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蒼穹 -そうきゅう-

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ユニクロの障害者差別問題 当ブログ記事ランキングで連続一位!!


「氷山の一角か?(※1)
それならば、あちこちのユニクロ店舗で働いている
健常者社員が、みんな障害者差別をやっているのだろうか?」

そんな疑いまで出ているかもしれない。
健常者も、そんな状態で働くのは辛いだろう。

会社が人格的欠陥のある健常者を放置しているのか?
それとも、会社に責任があるのだろうか?

いずれにしても、裁判になれば、会社責任として
問われることになりそうだ。(※2)
一人の行為でも、それは会社全体に響いてしまうわけだ。


(※1)
>「となれば、今回取材したユニクロの障害者は、
職場でいじめやハラスメントに遭っている人達の
氷山の一角である可能性もある。
じつはユニクロ自身、こうした事例を数年前から
把握していたふしがある。
ユニクロが2008年に作成した『倫理観向上研修』
と題した内部資料がある。
そこには、石尾さんと同じような障害者に関する
トラブルが、すでに数年前から同社内で認識されて
いた実態が記されている。・・・」(36ページ)




(※2)〔参考情報〕

『聴覚障害者が“聴覚障害者差別(労働問題)裁判”を起こす難しさ』
〔2014-04-03 18:30〕




佐村河内氏事件のときも、聴覚障害者は職場などで言われた。

「本当は聞こえるんじゃないの?」

と。

誰だって、そんなことを言われると嫌なはずだ。
だからこそ、一人ひとりが、周りの人の気持ちも理解して
ほしいものだ。



『ユニクロの障害者雇用いじめ・パワハラ問題について』
〔2014-04-27 18:30〕



ユニクロのような“辞めさせ工作”に遭ってしまった人は、
下の記事も是非、参考に。

『「休業手当の請求の仕方」 - ブラック企業からの自己防衛知識』
〔2014-05-07 18:30〕

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by bunbun6610 | 2014-05-10 23:47 | ブラック企業と障害者雇用

『麺処 鳴声』

『麺処 鳴声』

アレアレア立川みなみ ラーメンスクエア

少し辛味のあるスープなので、魚介の風味はあまり感じられないが、
何となく、トムヤムクンのような趣がある。
おそらく、海老とトマトを使っている、と思う。

麺も、普通のラーメンのものとは違う形、食感だ。

テーブルに2種類の山椒があるので、
お好みで入れて食べるとよい。


『ブイヤベースde坦々麺(全部のせ)』(1150円)
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by bunbun6610 | 2014-05-10 19:30 | 食べ物(ラーメン編)

「なぜ聴覚障害者版サムハルをつくったほうがよいのか?」

それは、いろいろな答えがある。



〔関連記事〕

『「日本版サムハル」と「聴覚障害者版サムハル」』
〔2014-05-09 18:30〕




財団法人全日本ろうあ連盟出版局の『手話教室 入門』
(1999年3月15日初版発行)には、次の記述がある。

「身体障害者の雇用についての法律は1960年、
身体障害者雇用促進法の制度があります。
しかし、積極的に障害者を雇用する企業もあれば、
義務ではないので我関せずという企業もありました。

そこで1976年にはこの法律を義務付けます。
守らない所は納付金を納める事になったのです。

この為、多くの企業が特に新しく設備を作る必要の
ない聴覚障害者を積極的に雇用し始めます。
しかし、しばらくすると聴覚障害者雇用の難しさに
気付き始めます。」



これを読んで理解すべきだと思うことは、たくさんある。


①企業は聴覚障害者も含めた障害者雇用については、
消極的である。

②企業は、聴覚障害者の特性を理解しておらず、
したがって活用もできていない。

③企業には、聴覚障害者の訓練養成ができるノウハウ
が全くない。やる気もない。

④単に障害者雇用助成金が丸々と企業のものになるから
と言って、安易な雇い入れ、雇い止めを繰り返している。


では、もしも聴覚障害者が経営者として聴覚障害者版
サムハルを立ち上げ、自分たちで聴覚障害者を雇い、
国からの助成金も受けて活用し、サムハルのような
システムをマネして経営したら、どうなるだろうか。

そこで聴覚障害者を戦力になるまで育成し、
社会に次々と送り出していったらどうだろうか。
画期的なことではないか。

例えば、将来は独立することも可能なパティシエを
養成する聴覚障害者版サムハルをつくるとする。
助成金を受給できる期間は2年間と定められている。
重度聴覚障害者を雇い入れた場合、一人につき、
最大で240万円の雇用助成金が受給できる。
それを運転資金にして事業をしながら、聴覚障害者
パティシエを2年という期間限定で育てる。
その後は、自主退職してもらう。
そして、また新たな入門希望者を雇うことにする。

この繰り返しで、何人もの聴覚障害者パティシエを
育てて、社会に送り出していくことができるのでは
ないだろうか。

ただ、この方法は、多くの企業もやっているとはいえ、
道義的に良くないのでは、という見方もあるだろう。

しかし、それでも、この方法は聴覚障害者にも、
そして中小企業にも、大きなプラスになるはずだ。
中小企業は、聴覚障害者を雇いたくても、育てるだけ
の体力がないのが現状なので、そこを聴覚障害者版
サムハルでフォローすれば、即戦力になるまで育てた
卒業者を、雇ってくれるに違いない。

2年経ったら、新たな助成金の獲得のために、育てた
人を辞めさせなくてはならないが、それはスウェーデン
のサムハルだって同じだ。
やるほうには、そんなリスクがあるが

「それでもいいから、真剣に修行がしたい」

と思っている聴覚障害者には、朗報だろう。

しかし、外部の人はそうは思わない。
こうした事業はやはり、批判的に見られることは確実だ。

仮に、2年で聴覚障害者版サムハルを卒業させて、
その後は一般の洋菓子店や工場などへ再就職斡旋を
するなど、最後まで責任を持って面倒を見てやる。
としても、それが完全保証できるわけではないだろう。

そこで、やってみても結局、人が思うように集まらない、
回らない、という悪循環に陥ってしまう可能性が高い。
ろう者に限定するという点も、なおさら困難を極めた
経営になることは目に見えている。

そこで、何人かの優秀な人は聴覚障害者版サムハル
へ残して、利益を出す社員として継続雇用し、他は
研修社員というような形で原則2年間雇用する、
という方法が現実的だろう。

ただ、こうなってくると、手話通訳者兼社会保険労務士
の資格を持つ人がいたほうがいいかもしれない。


例えば、イスラム圏の外国人だって日本国内に、
自分たちのコミュニティー、ハラール・ショップなど
をつくって、自由にそこへ集まり、自分たちの商売に
必要な輸入食材を買ったり、仕事や生活に必要な情報
を得たりしている。
同じイスラム圏の同業者、異業者とのネットワーク
もつくって、徐々に広がりを見せている。

そういったコミュニティーを、ろう者でもやることは
できるはずだ。
ただ言語が違うだけのことなのだから、できるはずだ。

後は、日本の法律をうまく守ってやればいいだけの
ことである。
そのコミュニティーができてくれば、聴覚障害者版
サムハルを卒業したろう者の再就職問題も、
自然に解決していくのではないだろうか。
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by bunbun6610 | 2014-05-09 19:00 | 聴覚障害者版サムハル


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140507-00000140-jij-pol


細川・小泉元首相が脱原発法人
 =再稼働阻止狙う


時事通信 5月7日(水)20時31分配信

 細川護熙、小泉純一郎両元首相らは7日夜、脱原発運動の核
となる一般社団法人「自然エネルギー推進会議」の設立総会を
東京都内で開いた。

両氏は2月の都知事選での共闘を国民的運動に発展させ、
原発再稼働や輸出に反対していく方針を確認。
著名文化人らと連帯して活動を本格化させた。

 代表理事に就任した細川氏はあいさつで、安倍政権が原発を
「重要なベースロード電源」と位置付けた新エネルギー基本計画
を閣議決定したことに関し、

「事故に対する反省も教訓もなしに、再稼働の方針を打ち出した
のはとんでもないことだ」

と厳しく批判。
海外輸出についても

「道義を重んじるわが国の姿勢として容認できない」

と強調した。

 これに続き、小泉氏も

「原発は安全ではないし、金食い虫だ。
強引に(再稼働を)進めようとする気が知れない」

と指摘。

「(知事選の)敗北にくじけないところが細川氏と私のいいところだ。
死ぬまで頑張らなければならない」

と気勢を上げた。

 同会議の発起人には両元首相の他、哲学者の梅原猛氏、
俳優の菅原文太氏、作家の瀬戸内寂聴氏、日本文学者の
ドナルド・キーン氏らが名を連ねた。

同会議は今後、福島や新潟などの原発立地地域で対話集会
を開くほか、電力・エネルギー政策で提言も行う。

 細川氏は都知事選に出馬したが、同様に脱原発を唱えた
他候補と競合し、得票3位で落選した。

7月の滋賀県知事選や今年秋の福島県知事選などへの対応
について、細川氏は総会後、記者団に

「直接的には関与しない」

と表明。
小泉氏も

「選挙になると権力闘争も出てくる。
原発ゼロの国民運動にしぼる」

と語った。



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【関連記事】

『トップがやらなければできない、トップにしかできない決断とは』
〔2013-11-30 18:00〕




『小泉元首相会見>「原発拒否」再燃警戒 政府・自民苦悩』
〔2013-11-13 18:00〕




『風知草:小泉純一郎の「原発ゼロ」=山田孝男』
〔2013-10-31 18:30〕

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by bunbun6610 | 2014-05-08 00:26 | 原発問題

ブラック企業から自分を守るための法律知識

『休業手当の請求の仕方』



『ユニクロ「障がい者」社員いじめ・パワハラを告発する!』
〔週刊文春 2014/05/01日号(2014/4/24 発売)〕



「だが昨年6月以降、石尾さんはユニクロに在籍しながら、
店舗のシフトから外されたため働けず、給与も支払われていない。
そんな状態が一年近くも続いている。
いったいなぜなのか?

12年3月にN店長が来てから仕事の内容が大変になり、
いじめもうけるようになりました。
N店長や後任のM店長からは何度も

『次の更新はないからな』

『次の仕事は探しているのか』

などと言われるようになり、とても嫌な思いをしました。
(石尾さん)」(32~33ページ)


これは石尾さんにとって、会社責任の休業状態と見て間違いない。


『ユニクロの障害者雇用いじめ・パワハラ問題について』
〔2014-04-27 18:30〕



私は過去に、ある会社で自分の責任で事件を起こしたことがあり、
それで自宅待機命令を受けた。

そこで労働基準監督署に行って

「これは、何のための自宅待機命令(メール文)なのか?」

「もし給料が出ないまま、こんな状態が続いたらたまらない」

ということについて、相談した。
すると

「会社の意図はわからない。
しかし、それでも、会社側に休業手当を支払う義務がある。
法律は正規、非正規雇用も関係なく、適用される。
まず、自分で会社に請求してみてください。
それでも、会社が対応しなかったら、またここに来て報告
してください」

と労働基準監督署に言われた。
障害者が職場で事件を起こしたことと、会社の休業手当不払い
の件は、別問題なのだ。

会社が「即時解雇」でもしていない限り、会社には「休業手当」の
支払い義務が生じる。

その件で会社は相当悩んだ末、「諭旨解雇」とする旨の通知を
出した。
私は、その「自主退職の要請」に応じた。
そして『退職願』の日付(諭旨解雇に応じた日)までの
休業手当をもらって、辞めることにした。


ユニクロは賃金支払いの実態のない“障害者の水増し雇用”
で障害者雇用率をアップさせ、助成金をもらっている、
ということになるだろう。

この問題が表に出たことにより、ハローワークや大元の
厚生労働省は、どう対応するのだろうか。

もし裁判になれば、ユニクロの負けは必至なので、
ユニクロは和解に持ち込むだろう。


さて、表題の「休業手当はどうやって請求するのか」だが、
会社に伝える前に、労働基準監督署へ相談しておくと良い。
このときの相談内容は、監督署のほうでも記録される。
聴覚障害者は通訳者も同行させておくとよいが、
自分も相談した内容を記録しておくとよい。
その会社の管轄地の監督署に行くこと。
それを会社に伝えれば、会社も真剣な対応になる。

この事前相談で持って行く書類は、次の通りである。

・『雇用契約書』
 (一番大事な書類です。
会社の調印があることが望ましいと思う。
もしもらっていなかったら、トラブルが起きてしまう前に、
これだけは必ずもらっておくこと。
ハローワークの求人票は契約書ではないので、不可)

・『雇用条件等明示書』
 (労働契約の具体的な内容がかかれたもので、
雇用契約書に書いてあれば、これは必要ない)

・『タイムカード』などの勤務時間表や『給与明細書』
 (過去、現在の勤務実態の証明や、休業手当の計算にも必要。
いざという場合に備えて、コピーを取っておけば万全)

・『自宅待機命令書』や携帯電話、パソコンの電子メール文など
会社の指示であることを証明できるもの。

・『自宅待機命令書』や『通知書』など。
その他、本件に関係あるもので、会社から渡された命令書等が
ある場合は、それも持参すること。


この件について会社に、自分で伝えても相手にされないような場合は、
監督署から会社に電話で「勧告」を出してもらうこともできる。
なので、会社の人事部の電話番号も念のため、必要だ。

石尾さんのケースでは、一年近くの休業手当分が
もらえるのかどうかはわからないが、

「自宅待機命令でも給料は払わなくてはいけない。
時効はない」

というのが原則である、と思う。

詳細は、地域の法律相談所(弁護士)に相談してもよい。
障害者問題に詳しい弁護士のいる、障害者福祉会館等の
法律相談所もよいだろう。


ただし、休業手当の場合は、額面は100%もらえるわけではない。
会社は6割以上の額を支払えばよい、というわけだから
「6割までしか支払われない」と思ったほうがいいと思う。

休業手当の算出方法については、下記の通り。

http://heartrock-noma.com/contents_135.html


http://math.meikoz.info/rest/


なお、もしもユニクロが「石尾さんを即時解雇する」と言って
いたならば、その場合は直ちに「解雇予告手当」を
支払っていなければならない。
つまり、これも守っていない、違法な解雇ということになる。
これも、労働基準監督署の指導を受けて、請求できる。

ブラック企業ではよくある「辞めさせ方」なので、覚えておいた
ほうがいいだろう。


勿論、会社を辞める気がないのならば、それは言わなくていい。
監督署もそう指導している。
会社の要求がおかしいと思うのならば、
訴訟をしてもよい。
ただ、非正規雇用者の場合は、
訴訟で休んでしまった分の給料は支払われないので、
そこがかなり痛いところだ。
初めから、そこにつけこんできだ会社の策略だろう。
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by bunbun6610 | 2014-05-07 18:30 | ブラック企業と障害者雇用

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




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『マーク=トウェーン(本名はサムエル=ラングホーン=クレメンス)の思い出』
(P176~190)
「クレメンスさんは、いつもわたしの心に愛と勇気をえがき、わたしに
生きがいをかんじさせてくださいました。
あるとき、手におえないおせっかいのピーター=ダンが、こんなことを
いいました。
『ヘレン=ケラーさんは、日中だってなにも見えるじゃないし、夜は夜で、
昼とちっともかわらないときちゃ、じっさいつまんないだろうな。』
すると、クレメンスさんは、
『ばかなことをいうもんじゃない。
目が見えないってことも、なかなかおもしろいものなんだぞ。
そうじゃないと思うなら、ためしてみるがいい。
じぶんの家が火事になったくらい晩に、ベッドからかべぎわのほうへ
おりて、
戸口ににげようとしてみたまえ。』
とおっしゃいました。
このひとことで、ピーター=ダンはだまってしまいました。
クレメンスさんは、じぶんをいつも皮肉やだといっておられました。
でも、いわゆる皮肉やさんのように、卑劣な、見て見ぬふりをするよう
なことは、けっしてありませんでした。
よくこんなことをおっしゃいました。
『ヘレンさん、この世の中には、うつろで、どんよりとした、たましいの
ぬけた、なんにも見えない目というものもあるんですよ・・・。』
わるいということがわかっていながら、だまっているような人を見ると、
クレメンスさんは、もうがまんがならないようなかたでした。」
(P178~179)


「わたしがクレメンスさんのお話を、サリバン先生に手に書いてもらって
いるのを見つけると、さっそく、
『先生、先生は、ヘレンの左の手に書いてでも教えることができるのですか。』
などと、子どものようなことをおっしゃるのです。
また、わたしの感覚をためすために、そっとへやをぬけだして、となりの
へやにある自動オルガンを鳴らしたりなさいました。
そして、また足音をしのばせてへやにもどり、じっと、わたしがそれをかんじる
かどうか、見ておられるのでした。
サリバン先生は、クレメンスさんのそのかっこうがおかしくて、わらいをこらえる
のに苦労したと、あとで説明してくださいました。
ゆかがタイルだったものですから、空気をとおしてつたわる音はわかりません
でした。
しかし、オルガンのうつくしい和音の震動は、ときどきテーブルをとおして
かんじることができました。
クレメンスさんは、それを見ると、ほっとしたように、また食卓におつきになる
のでした。
あくる日は、わたしたちを、たのしいさんぽにつれていってくださいました。
そして、その夜は、ごじぶんの書かれた作品を、わざわざじぶんで読んで、
わたしにきかせてくださいました。
なにもかも、うれしいことばかりでした。
そして、さりげなくおっしゃったお話、大まじめになさるじょうだん、どれもこれも、
わたしの心をゆたかにしてくれました。
クレメンスさんは、目の見えない、耳のきこえないわたしがそこにいるという
ことなど、まったく気がつかないというようにふるまいながら、それでいて、
ひじょうにこまかく、わたしのことを考えていてくださるのでした。
わたしには、それがよくわかりました。
そんな友情をかんじるときほど、幸福なことはありませんでした。」
(P188~189)

『わたしのすすむべき道』(P190~199)

「しかし、もっとかなしいこともありました。
それは、あのパーキンズ学院の院長でおられた、アナグノス先生のことです。
それはまだわたしが少女のころのことですが、アナグノス先生は、
サリバン先生とわたしを、学院にひきとってくださろうとなさったことがありました。
これに反対なさったのは、サリバン先生でした。
先生は、わたしが一つの学校の内部でだけ生活するということは、
私の教育のさまたげになると、お考えになったのです。
身体障害者というものは、もし、ふつうの環境においておくことができるならば、
そのほうが、かれらだけの生活をさせておくよりは、はるかによいのだ――
これがサリバン先生のお考えでした。
いろいろないきさつから、もしわたしが、あのときにあのまま、学院の中でくらす
ようになっていたら、いまごろもっと幸福になっていたかもしれないと、
考えないでもありません。
なぜなら、学院では、だれもがゆびで話をするのですから、なんの不自由も
かんじなかったでしょう。
それに、わたしは目の見えない子どもがとてもすきなのです。
それに、わたしはアナグノス先生に、おとうさんのようにしたしんでいました。
そして、サリバン先生を、わたしのところへおつれしてくださったのが、
アナグノス先生だったのですから。
しかし、わたしたちは、学院をさりました。
アナグノス先生は、そのとき、「サリバンは恩知らずだ。」と、おいかりに
なりました。
しかし、もしまだ先生がこの世においでになりましたら、あのときのサリバン
先生のなさったことが、けっきょくただしかったのだということを、わかって
いただけたと思います。
わたしの一生をひきうけようとなさった人々の中には、まるでわたしを主役に
した劇を、わたしが考えだしたかのようにしくみ、それがうまくいかないばかりに、
すっかりめんぼくをつぶされるようなかたもありました。
ルーマニアの美しい王妃さまがそうでした。
王妃は国じゅうの盲人を一つのところにあつめて、たのしいホームと仕事を
あたえようと計画されたのです。
それは、「光の炉(ろ)べ」という、うつくしい名前の町になることになって
いました。
その仕事をわたしにてつだえといってこられたのです。
その計画は、たいそうりっぱなものです。
しかし、盲人を独立させるための仕事ではありません。
わたしは、おてつだいできませんと、返事をだしました。
王妃はたいそうおいかりになり、わたしが、じぶんの利益しか考えない女
のようにお考えになったようです。
それきり、文通もとだえてしまいました。
わたしはいま、わたしにあれこれさしでがましいことをけっしてなさらなかった
かたがたに、心から感謝したいと思うのです。
ふしぎなようですが、そういうかたがたにかぎって、ほんとうにわたしをたすけ、
わたしをよろこばせてくださったのです。
ベル博士も、マーク=トウェーン氏もそうでした。サリバン先生はもちろん、
母もロジャース氏も、みんなそうです。
そしていつも、わたしの仕事はわたしがじぶんでえらべるようにしておいて
くださいました。
わたしは、じぶんのすすむべき道にまようとき、いつも常緑樹の林にいくのです。
夜のあいだ霜にいためつけられた花や葉が、朝になるとまた身じまいをただして、
りりしく大空を見あげています。
それを見ると、わたしは心をうたれるのです。
また、そんな林をあるいていると、いつも、くらい土の中で、せっせと苦労している
根の歌をきくような気がするのです。
根というものは、じぶんのさかせたうつくしい花を、けっして見ることはできない
運命にあるのです。」(P196~199)



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by bunbun6610 | 2014-05-05 20:00 | 聴覚障害

http://thepage.jp/detail/20140318-00000004-wordleaf


「非正規雇用」もストライキができるの?
 /早稲田塾講師 坂東太郎の
 よくわかる時事用語


春闘で大手企業のベア回答が相次ぐ一方、非正規雇用で働く人は
1年で133万人増えたとの報道がありました。
正社員と非正規は待遇面の格差がしばしば指摘されます。
労働者が条件面の改善などを要求する手段の一つにストライキが
あります。
働かないで抗議することです。
非正規雇用でもストライキをすることはできるのでしょうか。

「勤労者」なら誰にでも認められた権利
 答えはイエス。もちろんできます。日本国憲法第は28条で

「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする
権利は、これを保障する」

と労働三権を明記し、ストライキ(「仕事をしない」という手段で
抵抗する)は

「その他の団体行動をする権利」

にあたり「勤労者」であれば正社員であろうと非正規雇用で
あろうと有しているのです。

 とはいえ、いきなり1人でスト突入というのは会社側も意味が
わからないし、効果も薄いでしょう。
たいていの場合は28条の順に「団結」「団体交渉」を経て不調
に終わった際に行います。

 団結権とは具体的に労働組合の結成を指します。
憲法に基づいて労働組合法という法律が権利を保障します。
正社員でも経営陣と1対1で戦うのは不利。
何しろ給料をもらっているという前提があるので。
そこで労働者が集う組合で対抗します。
経営陣はその結成や活動を妨害してはなりません。

 非正規雇用の場合は、自分の務めている会社に組合が
なかったり、あっても正社員限定である場合は今は1人でも
入れる産業を問わない組合があるので加入するといい
でしょう。
会社の組合が非正規にも門戸を開いている場合はそちらの
方が確実です。

「雇止め」の例で考えてみると…
 団結する理由は何らかの労働条件を守ったり、よりよく
するのが目的です。
非正規雇用に多い「雇止め」を例に考えてみましょう。
有期雇用契約が終了した際に

「もう君とは契約を更新しない」

といわれるケースです。

ちなみに契約期間中の中途解約は労働契約法という
法律が

「やむを得ざる事由があるとき」(重い病気など)

しか認めません。
したがって一挙に裁判へ持ち込んでも勝てる可能性大
なのですが、一般人には大変な労苦がかかるので、
やはり組合に駆け込む方が賢明です。

 雇止めをやめろ、つまり有期雇用の更新をせよという
要求をするのが憲法にある「団体交渉」です。
期間満了でサヨナラされるのは当たり前と思っている人
も多いでしょう。

しかし労働契約法は当たり前のように有期契約を更新
し続けて無期雇用と実態が変わらなかったり、当然更新
されるものと非正規雇用者が期待する合理的な理由が
ある場合は雇止めを止められます。

団体交渉の場では経営側が「期待する合理的な理由
がない」組合側が「ある」でぶつかり合うでしょう。

なお経営側は団体交渉を拒否できません。
これも労働組合法に定めがあります。

団体交渉、斡旋・調停で折り合えなかったら…
 ここで何らかの折り合いがつけばいいのですが平行線
をたどった場合は団体交渉を繰り返します。
組合側が「こりゃダメだ」と思ったらだいたい都道府県
労働委員会へ斡旋や調停などを申請します。
労働委員会は組合推薦の労働者委員、経営者推薦の
使用者委員および労働者委員と使用者委員の2者が
同意して任命される公益委員の3者で構成されます。
斡旋でかなりの確率で歩み寄る事例が多いようです。

 それでもダメな場合にストライキを打つのが通常です。
ストは労働関係調整法に定めがあり、この間も労働委員会
が調整を続けて解決に向かおうとします。

先に述べた斡旋や調停も労働関係調整法にありようが
記載されています。
つまりストに突入しても多くは団体交渉を並行して進め、
労働委員会が介在します。

ストライキを打つメリットは
 ストを打つ労働者側最大のメリットは、団体交渉のように
密室ではなく、公然と反旗を翻して社会にその理不尽を
訴えられる点でしょう。
マスコミが報道しなくても今はネットで容易に主張を述べら
れます。
ある企業を検索した際に

「雇止め不当!○○社は理不尽な決定を今すぐ取り消せ」

などという見出しとともに組合員(1人で入れる組合も大勢
来てくれます)が本社前で戦っている写真など掲載されたら
経営陣もかなりのダメージを受けるでしょう。

 「勤労者」であれば誰でもストをする権利はあります。
それは憲法が保障した権利で駄々をこねるのとはまったく
違います。
しかし主張に整合性がなかったり、きちんとした手順を踏ま
ないと「駄々」と思われる危険性があります。
ストをしたからクビになることもありません。
権利を行使しているだけで、ストを理由に解雇などしたら
ズバリ違法となります。

 ただ非正規が正社員に比べて立場が弱いのも事実。
雇止めのケースだと紛争中は給料がもらえないし、職場
復帰を訴えているのだから転職もできません。
これがサービス残業や著しく悪い労働環境是正のために
ストまで打つとなると、それこそ次に雇止めされかねない
との心理的圧力がかかってためらうでしょう。
また徹底的に戦っても職場復帰まで勝ち取れるのは今の
ところ多くなく、金銭解決が目立ちます。
長期化すれば1年・2年とかかり、その間の出費もバカに
なりません。
したがって非正規雇用者に労働三権はあるものの実態
として空文化しているとみなし、さらなる法改正を求める
声もあるのです。

 ちなみに公務員にはスト権がありません。
最近増加している「非正規公務員」はどうかという難問
が残っています。


■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て
現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定
協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。

著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』
など。

【早稲田塾公式サイト】



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一人しかいない聴覚障害者で、ストライキはどうせ無理だ。
とはいえ

>「非正規雇用者に労働三権はあるものの実態として
空文化しているとみなし、さらなる法改正を求める声も
あるのです。」


この言葉には重みがある。

障害者雇用には、非正規雇用が多い。
障害者の数は圧倒的に少なく、
その割りに合理的配慮の問題までもが

「予算の問題もあるので」

という理由を言われ、結果的に障害者の声が
反映されにくくなってしまっている、という現実
がある。
障害者の持っている権利そのものが、
健常者とは対等ではないというふうなのだ。

味方になってくれるはずの労働組合までもが、
健常者中心の組織で、障害者問題の相談には、
適切な対応が得られにくい、という難点があるのだ。

何より、非正規雇用者という立場では、労働組合にも
加入できない、という条件の会社もある。
私の会社の場合も、非正規雇用者には加入資格がない。

今年、労働組合は会社の好業績と消費税増税を理由に
ベア要求をしたが、会社側の回答はベアなしだった。
“増税前の駆け込み需要”のおかげで、数千円の特別報奨金
が出ただけだった。

ベアがないということは、我々の仕事が評価されたとは言えない。
わずかばかりの報奨金は、たまたまの好業績のため、
「大入り制度」と変わりないからだ。
そのような差別を目にしたのでは、決して、仕事にもやる気が出ない。
やはり、障害者など非正規雇用者にも労働組合に加入できるよう、
そして意見を反映してもらえるように要望したほうがいい、
と思っている。



【追記】(5月11日)

同じ仕事内容であっても、障害者雇用の法律で生まれた
賃金格差


これは、障害者雇用枠が生んだ賃金格差と言ってもいいかもしれない。
日本郵便でも

「正社員と同じ仕事をしていても、非正規雇用者の賃金は
格差があるのはおかしい」

という不満が募り、最近提訴された。
これと同じだろう。

障害者の仕事内容は、本当に健常者とは違うのだろうか。

決して、そんなことはないと思う。

確かに、職場内分離施策(職場内障害者授産施設の存在)
はある。
しかし、障害者が今やっている仕事も、もともとは健常者が
やっていた仕事だった。
それも、もともとは障害者がいなかったのだからだ。
それを現在、障害者もやるようになったということは、
障害者もその仕事をできる、ということである。
できないから雇われなかったのではなく、会社は初めから
障害者を雇う気がなかったのである。
こういう障害者差別が、昔から長い間続いていた。

これを変えるきっかけが、国際機関の勧告だった。
日本政府はやっとそれに対応して、障害者も働くことが
できるように、障害者雇用促進法を改正していった。
雇用助成金と違反金の両方を企業の目の前にちらつかせる
という、アメとムチ作戦だ。

障害者を雇用しないと、違反金を支払わなければならない
時代になった。
そうした企業の経済的観点から、イヤイヤながらも、障害者の
ために仕事を切りだすことになった。

ただし

「障害者だから、賃金は安くていいだろう」

という条件付きで応じる、ということなのだろう。
賃金格差の問題は、契約社会でのことなので、どうしようもない。
せいぜい「最低賃金を守っているか」ということぐらいなのである。

ところで、この仕事は、決して重要度の低い仕事ではない。
勤務先が分かってしまうので具体的に書くことはできないが、
むしろ、この仕事をやらなくては、会社の業務が成り立たない、
というほど大事なのだ。

ただ一つ、障害者雇用の場合は、障害者の障害には配慮しな
ければならず、そのために気分次第で仕事を休む障害者が
少なくない。
この一点との交換条件として、障害者の場合は能力評価は
なしにし、賃金も健常者とは差があるのだろう、と思われる。

しかし、そんな不満はあるとはいえ、障害者がようやく働ける
ようになり、社会参加と自立が可能になったのも、障害者雇用
促進法のお陰であることは間違いない。

私はこの法律を“障害者奴隷雇用促進法”と呼んでいるけれ
ども・・・。



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http://sp.mainichi.jp/m/news.html?cid=20140509k0000m040075000c&inb=mo&fm=rnk07

契約社員:正社員と仕事同じ
 手当支払い求め日本郵便提訴


2014年05月08日 23時18分


日本郵便(東京都千代田区)の契約社員3人が8日、正社員に支払われる
年末年始手当などが支払われないのは改正労働契約法に違反している
として、日本郵便に計738万円の支払いなどを求め東京地裁に提訴した。
今後、関西でも9人が同様の訴訟を起こす方針。

日本郵便には約19万人の非正規労働者がおり、勝訴すれば大きな影響
が予想される。
 3人は労働組合「郵政産業労働者ユニオン」(日巻直映<ひまき・なおや>
委員長)に加入する浅川喜義(きよし)さん(42)ら時給制の職員。

 訴状などによると、浅川さんは2007年6月、6カ月の契約社員として
働き始め、15回の契約更新を重ね、郵便物の仕分けや配達などを担当
してきた。
仕事の内容が同じ正社員には支払われる年末年始勤務手当(12月29
~31日は1日4000円、1月1~3日は1日5000円)が支給されず、
住居手当なども支給対象外。
他の2人の原告も、同様に手当がつかないという。

 昨年4月に全面施行された改正労働契約法は、有期契約労働者
(契約社員)と無期契約労働者(正社員)との間で不合理な労働条件を
定めることを禁じている。
原告側は支給額の格差が同法に違反すると主張し、2年分の支払いと
同じ待遇への是正を求めている。

 浅川さんは取材に対し

「同じように働いているのに手当がまったくないのはつらい。
全国の仲間に法を使い格差を是正できることを知らせたい」

と話した。

日本郵便広報部は

「訴状が届いていないのでコメントしかねる」

としている。

【東海林智】


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by bunbun6610 | 2014-05-04 23:35 | 就労後の聴覚障害者問題E

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




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「『ベル博士の思い出』
アレキサンダー=グラハム=ベル博士のお話をしましょう。
「うつくしい思い出というのは、人間がもつことのできる最高のとみである。」
といった人があります。
博士の思い出こそ、わたしのもっとも大きなたからです。
世間の人々は、ベル博士といえば、すぐ電話を思い出すことでしょう。
しかし、ろうあ教育につくされた博士の仕事は、電話の発明におとらず
偉大なものです。
そして、わたしはそれにもまして、やさしくしんせつな友だちとして、
博士を思いだします。
博士こそわたしの恩人ですが、わたしは、恩人とか先生とかよぶよりも、
「わたしのいちばん古いお友だち」とよびたいと思います。
博士は、まだサリバン先生がきてくださるまえ、くらやみの中にいる
わたしに、あたたかい手をさしのべてくださったかたです。
サリバン先生がわたしのところへきてくださることになったのも、
ベル博士のおせわがあったからなのです。
ベル博士の一家は、ずいぶんむかしから、代々ことばの研究をして
こられました。
博士の祖父にあたるかたは、どもりをなおす方法を考えだされたかたです。
おとうさんは、耳のきこえないものが、あいてのくちびるを見て話をきく
方法を完成されたかたです。
そのおとうさんは、むすこのベル博士に、
「すこしも金にならない仕事だった。」
といっておられたそうですが、博士には、それが電話の発明よりも、
はるかにだいじな仕事だということは、ちゃんとおわかりになっていたのです。
ベル博士は、とってもおとうさん思いのかたでした。
博士は、おいそがしくて、一日か二日おとうさんにおあいにならないと、
すぐに、
「どれ、おやじにあってこよう。
おやじと話すのは、強壮剤をのむようなものだからな。」
そんなじょうだんをおっしゃって、いそいそとおでかけになりました。
博士の小さな家は、ポトマック川が海にそそぐところにありました。
わたしたちがたずねると、おふたりはよく、なにもお話しにならずに、
ただしずかにたばこをくゆらしながら、川を上下する船やボートを
ながめていらっしゃることがありました。
そんなとき、どこかでききなれない小鳥が鳴くと、
「おとうさん、いまの声は、どんな記号であらわしますか。」
と、博士がおたずねになり、いっしょうけんめい、その声を口にして、
くちびるの形を研究し、ああでもない、こうでもないと、いつまでも
おふたりで、発声学の研究にむちゅうになられるということでした。
博士は、どんな声や音でも分析し、それを読唇法にとりいれられました。
ベル博士は、おかあさんにもそれはやさしいかたでした。
わたしがお知りあいになったころには、もう、おかあさんはまったく
耳がきこえなくなっておられました。
ある日、サリバン先生とわたしは、ベル博士にドライブにつれて
いっていただいたことがありました。
道々(みちみち)、わたしたちは、すいかずらやつつじを見つけると、
それをたくさんつみました。
すると、帰るとちゅう、博士は、おかあさんのいらっしゃる別荘によって、
「にわからはいって、おやじとおふくろをおどろかせるんだ。」
そんなことをいって、しのび足ではいっていかれました。
わたしたちもそのあとにつづきました。
ところが、階段のところまでいくと、
「しずかに。
ふたりとも、よくねむっているんだ。
このまま帰ろう。」
と、博士はわたしの手のひらにおっしゃいました。
わたしたちは、音をたてないように、もっていた花をぜんぶそこに
いけて帰りました。
目にこそ見えませんでしたが、やさしいむすこをもったおとうさんと
おかあさんのしあわせそうなすがたを、ありありとわたしは思い
うかべることができました。
その後も、博士のご両親をおたずねするのは、とてもたのしみでした。
おたくには、毎日たくさんの訪問客がありました。
おかあさんは耳がまったくきこえないのに、はたのものが気が
つかないほど、じょうだんまでまじえて、じょうずにお話しになって
いました。
あいてのくちびるを見て話しておられるのです。
それほど、読唇法をじぶんのものにしておられたのです。」
(P157~162)


「目が見え、耳がきこえる人々には、耳がきこえず、ものもいえない
ということが、どんなことだか、おわかりにならないかもしれません。
わたしたちのまわりをとりかこむしずけさというものは、あの神経の
つかれを休めてくれるしずけさではないのです。
『おはよう。』という声や、小鳥の声でやぶれる、そんなやさしい
しずけさではないのです。
それは、いっさい他人とじぶんをひきはなし、とじこめる、ざんこくな、
あついかべのようなしずけさなのです。
ですから、むかしの、わたしのような人たちは、どんなわずかな
希望もありませんでした。
そのかべをやぶってくださったのが、ベル博士でした。
そして、わたしのようなものもはじめて人類のたのしい社交に
くわわることができるようになったのです。」(P162~163)


「(ベル)博士は、電話が実用化されたさいしょの建物を見せて
くださったとき、
『もし、わたしの仕事をてつだってくれたトーマス=ワトソンくんが
いなかったら、この発明はとても完成しなかっただろう。』
とおっしゃいました。
『電話がはじめて通じたとき、どんな話をなさったのですか。』
わたしがたずねました。
『「ワトソンくん、ちょっときてくれ。」といったのですよ。』
なあんだと、わたしは思いました。
それで、
『はじめての通話なら、もっと意味ぶかい話をなさればよかったのに。』
といいました。すると、博士は、
『ヘレン、電話でいちばんたくさんつかわれることばは、この
「用事があるから、ちょっときてくれ」なんだよ。
電話は、そのためにあるんだよ。』
とおっしゃいました。
しかし、ふしぎなことに、博士はごじぶんのへやに、電話をおいて
いらっしゃいませんでした。
わたしはそれがふしぎで、たずねてみました。
すると博士は、
『外のごたごたした用件を、家庭にまでもちこみたくないからさ。』
といわれました。」(P164~165)


「博士は、電話の発明ばかりを世間がさわぎたてるのを、とても
なさけながっておられました。
わたしの手に、こんなことをおっしゃったことがありました。
『世の中の人間は、わたしが電話の発明いがいには、なんにも
しなかったとでも考えているらしい。
わたしも、電話の発明では、お金をもうけたからね。
それでみんな、わたしのことをさわいでいるんだよ。
お金さえもうかれば成功したと思うなんて、ほんとうに気のどくなことだ。
わたしはそれより、口のきけない人が、もっとらくに口がきけるように
なれたら、どんなにいいだろうと思っているんだよ。
それができたら、わたしはほんとうに幸福になれただろうにね・・・。』」
(P170~171)


「(ベル)博士とてもおいそがしいかたでした。
わたしは長くおあいできないときには、よく手紙をだしました。
が、けっして、返事をいただくつもりはなかったのですが、いつも
すぐに返事をくださいました。
また、わたしがなにか書くと、かならず読んでくださって、いろいろと
批評を書きおくってくださいました。
そして、いつもわたしを、あわれなものとしてではなく、一人まえの
人間として、対等のことばがつづられていました。
わたしが、『わたしのすむ世界』という本をおおくりしたときには、
すぐにこんな返事をくださいました。

『宇宙の問題について、あなたにろくなことがいえないだろうなどと
考えている人々のなかまに、わたしまでいれないでください。
わたしは、税金のことや、国のことや、また、さまざまなこの世に
おこる事件について、あなたの意見をききたいと思っています。
あなたが、じぶんという小さなからにつつまれた世界から、
広い世界にでて、いろんなことを考え、書いてほしいと思います。
あなただけの世界をのぞかせてもらうのは、たしかにわたしにも
おもしろいことです。
それだけに、外の世界のことも、どういうふうに考えているのか、
知りたくなるのです・・・。』


やさしい中にも、きびしいはげましのあることばでした。
『石のかべの歌』という、わたしの詩集ができたときには、
――あなたが、美と音楽の世界から追放されている人間でない
ことがもういちどわかって、たいへんうれしい。
――と書きおくってくださいました。
こんなにきびしくわたしをはげましてくださったかたは、ベル博士
のほかにはありませんでした。
大学の卒業がまぢかにせまっていたころのことです。
博士は、卒業したらなにをするかとおたずねになりました。
『卒業したら、サリバン先生とふたりで、人里はなれたところにすみ、
しずかにものを書いてくらしたいと思います。』
と、わたしは答えました。
すると、博士は、いわれました。
『あなたのこれからの仕事をきめるのは、あなたではないんだよ。
わたしたちは、ただ宇宙を支配している大きな力の道具にすぎないのだ。
いいかい、ヘレン。
じぶんを一つの型にはめてしまってはいけないんだよ。
本を書くのもいいだろう。
演説してまわるのもいいだろう。
なにかを研究するのもいいと思う。
できるだけ多くのことをしてごらん。
あなたが一つでも多くの仕事をすれば、それだけ、世の中にいる目の
見えない人や、耳のきこえない人をたすけることになるのだよ。』」
(P171~174)



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by bunbun6610 | 2014-05-04 20:00 | 聴覚障害

『難聴者の生活goo』より

http://blog.goo.ne.jp/hearingrabbit/e/cfa706d298452924c7178319240e8d5e

『改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的配慮の
提供の指針の在り方に関する研究会の資料』


2014-01-28 19:57:24 | 就労


平成25年12月26日(木)の第6回 改正障害者雇用促進法に
基づく差別禁止・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する
研究会の資料に、全難聴が12/9にヒアリングを受けた時の
資料がアップされています。

参考資料1:一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体
連合会 提出資料(PDF:188KB)

http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-11601000-Shokugyouanteikyoku-Soumuka/0000035297.pdf

第6回 改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止・合理的
配慮の提供の指針の在り方に関する研究会 資料

平成25年12月26日(木)10:00~12:00厚生労働省職業
安定局第1・第2会議室(12階)

<配付資料>
【全体版】第6回 改正障害者雇用促進法に基づく差別禁止
・合理的配慮の提供の指針の在り方に関する研究会 資料
(PDF:825KB)

議事次第(PDF:26KB)

資料1:差別禁止指針について(PDF:427KB)

参考資料1:一般社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体
連合会 提出資料(PDF:188KB)

参考資料2:精神・身体障害による最低賃金の減額特例
制度について(PDF:173KB)

http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/0000035299.html



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国連・障害者権利条約の批准に伴い、日本でも障害者への
差別や虐待についての問題、そして問題解決のための
「合理的配慮」の議論も増えてきている。
障害者問題を考えることは、障害者認定を受けられない人や、
健常者(特に女性、老人、子どもなど)の社会的弱者への
「社会、会社側の配慮」も考える、よいきっかけになると思う
のだが。
つまり、最終的には障害者だけでなく、あらゆる人への
差別禁止を目標とした、一つのステップだと考えれば、
普遍的関心の高い問題だと思う。


ユニクロが障害者を違法解雇させようとしている問題が、
当ブログの人気トップ記事になっているが、国も会社も
真面目に取り組んで、解決していってほしいと思っている。


『ユニクロの障害者雇用いじめ・パワハラ問題について』
〔2014-04-27 18:30〕


もし裁判になった場合、ユニクロが和解に持ち込むことは
目に見えているが、ユニクロは“形式的和解”で解決しよう
としないでもらいたいものだ。


〔関連情報〕

『間接差別の禁止』(厚生労働省)
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/koyou/danjokintou/dl/danjyokoyou_f.pdf#search='%E9%96%93%E6%8E%A5%E5%B7%AE%E5%88%A5'


『障害者権利条約への道』(金 政玉)
http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/prdl/jsrd/norma/n281/n281019.html
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by bunbun6610 | 2014-05-04 17:24 | 国連・障害者権利条約

『ヘレン=ケラー自伝』(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)
(講談社・火の鳥伝記文庫 昭和56年11月19日 第1刷発行)




〔参考情報〕

『ヘレン・ケラーの生涯』
(社会福祉法人 東京へレン・ケラー協会)




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「1892年の冬、そのかがやかしい空が、まっ黒な雲にとざされてしまうような、
かなしい事件がおこりました。
そのことを思いだすと、いまでも、心につめたいものが走ります。
わたしがはじめて口がきけるようになったその年の秋のことでした。
わたしたちはまた、あの「しだの石切り場」の別荘ですごしていました。
サリバン先生は、山のもみじのうつくしさを、いろいろわたしに説明してください
ました。
わたしはそれをききながら、そんなうつくしいけしきのでてくるものがたりを、
心にうかべていました。
それが、かつて読んでもらったことのある本のものがたりであることなど、
すっかりわすれてしまっていました。
わたしの心に、ごくしぜんにうかんできたものだとばかり思っていたのです。
それで、心にうかんだすばらしいそのお話を、わすれないうちにと思って、
つくえにむかい、すぐに書きはじめたのでした。
お話ができあがると、さっそくサリバン先生に読んできかせました。
われながらうまく書けたと、とくいになっていました。
夕食のとき、あつまった家の人たちにも読んできかせました。
みんなは、じょうずに書けているに、びっくりしました。
だれかが、あまりじょうずに書けているので、本で読んだお話ではないのかと、
たずねました。
わたしはびっくりしました。
そんな話を読んでもらった記憶は、まったくなかったからです。
「いいえ、ちがうわ。
これはわたしがつくったお話よ。
アナグノス先生のお誕生日のお祝いに、おおくりするのよ。」
わたしはいいはりました。
あくる日、わたしはそのお話を清書し、題を「秋の葉」とつけました。
しかし、サリバン先生に相談して考えなおし、「霜の王さま」とつけかえました。
そして、じぶんで郵便局までもっていきました。
パーキンズ学院のアナグノス先生は、たいへんよろこんでくださいました。
そして、学院の雑誌にそのままのせてくださったのです。
その知らせをいただいたとき、わたしは、天にものぼる思いでした。
だが、まもなくわたしは、その天から地面にたたきつけられなければ
ならなかったのでした。
わたしがボストンにもどってまもなくのことです。
わたしの書いたお話が、マーガレット=キャンビーというかたの、
『小鳥とその友だち』という本の中にある「霜の妖精」と、文章がひじょうに
よくにているということがわかったのです。
わたしは、きっとだれかに、いつかこのお話を読んでいただいたことがある
のでしょう。
それがわたしの心に残っていて、こういうことになったにちがいありません。
わたしは、たいへんもうしわけのないことをしたと思いました。
でも、いつ、どこで、「霜の妖精」などというお話を読んでもらったか、
どうしても思いだせません。
もしサリバン先生に読んでいただいたのだったら、まっさきに先生が
このことにお気づきになったはずです。
サリバン先生は、なにもごぞんじありませんでした。
ふつうのかたには、ちょっと考えられないことかもしれません。
でも、目も耳もないわたしは、そのころ、本を読むといっても、著者のことなど、
考えたこともありませんし、じっさいの世界をこの目で見たのは、赤んぼうの
ときの十九か月間だけなのです。
あとはすべて、手にふれ、他人の話をきき、本を読んで想像し、じぶんの
心の中に一つの考えをつくりあげてきたのです。
まだおさなかったわたしには、わたし自身の考えと、他人をとおして吸収した
考えとのさかいめが、はっきりわからなかったのです。
それで、こんなことがおきてしまったのだと思います。
アナグノス先生は、はじめ、わたしをしんじてくださいました。
ところが、学院のひとりの先生が、ある日わたしに、「霜の王さま」のことを
おたずねになりました。
わたしはしょうじきに、「霜の王さま」という題名を、サリバン先生に相談したこと、
また、秋のもみじや、霜について、いろいろ先生からおそわったことを
お答えしました。
わたしはその答えに、なにかわたしが、キャンビーさんの「霜の妖精」を
わざとまねをしたと、白状したように思わせるものがあったのでしょうか。
その先生はさっそく、わたしが白状したかのように、アナグノス先生に
つたえてしまわれたのでした。
アナグノス先生は、それをおききになって、わたしにだまされたとお思いに
なったようでした。
サリバン先生とわたしが、わざと他人の文章をぬすんで、先生にほめて
いただこうとしくんだことだと、お考えになったのでした。
やがて、学院の先生と役員でつくられた審査委員会に、わたしはよびだされる
ことになりました。
しかもその席には、サリバン先生といっしょでなく、わたしひとりでくるようにと、
いいわたされました。
まるで、罪人をさばく裁判のようです。
委員のかたたちは、はじめから、わたしに、「霜の妖精」をサリバン先生に
読んでもらい、それをぬすんで書いたことをみとめさせようと、きめてかかって
おられるようでした。」(P107~112)


「わたしが、ナイアガラのすばらしさに感動したといいますと、たくさんの
かたがたが、とてもふしぎがられました。
「あなたは、たきを見ることも、そのひびきをきくこともおできにならないのに、
どうして、なにをそんなに感動なさったのですか。」
こういうふうに、おたずねになるのです。
わたしはお答えしました。
「なにを感動したかって、それはとてもいいあらわすことはできません。
ちょうど、あなたが、『愛』とか『善』とか、うつくしい信仰を、見ることも
きくこともなしに感動なさるのとおなじことです。
とても説明できるものではありません。」」(P117~118)


「『大学受験』
二年間のろう学校生活をおわると、ボストンのとなりのケンブリッジに
ある女学校に入学しました。
おなじ町にあるラドクリフ大学にはいる準備をするためです。
ケンブリッジ女学校は、もちろんふつうの女学校です。
わたしのように、目が見えなかったり、耳がきこえない生徒が入学した
ことはありませんでした。
わたしはあいかわらず、サリバン先生といっしょに授業をうけ、
授業をぜんぶ通訳していただかなければなりませんでした。
いちばんこまったのは、教科書でした。
これは、ロンドンとフィラデルフィアの友だちが、ぜんぶ点字に訳して
くださることになっていたのですが、なかなか、まにあいませんでした。」
(P126~127)


「ラドクリフ大学にすすむためには、いろんな学科について、それぞれ
予備試験をうけておかなければなりません。
わたしは、ケンブリッジ女学校で一年の授業をおわると、まずドイツ語
・フランス語・ラテン語・英語・ギリシア・ローマ史の試験をうけました。
語学にはそれぞれ、初級と上級があって、ぜんぶで九時間の試験を、
五日間にわたってうけるのです。
大学に入学するまでには、ぜんぶで十六時間の予備試験に合格しなけ
ればなりません。
わたしは、その半分以上を一年めにうけたのですが、ぜんぶに合格し、
とくに、ドイツ語と英語では、優秀賞をいただきました。
しかし、ふつうの人たちとちがって、わたしの試験はたいへんでした。
ほかの人たちはペンで答案を書きますが、わたしは、タイプライターで
うたなければなりません。
その音が、ほかの受験生のじゃまになるかもしれないというので、
わたしだけは、べつのへやで試験をうけることになりました。
試験中は、サリバン先生がついてくださるわけにはいきませんでした。
かわりに校長先生が、指話法で試験問題を読んでくださり、へやの
入り口には、試験官がひとり立っていました。
さいしょの日はドイツ語でした。校長先生が、まずはじめに、問題を
とおして読んでくださいます。
二度目には、文章を一つ一つ読んでくださり、わたしがそれを声に
だして読み、かんぜんにわかったかどうか、たしかめてもらいます。
わたしが答えを書くと、それをまた先生が、わたしの手に、わたしが
書いたとおり読んでくださいます。
そのときまちがいに気がつくと、先生はまたそれを、わたしのいう
とおり答案を書きこんでくださるというわけです。
試験がすむと、ギルマン先生は、その答案はわたしが書いたもので
あるという証明書をそえて、大学におくってくださいました。
予備試験は、すべて大学で問題がだされ、大学の試験官が採点する
のです。」(P129~130)


「こうしてわたしは、学校はやめましたが、おくれることなく、友だちと
いっしょに、いよいよラドクリフ大学の最終試験をうけることになりました。
1899年6月29日と30日の二日間です。
第一日は、初級ギリシア語と上級ラテン語、第二日は、幾何(きか)
・代数・上級ギリシア語の試験でした。
大学は、わたしがサリバン先生の力をかりることをいっさい禁じました。
そして、サリバン先生のかわりに、パーキンズ学院のバイニングという
先生におねがいして、試験問題をすべて、点字にうたせました。
バイニング先生は、わたしのまったく知らない先生でした。
ですから、点字のことに関するほか、いっさい質問することはゆるされ
ませんでした。
点字をたどって問題をとくことができても、いったんその答えをタイプライター
で書いてしまうと、もうそれを読みかえすことはできません。
あとで、もしまちがいに気がついても、訂正することもできませんでした。
でもわたしは、合格することができました。
困難が多ければ多いほど、それをのりこえられたときは、うれしいものです。」
(P134~135)


「『あなたはそんなおからだで、あの大学の講義をどのようにして
おうけになったのですか。』
わたしはよく、そういってたずねられます。
教室では、わたしはたったひとりでいるのとおなじです。
教授はまるで、電話で話している人のように、遠いものに思えました。
講義は、できるだけはやく、サリバン先生がわたしの手に、ききながら
つづってくださるのですが、それはまるで競争みたいで、わたしは、
おくれないようにと、そのことに気をとられてばかりいました。
まるでうさぎをおう猟犬のように、ことばはわたしの手をとおりぬける
ばかりです。
もっとも、ほかの学生だって、たいしてちがってはいなかったでしょう。
学生たちは、耳からきくと、めちゃくちゃなスピードで、それをノートに
書きうつすことにばかり心をうばわれているようでした。
とても、教授が論じておられる問題について注意をはらうことなど、
できそうにありませんでした。
わたしの手は、講義をききとるのにせいいっぱいで、ノートすることは
できません。
家に帰ってから、思いだせるだけを書きとめておくだけでした。
わたしがほかの学生におくれずに勉強しようとすると、苦労なさるのは、
やはりサリバン先生でした。」(P138~140)


「・・・わたしは勉強をなげだしてしまいたくなることもたびたびありました。
でも、わたしのために、いっしょに、いいえ、わたしいじょうに努力して
くださっているサリバン先生や、わたしのために点字訳をしていて
くださるかたがたのことを思いうかべ、またわたしは、勇気をとりもどす
のでした。」(P141)


「これまで、わたしのしょうがいのできごとを書きつづってきましたが、
わたしが本からどれだけたくさんのものをあたえられてきたか、
まだお話していないようです。
本というものが、だれにでもあたえるたのしみや知識だけでなく、
ほかの人々なら、目や耳からうけいれるものも、わたしはすべて、
本からえたのです。」(P144)


「お昼から夕がたまで、(サリバン)先生はたっぷり読んでくださいました。
『ああ、もうゆびがつかれてしまったわ。
きょうはこれくらいにしておきましょう。』
先生がそうおっしゃって、読むのをやめられたとき、じぶんで本が読め
ないのが、つくづくくやしくなりました。」(P147~148)






『――サリバン小伝―― 偉大な教師サリバン先生』〔保永貞夫〕(P204~215)

「ある日、サンボーンという人が慈善病院にきて、『だれか子どもをひとり、
すいせんしてもらい、学校で教育を受けさせたい。』と申しでました。
そのひとりに、アンがえらばれたのは、ぐうぜんにすぎませんでした。
が、これこそアンにとって、やみから光の世界へつうじる門でした。」(P211)


「・・・1886年に、アンはパーキンズ学院を、優秀な成績で卒業しました。
さあ、これから、どのような人生へ第一歩をふみだしていくか。
さすがにアンは不安でした。
そんなある日、アンは、アナグノス校長からよばれました。
『アラバマ州タスカンビアのケラー家から、ヘレンという6さいの、目が見えない、
耳がきこえない、口がきけないという、三重のくるしみをせおった、不幸な少女を
教育する先生をもとめられた。
わたしは、あなたをすいせんしたが、いってくれるかね。』
『はい、いかせていただきます。』
アンは、きっぱりと答えました。
しかし、アンはすぐに出発したのではありません。
それから六ヵ月、やはり三重のくるしみをせおった、ローラ=ブリッジマンという
少女を教育した、先代の校長ハウ博士の記録をねっしんに研究したのです。
1887年3月、21歳のアン=サリバンは、タスカンビアにむかって出発しました。
かばんの中には、パーキンズ学院の生徒たちから、ヘレン=ケラーにおくられる
人形がはいっていました。
人形に着せた服は、ローラ=ブリッジマンがつくったものでした。
ほかには、幼稚園用のナンキン玉とカード、2、3冊の点字本と点字器がはいって
いました。」(P213~215)

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by bunbun6610 | 2014-05-03 20:00 | 聴覚障害