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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

<   2014年 08月 ( 33 )   > この月の画像一覧

今のテレビ番組で生放送といえば、24時間テレビを
思いつくだろう。
他の時期なら、他にもいろいろあるが、よくあるのが
オリンピック生中継とか、緊急災害時など、テレビでは
たくさんある。
聴覚障害者はラジオを聴くことが難しいので、
ラジオは初めから持っていない。

24時間テレビの生放送中を見てみたら、やっぱり
字幕のズレが半端でない。

生で字幕が付くのは、テレビ側としても大変な努力だ。
だから

「これは大変、ありがたいことだ」

と思わなくてはならないのかもしれない。

しかし、本心は

「あんな仕様では、とんでもない」

と思うことならば、聴覚障害者だって視聴者だから
こそ、正直に感想を言うべきなのではないか。

特にバラエティー番組のような、多人数が集まって、
自由に発言し合う場面では、字幕の入力者は一所
懸命入力し、追いつこうとしているのだが、字幕は
どうしても追いつけない。
あれが限界だし、それを非難するつもりはない。

しかし、ああいうテレビ番組を長時間、観続けるのは
御免だ。
何が『愛は地球を救う』だ。
テレビで怒らせて、どうするというのだ。
Eテレ『バリバラ』だって、たまに生で、同様の特別
企画を放送するが、感想は同じだ。



「字幕をつけたから、聴覚障害者にも公平になった」

と思っているのは、所詮、健聴者の思い違いでしかない。
あれでは、観る聴覚障害者側は、腹が立ってくるのだ。
だから、生番組は見る気がしない。

超音速字幕製造機でも生まれない限り、番組のやり方
自体を変えなくてはならないだろう。

その不満状況を、何枚か写真を撮っておいた。



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写真①「>>」無しは、司会者やナレーターが言ったセリフ。
「>>」有りは、ゲストが言ったセリフだとは、法則性から自然にわかるが。
ゲストの誰が言ったのかまでは、確実にはわからない。
「なんで?」を言ったのは、多分、この画面に映ってい大渕弁護士でなく、
三輪弁護士か?



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②〔誰がしゃべっているの?〕の例
字幕はしっかり出たが、誰がしゃべったセリフなのかわからない。
(字幕の冒頭「>>」は、ゲストの誰かがしゃべっている、ということである)




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③〔字幕のタイムラグ〕の例
字幕はまだ前の場面の会話だが、画面は既に、別場面に入っている。
この字幕では、寿司の話をまだしている。
(あるいは、今頃になって、寿司の話になっている)
右下に写っている原田泰造のセリフなのかもしれないが、
「>>」がないので司会者のセリフなのかもしれない。
(司会者は「くりぃむしちゅー」の上田晋也)



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④〔字幕タイムラグ〕の例
画面は既に、CMに入ってしまっているらしい。
「え? さっきのが高級中トロだったの?」
と言いたくなるような場面。




やっぱり、こういうものは観ていると腹が立ってくる。
チャンネルを変えて、映画を観ることにした。
すると、ホッとする。
自分だけのけ者にされていた世界から解放された
安心感からだった。

健聴者の皆さんも体験できることだから、やってみる
といい。
(ただし、これだけで『聴覚障害の疑似体験』ができた
と思ってはならない)

まず、デジタルテレビの音量をゼロにして、字幕オン
にする。
そして、その設定にしたテレビで、生放送の番組を観る。

どうですか?
だんだんわからなくなってくるでしょう?

人間が言葉を聴くスピードと、文字を読むスピードは
違う。
勿論、読むほうが遅くなってしまう。
だから、字幕はあまり速くすることはできない。
でも、速過ぎてしまっている場合もある。
それで、読むだけでも疲れてしまう場合もあったりする。

字幕生成におけるタイムラグの問題は、表出スピード
の理想とは相反する。
画面の出演者のリアクションとかと、その時に出ている
字幕の内容が一致しない。
今出ている字幕は、10秒以上前に誰かさんが言った
セリフなのだとわかっているが、それでは字幕と画面の
整合性がつかなくなってしまう。
そうするとだんだん、観たかった番組でも、もう観たくなく
なるわけだ。

24時間テレビのバラエティーはなかなか豪華なゲストが
沢山出ているので、興味はあるし、皆面白そうに笑って
いるのだが、自分はあまり笑えない。

だから録画放送番組で、テロップなどでこれでもかと
補って作られたバラエティー番組のほうが断然面白い
のである。
行列のできる法律相談所なんかは、面白かった。
そういうわけで、生放送のバラエティーは、
やっぱり御免だ。
来年の24時間テレビでは、生バラエティーは、
ほどほどになればいいと思うが。





〔参考情報〕

『聴覚障害者・難聴者情報保障の最高峰番組だ!
 テレビ朝日『日曜×芸人』』
〔2014-03-12 18:30〕

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by bunbun6610 | 2014-08-31 20:20 | 情報保障(テレビ字幕)
『ソフトバンクの“白戸家”CMへの字幕要望(2)』


ソフトバンクCMに登場する白い犬は、
国民的人気なのだろうか。
母に聞いてみた。


私;「あの犬は、人間の声でしゃべるというが、
本当なの?」

母;「本当」

私;「誰の声なの?」

母;「北大路欣也。白戸家のお父さん役」

私;「へぇー。えっ? ウソ! 超大物じゃん!!
それじゃ、あの犬が一番偉いんだ」

母;「そうそう」



今時、こんなことはもう他人に聞けない
だろう。
未だに知らなかったなんて、恥ずかしくて
言えない。
これだから、テレビの話題は意識的に
避けてしまう。

当ブログでも、ソフトバンクへの要望として
書いてきたが、未だに、あのCMに字幕は
実現されそうもない。


『ソフトバンクの“白戸家”CMへの字幕要望』
〔2014-05-21 18:30〕




こういう要望は、どこへ伝えればいいんだ?
CM制作会社でもテレビ局でもないことは、
間違いないだろう。
ソフトバンクに直接、言うしかないのだろう。



ソフトバンクのどこなのか。

『ソフトバンクグループのサービスに関する
サポート・お問い合わせ』



『手話対応窓口またはFAXで問い合わせをする』


『FAXでのお問い合わせ窓口』



これしか見当たらないようだが、テレビCM
への要望に対応できるとは思えない。
とはいえ、この聴覚障害者専用FAX用紙に
書いて送ってみるしか、方法が思いつかない。


ソフトバンクの携帯電話のショップには、手話の
できる店員さんもいる。
それなのに、あれだけ巨大な企業だというのに、
公共のテレビCMに、聴覚障害者や難聴者への
配慮がないというのはおかしい。



以下は、実際の要望書(全文)である。



==============================


                                 2014年8月31日

(ソフトバンク本社の、しかるべき部署〔テレビCM担当〕へ転送願います。)

ソフトバンク株式会社 御中

      要望

私は、エキサイトブログ『蒼穹 -そうきゅう-』のブロガー(聴覚障害者)です。

ソフトバンクのCM「白戸家」シリーズには、なぜ字幕がないのでしょうか?
特に、お父さん役の犬が何をしゃべっているのかさっぱりわかりません。
楽しそうなCMにもかかわらず、聴覚障害者や難聴の人には内容が
わからないというのは、非常に残念に思います。
近年はCMにも字幕をつけているところがあるので、御社の人気CMにも、
そろそろつけていただきたいと思います。

詳細は上記ブログの2014年8月31日付記事『ソフトバンクの“白戸家
”CMへの字幕要望(2)』を、ご覧になってみて下さい。

よろしくお願いいたします。



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by bunbun6610 | 2014-08-31 09:47 | 情報保障(テレビ字幕)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140830-00000085-mai-soci



<広島土砂災害>15万人眠れぬ夜
 雨予報で避難勧告継続


毎日新聞 8月30日(土)22時15分配信


土砂災害で約15万人に避難勧告・指示が出され、
1000人以上が避難している広島市の被災地。

30日、発表された国土交通省の緊急点検結果では
土石流に関し、依然として高い危険性が指摘された。

検討が夜にずれ込んだこともあり、この日、一部の
地域で見込まれていた避難勧告・指示の解除は
見送りに。
避難している住民たちの帰宅の喜びは31日以降
に持ち越された。

比較的早めの解除が見込まれていた安佐北区の
可部小学校には約70人が避難している。
避難指示の対象になっている同区可部東6に夫と
2人で暮らす五十嵐久子さん(61)は

「帰宅しようと思っていたのに肩透かしですね」

と話した。

 自宅は土砂が少し入った程度なので、寝泊まり
する夜間だけ小学校で過ごし、昼間は自宅に帰る
生活を続けている。

「不安なので、まだ(夜は)避難所生活を続ける」

と疲れた様子を見せた。


 三入東小学校(安佐北区)に夫婦で避難している
同区可部町桐原の無職男性(75)の自宅周辺にも
避難指示が出ている。
自宅は生活できる状況だが、指示に従って体育館
で生活している。

 難聴の妻は周囲の会話がよく聞こえないため
ストレスがたまり、ここ数日はグラウンドに止めた
自家用車内で1人、寝るようになった。
同じ姿勢をとり続けることで血栓ができるエコノミー
クラス症候群も心配だ。

 「疲労はピークに来ている。解除が出たら、
刺し身でもつまんで大好きなビールを飲みたい」

 避難勧告・指示の解除について、市は

▽今後1週間、まとまった降雨量が見込まれない

▽土壌の中の水分量が下がっている

▽2次災害の恐れがないと認められる

--ことなどを要件としている。

 この日、市役所には市や県、国の幹部らが集まって
会議を重ねた。
時間雨量、土壌雨量指数の細かな数値や解除後に
再び勧告を出す場合の基準など、解除に向けた詰め
の作業に時間を費やしたとみられる。

 しかし、この日の結論は「きょうは解除しない」。
ある市幹部は

「夜に暗くなってから解除するのも難しいだろう」

と語った。
【寺岡俊、長宗拓弥、石川将来】


===========================



>「難聴の妻は周囲の会話がよく聞こえないため
ストレスがたまり、ここ数日はグラウンドに止めた
自家用車内で1人、寝るようになった。」


わざわざ難聴者であることが新聞記事の
内容に明記されているのは珍しい。
なぜ難聴の人はこのようになるのかは

「周囲の会話がよく聞こえないため」

とだけ書かれている。
詳しくは書かれていない。

この記事だけを読んでも、普通は

「ストレスが溜まるのは健常者も同じ」

だと思うだけなのではないだろうか。

こういう窮屈な状況になると、人間は誰しも、
自分のことばかり考えるのが精一杯で、
余裕がなくなる。

しかし、健聴者と聴覚障害者は、
決して同じではないだろう。
少なくとも、ピンとこない。

聴覚障害(と言うより、この障害についての、
周囲の人々の無理解)が、聴覚障害者の
心身に与えている影響は大きい。
2011年3月11日の、ろう者の事例のほうが、
わかりやすいのではないか、と思った。



映像作家・今村彩子氏オフィシャル・ウェブサイト



『「音のない3.11」スタディガイド 日本語版』



>「同じ姿勢をとり続けることで血栓ができるエコノミー
クラス症候群も心配だ。」

聴覚障害には聴こえないという障害だけで
済まず、二次、三次障害も起こり、こっちの
ほうが怖い、とも言われる。
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by bunbun6610 | 2014-08-31 02:54 | 社会
私は、障害者雇用枠で働いている会社は、
今の会社で4社目です。
会社に共通する健聴者の、
聴覚障害者対応に気がつきました。
おかしいんじゃないか? と考え始めたら、
ずいぶんあると思いますけど。

会社の人は、なぜか健聴者と聴覚障害者
(それだけでなく、盲、下肢などの障害を持つ人も)を、
意識的に分別しているのです。

どの障害者も、生き生きと働いてはいないように見えます。
障害者は何というか、会社で生き地獄のような感覚を
味わっているように思います。
皆、ただ生活のために、ガマンしながら働いているだけ
なのかも知れません。

聴覚障害者には音声言語が通じないという障害がありますが、
健聴者が区別するのは、そうした障害者の持つ障害が
原因ではないということも、よくわかります。
私はその原因を、健聴者の心にあると見ています。

健聴者の場合、まずとにかく健聴者(誰であろうと)に
対応することを優先としていて、聴覚障害者は後回し、
ということが常識的な行動になっています。

例えば、聴覚障害者と話し中でも、
健聴者の誰かに何かを頼まれると、
すぐそっちのほうに話がいってしまい、
聴覚障害者との話しを中断させられたり、

「用ができてしまったから、また後にするから」

と言われてしまう場合もあります。

また、朝礼のとき、あるいは何か業務指示や説明を
全員にするとします。
そこへ最初は、健聴者だけを呼び集めて行います。

そして、それが終わった後にわざわざ、
たった一人しかいない聴覚障害者のところに行き、
その話をします。

つまり、担当者は常に、聴覚障害者のために、
同じ説明を2回に分けてやっているわけです。

これを見て私は

「聴覚障害者のためだからといって、
本当に2回に分けて説明する必要があるのかなぁ?」

と疑問に思いました。
なぜ、1回でできる方法にしようとしないのだろうか。

健聴者は健聴者に音声で説明します。
終わった後に、聴覚障害者一人のところにわざわざ行き、
また同じ説明をする。

そのときは音声だけでなく、筆談も交えての説明になる。
しかし実を言うと、私への場合は、音声はいらないのだ。
それがわかっていないのか、なぜだかわからないので、
不思議に思う。
本当は筆談だけでいいのに。

ところが、筆談と音声の両方で一生懸命、不慣れな様子で説明する。
時間がかかってしまうためか、いかにも面倒くさそうにする。
でも親切に書いてもらっているのだから、悪いとは言えない。

しかし、見ているだけでこちらも窮屈で、
それに肝心の筆談が冷静さを欠いて、
読みにくい字で書いていたり、
文章に不要と思える言葉が多くて、
内容がわかりにくかったりと、
あやふやになってしまっている場合が結構あります。

それで腹が立ってくるも、我慢しなければならないのは自分なのです。
相手のイライラは、自分のほうにも伝わってきます。

中には、上手い人もいるのに。

これでは肝心の筆談のほうが説明力不足になっている。
ちょうど、手話通訳者でも、音声と手話の両方で話す場合は、
手話だけの場合より、曖昧になってくるのと似ている。

聴覚障害者と筆談一本でできるコミュニケーションを取れるならば、
それに専念したほうがずっといい、と思う。
それがなかなかできないのは、音声言語世界に縛られているせいだろうか?

どうしても音声も交えて筆談をやるというのなら、
いや、初めから皆で一緒にそうすれば1回で済むのに。
一緒にやってくれたほうが、自分も気が楽になると思う。
でも、健聴者がそうしないのはなぜだろうか?

考えられることがある。
それは、ミスをしやすくなり、皆の前でそれでは上司としての
面子が立たなくなるとか。

もし理由もなく別々にやるならば、自分の立場からは

「この上司は、馬鹿なんじゃないだろうか?」

と思う。

たった一人の聴覚障害者のために、
わざわざ個人対応をしてくれるのは、
ありがたく思うべきなのかも知れないが、
その必要もないのにそうしているのでは、
呆れてしまう。

と言うと失礼だというのなら、

「健聴者の考え方がどうも理解できない」

ということにしたい。

こんな疑問を思いながら、会社にいる、
やりきれなくて虚しい毎日です。

誰だって、毎日毎日、こんなことばかり
考えてしまいたくはありません。
でも、自分はもう、ここから動けなくなってしまっている
のかもしれません。

こんな悩みは、健聴者から見たなら、
小さなことかもしれません。
でも、人の音声情報が入ってこない自分の生活では、
これが自分の心の中で、大きく占めてしまう情報なのです。
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by bunbun6610 | 2014-08-29 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1
『Q&A 軽度知的障害者の就職』

 →http://okwave.jp/qa/q3222454.html


同じ就職に困っている障害者でも

「障害者手帳がほしい」

という人もいれば、逆の人もいる。

障害の程度が軽度の人に多いケースだ。
軽度難聴者にもいる。

「手帳がないと、やっぱり就職に不利だ」

ということは認めていても、自分のプライドとかで
受容できず、そのままハマってしまう。
無理もないことだ。

あるいは、親が認めたがらないケースもある。

あるいは、最悪だと本人が状況を理解できず

「障害者手帳って、自分に本当に必要なの?」

という程度にしか、自分の障害を自覚できていない人
もいる。

それはそれで、いい意味での場合も確かにあるので、
そうならばむしろいいことだと思う。
しかし、本人の認識とは裏腹に、社会の目はそうでは
なかったりすることも多い。

健常者に気づくほどの障害があるということは、
長期的に見て「損は損」だ。
一般就労ができれば、そのほうがいいが、
それが難しいのなら、諦めざるをえない。
やはり、社会の目は厳しいのだから。

障害者雇用枠で働くとなれば、この彼が受けなければ
ならないのは、形だけの障害者手帳だけではない。
職場での障害者差別も受け入れなくてはならない。
これは彼にとって、もっと辛い現実になるだろう。
不適応なら、うつ病になってしまう可能性も大だと思う。


でも、私はこうも思う。

「この障害者は、もしかしたら、“障害者”という枠で通常想定
される能力を超えた障害者なのではないだろうか?」

もし、そうだとすれば、働けるようにしなくては、勿体ない。
障害者雇用枠ではなくて、一般枠で働くのも問題ないならば、
そうできる社会にするのが理想だと思う。
それが“障害者の経済学”上も、好ましいと思う。



〔関連情報〕

『身体障害者手帳のない聴覚障害者(難聴者)は、
どうやって就職するのか?』
〔2013-01-16 18:00〕





〔参考情報〕


『ハローワークの障害者枠と一般枠について』
〔2012/4/2417:05:50〕



『Q&A 障害者手帳を所持していることは
会社に伝えていません』




さらに、こんな話もあるそうだ。


『「まともな人は無理」・・・の意味するところ』
〔2014/8/22(金) 午後 10:24〕



日本人って、ハッキリ言えば、基本的に

“レイシスト(差別主義者)”

なんだと思う。
障害者までも、障害者を差別するのだろう。



そして、一度受けた障害者手帳を返納した人の
ケースです。


『『わけあって手帳を返した話…』』
〔2013-10-13 18:00〕


『うつ病で手帳を持っています。
現在、求職中で障害者枠での採用を考えています。』
〔2013/11/1319:38:45〕



そしたら、一旦障害者手帳を取得して就職した後、
昇進して一般枠で認められたら障害者手帳を返す、
という方法もあるか。

聴覚障害者には到底、無理な気がするが。
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by bunbun6610 | 2014-08-27 18:30 | 就労前の聴覚障害者問題A
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140825-00000013-wordleaf-soci



何者かが盲導犬を刺す
 被害男性「これは自分の“傷”」

THE PAGE 8月25日(月)15時52分配信


 盲導犬は、視覚に障害を持つ人の目となり、共に歩む
パートナーだ。
日本で育成された最初の盲導犬『チャンピイ』が誕生した
のは、1957年の夏のこと。
以来、活躍の場を広げ、全国の実働数は今や1000頭を
超えたとされている。
 
 しかし、国産盲導犬第1号が歩み始めてから57年経った
今も、世間一般の理解は十分とは言えない状況だ。
歩行中の嫌がらせ行為や育成団体へのストーカー的な
苦情電話が後を絶たない。
一部の使用者や育成団体関係者の口からは、

「近年、逆に誤解や色眼鏡で視覚障害者と盲導犬を見る
人が増えている」

という言葉も出るほどだ。

 この夏、それを裏付けるような事件があった。
人が「見えない」、犬が「抵抗しない」ことにつけ込んだ
何者かにアイメイト(盲導犬)が刺され、けがを負わされた
のだ。


「見えない」「抵抗しない」につけ込む

 まず、事件の概要から追ってみよう。
被害に遭ったのは、埼玉県の全盲の男性(61)とアイメイト
の『オスカー』だ。
国産盲導犬第1号『チャンピイ』を送り出した育成団体、
「(公財)アイメイト協会」出身の盲導犬は、「アイメイト」と
呼ばれる(=その理由は後述)。
オスカーは、間もなく9歳を迎えるラブラドール・レトリーバー
のオスだ。

 7月28日、男性とオスカーはいつものように午前11時ごろ
に自宅を出て、JR浦和駅から電車に乗り、県内の職場へ
向かった。
いつものように職場の店舗に到着すると、店長が飛んできて

「それ、血じゃないの!?」

と声を上げた。
オスカーはいつも、他の多くのアイメイトと同様、抜け毛を
散らさないようにTシャツタイプの服を着ている。
その服の後端、お尻の上のあたりが真っ赤に染まっていた
のだ。
服をめくると、腰のあたりから流血していた。

 傷口を消毒し、応急処置を施して動物病院に連れて行った。
直径5ミリほどの刺し傷が500円玉大の円の中の4か所あった。
大型犬の皮膚はかなり厚く、獣医師の見立てではサバイバル
ナイフのようなものを強く何度も突き立てなければできない傷
だという。
あるいは、鋭いフォークのようなもので刺したか。

服に傷がなかったことから、何かに引っ掛けた“事故”ではなく、
何者かがわざわざ服をめくってつけた傷であることは明白
だった(同日届け出た警察も事件性を認めている)。

 被害男性は

「聴覚にはまだまだ自信があるが、まったく気づかなかった」

と言う。
犬は比較的痛みに強い動物だ。
加えて、アイメイトとして訓練を受けてきたオスカーは、
人に対する攻撃性を持たない。
全てのアイメイト/盲導犬がそうだということではないが、
吠えることはおろか声を上げることもめったにないという。


アイメイトと男性は一心同体

 幸い、オスカーの傷そのものは手術等を要するような
重いものではなかった。
しかし、男性とオスカーの心の傷の深さは計り知れない。

 「屈辱です。
『自分で自分の体を刺してみろ』と言いたい。
同じ赤い血が出るだろうと。
まして、無防備で抵抗できない犬を狙うなんて・・・」。

今も思い出すたびに悔し涙が出る。

 「アイメイト」は、『チャンピイ』を育てた故・塩屋賢一氏が
つけた「盲導犬」に代わる呼称だ。
「盲導犬」という言葉からは、

「賢い犬が道を覚えて盲人を誘導している」

という印象を受けやすい。
しかし、実際の歩行は、人が頭の中に地図を描き、犬に
「ストレート」「ライト」「レフト」などと指示を出しながら歩く。
犬は交差点ごとに止まったり、車の飛び出しに反応したり、
道路上の障害物などを避ける。

 こうした「共同作業」である歩行の実際を理解していれば、
「盲人を導く犬」という呼称は誤りだという事に気づく。
そこで考えだされたのがアイ=EYE(目)=愛、メイト=仲間
を意味する「アイメイト」という呼称だ。

アイメイトは「私の目となる対等なパートナー」であり、
オスカーと男性は一心同体だ。
だから、オスカーの痛みと屈辱は自分のものでもある。
男性の口から

「自分で自分の体を刺してみろ」

という魂の叫びが出た背景には、こうした事実がある。


警察は「器物損壊」容疑で捜査中

 男性は当日、地元警察署に被害届を出している。
同署は、傷の状況から事件性ありと判断。
駅の防犯カメラ等を調べ、当日の経路で聞き込みをしたが、
今のところ有力な手がかりはないという。

 警察の見立てでは、聞き込みの結果などから電車内での
犯行が有力だという。
一方、男性と職場の仲間は、オスカーのお尻が最も無防備
な形で後ろに立つ人の前に来る浦和駅のエスカレーター上
が怪しいと踏んでいる。

 いずれにせよ、実際に犯人を割り出すのは極めて難しい
状況だ。
そして、万が一犯人を罪に問うことができても、動物の場合は
傷害罪ではなく器物損壊罪にしかならない。
当日、男性から連絡を受けて警察にも同行した動物愛護団体
役員の佐藤徳寿さんは、こう語る。

 「どこに怒りをぶつけていいのか、本当に悔しいです。
刑法上は『物』かもしれないが、盲導犬はペットとは違い、
ユーザーさんの体の一部です。
早急に法を変えて傷害罪と同等の罪に問えるようにしてほしい」

 一連の経緯を聞いた職場の同僚の家族は、

「もう我慢できない」

と、全国紙の読者投稿欄に今回の経緯を寄稿した。
これを読んだNPO「神奈川県視覚障害者福祉協会」は、
犯人への厳正な処罰と再発防止を求める声明をHPに
発表した。


一般社会の理解は「まだまだ」

 アイメイト/盲導犬は、刑法上は「物」扱いだが、2002年
に成立した「身体障害者補助犬法」では、ペットとは一線を
画した権利を与えられている。
同法は、公共施設やレストランなどの店舗、公共交通機関が
盲導犬を伴っての入場を断ってはならないと定めた法律だ。
誤解されがちだが、補助犬(盲導犬、聴導犬、介助犬)は

「特別扱いされている犬」

ではない。
障害者の「体の一部」として、施設利用などの面では
パートナーと同等の権利を認められているのだ。

 にも関わらず、今回のような事件・事例は後を立たない。
例えば、今回の被害男性が直接知る女性ユーザーの盲導犬は、
気付かないうちに額にマジックで落書きされ、女性は深い心の
傷を負った。
タバコの火を押し付けられたという話は「珍しくない」と、
使用者や関係者は口を揃える。
被害男性自身も

「しっぽを踏まれる、わざと蹴られるのは日常茶飯事」

と訴える。
かつて白杖で歩いていた時には、若者のグループに腕を
捕まれ、ツバを吐きかけられたこともあったという。

 アイメイト協会は1957年以来、1200組余の使用者・
アイメイトのペアを輩出しており、他の9の育成団体と
合わせた全国の盲導犬の実働数は、現在1000頭余と
言われている。
初期のアイメイト使用者は、電車やバスに乗せてもらえる
ように個別に運行会社に掛けあったり、行政や国会議員
への働きかけを積極的に行ったりしていた。
21世紀になって「身体障害者補助犬法」が成立するに至り、
長年の積み重ねが花開いたかのように見えるが、実態は
そうでもないらしい。

アイメイト協会の塩屋隆男理事長は、入店拒否は今も
日常的にあると語る。
例えば、神奈川県のアイメイト使用者の男性(69)は、

「今年になってレストラン・旅館で4回も入店を拒否された。
ちょっと多いですね」

と話す。
 また、近年特に目立つのは、逆のベクトルでアイメイトの
存在そのものを“虐待”だと受け止め、執拗に協会に抗議
してくる市民の存在だ。
多くは

「犬を暑い中無理やり歩かせている」

「きつく叱っていた」

といった使用者や協会スタッフに向けた非難だという。

「事実と正しい理解に基づいた批判ならば真摯に受け止めなく
てはなりません。
しかし、ほとんどは犬を安易に擬人化した、言いがかりのような
ものです」

と、塩屋理事長はため息をつく。

 彼らは「盲人を導く」スーパードッグではない。
あるいは、刑法上は「物」だからと言って、何をしてもいいという
ことでもない。
少なくとも、人の目となる対等なパートナー=「アイメイト」だと
いうことは、公にも認められている。
先の今年4回入店拒否に遭ったという使用者は、次のように
訴える。

 「アイメイトを傷つけたりむやみに拒否することは、単に動物
愛護の問題ではありません。
人権侵害です」

(内村コースケ/フォトジャーナリスト)



=================================




>「傷口を消毒し、応急処置を施して動物病院に連れて行った。
直径5ミリほどの刺し傷が500円玉大の円の中の4か所あった。
大型犬の皮膚はかなり厚く、獣医師の見立てではサバイバル
ナイフのようなものを強く何度も突き立てなければできない傷
だという。
あるいは、鋭いフォークのようなもので刺したか。

服に傷がなかったことから、何かに引っ掛けた“事故”ではなく、
何者かがわざわざ服をめくってつけた傷であることは明白
だった(同日届け出た警察も事件性を認めている)。」


こういうことは、たまたまの相手にやられたのではないと思う。
相手は、被害者の通勤経路も、アイメイトにどういう武器を
使えば傷つくのかも知っていただろう。
用意周到に行われた犯罪で、その犯人は近くにいると思われる。

隣人がそんなことをしたのかと思うと、残念だと思う。



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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140901-00000014-it_nlab-life

盲導犬刺傷で団体が緊急声明

2014年9月1日(月) 17時47分掲載


「鳴き声を我慢する訓練は
していない」
 全日本盲導犬使用者の会が
理解求める


ねとらぼ 9月1日(月)10時55分配信

埼玉県で7月に盲導犬が何者かに刺されてけがをした事件
について、全日本盲導犬使用者の会(全犬使会)が公式
サイトで緊急声明を発表した。

 同協会は事件に対し

「強い怒りと恐怖に震える思いでいっぱいです」

と憤りを示し、こうした事件が二度と起こらないよう、
再発防止対策や補助犬を傷つける行為への罰則を
検討するよう求めている。

 また刺された盲導犬がほえなかったとされることから、
一部で

「盲導犬は何があっても声をあげないように訓練されている」

と伝えられ、

「抑圧されて働かされる盲導犬はかわいそう」

という声が上がっているという。
全犬使会はこれを否定し

「実際にはそのような訓練は現在行われていません。
もしもそのような訓練がなされているとするならば
それは虐待と捕らえられてもいたしかたないことです」

としている。

 盲導犬はボランティアや関係者、使用者から愛情と
良質な飼育環境を与えられ、人間を100%信頼して
生きているため、攻撃的行動に出たり、むやみに声を
あげる必要はない、と全犬使会は説明。

「彼らは抑制されることにより声をあげないのではなく、
人間を信頼しているからこそ声をあげないのです」

と述べ、正しい理解と啓発を求めている。

 事件の報道後、模倣犯・愉快犯が出現するケースが
見受けられるという。
盲導犬の使用者、子ども、高齢者、障害者など社会的
弱者が犯罪被害や街の中に潜む危険から守られるため
には周囲の見守りの目が最も重要とも全犬使会は
話している。

「今回の事件の報道をきっかけに、日常生活の中で
目にする社会的弱者の皆さんに対する思いやりある
暖かなたくさんの見守りの目が広がり、緊急時に
速やかに助けの手が差し伸べられる社会になって
行くことこそが、犯罪をなくし、安心して生活できる
ための環境づくりに重要な要素となると思います」


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by bunbun6610 | 2014-08-25 23:29 | 障害者問題・差別
実は、これを観たくて、当日は会場に向かったのだけれども、
途中で道がわからなくなってしまって時間が過ぎ、
諦めた。
そういう事情があって観れなかったのだが、
調べたら資料があった。


『ろう者学セミナー - D PRO ~日本手話とろう文化の尊重~』



『D資料室
ろう者学セミナー「声の支配 ~ろう者にとって声とは~」
報告書(2011年6月25日)
「声の支配」報告書/20110625.pdf』






上のセミナーを実際に見た健聴者(手話通訳者)の感想もあった。



『キラキラ しゅわな空☆』


『ろう者学セミナー6月☆』
〔2011/06/26 00:53〕



『6月ろう者学セミナーについて 続き☆』
〔2011/06/28 11:53〕



『声のパワー☆』
〔2011/06/30 23:43〕





以下は『ろう者学セミナー「声の支配 ~ろう者にとって声とは~」報告書』
を読んで、思ったことを書く。




〔K氏〕(4~10ページ)

K氏が「歩み寄り」について話している。
本当に、私も健聴者の考え方に対し、非常に疑問に思った
体験がある。


例えば、ろう者を雇用していた会社での話だ。
上司は手話ができる健聴者だったが、
会社の飲み会でこんなことを言っていた。

「ろう者は手話も声も出せるけれども、健聴者は手話ができない
人もいる。
だから、ろう者の皆さんも、声を出して手話を話してください」

その時は、一見もっともな話に思えた。

しかし、手話ができない健聴者は、筆談のためのメモ帳とペンを
持っていても、全く使わないで、健聴者とばかり話していた。

結局、それでろう者と私も、手話だけで話すようになっていった。
飲み会が終わった後で、このことについて注意を受けた。
上司は、健聴者にも同様のことを、フェアに伝えたのだろうが、
やっぱりその後も、何も変わらなかった。
「心の壁」があることはわかっていても、それを取り除くことは
容易でなかったのだ。

このようなことは、聴覚障害者なら誰にでも、随分と経験がある
ことだろう。
飲み会では自由な雰囲気を大事にするので、ルール的なことは
強制できない。
しかし、健聴者とろう者とではルールが違うために、やはりこういう
ことになりやすいものだ。

健聴者は

「手話はわからないから」

と言う。
しかし、その異文化を理解しようとする行為が重要な一歩だと
いうことに、気づかなくてはならない。
ろう者が幾ら声と手話を一緒に使う努力をしても、健聴者が
それを理解し、異文化を受け入れなかったら、こちらだって、
やるのがバカバカしくなってしまうだろう。



『健聴者も聴覚障害者を理解しようとするには、勇気が必要』
〔2012-02-07 22:54〕




手話の違いもあり、そもそも飲み会のようなフランクな場では、
声出し手話(日本語対応手話)は、心から楽しむためには
ネックになることもある。

手話講習会での手話講師も、教室の講習中の手話と、
終わった後の飲み会での手話は違うというのを、
健聴者も知っていると思う。
健聴者がそれを見て

「教えられた手話とは違う」

と、よく言う。
そのはずで、ろう者も

「飲み会では、サークルの学習会や講習会で教えた
通りにはやらない」

と言う。

だから健聴者は

「その手話を教えた意味がないではないか」

と言う。

要するに、手話講習会で教えている手話は、
ろう者本来の手話とは違う、というわけだろう。
ろう者は、そのことをわかっている。
ところが、健聴者はそれをわかっていなかった。
それで、こういう話になる。

ろう者と中途失聴者、難聴者も、ろう者とはあまり一緒に
飲み会をやらなかったり、団体が別だというのも、こういう
理由がある。
つまり、文化等の違いを大きな理由としている。


以前に、大人の難聴者に聞いたことがある。

「手話通訳は、ろう者に合わせた日本手話ではなく、
難聴者に合わせた日本語対応手話がいい」

これはつまり、その手話通訳を見ていても、頭の中で日本語に
訳して理解していて、「だからこの手話のほうがいい」ということ
だからだ。

しかし、ろう者の場合は違う。
日本語対応手話を、頭の中で日本手話に訳さなくては、
正確な意味を理解できないらしいのだ。

当ブログにも、この事例がある。


『職場における、ろう者への手話通訳の問題点』
〔2012-02-03 00:12〕






〔T氏〕(11~17ページ)

そして、T氏の「声のパワーに負けてしまう」という話。

何人ものろう者が

「声の世界に、自己のアイデンティティが押しつぶされてきた」

というような体験談を、率直に話している。
この点は、中途失聴者や難聴者でも、あまり相違ないと思う。

このことを正直に打ち明けるようになってきたということは

「時代も、いよいよ変わってきたな」

と感じさせられる。

私もこのブログで、似たようなことをぶちまけてきたが、
ブログは、そこを開いたら誰でも見てしまうものなので、
なかには衝撃を受けた健聴者、難聴者等もいると思う。



私もろう者から

「もう、声を出すのをやめたら?」

とアドバイスを言われたことがある。
本当に「そうしたほうがいい」と思っている。

でも、できるわけがない。
突然、職場の皆に

「私はもう、声を出すことをやめさせてもらいます」

なんて言ったところで、健聴者は承知するだろうか。
そんなことをすれば、段々と面倒がられ、
次第に

「もういいから、前のように声を出せ」

という圧力をかけられるに決まっている。
それに、そんなことをすれば「偽ろう者」だと
言われたりすると思う。
だから、それもそれで、厄介なことになりやすい。

このセミナーの、棚田氏の話でもあったように、
健聴者には声がなければ困るのだ。
ちょうど、ろう者には手話がなければ困るのと同じように。

やはり、これも「声の世界特有のパワー」だ。
私も、それに負けてしまう。


下の記事を覚えている人も、いるかもしれない。


『コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕



『手話を学ぶ「はじめの一歩」は、聴こえない体験からしてみよう』
〔2012-01-08 23:5〕




だから根源的な答えは、やはりコミュニケーションなのだろう。
その方法が違っているだけで、相互理解しないことが問題なのだ。

旧約聖書にある「バベルの塔」の話と同じだ。
あの話は、信者の間では

「言語が通じなくなったからではなくて、わがままになって
いったから、彼らは建設の途中で分散していった」

と解釈する人もいるらしい。



これも以前のことだが、たましろの郷のフェスタ準備で、
こんなことがあった。
運営委員のろう者が、説明会を始めた。
ところが、途中である健聴者ボランティアを見て

「こっちを見て、ほらほら!」

と日本手話で呼びかけていた。
しかし、その健聴者は全然見ていないので、気がつかない。
このままでは、説明会が進まず、時間が過ぎていく。
しようがないからろう者は机を叩いて、手話で呼ぶ。
それでも、その健聴者は資料を見たり、他人と声で話したり
していたので

「無視しているんじゃないだろうか」

と思うようになったようだ。

その健聴者は、要するに、手話がわからないのでは
なくて、ろう者社会の常識を全く知らなかったのだろう。
健聴者ボランティアは、手話での説明会の最中に、
声で平気でしゃべっていた。
(ろう者だって、健聴者社会の中では、声での説明中に
平気で手話で話すこともあるが)

その時のろう者は、もう完全に怒っていた。

T氏の話にある「罰金制にした」という話は、
当然だと思う。
実効性あるルールにしなかったら、混沌とした社会に
なってしまうだろう。
障害者への合理的配慮義務にも、罰則のある障害者
差別禁止法をつくるべきなのである。





〔N氏〕(18~20ページ)




〔F氏〕(21~25ページ)

当ブログでも、老若男女問わず、ろう者が
「声や読話で失敗した話」はたくさん紹介している。


『ろう者の「聞こえるフリ」と「わかりました」と言う癖』
〔2012-09-14 18:30〕



『ろう者との会話 -職場の飲み会で、話が全然合わなかった例』
〔2012-09-12 18:30〕



『職場で、聴覚障害をごまかしたツケ』
〔2012-09-14 19:00〕



『ろう者の読話自信過剰は、失敗を招く』
〔2012-09-27 18:30〕



『ろう者の「やせ我慢」』
〔2012-09-15 22:00〕



『2日で職場放棄してしまった、ろう者』
〔2010-01-09 18:00〕






〔質疑応答〕(26~31ページ)

質疑応答では、手話歌についても、率直な感想を言っている。
私も知っていたとはいえ、ここまでハッキリ言っているのは、
初めて目にする。


K氏の

「声出し日本語対応手話をしているろう者が、
日本手話を蔑視し始めている」

という、ろう学校内での衝撃的な話もあった。
昔から手話を使わない中途失聴者、難聴者までやっていた、
手話蔑視と同じことをし始めたようだ。
ろう学校の教師の、大人としての正しい見方を
持つことが急務だと思った。

それから、私も「きいろぐみ」の手話歌を実際に
見たことがあるが、彼らの手話歌を見ても、
印象に残らなかった。

しかし、ビデオで観た、外国のろう者が見せた
手話詩は、とても印象的だった。
何度も思い出したくなるほどに。


「きいろぐみ」所属のメンバーのろう者と同じ会社で
働いたこともあったが、そのろう者は一年ほどで、
会社を辞めてしまった。

その時、そのろう者は補聴器装用、声を出して
コミュニケーションをしていたので

「障害程度が軽いから、職場にもうまく適応できている
んだな」

と思っていたのだが・・・。

当時、健聴者に手話ができる人はいなかったし、
結局、何も変わることなく、そのろう者だけが辞めて
いった。

反対に、同じ職場にいた、声を出さないろう者のほうは、
随分と長く残っていた。
そのうちに、手話を覚えてくれる健聴者も出てきた。
そして、なかには手話通訳者も誕生した。

私も、その頃から自分の聴力低下のためもあったが、
挫折した手話習得を再び始めて、手話を覚えていった。

そうした影響力をろう者が持つことは、大きな意味がある。




ろう者でも、手話のわからない健聴者や難聴者のいる
前では「声出し手話を使ってほしい」という要望がある
のは、自然と言えば自然だと思う。
その場に読み取り通訳がいなかったら、日本手話で
発言されてもわからない人がいるからだ。

会社でも健聴者は、ろう者同士が日本手話で話すこと
をよく思わない人がいる。

「ろう者同士が何を話しているのか、わからないから」

だと言う。
だから

「声出しで手話をすれば、手話の使用も認める」

と健聴者は考えていた。
その健聴者は、声出し手話と、ろう者本来の手話は
違うということを知らない。
それで、見えないところで摩擦が起きてしまっている
のだろう。
互いの理解が足りないことが原因だろう。
手話通訳者がいれば、この限りではない。
だが、手話通訳者の派遣を認めない会社がほとんど
なのである。


手話サークルとろう協との合同交流会準備委員会の
会議でも、こういうこと、不満がよく起こる。
手話がわからない人からすると、当然なのだろう。
それでも「頑張って読み取ってほしい」というのは、
情報保障なしで参加させられているのと同じで、
その辛さはどんな聴覚障害者にだって、わかると思う。

各人のレポートを聴いてみて(読んでみて)、総合的に
判断すると、私にはやはり

「双方とも、まだまだ心の壁があるのではないだろうか」

という感想になる。
歩み寄りは大切だが、その方法が、双方にフィットして
いないのではないだろうか。





〔特別講演 澁谷智子先生〕(32~40ページ)


「ろうの声を聞くと、聴者は聴者の声との違いに気付いて、

「あ、相手はろう者なんだ」

と認識します。
だから、相手が聞こえないことへの配慮を心がけるように
なります。

しかし、その声が聴者の声とかなり違っていると感じる
ことは、聴者が相手を「障害者」と意識することにも
つながっています。

一方、ろう者の話す声が聴者の声に近い場合は、
聴者は相手がろう者であることを忘れ、相手を聴者として
見てしまいます。
そのろう者が声を出して話せば、聴者も当然、声で答えます。
話のリズムやスピードなども、相手と同じように返します。
ろう者がゆっくり話せば、聴者もゆっくり話しますが、ろう者が
普通のスピードで話せば、聴者もそれに合わせて普通の
スピードで話します。
コミュニケーションにおいては、相手と同じスピードで話すのが
自然だからです。

次に、聴者は、声を出さないろう者に対しては、どう反応するか
を考えたいと思います。

ろう者が声を出さずに手話で話しかけると、聴者は緊張します。
声がないということが、相手が聞こえない人であることを意識
させるからです。

「手話が分からない、どうしよう。」

と考えるわけですね。
でも、声を出さずに話しかけられれば、聴者はたとえ手話が
わからなくても、指さしとか身振りなどを使って、なんとか視覚的
に表現しようとします。
声がない人に対しては、それに合わせて、視覚的に返そうとする
意識が働くからです。

社会心理学の研究では、人と人とのコミュニケーションに
おいては、お互いが影響を与え合うという研究報告があります。
つまり、発言の量や、沈黙時間、イントネーション、アクセント、
声の大きさ、発話のスピードなどが相手に似てくるということ
なんですね。

この研究は、聴者についての研究ですが、私は、これはろう者
と聴者のコミュニケーションにも当てはまるのではないかと
思っています。」(P37~38)





「健聴者は声を聴いて、その聴覚障害者の
障害レベルを識別する」

という傾向は、以前の佐村河内氏事件でもあった。

『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①』
〔2014-03-14 18:30〕

(文中の『偽者ですね』を参照。)

難聴者や中途失聴者の場合は、声が健聴者と
全く変わらない人も少なくない。

そういう人は、聴覚障害者だとは思われない。
言えば逆に

「本当に聴覚障害者なの?」

と疑われ、面倒なことになってしまう場合も、
しばしばである。

たとえ、それは了承してくれたところでも、
配慮が得られないことはしばしばある

よって、澁谷氏の言うことが証明されている。
ろう者だけでなく、聴覚障害者について広く研究すると、
こういうことが見えてくる。

だから、発声が上手なろう者がいたとすると、
難聴者や中途失聴者と同じような目に遭い、
苦しむだろう。


ろう者からも、その親からも

「何のための、発声訓練だったのか?」

と疑問に持たれるだろう。

私見を言わせてもらえるなら、発声訓練が悪いとは
言えない。
それだけによる、国の偏った対策が問題なのだ。
聴覚だけに限ったことではなく、健常者が障害者
だけにバリア克服への努力を押しつけたことが、
一番の問題なのである。
国連・障害者権利条約では、これも“差別”としている。

とはいえ、社会はすぐに、そう簡単に変われるものでもない。
当分は「声(発声訓練)はまだ必要」という論が続くだろう。


最後の方に、澁谷氏から問題解決方法のヒントを
提示している。
ろう者だけでなく、中途失聴者や難聴者にも、
参考になると思う。

澁谷氏の言われる「パラ言語」というのが、
インターネットで調べてみたら、たとえば次のような
ものがあった。



『今話題のパラ言語とは?特性と情報を学ぶ。 [時事]』
〔2013-05-04 16:14 〕



『《9つの非言語メディア》 周辺言語① 舞台芸術とパラ言語と非言語と』
〔2011年8月13日 (土)〕




『話し言葉が伝えるものとは、結局何なのか?
—概念の整理および課題—
森 大毅(宇都宮大学大学院工学研究科)』





ちなみに、私の場合は、補聴器も声も読話も使う。
通訳・情報保障機器も使うし、筆談も使う。
その時に、使えそうなものは何でも使う。
手話も、使える状況ならば使う。

なかでも、推測力はかなり使っている。
“オウム返しのマジック”というテクニックで。
これは、声と視覚と推測力のセットだ。

このように、複数の方法を最大限に用いるのが、
健聴者とはやや異なる、聴覚障害者の特徴だろう。
だから、推測に役立つ材料を、視覚情報からや、
音の記憶の引き出しなどからも、すぐに探す癖がある。

この広さの点では、ろう者よりも、中途失聴者などに
多く見られる特徴かもしれない。

このブログでも、過去記事の引用が少なくないが、
それも記憶力からだ。
最も使うのは、視覚という感覚だが、その情報をもとに、
脳の中にある引き出し、そして推測力を使うのだ。

が、それでも、今のスタンスは変わらない。
どうしてもわからなければ、きちんと筆談の配慮を
お願いするし、それでもし、相手が配慮できなかったら、
こちらも無視するなど、やむをえない対応を取らざる
をえなくなる。
それで“対等関係”だと思っている。
お互い、恨みっこなしにする。
(しかし、問題点は問題点として、当ブログで取り上げるが)

「目には目、歯には歯」「報復」「逆差別」と受け
取られても仕方がないが、そのやり方を通している。

感心しないやり方だが、自分も超攻撃的な性格なので、
力づくで知略を出すやり方なのだ。
そうでもしないと、この世を生きていくことは
難しかった、と思っている。


『バカがいつまでも聴覚障害者差別をしている時代に』
〔2013-04-03 18:00〕



『補聴器と発声訓練が、聴覚障害者にもたらしたものとは――。』
〔2014-06-17 18:30〕



『筆談しない上司との人間関係』
〔2014-06-23 18:30〕



終わりの『ろう者学セミナーのまとめ(棚田茂)』
(41~42ページ)も、難聴者にとっても、
有意義な話だと思う。

「ろう者であること」と同様に、難聴者は
「難聴者であること」を考えることが、
その苦しみから自己を解放することにつながる
のではないだろうか。
誰か救ってくれる人が現れるのを待つのではなく、
自分からもアクションを起こさなくてはならない。

勿論、難聴者の場合は、声は使って構わない。
ただし、コミュニケーションは注意深くすることだ。
でないと、また愚かな健聴者どもに飲まれてしまうぞ。

そういう意味でも、ろう者からも刺激を受けてほしい。




〔参考情報〕


『第8回 『手話の世界を訪ねよう』文化人類学者 亀井伸孝氏
- 風 - 新書マップ』




平成18年度
コミュニケーション・スキル
テキスト 棚田 茂
〔立正大学社会福祉学部 2006 年3 月30 日〕


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by bunbun6610 | 2014-08-25 18:30 | 聴覚障害
「素焼き」は、スーパーやコンビニなどで売っている
ピーナッツとは、どこが違うだろうか。
「素焼き」の場合は、何も味をつけていないのだ。
だから、素材そのものを味わう食べ物。
ごまかしはきかないので、品質の良し悪しがモロに
出る調理法だ。

食べてみると、素人でもわかることが幾つかある。


①油焼けがしていない。そうなった時の、独特の
臭みがない。

②火の入れ方がやわらかで、一粒ずつ均一。

③粒の大きさが揃っている。

④明るい乳白色をしている。一粒ごとに色が均一。

⑤歯触りが優しく、中国産とは違う食感。

⑥味がまろやかで、自然な甘味がある。

⑦鮮度が良い。


賞味期限は3カ月といったところだ。

美味しいので、千葉・八街へ行った際は、是非、
買ってみてほしい。

「さや付き」もあるが、店主さんのオススメは
「素焼き」だという。


千葉県産千葉半立種落花生
高級電熱加工製品『素焼き落花生』257g、980円
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大平ピーナッツ店
製造販売;大平商店 千葉県八街市八街ほ835-25
TEL; 043-444-0348
FAX; 043-443-8550
a0196876_8152632.jpg

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by bunbun6610 | 2014-08-24 18:30 | 食べ物
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140823-00050014-yom-bus_all



人手不足で中小の倒産増
 …「駆け込みで悪化」

読売新聞 8月23日(土)22時23分配信


 人手不足が原因で倒産する中小企業が増え始めた。
人件費の高騰が負担となっているほか、働き手を確保できずに
経営が行き詰まるケースもある。
少子化で働き手が減る中、景気が上向いて大企業が非正規
社員などを増やしており、中小企業にしわ寄せが来ている。


 ◆工事に遅れ

 「職人を探してあちこちに声をかけたが、全く集まらなかった」。

今年5月、会社の清算を決めて全事業を停止した長野県の
建設会社社長(59)はため息交じりに振り返った。

 人件費や資材費の高騰で昨年末から経営が厳しくなり、
今年3月末までに完工予定だった工場建設工事が職人不足
で1か月遅れ、資金が底をついた。
自己破産手続きの費用さえ手元に残らず、弁護士の助言を
受けながら債権者らと協議を続けている。

 社長は

「消費税の増税前の駆け込み需要は、人手不足を悪化させた
だけだった」

と恨めしげだ。

 東京都北区の中堅建設会社「岩本組」は5月、東京地裁に
民事再生法の適用を申請した。

2012年に受注した同区の中学校の建設工事中に、人件費が
急に上昇した。
区役所に工事費の増額などを求めたが、認められたのはごく
一部。8億円の損失を被り、経営は行き詰まった。
中学校は完工が1か月遅れ、今年4月に新学期が始まっても
校庭がしばらく使えなかった。

最終更新:8月23日(土)22時23分



==============================




やっぱり、消費税増税前の駆け込み需要は“プチバブル”
だったのだろう。
1980年代のバブル経済が与えた国全体への影響は、
決して、いいものではなかったと言われている。
にもかかわらず、アベノミクスがそれを引き起こした、
ということになる。

財政再建のための増税は待ったなしだが、景気回復策を
しないうちに大増税したら、駆け込み需要が生じた。
そうしたサイクルからプチバブルが生じた。
その副作用が、いろいろと顕れはじめた。

増税したというのに、政府は国庫から低所得者などに
対する臨時福祉給付金(※)を支給しなければならなくなった。

(※)
『消費増税対策給付金、忘れずに…子育て世帯など』
〔2014-08-21 19:00〕


こうするしか方法はないのだろうが、やはり矛盾している。
特別福祉給付金では、景気対策にはならない。
少なくとも、順序を間違えた結果だ。

最低賃金と生活保護費との逆転現象は解消しておらず、
決して低所得者優遇ではないのに、

「働かないほうがまし」

が、誰にでもわかる異常社会だ。

「もう、一生、貧乏でいいや」

とさえ思う。

生活保護バッシングをしても、それは

「弱い者が弱い者いじめしているだけ」

に過ぎず、それはやがて自分の首を絞める結果
になる、ということにも気がつかない。
本当に悪いのは、政府と大企業だろう。

アベノミクスは、大企業優遇措置だったのだ。
大企業を優遇することによって、日本経済を蘇生させよう
とした。
しかし、大企業の暴走が止まらなくなったら?



下の情報を見れば、どういう会社が倒産しているのか、
わかる。
結構知名度のある会社も倒産しているので、驚いてしまう。


『NET IB NEWS 倒産情報』
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by bunbun6610 | 2014-08-24 08:37 | 社会

中谷本舗『寿しおにぎり 花』



暑い夏に合う、さっぱりとした寿し飯でつくったおにぎりである。
たっぷり使った海苔にも合うような味付けになっている。

中の具材も個性的。
3種類入っているが、どれもさっぱりと食べられる。
それでいて、ずっしりとしたおにぎりなので、
昔風の懐かしさを感じ、腹いっぱいになる。
値段はそれほど高くないのに、コンビニのおにぎりとは
全然違うのである。


中谷本舗『寿しおにぎり 花』(3個入り 556円〔税込〕)
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by bunbun6610 | 2014-08-22 18:30 | 食べ物