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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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副題;『障害者も、任された仕事は責任を持ってやれ』


6月■日

梅雨の季節。

今日も雨だが、雨嫌いのAさんも珍しく出勤してきた。

私はAグループ、AさんはBグループのサポート業務をしている。
Bグループには朝から仕事が入っていた。
それは、Aさんがいつも嫌がっている仕事だった。
Aさんはまだその仕事に取り掛からず、坐っているだけだった。
Bグループの管理者・E上司も、それを大目に見ていた。


私のほうは、とりあえず、朝の雑用も終わり、
Aグループの管理者・D上司から

「今日の予定は?」

と聞かれたところだった。

「予定がまだ入っていません」

と答えると、D上司はBグループへ行って相談し、
そしてAさんがやるはずだった仕事を、
私に任せることにした。
それでAさんは結局、今日もやることがなくなって、
私の仕事が増えた。

初めのうちは

「なぜ、こうなったのか?」

と不思議に思ったが、よく考えてみると、理由はある。


まず、Aさんは依頼を受けた仕事をすぐにしなかった、
ということ。

そして、いつものことであるが、Aさんは仕事が終わっても
会社に戻らず、そのまま直帰する。
だからAさんに任せていたら、その書類の仕事が、
その日のうちに終わらなくなってしまう、
ということもあるだろう。

そして、最も大きな理由と考えられるのが、顧客の個人情報
を速やかに会社に戻せない、という点だろう。
もし、個人情報を紛失したら、会社としての大問題になる。
この心配をなくすには、やはりAさんより私に任せたほうが
いいに決まっている。

これを読む人への警鐘(けいしょう)として言えることは

「障害者雇用の環境に甘えていると、他の人にどんどん
仕事を取られていってしまうよ」

ということだ。
そんな障害者は、障害者雇用の中ではたくさんいる。


サッカーだって、ボールが来ないからといって、
何もしないでいたら、メンバーから外されて当たり前だ。

仕事も、自分で取りに行くか、仕事が来るように何か
しなくてはならない。
それは、障害のあるなしとは、関係がないのだ。


仕事は途中、土砂降りの雨の中を歩いて、大変だった。
歩道には、川のように雨水が流れていて、
3分も歩いたら靴の中までびしょ濡れになってしまった。
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by bunbun6610 | 2014-06-07 09:44 | 就労後の聴覚障害者問題E
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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「ある月刊誌の取材で、国際福祉機器展の記念コンサートのため来日した
レーナ・マリア・ヨハンソンさんにインタビューした。
彼女は1968年、スウェーデン中南部のハーボという小さな村に生まれた。
出産時から両腕がなく、左足も右足の半分の長さしかなかった。
が、ご両親は彼女を障害児としてではなく、一人の娘として育て、あらゆる
可能性に挑戦する機会を作った。

三歳の時に始めた水泳の腕を磨き、1988年、ソウルで開かれたパラリン
ピックに参加。
そんな彼女の存在はスウェーデン中に知れわたった。
18歳の時には、ストックホルムのアパートで独り暮らしをしながら音楽大学
に通い始め、卒業後、神の御心を伝えるべくプロのゴスペルシンガーとして
の道を歩み出した。

60年代前半、レーナさんと同じように障害をもった子供たちが世界各地で
生まれ、薬害として大きな問題になっていた。
しかし彼女のお母さんは、原因となったサリドマイド剤は服用していなかった。

これまで何度かレーナさんの仕事や生活の様子を、マスコミを通して見聞き
する機会があった。
その中で、

「自分が障害をもっていることを、毎日の生活で意識したことが一度もない」

といった彼女の言葉がよく流されていた。
が、時たま弱音をはくことはあっても、進んでハンディの厄介さと向き合うこと
で、人間として生き生きできると考える私は、マスコミを通過した、
「障害を克服した」風のメッセージを聞くたび、「ほんとかなー」と首をかしげて
いた。

というわけで今回、意地悪な想いをこめて、彼女の人生の中で障害がどんな
意味をもっているのか、質問を繰り返してみた。
そのたび判を押したように彼女の口から出てくる言葉は「神様からの使命」
だった。

敬虔なクリスチャンのレーナさん曰(いわ)く、

「障害をもって生まれたことは、神様が私に与えて下さった大切な使命だと
思います。
この障害をもっていることで、より多くの素晴らしいもの、特権、チャンスを
神から与えられているんです。
従って次に生まれてくる時も、障害をもったまま生まれてきたいと思って
います」

この言葉を聞いて、ときどき「障害の厄介さ」に閉口する私は、彼女のたくましさ
に驚いた。
やはり信じるものをもつ人間の強さだろうか。
その一方で私と似た感情を抱いていることにほっとしもした。

レーナさんの本心に触れ、改めて「障害を乗り越える」美談ばかりを作り出す
日本のマスコミの幼稚さを痛感せざるをえなかった。

そういえば、私も何度となく新聞記者やテレビ関係者から、

「どうやって障害を乗り越えてきたのですか」

と質問された。
私は、そのたびに

「ハイ、お酒と、恋で乗り越えてきました」

と答える。
相手はまず次の言葉を失うのが常である。」
(P40~42)

 ※ レーナ・マリア・ヨハンソンさん〔スウェーデンの障害者・ゴスペルシンガー〕



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by bunbun6610 | 2014-06-06 18:30 | バリア&バリアフリー
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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「一種一級の脳性マヒである私の一番の財産は、どんな状況にも禁じられず、
いきいきした行動力を生み、さまざまな人や出来事にぶつかっていく好奇心
である。
そして、そこから芽生える怒り、知恵は見えない束縛を解き放ち、新しい世界
をつくる原動力となると信じている。」(P32~33)


「東京の劇団で女優をしている友人が、とある障害者施設が主催する絵画展
に出かけた時のことだった。
会場には、その施設で働く、障害をもつ人たちの手による作品が並べられ、
即売も行われていた。
一枚でも多くの絵を売ろうと、案内役の施設職員は一つ一つの作品の素晴らしさ、
芸術性の高さを力説した。

言葉通り、彼女の心をとらえた作品がいくつかあり、なかでも一番目を奪われ
感動した一点を数万円をはたいて買うことにした。
その時、彼女は久しぶりに心が洗われるような絵を自分のものにできて、
とてもウキウキした気分だった。

ところが、代金を払い終わり、案内役から作品を受け取る段になって、

「ご協力ありがとうございました」

と、頭を下げられた。
彼の口ぶりには何のためらいも感じられなかったという。

一瞬にして彼女は、自分が買った絵と彼女自身の感性がおとしめられた
気がして不愉快になった。

「私はなんにも“協力”なんてしてない!
ただ、心を動かされたその作品を自分のものにしたいから買っただけ
なのに・・・」

という怒りにも似た戸惑いが彼女の胸をよぎったのだ。

ついさっきまで、あれほど作品の素晴らしさを力説して売ろうとしていた
職員が、なぜ売買が成立した時点で、募金や慈善事業でもしているよう
な口ぶりに変わるのだろうか?
それではその作品、そのつくり手が、恐ろしく軽んじられてしまう。

もちろん、“ご協力”という言葉を使って頭を下げた職員にしてみれば、
これといった意志をもってしたことではなく、何の気なしに取った行動
だったのだろう。
が、逆にだからこそ彼女は、福祉業界全体に通じる勘違いを察知して
不快感を覚えたのかもしれない。
・・・(中略)・・・
相手から

「お買い上げありがとうございました」

と言われていれば、彼女もいい気分のまますんなりと帰路につけたに
違いない。
芸術作品(感動)を売り買いするというフェアーな関係が生まれたからだ。」
(P33~34)



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by bunbun6610 | 2014-06-05 18:30 | バリア&バリアフリー
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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「歓迎会場は新幹線口の反対の北口にあり、
まっすぐ行くには駅の構内を通ることになる。
その途中で30段ほどの下りの階段がある、
そこに“エスカル”と呼ばれる車イス用の
エスカレーターが設置されていた。
エスカルは既存の階段の隅にレールを取り付け、
車イスを搭載するカタツムリのような形をした
ゴンドラを、そのレールに沿って稼動させる
ものだ。

とはいえ、私たちが目の前にしたエスカルの
ゴンドラは階段の下でレールから外され、
大きなビニールのカバーがかけられていた。
また、稼動させるためのリモコンのコントロール
ボックスにも鍵がかけられ、すぐには使えない
状況になっていた。
社協職員の男性は慣れた様子で50メートル
ぐらい離れた売店に鍵を取りに行った後、
ゴンドラのカバーを外し、コントロールボックス
を開けてエスカルを動かした。

結局、私がゴンドラを使って階段を下りきる
までに7、8分を要した。
もし車イスの人が単独でこの階段にさしかかった
場合、インターホンで連絡を受けた駅員さんが
駆けつけてくれるとのことだが、それにしても
かなりの時間待たされることは容易に想像
できた。
ないよりはあったほうがいいのかもしれないが、
それでは障害をもつ人たちがいつまでも気軽に
使えるものとは言えない。

残念なことに、車イスや歩行器で全国各地を
歩いていると、同じような最新福祉機器の放置
状態にあちらこちらで出くわす。
それだけに、K市のエスカルを前にしても

「なんだ、このことか・・・」

とぐらいにしか思わなかった。」(P30~31)



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by bunbun6610 | 2014-06-04 18:30 | バリア&バリアフリー
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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『不況というリトマス紙』
忘年会、新年会が続く季節でも、ここ何年かは驚くほどに簡単にタクシーが
つかまる。
やはり、戦後最大といわれる不況の影響らしい。
世間ではこの不況による生活の圧迫が盛んに叫ばれているが、歩行器や
車イスを使って異動する私にとって、タクシーがつかまりやすくなったことは、
とても望ましい状況だ。

障害者や妊婦、老人といった、身体に何らかのハンディをもつ人たちが、
階段だらけで、乗り降りにもかなりの時間的制約がある電車やバスを利用
するには、精神的、物理的に想像以上の労力が要求される。
制約に適応できず、不意の事故に巻き込まれる危険性も常に潜んでいる。
とくに、他人の顔だらけの“人の群れ”をかいくぐっていかなければならない
都会では、そうした不便さ、危険性がいっそう増してしまう。

その点、タクシーは乗り降りに階段もなく、ドライバーとの一対一の関係で
あれこれと融通もきく。
時には関係がうまくいかなくて、気まずい思いをすることもあるだろうが、
それでもこちらが車内にちゃんと入っていないのに発進させられる心配は
ほとんどないだろう。

私のそんな事情をあまりよく知らない人たちは、タクシーを使ったというと、
冗談めかして「リッチな人はいいわね・・・」、「さすが、作家先生はスゴイ!」
などと皮肉な眼差しを向ける。
悪気はないとわかっていても、そう言われるとつい、心の中でその相手を
にらみつけてしまう。

電車、バスが自由に使えない現状にある人にとって、タクシーは必要不可欠
な交通手段なのである。
決してぜいたくな乗り物ではない。
だから、障害の程度に応じて、料金の一部を補助する自治体も増えている。

そうはいってもドライバーによっては、歩行器や車イスを見ただけで乗車拒否
する人がいまだ相当数いることも事実である。

バブル景気が全盛だった数年前の暮れのこと。
私は仲間との忘年会を終え、友人と二人して新宿駅東口のタクシー乗り場
で順番を待つ長蛇の列に並んだ。
ところが、タクシーはポツリポツリとしか現われず、いたずらに時間だけが
過ぎていった。

アルコールの酔いも醒め、すっかり体が冷え切ってクシャミが止まらなくなり
だしたころ、ようやく、私たちの前にいた三人組がタクシーに乗り込んだ。
列に並びはじめてからその時点で、ゆうに一時間以上は経過していたと思う。
とりあえず、

「あと一台来れば、この寒さから解放される!」

という思いが駆けめぐり、私たちは顔を見合わせてニッコリした。
が、肝心のあと一台が現われるまで、結局また20分ぐらい待たなければ
ならなかった。
そして、20分後にも悲劇の幕は閉じなかった。

ターミナルの入口にようやく次の一台が見えると、友人は車道に降り、
ドライバーに私の歩行器をトランクに入れてもらおうと身構えた。
友人の合図に気がつくと、車はスピードを落としながらこちらに近づいてきた。
ドライバーの視界に歩行器姿の私が映った瞬間、タクシーは急にまた
スピードを速め、逃げ去るようにして私たちの前を通り過ぎていってしまった
のだ。

「ちょっとアンタ! 一時間半も順番を待っていたのに、どうして止まらない
んだよ?」

激怒した友人はそう叫んで、タクシーの後を、3、40メートル追いかけたが、
無論、彼の声はドライバーに届くはずもなかった。
恐らくドライバーは、年末のかき入れ時にトランクの開け閉めなど余計な
手間がかかる私を乗せるより、別の場所で他の客を拾ったほうが効率的
だと考えたのだろう。
実際、その日はどこへ行ってもタクシーに手を上げる人たちが右往左往
していた。

昨年の暮れ、夕方の6時過ぎに仕事関係の知人と二人で渋谷のタクシー
乗り場に並んだ。
並んだといっても、その場の順番待ちは私たちを含めて三組しかおらず、
一方、タクシーは20台以上が列をなして客待ちしていた。
完全な買い手市場のためか、順番がまわってきたドライバーは歩行器に
ぶらさがった私を見ると、さっと車から飛び出し、トランクを開けてくれた。
おかげで、5分もしないうちに車に乗り込むことができた。

走行中、新宿駅でのあの忌まわしい一件を思い出しながら、知人に

「最近は暮れでもタクシーがつかまりやすくて助かるよ」

と話していると、下町育ち風の40歳前後のドライバーがこう口をはさんだ。

「そうなんだよ・・・この不況でめっきり客足が減って、昔みたいにこっちが
客を選り好みしている場合じゃないからね。
客があふれていたバブルの頃は、もしかしたらおれだって、お客さんみたい
な人は乗車拒否していたかもしれないよ」

正直すぎる言葉に、一瞬度肝を抜かれ、知人と苦笑した。
それからしばらく、窓の外の景色を眺めているうちに、不況による就職難
のあおりで、これまで人気がなかった福祉関係の職場に求人を探す学生
が殺到しているという新聞記事を思い出し、また一人で苦笑した。

どちらも手放しで喜べることではないが、余計な金、余計な価値観がそぎ
落とされる現状にいたって、やっと本当に必要なもの、やらなければならない
ことが浮かび上がってきたような気がする。

もし逆に、経済の停滞を理由にして、市民の生活を支える人材や予算を
切り捨てる事態に至ったら、それはまさしく私たちの国の俗悪さを証明して
しまうことになる。
だから、不況は日本の資質を試すリトマス紙なのだ。」(P18~21)



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by bunbun6610 | 2014-06-03 18:30 | バリア&バリアフリー
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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『言葉を目で見る』
人いきれと電車の揺れに今にも倒れそうな歩行器を、息を弾ませながら
両手両足で羽交い絞めするように支えていた。
それを見て、私の目の前の吊り革につかまって立っていた中年男性が
身体をこちらへ屈(かが)ませ

「大丈夫ですか? どこで降りるんですか?」

と、声をかけてきた。
私はほほ笑みを浮かべて

「吉祥寺です」

と答えた。
が、案の定その言語障害まじりの言葉は聞き取ってもらえなかった。
男性は申しわけなさそうな声で

「悪いけど分からないなあ」

と言った。
その時だった。
男性の斜め後ろで

「キチジョージですよね・・・」

と、確かめるように尋ねるかん高い声がした。
私は反射的に

「はい、そうです」

と勢いよく答えた。
言葉の理解者の出現に、瞬間

「あーよかった」

と肩の力が抜けた。
目の前の男性も

「そうか、吉祥寺だったのか――」

とうなずいた。
そして二人して声の方向へ視線を向けると、そこには補聴器をつけた
30歳前後の男の人が立っていた。
補聴器の彼の、言葉を見る“目”の確かさに感心して、思わず

「なるほどなあ」

とつぶやいた。
一方、私の言葉を聞き取れなかったあの男性は、不思議そうに

「彼、あなたの言葉がちゃんと聞こえたのかな?」

と、首をひねった。

おそらく、私の声が補聴器の彼の耳にはっきり届いたわけではなかった
はずだ。
だが、彼はとっさに私の言葉の意味を理解してくれた。
それは、彼がこちらの口の動きを見て、言わんとしている内容を読み
取ったのに他ならなかった。

聴覚障害と向き合って生活している彼にとって、日ごろから音声による
情報収集は皆無に近いのではないか。
それだけに、目で相手の言葉を読み取るコミュニケーション方法は、
欠くことのできない生きるための術になっているのだろう。
余計な時間がかかると思われがちなそのコミュニケーション法だが、
騒音や、言語障害などで声(言葉)によるやりとりが難しい場合、
お互い気持ちをつなぐとても有効な手段となる。

もとより、言葉で思いや真実を伝えようとするとき、その言葉を発した
だけで人の心に届くかというと、それほどなまやさしいものではない。
補聴器の彼や、私のように、言葉が自由自在に使えない人間は、
かえってそれが実感でき、何としてもこちらの意志を相手に伝えようと
する意欲が沸きあがる。
そこに相手を思いやる心も自然に満ちてくる。」(P11~13)



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〔関連記事〕

『聞き取れなくても会話ができる - 聴覚障害者の読話力と推測力』
〔2014-03-27 19:30〕

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by bunbun6610 | 2014-06-02 18:30 | バリア&バリアフリー
6月1日(日)[Eテレ] 午後7時30分~7時45分放送
(後編) 横手奈都紀選手― 波乗りのプロとして ―ボディーボーダー
[再放送] 2014年6月6日(金) [Eテレ] 午前11時45分~



番組ダイジェスト


後編は、横手選手の普段の生活と、年間7試合行われる
というプロツアーのうちの第一戦、新島での試合模様だ。


試合はトーナメント戦で、一試合20分で決まる。

試合中、大会本部のほうから、音声で途中採点以外にも、
何か伝えられる場面があった。


アナウンス;「ゼッケン・イエロー  横手奈都紀選手
レギュラー方向へ。
この波は前が崩れ落ちてしまいます」



これは

「今攻めている波は良くないようだから、位置を変えたほうがいい」

という意味なのだろう。

試合を左右する大事な情報だというのに、横手選手には、
この音声情報が聞こえない。
どんな名選手であっても、いい波に乗れなかったら、
いい技を出すことは難しくなる。

試合後、横手選手は

「波選びがよくなかったようだ」

というふうに話しているが、それは大会本部側が試合中
に、横手選手に音声で呼びかけていたことだった。

ボディサーフィンのことはわからないけれども、
大会本部は波のコンディションとかも音声で、
試合中の選手側に伝えているということなのだろう。

本来は、差別の意味ではなくて、ギャラリーも選手も
最大限に満足するため、参加選手に最高のパフォーマンス
を出してほしい、という配慮からだと思われる。

しかし、横手選手には、その音声情報がわからない。
この不利は大きい、と思う。
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by bunbun6610 | 2014-06-01 22:36 | 聴覚障害
『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)




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『バリアクラッシュ』
アメリカのバークレーに留学していたころ、現地で生まれ育った友人と
映画館に出かけた。
バークレーでは、公の施設にスロープやエレベーターを設置することが
法律で義務づけられているのに、なぜかその映画館の入り口には5、
6段の階段しかなく、車イス利用者のための配慮が見当たらなかった。

友人は

「ここは法律に違反しているし、ほかの所へ行こう」

と言ったが、私が観たい映画はそこでしか上映されていなかった。
にもかかわらず、友人はむりやり車イスの向きを変えて外へ出て行こう
とした。
私はとっさに車イスから飛び降り、階段を這い上がって

「ボクはここでやっている映画が観たいんだ」

と、奇声を上げた。
観たい映画を観るための“バリアクラッシュ”を怠ろうとした友人に、
怒りを放ったのだ。

バリアフリーは、決して継続的な状態ではない。
ある時点で障壁がとりはらわれたと思っても、一人ひとりの障害程度、
生活環境や時代の変化とともに、否応なく次なるバリアが頭をもたげる
に違いない。
だからそのたびに、出くわした障壁を時に根気よく、時にしたたかに
“バリアクラッシュ”していく情熱と知恵の連帯が必要になる。
それこそ、自分自身が楽しめる本当の意味でのバリアフリーをつくり
出す源でもあるのだから。」(P9~10)



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by bunbun6610 | 2014-06-01 18:30 | バリア&バリアフリー