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都営線のバリアフリー (1)聴覚障害者にも対応する非常用ボタン

今日の日曜洋画劇場『ノウイング』には、
ケレイブという感音性難聴児の子役も出ていたので、

「難聴児役も映画に出ることがあるのか」

と、驚きましたね。

さて、今日は都営交通バリアフリーのお話です。
数回に分けて、紹介してみます。

 →http://search.jword.jp/cns.dll?type=lk&fm=101&agent=1&partner=Excite&name=%C5%EC%B5%FE%C5%D4%B8%F2%C4%CC%B6%C9&lang=euc&prop=500&bypass=0&dispconfig=&tblattr=1

まずは、下の写真もご覧下さい。
a0196876_21535167.jpg


これは、都営線の身体障害者用トイレの中にある設備の一つです。
例えば、ここにいる時に突然、災害が起きて出られなくなったとか、
気分が悪くなった場合、すぐそばにある呼び出しボタンを押すと、
駅職員室へ信号が届くので、職員の人が返信信号を送ってきます。

そうすると、このランプが点灯するので、
閉じ込められてしまった人も安心できます。
(健聴者も聴覚障害者も関係なく、利用できます)

新東京国際空港(リニューアル後)のエレベーターには、
健聴者用ボタンと聴覚障害者用ボタンの2つが設置してあります。

 →http://www.tiat.co.jp/environment/

比較すると、まず、東京都交通局のほうが、
ずっと前から聴覚障害者にも対応できるユニバーサルデザインを
採用しています。
両者の違いを考えてみると、驚くことが…。

障害者用トイレは、扉がかなり頑丈な鉄製で、
万一のことがあって閉じ込められてしまった場合の恐怖感は、
耳の聞こえる人にもあると思います。

だからおそらく、都営線の障害者トイレの場合は、
耳が聞こえる人、聞こえない人に関係なく、
誰でも使えるユニバーサルデザインになっているのではないか、
と思うのですが。

一方、新東京国際空港のエレベーターの場合は、
健聴者用ボタンと聴覚障害者用ボタンに分かれていることもあるため、
聴覚障害者用ボタンを押された場合には、
そこに聴覚障害者がいるということは確かにわかります。

でも果たして、どうしてもこうしなければならない必要があったのでしょうか?

テレビで、この聴覚障害者用ボタンのテスト風景を見たのですが、
職員の対応は思った以上に時間がかかっていて、
その場にいた聴覚障害者は不安に思っていたことを、
正直に感想を話していました。

対応した職員は

「聴覚障害者対応に職員はまだ不慣れだったため、
こうなってしまった。
今後は次第に慣れていくと思う」

というふうに回答していました。

私は、この話を聞いて正直、ますます不安になったし、
信用できなくなりました。
正直、

「これはユニバーサルデザインなのだろうか?」

と思いました。

ユニバーサルデザインの定義というのは、
インターネットで調べてみると、
例えば、次の説明が検索できます。

ユニバーサル‐デザイン【universal design】

高齢であることや障害の有無などにかかわらず、
すべての人が快適に利用できるように製品や建造物、
生活空間などをデザインすること。

アメリカのロナルド=メイスが提唱した。
その7原則は、

(1)だれにでも公平に利用できること。
(2)使う上で自由度が高いこと。
(3)使い方が簡単ですぐわかること。
(4)必要な情報がすぐに理解できること。
(5)うっかりミスが危険につながらないデザインであること。
(6)無理な姿勢を取ることなく、少ない力でも楽に使用できること。
(7)近づいたり利用したりするための空間と大きさを確保すること。UD。」




すなわち、健聴者も聴覚障害者も、
だれでも使えることを意味しているのですから。

上の空港の試験を見たら、(4)はいいいかも知れませんが、
一方では次のような疑問があると思います。

(1)の点=本当に公平になっている、と言えるのか?
 (5)の点=たとえ試験であっても、対応がすぐにできないのは問題では?
 職員によっては分からない人も、相変わらずいそうな気がする。
 
全体的に見て、上の条件だけでは、聴覚障害者への配慮はきちんとできる、
という保障はできないだろう。
それでは信用できるものではないのではないだろうか?
聴覚障害者に対する安全措置は、見直ししたほうが望ましいのではないだろうか?

健聴者用ボタンと聴覚障害者用ボタンとに分かれていて、
もしそれが原因で、対応のスピードが違ってしまうようなことがあれば、
ちょっと納得できません。

おそらく、都営線の場合は健聴者も聴覚障害者も一緒に使えるように
システムが一体化しているので、駅員も混乱せず、
いつも同じように対応できることでしょう。

そういうわけで、私はエレベーターの非常用ボタンに関しても、
都営線のユニバーサルデザインを見習ってみるとよいのでは、
と思ったりします。

ちょっと違う物の話になりますが、
聴覚障害者にとってユニバーサルデザインというより、
困った物の典型的な例が、AEDではないでしょうか。

 →http://search.jword.jp/cns.dll?type=lk&fm=101&agent=1&partner=Excite&name=AED%B9%D6%BD%AC%B2%F1&lang=euc&prop=1&bypass=0&dispconfig=&tblattr=1

この話を混ぜると長くなってしまうので、
また別の機会に述べたい、と思います。
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by bunbun6610 | 2011-12-04 22:11 | バリア&バリアフリー

障害者週間とイエロー・リボン

毎年12月3~9日(7日間)は、障害者週間です。

 →http://www.metro.tokyo.jp/INET/OSHIRASE/2011/11/20lbh800.htm

障害者週間ポスターというと、
役所の障がい者福祉課とか、都営線の駅付近などで、
厚生労働省作成のものを見かけます。
また、新聞等の政府広報で知る人も多いかと思います。

それでも、国連・障害者権利条約を知らない方は多いと思います。
ではイエロー・リボンは? となると一般の人々には
「???」なのではないでしょうか。

 →http://www.normanet.ne.jp/~jdf/

でも、いろいろな色のリボンがあって、
それらの色には意味がある、
ということがご存知だと思います。

先月(11月)は『児童虐待防止推進月間』で、
オレンジリボンの宣伝ポスターを見かけました。

障害者のイエロー・リボンのバッヂは、
大きさがかなり小さいので、
装着者の近くにいてもわかりにくく、
気がつかない人も多いかもしれません。
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by bunbun6610 | 2011-12-03 23:44 | 国連・障害者権利条約

情報保障は、自分も責任を持つもの

当ブログ

『高齢難聴者の自己喪失プロセス』(2011-12-01 20:40)

の手話・要約筆記通訳の利用データに関して、
考えてみたことがあります。

昨年と一昨年との比較では「ほぼ変わっていない」、
つまり伸びていないということになるのですが、
もっと長期的なデータがなければ、
これは何とも判断できないでしょう。

聴覚障害者協会(ろう協)に在籍している高齢ろう者の場合は、
手話通訳はもちろん必要なので、
自分たちの利用実績は変わっていない、と証言しています。

しかし、中年層のろう者になると、

「昔は筆談もしてくれなかったけど、
最近はどこでも筆談してもらえるようになった。
だから、今は手話通訳を呼んでいない」

という声も聞くようになりました。

若い人になると、この傾向はもっと顕著です。
若い人は「手話通訳は要らない」と言うだけでなく
「聴覚障害者団体にも入っていない」というろう者も結構います。

中年層の方では
「聴覚障害者団体には入っているが、活動していない」
という人も結構いて
「手話通訳は必要だけど、面倒だから依頼していない」
という話も聞きます。
幽霊会員の人に多いようです。
このままいくと、これから手話通訳の利用実績も
落ちてゆくのかもしれません。

私は病院で診察を受けるときは、
要約筆記通訳を利用する場合があります。

実はここでも、当ブログ

『通訳と筆談、筆記との違いについて』(2011-10-27 22:07)

で述べていたようなことが起きるのです。

今の医者は、たいていの人は筆談してくれます(東京での話です)。
ただ問題なのは、筆談の質量についてです。
それはハッキリ言って医者次第なので、個人差が大きいものです。

同じ医者にかかっていれば、
本来は筆談のほうが診察時間もかかってしまうはずなのに、
早く終わらせられてしまう、という経験もありました。

通訳者がいるとベラベラと喋る医者でも、
自分が筆談しなければならないとなると、
面倒なのだろうと思います。
コミュニケーションというのは、そういうものなのだと思います。

あるいは、別の医者によると

「大学病院は30分間に3人の患者を診なければならない、
というノルマがあって、筆談で時間を取られるのは大変厳しい」

と言っていました。
同じ大学病院の医者なのに、この矛盾した話はどういうことでしょうか。
ですから私は「多分、言い訳なのだろう」と疑問に思っています。
が、その医者は続けてこうも言いました。
「だから、通訳者を連れてきてくれたほうが、助かります」

と、こぼしていました。

当然ですが実際、通訳者がいるのといないのとでは、
患者の受ける情報量にも差が出てきます。
医者にも、あまり時間をかけて筆談ができない事情があるようです。

それに、通訳者がいたほうが、医者も患者との、
きめ細かな相談が可能になります。
通訳者を呼ぶのは面倒かもしれませんが、
それは患者のほうにメリットがあることです。

音声だと長い説明になる医者でも、筆談しなければならなくなると、
指示だけサッと書いて終わり、という経験もあります。

聴覚障害者のほうは、筆談のほうが早く済んだから

「やったー! これならもう、通訳なんか不要だ」

と思って喜んでいるかもしれませんが。

通訳をつけたときと、つけなかったときとを比較したことのある、
自分の経験で知ったことです。

情報保障を何でも健聴者任せにしていて、
それをバカみたいにありがたがっていたら、
時には、そんなことも知らずにソンすることだってあると思います。

「頼まないのは、面倒だからではない」のはいいとしても、
健聴者の親切にも限度はあります。
親切に甘えた結果、情報格差を受けることだってある、
ということは、一応肝に銘じておきたいものです。

私はいつも通訳をつけている、というわけではありませんが、
大事なときにはやはり、通訳を依頼しています。

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by bunbun6610 | 2011-12-01 21:12 | 情報保障・通訳

高齢難聴者の自己喪失プロセス

私の住む地域での手話通訳派遣実績は、
数字的には前年とほぼ変わっていません。

一方、要約筆記通訳のほうは、伸びているのですが、
それはもともと、利用者数が少なかったのだから、
認知度が上がるにつれて、依頼者も増えている、
と考えられているようです。

今、成年後見人制度を利用する高齢者が急増していますが、

「後見人が自分の法的な権利を護ってくれると安心」

と思い、利用する人はどんどん増えています。

それでは、難聴者も年齢に比例して増えているのだから、
高齢者の要約筆記通訳利用者は増えているのだろうか?

ある高齢重複・重度身体障害者は、こう話していました。

「私は重度の身体障害者で、
国にいろいろ面倒をみてもらっており、
これ以上の負担はかけたくない。

だから、難聴のことはもう、放っておく。
歳をとれば、老人性難聴は当たり前」

昔ながらの日本人的思考、諦め精神の持ち主のようで
「老人性難聴は障害ではない」とも思っている、この語りからは、
難聴であることの苦しみは感じられませんでした。
それは当然です。

なぜなら、このおじいさんは、昔から自分の経営するアパートで、
一人暮らしだったからです。
これは、病気とか障害者でなくとも、
難聴で引きこもってしまうだけの高齢者だって、
同じ結果になる人がいるようです。

この点は読者も、よく考えてみて下さい。

今までに私は当ブログで、聴覚障害とは情報障害、関係障害である、
というふうに述べてきました。
けれども、独り暮らしのように、情報の起きないところにいれば、
情報障害は起きません。
人と関わらなければ、関係障害も起きません。
独り暮らしのおじいさんには、そういう生活環境なので、
それらの障害が無いに等しいのだと思います。
ゆえに、難聴の苦しみ、恐ろしさも自覚しにくい障害と言えるでしょう。

せいぜい、テレビの音声がよく聞こえなくなった、
家族が来て話すことも少なくなり、
誰も相手にしてくれなくなってきたから難聴のことも、
もう何とも思わないとか、
電話が掛かってきても、訪問者が来ても気がつかないくらいなのだから、
電話にもドアにも出ない。
それで本人も電話からの相手の声が聞き取れなくて困っている、
ということすらなくなるわけです。

さらに、高齢でヘルパーに依存するようになってくると、
ヘルパーさんがみんなやってくれるから、
難聴なんかどうでもよくなってくるのではないでしょうか?

つまり、難聴は他者への依存を強めるのだと思います。
決して、自己を放棄したいわけではないけれども、
自分で自分を放棄してしまう。
それが嫌でも、周りの人からは自己なんて
無いに等しい状態に置かれてしまう。
これは明らかに、本人の人間性の危機だと思います。

これを回避するには、どうすればよいのか?
それは、コミュニケーション障害を自分でなくす
努力をすることです。
もちろんこれは、一朝一夕にはできません。
その方法は、通訳に頼ってもよい。

つまり、要約筆記通訳者とともに、一歩ずつ歩んでいくことから、
始まると思うのです。

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by bunbun6610 | 2011-12-01 20:40 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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