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蒼穹 -そうきゅう-

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日本国憲法も、いよいよ本気で形式的になってしまった。

世界に「日本国憲法を世界遺産に」と言っていた
日本人の恥になってしまった。

先に行われた広島、長崎の平和祈念式典でも、
安倍首相はコピペ演説をして、批判を受けている。
やはり、形式的に式典を済ませたのだろう。
これも許せないし。

この分だと、北朝鮮拉致被害者問題も、
どこまでいけるかわからなくなってきた。
やるだけやって支持率維持に利用し、終わったら

「北朝鮮側が誠意を見せてくれなかったから」

とか何とか言い訳し、責任回避するかもわからない。


国連・障害者権利条約の批准も、まだまだ形式的な
ままである。

手話言語法も、各地で条例になっているが、
形式的にならないよう、当事者がしっかりと運動し、
前進させていく必要がある。



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http://www.excite.co.jp/News/politics_g/20140812/Mainichi_20140812k0000m010134000c.html


<集団的自衛権>
「我が国守る」変えず
…自衛官の宣誓巡り

毎日新聞社
2014年8月12日 01時08分
(2014年8月12日 07時12分 更新)


政府は、集団的自衛権の行使容認を閣議決定したことで
「矛盾する」との指摘があった自衛官の「服務の宣誓」を
現行のまま維持する方針を固めた。
複数の政府関係者が明らかにした。

宣誓は、自衛隊の使命を

「我が国の平和と独立を守る」

としており、政府・与党内で

「このままでは、他国を防衛する集団的自衛権の行使を
自衛官の任務にするのは難しい」

との声が出ていた。


 ◇「集団的自衛権行使 問題なし」

 宣誓は自衛隊法施行規則で定められ、自衛官は

「我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚」

することや

「憲法および法令を順守」

することを約束する。
しかし、使命の部分が

「集団的自衛権と矛盾しかねない」

との見方があり、見直す必要があるか、関係省庁が
内々に検討していた。

 その結果、

「自衛のための措置」

に限って行使を認めるとした閣議決定を踏まえ、今のまま
で問題はないと判断。

国連平和維持活動(PKO)で自衛隊を海外派遣した際も
宣誓を変更しなかったことや

「最も重要なのは『憲法および法令を順守』の部分だ」

との見解も踏まえた。
公明党への配慮から、集団的自衛権の行使が

「自国防衛だ」

と印象づける狙いもある。

【青木純】



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http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2014080902000239.html




首相また「コピペ」
 長崎平和式典スピーチ


〔東京新聞Web 2014年8月9日 夕刊〕

安倍晋三首相が九日、長崎市での平和祈念式典で行った
スピーチは、冒頭の表現など、およそ半分が昨年の記述と
酷似していた。

六日に広島市での平和記念式典で行った首相のスピーチも、
冒頭部分が昨年とほぼ同じで

「コピペ(文章の切り張り)で被爆者軽視だ」

と批判を受けたが、姿勢を変えなかったことになる。

 スピーチの冒頭部分で首相は、原爆の犠牲者を悼み、
後遺症に苦しむ被爆者にお見舞いを述べた上で、長崎を
復興させた人たちの努力に触れている。

 この中で、昨年と表現が違うのは原爆投下からの年数
だけ。
昨年のスピーチで「被爆六十八周年」だったのが
「被爆六十九周年」に、

「六十八年前の本日」が「六十九年前の本日」にそれぞれ
変わった。

「苦しみ、悲しみに耐え立ち上がり、祖国を再建し、長崎を
美しい街としてよみがえらせました」

など、ほかの部分は一字一句違わない。

 原爆症認定基準の見直しなど、政府の取り組みを紹介する
部分は昨年と異なる。
しかし、核兵器廃絶への誓いを述べる末尾の部分は、冒頭と
同様、昨年のスピーチとほとんど一緒だった。

 政府は、広島市での首相スピーチが昨年と似ていたことに
ついて、

「一年一年、中身を吟味しながら、犠牲者や平和に対する思い
を盛り込んで作っている」
(加藤勝信官房副長官)

と釈明していた。
長崎でも表現が昨年と酷似していたことで「平和に対する思い」
の深さに疑問符がついた。

 首相はこの後、被爆者団体と面談。
長崎原爆遺族会の正林克記(まさばやしかつき)会長は首相に

「ちょっとがっかり。
被爆者みんながびっくりした状態です」

と失望を伝えた。


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「大変がっかりした」

と、ちゃんと言いなさい。
何やってんだ、日本人。
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by bunbun6610 | 2014-08-12 09:55 | 社会

だいぶ以前のことだが、聴覚障害者対象の通訳利用で、
気になることがあった。

通訳者もそうだが、健聴者も普段から気をつけてほしい
と思うので、この話をする。


聴覚障害者が健聴者と、通訳(手話や要約筆記)を介して
話す場面では、よくあることだ。

それは相手の健聴者が、通訳者がいる場ではついつい、
聴覚障害者へではなく、通訳者に向かって話してしまう
からである。

しかし、これは何も、聴覚障害者との場合だけに限った
ことではないようだ。
松兼功氏にも、似たような体験の話がある。


『『こころの段差にスロープを』(松兼功/著)(8/13)ホスピス』
〔2014-06-08 18:30〕




要するに、健聴者は障害者を“子ども同然”と見なして
いるのだろう。

「どうせ障害者に聞いてもムダだから」

「結局は、通訳者に聞いて、話してもらうのだから」

「こっちとしては、障害者本人よりも、最初から“付き添い”
(と、通訳者を勘違いしているようだ)の人と話したほうが、
やりやすいから」

とでも思っているのだろう。
そういう心理が見え見えだから、こちらとしては戦意が
燃えてくる。
話し合いには人間関係が大切だから、その場では我慢しても、
ブログでは遠慮なく、ぶちまけてやりたくなるものだ。

それだけではなく、なかには支援者の立場に過ぎない
通訳者が、何やら健聴者の質問に答えてしまっていて、
その場の通訳は放り出してしまっている。

後で、それは何だったのか通訳者に聞いてみたら

「聴覚障害のことについて聞かれたので、一般的な説明をした」

という。
どうやら、この通訳者は、まだまだ新米で、自分の本来の仕事
をわかっていなかったようだ。

厳しく言うならば、この新米通訳者は「障害者の主権侵害」に
当たる行為をとったことになる。

ちゃんとした一人前の通訳者ならば、こんなことはしない。

たとえ、利用者(聴覚障害者)が未熟で、健聴者の質問に
答えられなくて困っていたとしても、通訳者は口をはさんでは
ならない。


そもそも、聴覚障害についても質問に対し、健聴者が勝手に
答えるとは何事か、と思う。
聴覚障害の症状は人により千差万別で、その人の聴覚障害は、
その人でなければわからない。
それなのに、そんな他人が出しゃばるやり方では、
その聴覚障害者が相手に求める配慮とは何だったのか、
知る機会を逃してしまうだろう。

たとえ大事な面談で、利用者が失敗して恥をかいたとしても、
それは別に通訳者の責任ではない。
むしろ、利用者にそういう経験をさせるのが、利用者のためにも
なるのである。

なかには、事後になって、責任を通訳者になすりつける利用者も
いると聞いているが、そんなのは当然、無視していい。


ただ、終わった後に

「こうすればよかったのかしら」

と、さりげなく、迷惑にならない程度にアドバイス等を伝える
通訳者もいる。

この場合は、逆に良い例である。

本番中は口出し無用、しかし、終わった後は、ともに反省会を
してみるのは良いことだと思う。
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by bunbun6610 | 2014-08-11 18:30 | 情報保障・通訳

これは、以前に書いた、下の記事


『開き直った聴覚障害者は、聞こえなくても大丈夫
 - 会社の内線電話はどうするか』
〔2014-08-09 18:30〕



の後にあった出来事である。

そこは、仕事でよく行く部署なので、そのうちに先方も、
変な電話がかかってくると

「あー、あの聴覚障害者だね」

と、すぐに誰でもわかるようになっていたようだ。

変な意味だが“しゃべることができる聴覚障害者”として、
私はいつの間にか、有名になっていた。

やはり「私は聴覚障害者です」と書いた名刺なんか配るより、
このほうがよっぽどPR効果があったのだろう。

いつも同じ用件でその部署を訪ねるのだが、その日は
いつもと違う人が応対してくれた。

その人は初めて見る人だったので、一応

「今日は、この持ってきた書類は、実は当方の●●さん
が休みなので、●●さんのチェックは入っていません。
いつもより気をつけて、チェックをお願いします」

と伝えた。
それから、相手の確認も終わる頃のようなので、念入りに

「大丈夫ですか?」

と尋ねたら、相手は手話で

「大丈夫」

と表したので、驚いてしまった。


私;(手話)「あれ? 手話ができるのですか?」

相手;(手話)「ちょっとだけ・・・」

私;(手話)「地域の手話講習会に通っているのですか?」

相手;(手話)「もう、だいぶ前のことだね・・・」

私;(手話)「へぇー。そうなんだ。
それでは、よろしくお願いします」

相手;(手話)「わかりました」


こんな感じのやりとりを、手話ですることができた。
筆談では疎遠になりがちだが、手話だと音声会話と同様に、
普通の会話ができる。

ただ、普通の会社で、手話ができる人と出会えることは、
まだめったにない。
それでも、手話でコミュニケーションができる人と出会えた
のは、うれしいことだ。

これも、手話を広めてきたろう者や、その関係者の努力の
おかげだろう。

国連・障害者権利条約の批准に伴う国内法整備の一つとして、
最近は手話言語法制定が、各地に広まりつつある。

手話も今度こそ、テレビドラマのような一過性のブームでは
なく、言語、人権保障として根付いていってほしい、と思う。
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by bunbun6610 | 2014-08-10 18:30 | 手話言語法

私の聴力では、電話での会話は、全くできない。

それでも、仕事で別の事務所などへ行くと、セキュリティの
強固なドアの前に、内線電話がある。
その電話で、用件のある相手を呼び出さなければ、自分の
仕事ができない。
そんなとき、どうするか?

こんな時、もし声を出せないろう者だったら、アウトだろう。
しかし私は、話すことだけはできる。

それで勇気を持って、一方的にしゃべってみた。

肝心なのが、最初のところだ。
受話器を取って、内線番号をプッシュする。
すると、私の想定では「プルル・・・」という音が3回するまでには、
相手がその電話に出てくれると思っている。
大体3回程度の呼び出し音で、大抵の人は電話に出てくれる。
つまり、約3秒後になってから、こっちも

「もっしもしー、もっしもーし!」

と、大きな声で言い出す。
しかも、これも3秒間くらいかけて。
そして

「●●です。
××を持って来ましたので、▲▲さんを
お願いします」

と一方的に用件を伝えて、電話を切る。

ちょっと失礼な方法だが、大抵はこれでつながる。
ドアにはガラス窓もついているので、そのときに覗いて、
思い切って手を振る。
すると、誰かが気づいてくれる。
その人が、電話に出ている人へ

「あっちに変な人がいるわよ」

という感じで、大きなジェスチャーを送ってくれるのだ。
電話に出ていた人も、私の演出を聞いて笑っているので、
これで、どの席にいるのかもわかるのだ。
みんな

「おかしな人だね」

という感じで見ているが、私はこの状況でよくわかるから、
一向に構わないのだ。

これを何回か繰り返せば、後はもう、みんな私のことを
「聴覚障害者」だと分かってくれたし、対応も早くなった。

こんな目立ち方をすることによって、一発で、
しかも全員に、私が聴覚障害者だと覚えてもらえるのだ。

そうして覚えてもらった後は楽だ。
いつも、このパターンでやっている。


本当は、こんなやり方でなくとも、例えば

「私は聴覚障害者です。筆談でお願いします」

と書き添えた名刺を渡しておく方法もある。
しかし、それを渡していない人にはわからないので、
その方法だと、名刺を全員に渡さなければならない。
そもそも、その名刺を渡した意味すら、理解できない
健聴者がほとんどなのだから、やる意味がない。
現実には、これは無理というか、無駄だ。

名刺もつくってもらえない会社もあるので、
自費でつくるが、役に立たなければ意味がない。
それに年に何回も人事異動がある職場だったら、
そんなことはやっていられなくなる。

結果、今の大げさなやり方で落ち着いている、という
わけである。

「聴覚障害者はマナーが悪い」

とか、いろいろと誤解も受けるだろう。
だが決して、私は「変な人」なわけではない。
健聴者からは「変な人」に見える方が、目立つし、
よく覚えてもらえるから、それで仕方ない、と思っている。
単に、損得勘定での選択に過ぎない。
仕事が第一、恥は二の次でいい。

この方法は、女性には恥ずかしくて、できないかもしれないが。


「おまえは会社の恥」だと?
いやいや、聴覚障害者を雇用していながら、何の配慮もせず、
その状況をブログに公開されている会社のほうが、
よっぽど恥なんじゃないかな?

このブログの筆者が誰だか知っている人には、
会社名もとっくに知られているのだから。
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by bunbun6610 | 2014-08-09 18:30 | コミュニケーション能力

障害者奴隷雇用促進法

『障害者に甘えて腐り始めた、
障害者配属職場の実態

 ―悪いのは障害者か?
   それとも健常者か?』


障害者雇用促進法に基づく、
民間企業の障害者雇用というのは、
一般就労と言いますが、
実態は障害者奴隷雇用に等しい。

わざわざ「一般」という言葉をつけた
「就労」と言うと、何だか

「会社は親切に障害者を雇ってあげている」

という響きに聞こえてくるかもしれません。
しかし、企業が障害者を雇い始めた、
そもそもの目的は「法令遵守」の観点からです。

雇わないと法定雇用率に満たない雇用者数の
一人当たり、月額5万円の罰金を払わなければ
なりません。
もし10人不足だと、毎月50万円を罰金として
払わなくてはなりません。

また過去に、法的雇用率未達成企業に対しては、
企業名をリストアップし、インターネット上に公開
されました。

こうした不名誉もあるので、リスク回避のためにも、
企業はこの法律ができてから、障害者を雇い
始めたのです。

一方、一定人数以上の障害者を雇用する企業に
対しては、障害者雇用助成金が支給されることに
なりました。

このように、政府の障害者雇用施策が充実して
くると、これを目当てに障害者雇用を行う企業が
増えてきたことも事実です。

日本政府はアメ(助成金)とムチ(罰金)で、
企業の障害者雇用をコントロールしているのです。
しかし、それでも障害者の法定雇用率達成は
まだ一度も達成されたことがありません。


「身体障害者の雇用についての法律は1960年、
身体障害者雇用促進法の制定があります。
しかし、積極的に障害者を雇用する企業もあれば、
義務ではないので我関せずついう企業もありました。

そこで1976年には納付金を納めることになったのです。

この為、多くの企業が特に新しく設備を作る必要のない
聴覚障害者を積極的に雇用し始めます。

しかし、しばらくすると聴覚障害者雇用の難しさに
気付き始めます。」
(厚生労働省手話奉仕員養成講座『手話教室 入門』
財団法人 全日本ろうあ連盟出版局
/2003年7月25日 第11版発行)



会社の聴覚障害者から、こんな話を聞きました。
健聴者は仕事中は話ばかりしてて、障害者には

「定時になったら帰っていい!」

と言う。
それで

「健聴者だけ残業の仕事を独り占めしている!」

と言っていました。

これはおそらく、健聴者的に言うならば

「障害者は体力的にも大変だろうから、
残業は健聴者だけでやる。
だから障害者は遠慮しないで帰って」

という、配慮のつもりなのだろう。
でも、本当にそうだと思えるだろうか?

次のような状況証拠があります。
私はその人と部署は違いますが、同じ会社だから、
その人の話の意味(言いたいこと)は、
だいたい想像がつきます。

解釈は2つあり、どちらも現実の話からです。

【1.やりがいのある仕事は全部、
健聴者が独り占めしてしまう】
例えば、健聴者は障害者には単純労働ばかり
押し付けています。
それに合理的理由がないのが、その証拠です。
これは、特定の障害者だけでなく、
どこの部署で働いている障害者も同じだと、
ハローワークの企業調査でもわかっています。

ただ、ハローワークはそうした差別問題にまでは、
介入できません。
もちろん、助成金が障害者の働く環境整備に
遣われているかどうか、ということにも、
関知しません。

政府が配っているアメ玉(助成金)には、
そういう不都合な実態があるのです。

これだけではありません。
障害者にやらせられる単純労働の仕事が
あれば、それを全部障害者に押し付け、
健聴者は仕事もせず遊んでいる、ということが、
私の職場に本当にあるのです。
障害者の配属部署とは、こういうところです。

利益生産に結びつかない、ダメ部署にいる
ダメ先輩の尻拭いをするために、
真面目に働いてくれる障害者を使うようにした、
というのが、この会社の意図なのかもしれません。

何らかの事情で、ふざけた先輩社員を辞めさせ
られないと、こういう役割を担う真面目そうな
障害者を合同面接会から探してきて、
使うのかもしれません。

職場内でこうした

「健聴者と聴覚障害者の住み分け(差別)」

の実態がある、と言えます。
(こうしたことは障害者団体から「職場内授産施設」
と批判されています)

健聴者は仕事をしないで何をやっているのかというと、
単におしゃべりだけではありません。

勤務時間中、ある者は化粧をしていたり、
ある者は旅行やショッピングのパンフレットを読んで
いたり、数人でふざけ事、イタズラ、あるいはイジメ
のようなことをし合っていたり、ダンスの練習、
会社のパソコンやアイフォンとかいう携帯で、
インターネットを見ていたり、
それも韓国アイドルの動画サイトを見ていたり、
フットサルの練習をしながら仕事をしていたり、
社内掲示板、カレンダー等に毎日マンガ、
落書きをしている者など、実に様々なのです。

これを上司が見ている前で堂々とやっていて、
上司のほうも知らんぷりをしているのです。

私はこれはおかしいと、課長に言いましたが、
なぜか課長まで黙認しています。

私には

「他の人はもっと仕事量をこなしているから、
あなたももっとやってほしい」

といい加減なことを言っておきながら、
この職場実態を放置するとは…。

直属上司にも言いましたが

「ここにはここのやり方がある」

と、変な反論をされてしまいました。
全く理解できない職場です。

最近は

「やる気がなくていいんだ」

と割り切っています。
やる気の無い社員が障害者に合理的配慮など
する気もなく、このままいたら、私は将来を棒に
振るのだと思っています。

私は障害者雇用枠で入った会社は、
まだここで4社目なのですが、前の会社も皆
おかしいんじゃないか、と思っていました。

しかし、今の会社はそれ以上に変で、
こんな会社(社風)は生まれて初めて見ました。

政治ではもうだいぶ以前から

「自浄能力を失った」

と言われますが、会社もいわゆる大企業病
なのかと思ってしまいます。

震災後も会社、若い人がこんなふうでは、
日本の将来も真っ暗だなぁ、
と思ってしまいます。
こんな会社でも、筆頭株主は○○○です。
みんなで差別をやれば怖くない、という環境
なので、正論を言ってもムダなのかもしれません。


【2.健聴者だけ、残業代を独り占めしている】
定時になると、障害者だけ「帰っていい」と言われ、
健聴者はまたダラダラと残業をしている。

健聴者が朝からまともに仕事をしないのは
初めから残業代稼ぎとわかり、わざと仕事を
遅らせ、定時になると自分勝手な指示で
人手を減らし、残業時間を増やそうとしている
のである。

これは健聴者が意識的に不平等な(ハッキリ
言えば差別)行為をしている、
ということにならないでしょうか?

言うまでもなく、健聴者と障害者とでは、
給与にも格差が大きくなります。
これは、障害者法定雇用率にも関係している
のかもしれません。

つまり、1.8%を達成すれば、もう障害者を
雇う必要はありません。
罰金を払わないという目的なら、それでよい
はずです。

あるいは助成金をもらう目的であれば、
上限額までもらえるように雇用者数を増やして
いくことが大事なわけで、雇用障害者の
労働時間に残業時間を増やすことでは
ありません。

このように、企業の障害者雇用とは、
国の雇用促進法と企業の目的にあわせて、
調整されているわけです。

差別の中身は昔と比べ、だいぶ変容してきました。
直接差別はなくなり、かわりに目には見えない、
限りなくグレーな間接差別が増大していった
のです。

日本もようやく、裁判が流行ってきている時代
ですが、間接差別は訴えるのも困難ですから、
障害者が加害者(個人、企業)を訴えたくても、
十分な証拠が出せないため諦めてしまう、
という現実があると思います。

障害者が差別を受けている、と十分に感じて
いても、果たして法廷で中立的な証言者に
なってくれる人がいるか、それは非常に難しい
と思います。

しかし、差別を感じる側は、必ず心に傷を
負います。
放っておくことは犯罪行為に繋がる可能性も
ありますし、現に職場の中でなった事例が
幾つもあるのです。

そうなると、原因が健聴者の側にあっても、
一方的に聴覚障害者のほうが悪いということに
なり、自主退職をさせられるケースがほとんど
なのです。
こういうことは、どこの会社でもやっています。

ここに、一般の人には誰も知らない、
障害者問題の深い暗闇が存在するのです。

会社はこんな場合でも、障害者を解雇には
しません。
自社の中で起こった障害者問題を隠蔽し、
自主退職させているのです。

しかしこれが、障害者が訴訟を起こしたとしても、
会社のほうが温情を与えた証拠になり、
法廷では、会社のほうが最後まで有利になって
しまうのです。

だから弁護士も、こういう事件は引き受けず、
裁判にもならないのです。

やはりこうした差別を禁止し、場合によっては
訴えることができるようにするためには、
障害者差別禁止法と監視機関、相談所
(障害者が告発できるところを含む)が
必要ではないかと思います。


〔参考〕

 →http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sougoufukusi/2011/07/dl/0726-1a08_01.pdf

 →http://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/sougoufukusi/2011/07/dl/0726-1a08_02.pdf


国連・障害者権利条約でいう「合理的配慮」が、
どこまで保障されるかによって、
権利擁護の効力も違ってくるのではないか、
と思います。

私が以前から思っていたのは、次のようなことです。

「耳が聴こえない人だから、耳が聴こえなくても
できる仕事をしてもらうようにすることが合理的
配慮だと、健聴者は考えている。

しかしそれは合理的配慮といっても、
消極的合理的配慮でしかない。

それでは、社会が障害の克服に努力している
ことにはならない。

聴覚障害者が望んでいるのは情報保障
・通訳などをつけるという合理的配慮であって、
それが障害の克服をめざしたモデルであり、
積極的合理的配慮である。

障害はその人が生まれつき、あるいは後天的に
負ったものだけでなく、社会の側にも原因がある。

にもかかわらず、今後も消極的合理的配慮しか
なされなかったら、社会がそれを認めていない
のと同じで、これまでの社会と何ら変わらない
だろう。
それでは国連・障害者権利条約も、
ただのお飾りになってしまう。

やはり、実質的平等社会の実現のためには、
積極的合理的配慮が不可欠である。

障害者差別禁止法と、もう一つの権利を保障
する法律の2本立てによって、はじめて実現へ
動けるのではないか、と思う。
どちらか一つしかないのでは、難しい。」



【追記】

障害者の奴隷状態があるから、そんなことを
なくしていくための文言があるのだろう。


― 2010 年度第2回自治労障害労働者
全国連絡会幹事会確認 ―
障害者が必要とする労働・雇用における
合理的配慮に関するガイドライン
~ 障害者権利条約批准と国内履行にむけて ~



障害者が必要とする労働・雇用における
合理的配慮に関するガイドライン - 内閣府(Adobe PDF)


「2 締約国は、障害者が、奴隷の状態又は隷属状態に
置かれないこと及び他の者との平等を基礎として
強制労働から保護されることを確保する。」
(26ページ)

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by bunbun6610 | 2014-08-08 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

決して人格が悪いというわけではないので、
本人を責めるのではない。
しかし、恐ろしいほど字が下手で読みづらい
筆談をするE上司のことである。

最近は、E上司が直接、私に仕事の指示を
することがなくなってきた。
仕事が来なくなったのではない。

これからは、E上司の部下が直接、私に仕事の
依頼をするように変わってきたのだ。
これは、願ってもいなかったことだ。

聴覚障害者とのコミュニケーションができない
E上司を経由しても、何もならない。
時間と労力の無駄に終わるからだ。
私も困る。
それで

「E上司なんて要らない」

と思っていたが、それは正しかった。
そして職場も、正しい方向へ変わっていった
のだから、万歳である。
勿論、E上司に対しても、有難く思っている。

障害者が強硬な態度に出ると、普通はますます
不利なことになっていきやすいものだが、
今回はうまくいった。
E上司としては、ただ私に対して、苦手意識が
強くなり、遠慮がちになっていっただけなの
かもしれないが、その部下である担当者たちは、
私とのコミュニケーションも自然と取れるように
なっていった。

これは、全体的に見れば良い方向である。
やっぱり、このほうが職場の聴覚障害者理解促進
には良いと思う。

筆談が苦手なら、手話はどうか?
多分、E上司ではますますダメだろう。
いっそのこと、このほうがマシなのである。

一見、私とE上司との人間関係は冷めていった
ように見えるかもしれないが、決してそんなこと
はない。

健聴者は、見た目だけで判断しないでほしい。
見た目だけの配慮をするから、「形式的配慮」
(形式的平等)になってしまうのだ。
その配慮を実施した本人は、そのつもりではなくとも。

それが「間接差別」なのである。
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by bunbun6610 | 2014-08-07 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題E

副題;『日本人のコミュニケーション能力は、
世界に通用しない・・・』



以前にあるテレビ番組で観たことだ。

国立埼玉大学には
外国人留学生が数百人もいる、という。
その留学生の何割かは、卒業後、日本での就職を
希望している、という。

周知の通り、日本は人口減少で、少子化問題も解決
には時間がかかる。
若者の不足も深刻になってきている。
そこで、人手不足に悩む企業も外国人採用に、
力を入れてきている。

外国人の招致活動では、コミュニケーション能力が、
一つのキーポイントになっているらしい。
まだ日本語を十分に話せない留学生もいる。

かといって、日本人のほうも、英語が苦手な人が多い。
それでも、お互いのコミュニケーション方法のズレを
解消する努力が大切だ。
映像を見ていたら、最初からバーバル・コミュニケーション
に拘っていたら、本当にいい意味での解決は難しいと
思った。
これは、聴覚障害者の就労後問題でも、同じである。

特に問題だと思ったのは、外国人のほうではなく、
日本人のほうだった。

日本企業側は、深刻化しつつある人手不足問題を
解消するため、今すぐにでも外国人を雇い入れ、
戦力として働いてもらいたい、と思っている。
ところが、その指導役を任されている日本人技術者が、
彼らとのコミュニケーションが苦手なのである。
特に、外国人は苦手のようだ。
これも、聴覚障害者の就労後問題と共通している。

このままでは、日本はどんどん、諸外国に負けてしまう
だろう。

「日本の技術は確かにすごい。
しかし、“世界で最も難しい”と言われる
日本語を覚えることは難しく、
働きにくいという側面もある」

外国人はそんなふうに感じて、日本での就労は
諦めてしまう留学生もいるかもしれない。

外国人雇用問題と、聴覚障害者雇用問題とは、
ある意味、共通していた。

日本人は、苦手なコミュニケーション能力を改善
しなければならない。
そうでなければ、300年以上前の鎖国政策と同じ
ように、島国根性だけで生きるしかない。

だが、それでは日本は国際化に失敗し、衰退する。
日本沈没が、現実になってしまう。
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by bunbun6610 | 2014-08-06 18:30 | コミュニケーション能力

健聴者は、よく

「聴覚障害者は、口の動きを見て、言葉を読み取る
のが上手い人が多い」

と言う。
必ずしも、そういう聴覚障害者ばかりではないが、
通じることもあることは確かだ。
どちらかといえば、先天性の聴覚障害者のほうが、
上手い人がいるようだ。
私も、上手いほうではないが、職場では可能な限り、
口の動きも読んでいる。

私が今の職場に配属された時も、初めはどうしていいか、
何もわからない健聴者ばかりだった。
それで、最初は皆、筆談一辺倒だった。
健聴者にしてみれば、ものすごく大変なことだった、と思う。

しかし、半年もすれば、それに疲れてきた健聴者はほとんど、
口話を使う人も出てくる。
その時、その口話を工夫する人と、そうしない人とがいるのだ。
これが、聴覚障害者への配慮の有無となり、大きな差になる。

つまり、健聴者には、その方法で聴覚障害者に伝えるのが
上手い人と、そうでない人とが出てきた。
そんなバラつきがあって、受け手の自分にも、わかって
きたことがある。

上手い人は、もう声で伝えることには、こだわっていない。
声では限界があることを理解しているからだ。
だから、声を出していないで、口型をしっかりと表現して、
聴覚障害者に見せているようだ。
この時、相手は伝わっているかどうか、私の表情もよく
見ているのだ。
すると、聴覚障害者のほうも、読み取りやすくなるし、
伝わったかどうか、相互確認ができるのだ。
障害者雇用でする仕事そのものが単純であるため、
何かヒントを言うだけで、聴覚障害者にはもうわかる
場合が多い。


反対に、怒鳴るだけのタイプの人がいるが、こういう人
の場合は、ただ声を大きくすれば聞こえると思っている
らしい。
要するに、単細胞者なのだ。

いきなり怒鳴ると、補聴器には響くし、補聴器の音量抑制
機能(※1)
が働いて、音をストップしてしまう場合もある。


(※1)例えば、
『アナログ補聴器とデジタル補聴器』
【自動音量調節】や【騒音抑制装置】
http://www.omi.gr.jp/haid/ana_deji.htm



補聴器が“ビックリ”してしまうと、音がプツッと切れてしまうのだ。
これは、補聴器装用者の残存聴力に損傷を与えないようにする
ため、補聴器に仕込まれている安全機能だろう。

それでは当然、聴こえる音も聴こえなくなる。
勿論、その健聴者は、そういうことも知らない。
その健聴者は、無駄な努力をしているだけなのである。
聴覚障害者だって、頑張って聴こうとしても、
ムダに決まっている。


少し極端な例かもしれないが、聞き取れなかった
聴覚障害者に突然、大声で

「かき! かきだよ!!」

とだけ言って怒鳴っても、何のことだか通じない場合
もある。
こんなときは、次のように変えてみる方法もあるだろう。


『カキの話』
〔2011-11-10 21:38〕



聴覚障害者に、口型だけで上手く伝えるコツを教えよう。
口型を見せるようにして、少しだけゆっくりと、
短く話すと良い。

長い話をいっぺんにせず、区切りを適当につけると良い。

あるいは、健聴者と話す場合と同じではなくて、
長い会話文は短文に変えて、重要な部分だけ言えば、
後は聴覚障害者が推測で当ててくれることも多いものだ。
それを活用しない手はない。
私ならば、あの“オウム返しのマジック”(※2)を使う。


(※2)
『聞こえなくてもわかる(通じる) - 健聴者の「身振り」と、
私の「オウム返しのマジック」で』
〔2014-04-12 18:30〕



慣れている場合は、もう口型だけ(声はなし)で十分通じる。

こういう会話形式が、実は聴覚障害者同士でも多いし、
通じやすくなる場合が多いのだ。

ただし、その方法は、いつもやっているような仕事の指示
では使えるが、全く初めての仕事を頼む場合には、
やっぱり筆談などを用いたほうが良いだろう。
読話は、実はそれだけで完全に読み取るのは難しく、
推測も活用するからである。
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by bunbun6610 | 2014-08-05 18:30 | コミュニケーション能力

ジョブコーチの役割とは?


ジョブコーチの主な役割といえば、簡単に言うならば、
障害者雇用として、障害者が民間企業などに就職した
場合の、スムーズな定着支援を行う、ということではないか、
と思う。


『聴覚障害者ジョブコーチ制度』
〔2014-08-03 18:30〕



上の記事で、私のケースを紹介したように、聴覚障害者の
場合は特に、健聴者にコミュニケーション障害のことが理解
されていないことが多いので、問題が著しく起きやすい。

問題であるにもかかわらず、聴覚障害者が無理して我慢し、
問題を隠してしまうケースが多い。
健聴者が、それをわからないだけだ。

そのため、聴こえないことによって起きやすい注意点を事前
説明して、トラブルが起きてしまうのを回避したり、また手話
通訳を使って、聴覚障害者に仕事を早期に覚えてもらうよう
にする。
何も知らない健聴者に任せていると、つい音声だけの説明に
なりがちで、覚えられないと何度も叱る、という悪循環にはまり、
聴覚障害者はすぐ辞めてしまう、というケースもあるからだ。
結果的には、聴覚障害者への支援でもあると思うが、
雇用者側の負担軽減にもなっている。

聴覚障害者が職場に慣れるまでの期間の支援というのが、
基本的な役割だと思う。

だが、聴覚障害者の場合は、それだけでは職場定着率が
MAXにまで高まる、ということは決してない。

ジョブコーチが引いた後、職場のコミュニケーション障害を
解決しなかったら、聴覚障害者は退職するまで、ずっとその
寂しさに耐えて働かなければならないのである。

人間関係には苦労する。
また、他の人はどんどん新しい仕事ができるというのに、
自分だけ同じ仕事を何年も続けるだけ、というふうでは、
モチベーションも下がってしまう。

差別によるその苦しみは、とても語り尽くせぬものがある。


「結局、ジョブコーチも所詮、健常者側の負担軽減のため
にしかならないんだな」

ということに気づく。

そもそも、そうでなかったら、企業はジョブコーチ制度を
利用しようなんて、思わないだろう。

この現実を考えることは、重要である。

ジョブコーチ支援は、就労の初期における、一時的支援
に過ぎず、それによって聴覚障害者労働問題の多くが
解決できるものではない。

このようなジョブコーチ支援制度を広げていっても、それ
だけでは聴覚障害者の本当の自立には結びつかないだろう。
むしろ、他の助成制度と同様、税金の食い物になる可能性
が高い。

理由は、手話通訳の派遣だと有料なのに、ジョブコーチだと
タダだからだ。

「タダなら使ってもいい」

という企業も、なかにはある。
しかし、これでは企業の通訳費用負担の回避方法にしかならず、
おかしい。
国から貰った障害者雇用助成金を遣わないで、無料派遣の
ジョブコーチ制度を使うのを、あなたならどう見るだろうか。

そもそも、このような支援が不要になることこそ、究極的には
理想社会だと言えるのだから、その実現のための障害者運動
を惜しむべきでない。


では、具体的に何をすればよいのだろうか。
やはり、(仮称)情報・コミュニケーション法を成立させるべき
だと思う。
健聴者がする“間接差別”の排除ができる法律をつくらなくて
はいけない、と思う。


『『(仮称)情報・コミュニケーション法』って、何だ?』
〔2011-04-27 21:43〕



『『(仮称)情報コミュニケーション法【私の試案】』』
〔2011-04-27 22:19〕



『『We Love コミュニケーション』署名運動の結果』
〔2011-11-16 22:07〕

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by bunbun6610 | 2014-08-04 19:00 | 就労前の聴覚障害者問題A

テレビ東京『ソロモン流』
(毎週日曜日 夜9時54分放送)




テレビ東京『ソロモン流』
『うなぎ店「かぶと」店主・岩井和雄』
〔2014年8月3日(日)放送〕



食べログ東京『かぶと』



その職人世界では

「うなぎは『裂き8年、焼き一生』」

と言われているそうな。

まず「裂き」を見た。
お弟子さんは約20秒かかるのに対し、大将は10秒で裂く。
その速さに驚く。

理由は

「うなぎは置いて置けば置くほど、まずくなる」

から。
それだけうなぎの味を大切にしている、ということでもある。

聴覚障害者の私にとっては、お弟子さんが

「大将の裂いた音と、自分の出す裂き音は違う」

と言うのが印象的だった。
これは、うなぎ調理職人を目指す聴覚障害者の壁にも
なるだろう。
この音を聴くことができなければ、修行は無理なのだろうか。

天ぷらやフライでも、音でわかると言われている。

音がわからなければ、包丁の感触でわかるのでは
ないか?
包丁の角度や、力の入れ具合などが悪ければ、
うまく裂けず、感触が違うと思う。
包丁の研ぎの良し悪しもあるだろう。

皆さんは、どうすればいいと思うだろうか?
もし弟子入りするならば、その方法を、自分で見つけ
なければならない。


焼きは、最も難しい技術とされている。
関東では蒸してから焼く調理法が多いが、
この店では、注文を受けて、裂いたらすぐ焼く。
そして大将の焼き作業を見ているお客さんが

「何でいつも、そんな動きをしているんですか?」

とか言っていた。
その動きにも、理由があるようだ。

煙が蒲焼の味に影響する、という。
その煙をうなぎに満遍なく当てているようだ。
そのための動きではないだろうか?

西洋料理にも「スモーク」という調理法があるが、
それも含むのかもしれない。

初めは、毒舌と同じように

「パフォーマンスでやっているだけ」

と勘違いしていた。



なぜ、そうするのか?

どうやって、その技を覚える?


考えて、自分なりに方法を考案しなければならない。

テレビでは字幕があるから、これだけ分かったが、
修業の場では、そうはいかない。

厳しい世界だが、そんな世界も、面白いのではないだろうか?

素材を選ぶ目も厳しいが、弟子を育てるのもかなりの真剣さ。
イル・プルー・シュル・ラ・セーヌの弓田亨氏と、
どこか共通点があるような気がする。
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by bunbun6610 | 2014-08-03 23:59 | 聴覚障害者版サムハル