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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

<   2012年 02月 ( 54 )   > この月の画像一覧

まずは、下の記事をご覧になってみて下さい。
ある会社の人事部経験者が、聴覚障害者雇用に対する、
率直な見方を述べています。


======================================


『聴覚障害者と就職とプログラマ』

→http://okwave.jp/qa/q4534814.html


僕も同業種で、人事関係も手をつけているものです。
で、ちょっと厳しい意見になったらすみませんが・・・
うちの会社にも数人、聴覚障害者がいます。
その方たちとのコミュニケーションって実は
とても疲れる、という意見が聞かれます。

大きな声でハッキリゆっくりと言わないといけないからです。
モジモジ話す人が多いので、まあこちらの業種の人間と
「マッチ」しにくいです。

障害者雇用というのなら、それはそれであると思いますが
恐らく「契約社員」の1年更新ではないですか?
ま、あとは差別があるんです。

同じ障害者でも
「聴覚障害者は一番小難しいタイプが多い」
というのが通説なんです。

僕が顔をだす人事部でもそういう評価をしますし、
派遣の営業が話す言葉にも
「聴覚の人は人の意見を聞かないからね~」
というような言い方をするんで、障害者雇用ではなく
一般雇用になるなら、あえて障害者を雇わないという
方向性があります。

次にスキルなのですが、はっきり言うと「スキル不足」。
もっとハッキリ言うと経験があっても
「専門性が見えにくい」
というのがポイントです。

これは恐らく会社の方針なんでしょうが、
(アチコチ飛ばされて)手をつけている言語が多いのは
器用だとは思います。

しかし専門性がない、経験に一貫性がないと僕なら判断
します。

>言語はVB、.NET、COBOLが1年以上です。
うちなんかも、COBOLの仕事は今でもたまに案件があります。
VB/.NETも画面周りくらいしかしないんですよ。
小さなアプリなら良いのですが、業務ソフトとなるとやっぱり
C言語がメインです。

なのでその辺りが経験として半端で難しいですね。

それと基本情報とシスアドでは資格という意味で戦力外です。

基本情報は今時、新卒でももってますし、シスアドってどうよ?
というような資格じゃないですか?
シスアドとして仕事するなら2種は強みですが。

36歳ならばソフトウェア開発技術者試験くらい持ってないと
アピールになりません。

今は仰る通り難しい時期です。
今は静観するか、派遣でつないでDB関係の資格でもとったら
どうでしょうか?
オラクルマスターなんてオススメですよ。

結論
障害者雇用で探すなら大手狙いで探す。
但し基本35歳までなので兎に角探すことです。
純粋なソフトウェア会社はスキル的に厳しい。

大手の食品会社、生保/金融など社内SEを欲しがる会社は
多いのでそちら関係を探す。

しかしwebクリエイター上級・CG2級・MM3級などをもっているなら、
ひとり、もしくは少人数の部下をもってHP作成の仕事をするような
ものもイケると思うね。

次に、障害者雇用ではなく一般雇用なら障害は特に記載する
必要がない。
何故なら「補聴器」は見える。
隠すには当らない。
見えるので耳が悪いというのは十分わかる。
あとは面接で耳をどう評価されるかはうける会社に任せるしかない。
今の、一般雇用希望でかつ「障害者なんです」という方向性が
落ちる理由です。

障害者雇用の場合、障害に詳しいものが面接担当します。
勿論、障害者手帳も提出して頂いてよくよく吟味します。
なにも知らない普通の採用担当だと落ちるわけです。

投稿日時 - 2008-12-07 01:56:06



======================================



現実には

「こういう会社ばかりではない」

ということも確かだと思いますが、
ハローワーク求人票には「年齢不問」と書いてあっても、
35歳まで、というのは多いような気がしますね。

会社の全社員を預かる部署として、また大きな会社になると、
国(厚生労働省)から障害者雇用担当者を置くように
通達されているので、届け出なければなりません。

名前だけ出すんじゃなくて、
どんな改善策をやっているのかなど、
調査票に書き込んで返信しなければなりません。

そんな人事部の考え方の一例が、これなのです。

「正直でよろしい」と思います。
普通なら、このような本音はまず聞けないでしょう。

やっぱり、聴覚障害者というのは、
その行動で特に目立つものとか、
健聴者とは異質な点があるので、その視点から

「うちの会社にも数人、聴覚障害者がいます。
その方たちとのコミュニケーションって実はとても疲れる、
という意見が聞かれます。
大きな声でハッキリゆっくりと言わないといけないからです。」とか、

「差別があるんです」とか、

「聴覚障害者は一番小難しいタイプが多い」とか、

「聴覚の人は人の意見を聞かないからね~」とかが、

クローズアップされがちなのだろう、と思います。
そこまでは別に構わない、と思います。
実際に、そう思ったのですから。

私が問題だとするのは、健聴者はそう見えることの背景にある
諸事情について勉強し、聴覚障害者雇用の改善に生かしてほしいのに、
そこまではしようとしない点です。

この例にもあるように、面倒だから、そこまではやりたがらず、
ほったらかしにしているのだと思います。
だから、勉強不足なのは健聴者だって同じです。

正直、人事部の人の視野が、これほど狭いとは
思ってもみませんでした。
このような考え方の人事部を持つ会社は、多いかもしれません。

例えば、「人の話を聞かない」とは、
具体的にどういうことなのかわかりかねますが、
これだけ読んでも
「聞く耳を持っていない」
とは断言できません。

健聴者の配慮がどうしても足りなかっために、
曖昧にしか聞こえなくて、結局わからないから聞いていないのを、
健聴者に勝手に「聞いても聞かない」と思われている
可能性だってあると思います。

「小難しい」は、健聴者からは欠点として見えるからでしょう。
でも、例えば聴覚障害者が通訳や話し方への配慮を求めていたならば、
合理的配慮の一つであって、正しい方法をきちんと伝えられることは、
むしろいい面です。
むしろ、「小難しい」と言う健聴者の神経のほうがおかしい。

多様な人間がいるということを理解できていないかのような
話に聞こえてくるのです。

これが日本の会社の、人事部の考え方だなんて、
本当に貧弱に思えて悲しいと思う。
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by bunbun6610 | 2012-02-18 00:17 | 就労前の聴覚障害者問題A

病院を変えたくなる場合

『担当者がコロコロと変わるところでは、
きめ細かな聴覚障害者対応は難しい』

20■■年■月■日

「耳マーク」(※)はお飾り?

(※) →http://www.zennancho.or.jp/distribution/mimimark.html


私の行きつけの大学病院は、主治医制でありながら、
病院側の都合でよく医師が変わります。
医師が辞めたり、転勤などがあるそうです。
主治医といっても、実は研修医ではないか、
という噂も聞いたことがあります。

同じ医師に診てもらっていて

「面談の時間が長いのは初診だけだから、
後はそれほど通訳者は必要ない」

と言われることがあります。
それで、通訳者はもういいだろうと思って、
手配しなくなるのですが、しばらくすると、
また主治医が突然に変わっていたりします。
それで困りました。

医師が変わると、当然なのですが、
私のことをよく知らないので、
またいろいろと聞かれます。

それで耳の不自由な私に向かって、
饒舌にしゃべりまくります。

私が

「聞こえないので、筆談でお願いします」

と言っても、です。

この病院は耳マークを採用しているのに、
なぜこんなに連携ができていないのだろうか、
と思う。

いや、医者がコロコロかわる病院では、
耳マーク対応なんて無理に決まっているのだろう。

昔、一回抗議したことがあるのですが、
そのとき応対した人が話のわかる人だったので、
私のところまで来て丁寧に謝罪してきました。

なぜその応対者が理解のある人だったのかというと

「実は、自分も家族に聴覚障害者がいる」

とのこと。
でも、その病院は医者やスタッフには
何を言ってもダメ、です。

もうイヤになってきたので、最後はとうとう、
病院を変えてしまいました。

お客様個人に対し、きめ細かなサービスが
できるためには、やはり専門職の人が
必要なのではないか、と思いました。
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by bunbun6610 | 2012-02-16 20:07 | 医療バリア&バリアフリー

ろう、難聴、失聴

耳が聞こえない(聞こえなくなった)ということは、何とつらいことだろう。

なぜなら、それを誰も理解してくれないというのが、辛いからである。

これは、日本語音声言語を話さず、手話を言語とするろう者との、
決定的な違いだと思う。

というのも、ろう者はこうは思わないだろうからである。


それでも、聞こえないことは不便というぐらいにしか、
思わないけれども、
人に理解してくれないということは、
はるかに辛く感じる。

聴覚障害は実に、他人との関係障害なのだと思う。

でも、それは決して解決できない問題ではない。

人が人らしくなるきっかけこそ、
コミュニケーションであるのだから。



ところが、そのコミュニケーションが、
私の場合はしばしば、次のようになってしまう…。

 -『ハローワーク職員との会話から』-

職員;「あなたは全然、聴覚障害者には見えません」

私;(唖然とする。それから)
「健常者、健聴者はやっぱり、
障害者を見た目でしか判断できないのだろうな」

職員;「聞こえる人と同じように喋れるでしょ。
だから、聞こえない人には全然見えませんよ」

私;「喋れるということが、多くの誤解を生み、
自分を合理的配慮から遠ざけてきたのか。
何だか、自分で自分の首を絞め続けてきたみたいだ…」

職員;「あなたは喋れるから、聴覚障害者には見えない。
だから、誤解されやすいのね」

私;「その通りです。
 〔聴覚障害者=ろう者だけ〕 ではありません。

ひとくちに「聴覚障害者」といっても、
いろいろな人がいますよ。

だから健聴者の皆さんも聴覚障害者のことを、
もっと勉強して下さい」
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by bunbun6610 | 2012-02-16 19:58 | 聴覚障害
聴覚障害者、難聴者の方へ。

皆さんは、病院で

「後でお呼びしますので、しばらくお待ち下さい」

と言われたら、どうしますか?

私は、病院スタッフに

「耳が聞こえないのですが、呼ぶ方法はどうしますか?」

と聞いています。
そうすると相手は

「私がそちらへ行きますので」

と言ってくれます。

しかし、もしも相手の返事が、
不安になるような答えだったら、
その場ですぐに、納得できるまで話し合いましょう。

自分で相手任せにしておいて、
コミュニケーション方法に行き違いが起きた挙句、
泣き寝入りはダメです。

ただ、初めて行く病院の場合は、
システムがわからなくて、
失敗してしまうことは仕方がないものです。

私も、同じ病院なのに、
係によってシステムが違っていて、
上手くいかなかったことがありました。

それは、会計の受付と会計の支払いが別になっている係でした。

会計受付では、マスクをしていない人が担当で、
コミュニケーションに問題が起きなかったのですが、
その後に別の支払い窓口で呼ばれた後、
支払いがあります。

まさか、別の窓口で、担当者も違うとは知りませんでした。

さらに、支払い窓口の担当者だけはマスクをしていたので、
人を呼んでいる様子がわかにくく、
私は呼ばれてもわかりませんでした。

それで、ずっと後になって、

「おかしいな。もう既に呼ばれていたのかも?」

と疑問に思って、マスクをしていない
受付担当者に聞いてみたら、
やはり私の名前は、既に呼ばれていたのだという。

それで私は苦情担当者を呼んで、
今後こういうことの再発防止をお願いしました。

銀行や郵便局のように番号制にして、
呼び出し番号を電光掲示板で
表示するところもあります。

しかし、その窓口にはなかったので、
人の配慮が必要だと気づいてもらえたようです。
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by bunbun6610 | 2012-02-16 19:50 | 医療バリア&バリアフリー

合理的配慮? 特別視?

聴覚障害者への
【「合理的配慮への理解」の難しさ】 とは

20■■年■月■日

障害者側の

 「差別をなくしてほしい。しかし、合理的配慮はしてほしい」

という声を健常者が聞いたら

 「障害者だけに都合のいい話なんか、聞くもんか」

としか、思わないだろう。
だから、このことの理解は難しいのかもしれません。

東京都の『みんなの人権』(平成23年11月)という冊子には、
次のように書かれています。

「『障害があるからといって、特別視しないで!』 でもバリアはなくそう」

特別視って、何だ?
たとえば、聴覚障害者への間違った配慮(差別)のことだろうか?
だとすれば「それ(差別)はある」ということを暗示しているだろう。

障害者に対して、ハレモノに触るような行為をすることとかのことだろうか?
それとも、ハッキリ言って、
障害者に対して、今も行っている「差別」のことだろうか?

健聴者が言うと何ともよくわかならない、
曖昧な言い方ですが、障害者理解に関心を持ってもらうには、
こういうソフトな言い方で、
健常者側の抵抗感を和らげる狙いがあるらしい。

で、一体、何になると言うんだ?

合理的配慮は一体、何だったの?
特別視だったの?
特別視は、健聴者の親切心だったというのだろうか?
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by bunbun6610 | 2012-02-16 19:44 | 国連・障害者権利条約
当ブログ
『精神障害者への就労支援のあり方から』(2012-02-13 22:05)

(『第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会議事録』)

に続く、中途失聴者、難聴者側の意見です。

先天性難聴障害者の立場から高岡氏、
中途失聴者の立場から新谷氏が発言しています。

原文が非常に長いですので、
これは本稿で必要な部分のみ、
引用させていただきました。


======================================

○高岡氏
 
 「まず、最初に、施策の前提として我が国の聴覚障害者の定義が
国際的に非常に狭いということが挙げられます。
身体障害者福祉法の身体障害者手帳をもっている者は、両耳が
70デシベル以上の聴力損失をもっている人ですが、次のページに
あります表を見ますと、WHO(世界保健機構)の難聴者の基準と
大きくかけ離れていることが分かります。
WHOでは41デシベル、軽度難聴が25デシベルから分類されて
いますけれども、補聴器が常時必要な難聴者というのは41デシベル
からです。
ところが、日本では、身体障害者福祉法の第6級に該当する聴覚障害者は
70デシベルなんです。

40デシベルと70デシベルというのは、音響的にはとても大きな隔たり
があります。
70デシベルというと、耳元30センチで大声を出して、やっと聞こえるか、
聞こえないかというぐらいの、医学的には非常に重度の難聴、WHOでも
高度の難聴者なんです。
ですから、日本の身体障害者福祉法では重度の難聴者しかサポートされて
いないということになります。」
 

「私たちは学習をすれば、手話通訳も読みとることができますけれども、
自分の意見を自由に手話で表現するというのは、かなり熟練しないと
難しいです。」
 

 「(会社の)試験採用時にコミュニケーション支援を要望しても、
それがつけられないということが非常に多いです。
国家公務員あるいは地方公務員の採用試験の時にも、手話通訳、要約筆記を
つけるといった例はまだ非常に少ない。
要望したにも拘わらずつけられないといったことすらまだあります。
 また、障害者の企業就職の集団面接が行われていますけれども、
そこで要約筆記者、手話通訳者を配置しても、本当なら必要な聴覚障害者、
難聴者も手話通訳を利用しません。
何故かというと、企業に採用される時に、手話通訳を使わなければ仕事が
できないのかと思われるのを避けるために、私は聞こえます、大丈夫です、
口が読めますというふうに言ってしまうんですね。
これは、私たちが仕事を選択する時に一番最初にぶつかる大きな壁です。」

 
 「コミュニケーションの課題をもつ聴覚障害者の場合には、就労した後の
労働環境問題が非常に重要です。
就労した後に、十分なコミュニケーション支援が得られず、離職、転職、昇進の
差別など、多くの問題に直面します。」


 「雇用者側の合理的配慮義務に対応した行政側の就労時施策として、
障害者雇用割り当て制度、また、それに基づく障害者雇用納付金制度が
ありますけれども、就労・労働場面では、障害者介助等助成金を雇用者側の
合理的配慮を補完するものとして、明確にし、必ずこうした助成金を活用して、
就労の促進を図るということです。
 ちなみに、聴覚障害の場合、障害者介助等助成金は手話通訳は対応して
いますけれども、要約筆記あるいは盲ろう者の通訳などには対応していません。
ですから、私が現在会社で要約筆記を会社の費用で派遣をしてもらっていますが、
この制度を使えないわけです。」

 「就労に当たっての合理的配慮には、要約筆記者の派遣など、人的支援に
止まらず、会議室での磁気ループの設置、拡声機能のある電話機、
テレビ電話の設置などの補聴援助システムの整備、それから、電話リレー
サービスや遠隔コミュニケーション支援サービスの利用の確保を図って
いただきたいと思います。

電話リレーサービスは、欧米では通信事業者の義務的な事業として必ず実施
されていますが、日本ではまだ義務化されていないため、一部の企業が
ボランティア的に行っている、あるいは試験事業として行っているに
留まっています。」

 「就業場面での合理的配慮は、必要なタイミングを外しては意味が
ありません。
コミュニケーション支援に当たっては事後救済ではなく、即時的救済が
可能となる施策を講じてください。
つまり、要約筆記者の派遣を難聴者が希望した時に、会社が費用を負担
するのか、個人の負担なのか、あるいは地域生活支援事業の福祉サービス
として派遣するのかという問題がありますが、それは後で解決すればいい
ことであって、まずは派遣するというようなことができるような施策が必要
だということです。」


○新谷氏
 「50歳の時に全く聞こえなくなっています。
そのような人間にとっては、まず一番の問題は、自分が聞こえなくなった
ということをなかなか告白できない
ということです。
今俗にいうカミングアウトですね。
皆さんに私が聞こえなくなったということを言うことが簡単にできない
わけです。
ということは、事務的な管理的な仕事をしておりますと、ほとんど
日本の場合には、会議、電話、打ち合わせで仕事が進んでいきます。
皆さんも想像がつくと思うんですけれども、そういうふうな
コミュニケーションが明日からとれなくなったということを皆さんの
前で告白するということは、どういう意味をもつかということを考えて
みますと、まず考えることは、やはりこの仕事を失うのではないか、
職場から解雇されるのではないかということを非常に恐れます。
そういう心理的な葛藤が非常に長く続きますので、簡単に交通事故で
手足がなくなったとか、それも大変なことなんですけれども、
そういうふうな
障害と違って、簡単に自分の障害を告白できないというような
心理的なものがあります。
 現実に、明日からの会議やいろいろな仕事に支障が
ございますので、仕方なくそういうことを打ち明けざるを得ない
んですけれども、会社にかなりの理解があっても、現在の職場では、
例えば職場の仕事を変えるとか、職種を変えるとかするということを、
会社としてはそういう最大限の配慮みたいな形になっています。
ただ、当然のことながら、その時にはかなり大きな年収のダウンは
覚悟しなければいけない。
普通の場合、会社はそんな配慮はしないとは露骨には言わない
でしょうけれども、実際にはそういう配慮をしない状態が長く
続いてきます。
ということは、そういう労働環境にいる、そういう中途で聞こえなく
なった者が自然と退職せざるを得ないような状況に追い込まれて
いきます。
それで、私の仲間でも、聞こえなくなって、何人か退職しました。
私の場合には、会社で耐えて、いろんなことで頑張りましたけれども、
その頑張るのもやはりかなりの努力が必要です。
 そういう時に、日本の社会は、例えば、セクハラの場合は会社の
相談機関が大体の場合にございます。
会社の中にそういうところが出来上がっています。
だけど、私たちが聞こえなくなった問題を相談する一応の窓口は
ありますけれども、本当に聞こえない者のことを分かって相談に
のっているような窓口は会社の中にありますか。
私どもは、単にコミュニケーションがとれないだけで、仕事の能力、
事務能力が決してなくなったわけではありません。
何らかの支援があれば、仕事ができる状態にあるわけなので、
もし会社の中に、きちっとしたそういう相談窓口があって、
その人間にとって仕事が継続できる然るべき配慮があれば、
まだまだ社会的な能力が発揮できるにも拘わらず、
そういう多くの人間が今、止むなく退職に追い込まれたり、
あるいは、いろんな職場の中で、隅っこに追いやられている
という状態があります。

 
======================================

以下は、私の思ったことです。

>「…ところが、日本では、身体障害者福祉法の第6級に該当する
聴覚障害者は70デシベルなんです。…」


これは(社)全難聴(→http://www.zennancho.or.jp/)の
主な運動のひとつである『デシベルダウン運動』の根拠に
なっていると思います。

ところがどういうわけか、これに反対する聴覚障害者団体の
人も存在しています。

理由は

「我々の聴覚障害者福祉予算が、
難聴者に奪われてしまうから遠慮しろ」

という声もいあるからのようです。
私はその団体に入っていますが、
こういう会員の声には正直、
不快感を覚えますし、反対です。

さまざまな障害による、
その垣根をつくってしまっては、
それこそ心の障害者だと思います。

互いの違いを理解し合い、
ひとつになろうとしてこそ、
障害者は素晴らしいのではないでしょうか?


>「障害者の企業就職の集団面接が行われていますけれども、
そこで要約筆記者、手話通訳者を配置しても、
本当なら必要な聴覚障害者、難聴者も手話通訳を利用しません。
何故かというと、企業に採用される時に、手話通訳を使わなければ仕事が
できないのかと思われるのを避けるために、私は聞こえます、大丈夫です、
口が読めますというふうに言ってしまうんですね。」


当ブログでも

 →『難聴者の会社面接対策(2)』(2011-07-06 20:37)参照。

 →『難聴者の会社面接対策(3)』(2011-07-07 20:55)参照。


>「就労した後に、十分なコミュニケーション支援が得られず、
離職、転職、昇進の差別など、多くの問題に直面します。」


 →難聴者に限らず、聴覚障害者の場合は、就職以上に、
就労後が大変だということは、
一般の人にはまだまだ知られていないと思います。

【参考資料】
 →http://www.zentsuken.net/pdf/houkoku2010_02.pdf

当ブログでもカテゴリー『就労後の聴覚障害者問題』で、
具体例などを取り上げて、理解促進へと導いていきたいと思います。

勿論『就労前の聴覚障害者問題』も、特に中高年の方々で、
まだまだ残っていますが。


>「障害者雇用納付金制度が
ありますけれども、就労・労働場面では、障害者介助等助成金を雇用者側の
合理的配慮を補完するものとして、明確にし、必ずこうした助成金を活用して、
就労の促進を図るということです。」


 →助成金を生かさない会社が多い、という事実を指摘しています。
企業悪の放置を改善して、助成金をもらっているからには、
企業は就労した聴覚障害者への合理的配慮を実施するようにほしい、
ということだと思います。


>「聴覚障害の場合、障害者介助等助成金は手話通訳は対応して
いますけれども、要約筆記あるいは盲ろう者の通訳などには対応していません。」



 →難聴者や盲ろう者(ここではおそらく、盲・難聴の方に
ついてだと思われます)には通訳をつけてもらえない、
というのが一般的です。
就労前の問題点としても、ハローワークには手話通訳のつく
相談日はあっても、手話がわからない聴覚障害者に適した
相談日は設定されていません。
例えば

「ハローワークでは、要約筆記は準備できない」

と言われます。


>「要約筆記者の派遣など、人的支援に
止まらず、会議室での磁気ループの設置、拡声機能のある電話機、
テレビ電話の設置などの補聴援助システムの整備、それから、電話リレー
サービスや遠隔コミュニケーション支援サービスの利用の確保を図って
いただきたいと思います。」


 →これは、高岡氏は合理的配慮の面で言われていますけれども、
もしこれが実現すると、障害者も含めた社会全体の経済効果は
すごいのではないか、と思います。
障害者福祉機器製造・販売業者に聞いてみれば、
この意味はわかると思います。


>「就業場面での合理的配慮は、必要なタイミングを外しては意味が
ありません。
コミュニケーション支援に当たっては事後救済ではなく、即時的救済が
可能となる施策を講じてください。」


 →いつまでたっても、やろうとしない会社が多すぎると思います。
その結果、聴覚障害者は次第に、その存在感を失ってゆきます。


>「自分が聞こえなくなったということをなかなか告白できない」
>「心理的な葛藤が非常に長く続きます」


 →この心理は、案外、なかなか理解してもらいにくいようです。
試しにあなたが明日から、耳栓をして会社に行ってみるとよい
のではないでしょうか。
通勤だけでも疲れてしまうかもしれませんが。

【参考資料】
→http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/news/news0809.pdf


>「…日本の社会は、例えば、セクハラの場合は会社の
相談機関が大体の場合にございます。
会社の中にそういうところが出来上がっています。
だけど、私たちが聞こえなくなった問題を相談する一応の窓口は
ありますけれども、本当に聞こえない者のことを分かって相談に
のっているような窓口は会社の中にありますか。…」


 →偶然、私もこれと全く同じことを、会社の労働組合に
提言したことがあります。

障害者になったら、もう労働資源としての価値なし、
という健常者中心の社会的判断は、本当に正しいのでしょうか?

実際はよく

「それじゃ、もったいないじゃないか」

という声も聞きますが。


その他に、難聴者には次のような問題点もあると思います。

ハローワークの専門援助第二部門(障害者採用枠の担当)を
利用できない難聴者の場合、一般求人雑誌による応募だと

「電話問い合わせをしてから」

が一般的になるのに、電話に不自由をするため、
応募段階から失敗の連続になったり、
それでいて国の障害者認定基準からも

「聴覚障害者でない」

とされており、企業からも

「障害者手帳を持っていない障害者は受けつけません」

と言われます。

そういうわけで、日本の難聴者はかなり苦しい状況におかれています。
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by bunbun6610 | 2012-02-15 19:47 | 就労後の聴覚障害者問題B

感音性難聴障害の特徴

『難聴-昔の苦い記憶から』

「難聴のことは難聴者に聞くのが一番よい」
とは言っても、自分の難聴についてまだ無自覚、
半自覚状態でしかない難聴者に聞いたのでは、
よい説明が聞けないかもしれません。

難聴障害の受容期を修了した円熟した
難聴者からでなければ、明確でわかりやすい
話は得られないかもしれません。
「難聴者だから」ではなくて
「本当に難聴に詳しい聴覚障害者」
に聞いたほうがよい、ということなのかもしれません。

私がまだ子供の頃、歯医者にかかったときの
記憶を話します。

医者;「今日は何で突然来たの?」
   (私のすぐそばで、話しかけた)(本来は、休診日だった)

私;「治療中の歯が痛くなって、ガマンできなくなったから」

医者;「今は、どう?」

私;「今は痛くない」

医者;(私を連れてきた母の所へ向いて、
何か話す。そしてまた、私に話しかける)
「痛くないのなら、何で来たんだ!」
(と言って、私の頭を掌で叩いた)

そして、母も寄ってきて、こう言いました。
母;「さっきまで『痛い』と言っていたでしょ!
 だからお医者さんに電話して、休診日でも診てもらっているのよ!!」

私;「…?!(驚いて、何で怒られるのか、すぐ理解できない)」

私はさっきまで本当に痛かった。
でも、今は本当に痛くないから、
正直にそう言っているだけなのに…。
そして、医者が母と話している話だけは、わからなかった。
だから、どうして医者にも母にも怒られ、
頭を叩かれなければならなかったのだろうか? と思った。

さて、読者の皆さん(特に健聴者)はこれを読んで、
難聴問題とは何か、わかるでしょうか。
よく考えるべきことが下の点だと思います。

 ・「難聴とはどういう障害なのか」を思い起こすこと。
  (当ブログで説明してきた)

 ・難聴でも、聞こえやすい音と、聞こえづらい音と、
  聞こえない音の3種類が、本人のなかに常に混在してしまいやすい。

解答例としては、まず、母も医者も、
私が難聴だと気づいていないことが問題です。

と言っても、健聴者には、これだけでは気がつきにくいのも
無理はありません。

もう一つが、例え難聴だと気づいたとしても、
どうすればいいかもわからない、ということです。

この二人の大人の場合、気づいていないのですから、
「なぜ、これは聞こえたのか?」
「なぜ、あの話は聞こえないのか?」
「聞こえているはずだと思うのだが、聞き取れないのはなぜ?」
ということも当然、考えていません。

実は、このような3人での放射状の会話は、
2人での対面会話と比べ、難聴者は苦手な人が多い
のです。
だから「2人の場合で大丈夫だったから」という思い込みを
している健聴者は、気づきにくくなるのです。
それが、当たり前なのです。
健聴者には決して体験し得ない障害だから、です。

ですから、難聴問題を解決する有効方法とは、
もはや国家的な取り組みで行うしかないと思います。
日本は、これがあまりにも不十分です。

だから難聴問題が国民的にも見えていないまま、
広く存在しているのだと思います。

日本ももう、国連・障害者権利条約の
「障害の定義」に素直に従い、
聴覚障害者の定義を変える必要があると思います。
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by bunbun6610 | 2012-02-14 21:19 | 難聴・中途失聴
死ぬ前の人に多い「後悔」かぁ…。

この点は、オーストラリア人も日本人も、
そう変わらないのかもしれませんね。

後悔の言葉トップ5は、私の後悔の全部でもありました。
順位は違いますけれども。

難聴の人って、後悔がたくさんあるかもしれませんね。

特に「自分自身に忠実に生きれば良かった」と
「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」の
部分には、たくさん詰まっていそうな気がする。

「アイデンティティ・クライシス」と言う難聴者がいるのだけれど、
ガマンして自己精神が崩壊してしまうのも「やはり自分にも責任はある」
と感じるからなのだろうか。

だから、死の前に後悔するのかもしれない。

【参考1】

 →http://www.happycampus.co.jp/docs/983429070901@hc07/12900/

「インテグレーションの聴覚障害児と難聴学級について
■はじめに
私は現在、重度の聴覚障害を有しており、
小学校から高校までをろう学校ではなく
インテグレーションと言って聞こえる子どもと
一緒に地域の学校に通っていた。

その間はどうだったかと言うと、周りの友達や
先生とのコミュニケーションの壁をとても感じていた。

そして今思い出してみると、日常生活における
人とのかかわりに一線をおいており、精神的にも
安定できる学校生活を過ごすことができなかった
ように思う。

また、短大に入ってから『聞こえない人達の社会』
(これをデフコミュニティという)へも世界を広め、
色々な年代の色々なろう者や難聴者と交流を
深めていくようになったが、そこで私は自分の
聴覚障害について何も分からず、しばしば
自信喪失になる事が多かった。

現在でも時折悩ませられるが、これは自分が自分である
ことを確認できないという、『アイデンティティ・クライシス』
と呼ばれる状態だということを、最近知った。
・・・(後述も貴重な情報です)」


【参考2】
 →http://silentsheep.net/book/creole13.html

「難聴であれ聾であれ、きこえない子が必ず突き当たる
悩みであり、成長してからもずっと考え続ける、
一度は乗り越えられたようでも人生の途中で何度も揺り戻され、
繰り返し襲われ続ける問いである。」

※【参考2】の資料は「難聴者アイデンティティ・クライシス」という
キーワードで検索し、紹介したものです。

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→http://kirei.biglobe.ne.jp/news/detail/20120206120045_pch53534

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」
トップ5

2012年02月06日 12時00分配信


もし今日が人生最後の日だったら、あなたは後悔を口にしますか。
それはどのようなものですか。

人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、
オーストラリアの Bronnie Ware さん。
彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。
また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、
特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったもの
トップ5は以下のようになるそうです。
 
1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
「他人に望まれるように」ではなく、
「自分らしく生きれば良かった」
という後悔。
Ware さんによると、これがもっとも多いそうです。
人生の終わりに、達成できなかった夢がたくさん
あったことに患者たちは気づくのだそう。

ああしておけばよかった、という気持ちを抱えたまま
世を去らなければならないことに、
人は強く無念を感じるようです。
 
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」
男性の多くがこの後悔をするとのこと。
仕事に時間を費やしすぎず、もっと家族と一緒に
過ごせば良かった、と感じるのだそうです。

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」
世間でうまくやっていくために感情を殺していた結果、
可もなく不可もない存在で終わってしまった、
という無念が最後に訪れるようです。
 
4. 「友人関係を続けていれば良かった」
人生最後の数週間に、人は友人の本当のありがたさに
気がつくのだそうです。

そして、連絡が途絶えてしまったかつての友達に
想いを馳せるのだとか。

もっと友達との関係を大切にしておくべきだった、
という後悔を覚えるようです。
 
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」
「幸福は自分で選ぶもの」だと気づいていない人が
とても多い、と Ware さんは指摘します。
旧習やパターンに絡めとられた人生を「快適」と
思ってしまった
こと。

変化を無意識に恐れ「選択」を避けていた人生に
気づき、悔いを抱えたまま世を去っていく人が
多いようです。
 
以上、どれも重く響く内容でした。
これを読んで、あなたは明日からどう過ごしますか。
(文=阪井亮太)
Photo:Pouch.
参照元: the guardian (http://goo.gl/WDVAR)
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by bunbun6610 | 2012-02-14 20:53 | 社会
古いですが、障害者の雇用における
問題点を報告した資料があります。

他の障害者のこともわかる、貴重な資料だと思います。

→http://www.mhlw.go.jp/shingi/2008/08/txt/s0807-1.txt

※以下は、原文の意味を変えずに、なるべく読みやすく、
私自身の編集で一部を抜き取り、さらに要約版に
してみたものです。
(一部青字変更も、筆者によるるもの)

※2012年現在では、精神障害者も雇用されれば、
法定雇用率にカウントされています。
ハローワークにも、企業向け精神障害者雇用促進講習の
チラシがあります。
見えない障害を理解してもらうのが困難で、
方法も難しいようです。
それは、聴覚障害者も同じですので、聴覚障害者にも
このような対策をとることが必要なのではないでしょうか。
参考になる点があると思いました。

『精神障害者の雇用管理に関するセミナーの開催』
 →http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha/seminor.html

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『第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会議事録』
(平成20年8月7日)
議題;  障害者関係団体からのヒアリング
     特定非営利活動法人全国精神保健福祉会連合会 理事長 川崎洋子氏
     社団法人全日本難聴者・中途失聴者団体連合会 理事長 高岡正氏
     社会福祉法人日本盲人会連合 副会長 時任基清氏
     財団法人全日本ろうあ連盟 理事 松本 正志氏
     社会福祉法人日本身体障害者団体連合会 常務理事 森祐司氏
     社会福祉法人全国盲ろう者協会 理事 福島智氏


○座長
 議題は、上の6つの団体からご意見を伺う。

○川崎委員
 精神障害者はどちらかというと、医療モデルということで
長らく考えられていて、社会に参加するということが
全く考えられないような状態で過ごしてきた。

障害者基本法ができ、やっと障害者の仲間入りし、
福祉のいろいろなサービスを受けるようになったのが現状。

平成15年度の障害者雇用実態調査によると、
5人以上の規模の企業において雇用されている障害者は49.6万人。
そのうちの精神障害者はどのぐらいかというと、1万3千人と報告されている。
在宅の精神障害者は今、大体268万人といわれている。
この数からだと、0.5%の人しか雇用されていないのが現状。

 長い間医療モデルで対応されてきたので、福祉のサービスが
なかなか受けられないでいる。
従って、雇用制度も精神障害者にとっては制度化されていない状態で、
現状では福祉就労ということで、ほとんどの人が作業所とか授産施設に
通っている。
社会資源もまだ少ない中で、在宅者のほとんどが仕事をしたいけれども、
なかなかできないでいる。
福祉就労におきましても、それからのステップアップがなかなかできず、
企業への就労が困難であるというのが現実。

 私は地域生活支援センターの職員をしていたが、
ほとんどの人が仕事をしたいといっていた。

 この障害者雇用率制度に関してですが、精神障害者は「障害者基本法」
(平成16年改正)で障害者と位置づけられた経緯があり、
法制度が遅れている。
しかし、平成18年度に障害者雇用率制度におきまして
精神障害者も雇用率に算定されることになった。

しかし、これは雇用義務化ではないために、現状では企業において
精神障害者が雇用されているということは進んでいないように
私は思っている。

このことは、今回検討されております障害者権利条約に
おきまして第5条2項で、障害を理由とするあらゆる差別を
禁止するというところの条約に即していないのではないかと
思っている。

是非とも障害者雇用率制度の法定雇用率の中に精神障害者の義
務雇用化をしていただきたいということを望んでいる。

精神障害の特性については皆さんに理解していただくことが難しくて、
苦労する。実際、精神障害者の人はよく「波」があるといわれる。
例えば、脆弱性ストレスモデルといわれますように、どのように理解して
いただけるかということが私どもの大きな課題。

 精神障害者の場合、障害をオープンにするか、
クローズにするかということが、かなりメンバーも支援者も気にかける。
オープンにすることによって、精神障害が分かっていただけるから
いいではないかと思うが、そうすると、賃金が最低賃金になってしまう。
やはり就労するからには収入があった方がいいので、
クローズドでいきたいという。

 私は特例子会社などに行き、精神障害者を雇っていただけないでしょうか、
とお願いした。
しかし、うちは精神障害者を雇用する体制ができていないからねと、
よく言われました。

一体、そういう精神障害者の雇用の体制とは何かなと考える時、
やはり雇用への配慮、これが今回の合理的な配慮ではないかと思う。
精神障害者の場合は、その人の個別の配慮・支援が必要で、
これは精神障害だけではないと思うが、個別化される配慮が必要

 企業におかれましても、精神の人の特性を理解していただくような研修、
啓発とか、それから、やはり人権擁護理解の研修会などを企業などを活発に
行っていただき、職場環境を精神障害者を理解する環境にしていただきたいと
願う。
 実は精神障害者の場合の支援としては、端的にいいまして、人的支
援なんですね。
それもちょっとここに書いたように、質の高い人的支援です。

というのは、精神の特性を本当に理解して、それに対応してくれるような
専門職の方の支援が必要ではないか
と思っております。精神保健福祉士とか、
専門職を雇用し、企業側での相談体制などがあったらいいと思う。
ちょっとしたことでも相談できる人がいることによって、ストレスが和らぎ、
就労の継続ができていくのではないか
と思う。
企業側に対して、このようなことが合理的配慮として考えられるのではないかと
思っている。
 また、障害者の就労支援というのは、実は就労の場だけではなく、例えば、
帰ってからの生活の場においても、見守り支援が必要。
疲れてしまって、次の日は出られないとか、そのような場合の支援がある。
つまり、24時間体制の見守り支援が精神障害者にとっては必要ではないか
と思っている。
 
======================================

以下は、自己解釈的に書いているかもしれませんが、
私の知る範囲で考えてみました。

>実際、精神障害者の人はよく「波」があるといわれる

例えば

「彼(精神障害者)はさっきまで元気に働いていたのに、
今ははどういうわけか調子が落ちている」

とか、そんな話を聞いたことがあります。
どうしてなのかは、私もよく知らないのですが。
そもそも、健常者から情報が入ることが乏しい
聴覚障害者の自分には、他の障害者のことまでは
知ることもできない場合が多いです。


>精神障害者の場合、障害をオープンにするか、
クローズにするかということが、かなりメンバーも
支援者も気にかけるところ。
オープンにすることによって、精神障害が分かって
いただけるからいいではないかと思うが、そうすると、
賃金が最低賃金になってしまう。
やはり就労するからには収入があった方がいいので、
クローズドでいきたいという。


オープンとクローズドを、本人の意思で選択し、
面接に臨む、というやり方は、
難聴者だけではなかったのですね。

意地悪な言い方をすれば、見えない障害という点で
自分の都合のいいように逆利用できますが、
隠せば後で問題発覚となってしまいます。
だから、ハローワークのこのようなアドバイスは、
やはり「おかしいのではないか」と思います。

精神障害者の場合は「おかしい」とは思わないというか、
配慮を受けるか受けないかを、自分で決められる
というのでしょうか?
そこでの悩みという問題だとしたら、
聴覚障害者とは違う問題だということになりますが。
現実は
「そんなに都合よくいくはずがないんじゃないか」
と想像するのですが。

 →当ブログ『難聴者の会社面接対策(3)』(2011-07-07 20:55)参照。

精神障害者は、これを賃金の問題として悩むようですが、
難聴者の場合は、採用後、自分の聴覚障害への配慮か、
それともまず採用、のどちらを優先するかで選択している
ようなので、この点は考え方が違うようです。

なぜなら、配慮を求めようとすると、
下の記事のようなことになってしまうケースもあるからです。

 →当ブログ『難聴者の会社面接対策(2)』(2011-07-06 20:37)参照。


>うちは精神障害者を雇用する体制ができていないからねと、
よく言われました。


聴覚障害者の場合、こう言われて採用されない、
ということはあまりないと思います。
でもその代わり、聴覚障害問題のことは、
ほったらかしにされます。
障害者雇用助成金は全額、会社のものになってしまうのです。


>精神障害だけではないと思うが、個別化される配慮が必要

これが目指すべき門戸開放への道だと思います。
これが実現できれば、すべての障害者が働けるようになり、
社会全体の経済効果も上がるのではないでしょうか。


>実は精神障害者の場合の支援といたしましては、
端的にいいまして、人的支援なんですね。


聴覚障害者も、実はそうなると思います。
通訳はまだ、機械には任せられないようですから。


>精神の特性を本当に理解して、それに対応してくれるような
専門職の方の支援が必要ではないかと思っております。


障害者を高い労働力に変えるためにも、専門員が必要だと思います。
労働分野の支援は、ボランティア、福祉とは違うと思います。


>ちょっとしたことでも相談できる人がいることによって、
ストレスが和らぎ、就労の継続ができていくのではないかと思う。
企業側に対して、このようなことが合理的配慮として考えられる
のではないかと思っている。


聴覚障害者の離職率は他の障害者と比べ、
極端に高いと言われています。
これを改善する方法が、合理的配慮だと思います。
今までなかったために、離職率が40%超もあるのだと思われます。


>24時間体制の見守り支援が精神障害者にとっては
必要ではないかと思っている。


これを聞くと
「ひょっとして、精神障害者にもコミュニケーション障害が
あるのかな?」
と思ったりしましたが…。
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by bunbun6610 | 2012-02-13 22:05 | 就労後の聴覚障害者問題B
聴覚障害者の
【見えない障害】 とは

-理解されにくい「聴覚障害」を、どのように説明するのか-
      聴覚障害への理解と、配慮の求め方の工夫

私は思う。

「聴覚障害者は主観的だから、
自分の障害のことを説明しても信用されないのだろうか?」

(聴覚障害者の障害についての説明は、
健聴者から見ると主観的に見えるから、
理解してもらえないのだろうか?)

と。
そして、

「本当に聴覚障害者の意見は主観的なのだろうか?」

とも。

私のブログを読んだ人から、内容について、
「主観的」だとか「一方的見解」だと言われることがあります。

それに対し、私は

「誰でも、多少なりとも偏りはある。
だいいち、何をもって主観的だとか、
あるいはその反対に客観的だと判断するのだろうか?」

と話してみました。

私自身は、このことは気にしていないのですが、
他人に聴覚障害に対する理解を求める時、
特に自分がお客様である場合と、
相手が上の立場となる会社や病院などでは、
立場の違いから、得られる理解や配慮も、
全く違う結果になってしまうものです。

ある人からは

「例えば、NHKテレビは、
国民から『客観的情報である』と信頼する人が多い」

と言われました。

健聴者は、やはりストレートな批判はしないものの、
私の主張に対する理解には限界があると考えるからなのか、
このように言い回しをしているのだろう、と思います。

それは今の一般社会論としてはわかるのですが、
聴覚障害における問題は、
多数派の健聴者の判断で決められるものなのだろうか。


聴覚障害者自らが、その体験から語る説明は、
客観的ではなく、主観的だというのだろうか。

勿論、聴覚障害者の視点、話すことには、
主観的な特徴も必ずあります。
それ自体が、聴覚障害者の特徴でもあるからです。

私は、専門医や補聴器メーカーから

「あなたの耳を検査しました。
それで、あなたの耳の場合は、
高音のほうがよく聴こえるので、
補聴器の調整は高音域を上げる設定にしました」

と言われ、補聴器を調整してくれます。
不思議なことに、ほとんどの健聴者がこう言います。

でも、実際にそうやって調整された補聴器で聴くと、
人の話し声を聞き取りずらくなるのです。

実は私の耳は、低音域のほうで聴くほうが、
人の話し声をよく拾えます。

だから、補聴器メーカーの調整は合わなかったのです。
これは一体、どういうことだろうか。

この事実は、誰にも実証できないがゆえに、
私は医師、健聴者に証明できません。

私は昔、ある健聴者が話してくれた言葉を思い出しました。

「聞こえたか、きこえなかったかどうかは、
あなたにしか、わからない」

これが客観的だと思ったので、今でも印象に残っています。

これを言った健聴者は決して、
自分の問題として考えなかったから、
こう言ったのではありません。

だから、聴覚障害についてのことは、
聴覚障害者自身の体験を、
信じてもらえるか否かの問題になってしまうのです。
見えない障害とは、そういうものなのだと思います。

けれども、現実は、医者や他の権威ある健聴者が

「あなたの見解は医学的見地とは違う」

と言ったら、もう私の知っていることは
誰も受け入れてくれません。
信じてももらえなくなるのです。

健聴者の医者が聴覚障害の権威であって、
当の本人はわからない、
と決めつけられているのではないでしょうか。

これは、これからの聴覚障害の研究者が是非、
真実を解明、証明してほしい分野だと思います。

できれば近い将来、
こうしたことを研究する聴覚障害者が出てきてほしい、
と願っています。

証明できないからといって、私の証言は主観的、
一方的だと言うのでしょうか?
でも実際に、健聴者からはよく、そう思われているのも事実です。

そういうことも含めて、聴覚障害とは実は
「人為障害」であると言えるのではないでしょうか。

このブログでは、私はこれまで「聴覚障害」という障害を、
漠然とした名称(つまり「聴覚障害」という言葉で)で
呼んできましたが、これでは健聴者には問題点の
解決方法が気づきにくいんだな、
ということがわかってきました。

それで、これからはそういうことに
もっと気づいてもらいたく、聴覚障害よりもさらに
詳しい言葉を使おうと思います。

例えば、これは「情報障害」の説明だとか、
これは「関係障害」だとか、
「職域差別」というふうにです。

聴覚障害とは

「聞こえない」
「聞こえづらい」
「語音明瞭度に問題をきたす」

といった説明ではなく、実際に本人が何に困るのか、
ということに焦点を当ててみてはどうか、
と思ったのです。
そうしないと、理解は一向に進まないような気がするのです。

なぜなら、これらすべては、聴覚障害に起因する二次、三次障害だからで、
こうした障害のほうが聴覚障害以上に深刻で、もっと怖い、
と言われているからです。
ですから、健聴者には、これら具体的事象を、もっとよく知ってほしい。

これらの障害の名称は、私が勝手に考えたのではなく、
聴覚障害の専門書に載っているものです。

これを、私の体験に基づいた具体的説明になるかもしれませんので、
やってみようと思います。

「『聴覚障害』って何?」という問いに対する答えが、
「情報障害があります」と言うことぐらいしか知らないようでは、
私も残念でなりませんから。

単に障害としてでなく、差別も理解してほしい、と思っています。

そのため今後、カテゴリー別にするだけでは足りないと思うので、
各記事にその【 (障害名) 】も表記していきたい、と思います。


〔参考〕『「目に見えない障害」について思うこと』
 
 →http://www.rehab.go.jp/rehanews/japanese/No313/1_story.html
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by bunbun6610 | 2012-02-12 01:10 | 聴覚障害