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法定雇用率違反企業の公表データ

障害者の法定雇用率違反企業の公表データは
どこへいったか探してみたら、
ちょっとだけ、まだありました。

ソニーなど、世界に誇る日本企業数百社が違反として公表されて
いたデータも2003年ごろに見たことがあったのですが、
今はインターネット上から消えています。


障害者雇用率低い7社を公表 厚生労働省
    2010/03/26 17:21 【共同通信】

「 厚生労働省は26日、度重なる指導にもかかわらず障害者の
雇用率が低いままだとして、障害者雇用促進法に基づく
ペナルティーで美容業のビューティトップヤマノ(東京)など
計7社の企業名を公表した。

 他の6社は、コンピューター・ソフト販売の日本ICS(大阪市)、
情報処理サービスの関越ソフトウェア(川崎市)、人材派遣業の
インクスエンジニアリング(東京)、スクール経営のRAJA(同)、
情報通信サービス業の日本サード・パーティ(同)、婦人靴小売業の
アカクラ(同)。

 民間企業の障害者の法定雇用率は1・8%だが、7社はこれを大きく
下回って推移。
厚労省は7社に雇用計画の作成を命令し、その後も勧告や指導を続けて
きたが改善が見られないため企業名を公表した。」


http://www.47news.jp/CN/201003/CN2010032601000704.html

=====================================

試しに現在の日本サード・パーティ株式会社の
障害者採用情報を開いてみました。

肝心の現在の障害者雇用率はどうなっているのか、
わかりませんけれども、文言を読んで

「ウチは障害者差別は絶対にしていません!」

というニュアンスに感じられるのは、気のせいでしょうか?


 →http://www.jtp.co.jp/recruit/hand.html



一方、官公庁の障害者雇用率公表には、次の資料がありました。

 →http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000002i9x-img/2r98520000002imo.pdf
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by bunbun6610 | 2012-02-20 19:39 | 就職活動・離職

地域の手話講習会に見る、聴覚障害者の職場環境とは

「身体障害者の雇用についての法律は1960年、
身体障害者雇用促進法の制定があります。
しかし、積極的に障害者を雇用する企業もあれば、
義務ではないので我関せずという企業もありました。

そこで1976年には納付金を納めることになったのです。

この為、多くの企業が特に新しく設備を作る必要のない
聴覚障害者を積極的に雇用し始めます。

しかし、しばらくすると聴覚障害者雇用の難しさに
気付き始めます。」

(厚生労働省手話奉仕員養成講座『手話教室 入門』
財団法人 全日本ろうあ連盟出版局/2003年7月25日 第11版発行)



「中には積極的に『手話を覚えて』と言い、
それに応えて手話を覚えてくれる人もいますが、
ほとんどは個人の努力や善意によるものです。

その為、頑張って手話を覚え、企業の中で手話通訳者
としての役割を果たしてきた人が都合で退職した時、
すぐに代わりの人が見つかる訳ではなく、
『私も一緒に』とやめてしまう聴覚障害者がいます。

このような個人の努力や善意のみによって聴覚障害者の
労働の保障を求めるには無理があります。

きちんと企業で組織的に対応していくことが大切です。」

(厚生労働省手話奉仕員養成講座『手話教室 入門』
財団法人 全日本ろうあ連盟出版局/2003年7月25日 第11版発行)


 ※ この問題の話は、手話講習会のカリキュラムには
ありましたが、某社の社内手話講習会ではカットされました。

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by bunbun6610 | 2012-02-20 19:31 | 就労後の聴覚障害者問題B

コミュニケーション能力とは

20■■年■月■日

ハローワークに相談に行ったときのことです。
職員と少し話しました。

「会社の人事部が、応募者に対して見るところは?」

というアンケート(複数回答可)に対して、
ダントツの1位は
「コミュニケーション能力」(80%以上の会社が回答)
でした。

2位が何だか忘れてしまいましたが、2位以下はすべて
40~50%以下でしたので、いかにコミュニケーション
能力が重視されているかがわかります。

「コミュニケーション能力」とは何でしょうか?

ハローワークという場所で、考えてみました。
そうすると自然に、職場内、会社同士でのつきあいなど
でのコミュニケーションを想定します。

友達とのコミュニケーションとは違う視点で考えないと、
会社の求めているコミュニケーション能力とは何なのか、
わからないわけです。

よく「聴覚障害はコミュニケーション障害である」と言われますが、
就職に臨む聴覚障害者が企業側にこれを言えば、
面接試験に落ちるに決まっていますよね。
だから「できない」では済まない。
人間であるのだから、誰もが考えなきゃいけないわけです。

「日本語ができる」とか「話ができる」は最低限だというのは、
常識なのかなぁ、と思われます。
となると、この基準で考えると

「ろう者は採用できない。
でも単純労働作業員ならば、採用してもいいよ」

というような企業もありえると思います。
でも、日本語が理解できる、話せる、といった
最低条件をクリアしているからといって

「コミュニケーション能力がある」

と言えるのでしょうか?

これはどうも変だと思います。

例えば、日本語を話せない外国人も、
日本人とのコミュニケーション能力がない、
といえるのでしょうか。
それとろう者の場合も同じことなのでしょうか。

本当のところは、コミュニケーション能力は
自分だけでなく、相手にも、つまりお互いに必要です。

もしも、どちらか一方だけにしかなかったら、
うまくいかないものです。
主張する力だけでは、コミュニケーションは成立しません。

逆に聞いてばかりいる人はコミュニケーション能力が
あるのかというと、それも違うと思います。

本当のコミュニケーションは、お互いに理解する力が
必要だとすると、お互いにやりとりをする力が必要だと
気づくのではないでしょうか。

でも会社では、必ずしもそうではないような気がします。
命令をすぐに理解でき、実行できる人を
「コミュニケーション能力が高い」などと評価していない
でしょうか?
イエスマンがコミュニケーション能力が高いのでしょうか?

企業の人材採用では、実際にハローワークの求人票を
見てみると、こんなことが書いてあるものも見受けられました。

・「対人折衷スキルが必要」

・「協調性が必要」

・「データセンターでのヘルプ業務 ※基本的なITスキルとコミュニケーションが必要」

協調性とは、何でしょうか?
これも相手によって違ってくると思います。

対等関係なら、お互いの理解が協調性に結びつくと思いますが、
相手が明らかに上の立場だと、相手に合わせることも協調性だと
思われます。
「組織のために行動すること」とか「組織を乱さない」ということが
協調性になるのだと思われます。

他にも仕事でのコミュニケーションでは、知識や情報共有が
なされていないと、コミュニケーションがスムーズに、
迅速にいかないと思います。
「できる」だけではなく、スピーディな情報処理能力が
要求されているのかもしれません。

この点で明らかに、情報障害を持っている聴覚障害者は、
不利になってしまっています。

「聞こえないのは自分だから、
迷惑をかけないように別の仕事をやるしかない」

という、聴覚障害者特有の心理も出てくるでしょう。

だから、自己実現意欲やさまざまな欲求を、
健聴者の何倍もガマンせざるをえなくなり、
心の健康にも影響しやすくなります。

ガマンはわかるけれども、なぜこんなに、
なぜここまでガマンしなければならないのだろうか、
という気持ちが、聴覚障害者側にはあると思います。

言い換えれば、健聴者の職場内聴覚障害者差別は、
あまりに度が過ぎている(差別)と思うからなのです。

聴覚障害者雇用で最も難しいのが、
この点を会社が考慮することなのではないか、
と思います。
まず、何といっても「理解」を得ることが難しいです。

逆に聴覚障害者のほうは、このことの解決方法を「諦める」のではなく、
もっと会社と自分にとってプラスになることは何なのか、
真剣に考えなければならないと思います。

そうしないから、会社も「どうすればいいかわからない」で
お終いになったままだと思うのです。

もしこの仮説が正しいのだとすれば、
この問題は、耳が聞こえないことが原因なのではない、
ということになると思います。

聴覚障害者の側、そのコミュニケーション能力にも
原因がある、ということです。

そしてコミュニケーション能力は、お互いに使わなければ
伸ばせません。
理解もできないのです。

手話習得と同じではないか、と思います。

毎週ある手話講習会で皆勤賞をもらっているからといって、
その人は手話が上手いとは限りません。

逆に手話講習会はサボってばかりいるのに、
手話はろう者と対等かというほど、上手い人がいます。

それは要するに、使っているか、いないかの差です。


手話にしろ、仕事にしろ、健聴者のコミュニケーションについて一言、
私の視点からの真実を言いましょう。

それは一方的なコミュニケーションしかしない、という点です。
手話の表現をする、それを教えてもらうことは好きなのに、
読み取り、聞くことは嫌いない健聴者がたくさんいますが、
一方的に手話を表出するだけで、聞く立場になると逃げる人です。

職場でも、そういう一方的な筆談で仕事の指示や注意ばかり与えていて、
聴覚障害者の言い分は聞かない人が多いものです。

このようなことは、相互理解にはふさわしくない姿勢だと思います。
それとも、職場ではどうしても改められないものなのでしょうか。

人間のコミュニケーションは双方向性であってこそ、
その価値を最大限に発揮するものだと思いますが。
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by bunbun6610 | 2012-02-20 19:21 | 就労前の聴覚障害者問題A

ろう者と健聴者、難聴者の言葉の違い

ある日、ろう者から次のようなメールが届きました。

「●月●日に●●●がありますので、
午前10時50分前に●●に集合して下さい。

よろしくお願いします。」

「10時50分前」って、何か間違えていないだろうか?
それとも、この通りでいいのだろうか?
(だとしても、意味がどうも…???)

初めて見るメール文だったので、
私はしばらく考え込んでしまったものです。

聴者の方には、こんな経験はないでしょうか?
聴者同士では、こんなことはないのかもしれません。
でも、

『ろう者のトリセツ聴者のトリセツ―ろう者と聴者の言葉のズレ』

という本では、こういうことが実際にある、と書いてあるそうです。

 →http://www.amazon.co.jp/%E3%82%8D%E3%81%86%E8%80%85%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%84%E8%81%B4%E8%80%85%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%BB%E3%83%84%E2%80%95%E3%82%8D%E3%81%86%E8%80%85%E3%81%A8%E8%81%B4%E8%80%85%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%AE%E3%82%BA%E3%83%AC-%E9%96%A2%E8%A5%BF%E6%89%8B%E8%A9%B1%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8/dp/4863720084

例えば、手話通訳者が

「2時10分前に集合して下さい」

と手話で伝えても、健聴者は1時50分までに
集まっているのに、ろう者は2時10分になる直前に集まります。
だから「ろう者は時間のマナーが悪い!」と怒る健聴者もいたそうです。

しかし、その原因が「言葉の違いにある」ということが、
わかってきたそうです。

実は、私も「もうすぐ9時10分になる」の意味を
「9時10分前」と言っていた時期が、
ずいぶんと長くありました。

初めて自分の間違いに気づいたときは、
皆に国語力を疑われ、笑われていました。

これは、聞こえないため、自分の主観で
言葉の意味を推察して使っていたため、です。
だから、その言葉の正しい使い方を知った後は、
直しました。

でも、そのろう者の場合はそれを知っていても、
直さないという。
よく、おせっかいにも教えてあげる健聴者もいる
ものですが、それはそれで親切です。
でも、ろう者同士では、そのままにして使っている、
という。
なぜなら、ろう者同士では、それが普通のこと
だからだという。
このことはおそらく、ろう社会ではろう者の先輩を
尊重するからではないか、と思われます。

健聴者の言うことが正しくても、
ろう者同士でのコミュニケーションでは、
その慣習、日本語であっても、ろう者世界ではろう者の
日本語の使い方に従う、のだという。

難聴者のなかには手話論争をする人を、
ときどき見かけますよね。
正しい手話しか覚えようとしない人、
正しい手話を使う人としか、
交流しようとしない人がいます。
その意地には、ものすごいものもあります。
私も、そういうタイプの人に攻撃された
ことがあります。

でも「正しい」って、誰か決めている人がいるのでしょうか?

(財)全日本ろうあ連盟が新しい手話をたくさん
つくったりしますが、そのなかにも広まらずに、
なくなっていく手話も多いですよね。

また、標準手話を使おうとしないろう者を
日本中の聴覚障害者の手話が通じない
原因とし、非難する難聴者もいます。

言葉の正統性にこだわる人は

「正しくなければ、通じない」

とでも思っているのでしょうか。
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by bunbun6610 | 2012-02-20 18:56 | コミュニケーション能力

孤独な難聴者

ある作業所で働いている難聴者がいます。
その人が言うには、作業所の人たちには

「難聴者に対する配慮がない」

のだという。

特に問題と思われるのは、
聞こえないのに大声で呼んだり、
耳元で強く言ったりする行為です。

これは作業所の健聴者からは

「本人がきちんと聞こえるための親切で、してやっている」

という気持ちが強いのだと思います。

しかし、本人にとってはイジメに近い印象を受けています。
それでも、本人も親切と受け止めている部分が半分くらいあるのか、
文句は言わないことにしています。

しかし、残り半分くらいは、ガマンの気持ちだと、
私には正直に打ち明けています。

難聴者は、健聴者がどうしても気づいてくれないと、
そういう問題の解消は、あきらめてしまいます。

だって、聞こえないことのほうがはるかに問題でしょう。
聞こえなかったら、作業所で仕事はできず、工賃をもらえません。
だからガマンするのが仕方がない、と考えてしまうのです。

その難聴者は

「手話を使ってほしい」

と言います。
その人は、難聴障害を克服したくて、
他の人と話がしたくて、手話を一生懸命に覚えた、
のだという。

けれども、作業所に難聴障害も併せ持つ障害者は
その人だけなので、誰も手話を覚えてくれないのだ、
という。

健全なコミュニケーションを成立させるには、
自分と相手の両方の努力が必要です。

何とかならないものなのだろうか。
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by bunbun6610 | 2012-02-18 23:57 | 就労後の聴覚障害者問題B

映画と聴覚障害者

★今村彩子(ろう者)/監督作品
 ドキュメンタリー映画 『珈琲とエンピツ』

 →http://coffee-to-enpitsu.com/news/index.html


★氏のプロフィールに関する記事から。

 http://joblabo.asahi.com/articles/-/978

「聴覚障害者は全国に約35万人。
会話を交わさなければ相手は障害に気付かない。
障害者は居心地の悪さを感じ、健常者は接し方に戸惑う。

愛知教育大学を1年間休学し、ドキュメンタリー映画を学ぶため米国へ。
講義には無料の手話通訳者がついた。
驚いていると、同じ障害の米国人学生に言われた。

「健常者の学生と同じ受講料を払うんだから、
同じ内容を理解するための支援は当たり前」。

目が覚めた。
それ以来、支援を遠慮しない代わりに、障害を言い訳にするのをやめた。」

               (朝日新聞2010年9月2日付朝刊「ひと」欄から)



今村氏は、スピルバーグ監督の『E.T』(字幕付き)をビデオで観て、
映画が好きになったそうです。

======================================

私も、映画館へ映画を観に行くことは
しませんでしたが、
字幕付きのビデオが出てから、
洋画だけは観るようになりました。

私の好きな映画は3本あります。
そのなかには唯一、字幕がない日中合作の
『未完の対局』があります。

 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E5%AE%8C%E3%81%AE%E5%AF%BE%E5%B1%80

映画では主人公・易山の友人が、
戦争が終わった後も

「彼(易山)の碁盤は、今でも血染めなんだ!」

と言っていました。
怒りと悲しみが詰まっているのがわかりました。

私の、このパソコンを打つ指も、そうかもしれません。
パソコンの前で、
このブログには怒りと悲しみのメッセージしか、
打てません。

そういう意味では、私もやはりまだ、
心の障害者なのかもしれません。

でも、今はそれでもいいと思います。
無理しなくてもいい。
これから変わってゆけば、
いいのだと思っています。


もう1本は
『セント・オブ・ウーマン』です。

 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3/%E5%A4%A2%E3%81%AE%E9%A6%99%E3%82%8A

中途盲人になった元軍人の話です。
これがまるで、障害受容までの
4段階の縮図を描いているような
作品なのです。

初めて観たときは、

「クソ面白くもないジジイの映画」、

という感じでした。

しかし、だんだんと自分の難聴障害も重くなり、
その障害受容に苦しむ自分の姿と、
盲人の人生に絶望し自殺ツアーを企てた
主人公・フランクがだぶってきたのか、
何度も観てしまい、彼の心理過程を理解する
ようになってゆきました。

そこには、経験した者にしかわからない苦しみ、
心の葛藤があると思ったのですが、
パチーノはどう工夫してそれを演技したのか、
気になりました。

ですから、この映画でアカデミー賞を受賞したのは、
わかる気がします。


※『障害受容についての段階説』
 →http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/resource/ld/z12020/z1202001.html

※ これは勿論、中途聴覚障害者にも、
同じようなことが起こりえます。


最後の1本が『ブルベイカー』です。

 →http://movie.walkerplus.com/mv7963/

これも、自分に勇気を与えてくれた作品だった
と思います。
世の中の障害者差別という悪に立ち向かうにも、
自己犠牲は当たり前なんだと思います。
私は、そのための人生なんだと思う。


これら3つの映画が、私の精神形成に重要な影響を及ぼし、
現在の私の精神的支柱となっているのです。

このブログを書くようになった伏線にも、
必ずこの3本の映画の影響があります。


聴覚障害者の皆さんの好きな映画、
精神的支柱になった映画、
で多いのは、一体何でしょうね?
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by bunbun6610 | 2012-02-18 12:02 | 聴覚障害

視覚障害者への就労支援のあり方から

当ブログ
『精神障害者への就労支援のあり方から』(2012-02-13 22:05)

『第4回労働・雇用分野における障害者権利条約への対応の在り方に関する研究会議事録』
(平成20年8月7日)
議題; 障害者関係団体からのヒアリング
より。

に続く、視覚障害者側の意見です。

これも
社会福祉法人日本盲人会連合 副会長 時任基清氏のお話は非常に長いので、
一部抜粋(青字部分)させていただきました。

これまで通りに、私の思ったことも後で加筆してみたいと思います。


○時任氏
>「数年前には、視覚障害者の職域として電話交換というのが
非常にもてはやされたというか、前進した時期がございました。
ところが、ご存知の通り、電話事業があまりに進みまして、
ダイヤルインがどんどん入ってきたものですから、
電話交換は全くなくはないのですが、非常に多くの部分では、
もうダイヤルインになってきて、電話交換手というのは全国的に
非常に数は減ってございます。
従って、視覚障害者の職域としてもしぼんできています。

また、やはり同じ頃にコンピュータプログラマーというのが大変
進んでまいりました。
ところが、これについても、コンピュータそのものがどんどん進んで、
ビジュアル化してきています。
写真とか絵とか地図とか、その他いろいろ取り込んでまいりますと、
ちょっと音声対応ではやり切れなくなってきています。

どうしても、コンピュータプログラマーとしての業務を遂行していくには、
健常者のサポートといいますか、必要になってきているというのが
実状でございます。

しかし、一方では、パソコンとかそのネットワークが普及してきたので、
事務的な仕事についても音声パソコンを使っての視覚障害者の
道が何となく開けてきています。
従って、ここでは今後、この訓練が非常に重要だと考えております。」



 →時任氏のお話を読んで、聴覚障害者の立場で思えたことが
あるのですが、視覚障害者の話し方というのは、こんなに細かい
日本語使用で、長くて難しくなりがちなのかなぁ、と思ったりしました。

私の周りの聴覚障害者で難聴者を除いた人なら、
もっと短くストレート言葉で話す人が多いような気がするのです。

難聴者の話し方も健聴者と同様で、長ったらしい言い回しが多い
人も見かけたりします。

ですから、これも各障害者の特徴なのかな、と思ったりします。
視覚障害者は、見えないぶん、耳でできるだけ多くの情報を
取り入れたいと望むため、その人たちへの話も細かいのかな、
と思ったりしました。

ところで、職種が狭まっている、とのことですが、視覚障害者の場合は、
パソコンのビジュアル化が原因ですが、聴覚障害者にとっては
逆にそれがバリアフリー化になっているという、相反した結果に
なっているようです。

でも、ハローワーク関係者の話によると聴覚障害者も、
精神障害者が法定雇用率にカウントされるようになってから、
優秀な人が多い精神障害者の雇用が進んできたため、
聴覚障害者の雇用が逆に減ってきている、という証言も
あるくらいです。

このような関係があるからなのか、障害者労働市場は、
なかなか全体的な底上げにはなりにくいようです。


>「視覚障害者に対する合理的配慮というところです。
視覚障害というのは情報障害だとよく言われておりますが、
情報障害というと、ピーンとくるのは、情報という言葉の意味ですが、
マスメディアの情報というのをまず考えるかと思いますが、
実は、視覚障害者における情報障害というのは、そういうことでは
ありません。

よく私が例にしますのは、道を歩いていて、そこにちょっと穴があった、
水たまり場があったという場合、目のいい方は、もう何の意識もなしに、
視認しているわけです。
ところが、私どもはそれが全く分からないので、ボチャンといったり、
ゴロンとはまったりするということなんですね。
どんなことに困っているかというと、移動とか、文字処理とか、
コミュニケーションとか、そういうことが大変に困難なわけですが、
では、音声パソコンなどの補助機器を使ってくぐり抜けることが
できるかということなんです。

ところが、これだけではやはり無理で、人的な支援、ヒューマンアシスタントと
いいましょうか、そんな支援がどうしても必要だということになります。

これは、視覚障害の場合には、あらゆる場面でいえるのではないかと
思います。」



 →視覚障害者の情報障害、コミュニケーション障害とは何か、
よくわかる説明だと思いました。
正直、考えたことがなかったです。

それと、やはり福島智氏が「人にまさるものはない」と言われていましたが、
ヒューマン・アシスタントはどの障害者にも必要だと思うし、
障害者の生活の安全だけでなく、高い労働力の実現にも必要不可欠なの
ではないか、と私も思います。
これはきっと、企業にとってもプラスになるはずです。

勿論、このためのヒューマン・アシスタントを開発し、活用することは、
社会資源の活用、また経済全体にも良い影響を及ぼすはずです。


>「ハローワークに行きますと、求職者はみんな機械の前に座って、
求人の状況を検索するわけですが、このツールがやはり視覚障害者に
全く使えない状況になっています。
これを改善して、目の見えない者も使えるようにするか、あるいは
人的サポートをつけていただいて、検索ができるように変更していただく
ことが何より大事だろうと思っております。」



 →ハローワークのやり方には、視覚障害者だけではなく、
聴覚障害者にとっても、問題があると思います。
その点は、別の記事欄で取り上げてみましたので、参照して下さい。

 →『聴覚障害者が応募できない職種を減らそうではないか』
   (2012-02-18 07:59)参照。


>「中途視覚障害者については、賃金の賃下げということが行われたり、
それから、障害年金を受けているような人については、その年金分を
差し引いて賃金を考えるといったようなことが行われているようです。
これは合理的配慮に欠けるというよりは、むしろ差別であるということで、
そのようなことの禁止を決めるべきではないかと考えております。」



 →障害年金があると、これは非課税なのですから税収は上がらない、
というデメリットになります。
ですから、健全な社会とは障害者といえども障害年金を廃止し、
障害年金がなくとも暮らせる社会にすることではないか、と思うのですけれども。

これについては、当ブログのカテゴリー『障害者の経済学』を参照して下さい。


>「中途失聴者・難聴者の方々は、例えば、課長職に就いた時にという
お話しがございました。職務能力の評価の場合に、いろいろな機器や
ツールを使ってやっていただけでは、正しく発揮できません。

やはりそこにヒューマンアシスタントを使うことによって、その人の
もっている能力が大きく発揮できるんだと考えます。」



 →ヒューマン・アシスタントは、既にあります。

 →http://ns2.ikuseikai-tky.or.jp/~iku-tokyo-jc/

 →http://www.fuku-syuuro.or.jp/jobcoaches/index.html

支援制度はあるのに、企業は使おうとしないのです。


>「採用された後に視覚障害に陥る中途視覚障害者の職員の問題が
あります。
失明したというだけで、解雇したり、退職を勧奨するということは、
明らかに差別に当たるということをはっきりと決める必要があるだろうと
思います。
これを禁止すべきであると考えます。
これはどういうことかというと、その会社の仕事で、この視覚障害を
受けた人が一定の訓練を受ければ、行える職種は必ずあるはずです。
いきなり見えないということだけで解雇や退職勧奨というのは不法だと
考えます。
また、社内研修や試験などについても、合理的な配慮が必要だと考える」



 →障害を受けても、リハビリテーションにより、仕事を続けられる、
ということは社会全体にとっても、メリットがあるという
『障害者の経済学』が、まだ広まっていないのだと思います。


>「就職前に訓練を受ける、それから、就職直後に訓練を受けるというのは、
特に会社の中におけるコンピュータの特殊なソフトなどのことがありまして、
就職前訓練だけでは職場に適応し切れない場合があるので、
就職後の訓練も必要でありますし、在職中にも環境の変化、
例えば会社のコンピュータを入れ替えるとか、特別の訓練が
必要だと考えます。

視覚障害者の訓練については、一般の例えばコンピュータの
会社から来た人が、会社の人に説明するというだけでは、
対応仕切れません。
その意味で、高度の専門性が要求されるだろうと思います。

例えば、社外での訓練を受けるなどについての、会社としての理解、
もちろん本人の努力もありますが、会社としての理解と、
それから行政としての、このことについての援助が必要だと
考えております。」



 →聴覚障害者の私も、この点は苦心しています。
ハンディが克服できないため、なかなかスキルアップができず、
取り残されてしまうのです。
これも企業、さらに社会にとっても損失だと思います。
日本の現在の障害者施策は無駄と言えるかもしれません。


>「失明するまでに身に付けてきたその職場としてのノウハウを
十分に生かすことができるということがありますので、
就職後の中途視覚障害者は雇用を
継続していくという事が非常に大切です。
そのために、リハビリテーションを受けるということが必要で、
事業主の理解と協力が必要になります。
このリハビリテーションの訓練内容は、まず生活訓練と、
それから職業訓練ですが、例えば、歩行訓練、そしてコンピュータ等
の取り扱い、音声パソコンなどの使い方の訓練などです。

いわばリハビリテーションというと、機能を回復し、社会復帰ということ
なんですが、目が再び見えるようになることは見込めないため、
この一連のリハビリテーションの状況を研修として受け入れて、つまり、
在職のまま企業の職務研修としてこれが受けられるようにしていただき
たいと考えております。」



 →障害を回復できないため、それを目的とするのではなく、
それと上手に付き合いながら、障害者の労働力を高めていくことが
必要なのではないか、と思います。
それには、企業の協力も勿論、必要です。

国立リハビリテーションセンターには、例えば下記のようなセミナー等
があります。
企業もこれを積極的に活用してほしい、と思います。

 →http://www.nvrcd.ac.jp/t_seminar.html

これらのセミナーには原則として、企業の金銭的負担はほとんどありません。
にもかかわらず、企業はなぜ利用しようとしないのでしょうか?

これは、企業側の障害者雇用助成金だけを目当てとする、
障害者差別が原因で起きている問題です。


>「特に医療関係の職種における欠格事由が廃止されております。
目の見えない者とか、耳の聞こえない者というのが、あらゆる職種に
あったのですが、それを廃止したというだけで留まっていないで、
点字とか拡大文字による受験、あるいは音声パソコンによる受験、
それからほとんどが今、私たちが受けられる試験は時間を延長して
いただいております。

点字、拡大文字等による障害者の受験については、大体1.5倍の時間を
いただいておりますが、これがどの程度が合理的かは別にして、
時間の延長ということが必要です。」



 →欠格条項の撤廃のことを言っています。
『障害者欠格条項をなくす会』の臼井久美子氏が有名です。

 →http://jinken.ne.jp/challenged/kekkaku/usui_1.html

それだけではなく、職場の一層のバリアフリー化も望まれています。

これによって、真の働く権利が保障されるといえるでしょう。


>「「あはき」についても、業務の中でいろいろと文字処理が必要なことが多い
わけです。
それから、医療機関においても、もう今や大きな医療機関では、
カルテが電子化されておりますので、それを読み上げてもらうなどの
援助がどうしても必要だということで、人的援助というのは、
もう標準化していく必要があるだろうと思います。」

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by bunbun6610 | 2012-02-18 10:27 | 就労後の聴覚障害者問題B

聴覚障害者が応募できない職種を減らそうではないか

『障害者の経済学と障害者雇用促進』
 ―私のハローワーク改革案 求人票の工夫(聴覚障害者雇用促進について)―

『障害者の経済学』(中嶋隆信/著)では、

「筆者の能力不足から視覚障害と聴覚障害については
詳しい分析を行っていない。
その点をあらかじめご容赦願いたい」(P6)

とあります。

全体を読みましたところ、内容にはやはり、
聴覚障害については書かれていませんでした。

そこで、勿論私見でありますが、
いわゆるこの『聴覚障害者版経済学』を
書いてみることにしたのです。


ある日私は、会社の障害者雇用を進めるはずの人事部の部長にまで

「障害者とのコミュニケーションは難しい」

と言われてしまいした。

なぜ難しいのかと聞くと

「障害者を100%理解していないから」

と、あまりに億劫な返答でした。

障害者をもう何年も雇っているのに、
これでは残念に思うのが当たり前です。

「道理で、この会社の聴覚障害者理解は進まないのだな」

と思いました。

障害(者)を理解することとは、
どういうことだろうか。

障害者により、障害の詳しい状況、
対処法などは異なります。

聴覚障害者に関しては

「障害の個人差があり、
そのために対処法も個別性が高い」

ということが言える、と思います。

そこで、その人の障害についての詳細な知識、
情報ももちろん必要です。

障害を放置することが、障害者本人にだけでなく、
会社にとってはマイナスなのです。
逆に障害を放置せず、克服していくことは、
双方にとってプラスになるのです。

そのためには、障害者本人と
遅くにならないうちにコミュニケーションを
はじめることも必要です。

「まず、本や講習会などから知識を得ることが
重要」

なのはではない、のです。



ところで、ハローワークでの求人票を見て、
気がつくことがあります。

聴覚障害者の求職活動で大変なのは、
最初の段階、つまり求人票探しからあります。

「聴覚障害者OK」と明記された求人票は
絶対に見つかりません。

逆に

「電話応対必須」 「電話応対あり」 「接客業務」

などと明記されている職種だと、
ハローワークは紹介してくれません。

あるいは、聴覚障害者に応募できそうな求人票でも、
ろう者にはニュアンスがわかりにくい、
曖昧な意味の言葉で書かれているものが多いです。

ハローワーク求人票の書式を見て思ったのですが、
なぜ「電話応対なし」とか「電話応対は考慮します」
という欄がないのだろうか。

もしあったら、聴覚障害者の雇用促進は
もっとよくなる可能性だってあると思います。

理由は、もしその欄があれば、企業はそこに
チェックを入れるだけなので簡単だし、
それにチェックが入っていることにより、
聴覚障害の求職者もすぐに関心を持つからです。

今の求人票は応募できるものが非常に少ない、
という点が疑問だし、それらを読む手間も、
あまりにもかかりすぎるように思います。

そうした点を改善すると、聴覚障害者が応募しやすく
なることは明らかです。

それだけでなく、見えない聴覚障害には
何を配慮すればよいのかも、
企業はもっと気づきやすくなるのではないでしょうか。

(求人のときに、気づくべきことに気づいているか、
という問題が減るのでは?)

現状は手書きしなければなりませんので、
それが書かれないだけで、聴覚障害者は
その求人票は読み飛ばします。
なぜなら、職域差別があることを、
聴覚障害者は皆、知っているからなのです。

だから、時間のかかる、大量の求人票から探すときは、
職種を見ただけで応募可否を判断せざるをえません。

たとえ

「聞いてみれば、もしかしたら応募できるかもしれない」

としても、落ちる確率が高いとわかっている
職種に応募を続ける余裕はありません。
効率が悪い就職活動はやっていられないものです。

しかし、もし、そういった簡単な欄があるなどの
対策があれば、それは企業側が積極的に
聴覚障害者も雇用対象としたい、
という意味を持ち、聴覚障害者ももっと
就職意欲を持つはずです。

ところが公共事業は鈍感なもので、
企業と求職者を「つなぐ」のが
下手なのではないでしょうか。

ほとんどの求人票が、聴覚障害者は
応募できるのかどうかさえ、わからないので、
仕事を探すときは結局、
自分の先入観、というより過去の経験からですが、
それだけで応募可否を判断してしまいます。

非常に効率が悪い就職活動になっている、
といえるでしょう。

企業側が聴覚障害者に見てもらうことも想定し、
積極的に
「聴覚障害者も雇用対象としたい」
という意思を持ち、手書きで書き込まない限りは、
聴覚障害者はそれに気づくのも難しい。

たとえ聴覚障害者が興味を持ったとしても、
職員に紹介依頼すると

「(対人だからとか、危ないからだとか、という理由で)
ダメだろう」

と一方的判断で紹介を断られるケースもあります。

だから、これも健聴者が聴覚障害者につくっている
バリアだと私は思います。

聴覚障害者が応募したいと言っても、
ハローワークで断られるケースが、かなりあります。
ホテル客室清掃の仕事でも

「お客さんと会ってコミュニケーションを
しなければならないかもしれないから無理です」

と言われたりします。

また、現状の求人票では、電話応対がどうなっているかが、
ハローワーク職員の側からは紹介できるかどうか、
また聴覚障害者側からは応募するかどうかを、
決める目安になっています。

以下が、実例です。

(左)企業側の記載例  → (右)ハローワーク職員の判断(ただし、個人差はある)

(1)「電話応対はありません」 → 紹介許可。

(2)「電話応対は特に必要ありません」 → 紹介許可。

(3)「電話応対必須」 →紹介不可。

(4)「電話応対できれば尚可」 →実際には紹介できないケースも。他にできる、よほどの才能でも持っている聴覚障害者ならば例外になることも。

(5)「電話応対については、相談に応じます」 →電話確認した後なら、紹介はする。

(6)「電話応対は、可能な方のみお願いします」 →紹介はする。

(7)「電話応対については、障害により考慮します」 →電話確認した後なら、紹介はする。
   ただし、会社も応募は受けつけるが、採用となると、なかなか難しいようです。

(8)「電話応対については、相談可」 →電話確認した後、紹介はする。

(9)「電話応対は、障害の状況に応じて相談いたします」 →電話確認した後、紹介はする。

【電話以外でも】
(10)「接客応対あり」 と書いてあると → 紹介不可

(11)「来客応対(お茶出しなど)」と書いてあると → 紹介不可 


仕事が多い東京都内でも「電話応対はありません」と
明記されている求人票がみつかることは、ごく稀なので、
聴覚障害者が応募できる職種はかなり狭められてしまいます。


障害者の募集職種には、電話応対が付随する雑務が非常に多いのが特徴。
これは、事務系に限らず、作業系にも見られている。
(例)店番や事務兼務の作業職で、電話を取る場合もある仕事など。



※ ハローワークの障害者向け求人票を見ると、
「求人条件特記事項」という欄があります。
ここには、車椅子障害者などへのバリアフリー状況
が書いていある求人票も、よくみられます。

しかし、聴覚障害者へのバリアフリー状況が書いてある
求人票は、全くと言っていいほど見当たりません。

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by bunbun6610 | 2012-02-18 07:59 | 就労前の聴覚障害者問題A

通訳者拒否を通して見える、権利侵害

会社は費用負担をしたくないようです。
理由はいろいろ考えられます。
例えば、

①「なぜ、聴覚障害者個人の情報保障のために、
 会社が費用を出さなければならないのか、
 納得できない」

②「聴覚障害者が連れてくる通訳は無料なのでしょ?
 今までの派遣(入社前や、労働問題相談などでの通訳者派遣)
 は無料なのに、どうして入社後は原則、会社負担になるの?」

③「会社の中でのことであっても、
 会社が強制参加させているわけではない」
 〔会社から、結論として出された〕
 (例;健康に関する社内面談。
 「健康相談は本人希望によるものだから、
 会社費用負担はおかしい」と主張された)

理由はともかくとして、結局は聴覚障害者が
会社に情報保障を頼むと、
いつもこうした困難にぶつかります。

そして、ほとんどの聴覚障害者は
あきらめざるをえません。
そのあきらめてしまう理由には、
次の二つが多いようです。

①会社に全額負担はおかしい。それなら、あきらめるべきだ。

②仕方がないから、あきらめる。
(なぜ「仕方がない」のかは聴覚障害者本人に聞かない限り、
わかりません)

もし、どうしても通訳を頼みたいならば、
派遣センターに、泣く泣く相談し、
個人派遣が可能な範囲なのか、
判断してもらうことになります。

そして、派遣が認められるという、
喜ばしい結論になったとします。

しかしそれでも、断る会社は多いのです。

会社が、聴覚障害者の権利を保障しなければ、
聴覚障害者が泣いてガマンするか、
公金投入で派遣してもらうか、
のどちらかしかありません。

ところが、公費派遣でも会社は通訳者派遣を
拒否する場合が、当たり前になっています。

この理由が何なのかは、
私もよくわからないのですが、
健聴者が(聴覚障害者と対等ではなく)
上になって判断する以上、
どうしようもないことです。

実際はガマンして、自分だけ会社で損している
聴覚障害者が、圧倒的に多いのです。

皆さんは、ここまで読まれて、
どう思われるでしょうか?

情報障害は、耳が聞こえないからとか、
筆談の日本語がわからないからとか、
聴覚障害者のほうに原因がある、
とばかり考えられています。

しかし、この事実を、よく分析して考えてみると、
それは違うんじゃないか、
と気づかれるのではないでしょうか?

私ならば、健聴者の思考のほうにも原因がある、
と考えます。
それを理解してもらうことから、
真のバリアフリー改革が始まるのだと思います。
理解とは、まずそれからです。

また、

「①なぜ、聴覚障害者個人の情報保障のために、
会社が費用を出さなければならないのか、納得できない。」

ということに対する疑問点には、私なら

「そう言う会社のほうこそ、
聴覚障害者を社員だと考えていない証拠なのではないか」

と、逆疑問を浴びせるでしょう。

もしも、「ボランティア(費用負担なし)なら、認める」
と言われたこともあります。

しかし、費用負担を求めない場合でも、
結局はまた次の理由をつけられます。

「社内に、外部の者を入れさせて、
話しを聞かれるのは困る」

と反対する人もいるからです。
けれども、「会社の秘密保持」を理由に拒否するのも、
おかしいのです。

当たり前のことですが、通訳者には通訳したことの
会話等一切を外部に漏らさない、という守秘義務があり、
違反すると厳しく罰せられます。

ですから「それでも拒否する」ということは、
何が理由なのかと、
疑問に思うのも当然だと思います。

ただし、理由がわからなくても決定的なことが
一つは言えます。
これは聴覚障害者に対する「権利侵害」だと
いうことです。
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by bunbun6610 | 2012-02-18 01:40 | 情報保障・通訳(就労)

コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの

聴覚障害者への

【コミュニケーション障害がもたらす悪影響】 とは


『人間が生きるために不可欠なものは

 「水、空気、食物、そしてコミュニケーション」

である。』
            (生物学者M・スワンソン)




 →http://www.u-tokyo.ac.jp/gen01/b_message19_03_j.html

『式辞・告辞集』

 平成19年度入学式(学部)祝辞

 平成19年度入学式(学部)祝辞平成19年(2007年)4月12日

 先端科学技術研究センター准教授  福島 智 氏

「・・・コミュニケーションとは、双方向的なものなのだな、
とそのとき理屈抜きにつくづく実感しました。

もう一つ強く実感したのは、人間には、空気や水や食べ物と
同じように、コミュニケーションが生きる上で不可欠なものなのだな、
ということでした。・・・」

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by bunbun6610 | 2012-02-18 01:19 | コミュニケーション能力
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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