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蒼穹 -そうきゅう-

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わさび臭で火災知らせる装置にイグ・ノーベル賞

【ワシントン=山田哲朗】まじめなのにどこかおかしい科学研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」の授賞式が29日、米ハーバード大で開かれ、わさびのにおいで火災を知らせる「臭気発生装置」を開発したシームス(本社・東京都江東区)のチームが「化学賞」を受賞した。

 同社は、火災報知機が作動すると、わさびから抽出した成分を噴霧、眠っている聴覚障害者も火災に気づく装置を2009年に発売した。正式な授賞理由は「火災やその他の緊急時、睡眠中の人を起こすのに理想的な空気中のわさび濃度の決定、及びわさび警報機発明への応用」で、実験では、鼻づまりの人以外、1~2分で目が覚めることが確認されたという。

 本家のノーベル賞をもじったイグ・ノーベル賞は、愉快な研究をユーモアたっぷりにたたえるのが恒例。式に出席した開発チームは「次は靴の不快なにおいを消すわさびスプレーを開発したい」とあいさつした。種村秀輝・同社取締役は「世界中の聴覚障害者に商品を知ってもらういい機会だ」と話している。

(2011年9月30日11時12分 読売新聞)


聴覚障害者にも意識して開発していたとは、びっくりです。
聴覚障害者用防災設備に指定してもらいたいですね。

私の住む地域ではすでに防災装置の設置が義務化されていますけど、
健聴者しか使えない装置しかつけてもらえなかったです。

それと、私は年中、鼻づまりがひどいほうでして…。
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by bunbun6610 | 2011-09-30 22:57 | バリア&バリアフリー

 →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47860&from=yolsp

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難聴(5)困難を楽しんで生きる

東日本大震災直後から、宮城、岩手、福島に毎月通う。これまで17か所で炊き出しや
慰問コンサートを行い、9000人に会った。

「そんな段階じゃないから」と避難所に断られたり、「食べ物のコロッケじゃないの?」と
空腹の被災者にがっかりされたりもした。

しかし、コンサートを開かせてもらった避難所では、皆大爆笑。
子どもたちにニワトリや恐竜のものまねを見せた岩手県宮古市の避難所では、終了後、
保護者が来て、
「子どもがあんなふうに笑っているのを震災後初めて見て、自分も頑張ろうと思えました。
ありがとう」と笑顔で言ってくれた。

「つらい時に一瞬でも笑ってくれて、自分の仕事の意味を改めて感じました。
ものまねって、漫才やコントと違い、誰でも一瞬でわかる笑い。喜んでもらえるなら、
復興に向けて10年、20年でも続けていきたい」

最近はものまね以外に芝居の仕事も増えた。共演者の声が聞こえないなどの問題は
今も起こるが、気にして落ち込むことはしたくない。
「障害を受け入れた時から、自分の人生が始まると思うんです。
聞き返すなら、しかめ面して『え?』ではなく、間抜けな顔して『あ?』と聞けば笑いになる。
困難も楽しむ、それが僕の生き方です」(文・岩永直子、写真・若杉和希)
(2011年9月29日 読売新聞)


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ものまねタレントのコロッケさんも、難聴だった。

   (1) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=46339 
   (2) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=46824
   (3) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47199&from=popin
   (4) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47502

の続編です。


「障害を受け入れた時から、
自分の人生が始まると思うんです。
聞き返すなら、しかめ面して『え?』ではなく、
間抜けな顔して『あ?』と聞けば笑いになる。
困難も楽しむ、それが僕の生き方です」


コロッケさんの「障害の受容」は、
障害を「笑いに変えてしまう」ことかもしれませんね。


コロッケさんがテレビデビューした頃を見たことがありますが、
あれは耳の聞こえない私が観ても面白かったです。

ただ本物そっくりというだけでなく、笑いが入るのですよね。
それが彼ならではの想像力による、という。

そう言えば、ろう者もイメージ力が強い、とよく言われています。
そのイメージ力で、何でも手話をつくってしまい、
笑わせるのが得意な人がたくさんいます。

先天性か、それに近い聴覚障害者の場合は、
何かそういう天性の才能を持っている人がたくさんいます。
しかし、健聴者として生まれ育ち、40才とか、
すでに完成された大人になってから
難聴になったり、失聴してしまう人もいます。

そういう人は、突然負うようになったハンディを補う方法を持っていなくて、
文字通りゼロからの再出発になります。

しかも、先天性の聴覚障害者とはあまりにも違いすぎるため、
一緒にはやってゆけない人がほとんどです。
だから、こういう人は社会のなかで孤立しやすいのです。
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by bunbun6610 | 2011-09-30 22:49 | 難聴・中途失聴

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 →http://www.yosakoitokyo.gr.jp/fukuro/index.htm

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by bunbun6610 | 2011-09-29 21:52 | 祭典

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by bunbun6610 | 2011-09-28 22:13 | 祭典

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by bunbun6610 | 2011-09-27 21:02 | 祭典

聴覚障害者心理

先日、東京都教育委員会主催・聴覚障害者の
コミュニケーション教室に参加しました。

内容は

『中途失聴・難聴者の臨床心理とコミュニケーション』

というテーマの講演でした。

講師は2歳のとき、ストレプトマイシンの副作用が原因で、
長期間にわたって聴力低下し、両耳全ろうの状態に
ありました。

しかし、人工内耳と補聴器を装用していて、
自身を難聴者としています。

当ブログでも、これまでに「聴覚障害」について何度も
述べていますが、講師の説明もハンフリーズ/パッデン博士
の著書『ろう文化案内』と矛盾しません。

 →http://www.e-hon.ne.jp/bec/SA/Detail?refShinCode=0100000000000031209313&Action_id=121&Sza_id=C0

 →http://takapan.nobody.jp/hon/h_roubunka.html

講師は「聴覚障害者(deaf)」であるが、「ろう者(Deaf)」ではなく、
難聴者だと自己紹介していました。

講演テーマにある中途失聴・難聴者心理とは、
当ブログでも述べている通りです。

決して難しい理論とか研究報告ではなく、
講師が自らの体験や、同じ仲間(ピア)の状況を話したことが、
聴衆の心を動かしたのではないか、と思いました。
どんなに立派な理論を話しても、聴衆の心が動かなかったら、
聞くだけで終わりでしょう。

本稿では、講演を聴いて、自分が特に思ったことを
中心に述べることにします。


【1.難聴の無自覚、あるいは曖昧な認識】

世間では聴力状態(障害の有無)により、
健聴者と聴覚障害者(ろう者、中途失聴者、難聴者など)
の2つに分けられています。

しかし、聴覚障害者の認定基準は日本の場合、
恐ろしく高過ぎるものであるため、その基準に達しない
難聴者の場合は、社会から何の配慮も受けられていません。

それだけに、難聴者にはどんな障害があるのか、
健聴者にはますます、わかりにくいようです。

結局、難聴者は障害があるにもかかわらず、
障害者として扱われず、
健聴者と同様に扱われるのです。

これが、本人にも自覚しずらくなったり、
自覚を鈍らせる原因になっているのではないか、
と私は思います。


【2.難聴の問題解決方法にはいろいろあって、
そのわりに情報が少ない。
また、決定的な解決方法は少ない】

例えば、補聴器にしても、どこで買えばよいのか、
どれにするか、どこで相談すればよいのかとか、
いろいろと迷わされるでしょう。
医者と業者が話している場を見て

「儲け話に騙されたくない」

と思いこんだ難聴者もいたそうです。
仲間の失敗談も多いです。

近年は人工内耳が注目されていますが、
これにするかどうかの判断は非常に難しいし、
後戻りはできないそうです。

いろいろな方法があるにもかかわらず、
決定的な方法は一つもない、というのが、
難聴者問題の難しいところなのです。


【3.カントの説への疑問】

「目が見えないということは、あなたを物から孤立させます。
耳が聞こえないということは、あなたを人々から孤立させます」
          (イマニュエル・カント〔18世紀ドイツの哲学者〕)

カントは、なぜこう言ったのだろうか?
カント自身、難聴になっていたときに、
これを言ったのだろうか?
あるいはカントが晩年、老人性難聴になってから、
これを言ったのだろうか?

いずれにせよ、この意味は
「聴覚障害は、あなたを人々から孤立させる」
(あなたを人々から孤立させてしまう原因は、聴覚障害である)

ということだろう。
これは「聴覚障害が原因で、孤立が起こる」と言っているわけで、
聴者の立場から言っているにすぎないように、私は思う。

しかし、私自身の長い聴覚障害者人生では、
この言葉は疑問に思えます。

確かに、自分が初めて聴覚障害者だと自覚するようになった頃は、
カントと同じように考えていました。
でも、今は全く違います。
人々は確実に、耳の聞こえない人からは離れてゆきます。
カントの言うそれは、もはや非常に古い考え方で、
それこそ老人性難聴になった人が、難聴ゆえに人々が離れ、
自分は孤立したと考えるのと同じなのだと思います。
決して、自分から離れたいのではない。
しかし、離れた方がいいと考える瞬間も必ずあり、
次第にそれに打ち勝てなくなるのです。

しかしそれは障害に対する新しい考え方、
すなわち国連・障害者権利条約とも相反すると思います。
人々が耳の聞こえない人を放置したり、離れていく原因は、
聴覚障害ではありません。

人々の聴覚障害者に対する見方、対応の仕方、
その心のありように問題があると、私は考えています。

その決定的な証拠が、難聴者が自分の聴覚障害を
カミングアウトできない理由のなかにあります。
難聴者は差別や孤立を恐れるがゆえに、
言わないで黙っているからです。

もちろん、心のありようの問題は、
それにひるんでしまう当事者にも言えることですが、
健聴者も歩み寄らない限りは、どうにもなりません。

そういうことに気づき、健聴者も難聴者も、
コミュニケーションのあり方を再考してほしい、
と私は願っています。


【4.人工内耳の賛否両論】

ろう学校でも、人工内耳装用のろう児が急増している、
という。
ろう児として生まれたのに、親の判断次第で、
ろう者として生きる権利が奪われる、という批判もあるようです。

やや極論ですが、女の子に生まれたのに男の子に
変えようとしているようなものかも知れません。
倫理上、議論が起こるのは必至です。

でもこの批判が起きた一番の原因は、
社会の聴覚障害者への見方や、配慮不足で、
差別があるということなんだと、私は思います。
人工内耳でもろうでも、どちらの子も平等に生きる
権利があるし、そういう社会になっていないことが
問題だと思います。


【5.聴覚障害者心理の段階説、喪失の過程】

聴覚障害者心理は不安定で流動的な性質があり、
今のところ5段階説があるようです。

①「ショック期」 ②「あきらめ期」
③「再適応の芽生え」 ④「再適応の努力期」 ⑤「再適応期」

この段階を、必ずしも①から⑤へ、スムーズに行くとは
限らないし、どうなるかはその人の運命だと思います。

よく「運命は変えられる」とか「運命は変えられない」という
言葉を聞きますが、中途聴覚障害者の場合、
その運命は流されやすいもので、どうなってしまうのか、
最後まで誰にもわからない、不確実性があることは
間違いないと思います。




〔参考情報〕

『障害受容のプロセス』 - たっどぽ~る
http://www.nakachan2.com/juyouprocess.html


『2/2 余命、障害…ショックな事実を受け入れる
心の変遷』

http://allabout.co.jp/gm/gc/376132/2/




【6.1日中、年中、そして生涯、難聴者心理という
精神的苦痛と付き合う方法を探す】

聴覚障害者問題はおそらく、
永久に解決しないのではないでしょうか。
しかし、講師は、人工内耳装用後、
気づいたことがあったという。

それは、人工内耳の副作用を見て、
それについて何か言う人がたくさんいて、
辛かったそうです。
しかし、そうした状況でも普段と同じように接して
くれる仲間がいたことは、嬉しかったという。

一番大切なことは、これなのだと私は思いました。
難聴障害は解決できないかもしれませんが、
人として大切なのは、身体がどうだとかではなく、
心がどうなのかだと、私もあらためて気づきました。

残念なのは、聴衆の多くの人が、人工内耳に
関心を持ち過ぎてしまい、それは難聴者だけでなく、
ろう者にも増えているんじゃないか、
という心配があることです。

この講演のテーマからすると、
人工内耳でコミュニケーション問題を解決することには
触れていないはずだと思います。

けれども、講師がプロフィールを細かく語るに当たって、
また人工内耳装用体験で得たことを語るに当たって、
人工内耳の話が出るのは自然なことです。

しかし聴衆は、それに過剰に関心を集中させていた
ように思えました。

講師自身、自分は難聴者だと言い、
その時へ戻りたいから、人工内耳を選んだ、という。

この気持ちはおそらく、多くの中途失聴者、難聴者も、
当然のように希望と思っていないだろうか?

しかしそこに私は、人間としての危機感を持ちます。
人間の命は、耳ではなく、まさにそのコミュニケーション
能力にあるからです。
どんなときにでもコミュニケーションを可能にする能力が
あるはずです。
それがコミュニケーション講座でもっと語られてほしかった。

だから私は、聴衆がこの講演で人工内耳へ異常に関心を持ち、
そればかりの質問が飛ぶのは、おかしいんじゃないかな?
 と思いました。

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by bunbun6610 | 2011-09-26 23:48 | 聴覚障害者心理

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 →http://www.yosakoitokyo.gr.jp/fukuro/index.htm

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by bunbun6610 | 2011-09-26 22:00 | 祭典

JDFセミナー『権利条約の原点とわが国の課題』をふり返って

2009年12月1日に行われたJDF(日本障害フォーラム)主催の、
表題について述べます。

当日は、元・国連障害者権利条約特別委員会議長ドン・マッケイ氏の基調講演の他、
当事者パネルディスカッションが行われました。

以下は、マッケイ氏講演内容のあらましです。

マッケイ氏の国連でのデビューは2004年1月の作業部会です。
以後に、全ての特別委員会に出席しました。

最初、委員会は泥沼だったそうです。(※1)
作業部会はマッケイ氏のリーダー・シップのもと、進められたそうです。
その道のり自体がインクルーシヴでなければならない、
という信念のもとに動いた。
そして、建設的なまとまりになりました。


(※1)これは丁度、堂本暁子知事時代に千葉県が障害者差別禁止法
(名前はこの通りではありませんが、実質的にはこの法律
〔海外ではそう呼ばれている〕のこと)をつくるため、
障害を持つ人が集まり、初めは自己主張しあっていたのと、
同じ状況なのかもしれません。
                                   (筆者追記)


しかし、ここからスタートした。
これは民主主義の根幹部分といえます。

<マッケイ氏の語録>
 「角をためて牛を殺す」
 「全部の合意がなければ、一部分の合意もない」
 「愛がなくても、同じ屋根の下で暮らせればいいのか?」

交渉過程から、いつも心にあったのは「条約制定は困難だ」ということ、
それと障害の種別を超えることの意味だと。
だから障害者同士の結束が必要でした。

当初は、新たな先見的な条約に、どこの国も消極的でした。
不要論もあった。
これは、理論的には正しかった。

しかし、世界の障害者の現実はそうもいかなかった。
政府によって、権利の優先順位を低くされた人がいたからです。
女性差別など、かなり早くから、その撤廃の必要が認識されていました。
つまり、特定の人を対象とした法が必要なのです。

障害者に関する統計を見れば、特別の行動が必要なことは明らかです。
世界銀行の調査では、世界の最も貧しい人々は、障害者の20%であった。
ユースの30%は、障害を持っている。

障害のある女性は特に差別を受けやすい。
暴力を受けることもある。
あるいは教育の差別も残っており、識字率1%というデータもある。
したがって障害者の権利の追求が必要なのである。

障害者の8割は、途上国に住むといわれている。
また先進国でも、高齢になると障害者になる人が多くなります。
平均年齢が70歳を超えると、平均8年間障害を持つことになります。

障害は紛争、戦争でも起こっている、という現実も無視できません。
2005年サミットで、これらの課題対応のための条約が必要と認められました。
人権全般を扱った条約では、グレーゾーンも残ってしまう。
自由権があっても、配慮がなければ、無いに等しい場合もあります。
否定的、あるいはステレオタイプな態度をとられないようにすることも、
この条約が役割を果たし、その重要性が認識されるようになります。

交渉が成功裏に進んだ理由は、長年の献身的な、たゆまぬ努力の結果でした。
障害者の人権、新しいアプローチが表れたのは1970年代です。

1980年、国際的に障害者の状況改善努力がなされるようになり、
1981年の国際障害者年もその一つとなりました。
テーマは「完全参加と平等」。
その後、『国連障害者の十年』に。
このとき、新条約をめざす動きがありましたが、成功しなかった。

1993年、機会均等法に関する国連決議がありましたが、
法的拘束力はないものでした。
ジュネーブの国連人権委員会で、様々な決議があり、
「ウィーン宣言」もそのなかで出されたものです。
そして、2001年が障害者権利条約の契機となりました。

メキシコ政府がダーバン宣言のなかで提案しました。
最初は困難視し、反対する国もありました。
肯定派も、内容で割れたりしました。
第2回特別委員会で、障害者団体の努力による提案が多数集まりました。
そこで、条約の内容を考えてみました。

どのようなモデルがあるのか?

 まず、
①世界人権条約のような、あらゆるものを網羅した包括的な条約
②限定的な条約
③①と②の混合型条約
 の3つです。

包括的な人権条約のなかで、「ゆりかごから墓場まで」を求めることにしました。
国連で通例の政府代表が前の席で、
NGO団は後ろの席に着席、というのはやめ、混ざり合いになりました。
また、すべての人に発言権が与えられ、完全な相互対話となりました。
そして、障害者が自らの経験を自然に、自由に語り出したのです。
論争ではなく、対話になったのです。

この光景からは、国連で働く職員も学ぶことが多かった。
2004~2006年は、紆余曲折があったが、草案の完成に向け、進められていきました。
そして、議長草案がつくられた。
期限日の金曜日、夜8時の10分前に、作業を終えた。
権利条約は、社会福祉から人権へ、パラダイム転換した。

これは、障害者個人の権利に焦点を当てたもの。

 1.社会へのインクルージョン →これが中心要素。分離施策ではなく、享有,共生。
 2.人々の態度を変える。
 3.アクセシビリティ。

その国の個人の権利が侵害されたとき、障害者権利委員会
(専門家12人→18人に増員)に不服を申し立てる。

様々な救済措置が行われ、それでも解決しない場合、
国連障害者権利委員会に提訴する。

締約国は2010年には、初めてこの状況の実施報告をします。
2009年11月で143カ国が条約に署名しています。
87カ国が選択議定書に署名。
72カ国が批准しています。
EUも11月26日に批准した。

日本政府は選択議定書には署名していません。
権利条約本体と関係のあるこの選択議定書は、条約に追加するものです。
だが、これに署名していない国もあります。
選択議定書は、個人の不服申し立てに関するものです。

例としては、政府は委員に報告します。
これはつまり、障害者に不服申し立てをしてほしくないということです。
こういうのは自由権、女性差別撤廃条約にもついているが、署名しないこともできる。
不服申立の前に、救済措置の対応があります。
そして、国内の裁判手続きを経てから、国際委員会へ、
つまり司法手続きを通じた筋となります。
いわば、セーフガードのようなものです。

権利条約は、特殊な面があります。
国が受け入れるべき条項が、
社会権規約、自由権規約に分かれています。
日本政府は、社会権規約の意味を認識していないのではないか。
障害者は差別を受けない権利を持っているが、
社会権が保障されていないとどうなるか。

 自由権…障害者は差別を受けない権利を持っている。
 社会権…これがないと、権利の執行ができない。例えば、アクセシビリティなどの面で。

2つの規約には違いがある。

「国連機関のリードを待つだけでなく、各国の障害者団体も積極的に活動してほしい」とも。(※2)

(※2)これは「日本の課題として、障害者が先頭に立って取り組むべきもの」
というメッセージのように、私には聞こえました。
                                  (筆者追記)


最後に、

「きしむ車輪が油を得られる」
(諺…「音を立てれば、人々は聞いてくれる」という意味。)

という諺を伝えてくれました。(※3)

(※3)逆に言うなら「言わなければ、何も変わらない」ということになるでしょうか。
                                    (筆者追記)


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by bunbun6610 | 2011-09-26 21:14 | 国連・障害者権利条約

 →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47502

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難聴(4)聞こえない分 膨らむ想像

上京した翌年、20歳の時に、芸人の登竜門「お笑いスター誕生」に出場した。
表情やしぐさの形態模写だったが、「似ている」を超越した芸で観客の度肝を抜いた。

沸騰したやかんに触れながら「アチョー」という声を発するブルース・リー、
コミカルな顔で舞台を左右に動くちあきなおみ、早送りの野口五郎――。

「本物に何かを付け足すのがコロッケのものまね。
僕は耳が聞こえないことで、どんな音なんだろう、どんな人なんだろうと想像して、
頭の中で勝手に処理するクセが付いている。
それがプラスに影響したんじゃないかと思います」

1987年、テレビ番組「ものまね王座決定戦」で優勝。
「ものまね四天王」と呼ばれるようにもなり、重圧も感じ始めたころ、
業界の大先輩にこう言われた。

「目で聴きなさい。耳で見なさい。あなたにはそれができる」

自分の右耳が聞こえないことを知らない人だった。
「『想像を膨らませなさい』ということだと受け止めたんです。
そして、自分は耳が聞こえないことで、自然にそれがやれているんだと初めて
意識した」

それからは肩の力が抜け、芸はますますパワーアップした。
野口五郎には鼻をほじらせ、五木ひろしはロボットになった。

「想像は無限大。聞こえない分、想像を膨らませることができて幸運です」

(2011年9月22日 読売新聞)


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ものまねタレントのコロッケさんも、難聴だった。

   (1) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=46339 
   (2) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=46824
   (3) →http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47199&from=popin

の続編です。

ろう者の俳優や日本手話指導者で、ものまねが上手な人って、
結構いますよね。

そんな人たちがもっとテレビに出ても、おかしくはないと思うのですけど。
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by bunbun6610 | 2011-09-26 20:47 | 難聴・中途失聴

私は、病院に行っても、お金を払っていません。
手話・要約筆記の通訳費用も、払っていません。
なぜだと思いますか?

私も詳しくはないのですが、以前、もっと軽い難聴障害のときは、
医療費は3割負担とか、1割負担でした。

それが今は、特別障害者だからなのか、
それに低所得(非課税)者でもあるからなのか、
とにかく以前とは変わって、負担なしになっています。
病院に払う診察・治療費だけでなく、薬代も無料になっています。

1割負担のときは、500円程度、
検査もあると1500円くらい病院に払っていたので、
その本当の金額は1回で5000~15.000円にもなっている、
ということなのでしょうか。

薬代の方も1割負担なので毎月1.000円程度ということになり、
そうすると本当は10.000円ですよね。

さらに、他の科(耳鼻科、皮膚科、歯科など)にもかかると、
医療費はその何倍にもなる、というわけです。
その全部が無料、ということになるのは、
国の負担は大変なものだと思います。

また通訳費用も、以前にも述べていますが、
病院って通訳費用を負担したくないという理由で、
予約制でもすごい待ち時間を喰わされます。

そのお陰で、通訳時間はたった10分でも、
何時間も待たされるため、その費用もやはり膨らみます。

1回につき、1万円前後はいっているんじゃないか、
と思います。
そしてこれも国と区市町村の負担ですから

「一体、障害者のために幾ら遣っているんだろう?」

と考えさせられます。

※通訳の問題は、病院側、医者の理解があれば、
筆談で解消します。
しかし、解消できない時は通訳を頼むか、
病院を変えてしまいます。
病院を変えると、また初診料もかかることになり、
これも国の負担になってしまいます。

私の住む区市町村では税金をどのように遣っているか、
わかりやすい表にしてありました。

「あなたの納めた10.000円は、このように遣われます。

  (1)福祉費…高齢者や障がいのある方、子どもたちなどのために  4.877円
  (2)総務費…まちの行事、防災、集会施設、区役所の管理などに  1.558円
  (3)教育費…学校・幼稚園などの教育関係に  1.277円
  (4)資源環境費…ごみの収集・運搬、リサイクルの推進などに  653円
  (5)土木費…道路・公園、緑化の推進、都市の整備などに  534円
  (6)公債費…特別区債(借入金)の返済に  492円
  (7)衛生費…予防接種、健康診査、健康福祉センターの運営などに  382円
  (8)産業経済費…中小企業の振興や農業振興などのために  119円
  (9)議会費…議会の運営に  91円
  (10)諸支出金、予備費…基金の積立や、災害など緊急時の予備などに  17円」

(1)は、ほとんどが高齢者と子どものために遣われると思いますが、
障がい者も入っています。
しかしまさか、私たちのために、
税がこんなに遣われているとは思いませんでした。

やはり、『障害者の経済学』は、
考えるべきだと思わざるをえません。

働いていない障がい者が多い日本では、
障害者の実雇用率を欧米並みにする必要があると思います。
また、障害者への職域差別をなくし、
所得格差の問題にも取り組む必要があると思います。

そのためにも、障害者の差別撤廃に向けた障害者差別禁止法は
どうしても必要なのではないかと思います。

「差別」という言葉が

「日本では馴染みにくい」

と言われていますが。

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by bunbun6610 | 2011-09-26 00:40 | 障害者の経済学