蒼穹 -そうきゅう-


ある聴覚障害者から見た世界
by bunbun6610

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聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由②

(※)この記事は、一人の聴覚障害者が、個人的な見方を
述べたものに過ぎないことを、予めお断りしておきます。
個人の経験から得ている事実のほか、推論まで加え、
時間をかけて書き上げたものです。
見えない障害であり、そしてこの障害について、医学的にも
まだまだ解明が進んでいない以上、このような試みによって、
少しでも理解してもらうより、他に手はないと思ったからである。

もちろん、もしかしたら、誤っている部分もあるかもしれません。

また、この記事を書いている最中に、佐村河内氏が中度難聴者
であることが再検査の結果判明したが、佐村河内氏だけに限った
問題ではないので、中途失聴者や中途難聴者への理解の一助
になればと思い、本稿をそのまま記事にすることにした。

個人的に書いた記事である以上、賛否両論が起きてしまうことは、
仕方がないと思う。

恐れてばかりいて何もやらないでいては、何も変わらないだろうから。






「ろう者と難聴者、中途失聴者の声は違う」

という指摘について。




『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①』
〔2014-03-14 18:30〕


では、聴覚の障害等級2級には、ろう者だけでなく
中途失聴者、人工内耳装用者なども含まれている
ことを話した。
(人工内耳にした耳は、残存聴力を全て失うという
リスクがあるらしい)

聴力レベルがほとんど同水準の人たちも多くいて、
どの人も一般には「耳が聞こえない」と、
よく言われる人たちだ。

仮に健聴者が、普通に話すことができる中途失聴者
だけを疑うのなら、その前に国の認定基準を疑うべき
なのではないだろうか。

私も、ろう者が2級なら、中途失聴者は3級でなければ
おかしいのではないだろうか、と思う。
なぜなら、言語障害と合わせた等級が1級という、
さらに上のランクがあるのだから。


しゃべれるか否かの理由について、医者や学者は
どう説明しているのか、私は全く知らない。
それでも、自分なりにその説明を試みるとすれば、
やはり「音の記憶」を持っているかどうかが重要ポイント
になる、と考える。


難聴者の声を記した古い書物に

「大学病院の一医師から、

「聞くことをやめてはいけない、ラジオに耳を押しつけて
でも音を聞きなさい」

といわれた。」(P25)



と書いてある。
これはどうしてだろうか?

その幼児期(0~6才頃)に、音声をたくさん聞き、
覚えることが、言葉を話したり、音の世界で社会的な動物、
つまり人間として生きていくために必要だから
なのではないだろうか。


「三歳児ぐらいで聞こえるか聞こえないか検査して、
聞こえないとなれば早教育をやらなければならない。

というのは、ろうの子どもは言葉そのものから教育
しなければならない。
健全児や盲児は学校へ入るまでに言葉を覚えるという
ことは済んでしまっている。」(P174)



岩波新書『音から隔てられて - 難聴者の声 -』
(入谷仙介、林瓢介/編者 1975年7月21日/第1刷発行
 株式会社岩波書店/発行所)
より引用。


上の話は、医者の医学上の話よりも、はるかに意味深い
経験的事実を物語っていると思う。

中途失聴・難聴者の人工内耳の適性検査でも、
音声の記憶があることや、リハビリという困難を乗り越えよう
とする強い精神力が必要とされるらしい。
音に対する強い関心が重要だ。
ろう者は反対に、視覚で理解しようとするので、
向いていないらしい。
人工内耳をせっかくつけても、装用者が人工内耳と頭の中で、
音の世界を再構築しようとしないならば、無意味だろう。
実際にろう者には、失敗例もあるそうだ。

健聴者は、それがあまりにも自然にでき、
そして身についてしまっているから、
気づかないのではないだろうか。
中途難聴者や中途失聴者も、それは同じだった。

しかし、ろう者は違う。
元々聞こえないために、言葉のアクセントやニュアンス、
使い方(TPOなど)も知らなかったりする。
音声言語の獲得に苦労するため、発音もおかしかったりする。
これでは健聴者が違和感を覚えても、無理はないだろう。


私は以前、難聴者や中途失聴者の団体と、
ろう者の団体の両方に関係を持っていたが、
難聴者・中途失聴者の団体内には、
実にさまざまな人がいた。

その人たちの声だけを見ても、老人性難聴者や中高年に
なって失聴した人よりも、子どもの頃に難聴になった人、
失聴した人のほうが、どちらかというとろう者に近い人もいた。

あるいは青年期に難聴になった人や、失聴した人もいたが、
その人たちの場合は中間型だとも思えた。

つまり、それぞれの事情が異なるがゆえに、
聞こえにしても声にしても、アナログ世界のような
多様性が見られたのであった。
したがって、厳密にこうだと説明することはできないのである。


聴覚障害者の声については、他にも、参考になりそうな
ものがある。
三重苦の人ヘレン=ケラー氏の自伝書である。

一歳で視力と聴力を失ったケラー氏も、発声訓練に挑戦したが、
健聴者並みにはうまくなれなかったようだ。
しかし、自分の喉に手を当てて、声を調整し、簡単な単語を
言うことはできるようになったようだ。


また、喉のガンとかで声帯切除した人などで、
しゃべれなくなってしまった人も、この方法で発声訓練を
やっている人がいるそうだ。

彼らの場合は、耳が聞こえるので、この訓練を積み重ねる
ことで、小さな声でどうにかしゃべることができるらしい。

重度の聴覚障害者も、同じようにして自分のノドのふるえを
感じて、音程を変える訓練ができるらしい。

このような場合も、「音は聴くものではなく、感じるものだ」
という感覚のほうが、聴覚障害者の場合は強いだろう。

私は以前、一人でカラオケボックスに行き、補聴器装用で
歌ってみて、それで自分の声を確かめていた。
すると、それでも、カラオケはずいぶんと下手になったと
わかったので、他人が見ているところでは、
もう二度としなくなった。

昔は声を出して本を早読みすることも得意だったが、
今やると、ろれつが回らなくなってしまうようになった。

私も少しずつだが、衰えてきてはいるようだ。

ただ、そういうのは誰だって隠すから、健聴者には
そんなことまではわからないのだろう。

突然に聞こえなくなった人と、長い期間をかけて、
徐々に聞こえなくなっていった人とを比較しても、
その声はやはり多少の違いは出てくる場合もある
のではないだろうか。
声が維持できているかどうかには、その人の
失聴時期も大きく影響していそうだ。

また、補聴器の性能がめざましく向上していることも、
高齢聴覚障害者と若年聴覚障害者とに声の差がある
理由だろう、と思われる。

難聴者や中途失聴者の聞こえの具合がいろいろなら、
声だっていろいろだろう。
ろう者ほど均一的ではなくて、当たり前ではないか、と思う。



〔参考情報〕

『感音性難聴によっておこる感覚異常の状態や度合い
(軽度・中等度難聴編) [難聴について]』

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by bunbun6610 | 2014-03-14 18:45 | コミュニケーション能力

聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①〔参考資料〕

『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①』
〔2014-03-14 18:30〕





〔参考資料〕


参考に、昔の本からではあるが、聴覚障害者の人員比率を
掲載する。
これは国の調査データではない。
難聴者が調べた、一地域のデータである。
国は詳細調査をやらないそうで、まとまったデータがない。

岩波新書『音から隔てられて - 難聴者の声 -』
(入谷仙介、林瓢介/編者 1975年7月21日/第1刷発行
 株式会社岩波書店/発行所)

 1級  (言語障害を持つろうあ者) 10%以下。

 2級  (ろうあ者)           20%前後。
    (中途失聴者、難聴者)     20%前後。

 3級
 4級      (3~6級の人を合わせて50%)
 5級  
 6級

 障害者手帳なし(聴力が60dB以下の難聴者) 推定100万人
以上といわれる。




もし、上の資料で考えるとすれば、聴覚障害者
の約70%は難聴者と中途失聴者で、しゃべれる
人なのである。
このなかには、手話を使える人は、実はほとんど
いない。
そればかりか、ろう者でも手話を知らず、
口話でしゃべる人もいるのである。
佐村河内氏は、珍しいケースと言えよう。

今は超高齢化社会なので、手帳なしの難聴者の数
はもっと多い。
ところが、現在の聴覚・言語障害を持つ者(手帳を
持つ人)の数は、約5万9千人となっている。
これは、国の認定基準が厳し過ぎることが原因である。
だから健聴者は知らないし、国に騙されているのだ。




〔参考情報〕

『聴覚障害者の職場におけるコミュニケーション
―聴覚障害者・企業対象の調査にみる現状と課題―
研究開発室 水野 映子』

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by bunbun6610 | 2014-03-14 18:31 | コミュニケーション能力

聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①

(※)この記事は、一人の聴覚障害者が、個人的な見方を
述べたものに過ぎないことを、予めお断りしておきます。
個人の経験から得ている事実のほか、推論まで加え、
時間をかけて書き上げたものです。

見えない障害であり、そしてこの障害について、
医学的にもまだまだ解明が進んでいない以上、
このような試みによって、少しでも理解してもらうより、
他に手はないと思ったからである。

もちろん、もしかしたら、誤っている部分もあるかも
しれません。

また、この記事を書いている最中に、佐村河内氏が
中度難聴者であることが再検査の結果判明したが、
佐村河内氏だけに限った問題ではないので、
中途失聴者や中途難聴者への理解の一助になれば
と思い、本稿をそのまま記事にすることにした。

個人的に書いた記事である以上、賛否両論が
起きてしまうことは、仕方がないと思う。

恐れてばかりいて何もやらないでいては、
何も変わらないだろうから。




佐村河内氏事件は、聴覚障害者にも少なからず
衝撃を与えた、と思う。

「本人の作曲ではなかった」

というだけでなく

「聴覚障害者偽装疑惑」

まで噴出したからだ。

しかし、もし佐村河内氏が今も本当に聴覚障害者
2級相当の人だったなら、あれだけ騒いで書き立てた
マスコミは、どう責任を取るつもりなのだろうか。

そのことを考えると、生活保護バッシングと同様、
マスコミの加害性を思わずにいられない。

少なくともこの件に関してだけは、佐村河内氏だけ
でなく、聴覚障害者にも、深くお詫びしなければ
ならないだろう。


私も職場で最近

「聞こえてる?」

なんて、正面から、今さらのように言われたこともある。
おそらく、ちょっとは疑われているのだろう。
佐村河内氏の事件をきっかけに、そういうことも起きた。

特に疑われやすくなったのは、
重度聴覚障害の身体障害者手帳を持ちながら、
健聴者と同じようにしゃべれる中途失聴者だろう。

障害者雇用で働いている、その人たちの場合は、
かなり疑われたりしている人もいるかもしれない。

彼らの場合は健聴者と同様に、
(多少の音声の崩れはあるにしても)
日本語をほぼ流暢に話せるからだ。

健聴者と毎日話しているので、読話力も口話力も、
そうすぐには衰えるものではないと思う。
だから、余計に疑われるのかもしれない。


さて、健聴者が疑う理由とは、一体何であろうか?
今回の佐村河内氏の、「聴覚障害者」偽装疑惑で、
それがわかる。


【社会に 「普通にしゃべれる=聞こえる人」 という
誤解を与えかねないブログ、マスコミ記事について】


例えば、下のブログ記事である。


============================


http://ttensan.exblog.jp/20330506/

偽物ですね

 2014年 02月 08日


「全聾の人に会った事がある方はわかると
思いますが発音が崩れてしまうんです。
自分で発している声そのものがわからない
から当然なんです。

あれだけはっきりと発音できるのは
間違いなく聞こえているからです。

で、当然ながら障害者手帳を持っている
ということそのものが違法行為となるわけ
ですが、佐村河内のあの要領の悪さからして
当人が考えついたものではないと思います。」


============================




聴覚障害者について、本当によく理解している
人ならば、これはもうわかるでしょう。

「聴覚障害者=ろう者」

とは限っていないし

「しゃべれる人=聞こえる人」

とも限らない。

「全聾」だから、ろう者とは限っていないのです。

しかし、上のブログでは、ろう者と中途失聴者が
混同されてしまっている。

それで

「聞こえないはずはない。
ウソだろう」

となる。


【二元論で聴覚障害者を苦しめる健聴者たち】

例えば、

「聞こえているか、いないか」

の判断材料に、ろう者の声は「崩れている」
ことを引き合いに出している。
このようにすぐに比べたがって

「聞こえる、聞こえない」

の二元論展開が、健聴者には多い。

中途失聴者だけでなく、多くの感音性難聴者を悩まし、
苦しめる原因が、ここにある。


【「全聾」という言葉について】

佐村河内氏自身で「全聾」と主張したのだろうか?

それとも、マスコミが勝手に「全聾」と宣伝した
のだろうか?

もし、前者ならば

「佐村河内氏は聾者を騙って商売をしたことになる」

と疑われても仕方がない。

もし後者ならば

「奇跡であるかのように報じて、マスコミが(佐村河内氏の)
虚像をつくり出したことになる」

と思う。

いずれにしても、“障害”を利用して有名にする手段だった、
ということだ。
昔、テレビが手話ドラマでブームを起こしたように、
これもまた、“障害者というアイテムで演出した”に
すぎなかったことになる。
しかし、後者の場合は、マスコミにも責任があるのでは
ないだろうか。


「全聾」(「全聾者」)とは、客観論としては「医学的ろう
の状態(の人)を指すのではないか、と思う。

一方、「ろう者(ろうあ者)社会」で言う「ろう者(Deaf)
の場合は、もっと深い意味で使われている、と思う。
私が勝手に簡単に言うならば

「ろう者(Deaf)社会の文化を受け継いでいて、
かつ、その社会に属している者」

という意味だろうか。

ろう者(全聾者、deaf)に生まれたからといって
「ろう者(Deaf)」とは限らない、ということだろうと思う。

反対に、難聴者や中途失聴者でも、ろう者(Deaf)社会
に属しているというケースもある。
すなわち、単に聴力だけで分類された社会ではないのである。

詳細は

『ろう文化案内』
(キャロル・パッデン博士、トム・ハンフリーズ博士/共著)



などの本を読むと、よく理解できる、と思う。
著者、訳者ともろう者(Deaf)で、この本は名著だと思う。



そういった観点で見ると、佐村河内氏の場合は全然、
「ろう者(Deaf)」ではないだろう。
彼は単に「医学的ろう(deaf)」であるに過ぎない。


おそらく、上に取り上げたブログの筆者は、本当は

「偽聴覚障害者です」

ではなく

「偽ろう者です」

と言いたかったのだろう。

そういう意味でならば、聴覚障害者にも読んでいて、
納得できるのではないか、と思う。


まだ佐村河内氏の聴力に関する客観的データも
明らかになっていないというのに、

「偽聴覚障害者です」

と言われる(断言される)と

「それは、どうかな?」

と首を傾げたくなる。


繰り返しになるが、佐村河内氏は、ろう者ではない。
けれども、もしかしたら佐村河内氏だって、
「自分はろう者だ」と社会に伝えたくて「全聾です」と
言ったのではなかったのかもしれないのだ。

実際に聴覚障害者が著している古い本では、
ある中途失聴者も

「全聾になりました」

などと言っているところもあった。
しかし、これは勿論、ろう者(Deaf)の言う「ろう」とは
意味が全く異なる。

その結果、ろう者や健聴者の社会それぞれ
にある意味の受け取り方のズレが原因で、
今回のような疑惑騒動に発展してしまった、
という推測も考えられる。

ちなみに、今では中途失聴者でも自分のことを
「全聾です」と言う人は、ほとんどいない。
普通はろう者と混同されたくないがために、
「聾」という言葉は使わないと思う。


一方、「中途失聴者」という、聞き慣れない言葉を
健聴者が聞くと

「人生の途中で、音が全く聞こえなくなってしまった人」

と思う人もいると思う。

けれども、聴覚障害者の世界(社会)では、必ずしも
そんなことはない。
補聴器を使えば、多少は聞こえる人もいる。
難聴者でも自分を「中途失聴者」だとしている人もいる、
という。
つまり、その用語は

「必ずしもその聴覚障害者の聴力を正確に、
わかりやすく表した(区別した)ものとは限らない」

ということだ。

極端に言えば主観的であるのだが、
それは本人のアイデンティティに関わる問題である。

それに、仮に難聴者社会の中に入って、自分だけ
「中途失聴者です」とか「ろう者です」と言えるだろうか。

反対に、ろう者社会で自分を「難聴者です」と自己紹介
すると、今度はろう者から無視されることもある。
そういった心理面も無視できないと思う。

したがって、この点でも、健聴者と聴覚障害者との
認識にはズレがあると言えそうだ。

ろう者には中途失聴者と難聴者を区別せず、
どちらもまとめて「難聴者」と呼んでしまう人も多い。
これは聴力よりも、言語・文化的分類が理由のように
思える。

確かに、よく

「ろう者は言語的少数者である」

などと、ろう者が主張している。



ところで、

「耳が聞こえるか、聞こえないか」

ということで、健聴者社会ではよく、

「ろう者であるかないか」

がよく言われている。

全く馬鹿げた二元論ではないか。

実際の聴覚障害者の世界は、
そんな単純なものではない。
ダイグロシアのように、非常に分けるのが難しい
存在になってしまっている人も多いのである。

勿論、佐村河内氏のような人だっている。
それは「中途失聴者」と呼ばれる聴覚障害者である。

彼の場合は難聴者と同様、健聴者に非常に近い
存在だ。
健聴者と同様に話せるはずだ。
だから、ろう者とは全く違うように見えて、
当たり前なのだ。

しかし、だからといって

「聴覚障害者ではない」

と断定してしまうことには無理があるし、
全く馬鹿げている論法だ。




【聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由】

なぜ、ろう者の声は変で、中途失聴者の声は健聴者と
同じなのか、理解できないというのが、
健聴者の主張なのだろう。

その答えを知りたければ、以下の話を読んで、
よく考えることである。



【大人のろう者Aさんの話】

「ろう学校に通っていた時、毎日毎日発声練習を
させられました。
手話を使うことは禁止されていました。
学校を卒業してから、働きはじめました。
しかし、自分の声は健聴者に笑われてしまうので、
私はしゃべるのをやめました。
それ以来、ずっとしゃべっていません。
それで、今ではすっかり、しゃべることも
できなくなってしまいました。
今では手話だけです。」



Aさんの話から、人間(幼児)が音声言語を獲得するためには、
耳が聞こえるという条件が必要だということがわかる。

しかし、いったん音声言語を獲得した後に聞こえなくなった
中途失聴者の場合は、聞こえなくなったからといって、
直ちにその「しゃべる能力」まで同時に失う、ということは
ないだろう。



【大人のろう者Bさんの話】

「補聴器を持っています。
しかし、補聴器をすれば音は聞こえるけど、
相手が何て言っているのかまでは、わかりません。

同じろう者の友だちに、人工内耳手術をした人がいます。
でも、手術をしても、分からなかったから、その人はもう、
(人工内耳を)取ってしまいました。
今では手話コミュニケーションに逆戻りしてしまっています」


ろう者Bさんの話から、大人になってからでは、
人工内耳や補聴器で音がやっと聞こえるようになったとしても、
日本語の学習は難しくなる、ということがわかると思う。


「音声言語の獲得には3歳頃までに聞こえていることが重要」

とか

「3歳まで聞こえていれば、ろうでもしゃべれる」

と聞いたことがある。
それ以降では、音声言語習得が難しくなっていくそうだ。


ヘレン=ケラーは1歳頃で失聴しているが、
自伝によると、それ以前は「ティー(紅茶)」と
ハッキリしゃべることができたらしい。
しかしその後は失聴が原因でしゃべらなくなり、
言葉の学習は遅れていったようだ。


ろう者Bさんの話をもとに考えると、
ろう者の場合は、補聴器、人工内耳の効果が
期待できない聴覚障害者ということになる。

このような人がそれらの機器で音声を聞くことが
できるようになっても、言葉がわからないのである。

つまり、それではしゃべることもうまくできない、
ということを意味する。


一方、中途失聴者の場合は、補聴器にしろ、
人工内耳にしろ、昔聞いていた音とは若干違う
機械音ではあるものの、脳がそれを音の記憶と
マッチングさせ、音を理解する能力が再生する。
つまり、脳の推測力で補えるのだ。

生まれつき耳が聞こえない幼児を除いて、人間は皆、
6歳ぐらいまでに、音を聞いたり、しゃべる訓練を
自然に積んでいる。
そしてこれが、しゃべる能力になるわけだ。
健聴者はそれに恵まれている。
中途失聴者や中途難聴者も同じだった。

しかし、生まれつき全く聞こえないろう児は、
この訓練ができない。
幼児期の聴能訓練成果の影響は大きい。
これが、口話法の習得力にも大きく影響する。

それで、「聾(ろう)」の児童は「唖(あ)」になりやすく、
昔は「聾唖者」と呼ばれることが普通だったようである。
たとえ、しゃべれるようになった聾唖者でも、
声が変だと言われるのが、むしろ当たり前だった。

一方、人生のどこかで失聴してしまった中途失聴者は、
「聾(ろう)」「全聾」になることはあっても、
直ちに「唖」になることはない。
発声能力の、ある程度の維持は可能だろう。


〔関連記事〕

『しゃべれる聴覚障害者がいる理由』
〔2014-01-28 18:30〕




【人工内耳装用者の話】
「人工内耳を装用する前に、適性を調べる必要がある。
人工内耳手術をしても、効果がない人もいるからだ」


ろう者Bさんと、人工内耳装用者の話を
統括すると、話せるようになるためには、
聞こえるようになるだけでなく、本人の音の
記憶力やリハビリに取り組む力など、
さまざまな力が必要、だと思える。

優れた人工内耳、補聴器があれば聞こえる
ようになり、その結果、話せるようになると
勘違いしている健聴者がいることも事実で、
こういう人たちが安易な推測で噂を広め、
聴覚障害者を苦しめているのではないか、
と思われる。


【発声練習ができる聴覚障害児と、できない聴覚障害児】
私は以前に、インターネットの情報から

「発声練習に失敗したろう児」

という文字だったと思うが、そういう情報を見たことがあった。
多分、ろう児教育に携わっている人の論文みたいなものを
読んで、発見したのだと思う。
それはまさに、健聴者の視点での言い方だと思う。

結論から言おう。
中途失聴者の場合は、聞こえている間に、すでに言語を
獲得している。
その後に失聴した。

反対にろう者の場合は、聞こえないまま言語獲得に
挑戦させられ、「失敗」したとさせられている。

中途失聴者は、少し無理に例えるならば、すでに
“完成した声のアスリート”と同じようなものではない
だろうか。
その頭脳には音の記憶を持っており、正確な音の
イメージを再現し、肉体の声を出す部分も、正確に
動くのだろう。

だから、中途失聴者は聞こえなくなったってしゃべれるし、
再訓練する必要もないのだ。
人工内耳の効果が期待できるのも、音の記憶を持っていて、
言語獲得しているからだと思う。

ところが、ろう者の場合はどうだろうか。
ろう児がしゃべれない、あるいはきちんと声を出せない、
奇声のようにしゃべる、といったことになるのは、
この「発声練習に失敗した」という言葉に表れているから
だと思われる。

それは「失敗」ではなくて、うまくしやべれないのが、
むしろ当たり前ではないか、と思う。
それはすでに、学者も言っていることだ。


【聴覚障害三級の人の話】
「(幼児期に)大学病院の一医師から、

「聞くことをやめてはいけない、ラジオに耳を押しつけてでも
音を聞きなさい」

といわれた。」


この理由は、おそらく幼児期こそ、言語(日本語)獲得に大事な
時期だからなのではないか、と思う。


【日本手話を使うならば当然、声は出さない】
それと、手話の実情を知らない健聴者もいる。

手話通訳者や難聴者・中途失聴者には、
日本語をしゃべりながら手話も表している人もいる。
しかし、その手話(日本語対応手話)は、
ろう者の手話とはかなり違うものだ。

ろう者の手話(日本手話)をしながら、
同時に日本語でしゃべることはできない。

逆に、日本手話の文法で手話を表しながら、
日本語の言葉を考えようとすれば、
今度は自分のしゃべる声のほうが、
いつのまにかおかしくなってしまう。
つまり、これもできない。

ろう者にも日本語をしゃべれる人はいるが、
その人でさえ、講演会等で難聴者相手に
仕方なく日本語でしゃべりながら、
日本語対応手話をやっていると、
ものすごく疲れてしまうそうだ。

でも、そのろう者が書いた本、文章を読むと、
びっくりする。
健聴者以上に上手だったからだ。

これも多分、ろう者にとっても、日本語を知って
いること、そして書くことと、日本語をしゃべるという
ことは、ずいぶん違う証拠となるのだろう。

健聴者の「ろう者の声は変だ」というのも、本当だと思う。

すると、よけいに、自分を「全聾です」と告白した
佐村河内氏は、疑われるのが当たり前だったのかも
しれない。


【テレビドラマの影響(功罪)】
また、テレビでやった、昔の手話ドラマの影響か、
聴覚障害者=ろう者というような、誤った見方が依然
として続いているのではないか、と思われる。

「発声練習に失敗したろう児」と、(大人の)ろう者と、
聴覚障害者とが、健聴者の頭の中では結びついている
のではないか、と思われる。


【手話サークル、講習会の「聴覚障害者」に関する、
偏った学習内容も原因。
また、健聴者の勉強不足でもある。
聴覚障害者協会(ろう協)(※)が主催する講習会だけを信じ込む、
健聴者の姿勢もかなり疑問に思う】


手話サークルや手話講習会などでも、ろう者については
詳しく説明するが、難聴者や中途失聴者のことについては、
詳しい説明はなされていない。

その理由は簡単である。
聴覚障害者協会とは言っても、難聴者や中途失聴者の
当事者が少ないので、そのことについて知らない人も多い。

すでに述べたとおり、難聴者や中途失聴者こそ、
多様に存在する聴覚障害者であり、その説明は非常に難しく、
また多くの労力と時間を要する。
それは、ろう者についての説明よりも、ずっと難しいと思う。
ろう者に、その説明はできないと思う。

(※)聴覚障害者協会(ろう協)は、ろう者が主体となっている
聴覚障害者団体である。
上部団体は(財)全日本ろうあ連盟
全国各地の手話講習会等の運営にも、ほとんどが
聴覚障害者協会が関わっている。
また、手話サークルも、聴覚障害者協会と協力関係
にある。

一方、中途失聴者・難聴者が主体となっている
聴覚障害者団体も存在する。
こちらの上部団体は一般社団法人 全日本難聴者・中途失聴者団体連合会



〔関連記事〕

『「聴覚障害者」の定義に関する共同声明(1989年)』
〔2011-03-31 23:19〕



【聴覚障害2級(「両耳全聾」状態の診断)の現状】
――異なる聴覚障害者が混在していて、曖昧な基準。
――その画一的基準の矛盾点とは。

中途失聴者とろう者を混同視しがちな現状。
及びその理由。

「医学的ろう(全聾)」と、「ろう者」は、
意味が違うということを、
健聴者は理解していない。

「全聾」の人でも、残存聴力がある人はいる。
というか、その聴力を生かし、補聴器で音を
拾うぐらいは可能な人もいる。

また、聴力は同程度の人でも、その聞こえの具合は
非常な個人差があることも珍しくはない。
詳しいことは「感音性難聴障害」について、
調べるとよい。

聴覚障害があっても、筆談や読話や日本語対応手話
(母語が健聴者と同じ日本語の、難聴者や中途失聴者
がよく使う手話)など、視覚情報を駆使すれば
コミュニケーションを行うことが可能である。
つまり、聴覚障害者のコミュニケーション方法は、
耳だけに頼ってはいない。
耳が聞こえないからといって、コミュニケーションが
不可能だと断じるのも、健聴者の間違いであり、
偏見に過ぎない。

健聴者も

「見た目ではわかりにくい障害だから」

と言い訳ばかりして逃げるのは、もうやめてほしい。

この点は、健聴者と違う点なので、聴覚障害者理解
には極めて重要である。

身体障害者手帳についての話であるが、
聴覚障害のみの身体障害者等級は、

2、3、4、6級

のみである。
ただし、聴覚障害者の中にも、1級や、5級の手帳を
持っている人も、なかにはいる。

それは、その人の障害が聴覚障害だけでなく、
例えば言語障害とか、他の障害もあって、
聴覚障害の点数と他の障害の点数を合わせた結果、
1級や5級に認定されたためである。

障害が重いろう者には、言語障害を持っている人もいて、
1級の人もいる。

言語障害は、例えば脳性マヒ障害者のなかにもいる場合
がある。
同じ「言語障害」という“くくり”ではあるが、やはり
これも、その障害になった原因が違う。

聴覚障害だけの場合では、最高等級が2級までなので、
残存聴力がある人も、ない人も2級という、同じ等級に
なってしまうのである。

ほとんど聴力だけの判定のようなので、しゃべれる人も、
しゃべれない人でも言語障害までは認定されなければ、
2級が最高等級なのである。

だから上のような問題が起きるのは、国の認定基準にも
責任がないだろうか?

という疑問を、私は持っている。

なぜ、ろう者と中途失聴者は同じ障害等級なのだろうか?

そう思う人は、少なくないはずだ。

これは、ろう者と中途失聴者が混同されて見られたり、
必要な配慮も混同されやすくなる一因なのではないか、
と思われる。

それで、上に取り上げたブログの筆者のように考えてしまう
健聴者が、後を絶たないのではないだろうか。



【追記】

千葉県
『条例制定当時に寄せられた
「障害者差別に当たると思われる事例」(その他)』
〔更新日:平成26(2014)年8月8日〕



>「手話で話していたら、私の声が普通と違うので、
外国人と勘違いした人がいて、日本人だとわかると、

「へー、何で日本語しゃべれねんだ?
知恵遅れか?」

と言われた。」



〔記事容量オーバーのため、別記〕

『聴覚障害者でも、しゃべれる人がいる理由①〔参考資料〕』
〔2014-03-14 18:31〕

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by bunbun6610 | 2014-03-14 18:30 | コミュニケーション能力

差別横断幕:浦和に無観客試合 Jリーグ初の処分

http://mainichi.jp/sports/news/20140313k0000e050187000c.html


差別横断幕:浦和に無観客試合
 Jリーグ初の処分


毎日新聞 2014年03月13日 13時15分(最終更新 03月13日 13時37分)


 8日に埼玉スタジアムで行われたサッカーJリーグ1部の
浦和−鳥栖戦の試合中、会場内に人種差別的な内容を
含む横断幕が掲げられた問題で、Jリーグの村井満チェアマン
は13日、浦和に対し、けん責と、23日にホームの同スタジアム
で開催される清水戦を無観客とする処分を科すと発表した。

Jリーグでの無観客試合の処分は初めて。

 横断幕には「日本人以外お断り」の意味がある

「JAPANESE ONLY」

と書かれており、浦和のサポーター席へ入るゲートに掲げられた。
試合後に浦和が撤去し、掲げた人物から事情聴取するなど
調査を進め、13日までにJリーグに報告した。

 浦和によると、横断幕を掲げた人物は事情聴取に対して

「差別的な意図はなかった」

と釈明していたが、その後、当日のスタンド内で差別的発言を
聞いたという複数の証言が寄せられたことなどから、クラブ側は

「差別的な言動があった」

と判断。
村井チェアマンも12日に

「発信者の意図の問題よりも、受け手が明確に差別されたと意識
を持ちうる表現であれば、(差別だと)そう思う


とし、厳しい態度で臨む姿勢を示していた。

【平本泰章、村社拓信】



====================================




>「村井チェアマンも12日に

「発信者の意図の問題よりも、受け手が明確に差別されたと意識
を持ちうる表現であれば、(差別だと)そう思う


とし、厳しい態度で臨む姿勢を示していた。」



当然だと思う。

日本は鎖国政策により、長い間、単一民族国家を
死守してきた歴史がある。
外国とは全く違う。
そんな背景から障害者を見る目も、他の民族とは違うらしい。

「差別」を「差別と思わない」ところがある。

恐るべき鈍感力を生んでしまったものだ。

障害者差別に対しても、この例と同じように、
厳しい態度で臨んでほしい。
そして「障害者差別解消法」ではなく、
「障害者差別禁止法」を新たにつくるべきだ。

国連・障害者権利条約を批准した日本政府が、
きちんとやるべき、義務だと思う。



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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140314-00000176-yom-soci



浦和・差別行為
「繰り返せば資格剥奪も」村井氏


読売新聞 3月14日(金)11時50分配信


 今月8日にJ1リーグ・浦和―鳥栖戦が行われた埼玉スタジアムで、
人種差別とも受け取れる垂れ幕が掲げられた問題について、
Jリーグは13日、浦和に対し、無観客試合の開催というリーグ史上
最も厳しい処分を下した。

 1月末に就任した村井満チェアマンが打ち出すフェアプレー精神の
徹底を強く印象付ける形となった。

 村井チェアマンは、自ら「無観客試合開催」とする処分案を決め、
裁定委員会に諮ったという。
9種類の処分の中から無観客試合を選択した理由について、

「勝ち点減などよりも、直接的にサポーターが強く影響を受ける
無観客試合の方が、サポーターにメッセージが伝えられると思った」

と説明した。
浦和の淵田敬三社長によると、1人当たりのチケット単価は約2500円
といい、1試合平均で約3万7000人の観客を集める浦和にとっては、
入場料収入だけで1億円近い減収につながる。

 村井チェアマンは、新規のファン、サポーターを獲得するため、
スタジアムなどの観戦環境の改善に取り組み始めている。

その中で「JAPANESE ONLY」(日本人のみ入場可)と書かれた
垂れ幕が掲示されたことに、

「1人でも多くの新規のお客様をお迎えしようという基本方針で、
様々な人に来てほしいという思いと逆」

と、強い危機感をあらわにした。

 チェアマンが特に問題視したのは、クラブ側が垂れ幕を確認
してから撤去まで1時間以上かかった点で、

「クラブが差別的な掲示を放置したのは、差別的な行為に
加担したと同じ


と批判した。

 浦和は2010年にも、サポーターが仙台の選手を人種差別的
な言葉で中傷したとして、500万円の制裁金を科されている。
浦和サポーターによる相次ぐトラブルに対しては、

「降格や会員資格の剥奪というさらに重い処分もある。
改善されずに繰り返せば、そういうことも視野に入ってくる」

と厳しい姿勢を示した。

最終更新:3月14日(金)11時50分



====================================




>「差別的な掲示を放置したのは、差別的な行為に
加担したと同じ」




国連・障害者権利条約にある「間接差別」と同じである。
別に「厳しすぎる」なんてことはない。
当たり前のことだが、わかっていないから、こうなるのだ。

クラブ側だけでなく、傍観者だった他のサポーターにも、責任がある。
そういう認識を持つことが大切だ。

Jリーグ・チェアマンの採決に、拍手を送りたい。



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http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/jleague/2014/columndtl/201403240001-spnavi?page=2



「誰もいないスタジアム」という衝撃
無観客試合という制裁の妥当性を考える

宇都宮徹壱
2014年3月24日 12:00

「多くのファンは無観客試合を経験していない」

浦和の原口(中央)が同点ゴール。しかしスタジアムは静寂に
包まれ、選手たちも笑顔はない【宇都宮徹壱】

 キックオフ2時間前、浦和美園駅に到着。
駅の構内はまるで平日のように閑散としていた。
埼玉高速鉄道の線路沿いの道を歩きながら、埼玉スタジアム
2002を目指す。
途中、すれ違うのはサッカーとは縁遠そうな地元民ばかり。
まるで日本代表の前日練習を取材にいくような気分だ。
なるほど、これが無観客試合の雰囲気というものか。

 およそ熱心な浦和ウォッチャーとは言えない私だが、
今回の浦和レッズと清水エスパルスによる無観客試合
については、しっかりこの目に焼き付けておきたいと
思っていた。
私がこの試合で確認したかったのは、ただひとつ。
それは「無観客試合という制裁の妥当性」である。

3月13日、Jリーグは「JAPANESE ONLY」という
横断幕が人種差別であったと判断。
横断幕を試合終了時まで撤去しなかった浦和に対し、
けん責および国内初となる無観客試合という重い制裁
を課すことを発表した。
この決定について、サッカーファンの間では「妥当」とする
意見がある一方で、「勝ち点剥奪のほうが効果があった
のではないか」とか「なぜ清水までとばっちりを受けなけ
ればならないのか」など、さまざまな反論もあった。
ここで私が注目したのは、村井満チェアマンのこの発言
である。

「(勝ち点を)剥奪するというよりは、直接的にサポーター
が影響を受ける無観客試合の方が、今回の本質をすべて
のサポーターに伝えられると考えました」

 この無観客試合の妥当性について論じるにあたり、最も
欠落していると感じるのが「ほとんどの日本のファンは
無観客試合を経験していない」という事実である。
スタンドに入れるのはメディア関係者のみ。
埼玉スタジアム2002公園内へのサポーターの立ち入りも
禁止された。
日本を代表する集客力と応援の熱さで知られる浦和のホーム
ゲームが、観客も声援もない中で行われる。
その衝撃の度合いというものは、いかほどのものなのか。
そしてそれは、どのように「すべてのサポーターに伝えられる」
のか。
それらを現場でしかと確認しておきたい──というのが今回の
取材の目的であった。

「音が聞こえない」試合への猛烈な違和感
 先制したのは、アウェーの清水だった。前半19分、左CKから
大前元紀がクロスを入れ、逆サイドで六平光成がシュート。
浦和GK西川周作がはじくもボールは再び左に流れ、これを
長沢駿が確実に詰めた。
長沢はこれがJ1初ゴール。
しかし、当然のことながらサポーターの歓声もなければ、得点者
のアナウンスもない。
そもそもこの試合は、選手紹介も、選手入場のBGMも、さらには
選手交代やアディショナルタイムの音声インフォメーションも
皆無だった。
観客がいないのだから、当然の判断と言えるのかもしれない。
が、非常に違和感を覚えたのも事実だ(もっとも、無観客試合
で「ゴ−ル!」というMCが入ったとしても、それはそれで違和感
を覚えただろう)。

 今回の無観客試合で、個人的に猛烈な居心地の悪さを覚えた
のは、スタンドに観客がいないことよりも、むしろ「いつもは聞こえる
音が聞こえない」ということであった。
歓声、チャント、ブーイング、拍手、BGM、そしてアナウンス。
サッカーのゲームを構成する、それらのサウンドがまったく排除
されてしまうことの何と味気ないことか。
聞こえてくるのは、選手やベンチからのコーチング、主審の
ホイッスル、そして上空を旋回する報道ヘリのプロペラ音ばかり
である。

 無観客試合といえば、タイのバンコクで日本代表が北朝鮮
代表と戦った、2005年のワールドカップ予選を思い出す方も
いることだろう。
私もあの試合は取材しているが、これほどの静寂ではなかった。
というのも、VIP席には大使館関係者と思われる北朝鮮の
グループが大騒ぎしていたし、スタンドに入れない日本の
サポーターもスタジアムの外からニッポンコールを送っていた
からだ。
その意味で、今回の「音が聞こえない」試合は、これまでまったく
経験したことのない異質なものであった。

 再び視線をピッチに戻す。清水の3倍近いシュートは放つものの、
なかなかゴールに結びつけられない浦和であったが、後半31分
にようやく同点に追い付く。
右サイドをドリブルで駆け上がった関根貴大が粘りに粘って
クロスを供給。
中央で待ち構えていた李忠成が中央でつぶれ、最後は原口元気
が右足で押し込んだ。
しかし、選手たちの表情に笑顔はない。
ゴールを共に喜ぶべきサポーターが不在だったからか、あるいは
この試合の性質を鑑みて笑顔を封じていたのか。

 試合は1−1のドローで終了。勝ち点1を分けあったことで、
浦和は5位のまま、清水は12位から15位に後退した。
何とも微妙な結果であったが、それ以前に「音のない試合」は
両チームにとっても度し難いものがあったようだ。
タイムアップとなった時、ピッチ上に立っていた22人全員の表情
から、晴れがましさや充実感といったものは微塵も感じられなかった。
対戦相手への握手を終えると、皆いそいそとロッカールームに
駆け込んでいく。
「一刻も早く、この場から去りたい」という思いで、彼らの胸中は一致していた。


清水と浦和、両監督のそれぞれの思い

国連プログラム「SPORTS FOR PEACE!」のシャツを着て
無観客試合に臨む浦和の選手たち【宇都宮徹壱】

 試合後の会見では、それぞれの監督から人種差別に関する
言及があった。
清水のアフシン・ゴトビ監督は多様性の大切さについて、そして浦和
のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は差別に打ち勝つすべについて、
いずれも自身の経験にもとづきながら語っている。

「サッカーからこうした差別をなくしていかなければならない。
人と人の違いがあるからこそ世界は美しい。
エスパルスには9カ国の違った国籍の選手やスタッフがいる。
カナダ、韓国、オランダ、スロベニア、ドイツとブラジルのスタッフ、
私はどこから来たかのかもう分からない(笑)。
私は日本に来て3年と2カ月だが、悲惨な大地震も経験した。
日本はあのとき、世界と強く団結していた。
それが真の日本の姿だと思う。
多くの海外の人々は日本と日本人を愛している。
優しさと礼儀正しさ。
それが日本の素顔だと思う」(ゴトビ監督)

「私は37年間、ほぼ外国で生活していたが、差別というものは
残念ながらどの国にも存在する。
(現在の国籍である)オーストリアでは旧ユーゴスラビアの人々
を快く思わない人もいるし、現役時代にプレーしたスロベニアや
クロアチアでも差別的な態度を受けたことがある。
それでも私は、どこに行っても差別から勝利することができた。
それはなぜか。
私は差別を受けながらも、差別した人間に対してのリスペクトと
愛情を忘れなかったからだ。
クラブは今、厳しい状況に置かれているが、どんな状況でも他者
を愛し、リスペクトすることを忘れるべきではない」(ペトロヴィッチ監督)

 ゴトビ監督は、1964年にイランのテヘランで生まれたが、
79年のイスラム革命により家族と共に米国に亡命。
そこでサッカーに出会い、米国、韓国、イランでの指導を経て日本
にやって来た。
一方のペトロヴィッチ監督は、1957年に旧ユーゴスラビアの
ベオグラードで生まれ、セルビア、スロベニア、クロアチアのクラブ
でプレーした後、オーストリアに移住。
ゴトビ監督と比べて移動範囲は限られていたが、どこへ行っても
異邦人として遇されてきた。
今回の無観客試合の当事者となった両クラブの監督が、いずれも
複雑な出自を持った外国人監督であったことは、もちろん偶然である。
しかしその偶然が、示唆に富んだ日本人へのメッセージにつながった
ことは、幸いだったと思う。

効果的なメッセージとなった「無観客試合」という決断
 あらためて、今回の「無観客試合という制裁の妥当性」について
考えてみたい。
試合後、ある同業者は「誰にとっても得るものがなかった試合でしたね」
という感想をもらしていたが、最もダメージを受けたのは間違いなく
浦和の関係者だろう。
クラブはおよそ1億円の損失があったと言われているが、スタジアム
周辺地域での飲食やグッズ販売まで含めれば、損失は倍以上に
膨れ上がるはずだ。

 とはいえ、深刻な影響を受けたのは浦和ばかりではない。
対戦相手の清水の関係者はもちろん、他のJクラブのファンにとっても
(たとえアンチ浦和であっても)、テレビ越しに見る無人のスタジアムの
光景は決して愉快なものに映らなかったはずだ。
そして、これだけ多くのメディアに大々的に報じられたことで、制裁を
課した側のJリーグもまた痛みを分かち合うこととなった。
この日、あえてテレビ観戦したという村井チェアマンは試合後、
このようなコメントを広報を通じて発表している。

「Jリーグ20年の成長を支えてくださったのは、クラブを愛する
ファン・サポーター、ホームタウンの皆様です。
クラブにとって一番の財産であるファン・サポーターの姿がない
スタジアムでの試合は、Jリーグ百年構想の理想とする姿とは
最も遠いところにある試合というしかなく、大変寂しく悔しい
思いで試合を見ました」

 観客のいないスタジアムというものは、Jリーグにとっては
日本リーグ時代の末期を想起させるトラウマである。
しかしながら、もし今回のような不祥事が今後も続くことになれば、
その悪夢は現実のものとなりかねない。
事件を「一部の人間によるもの」と矮小化させず、当該クラブ以外
のファン・サポーターや関係者にも当事者意識を持たせる意味
において、「無観客試合」というJリーグの決断は極めて効果的な
メッセージとなった。
そして、想像していた以上の痛みを伴ったという意味でも、処分は
妥当であったと言えるのではないか。

 かくして、けん責と無観客試合というJリーグの制裁は遂行された。
浦和としては、横断幕や旗の掲出自粛を当面続けるようだが、
それでもスタジアムに声援と歌声と熱気が戻ってくることには
救いが感じられる。
だが「無観客試合」という強烈な記憶が、われわれの脳裏から
払しょくされることはないだろう。
サッカーを愛する者にできることは、ただひとつ。
それは、過ちを繰り返させないことだ。
最後に、現役選手の中では誰よりも早く今回の事件をSNSで
非難した、浦和の槙野智章のコメントを紹介しておきたい。

「(差別は)日本ではあってはならないことだし、日本を代表する
クラブであるレッズであればなおさらだと思う。
ダメなものはダメということを、自分から前に出て行動、発言する
ことが大切だと思う」

<了>



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http://www.excite.co.jp/News/soccer/20140328/Kyodo_BR_MN2014032801002429.html



浦和のサポーター11団体が解散
差別横断幕問題で


共同通信 2014年3月28日 21時06分
(2014年3月28日 21時09分 更新)


 サッカーJリーグの浦和は28日、サポーターが差別的な横断幕
を掲げ無観客試合の処分を受けた問題で、サポーターグループ
の11団体が自主的に解散したと発表した。

クラブによると、11団体で約200~300人が活動し、ゴール裏の
観客席で応援のまとめ役を担っていた。

 これらのサポーター団体は

「当事者としての責任を認識し、全員で解散を決めました。
今後は、差別撲滅に向けた取り組みを含め浦和レッズのために
行動していきます」

との声明を出した。
解散した団体のメンバーは、今後も観戦や応援ができる。

 浦和はサポーターと再発防止策の話し合いを重ね、27日に解散
の申し出を受けた。



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by bunbun6610 | 2014-03-13 21:03 | 人権、差別

ベンジャミンとカー君 - 野田動物病院 本院(横浜市港北区小机町)

野田動物病院 本院

 横浜市港北区小机町451

http://www.noda-vet.co.jp/


ここの病院の入口前の左右には、
狛犬ならぬ「狛鳥」がいます。

インドネシア出身のオウムです。
二羽いて、名前は「ベンジャミン」と「カー君」です。

下の情報

http://kohoku-yokohama.mypl.net/mp/samponin/?sid=1479

には「ジャスミン」という名前になっていますが、
本当の名前は「ベンジャミン」です。
間違えて呼ばないでね。

ベンジャミンは陽気で人気者です。
一方、カー君はとてもシャイな性格です。

どれ、記念写真に撮っておきました。

ベンジャミンは近所のおじさんに野菜をもらって、
あっという間に平らげてしまいました。

カー君は「いらない」って言っていたようでした。


『カー君』
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『ベンジャミン』(「ジャスミン」じゃないよ!)
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by bunbun6610 | 2014-03-13 18:30 | 動物

聴覚障害者・難聴者情報保障の最高峰番組だ! テレビ朝日『日曜×芸人』

テレビの情報保障も、最近は進化しているようだ。
多分、本当は聴覚障害者や難聴者を意識して制作した
番組ではないと思うのだが、私が毎週、これを観ずして
寝ることはできない番組が

テレビ朝日『日曜×芸人』
(毎週日曜日深夜放送)



なのである。
これはもう、聴覚障害者にとっても

「分かりやすい!」

だけを完全に超えた

「面白さも追求!」

になっていると思う。
この番組は、いろんな手法を駆使している。

視聴者の聴覚障害者も、この面白そうなクイズに
参加できるように工夫されている。

予め録画したものに字幕をつけたテレビ番組だから、
それが可能となった、ということもあるが。

生放送番組だとよく、タイムラグのせいで字幕が
遅れていて、皆が笑った後に、ようやくその意味
がわかる場合がある。
でも、それではやっぱり、面白くないのだ。
その画面はとっくに流されてしまっているのだから。

それでは字幕がついても、自分だけ取り残された
淋しさが増す。
CMの時間に入り、字幕がチョン切れて
(強制終了して)しまうのも、一層淋しさを増す。

でも『日曜×芸人』は、出演者と一緒に笑える。
一体感が味わえるのだ。
それは、いかなる差別も感じない、ということだ。

特に普段の難聴者や中途失聴者には、
なかなか味わえなくなったもので、
非常に気持ちが良いものだ。
とうの昔に忘れ去っていた喜びを思い起こさせる。

健聴者にはあまりにも当たり前のことなので、
こんな気持ちはわかりっこないだろう。


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さらに、最近のテレビCMにも、字幕がなくとも、
文字が入ることによって、聴覚障害者や
難聴になったお年寄りにもわかりやすくなってきた。

〔A社のテレビCM〕
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〔B社のテレビCM〕
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by bunbun6610 | 2014-03-12 18:30 | 情報保障(テレビ字幕)

2011年3月11日の震災日から三年

出社して、まず朝礼があった。
突然、みんな下向きになり目をつぶり出した。

聞こえない自分だけ、状況の意味がわからない。


「ああ、そうか・・・。
今日は震災3年目。
その追悼日のための黙祷だった」

だけど、私だけ目をつぶらなかった。
目をつぶってしまったら、いつ目を開けたらよいのか、
わからないからだ。

それで、中学校時代に、クラスでみんな黙祷のような
ことをしているのに、自分だけしなかったので、
先生に怒られた日を思い出した。
目をつぶるということは、視覚、聴覚両方の情報から、
自分を遮断してしまうことを意味する。
これは怖い。


2011年3月11日に起きたことを、
私は忘れない。

あの時、私は会社の中にいた。
ハローワークSのM氏が会社訪問に来ていて、
私が呼ばれたのだ。
私はM氏と面談をした。

会社が障害者雇用助成金をもらうため、
その面談を受けなければならなかったのだ。

M氏は手話ができたので、通訳者がいなくても
問題がなかった。
けれども、M氏と話しても障害者雇用の問題点は
何も解決しない。
だから結局、形式的な面談をしているに過ぎなかった。
障害者のためではなく、会社が助成金をもらうために、
である。

「M氏は何のために、ここに来ているのだろうか?」

「税金のムダだ」

などと思っていた。


意味のない話がそろそろ終わる頃に、突然、激しい
揺れが起きた。

「これはすごい!」

筆談もできない状況で、机の下に潜り込もうかと思ったが、
こんな狭い密室の中で閉じ込められたらどうしよう。
それよりもドアを開けて外の様子から見ようと思った。

外を見ると、いつもはたくさんの車が走っている道路が、
ガラガラになっていた。
車も全台ストップしていたのだ。
外も激しく揺れていた。
立っていても気分が悪くなるほどに。

地震がおさまって

「この地震、震源地はどこかな?」

そう話しているうちに、会社人事部のMさんがやってきて

「大丈夫でしたか? 震源地は、宮城のほうだって」

と伝えてきた。
あれだけ激しい地震の後だったから

「電車は動いていないから、今日は早く帰宅して下さい」

と会社のM上司に言われた。

まだ明るい時間に、歩いて帰宅した。
暗くなる頃には、たくさんの人が歩いているのが
目についてきて、混みあったバスに乗っていたりした。

いつもの手話サークルに行こうと思って寄ってみた。
時間になっても部屋には誰もいなかった。
メールを送ってみたが、なかなか通じなかった。
しばらくすると

「今日は中止」

というメールが、やっと届いた。

自分の唯一の通信手段であったメールが、
震災の時には使えないということがわかった。

情報が何も入ってこなかった自分はのん気にしていて、
事の重大さなど何も分かっていなかった。

家に帰ってテレビをつけると、地震情報が速報版で流れていた。
こればっかりだった。
その日の夜は、東京は帰宅困難者のニュースばかりだった。

ところが、翌朝になると、テレビニュースには信じられない
光景が映っていた。
福島の陸前高田市の映像だった。

「全滅だ・・・」

もう、絶句するしかなかった。

同じ日に東京はもう、ほとんど平常通りにもどりつつあった。
パチンコ店にも客がいたのを外から見た。

でも福島では大変なことになっていた。
その日だったか、その翌日だったのかは憶えていないのだが、
津波の映像ばかりがテレビニュースで流れていた。
ケタ外れに大きな津波だった。
千年に一度の大津波だとか。

耳が聞こえず、社会で孤立している私には、
テレビが唯一の情報源だった。

もし、被災地にいたなら、私は死んでいただろう。

津波による原発事故のことを知ったのは、
後からだったと思う。
これは、情報を隠していたのではないか、という噂がある。

あの日から、もう三年になった。
復興が全然進んでいない。

政治の責任だと言うが、
日本人皆の責任だ。
責任を自覚しなくては、と思う。
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by bunbun6610 | 2014-03-11 23:58 | 社会

『間違いだらけの生活保護バッシング』(生活保護問題対策全国会議/編者)(5/5)

『間違いだらけの生活保護バッシング』
(生活保護問題対策全国会議/編者
 2012年8月20日/初版第1刷発行
 株式会社明石書店/発行所)




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第5章 生活保護バッシング、餓死・孤立死事件と生存権裁判

「70歳以上の人の保護費が、東京の場合約10万円から約2万円、
2割も減らされました。

老齢加算廃止を認めるということは、生活保護基準が引き下げ
られるということです。
そうなれば、年金、医療、介護、保育等社会保障給付削減、
さらには最低賃金、賃金そして就学援助、奨学金等教育の水準
の引き下げに連動し、税金、保険料、一部負担等国民負担が
引き上げられます。
その影響が生活保護を受けている人々、高齢者のみに留まらず、
子どもから高齢者まで、全ての人の生存、生活、健康、そして労働、
教育にまで及ぶので、生存権裁判と呼んでいるわけです。

原告になったきっかけは

「これまで支給されていたものを減らすあるいはなくすということに、
単純に腹が立ちました」

というものです。

また、廃止されて何が一番困るかという問いには、異口同音に、
香典や交通費がなく、親族、友人の葬式に出られないこと、
すなわち社会との絆が断たれることを挙げています。
まさに、「文化的」な最低限の生活が失われているのです。

2012年4月2日、最高裁第二小法廷は、生活保護を国民の権利
として認め、生活保護の老齢加算の廃止処分は必要な手続きを
尽くさず違法で許されないとした画期的な福岡高裁判決を破棄し、
さらに廃止の過程、手続き等について十分審理を尽くさなければ
ならないとして、差し戻しました。

第二小法廷もさすがに、原告の思い、そして生存権裁判支援運動
の急速な広がりを無視できず差し戻したと言えるでしょう。

さらに、第二小法廷判決には、藤岡正彦裁判官の

「生活に窮する高齢者の尊厳が全うされるとともに、健康で文化的
な最低限度の生活の確保が損なわれることのないように特に慎重
な配慮が望まれる」

という意見が付きました。」(P94)


生活保護の締めつけは、社会的弱者を切り捨て、間接的に死に
至らしていくのに等しい。
自分もいつかは、その人になるかもしれないのだ。


『①保護を受ける人が少なすぎる――「漏給」をなくす』
2011年には生活保護を受ける人が205万人を超えて「過去最多」
になったと報じられました。
しかし、貧困・不平等の拡大に比し日本の保護率や捕捉率は低すぎ、
まだまだ生活保護を受ける人が少ないのです。
したがって、不正受給をなくす(濫給防止)ことも重要ですが、保護を
必要とする人が保護されるよう「漏給」を防止してこそ、餓死・凍死
・孤立死を防ぎ生活保護本来の最後の安全網としての役割を果たす
ことになるのです。

『②生活保護基準が高いのではなく賃金が低すぎる』
貧困・不平等の拡大で一番深刻なのは、貧困が若者にまで広がり、
追いつめられたその若者から「生活保護基準が高すぎる」という声が
起こっていることでしょう。
しかし、冷静に考えれば、賃金が低すぎる。
働いても食べられないのがおかしいのです。
生活保護基準を引き下げ、それに連動させて最低賃金、賃金を引き
上げるべきでしょう。

『③「健康で文化的」な生活でなければならない』
生活保護基準は、本当に高いのでしょうか。
葬式に行けなくて、絆が断たれて文化的生活といえるでしょうか。
葬式に行くのは、加算=おまけでしょうか。
病院へ行くのを我慢するのが「健康な生活」でしょうか。
「最低限度の生活」も「健康で文化的」でなければならないはずです。

『④「劣等処遇」そして「恥だという意識」の克服
――最低生活から人並みな生活へ』

生活保護を受けている人、働けない人は、働いている人より低劣な
生活を耐えしのばなければならないのでしょうか。
税金により保護されているのだから、「お上の世話になっているのだから」、
贅沢言うな、我慢しろというのですが、生活保護を受けている人は、
人間として劣っているのでしょうか。

恩恵の時代には、貧困は個人が怠惰で劣等な人間だから本人の
責任だ、劣った「処遇」は当たり前だと言われてきました。
生活保護の歴史は、こうした劣等処遇意識と保護を受けるのは
「恥だとする刻印(スティグマ)」と本人・家族の恥意識の克服の
歴史でした。

新憲法のもとで、第二次大戦後の窮乏状態から経済発展を遂げた
日本です。
そろそろ、日本でも劣等処遇を脱却し、「最低」生活の保護から国際的
基準(グローバル・スタンダード)になっている「人並みで、十分な生活」
を保障する、さらには健康権のように「最高水準」の保障を実現する
時代になっているのではないでしょうか。

『⑤生活保護行政の適正化こそ必要』
生活保護が適性に運用されていれば餓死・孤立死の多くは防げる
でしょう。
生活保護の歴史は、「適正化」の歴史でもあります。
不正受給を防止するために「適正化」するというのですが、多くの場合は、
本当に必要な人にも保護を受けさせない、必要な人を無理やり「自立」
させるというものでした。

しかし、適正化させなければならないのは、生活保護行政でしょう。
行政こそ憲法、生活保護法を正しく理解し、適性に解釈・運用しなけれ
ばなりません。」(P95~97)


「生活保護基準は、市民生活に多大な影響を及ぼします。
この間の特徴は、自公政権時代では、「骨太方針」〔※2〕により生活
保護基準は抑制されてきました。
しかし、自公政権時代の2007年に生活扶助基準引き下げにストップ
がかかって以降、2009年政権交代を経て一定の改善が見られます。」(P100)

〔※2〕「骨太方針」とは、自公政権時代の「経済財政改革の基本方針」
の略称で、小泉内閣発足直後の2001年から毎年策定され、国の毎年
の予算編成の基本的な枠組みを決めていた。




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by bunbun6610 | 2014-03-10 18:30 | 生活保護を考える

佐村河内氏が謝罪会見で披露した手話を、周囲の人はどう見ているか?

佐村河内氏が謝罪会見で披露した手話を、
周囲の人はどう見ているか?


『佐村河内守氏の手話をスロー再生で検証』

http://www.youtube.com/watch?v=SwhZxg0S7Fo



『佐村河内守 手話 検証 [スキャンダル]』

http://8810news.blog.so-net.ne.jp/2014-03-09-1



『佐村河内氏の手話表現の意味』
〔2014年03月08日〕

http://blog.goo.ne.jp/kazuhiko-nakamura/e/62943ffad65b56324be36d837c5368e1



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佐村河内氏はあの時、極度に緊張していただろうとは
思うのですが、あの手話表現だけを見た限りでは、
正直、手話通訳まで読み取れるとは思えない。

ろう者と交流のある人(健聴者、聴覚障害者を問わずに)
の手話とも、全く違う印象だ。

頭の中で手話単語を思い出しながら、ただ表出しているだけ、
という感じだ。
手話文法を知らない手話初心者が表しているのに等しい。


また、特に違和感を持ったのは、名前の表現だ。

苗字は漢字の手話、下の名前は指文字で表す
聴覚障害者が多い。
原則的なルールだと思ってもいいくらいだ。

ところが、佐村河内氏の場合は逆だ。
その理由としては

「珍しい名前だから指文字にしたほうがいい」

と手話指導者からアドバイスを受けたからなのかも
しれないが・・・。
こういう珍しい苗字の場合は、本当のところは
どうなのだろうか?

(指文字)さ/(指文字)む/(指文字)ら
/(指文字)ご/(指文字)う/(指文字)ち
/(漢字手話の「護る」)守る



もしも私だったら、口パクを併用し、次の表現を使うと思う。

(指文字)さ/(★)村/(★)河/(★)内
/(指文字)ま/(指文字)も/(指文字)る

(★)・・・漢字の意味を表す手話
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by bunbun6610 | 2014-03-09 23:57 | 難聴・中途失聴

『間違いだらけの生活保護バッシング』(生活保護問題対策全国会議/編者)(4/5)

『間違いだらけの生活保護バッシング』
(生活保護問題対策全国会議/編者
 2012年8月20日/初版第1刷発行
 株式会社明石書店/発行所)




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第3章 マスコミによる生活保護報道の問題点
「生活保護でよく問題となるのが「濫給」と「漏給」という二つです。
濫給は、本来、受ける資格のない人が受けているケースで、
不正受給が典型です。
他方、受ける資格があるのに受けていないケースを漏給と呼びます。

私が生活保護の報道に関わったきっかけは、漏給の事件でした。
1987年、札幌市白石区で母子家庭の母親が3人の子どもを
遺して餓死。
母親はパート労働の掛け持ちで体調を崩した後に区役所を訪れて
いました。

「生活保護を頼んだが断られた」

「怖い目に遭った。
二度と行きたくない」

などと周囲に漏らしていたのですが、申請書を書かせてもらって
いません。
今で言う「水際作戦」の典型的なケースです。

当時、私は地元テレビ局の記者でしたが、生活保護に関する
体験談を募集したところ、涙ながらの電話が相次ぎました。
母子家庭の母親が生活に困って福祉事務所を訪れても

「女だったら体を売ってでも働け」

「(離婚した場合には)別れた夫に土下座して復縁してもらえ」

などと言われ、やはり申請書を書かせてもらえなかったという
ケースが次々明らかになりました。

地方の記者だった私は、行政だけでなくマスコミの報道に疑問を
感じ、従来の生活保護についての報道を調べてみました。
驚いたことに圧倒的に「不正受給」に関するものでした。
少し前は臨時行革で「自立自助」が政府・財界の合い言葉で
生活保護が標的でした。
当時の大蔵省、行政管理庁、厚生省、各自治体などが、
「不正受給」調査を繰り返し、「不正受給額 過去最高**億円」
と記者クラブ経由の発表を繰り返し、結果として、生活保護は
「不正受給」の官製記事ばかりが流されていました。

一方、漏給はほとんど報道されません。
多くの研究者が漏給は受給者数の4、5倍程度と推定しています。
漏給が多いことは福祉のあり方としてセーフティーネット機能が
弱いことを意味し、欧米に比べ、漏給の割合が飛び抜けて高い
ことが研究者の間で問題視されてきました。

しかし政府や自治体が調査や公表に消極的なため、本当の実態
はよくわからず報道もされないという構図があるのです。

漏給が多い理由のひとつが「水際作戦」です。
職員が「まだ働ける」「親族に面倒みてもらえ」などと言って、
申請させないようにします。
受給している人にも辞退届を書かせて支給を打ち切ります。
「こんな惨めな思いをするなら切られた方がまし」と思わせた
あげくに。
漏給の人たちは役所側が意図する形で「作られる」のです。

札幌母親餓死事件を報道した後、私はロンドン特派員を4年間
ほど務めました。
イギリスの生活保護報道は、濫給だけでなく、漏給についても
時間がさかれていることを知り、驚きました。
漏給を報道するのは、信頼すべき研究機関が実態調査している
という環境の違いもありますが、公平な報道のために漏給も
報道するというメディアの姿勢は明確でした。」(P70~72)


『報道がもつ加害性とは』
今回の一連の報道では、漏給をどうするのか、という本質的な点
を問うものはわずかです。
生活保護制度には改善すべき点があることは筆者も異論はありま
せんが、「不正受給が多い」という観点だけで捉えて報じるのは
問題の一面だけをみる「間違い」だと考えます。

間違っているばかりか、報道がスティグマ形成に寄与するという
「加害性」も伴っています。
生活保護を受けるのはずるい人、だらしない人というスティグマが
メディアによって「作られる」のです。
世間の目を厳しいものにさせ、当事者を萎縮させ、制度の利用
から遠ざけます。

「不正受給ではないかと疑いの眼で見られ、容疑者みたいに
扱われる。
近所の人にも監視され密告される」

と受給者の声を聞きます。
冷静に考えると福祉制度を利用するだけでスティグマにさらされる
国とは一体どういう国なのでしょうか。

稼動年齢層の受給者が働けない理由には、低学歴や労働経験の
欠如、知的・精神などの障害、アルコールやギャンブル等への
依存症、家族との断絶、意欲や金銭感覚の喪失など、いろいろな
問題が絡み合います。
俗に言う「貧すれば鈍す」で、社会規範やマナーから見れば
「だらしない」と見えるケースもあります。
それをどうやって社会で包摂し、社会全体をより安定したものに
するかを議論すべきですが、報道も「だらしなさ」をあげつらい、
けしからん、救うべきでないなど一刀両断で切り捨てて終わって
います。
それでは問題は解決しません。
餓死者や自殺者、犯罪者を増やすだけです。」(P72~73)


「生活保護受給者の自殺率は、平均の2倍以上の高さです。
それなのに偏見や無理解を拡大する報道はタガが外れたように
垂れ流しです。
あるワイドショーは、生活保護の「エピソード」を視聴者から集めて
紹介しました。

「生活保護を受給する家の中学生が、遅刻するからとタクシーを
使っていた」

「母親の服装が派手だった」

「家をリフォームしていた」

など。
どれも報道として「ウラを取ってない情報」です。
通報した人が言っているだけで事実かどうか確認していません。
噂話を公共の電波に載せたのと同じ悪質さです。
けっきょく、これらの報道が、生活保護を受けるべき人を制度から
遠ざけるという状況を生んでいます。

以前、取材したシングルマザー。
所持金がなくなって福祉事務所を訪れた際、職員から、本気で働く
気があればどんな仕事でも見つかるはず、と説教されたあげく
申請書は渡されずじまい。

「あんなに人間扱いされないなら、死んだ方がまし」

と二度と行っていません。
生活保護を受けようとするとスティグマにまみれ、自尊心が傷つけ
られる。
受けている間も

「こんな屈辱的な生活はもうたくさん」

と思わせ、状況が改善していないのに辞退届を書かされて無理
に打ち切られる。
水際作戦も辞退届の強要も、スティグマが根深いからこそ、役所側
の思う通りに誘導されてしまうのです。

イギリスに駐在していた頃、生活保護を受ける30代のシングルマザー
を取材しました。
彼女は子育て以外の空き時間に、独居老人の話し相手をする
ボランティアをしていました。

「困っている間は制度に助けてもらうけど、働くようになったら私が
税金を払う方になる。
お互いさまよ」。

そんなふうに胸を張り、生き生きと活動に精を出していました。
制度の利用者が卑屈な思いをせずお互いさまと言えるのが、本来の
セーフティーネット。
しかし、日本では事態はいま反対方向へ進んでいます。

政治家の発言を聞く限り、自民党、民主党、大阪維新の会などは
生活保護制度の抜本的な改革が必要という認識で共通している
ようです。
一体いつの間に「抜本改革」まで進んだのでしょう?
多くの国民には寝耳に水のはずです。
メディアが作り上げた「ムード」以外に理由は見あたりません。」
(P74~75)


『小さな声は聞こえなくなるばかりか』
6月下旬、東大阪市の職員30人の親族が、生活保護を受給して
いたと新聞報道されました。
うち1人をのぞく職員が親や子、兄弟姉妹に関し「扶養できない」
と回答し、平均年収700万円の公務員がなぜ仕送りもできない
のかとテレビで糾弾されました。
全国最多の受給者がいる大阪市も受給者親族の収入を調査
すると発表しました。
扶養義務を果たせ、という論調一辺倒ですが、冷静に見渡せば、
欧米諸国で成人間の扶養義務を強化している国はありません。
扶養義務は夫婦間と親の未成熟な子に対する義務に限定する
のが国際的な流れです。
個人主義が進む現代社会で扶養義務を強化させるのは前の時代
への逆行なのに、芸能人なら、公務員なら、扶養できる「はず」と
メディアが批判を強め、スティグマをあおり立てます。
受給者やその肉親に「監視する」「密告する」と無言で脅しながら。

ある民放報道番組で出演者が

「生活保護を受けることは恥ずかしいことだという原点を忘れている」

と発言しました。

「生活保護を受けるのは恥ずかしいこと」

という価値観を押しつける報道です。

戦後に誕生者生活保護法は、憲法25条にもとづき、伝統的な

「恩恵的に賦与するもの」

「恥ずかしいもの」

という受給観を転換して、「権利」として位置づけました。
ヨーロッパ諸国でも、生活保護については、恥の概念と無縁な
権利として定着しています。

ところが、日本では生活保護に対する偏見や無理解が根強い
上に、さらに親族の扶養義務強化という形で、肉親に押しつける
構図に逆戻り。
肉親もスティグマを持て、といわんばかりの報道が続いています。

別の民放ワイドショーではコメンテーターが

「受け取る側のモラルも問題だ」

「安易に受け取らないモラルが必要」

と発言。
受給の問題が法律にある権利ではなくモラルの問題にすり替えられ
ています。
受け取らないことが美徳という押しつけ。
法律上は生活保護の受給資格ありと判定されるケースにも

「安易に受けとらない」

ことをテレビが求めるのです。
そんな報道の「加害性」は深刻です。
行き着く先は、餓死か。自殺か。犯罪か。
スティグマが報道で作り出されることにマスコミはあまりに無自覚です。
・・・(中略)・・・
ジャーナリズムの大切な機能のひとつに

「声なき声に耳を澄ませる」

という役割があったはず。
しかし、冷静さを失った報道はスティグマを再生産し、モラルを強調し、
差別的な監視をあおり立てます。
スティグマを生むような報道が続く現状では、「小さな声」は社会の中
でますます聞こえなくなるばかりです。」(P75~76)


生活保護緊急相談ダイヤル 相談事例(抜粋、2010年6月9日実施)
(P86~91)

「(1)被災し、岩手県に避難。息子と2人暮らし。
息子の就労収入は、それほど多いものではない。
生活保護の申請に行ったが、
「保護を受けてもほとんど保護費が出ないから」
と申請をさせてもらえなかった。
息子の通勤のためのガソリン代がかかるほか、自分の膠原病治療
のためのタクシー代が払えず、通院できない状態にある。」(P86)


「(2)生活保護の相談に行ったところ、20年以上前に別れた妻
のところに置いてきた娘(別れたときは2歳くらい)の「承諾書」を
取って来るように言われた。
遠方まで会いに行ってみたが、「承諾書」は取れなかった。
仮に生活保護を受けられるとしても、毎年のように娘のところに
照会が行くとしたら迷惑だろうから、申請をするかどうか、悩む。」
(P86)


「(3)幼児の頃から両親から虐待を受けていた。現在は両親とは
交流がない。
今、両親は生活保護を受給中だが、法律が変わり私たち夫婦が
扶養しなければいけないのか?」(P86)


「(8)障害年金の額が下がった。・・・77歳の母が近所にいる。
2ヵ月に一度くらい福祉事務所に行くが、生活保護の申請は
できなかった。
身内に援助してもらえと言われる。」(P86)


「(11)母子家庭で頑張っていたが、娘とともに体調を悪くして
2~3年前に生活保護を受給することになった。
訪問介護の仕事で収入を得ながら受給。
現在仕事もなく体調がさらに悪いので、病院で治療中。
役所のケースワーカーは定期的に来て、「働け、働け」と追い
つめるよう言う。
病院に行っているというと、確かめるという。」(P87)


「(20)病気で就労が厳しくなったので、掛け持ちパートが
できなくなり生活保護を受けた。
現在受給中。
開始前の相談段階の相談員には詐病扱いされた。
申請前の1ヵ月の出納帳をつけさせられ、誤差(間違い)を訂正
させられ問い詰められた。
わずかない誤差が出れば、パチンコをやっていると問い詰められ、
つらい。」(P88)


「(31)市役所で、過去に受給したことがある人は再度の利用は
難しいと説明された。」(P88)


「(35)芸能人の母の生活保護のマスコミ報道がひどくテレビが
見られなくなった。
どうしようもなくつらい。
医者から「君はどうなんだ」と言われる。
薬が増え、夜も眠れなくなった。
体調が悪い。
死んでしまいたい。
現物支給は差別だ。」(P88)


「(40)生保受給中の50代女性。
申請時、窓口で「女なら他に仕事がある」と言われたり、
人間性を否定されるような扱いを受けた。
先月も80歳になる亡母の姉に扶養照会がされた。
不正受給のバッシングをしている国会議員やテレビコメンテーター
は受給者の実情を何も知らないのではないか。
食品が現物支給になれば、その日の体調によっては摂食できない
こともあることなど、全く想像できないのだろう。」(P89)


「(48)60代男性。
自分と妻の年金とパート収入をあわせて月12万円で生活している。
妻が働けなくなったら保護申請しようと思うが、娘の婿にだけは
知られたくない。
娘が恥をかく。そこそこ収入があるなら親兄弟をみるのは当然と
言われても、皆、夢があって働いているのだから、そこに無理難題
を言っていくくらいなら死んだ方がましだ。
また、現在、自分の実父が月3.5万円の年金だけで1人で生活
しており、他の兄弟が父に生活保護を受給させるのは子の恥だと
言うので月5000円ずつの仕送りを強いられているが、正直な
ところ自分は仕送りするのはかなりきつい。
ただ、自分の事例が「こんなふうにほかの人も頑張れ」というふう
に利用されることだけは絶対にあってほしくない。」(P90)


上の相談者の声を見ると、ビクビクしながら生活している、
という感じだった。





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by bunbun6610 | 2014-03-09 18:30 | 生活保護を考える
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