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出社して、案山子(かかし)のように立っている
だけの朝礼が終わると、今度はF上司に呼ばれて

「Aさんと(私、F上司の)3人で、
今日の仕事のスケジュールを相談して決めましょう」

と言われる。

3人の距離は、たった数十センチしかない。
それでも、私は補聴器を両耳に装用していて、
他の人の話を一所懸命に聞き取ろうとする。

しかし、こういう場合の会話になると、
F上司の話し方は私への配慮のないものとなり、
つい早口になったり、ハッキリとしゃべらなかったり、
あるいは顔を向け合ってではなくなってしまう。
それで私も「え?」「は?」と聞き返すことが多くなる。

そのうちにウンザリしてきたF上司は、
Aさんとばかり話をして、物事を全て決めてしまう
ようになる。

で、最終的にはいつも

「Aさんは○○○○だから、あなたはこれをやって下さい」

と一方的に伝えられるだけて終わり。

なぜ自分がそこにいる必要があるのか、全くわからない。


それ以上に問題なのは、こういう3人以上で集まる
コミュニケーションの場合は、聴覚障害者はいつも、
このようにのけ者にされてしまう、ということだ。


(聴覚障害者とよく接している人ならばわかると思うが、
聴覚障害者は1対1になって、正面を向き合っての
コミュニケーションはかなりできるが、放射状になって
顔が見えにくくなると、途端にコミュニケーション障害が
起きてしまう。
つまり、多人数での会議などには、かなり弱いのだ。

ところが、健聴者はこの事実を知らないものだから、
聞こえていると勘違いしていて、どんどん話を進めてしまう、
ということもあるようだ。)


これはなぜかというと、理由がある。

第一に、健聴者は忙しいから、聴覚障害者と筆談をするのが
面倒なのだ。

「時間がかかって、とてもそんなことはやっていられない」

と思っている。

だから、おしゃべりの健聴者2人が集まっただけで、
聴覚障害者はすでに取り残されてしまう運命にあるのだ。

これは聴覚障害者にとって、まさに最悪のパターンなのだ。
ハッキリと言えば、二人の人格の問題でもある。

部長や人事にも、私には筆談によるコミュニケーションが
必要だということは承知しているだけでなく、部長も人事
の人も、勿論そうしている。
部長も人事の人も、部下には当然、F上司やAさんへも、
このことをきちんと行うようにと伝えてある。

なのに、F上司やAさんとの3人で密室に入って
ミーティングを始める
と、こうなってしまうのだ。

これはQ社のときと全く同じだ。
組織力が弱い会社では、格下の社員になるほど、
言う事を聞かず、いいかげんな仕事をしている人が
多かったりするものだ。
問題がよく起きたり、それが放置されているのも、
そのためだろう。

つまり、部長や人事の見えないところで、
聴覚障害者差別をしている
のだ。

こういうことは今まで他の会社でも、非常によく
あったことである。
障害者が持つ「障害」が原因なのではない。
一部の健聴者の「人格の問題」なのである。

こういう人間は、誰も見ていないと、すぐ悪いこと
をやり出す性分なのだ。

だから私は、F上司もAさんも大嫌いだ。
その精神的苦痛に、私は心の中で泣いて、
そしてやがて怒りのエネルギーが暴発し、
あのヘレン=ケラーが獣のように暴れ出したのと
同じ気持ちになる。
だから私のペンは、怒りの剣なのだ。
それは健聴者の心を突き刺すほどに鋭くしなければ、
満足しない。
どんなに鋭くしても、満足することもないが・・・。

私も、もう我慢するのはやめよう。

こんな時は、あのバリバラ団みたいに

「がんばらなくていいんだ!」

と思ってしまう。
そして、有り余る怒りの精神エネルギーを、
己の聴覚障害者差別解消運動にぶつけてやる!

会社では“仮面芝居”をしていればいいのだ。

お前らは楽しそうにやっていても、オレはちっとも
楽しくないんだよ!
むしろ、不快感でいっぱいなのだ!

彼らは毎回、聴覚障害者を前にして、優越感に
浸りながら、無神経なバカをやっているのだ。

どうせ

「バカは死んでも治らない」

のだ。

Aさんって、誰なのかというと、あの

『職場内障害者授産施設』(2013年9月)

で話した、あのワガママな双極性障害者である。

差別には“逆差別”で対抗すれば、こっちの気分も、
少しはラクになる。
こんな奴らと相互信頼関係を築くことは無理だ!
だからせめて、これで“おあいこ”だ。

「クヨクヨ悩んでいるより、とにかくまずは解決の
ための人間関係づくりだよ」
(松兼功〔脳性まひ障害者〕)

と言う名言もあるが、コミュニケーション障害がある
聴覚障害者には非常に難しい、と思う。
いや、何よりも、人格が悪い人間が相手だったら、
誰だって無理だと思うに決まっているだろう。



〔参考記事〕

『バカがいつまでも聴覚障害者差別をしている時代に』
〔2013-04-03 18:00〕

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by bunbun6610 | 2014-03-31 19:00 | 就労後の聴覚障害者問題E
松戸中華蕎麦『富田食堂』

 千葉県松戸市松戸1240-3 エクセル松戸103

もうすぐ午後2時になるというのに、まだお店の前には
お客さんの行列が・・・。
人気の高さがわかります。
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『中華そば』(麺150gの場合、650円)
スープは、煮干風味がしっかりしている、醤油風味です。
東京でも煮干ラーメンは幾つか食べてきたが、
これほど美味しい煮干スープは、初めて。

麺も、今まで食べてきた麺とはかなり違い、
日本蕎麦のようなしっかりとした食感があるのでビックリ。
オススメのラーメンです。
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by bunbun6610 | 2014-03-31 18:30 | 食べ物(ラーメン編)
http://blogs.yahoo.co.jp/uchayamamingkun2000/35732363.html


『オープン、クローズ、伝える側の覚悟。』
 ・・・炎のジョブコーチさん


2014/3/28(金) 午後 10:13

 障害者手帳を使って就労する人が増えていますが、
個人的にはよいことだと思っています。
障害のある人が普通にいる職場が増えるといいなと
思っています。

しかし一方で、支援者がとにかく手帳をとって障害者
雇用枠を進めるのはちょっとどうかと思っています。

「オープンにした方が長続きする」とか、配慮を得られる
など、なんだかいいことずくめのようですが、決してそう
でもありません。

私の周囲にはクローズで働く人も多く、必ずしもクローズ
だとうまくいかないことが多い…ということは間違っています。

そもそもクローズで働いている人は支援者に関わって
いない人がほとんどです。
たくさんの見えないクローズで働く人がいることになります。

今の状況ではまだまだ障害者雇用枠ではキャリア形成
や能力開発の機会は十分ではなく、専門分野やキャリアを
重視する働き方を希望する方は逆に、大きな悩みを抱える
ことになります。

もし専門分野やキャリア志向の働き方を希望する方は、
再発に気をつけながら医師と相談しながらクローズで働く
ことが適当な場合もあります。

ある意味、遣り甲斐や自分のキャリアをしっかり意識して
働くことが症状のマネジメントや耐性となる場合もあります。


【オープンのデメリットとして】

・入職後のキャリア形成や能力開発の機会が十分でない。

・賃金が安い場合が多い。

・職場でのまなざし、配慮という名の区別。

・生命保険等の民間保険商品に加入出来ないものが多い。

・結婚、遺産相続等のライフキャリアにおける差別を受ける
可能性も。

・自身のアイデンティティの問題


【オープンのメリットとして】

・雇用条件への配慮が受けられる(勤務時間、転勤、
仕事内容他)。

・支援者が職場に来てサポート出来る。

・疾病を隠さなくてもいい安心感。

・障害を受容し新たな自分を見つけることができれば。

・作業所利用の人、離職機関の長い人、再発を繰り返す
人など慎重に進めたい人はよい環境。


他にもあるかもしれません。

オープンで就労を提案する場合は、伝える側はそれなり
の覚悟をもって情報提供する真剣さが必要です。

最近では、オープンで就労し1~3年間就労し自信をつけて
今度はクローズで働く方もいます。
過不足のない情報により本人主体のキャリアカウンセリング
で進めるのがよいと思います。



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〔関連記事〕

『難聴者の会社面接対策(3) 「オープン」と「クローズ」』
〔2011-07-07 20:55〕



『『わけあって手帳を返した話…』』
〔2013-10-13 18:00〕




障害者手帳を持っている障害者でも、バレなければ
どちらででも、自分で選べる。
それができる障害者が、
とても羨ましいとさえ思うほどである。

しかし、障害を隠すという事に対して、
罪悪感を持ってしまう人もいる。

あるいは、手帳のない難聴者の場合は当然、
クローズしか方法がない。

障害の程度が軽くて障害年金も出ないため、
障害者雇用では給料が安すぎて生活できない、
という人も、クローズで一般雇用にする必要がある。

ただし、クローズで就労後、障害のことがバレたら、
どうなるか。
当然、覚悟が必要だ。


『身体障害者手帳のない聴覚障害者
(難聴者)は、どうやって就職するのか?』
〔2013-01-16 18:00〕



一方、重度難聴者だって、補聴器は外せないから、
クローズは無理だ。


クローズには、とても大きなやりがいがある。
それは、働く者にとって、
かけがえのない魅力だと言える。

皆さんは、オープンで働く聴覚障害者には、
意外にも職場放棄が多い事実をご存知だろうか。


〔関連情報〕

『聴覚障害者の職場放棄』
〔2012年 09月 08日〕




その原因は、炎のジョブコーチさんが書いている

【オープンのデメリットとして】

の通りなのだ。

つまらない仕事を5年以上も続けるなんて、
想像以上の精神的苦痛である。

能力を身につけられなかった先天性障害者は、
クローズを選べるはずもない。
もともと、生まれた瞬間から差別があって、
そのスタートラインから違っていたからだ。
そんな人はもう、差別の犠牲になるしかないだろう。

所詮、優秀な後天性障害者だけが、
クローズかオープンかを選べるのだ。

そんな話に、先天性障害者が興味を持っても
仕方がないことだが。


それと、もう一点、聴覚障害者側には、
言いたいことがあるのではないだろうか。

>「支援者がとにかく手帳をとって障害者雇用枠を進める
のはちょっとどうかと思っています」


このことについてだが、それはクローズで就職
できないからこそ、やむなく障害者手帳を取得して、
障害者雇用枠で働くしかない、という実情を、
健常者は理解しているだろうか、ということ。
つまり、多くの聴覚障害者は差別にひれ伏す
しかない、のである。
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by bunbun6610 | 2014-03-30 19:00 | 就労前の聴覚障害者問題A
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140329-00000109-san-soci


袴田事件 再審決定・釈放
 鑑定進歩、希望つなぐ


産経新聞 3月29日(土)7時55分配信

 ■死の恐怖46年間「心たとえようもなく冷たく」

 「死刑執行という未知のものに対するはてしない恐怖が、
私の心をたとえようもなく冷たくする時がある」

 元プロボクサーの袴田巌(はかまだ・いわお)さん(78)が昭和48年、
獄中から兄に宛てた手紙には死刑に対する言いようのない恐怖が
つづられていた。

 「死刑囚にならないと分からない恐怖がある」。

こう語るのは、昭和29年の島田事件の死刑囚として35年間にわたり
独房で過ごし、再審で無罪を勝ち取った赤堀政夫さん(84)だ。

 収監されていた仙台市の宮城刑務所仙台拘置支所。ある朝、
約10人の刑務官の足音が自分の独房の前で止まった。
絞首台への導き。

「どうして自分が…」。

腰が砕け頭が真っ白になった。扉が開き、両腕を引っ張られ、
房から出されようとしたときだった。
別の刑務官が鋭い声で

「違う、隣だ」。

隣の房の死刑囚が連れて行かれた。


 「殺されるくらいなら自分から死のう」

と何度も思った。
でも、あきらめなかった。

面会や手紙で

「あなたはやっていない」

と言い続けてくれた支援者の顔を思い出したからだ。

「巌君にとっても支援者の存在は大きかったはず」。

赤堀さんは袴田さんが1審で死刑判決を受けてからの46年間
を察した。


 ◆はけないズボン

 事件が起きた41年6月30日未明は、ビートルズが初来日した
翌日だった。
世の中が沸く中、袴田さんの苦難は始まった。

 1審判決後、希望の光が差したことがあった。
控訴審の東京高裁法廷で46年、犯人のものとされる「5点の衣類」
のうちズボンの装着実験が実施され、袴田さんには小さく、はけない
ことが判明したのだ。
だが、控訴審判決は

「ズボンはみそに漬けられて縮んだ」

と認定、1審判決は覆らなかった。

 55年に死刑判決が確定すると、弁護団が結成され、袴田さんと
二人三脚の闘いが始まる。
逃走経路の裏木戸の出入りは不可能、衣類を発見場所のみそタンク
に隠せない、刃体と傷が不一致…。
第1次再審請求審で独自に鑑定や実験を重ね、次々と手を打っていった。

 1次請求棄却に対する即時抗告審では、衣類に付着した血液の
DNA型鑑定を求めた。
平成12年に出た結果は「鑑定不能」。
村崎修弁護士(61)は

「最高の証拠になると期待していただけに落胆した」

と振り返る。

 2次請求審では技術の進歩に期待し、再度の鑑定実施を要請。
24年4月、袴田さんのものと「不一致」の結果が出た。
村崎弁護士は「再審の道が開かれたと思った。
10年越しの鑑定結果にとても勇気づけられた」と語った。


 ◆弁護側の武器に

 再審開始の重要な根拠となったのが、この鑑定結果だった。
ここ数年で飛躍的に向上した鑑定精度は時に「真犯人」の痕跡
を浮かび上がらせてきた。
弁護側にとって強力な武器となる可能性を持つ。

 平成元年にDNA型鑑定が導入された当時、同型の人の割合
は「200人に1人」と精度が低かった。
15年に各都道府県警が導入したSTR型検査法はDNA型の
配列を複数箇所で比較するもので、「1100万人に1人」に。
現在主流とされる改良版のSTR型は「4兆7千億人に1人」まで
上がった。

 鑑定結果が司法手続きの中で重要な位置を占めつつある
のは確かだ。
ただ、今回は袴田さんと一致するDNA型が検出されなかった
のに対し、検察側は「試料の劣化」などを理由に鑑定方法の
信用性自体を争った。

 東京電力女性社員殺害事件の再審請求審を担当した
元東京高裁部総括判事の門野博法政大学法科大学院教授
(69)は

「証拠物の保管方法や、どのような鑑定方法を選ぶかなど、
多くの課題があることを明らかにした」

とみる。

 「国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を
拘束し続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難い」。

証拠捏造(ねつぞう)の疑いにまで踏み込んだ今回の決定は、
自らを含めた関係者を戒めるような言葉で締めくくられている。

 谷垣禎一法相(69)は28日の会見で

「相当な環境の激変になると思う。
うまく乗り越えていただきたい」

と袴田さんをおもんぱかる発言をしたが、検察側は期限の31日
までに即時抗告する方針だ。


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http://bylines.news.yahoo.co.jp/egawashoko/20140329-00034017/

「刑事司法の理念からは耐え難い不正義」
――袴田事件で再審開始&釈放を命じた
決定を読む


江川 紹子 | ジャーナリスト
2014年3月29日 0時17分

画期的な決定だった。再審開始や死刑の執行停止だけでなく、
拘置の執行を停止し、有罪判決の決め手となった証拠が

「捜査機関によってねつ造された疑いのある」

ことも明記されていた。
これによって、死刑囚が再審開始決定を受けてすぐに釈放
されるという、戦後初めての急展開となった。


DNA鑑定の威力
本文は68ページ。
再審請求審の決定書としては、さほど長くはない。
裁判所の判断の説明はDNA鑑定から始まる。
この決定書を読んで、改めてDNA鑑定が裁判所に与える影響
は強い、と感じた。
足利事件や東電OL事件も新たなDNA鑑定によって再審開始
が決まったが、今回もDNA鑑定が再審開始の大きな根拠となった。

事件発生から時間が経過していることや保管状況などから、
検察側は試料の劣化や捜査員らのDNAが付着する
コンタミネーションの影響を強調したが、裁判所は

(1)血液に由来するDNAは試料中に長い年月残存する。
乾燥した場合はより残存しやすく、凝固した血液であれば、
DNAは常温であっても安定的に保たれる。

(2)一方、唾液や皮膚片等に由来するDNAは、数ヶ月も経過
しないうちに検出されなくなる――などとして、退けた。


証拠開示の力
ただ、この決定はDNA鑑定だけに支えられているわけではない。
DNAに関しては、弁護側と検察側の鑑定人で見解が異なる点
もあった。
それでも裁判所が弁護側鑑定を受け入れたのは、新たに開示
された証拠類を見て、冤罪との心証を強くしたからだろう。

特に、殺害時に着ていたとされるズボンのサイズについての
新証拠は衝撃的だった。

原審控訴審で実験してみたところ、ズボンはきつすぎて袴田さん
ははくことができなかった。
ズボンのタグに書かれた「B」という表示は、肥満体サイズを示す
と受け止められ、はけなかったのは、味噌付けにされた後に
乾燥されて生地が縮んだためとか、袴田さんが運動不足で太った
だめだとか、そんな理屈をつけて、済ませてしまった。

実際は、「B」は色を示す記号であり、ズボンは細身サイズだった
ことが、新たに開示された証拠で分かった。
ズボンは、縮んだわけではなく、最初から袴田さんには小さすぎて、
これを着て犯行に及ぶなどありえない話だったのだ。

弁護側や裁判所にとっては、「新証拠」「新事実」だったが、こうした
証拠は衣類が「発見」されてまもなく作られていた。
警察や検察にとっては、とっくに知っている事実だった。
にも関わらず、その事実を隠し、裁判所の誤った判断を導いたのだ。


重大証拠のねつ造疑惑
このズボンを含む血染めの衣類5点は、公判段階に入ってから
味噌樽の中から「発見」された。
生地の色合いや血痕の色は、1年以上味噌に漬かっていたにして
は不自然だった。
有罪判決の最大の根拠となったこの衣類については、以前から
捜査機関によるねつ造ではないかという疑惑が指摘されていた。

今回の再審請求審を担当した裁判官たちも、その疑いを強くもった
ようだ。
決定書は、こう書いている。

〈ねつ造されたと考えるのが最も合理的であり、現実的には他に
考えようがない。
そして、このような証拠をねつ造する必要と能力を有するのは、
おそらく捜査機関(警察)をおいて外にないと思われる。〉

決定書では、この推認のプロセスはかなり省略されている。
事件の経過を知らずに決定書だけを読むと、唐突感を覚えるかも
しれない。

しかし、新たに出てきた証拠に加えて、証拠開示に至るやりとりなど、
再審請求審を通じて見聞したすべてのことから、裁判官たちは
「ねつ造」をもはや確信したのだろう。
決定書の最後の20ページほどの中に十数カ所も「ねつ造」という
表現が出てくる。
ねつ造疑惑を「想像の産物」と切って捨てる検察側に対し、

「あり得ないなどとしてその可能性を否定することは許されない」

と厳しい批判を加えている。


裁判官の義憤
これ以外にも、自白調書のほとんどが任意性を否定されたり、
ほかにもねつ造が疑われる証拠があるなど、決定書は不当・違法
な捜査を問題にしている。

そのような捜査の結果、ねつ造の可能性が高い証拠によって誤った
裁判が行われ、重大な人権侵害が発生した。
それが見えてきたことで、裁判官の正義感に火がついたに違いない。

私は、これほどまでに、裁判官が義憤がこもった書面を読んだこと
がない。
その怒りのほどは、たとえば次のような記述からうかがえる。

〈国家機関が無実の個人を陥れ、45年以上にわたり身体を拘束し
続けたことになり、刑事司法の理念からは到底耐え難いことと
いわなければならない〉

〈拘置をこれ以上継続することは、耐え難いほど正義に反する状況
にあると言わざるを得ない。
一刻も早く袴田の身柄を解放すべきである〉

不正義に対する強い憤りがびんびんと伝わってくる。


検察は自ら策定した「検察の理念」を熟読せよ
疑惑を向けられているのは警察だけではあるまい。
検察にも、証拠隠しを続けてきたうえ、ねつ造の隠蔽に加担したの
ではないかとの疑念が生じている。


このような批判や疑惑に、検察は誠実に対応しなければならない
異議申し立てをするなどして、これ以上確定判決の死守に汲々としたり、
メンツにこだわったり、先輩たちをかばい立てるのではなく、今なお
隠している全証拠を開示し、真相解明に協力する。
これが、「公益の代表者」として検察がなすべきことだろう。
証拠改ざんの不祥事が発覚後、検察は改革の一貫として、倫理規定
「検察の理念」を自ら策定した。
その中に、次の一文がある。

〈権限行使の在り方が、独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなう
ものとなっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つべき
である〉

本件に関わる検察官は、改めて熟読してもらいたい。
司法はこの事件を検証し、反省し、学ぶべきだ。

また今回の決定は、裁判所の書面としてはこれまた珍しく、原審裁判所
に対する批判めいた記述がある。
それは、5点の衣類の発見経過に関してだ。

事件発生は1966年6月30日。
その頃のタンク内の味噌は深さ30センチほどにまで減少していた。
7月4日に警察の捜査員がタンク内を覗いたが衣類は発見できなかった。
同月20日に従業員が味噌の仕込みを行うのにタンク内に入ったが、
この時も発見されなかった。
ところが、翌年の8月31日になって「発見」されるのだ。

決定書は、これを不自然ではないと評価して一審の有罪認定を維持した
控訴審判決について、こう書いている。

〈まったくあり得ない訳ではないという意味でなら理解できるが、通常の
用語としては、やはり不自然と判断するのが相当である〉

そして、この経緯がいかに不自然であるか、理由を具体的に述べている。
この不自然さを見れば、裁判所は5点の衣類の扱いに、もっと慎重である
べきだったのではないか。

そうすれば、袴田氏は遅くとも控訴審の段階で無罪となっていたのでは
ないか。
司法が、1人の人間の人生を奪ってしまったのでは…という裁判官たちの
忸怩たる思いが、

「刑事司法の理念からは到底耐え難い」

という表現になったのだろう。

再審の手続とは別に、この事件では警察、検察、裁判所のどこにどのよう
な問題があったのかを検証し、反省し、そこから教訓を学んでいかなければ
ならない。
それを現在行われている法制審議会特別部会の議論にも生かしてもらいたい。
少なくとも、裁判が始まる前の早い段階から全面的に証拠開示を行う制度は、
絶対に必要だろう。

自由の身となった袴田さんは、姉の秀子さんと共にホテルに宿泊。
翌日の弁護団と秀子さんの記者会見によれば、釈放直後に比べて、
袴田さんの自発的な発語が増えてきた、とのこと。
長期の身柄拘束と死刑執行の恐怖によって病んだ心には、「自由」と「安心」
という薬がなにより効くのだろう。

とりあえずの「自由」は得た。
再審が実際に開かれ、「安心」を手にするまでに、あとどれだけの時間が
必要なのだろうか…。
(3月28日付東京新聞に掲載された拙稿に大幅加筆しました)



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http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/nnn?a=20140329-00000021-nnn-soci

袴田巌さん しばらく入院へ

日本テレビ系(NNN) 3月29日(土)15時6分配信

 事件から48年ぶりに静岡地方裁判所が再審の決定をし、東京拘置所から
釈放された袴田巌さんが、都内の病院にしばらく入院することになった。

 袴田巌さんは1966年、静岡県の旧清水市でみそ製造会社の専務一家
4人が殺害され、放火された事件で逮捕され、死刑が確定していたが、
27日に静岡地裁が再審開始の決定をした。

 これを受け釈放された袴田さんは28日、都内の病院で検査を受けた。
姉の秀子さんによると、検査の結果、袴田さんは拘禁症と認知症の疑いが
あるとの診断で、しばらく入院の必要があるという。
なお、静岡県内で病院が見つかれば、静岡に戻る予定。



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http://kotobank.jp/word/%E6%8B%98%E7%A6%81%E5%8F%8D%E5%BF%9C

こうきんはんのう【拘禁反応 Haftreaktion[ドイツ]】


日常とは異なった拘禁という人為的に作られた状況で生活をするように
なったために生じた精神‐身体的反応。
このうち,重い精神病様の症状を示すものを拘禁精神病という。
拘禁状況としては刑務所,拘置所などが代表的なものであるが,病院の
集中治療室なども一種の拘禁状況との見方もある。
病因としては,拘禁に伴う自由や権利の剝奪(はくだつ),未決囚では
判決への心配,死刑囚では執行への恐れなど状況的な因子とその人の
性格傾向とが関連し,否認,願望充足,身体化などの自我防衛機制が
働いている。



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http://mainichi.jp/select/news/20140327k0000e040162000c.html


袴田事件:「やっていません」に涙出る
…1審死刑の裁判官


毎日新聞 2014年03月27日 10時20分
(最終更新 03月27日 19時26分)


 静岡市(旧静岡県清水市)で1966年、みそ製造会社の専務一家4人
を殺害したとして強盗殺人罪などで死刑が確定した元プロボクサー、
袴田巌死刑囚(78)側の第2次再審請求。
静岡地裁(村山浩昭裁判長)は27日、再審を開始し、死刑執行を停止
する決定を出した。
 1審・静岡地裁で死刑の判決文を書いた元裁判官、熊本典道(のりみち)
さん(76)は

「公判で袴田さんが『やっていません』と言った姿が忘れられない。
思い出すと涙が出る」

と、今でも悔やみ続けている。
 真っすぐに裁判長を見据えて受け答えする袴田死刑囚の様子や、任意性
に乏しい供述調書などを通じ、「有罪認定は難しい」と思っていた。
だが、結審後に判決文を検討する中で、結果的に先輩判事に押し切られた、
と振り返る。
 半年後、耐えられず退官し、弁護士に転じた。合議の秘密を破り、第1次
再審請求中の2007年、「無罪の心証があった」と告白したが、請求棄却が
確定した。
先月末には古巣の静岡地裁を訪ね、再審開始を求める上申書を提出。
「自分は他の裁判官を説得できなかった。
償いをしたい」と訴えた。

【荒木涼子】



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by bunbun6610 | 2014-03-29 21:46 | 人権、差別
「聴覚障害者」というと、よく

「耳の遠くなったおじいさん」

と混同し、聴覚障害者の顔や耳に、
口を近づけて大声で言う健聴者がいる。

そのときの聴覚障害者は、健聴者が何度も
くり返して言う“口撃”に遭っているだけではなく、
ものすごく臭い“口臭攻撃”にも必死に我慢
している、ということに、健聴者は気づいて
いるだろうか。

目の前の女性が幾ら美人でも、引いてしまう。

中高年、お年寄りだと、気絶しそうなほど臭い。

だから大真面目に

「やめてほしい」

と思う。

聴覚障害は外見ではわからないので
無理もないが、感音性難聴障害だと、
何度言われて聞き取れない言葉(単語)
というのはある。
それと、助詞なども、聞き取れなくて、
意味を間違えてしまう場合があるので、
仕事では重大なミスにもつながってしまう
可能性がある。
だから、確認のために何度も聞き返すこと
が多くなる。
とても大変なことだ。
そのときの口臭に何分間耐えねばならぬ
ことか・・・。

「聞き間違い」の頻度は、聴覚障害を調べる
「語音明瞭度検査」という、細かい検査に
よってわかる。

だから、お互いにしゃべっていても、
その聴覚障害の特性までは、
周囲の人も本人も、気づかない場合が多い。

「A子さんって、本当はちょっと、
聞き取れてないんじゃない?」

と、周囲の人の誰かが、何となく思う程度
だろう。
こういう噂が広がるとマイナスと考えやすく、
何となく本人へも言い出しにくい、
ということもあるだろう。


聴覚障害者への「合理的配慮」というものを、
今こそ、真剣に考えてほしい。

その人に合わせていろいろとあるので、
是非相談して、コミュニケーション・ツールを
持ってほしい。
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by bunbun6610 | 2014-03-29 19:00 | 聴覚障害
聴覚障害者のコミュニケーション方法(私の場合) - 『銀だこ』屋さんで


お店に並ぶ。

店員さん全員を見て、誰が何の仕事をしているか、
確認する。

オーダーをとる人は誰なのかを、見つける。

お客さんと店員のやりとりを見ていて、
どういう会話パターンになっているのか、
予備学習しておく。
(マクドナルドの場合と同じ手法)

自分の順番が来るのを待つ。

自分の番が来たら


私;「たこやき1つ下さい」

店員;「○×△■☆・・・」

私;(何か聞かれていることが、店員の表情を見て
わかった。それで上のボートも見てみたら、
注文時に何か忘れていることに気がつき)
「あ、6個入りと8個入りがあるんだ・・・。
では8個で」

店員;「○×△■☆・・・」

私;「え?!」

店員;「○×△■☆・・・」

私;(口も読み取れなかったので、身を乗り出してみた。
すると、店員さんは右手に黄色いマヨネーズ、
左手に白っぽいマヨネーズを持っていたので)

「普通のマヨネーズにしてください」

(多分、黄色っぽいほうは、マスタード入りマヨネーズだろう、
と思った)

店員;「○×△■☆・・・」

私;「いりません」

(ファースト・フード店で、最後によく聞かれる言葉は
「お飲み物はいかかですか?」だと予測できていた。
前の人は、飲み物をつけていたので。
でも、もしかしたら、

「青海苔(か何か)をかけますか?」

かもしれないが)

店員;「○×△■☆・・・」

私;(金額のことだと思ったので、代金を支払う)

店員;たこやきをトレーに乗せて渡すと共に

「○×△■☆・・・」

(これは、「ありがとうございます」だろうと、誰にでもわかる)



病院なんかだと、身を乗り出して、カルテを覗き込んで
しまうことがよくある。(※)



(※)当ブログ

『病院で聴覚障害者は、どうするか? (2)』
〔2012-03-15 19:30〕


参照。




それで、自分が呼ばれていたかどうかもわかる。
何よりも、そういう身体全体を使うコミュニケーションをすると、
相手もかなりハッキリとした対応を取るから、
わかりやすくなるのだ。

いつもこんなふうだから、耳が聞こえないといっても、
お店で困ったケースは、実はほとんどないのだ。
もしも、困るようだったら、もう二度と、そのお店には
行かないことにする。

昔、テレビドラマで『星の金貨』という番組があったが、
あの主人公(手話や筆談を使うろう者)のように
コミュニケーションをする聴覚障害者なんて、
実際にはほとんどいない。

聴覚障害者団体で、いろいろな聴覚障害者を見ている
私でさえ、ほとんど見たことがないのだから、
皆さんもほとんど見たことがないのではないだろうか。

その理由は、そもそも健聴者が、手話などほとんどできないし、
筆談も面倒がってやらない、という現実がある。

しかたなく、可能な限り、相手(健聴者)に合わせた方法を使う
場合が多い、と思う。

それが、聴覚障害者の障害が知られることのない原因となった
のだろう。
それは聴覚障害者だけに責任があることではなく、学校教育、
さらには社会、そして国にも責任があることも、誰も知らない。


(昨年、国会で採決された『障害者差別解消法案』も、
結局は与党が勝手につくった形式的な法案であり、
無駄に終わるだろう。
聴覚障害者は、より強い効力を持つ新法案を、
待ち望んでいるはずだ。)


聴覚障害者は、昔から、そして今でも、自分で
コミュニケーション方法の工夫をして切り開くか、
我慢して諦めるかの、どちらかだ。
聴覚障害者は社会の中で、そうした孤立状態にある、
と思う。

だから、私が聴覚障害者だということも、誰も分からない。
聴覚障害者は、その障害が透明なのだ。
特に、健常者と同じ環境で育ってきた難聴者や中途失聴者
の場合は、母語が健聴者と同じ日本語で、文化もほぼ同じ、
見た目は普通の人と全く同じだろう。

聴覚障害者はそれでも、自ら障害のことを、
言う必要があるのだろうか。

言わないと、後でトラブルになったとき

「なぜ言わなかったのか?」

とか

「ウソをつくな」

と言われる。
自分のことながら、聴覚障害は、厄介な障害だと思う。

なぜ言わないのかということについては、幾つかの理由がある。
それは、聴覚障害者心理と、非常に深く関係する。
それらについては、また後で述べることにする。
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by bunbun6610 | 2014-03-29 18:30 | コミュニケーション能力
習志野飯店(千葉県船橋市習志野台)

 千葉県船橋市習志野台8丁目19-17


この場所でやっていて

「よくこれだけのお客さんが入るものだな」

と感心・・・。

家に帰ってから、インターネットで調べてみたら、
創業50年以上の老舗中華料理店のようです。


『習志野飯店飯』(スープ付 1250円)
ご飯の上に八宝采がかかっているような中華丼。
うまい。
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by bunbun6610 | 2014-03-28 18:30 | 食べ物
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140327-00000077-mai-soci

<聴覚障害者>
佐村河内氏問題で
「誤解される」と会見


毎日新聞 3月27日(木)19時35分配信

 聴覚障害者らで作るNPO法人「東京都中途失聴・難聴者
協会」が27日、都庁で記者会見し、「全ろうの作曲家」として
活動していた佐村河内(さむらごうち)守氏(50)を巡る騒動


「聴覚障害への誤解が広がっている」

と訴えた。

 佐村河内氏は7日の記者会見で、身体障害者手帳を返納
したと明かし、

「耳元で60デシベル以上で言われても、音は分かるが言葉
としては聞き取れない」

と説明した。

同会はこのやり取りが、ゴーストライターに代作させていた
問題と相まって

「障害者手帳を持っていなければ聞こえるのでは、
という誤解につながった」

と指摘した。

 聴覚障害者は国内に数百万人いるとされるが、手帳保持
者は約35万人にとどまり、会話が聞き取れない程度では
福祉サービスが受けられない実情があるという。

新谷友良理事長は

「外から見えない『聞こえ』の障害について、
正しい理解を持ってほしい」

と訴えた。

【川口裕之】


==========================




特定非営利活動法人 東京都中途失聴・難聴者協会から
は、下の声明が出されている。

なぜ、このよう声明が出されたのか、おそらく健聴者は
まだ、理解できないかもしれない。
私が心配するのは、就職差別だけでなく、役所の障害者
福祉課で手帳の申請をしても断られる、つまり水際作戦
が横行しないか、心配だ。
高齢者はすでに、対象外となっている、と老人が漏らして
いる。



==========================


特定非営利活動法人 東京都中途失聴・難聴者協会
http://www.tonancyo.org/


佐村河内氏の聞こえに関する問題についての声明
〔2014年3月26日〕
http://www.tonancyo.org/140326seimei-bun.pdf


==========================




「正しい理解を」と言うが、実際には、例えば下のような
情報もある。



==========================


http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitatakanori/20140218-00032764/

佐村河内守氏への批判だけでなく
聴覚障害者への理解と支援を!


2014年2月18日 13時58分

藤田孝典 | NPO法人ほっとプラス代表理事、社会福祉士


==========================



藤田氏の説明に対して、私の指摘をさせていただくこと
にする。


>「しかし、それよりも重要なことは聴覚障害者の
置かれた現状理解と生活支援の不足を改善する
ことではないだろうか。」



最も効果的な解決方法は、私もこれだと思う。
障害者制度を利用できるようにしても、障害者を
増やしてしまうだけのような気がしてならない。

障害者は、差別を受けている。
だから、それをなくすには、障害があっても、
誰もが社会参加できる社会にしなくてはならないのだ。
そのほうがいい、と私は思う。


>「これらのコミュニケーションツール(コミュニケーション
の道具)としての言語が使用できない場合は、
手話やボディランゲージなど他の手段を
用いることになる。
コミュニケーションを支える何かが必要という
ことだ。」



この説明は、当事者から見たら、どう思うだろうか?
偏った説明だという印象は否めない、と思う。

理由は、幾つかある。

聴覚障害者と言っても、難聴者や中途失聴者が
圧倒的に多い現状。
しかも、そのなかで手話ができる人、
ボディランゲージが理解できる人というのは、
そんなに多くはない。
その点で言えば、これは適切な説明ではない
ように思う。

勿論、手話がわかる聴覚障害者もいるが、
藤田氏の説明を読むと、手話ができない聴覚
障害者のことはほとんど考慮していないかの
ような意見に思われてしまう。

それから、もう一つ大事なことがある。
手話は、ろう者(Deaf)のコミュニケーション言語、
つまり、健聴者が使う日本語と同様、れっきとした
「言語」である。
だから、このような説明はびっくりしてしまうし、
憤慨する。



>「ここで、全国で唯一の聴覚障害者の当事者団体
である全日本ろうあ連盟を紹介したい。」


浅はかな知識で、こう説明するのは困ることだ。
聴覚障害者団体は、他にもある。
ろう者、中途失聴者・難聴者の団体は別々に存在
しているし、一緒になってやっている団体もある。
この人が、知らないで勝手に書いているだけだ。



〔参考記事〕

『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕



『「聴覚障害者」の定義に関する共同声明(1989年)』
〔2011-03-31 23:19〕




〔参考情報〕(2017年1月28日)


秋田県立聴覚支援学校『1.聴覚障害とは?』


「難聴には「伝音性難聴」(耳小骨までの「音を伝える部分」に障害がある場合)と「感音性難聴」(蝸牛以降の「音を感じる部分」に障害がある場合)、「混合性難聴」があります。

また、聴覚障害には、補聴器がなくても大体会話が分かる程度から、まったく音が聞こえない程度まであります。」



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by bunbun6610 | 2014-03-27 21:09 | 聴覚障害
聞き取れなくても会話ができる - 聴覚障害者の読話力と推測力


中途失聴者の読話講師も

 「読話だけで完全に読み取ることは難しい」

と話していた。

では、なぜ健聴者の話が分かるのかというと、聴覚障害者には

 ・読話力

 ・脳に記憶した音や言葉、映像の辞典(で調べる力)

 ・推測力、視覚による観察力

などがあるからだろう、と思う。
これらの能力は、健聴者よりも優れているのではないだろうか。


頭の中にしまっておいた情報の記憶から、
音や映像や、言葉の知識などを高速で探し出す。(※)



(※)当ブログ

『聴覚障害者の、聴覚障害をカバーする能力
 - 音声情報を推測する能力』
〔2014-03-20 18:30〕


参照。



聴覚障害者のなかでも難聴者や中途失聴者は、
この能力に優れているのではないだろうか。

下の話も、その好例ではないかと思う。



====================================



『こころの段差にスロープを』
(松兼功/著 日本経済新聞社/発行所
1997年10月7日/初版発行)


松兼 功・・・主な著書に、『障害者に迷惑な社会』(晶文社)がある。



『言葉を目で見る』
人いきれと電車の揺れに今にも倒れそうな歩行器を、
息を弾ませながら両手両足で羽交い絞めするように
支えていた。
それを見て、私の目の前の吊り革につかまって立って
いた中年男性が身体をこちらへ屈(かが)ませ

「大丈夫ですか? どこで降りるんですか?」

と、声をかけてきた。

私はほほ笑みを浮かべて「吉祥寺です」と答えた。
が、案の定その言語障害まじりの言葉は聞き取って
もらえなかった。

男性は申しわけなさそうな声で

「悪いけど分からないなあ」

と言った。

その時だった。
男性の斜め後ろで

「キチジョージですよね・・・」

と、確かめるように尋ねるかん高い声がした。
私は反射的に「はい、そうです」と勢いよく答えた。

言葉の理解者の出現に、瞬間「あーよかった」と肩の
力が抜けた。
目の前の男性も

「そうか、吉祥寺だったのか――」

とうなずいた。
そして二人して声の方向へ視線を向けると、そこには
補聴器をつけた30歳前後の男の人が立っていた。

補聴器の彼の、言葉を見る“目”の確かさに感心して、
思わず

「なるほどなあ」

とつぶやいた。

一方、私の言葉を聞き取れなかったあの男性は、
不思議そうに

「彼、あなたの言葉がちゃんと聞こえたのかな?」

と、首をひねった。

おそらく、私の声が補聴器の彼の耳にはっきり
届いたわけではなかったはずだ。

だが、彼はとっさに私の言葉の意味を理解して
くれた。
それは、彼がこちらの口の動きを見て、言わんと
している内容を読み取ったのに他ならなかった。

聴覚障害と向き合って生活している彼にとって、
日ごろから音声による情報収集は皆無に近いの
ではないか。
それだけに、目で相手の言葉を読み取るコミュニ
ケーション方法は、欠くことのできない生きるため
の術になっているのだろう。
余計な時間がかかると思われがちなそのコミュニ
ケーション法だが、騒音や、言語障害などで声(言葉)
によるやりとりが難しい場合、お互い気持ちをつなぐ
とても有効な手段となる。

もとより、言葉で思いや真実を伝えようとするとき、
その言葉を発しただけで人の心に届くかというと、
それほどなまやさしいものではない。
補聴器の彼や、私のように、言葉が自由自在に使え
ない人間は、かえってそれが実感でき、何としても
こちらの意志を相手に伝えようとする意欲が沸きあがる。
そこに相手を思いやる心も自然に満ちてくる。」
(P11~13)



====================================




聴覚障害者にとって、聞き取れるかどうかなんて、
もうどっちでもいい。
勿論、聞き取れるに越したことはないのだから、
彼だって補聴器を装用するのは当たり前だ。

だがそれでも、彼には自分ではどうにもならない
聴覚障害があるし、補聴器にも限界があることぐらい、
わかっている。
だから自然に、聞こえの不自由さを補う能力を発揮
していたのだろう。

>「彼がこちらの口の動きを見て、言わんとしている内容
を読み取ったのに他ならなかった」



正直、松兼さんの近くにいたわけでもなさそうなのに

「言語障害のある人の唇を読めるのかな?」

と思った。

彼らは中央線に乗っていたのだし、耳の不自由
な人には、電車のアナウンスが聞き取れない人も
いるはずだ。

それなら、中央線の駅名を全部記憶していて、
どの駅が何番目にある、ということもすぐに
分かっても不思議ではない。

昔のバスだったら、乗り越してしまうこともあった
のだから、自分で憶えておくのが当たり前だった。

「吉祥寺」でも、補聴器でもわりと聞き取りやすい
と思われるのは、人にもよるだろうが、たとえば
「き・じ・・じ」という感じのように思う。
この先にある、「き」で始まり、「じ」が入る駅名を、
頭の中の“中央線駅名辞典”で探せばよいのだ。
聴覚障害者は、こういう能力がすごい人が結構いる。
聞こえないハンディは、強力なイメージ力で補って
しまうのだ。

すると「吉祥寺」が候補に上がるとする。
まだ、それで確実に分かったのではない。

あくまでも候補に過ぎないから、補聴器をした彼は

「キチジョージですよね・・・」

と聞き返してみたのだろう。

松森果林氏と同じように“オウム返しのマジック”だ。
これで相手の表情を見て確認できれば、もう大丈夫だ。

いかにも、会話に不自由がないように見えてしまう
聴覚障害者だが、本人としては、
聞こえたかどうかなんていう、
健聴者の勝手な想像はどうでもいい。

ただし「偽聴覚障害者」などと、誤解はされたくないものだ。
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by bunbun6610 | 2014-03-27 19:30 | コミュニケーション能力
手話ができなくても、聴覚障害者とコミュニケーションはできる。
 - 難聴者や中途失聴者とのコミュニケーションの場合。

難聴者や中途失聴者の場合は、日本語をしゃべれるからだ。


『聴覚障害者と話す方法 -難聴者、中途失聴者との場合』
〔2011-12-17 11:31〕




〔バーバル・コミュニケーションとノンバーバル・コミュニケーション〕

http://noncommu.tants.biz/

http://www.会話方法.com/entry4.html

http://www2.ocn.ne.jp/~honeybee/communication/tips/VerbalNonVerbal.html


勿論、ろう者とのコミュニケーションにも、ノンバーバルは
非常に有効だ。
というより、ろう者の使う手話文法のなかに、
ふんだんに取り入れられている基礎的なものなので、
これの獲得は即、手話の上達を意味するほどだと思う。
(詳細は後述のN.M.S参照)


すでに当ブログで述べている

『聴覚障害者の“簡易コミュニケーション方法” - 私の場合』
〔2014-02-24 18:30〕



も、健聴者が自然にノンバーバル・コミュニケーションを
出しやすいように、私が話し方を工夫して誘導しているので、
答えが推測できるのです。
それには、相手の答え方を限定的にする必要がある。
聞こえない人相手の場合は、聴覚障害者が先手になることだ。

佐村河内氏が

「自分がほとんど一方的に説明し、新垣氏はイエスマンだった」

というふうに証言しているが、まさにそのやり方だ。

新垣氏は

「聴こえていないと感じたことは一度もない」

というふうに証言している。
新垣氏はもしかしたら、聴覚障害者のコミュニケーション術を
よく知らなくて、このテクニックに引っかかったのかもしれない。

であるから、自分の聴覚障害をいちいち言いたくない場合に
有効なコミュニケーション方法である。
誰にだって、プライバシーの問題もあるわけだし。

逆に健聴者からいろいろ話しかけられてしまうと、
わからなくなってしまう。
だからこちらから話しかけて、コミュニケーション
障害が起きないようにしてしまうのです。


〔ノン・マニュアル・シグナルズ(N.M.S)・・・非手指動作〕

http://collins1332.at.webry.info/201107/article_7.html

http://abc.cside2.com/V-net/study/data/020919.html


手話を使う難聴者・中途失聴者は、実際にはごく少数だ。
それでも使う人は大抵、日本語対応手話を使う。
日本語対応手話を使う人は、N.M.Sをあまり
使わない。

一方、ろう者のほうになると、実にN.M.Sを
多用していることに気づく。
外国映画の外国人俳優を見ていても、実に多く
使っているものだ。


〔参考情報〕

【CEDEC 2011】世界に通じる万国共通の表現、それは「表情」
〔2011年9月9日(金) 20時50分〕



ところが日本人の場合は、単一民族国家という長い歴史があり、
その独特の言語文化が原因で、N.M.Sをあまり使わない。

そういえば、先天性聴覚障害者の場合は、ろう者、難聴者を問わず、
ノンバーバル・コミュニケーションがわりとできるのですが、
高齢になってから難聴になった人とかは、苦手な人が多い。

中高年の人はすでに、日本語という独特の言語文化にどっぷりと
浸かって生きてきた人たちなので、新しいコミュニケーション方法
を獲得するのは容易ではないからだ。
だからその場合は、やはり無理をせず、筆談のほうが確実な
場合もある。

障害者にもさまざまな人がいるので、コミュニケーション方法も、
相手に合わせて選択するとよい。



〔自分の質問に対し、相手がYESかNOかを見分けるには・・・〕

ノンバーバル・コミュニケーションを磨くこと(表現、読み取り共に)。
自分なりに研究してみよう。

中途失聴者、難聴者には、手話講習会に行くよりも、
こういうコミュニケーション術の努力をしたほうが、
日常生活でずっと役に立つのではないか、と思う。


顔、首が縦に動く →YES
顔、首が横に動く →NO


顔、首が前に出てくる →これは、他の表情とも合わせて総合的に意味を理解する必要がある。YESの場合も、NOの場合もある。
顔、首が後ろへ下がる →NO、「ええ?!」といった意味。


眉が上に動く →YESや驚き、理解してくれた、など。
眉が下に動く →NOや違う、など。


眉間にシワができる →NO、違う、否定的な意味など。
眉間のシワがなくなる →YES、肯定的、好意的な意味など。


まぶたが大きく開く →YES、驚きなど。
目が大きく開く →YES、「その通り」といった意味。
目が細くなる →NO、違う、否定的な意味。


その他、口形が小さくなる、「ヘ」の字になるなど。 →肯定的な意味には見えない。



大体、こういう感じになることが多いですよね。
ノンマニュアルなものなので、自己研究で磨くしかない、と思う。

相手が出す反応の、いろいろなところから、判別が可能だろうと
いうことがわかる。
だから私は、これを大いに活用できるように、聞き方を限定的に
したコミュニケーション方法が多いのである。
相手を「イエスorノー」だけしか言わない人間にさせてしまう。

最後に、自分で

「『○○○○』と言ったの?」

「『○○○○』ですか?」

「『○○○○』」

などと“オウム返しのマジック”(※)で、確認を忘れないようにする
ことも大事。
これで、大抵はやり過ごせる。


(※)詳細は、当ブログ

『「ダンボ!」→「マンボ?」 感音性難聴障害者のコミュニケーション方法』
〔2014-03-26 18:30〕


参照。

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by bunbun6610 | 2014-03-27 19:00 | コミュニケーション能力

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610