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by bunbun6610 | 2014-10-18 18:30 | 聴覚障害者版サムハル