<   2013年 04月 ( 36 )   > この月の画像一覧

「みんなとちがっていてもいいのに」

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997




金子みすずという、

彼女の詩のなかにある

「みんなちがって、みんないい」

という言葉が有名です。

http://mandalaya.com/misuzu.html


これは、多くの障害者の心にも、
よく響き渡った言葉のようです。


=============================


「『先生、いろいろとごめんなさい。
わたしはお姉ちゃんのことが大好きです。

去年の夏、お姉ちゃんが動物園でみんなから
大笑いされたとき、ほんとうに、ほんとうにくやしくて、
ずっとお部屋で泣いちゃいました。

でも、それから、なぜかお姉ちゃんといっしょにいるのが
苦しくなってしまいました。

だけど、昨日の授業で、それはわたしがお姉ちゃんのことを
『フツーじゃない』と思ってしまっていたからだと気づきました。

お姉ちゃんは、お姉ちゃんでいいのに。
みんなとちがっていてもいいのに。

だから、お姉ちゃんに『ごめんね』って思いました』」

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-15 18:00 | だいじょうぶ3組

麺屋 空海 ―仏ゲランド産塩のラーメン

麺屋 空海

東京都府中市府中1-2-1
京王府中ショッピングセンター駅ビル7F


塩ラーメンに使う塩には、フランス・ブルターニュ地方ゲランド産
の天然塩(※)を使用している、という。


(※)ゲランドの塩
http://aquamer.co.jp/hpgen/HPB/entries/45.html

http://altertrade.jp/guerande


ゲランドは、フランス料理の世界では塩の有名産地として
知られています。
『空海』の塩ラーメンを食べたら、その豊かな旨味と、
まろやかさに驚いてしまいました。

もう塩ラーメンが断然、オススメです。

この塩があまりにもいいものだけに、
料理に余分なことはしていないのでしょう。

なので、それぞれの素材の味と香りが引き立っています。

ゲランドの塩のおかげで、各素材がほほえましくなっている
ラーメンだと言えます。

炭火で炙っているチャーシューも香ばしくて美味しい。

シンプルなラーメンですが、飽きのこない、
スープまで全部飲めてしまうラーメンです。

ただ欲を言えば、麺にはもう少し改良の余地があるのかな、と。


ランチタイムは3点セット(ラーメン5種の中から一つと、
水餃子〔3個〕、杏仁豆腐)が950円と、お得です(府中店限定)。


『麺屋 空海』府中店
a0196876_1127655.jpg


空海・味玉そば 塩味 …仏ゲランド産塩を使用。
a0196876_11274290.jpg


鶏そば 醤油味 …山口県産醤油を使用。
a0196876_11281556.jpg


杏仁豆腐
280円デザートとしては絶品!
セットでお得なら注文しなきゃ損!!
a0196876_11285757.jpg

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-14 18:30 | 食べ物(ラーメン編)

麺創研かなで 改(かい) ―煮干ラーメンは美味

麺創研かなで 改(かい)

東京都府中市宮町1-3-10(マツヤセンター跡)


煮干ラーメンを主力商品に出すラーメン屋さんって、
増えてきているみたいですね。

煮干ラーメンを美味しくつくるのは、
塩と同様に難しいのではないでしょうか。

煮干し自体には、そんなに旨味があるとは思えないし、
苦味や特有臭とかのほうが出やすいように思います。

しかし、この店はそれを上手に使って、豊かな味わいの
ラーメンスープをつくり出しています。
さらに、これとベストマッチする、温かみのある柔らかな
食感の麺を使用しています。

今まで食べてきた煮干ラーメンのなかでは一番美味い、
と思いました。

忘れてはならないのは、ここで食べるからには、
チャーシューは2種類(豚と大山鶏)トッピングされている
ラーメンを注文することです。

チャーシューの食べ方も大事だと思います。
はじめに豚から食べます。
よく噛んで、昔風の味をかみしめながら味わいます。

次に大山鶏を口にすると、何とも幸せな気分になります。
鶏はフランス料理みたいで、豚とは全く違う食感なのです。
チャーシューはこの食べ方がオススメです。

店内に7席しかないのですが、
待ってでも食べる甲斐があるラーメンです。

a0196876_1972961.jpg


『かなで煮干ラーメン』(980円)
a0196876_1985011.jpg

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-13 18:30 | 食べ物(ラーメン編)

セールのパンが買えなかった日

駅構内にある売店形式のパン屋さんが、
閉店時刻が近づいてきたので、
3割引販売を開始していました。

先に集まってきているお客さんが、
すでに注文していたので、
私は順番を待つことにしました。

そのお客さんは8個も買うようでしたが、
何とかまだ自分が欲しいパンは残って
います。

あせらずに、先のお客さんの会計が
終わるまで待ちました。

で、いよいよ自分の番が来たと思って、
ちょっとタイミングを見て店員さんに言おうと
思っていたところです。

その瞬間、すぐに店員さんは、
また忙しそうにショーケースからパンを
一つずつ取り出し始めました。

「あれ?」

と思って、キョロキョロ見渡すと、
今度は後ろにいるおばちゃんがパンを
注文していました。

「まぁ、いいか」

と思って待っていたのですが、
何しろ閉店前の売れ残り商品が、
全品3割引なものなので、
品物がどんどん減っていきました。

「あぁぁ…。
もしかして、このおばちゃんがオレの
買いたいパンまで、全部買い占めて
しまうんじゃないだろうか?」

と、心配になってきました。

そして、その不安は的中してしまい、
買いたかったパンは全部なくなって
しまいました。

結局、並んで待った時間も、損しました。


実はこういったことが、耳の聞こえない
自分には、よくあるのです。

こういうところでは、順番を待っていても、
コンビニや郵便局のように整列して
並ぶルールがありません。

だから、聞こえない自分は声の競争に
負けてしまいます。

店員さんに気づいてくれ、とは言いません
けど、

「せめてお客さんが待っている順番を
覚えていてくれる配慮があっても
良かったのではないだろうか」

と思いました。

皆が、私のことを耳の聞こえない人だとは
わかるはずもないのですから、
いつのまにかこうなってしまうことは
よくあります。

「仕方がない」

と諦めて帰りました。

「耳の聞こえない人も社会にはいるという
ことも、まだまだ認知されていないんだなぁ」

と思うのは、相変わらず自分だけなのかと
思うと、寂しいものです。

だから、そういうことをできる限り広く
知ってもらいたくて、
このブログを書いているのですけれども。

手話サークルなどでもよくあることなの
ですが、健聴者は聞こえない人たちと違って、
音声を優先して反応する性質があるようです。

例えば、健聴者は、ろう者と手話で話して
いる最中でも、後ろから声で呼ばれると、
すぐ

「え? 何?」

と、顔を背けてしまいます。
そして、ろう者との話を勝手に中断してしまい、
後から声を掛けてきた健聴者と音声会話を
始めます。

これは、手話サークルでもそうだし、
先ほど話した店先での事例でもそうです。
また職場でも、非常によくあることなのです。

要するに、健聴者社会とは
「音声会話が出来る人優先社会」
なのです。


あるろう者は

「これは、ろう者社会では失礼に当たる」

と言いました。
ではこんな場合、どうするのかというと

「すみません。
ちょっと失礼させていただいてもいいで
しょうか?」

とろう者にひとこと言ってから、
顔を後の健聴者のほうに向けるのです。
それを見て、私は感心し、納得できました。

でも、健聴者は違う人が多いんですよね。
聴覚障害者に対しては、ホントに失礼なこと
を平気でやっている人が多い。


店先でも、健聴者は音声会話優先になる
から、しようがないのかなぁ。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-12 18:00 | バリア&バリアフリー

朝礼をサボり出す

自分だけ立たされている気分の朝礼に、ガマンも限界。
朝礼が終わる9:05頃に仕事場に入ることにした。

これもマズイが、他にいい方法がない。
どっちにしろ、のけ者にされている気持ちと
罪悪感との両方で苦しむ。
Oさんには、それがわかっていないのだから、
こうなるのももう、仕方ないと思う。

以前から配備していたホワイトボードは使ってくれない。
もう相談できる人がいない。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-11 19:00 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

障害者雇用でも、会社の「手話は今、勉強中です」に騙されないように

就労継続支援A型事業所(※)

(※)〔参考記事〕
当ブログ

『「就労継続支援A型事業所」とは?』
〔2012-12-24 18:30〕

参照。



「今年3月からスタートする新規事業で、
聴覚障害者も含めて、
障害者を20~30人募集している」

という、就労継続支援A型事業所の面接を
受けたことがあります。

精神障害者やそのご家族の方などが、
利用料を払って利用(通所)する地域障害者施設です。
そこで一緒に働く障害者スタッフを募集中だということです。

ほとんど自宅に引きこもりがちの精神障害者が、
社会復帰へ向けて活動を再開する場として、
専門家が精神障害者を様々な側面から支援しながら、
自立していくことを目的としている施設です。

当面は当施設を利用希望する精神障害者や
その家族などから、利用料を頂いて施設で
自炊や趣味のお菓子作り、
あるいは芸術活動などをしながら、
利用者たちで楽しんだり、地域の人にも鑑賞
してもらったりしているそうです。
将来は、作ったものを販売もしてみたいそうです。

そういう精神障害者の居場所をまず提供して、
社会復帰に向けさせているようです。

そこで働く専門家のほかに、様々な障害者も雇用し、
皆で精神障害者の自立を支援していく事業、
ということです。

その障害者雇用の面接を受けてみたのですが、
私はやはり自分が、他の障害者とは違う難点を
持っていることを、不安視していました。

聴覚の障害で起こる、コミュニケーション障害、
関係障害など、様々な二次障害のことで、です。

健常者ともうまくいかないというのに、
果たして利用者(お客様)の立場である精神障害者から、
聴覚障害について理解をちゃんと得られて、
問題なくやってゆけるだろうか?

だが不思議なことに、書類選考がすぐ通り、
面接まで進めることになりました。

面接で、面接担当者にこの不安点を正直に話すと、
担当者(健常者の方)は

「こちらのスタッフも障害者については理解しているので、
聴覚障害のスタッフにも、フォローはしますよ」

などと言います。
聴覚障害者であっても、採用に前向きな雰囲気でした。

勿論、そういった言葉には、もう色んな会社で、
今までに何度も騙されてきたので、
最初から信用しませんでした。
そこで、私は質問をどんどん突っ込みました。

もしも、それに対する安心できる返事があれば、
採用してほしい、と思っていました。


私;「具体的には、どんなサポートがあるのでしょうか?」

担当者;「こちらでも今、手話を勉強しているスタッフが
いますが、手話はまだ…」

私;「手話は勉強中の人もいるが、まだ誰もできないと…?」
(「本当にこの人自身は、聴覚障害者にサポート
できるのだろうか?」と思った)

担当者;「手話が出来なくても、筆談サポートをしますから…」

私;(言い逃れのような返事に呆れながらも)
「ですが、あなたは今、筆談していませんよね。
だから(どうせそうなるだろうと思っていたから)私は、
要約筆記者を同行させているのです」

担当者;「要約筆記者って、何ですか?
要約筆記者は就労後も、使えるんですか?」

私;「手話・要約筆記通訳は、障害者自立支援法で
認められる範囲内でしか、使えません。
会社面接では無料派遣が可能ですが、
就労後も利用するには、事業者が費用負担しなければ
なりません」

担当者;(もう諦めた様子で)「そうですか…」


この人は、障害者支援をする専門家だというのに、
障害者自立支援法のことも、何も知らないようだった。

この人はどうやら、障害者支援の事業をして、
そこでも賃金の安い障害者を雇用して、
金儲けをしようとしているらしい。

それだけではない。
私の横に要約筆記通訳者がいるというのに、
どんどん早くしゃべっているので、
話すスピードと通訳のスピードがかなり違ってしまう。
それで会話に間が空く理由もわからなかったらしい。
私が通訳を見てからでないと話せないということが、
わからなかったらしい。

どうやらこの人は、聴覚障害者の通訳を見るのも初めてらしい。

精神障害者の専門的支援員であるかも知れないが、
聴覚障害者についてはズブの素人だと思いました。

「これで仕事をするときには、本当に大丈夫なのかなぁ?
やっぱり、入社後が心配だ」

こう思ったものです。


実際には、雇用後になっても、部下に指示をするだけで、
聴覚障害者への合理的配慮に責任を持たない健聴者
というのは大勢います。
だから、私はこの担当者の話を信用しないことに決めました。


聴覚障害者の読者の方にも、会社などで

「手話は勉強中です」

と言われ、しかし実際にはいつまでたっても
全然手話を覚えてくれない、
また代替コミュニケーション手段にも
筆談をしてくれなかった、
という経験をさせられた人は、
きっとたくさんいるのではないでしょうか。

騙されて、騙されて、妥協すればどんどん騙されて、
結局仕方なく、我慢して働くだけの、
辛い労働になりやすいものです。

もうそうなる前に、自分で見抜くのが賢いと思います。




【追記】(4月10日)
「ブラック社会福祉法人」というのがあるのかないのか
知りませんが、インターネットで調べると実際に出てきます。

http://antiblacknpo.blog.fc2.com/blog-entry-10.html


読んでみて、まさにブラック企業の特徴モロ出しの内容、
だと思いました。

私も面接に行ってみた会社、何となく怪しいと思いました。
求人票には仕事の内容は一つしかないのに、
給与額に幅がありすぎでした。
確か月額11~16万円くらいと書いてありました。

「何でこんな求人票をハローワークに出しているんだろう?」

と思ったものです。

おそらく、これはエサだと思います。

通常の障害者求人ではありえない条件だった為に、
聴覚障害者も含む、いろいろな障害を持つ応募者が
殺到したそうです。

ところが、面接になってみても、雇用条件の具体的な
話は全然出てきませんでした。


利用料を頂いている精神障害者に、芸術活動や
お菓子作りなどを自由にやらせることは何ら
違法ではないけれども、その作品を商品として
販売するのは、一体何に相当すると思うでしょうか?

よく考えて、賢い判断をしましょう。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-09 18:00 | 就労前の聴覚障害者問題A

「手まね(手真似)」とは何か?

「手まね(手真似)」とは何か?

ウィキペディアによると、次のように説明されています。


==================================

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%9C%9F%E4%BC%BC

「手真似(てまね)は、ジェスチャーに当たる日本語で
手話の一種あるいは原型、また手話の古い呼び名や
蔑称でもある。
手真似はろう者などが採るコミュニケーション手段の
一つであり、手の動きにより言葉などを表現する。
ただし以下のような偏見があるため、日本では口話法の
普及により現実のろう教育の現場では駆逐され、
禁止されることも多かった(手話#ろう教育における手話の現状
も参照)。
ただし、手話の表現内容が低いと思われたのは聴者教員の
手話レベルの低さに問題があるとの指摘もあり、
ろう者からは口話教育の強要は聴者への同化を迫るものだと
する批判がある。
障害者権利条約第21条では手話は言語として認められ、
「手真似」が受けてきた不当な扱いは認められない。」


==================================



>「障害者権利条約第21条では手話は言語として認められ、
「手真似」が受けてきた不当な扱いは認められない。」



昔、ろう学校の健聴者は、
ろう者の手話を見て「手真似」と呼びました。
しかし、「手話」は「手真似」ではありません。

ウィキペディアの記述には、
その手話と手真似の混同視が見られるような
気がします。

健聴者が「手真似」と呼んだ、その考え方に、
もともとの誤りがあったのです。

昔のろう学校教師が「手真似」と呼んだ手話は

「(手真似は)日本語よりも劣るもの」

と考えていました。
つまり、手話を言語と認めていなかった、
というわけです。

しかし、言語としての「手話」と、
健聴者が呼んだ「手真似」とは、
もともと別物です。

「手真似」という言葉も、
それをろう者の手話へ当てはめたことも、
健聴者の無知から生まれた産物に過ぎません。

健聴者は自己の手話に対する無知を棚に上げて、
ろう者の手話を「言葉」であるとは
認めてこなかったのです。

そうすると当然「手真似」とは、
ろう者が生んだ「手話」とは、
明らかに違います。

それなのに

「「手真似」が受けてきた不当な扱いは認められない」

とは、何たる誤解だろうか。

そこに健聴者が永いろう学校の歴史のなかでも、
「手話」を「手真似」と呼び、
手話弾圧をしてきた罪が記されているのだと思う。

(健聴者が考える)「手真似」と、
(ろう者が使う言語としての)「手話」は違うということが、
わかっていないのだろうと思う。

昔は、ろう者と同じく「聴覚障害者」と
いわれる難聴者や中途失聴者にさえ、
「手話は動物的なコミュニケーション手段だ」

と考えられ、プライドの高い彼らは、
ろう者と同じ手話を覚えようとはしなかった、
という。

今でも難聴者や中途失聴者には、
ろう者の手話は日本語より劣るものとの考え方を持ち、
日本語対応手話に固執する人はいるものです。

難聴者や中途失聴者が使う手話は、
手話学では「日本語対応手話」と呼ばれているものですが、
これは基本的に、日本語文章を手話に置き換えたものです。
つまり日本語の文法そのままに手話で表すものです。

いわゆるバリアフリー手段の一種として、
自己のコミュニケーション手段のひとつに、
代用手段として取り入れているわけです。

聴覚障害者のトータル・コミュニケーション、
その手法のなかのひとつであるわけです。


ところが、(日本の)ろう者が使う「日本手話」では違います。

すなわち、日本手話は日本語の文法に倣って考案された言語ではなく、
ろう者が中心になり造られてきた、
日本語とは独立した言語だということです。


ウィキペディアで「手話」を調べてみたら、次の説明がでていました。


==================================


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E8%A9%B1

「手話(しゅわ)とは、手指動作と非手指動作(NMS, non-manual signals)
を同時に使う視覚言語で、音声言語と並ぶ言語である。
手話は聴覚障害者(ろう者)が中心となって使用している。」


==================================


「非手指動作(NMS, non-manual signals)」というのは、
健聴者、難聴者や中途失聴者の手話(日本語対応手話)では
非常に少ないもので、逆に言うと、ろう者の使う日本手話では、
これを非常によく使い、極めて重要な文法になっています。

健聴者、難聴者や中途失聴者とろう者との手話が違うと言われたり、
両者の手話が通じないと言われるのも、これが大きな理由の一つ
だと思います。

ということで

>「手話は聴覚障害者(ろう者)が中心となって使用している。」

という記述も、これだけでは世の中にかなりの誤解を招きやすく、
とても充分な説明とは言えない、ということもわかると思います。

同時に、健聴者が聴覚障害者の世界を理解することの難しさも、
自然とわかってくると思います。

聴覚障害者の世界というのは、健聴者が思っているよりずっと、
深くて広い、しかも複雑な世界なのです。

もちろん、このブログの記述も、
聴覚障害者の代表的意見というわけでは決してなく、
ある聴覚障害者の意見に過ぎません。


ちなみに、当ブログでは日本語対応手話を
否定しているわけではありません。

ろう者の使う手話と、
健聴者や中途失聴者、難聴者が主に使っている
手話の違いについて説明しているだけです。
これをきちんと理解することが、
手話の学習にも役立つと思っています。
[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-08 18:00 | 手話

今年4月から始まった、出生前診断

2013年4月4日(木)放送
テレビ朝日『報道ステーション』

http://www.tv-asahi.co.jp/hst/



お腹の中には、すでにダウン症の胎児がいるという診断結果。

http://funintiryou123.blog.fc2.com/blog-entry-209.html



出生前診断には、確かに大きなメリットがある。
でも、デメリットもやっぱりあるのではないか、と思う。

医療技術の進歩は有難いことだが、
それでも悲しいことになってしまう場合すらあります。

お腹の中にいる胎児が、健康であることが確認されれば嬉しい。
しかし、重い病気であったり、障害児であるということも、
生まれる前から、すぐにわかる。

これによって、生むか生まぬかの親の権利が行使されてしまう
ようになったのは、やはりというか…。

この医療技術の出現によって、今後の社会では、
障害児は確実に減っていくことだろう。
この技術によって、人類は障害児の数をコントロール
することも可能になる、というわけだ。
社会と、そして親の差別意識が、それを助長することにも
なるだろう。

マジョリティ側が

「障害児とわかっていても、生んだのだから、
自分で責任を持って育てる義務がある」

と親ばかりに責任を負わせることにもなりかねない。
そうなると、社会は障害児を社会の一員として、
等しく見ることができるのだろうか。

今まででさえ、障害児はマイノリティだから、
これからはその環境のなかで自己の存在意義を
保っていくことも、一層難しくなるのではないだろうか。

生まれてきた障害児にも、その心に大きく影響するのは
必至だと思う。


障害児として生まれてきても、対応も医療機関側、
そして親の側ともに、スムーズにできるようになった、
というメリットも生まれた。

しかし、同時に、その子を生むか生まぬかを、
その時点で親が選択できるようになった。
以前ならば、このような重い決断を迫られるような
ことはなかった。

今までは神のみぞ知ることだったはずが、
人間は医療技術を進歩させることによって、
その領域へ侵入することができるようになったのだ。

これは、一体何を意味するのだろうか。

人間は、神にも悪魔にもなれる可能性を持っている、
ということなのか。

そうではないのだが、そういう錯覚に陥る危険性も
持つようになった、ということだとは確実に言えると思う。

a0196876_2252984.jpg

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-07 18:00 | 障害者問題・差別

フツーと、人間の多様性

『だいじょうぶ3組』(乙武洋匡/著)

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A0%E3%81%84%E3%81%98%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%B63%E7%B5%84-%E4%B9%99%E6%AD%A6-%E6%B4%8B%E5%8C%A1/dp/4062162997


==============================



「『うん、たしかに。
『できないことがあるからヘン』と言うなら、
わたしはピアノも弾けないし、跳び箱だって上手に跳べない。
それにさかあがりだって……。
そうしたら、わたしのカラダだってヘンだってことになる』

『うーん、そうだけどさ、でもやっぱり手足がないって
フツーじゃないじゃん』

『べつにフツーじゃなくてもよくね? 先生は先生で。
てか、何がフツーとかよくわかんないし』

赤尾は、黙って聞いていた。
ときおり、窓際にすわる文乃に目をやったが、
とくに議論に参加する様子はなく、
クラスメイトの意見をただじっと聞いていた。

意見が出尽くしたところで、赤尾が引きとった。

『フツーという言葉の意味、むずかしいね。
さっきの意見だったけど、じゃあ、フツーって何だろう?』

担任から新たに投げかけられた質問に、
子どもたちは必死に考えをめぐらせた。

『ほとんどの場合は、ってことかな』

『みんなが、とか……』

最後は、教授が“らしく”まとめた。

『こう言ったら、わかりやすいんじゃないかな。
たとえばこのクラスにひとりだけ外国人がいたら、
『日本人であること』がフツーになる。
だけど、逆に外国人のなかに日本人がひとりだけいたら、
『外国人であること』がフツーになる。
というか、その場合は『日本人=外国人』だよね』

『そうか、圧倒的に数が多いことが
“フツー”ってことなんだ!』

陽介がさけんだ。
では――と、赤尾が質問を重ねる。

『じゃあ、フツーじゃない人の立場ってどうなるんだろう。
みんなとちがうからヘン。
ひとりだけだからダメ。
そういうことになるのかな?』

この担任の意見に対しては、子どもたちの間から
反論が相次いだ。

『それはおかしいよ。
みんなとちがったって、べつにいいと思う。
その人はその人だもん!』

『その人だって、好きでみんなとちがうふうに
なったわけじゃないから、仕方ないよ』

『いまの話だと、先生のカラダだってちっとも
フツーじゃないってことになるけど、
でも先生は先生だし、全然ダメじゃない』

子どもたちの意見をひとつひとつ深くうなずきながら
聞いていた赤尾は、最後のまとめとして話を始めた。

『障害者という言葉、みんなも聞いたことあるよね。
先生も、そのうちのひとり。
でも、世の中には先生のように手や足に障害がある
人だけじゃなくて、目が見えなかったり、
耳が聞こえなかったり、
いろいろな障害を持った人がいる。
ほかにも、みんなとは感じ方がちがったり、
同じように考えることができなかったり、
“多くの人とはちがう人”がたくさんいるんだ』

文乃は、じっと聞いている。

『障害だけじゃない。
さっき公彦が外国人の話をしたけど、
肌の色がちがうこともあるだろうし、
話す言葉がちがったり、
信じている宗教がちがったり、
人にはいろんなちがいがある。
それが、多くの人とちがっていたときに、
ぼくらはその人のことを『ヘンだ』とか
『フツーじゃない』と言ってバカにしてしまう
ことがあるよね。
それが、どういうことなのか。
今日の授業でみんなが感じたことを、
ワークシートの三番のところに書いてみてほしい』」

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-06 18:00 | だいじょうぶ3組

『手話を通じて聾者とコミュニケーションをとるにあたって』

===================================


 『手話を通じて聾者とコミュニケーションをとるにあたって』

 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1079628500


===================================



ベストアンサーに選ばれているのは、
ろう者の手話講師です。


まだ手話初心者のうちだと、実際、
多くのろう者からはよく

「そのうちに、自然にわかってくるようになる」

などというアドバイスをもらったりします。

しかし、慣れてきて、手話が上達していくのは、
大勢の手話学習者のなかでも、
ほんの一握りの人たちだけです。

その証拠に、地域の手話講習会では、
最初の入門コースは受講生が50人以上もいても、
半年も過ぎると半分近くにまで
減っていくことはよくあるものです。

進級していくにつれてさらに減り、
進級試験があるとまた減ります。

最終的にはやはり、手話通訳者を養成するための
手話講習会なのですから、
厳しくなっていくのは当然でしょう。


(ここからは、ろう者の言語である「日本手話」と、
手話学習者が使う「日本語対応手話」の違いに
ついての話しになるので、
両者を混同しないように注意して読んでください)



ある人(ろう者、健聴者とも)が

「手話を覚えるのは、
英語やフランス語を覚えるのと同じようなものだ」

と言っていましたが、私の場合は、今はそうは思えません。

文法、言語文化として違うのは手話でも外国語でも、
確かに同じだとは言えると思います。

でも、やはり音声言語と視覚言語の特徴は大きく違うという点を、
一番知るべきだと思いました。

英語もフランス語も日本語も、音声言語です。
でも手話は違いますよね。

実は、手話といっても、日本語対応手話では音声言語と
同じ語順で手話を表せますが、
日本手話では違う語順になる表現もかなりあるのです。

だから

「音声言語を使いながら手話を使うのはやめたほうがよい」

と、ろう者は言っているのだと思います。

詳細は下記の動画をご覧になられたら、よくわかると思います。

http://www.bbed.org/move/index_vol01.html


それでは、日本語対応手話は今後一切、
やめたほうがよいのでしょうか?

それが、そうとも限りません。

手話通訳ではやはり、日本語対応手話も使います。

また、ろう者ではありませんが、実は、日本語対応手話を
必要としている聴覚障害者もかなりいます。
例えば、下記のブログのように、です。

http://ameblo.jp/ayamisasaki/entry-10963735643.html

http://rokumangoku.naganoblog.jp/c27490.html



手話サークルでは、必ずといっていいほど、

「誰のために手話を学ぶのか?」

という議題が永遠にあると思います。

つまり、サークルに通う目的です。
それは、人(会員)により様々です。

会社の仕事が終わった後の時間を使って、
カルチャーとして学んでいたい、
という人もいるでしょう。

歳を取ってきて、難聴になってきたから、
手話を勉強しておいたほうがいいかな、
という自分の老後の保険として、
手話を学んでおく人もいるでしょう。

サークルにいる皆が一緒に、
手話コミュニケーションを楽しんでいるから、
自分もその中に入って楽しみたい、
という人もいるでしょう。

あるいは、ろう者と交流したい、
ろう者の言葉を覚えたい、
という人も確かにいるでしょう。

それら全ての人に対して、手話サークルで
まとめて教えられている手話というのは、
日本語の語順に従って、手話単語で表現する、
というものでしょう。

「その教え方にこそ問題がある」

と言うろう者も非常に多いのですが、
それが手話講習会でも手話サークルでも、
現実にやっていることなのです。

手話サークルのメンバーのほとんどは、
自分たちがそこで最初に習う手話が、
ろう者の言語(日本手話)ではなく、
手話初心者向けにカスタマイズされた
「日本語対応手話」だということを
全く知りません。

だから、わざわざ

「本当のろう者の言語を学びたい」

という気が起こらないものだし、
たとえ起きたとしても次第に、
数が多い健聴者仲間に紛れ込んでいるほうが、
居心地がいいものだと思うようになります。

手話サークルでも、日本語対応手話を使う人は
マジョリティーです。
そして、日本手話を使う人はマイノリティーです。
(という言い方はできると思う)

日本手話を使う人々は、手話サークルでも
少数民族のようなものであり、
言語的少数者なのです。


かくして、サークル内でも、
日本語を話しながら手話をしている者たちと、
ゲストのろう者、手話通訳者を目指している者たちとに、
自然とグループに分かれるのが必然です。

結局、それは異なる言語圏を表しているとも
言えなくもなくなります。

日本手話と日本語対応手話は異なる言語であるがゆえに、
相容れないものなのだと思う。

勿論、ろう者と話せるようになりたければ、
ろう者のいる日本手話グループに入ったほうが
よいのです。

いつまでも日本語対応手話の仲間のほうにいたら、
そのままです。
そこを越えられるかどうかが、
ろう者の手話へ入ってゆけるかどうか、
になるのです。

それぞれの人々が国境みたいな説明になってしまいましたが、
単に「聴こえる」「聴こえない」というだけでなく、
言語圏として分かれるのだと思います。

どの言語も好き嫌いせず自然に覚えていき、
そして相手によって使い分けられるとよいと思います。


〔参考記事〕
当ブログ
『手話を学ぶ「はじめの一歩」は、聴こえない体験からしてみよう』
〔2012-01-08 23:58〕

[PR]
by bunbun6610 | 2013-04-05 18:00 | 手話


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ

全体
はじめての方へ
街風景
自然風景
祭典
動物
食べ物
食べ物(ラーメン編)
食べ物(カレー)
sweet
製菓の話
お酒
観光(北海道)
観光(関東)
観光(四国)
観光(中国)
観光(九州)


薔薇
紫陽花
聴覚障害
聴覚障害者心理
ろう者世界
難聴・中途失聴
難聴の記憶
手話
コミュニケーション能力
手話言語法
補聴器、福祉機器等
情報保障・通訳
情報保障・通訳(就労)
情報保障(テレビ字幕)
国連・障害者権利条約
社会
人権、差別
障害者問題・差別
原発問題
六本木ヒルズ回転ドア事故
バリア&バリアフリー
医療バリア&バリアフリー
障害者の経済学
運転免許制度への疑問
哀れみはいらない
だいじょうぶ3組
NHK大河ドラマ『花燃ゆ』
就職活動・離職
就労前の聴覚障害者問題A
就労後の聴覚障害者問題B
就労後の聴覚障害者問題C
就労後の聴覚障害者問題D
就労後の聴覚障害者問題E
就労後の聴覚障害者問題F
就労後の聴覚障害者問題G
就労後の聴覚障害者問題H
就労後の聴覚障害者問題M
就労後の聴覚障害者問題R
就労後の聴覚障害者問題Z1
職場の回想録
ブラック企業と障害者雇用
聴覚障害者版サムハル
Eテレ『バリバラ』
生活保護を考える
年金・無年金障害者の問題
人気記事(再掲)
雑談
未分類

以前の記事

2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 10月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月

フォロー中のブログ

おばば奇譚
ボーダーコリー モリーが行く!
但馬・写真日和
九州ロマンチック街道
東京雑派  TOKYO ...
大目に見てよ
Photo Galler...
おっちゃんの気まぐれ絵日記
松浦貴広のねんきんブログ
qoo's life
poiyoの野鳥を探しに

検索

タグ

(178)
(94)
(51)
(47)
(40)
(33)
(31)
(13)
(7)
(6)
(5)
(4)
(2)
(1)
(1)

ブログパーツ