ブログトップ

蒼穹 -そうきゅう-

<   2013年 05月 ( 43 )   > この月の画像一覧

助け合い

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


「助け合いって、こういうことを言うんじゃないのかな。
だれかが困っていれば、まわりの友達が手を差しのべる。

そのときだけを考えれば、『助ける、助けられる』という
一方的な関係になるけど、またちがうタイミングでは、
助けた人が助けられ、助けられた人が助ける側になる――。
みんなが、だれかの役に立ってるんだよ」


===============================



東日本大震災でも、被災地の人々が助け合い、
絆が生まれたことが記憶にあります。

実際にボランティアに行った人から話を聞いたのですが、
被災者の方は忘れられてしまうことをいつも心配している
ようです。
でも、こうして少しずつでも誰かが瓦礫処理などの手伝いに
来てくれる人の姿を見ることで

「ああ、まだ私たちは忘れられていないのだな」

と思い、少しでも安らぐそうです。

遠い被災地の人々を助けるという行為が、
今は一方的に感じるかもしれませんが、
いつか助け合いになる日がくるし、
今までもそうだったのだと思います。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-16 18:00 | だいじょうぶ3組

今から25年ほど前、日本がバブル経済の
真っ只中にいた頃でした。
不法就労をするために、日本へやって来る
外国人が増えていた頃でした。

彼らは観光ビザで来日して、
そのビザのままで就労をしていました。
日本への出稼ぎ労働者です。

観光ビザの有効期間は3ヶ月間ですが

「更新すればずっといられる」

というのが彼らの説明でした。

ある工場には中国人、ガーナ人、ナイジェリア人、
イラン人、日系ブラジル人など、
数多くの外国人がいましたが、
皆、数ヶ月のうちに帰国していってしまいました。

しかし、そのなかでも粘り強く残った人たちがいました。
それは、バングラデシュ人の群れでした。

バングラデシュ人だけが、職場でも複数人の
グループになっていて、また仕事も、その後も、
同じアパートの部屋で集団生活をしていました。

そのため、日本の差別社会のなかで奴隷の
ように働くという、人間生活としては苛酷な環境でも、
毎日のコミュニケーションを欠かすことが
ありませんでした。

そのコミュニケーションには、仲間同士のケンカ
も結構ありました。
歌を歌っているときもありました。
いろんなコミュニケーションをしていて、
いろんな喜怒哀楽がありました。

でもそれが、彼らが長く日本で奴隷的
労働生活を続けられた秘訣だった、
と思いました。
あのときは当たり前の光景だと思って、
わかりませんでした。

でも今になって、コミュニケーションって、
そんなに人間生活に欠かせないもの
だったのか、と思うのです。

他の外国人は皆孤立していたので、
そんなコミュニケーションは一切なかった
のです。
彼らはホームシックになったかのように、
次々と帰国していきました。

そんな孤独な姿は、職場で孤立しているろう者、
難聴者、中途失聴者も似ている、と思いました。


障害者雇用促進法で働けるようになったとはいえ、
働く聴覚障害者には、そんな問題が残っています。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-15 18:00 | 就労後の聴覚障害者問題B

妥協の不安に包まれて

人事部のMさんと話し合いました。

本当はOさん個人に宛てた手紙の話の件でしたが、
Oさんは「会社に相談する」と言って回答を避け、
その後、S課長に伝わったようです。
S課長が昨日、Oさんと同席で、
次のように説明してくれました。

「私(S課長)がOさんに指示を伝え、
Oさんが部下に指示をすることになっている。
だから、Oさんの指示は私(S課長)の指示です」

これは確かに、質問の一部の回答にはなっています。
けれども、質問は幾つかあり、これだけでは
私は理解できないのです。

そこへMさんが間に入り、Mさんとの話し合いに
なったわけです。
Mさんとの話し合いで、私の立場としては、
妥協を受け入れるという形にしました。
いきなり私の考えをMさんに理解するのが無理
というものですから。

妥協点を次のことにしました。

①Oさんは人を集めて説明方向をする時は、
Bunbunさん(つまり、筆者)も呼ぶようにする。
呼ばなければBunbunさんには関係ないものとする。

②Bunbunさんが不安に思うようときは、
自分からOさんへ、確認へ行く。

③仕事の内容(今の業務内容についてと、
今後について)について、S課長の説明が必要
 →Mさんが伝える

④ジョブコーチ制度の利用については、
会社としてどうするか、まだわからない。

妥協したのは、やはりMさんはまだ聴覚障害者
としての私の気持ちや、聴覚障害者への
合理的配慮について理解が足りない、
それを今すぐに求めるのは無理だ、
と思うからです。

「やってくれないと言うのは、子どもと同じ」

だと言われてしまいました。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-14 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

デイジイ

【蕨店】
埼玉県蕨市錦町1-4-12


埼玉県内に店舗展開しているパン&洋菓子のお店です。
イトーヨーカ堂のそばにある蕨店です。
丁度腹が減っていたので、食事パンを幾つか買って、
食べてみました。
(蕨店は、店内で食べられます)

これは驚きの美味しさでした。
パン作りの技術が高いと思います。
埼玉県南部では有名なお店なのだろうか。


これが、どれも200円台というのが信じられない。
「この味だったら安過ぎる」と思う。
東京なら、400~500円くらいはすると思います。

ケーキも良心価格で、美味しいです。
チーズケーキは人気ナンバー2のアイテム。


『パンドカンパーニュサンド』 290円
a0196876_23384720.jpg


『職人の朝食』 240円
a0196876_23392351.jpg


『濃厚チーズのジャーマンフランク』 280円
a0196876_2341243.jpg


『カスタードシュークリーム』 180円
a0196876_23414385.jpg


『自家製チーズケーキ』 130円
a0196876_9314199.jpg

[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-13 18:30 | 食べ物

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


===============================


「今度は灰谷ではなく、校長の黒木が紺野のとなりにすわる
丸顔の介助員を指名した。

『ぼくですか? ぼくはあれこれと意見できる立場では
ないので慎みますが、ただ……もし、
赤尾先生もいっしょに行けることになったとしたら、
そのときは全力でサポートさせてもらいます』

これで、発言していないのは議論の的となっている
張本人だけとなった。
それまでほっぺたの内側を軽くかみながら、
ずっとほかの人の意見を聞いていた赤尾は、
黒木から発言をうながされると、
ぐるぐると頭のなかに渦巻いていた自分の
考えをなんとかひとつにまとめ、
それを言葉としてつないでいった。

『もちろん、子どもたちといっしょに行きたいという
気持ちはあります。
彼らがこんなことをするなんて考えてもみなかったし、
その気持ちになんとか応えてやりたい。
だけど、今回の遠足が登山だということを考えると、
やっぱりぼくが行けば足手まといになってしまう。
だから、行かないほうがいいのかなと、
そう思っています……』

それが苦渋の選択だということは、
その場にいただれもがわかっていた。
だから、だれもうかつに口を開けなくなってしまった。」


===============================




ここまで読むと、私はある言葉を思い出しました。



「…車椅子の彼女はひたすら恐縮していた。

『すみません。すみません。すみません。もういいですから』。

彼女の言った一字一句は覚えていないが、

『これ以上皆さんにご迷惑をおかけしたくない。
私さえあきらめればいいのですから』

というニュアンスが感じられた。」

当ブログのカテゴリー『哀れみはいらない』記事
『ADAと『障害者の経済学』』〔2011-10-29 21:36〕より。




もし自分だったら、やはり赤尾先生と同じように諦めただろう。
しかし、この小説では、校長先生のもと、全員で協議した結果、
次のような結論に至ります。



===============================




「『校長先生、いかがしましょうか?』

しばらく沈黙が続くと、しびれを切らした灰谷が、
最高責任者に決を求めた。
黒木が、ゆっくりと口を開く。

『赤尾先生?』

『はい』

『もしも、障害があるのが自分ではなく、
自分のクラスの子どもだったら、どうしますか?
車いすの子は迷惑だから連れていかない。
やはり、そういう判断をなさいますか?』

『いえ、しないと思います』

黒木は深くうなずいた。

『青柳先生は?』

『何とかしていっしょに行ける方法がないか、
あらゆる手段を考えてみます』

『紺野先生は?』

『ぼくがおんぶしてでも連れていきますよ!』

肉体派の二組担任は、ぶ厚い胸板を力強く叩いてみせた。

三人の返答に満足そうな笑みを浮かべた黒木は、
校長としての最終的な決断を伝えた。

『今度の五年生遠足は、一号路で行きましよう。
それでも、途中、車いすではきびしい箇所があるかもしれない。
そのときは、白石先生だけでなく、青柳先生も、
紺野先生もサポートをお願いします』

ソファーにならぶ三人が、それぞれにうなずいた。

『そうして支えあう姿を子どもたちが目にすることで、
新たに生まれる教育的効果もあるでしょう。
先生がた、どうぞよろしくお願いします』

黒木の言葉に全員が頭を下げたが、
赤尾だけは体を折りまげるようにして、
一段と深く、感謝の気持ちを伝えていた。」



===============================





校長先生は、この学校内だけではなく、
一見して重要と思われる、青柳先生の
前例主義的な意見でもなく、
今までにはない広い視点での意見を、
各クラスの担任先生に求めてみました。

各先生の胸のうちにある、本当の思いに直接、
聞いてみたのです。

それが答えだったのです。

三組に障害を持つ子どもはいなかったけれども、
この広い社会にはいます。
それは今の普通学校では、障害を持つ子どもが
通うことを許可されず、あるいは社会からサポートが
受けられないために、隔離されている、
ということもあると思います。
今の多くの障害児の現実です。

学校側の取る障害児対応が、親(家庭教育)へ
影響を与えていることも、
考慮しなくてはならないと思います。

確かに、青柳先生のように前例主義で考えるならば、
遠足に参加できる健常の子どもたちの安全は
保障されると思います。

しかし、それでは健常者の都合で逃げているだけで
あって、障害者問題の解決になってはいないのでは
ないだろうか。

原作者は、そこを読む人にも考えて欲しかったのでは
ないか、と思います。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-12 18:00 | だいじょうぶ3組

えっ?!

障害者差別解消法案の後は、
もう国連・障害者権利条約の批准をするの?!

障害者団体も本当にこれでOKなのだろうか?


民主党参議院議員・谷博之氏(栃木県選出)のブログから、
次の記事を見ました。


===============================


http://ameblo.jp/tani-hiroyuki/entry-11519037268.html


障害者差別解消法案が国会提出さる!
2013-04-26 23:17:26

2009年4月に参議院に私が筆頭発議者として
提出した障害者制度改革推進法案。

これが元となって、鳩山政権になってから
5年間の障害者制度改革が閣議決定されました。
その最終コーナーがこの障害者の差別を禁止する
法案です。

法案・概要など関係資料

私たちが政権にいる間には間に合いませんでしたが、
自公政権が引き継ぎ、本日国会提出に至りました。

名称含め民主政権時からは後退した部分は否めませんが、
現下の情勢では仕方のないこと。

しっかり審議し、必要な確認答弁をとった上で、
今国会成立に向け、引き続き取り組みたいと思います。

これが成立すれば、あとはいよいよ国連障害者の
権利条約批准が待っています。

[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-12 00:24 | 国連・障害者権利条約

遠足(1)

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


==================================


「(青柳先生)『ええ、紺野先生のおっしゃることはわかります。
たしかに、『去年までと同じ』であることにこだわる必要はありません。
でも、変えるからにはそれなりの理由が必要なんです。
いつもは六号路なのに、今年だけ難易度の低い一号路を選ぶ理由――』

食いさがる二組の担任を、学年主任の青柳はあくまでも
論理的にはねのける。
だが、それでも紺野はあきらめなかった。

『理由はあります。それは――』

そこまで言うと、ななめ向かいにすわる赤尾に
ちらりと目をやった。

『赤尾先生です。
例年どおりの六号路では、どうしても車いすの赤尾先生は
登山することができません。
だけど、傾斜もゆるやかで、舗装されている部分の多い
一号路なら、赤尾先生の車いすでもなんとか行けると
思うんです』

『それはわたしも気になっていました。
六号路では、おそらく赤尾先生はむずかしいだろうなと。
だけど紺野先生、遠足という行事はいったいだれのための
ものですか。
主役は子どもたちでしょう。
教師というのは、あくまでもそのサポート役だと思うんです。
そのサポート役である教師の都合によって子どもたちの
ルートが変えられるなんて、本末転倒だとは思いませんか』

そのとおりかもしれない、と赤尾は思った。

子どもたちといっしょに遠足に行きたい――その思いは、
赤尾の胸にも強くある。
だが、青柳の言うとおり、優先されるべきは自分の
思いなどではなく、子どもたちの思い。
そう考えれば、自分は遠足に行くべきではないのかも
しれなかった。

『いずれにしても、この問題はわたしたちだけで
結論を出せることではないように思います。
来週にでも校長先生にお時間を取っていただいて、
あらためて相談しましょう』」

[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-11 18:00 | だいじょうぶ3組

教師の苦悩

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


=============================


「『公彦のために』という思いでプールに飛び込み、
五メートルを泳いでみせたが、それは結果として、
十歳の少年をただ追いこんだだけだったのかもしれない――。
赤尾の胸には、そんな思いが渦巻いていた。」



=============================



以下は、『自分を愛する力』(乙武洋匡/著 講談社/発行)より。

「アルバムのページをなつかしそうにめくりながら、
高木先生はメガネの奥で目を細めながらつぶやいた。

『この時期はさあ、あれだけ嫌がっていた君を無理やり
プールに連れてきては、いっしょに練習していたでしょ。
あれ、なぜだかわかる?
本当は泳げるようしたかったわけではないんだよ』

――え、ちがったんですか。
うーん、ちょっとわからないです……。

『もしね、君が万一、水の事故に遭ったとき、だれかが
救助に駆けつけるまで、自力で水に浮いていられるように、
せめてそこまでにはしておきたかったんだ』

僕は返答につまり、胸に熱いものがこみあげてくるのを
感じていた。
僕は十年以上も気づくことができなかった。
あの厳しいご指導の裏には、そんなにも深い思いがあった
のだろうということを」

[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-10 18:00 | だいじょうぶ3組

いつも通り、朝の朝礼をサボって、9:05に入室したら、
Oさんから注意を受けた。

「今後、9:00以降に入室した場合は、遅刻とみなします」

と。
私がOさんに

「手紙の件は、あなた宛にしたのだから、あなたが直接答えて欲しい」

と伝えたところ、Oさんは

「会社の上席と確認中。あなたは外部と相談したいのならそうして」

と言われた。
これでは本人同士の話し合いにはならない。
さらにOさんに

「今朝の「9:00厳守」の指示は、誰の命令ですか?」

 と聞いたら、Oさんが

「私です」

と答えた。
私は

「9:00に入らない私が悪いが、私にも言い分はある」

と言ったら、Oさんが

「ホワイトボードに書いて」

と言うので、書いて詳しく話した。

「〔1〕社会、会社、健聴者の常識はわかるが、
   自分は●●年もこういう状態で我慢して生きている。
   その精神的苦痛もわかってほしい。

〔2〕9:00は今後守るが、これで問題解決ではない。
  会社コンプライアンスも不十分なので、伝えて改善を要望したい。

〔3〕直属上司は特に、部下の障害者とのコミュニケーションをとりつつ、
  臨機応変に対処して欲しい。
  上席経由ではなかなか、解決しないことを、
  私は7年の経験でも知っている。

〔4〕アンケートはOさん個人に対するもの。
  それなのになぜ会社上席へ回すのか」

いずれの質問にも、Oさんからすぐに返事はなかった。
どうせ、またほとんど無視だ。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-09 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

新人歓迎会で私は予定通り、
通訳なしで出席しました。
私は当日、筆談ボードを持参することに
しました。

それでも、司会者はマイクを持って話すので、
その場合は筆談はなし。

簡単な言葉は何とか理解できたので、
自分も簡単に答えることができました。

とにかく、自分の聞こえには自信がないためか、
自分の返答にもあまり自信が持てませんでした。

形式的な挨拶などが終わると、自然なおしゃべり
が始まりました。
そこへ突入すると、もう何が何だかわからなく
なりました。

このままでは取り残されたままだ…。

だが、新人の障害者Aさんも孤立している様子…。
耳が聴こえる障害者でも、そうなってしまう人が
いるとは思わなかった。

初めはAさんの前に筆談ボードを出してみて

「私はこの通り、耳が不自由なので、
これに書いて下さい」

と言いました。

しかし、Aさんのほうはあまり話したくないのか、
全く書いてくれませんでした。

そこで、とにかく笑わせるネタを一生懸命書いて、
Aさんに見せました。

すると、Aさんも次第に笑うようになり、
少し返事を書いてくれるようになりました。

頃合を過ぎたところで、今度は相手を変え、
Bさんにも書いて見せてみました。

Bさんも書いて見せてくれるようになり、
このやりとりは、なかなか盛り上がりました。

ただ、正直に書くと、やっぱり筆談は、
口話でのおしゃべりとは違う。

どうしても、筆談をする者同士だけでの
会話になってしまい、
その周りにいる人は自然に離れていってしまう。

筆談が、仲間はずれにしてしまうような状況に
なってしまうのだ。


よく

「聴覚障害者は放射状のコミュニケーションが
難しい」

と言われるが、こういう飲み会ではやはり宿命的
だ。


本当は、誰にもそんな意図はないのだけれども、
やはりいつのまにか、そういう感じになってしまうのだ。

そして、二人だけの密談のようになってしまう性質
ゆえに、酒の場ということもあるのだが、
相手によってはとにかく、話の内容がアブノーマルな
会話になってしまったりする場合もある。

そういうことを書かれても、誰も見ていなければ、
そういう会話も二人だけで成立する、というわけです。

例えば

「Cさんのオッパイはペチャンコだ」

とか、その場にいない、関係ない人のことも
自由に書かれたりする。

これって、おしゃべりの場合でもあるだろうが、
密かな筆談だと余計にあるのかもしれない。

他の人が顔色を見て

「何かおかしい…」

と思っていたりするようだ。
これはもう、マズイ雰囲気になる一歩手前…。

筆談コミュニケーションには、聴覚障害者である
自分にとって、メリットが大きいのだが、
予想もしないデメリットもあるのだ。

普段、なかなか言えない冗談、あるいは嫌味も
書かれたりする場合もあることだろう。

今回は特に気にしていない。
だが、過去にいた会社では、実際に度を越した
悪いヤツもいたので、要注意だ。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-05-08 18:30 | 就労後の聴覚障害者問題E