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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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毎週日曜日の夜7:45~8:00に、
NHK教育テレビの聴覚障害者にも配慮したニュース番組には、
手話や字幕だけでなく、漢字にルビがついてます。

健聴者には要らないと思われるかもしれませんが、
聞こえない人が、その言葉を覚えるためには、
ルビは必要です。


最近はろう者も言葉を話す人が増えているので、
字幕があっても読み方を知らないと、
自分の想像で(これでいいと思って)言ってしまって、
後で皆に笑われ、バカにされる、といった苦い経験をする人も
増えているかもしれません。


話せるようにはなっても、やはり聞こえに不自由があるのは変わらないため、
その言葉の意味をちゃんと知ってても、何て読むのかわからない、
というケースは、私もたくさんあります。


「平等(びょうどう)」を 「へいとう」 と読むと勘違いして、
使っていたろう者がいます。

「小説」(しょうせつ)を 「こせつ」 と読んでいました。

「成年後見制度」を 「せいねんあとみせいど」 と読んでいました。


あるいは、読み方もわかるから、自信満々に大きな声で言ったら、

「発音がおかしい」

と大笑いされたり、相手に「は?」という顔をされ、
すぐに通じなかったこともありました。

釣り糸の「ハリス」は、誰でも本を読めばすぐわかりますが、
私は発音が覚えられませんでした。


今の情報保障は随分進歩しましたが、
それだけでは本当に限界があるのですね。

やはり、生のコミュニケーションで、言葉を覚えていく(失敗しながらも)のが、
聴覚障害者にとっても一番よいのでしょう。

そうなると、補聴器や人工内耳も、可能な限り使い続けたほうがいいのかもしれません。

それにしても、補聴器や人工内耳の使い方を研究する中途失聴・難聴者って、
すごい努力ですね。

 →http://homepage3.nifty.com/takerin/

 →http://blog.goo.ne.jp/hearingrabbit

 →http://taku-pc.blog.ocn.ne.jp/


今、聴覚障害者にはいろいろな人がいますが、
音声情報の獲得に積極的な人もいれば、反対に音声情報を捨て、
視覚情報で生きる決意を持って生きている聴覚障害者もいます。


あ、本題の話を忘れていました。

要約筆記通訳でも、ルビをつける配慮をする人、しない人がいるのでしょうか?
聞き慣れない漢字にルビをつけてくれる人もいます。

通訳のルールとしては、どうなのかわかりませんが、
やはり、つけてもらえると、ありがたいと思います。

案外、「こんな漢字の読み方なんか、聞かなくたってわかるさ」と、
推測で覚えこんでいる聴覚障害者って、いると思いますから。
自分もそうですし。

やっぱり、要約筆記利用者は日本語を話す人が多いですから、
なるべく、その言葉の読み方も覚えられる情報保障のほうがいいと思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-16 21:22 | 情報保障・通訳

『母べぇ』

8月14日(日)夜、テレビ朝日放送の日本映画『母べぇ』を観ました。

 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AF%8D%E3%81%B9%E3%81%88

途中から観たので、物語の全体像はわからなかったのですが、
山ちゃん(山崎)という難聴者が出てきて、
その役が映画の物語の中でわりと占めていたので、
その点でも少し興味を持ちました。

「片耳が遠い」という障害程度では、障害者認定はないし、
本人も、どうしてもコミュニケーションに困ったときだけ
カミングアウトする程度なので、これも難聴者っぽいシナリオ、
演技だと思いました。

あと、山ちゃんは映画にあまり登場してこないですが、
子どもを助けるシーンなど、子どもと会話するには、
コミュニケーションに困っていないように見えました。

私はテレビの音声も聞こえないので、子どもの声がどれぐらい
の大きさだったのかわからないのですが、私の子ども時代の
経験では、子どもの声は大抵元気で大きい場合が多く、
話し言葉も短く、内容を理解しやすかったと思います。

そのあたり、健聴の視聴者には、

「難聴には見えない」

と思ったのではないか、と思いました。


だけど、恋愛には、難聴者にもある、どこか億劫そうな性格がにじみ出ていました。
好きな相手はいるらしかったのですが、言えないでいる性格とか。

あるいは、大人しくて、話し好きとは思えない性格とか。

そして、山ちゃんが戦友に託した最期の言葉は、
まさに愛する人へのものだと思うではありませんか。
なぜ、出征する時に相手に言わず、あの時になって言ったのか。
シラノと同じでしょう。

 →当ブログ『シラノ・ド・ベルジュラック(エドモン・ロスタン原作)』(2011-04-13 22:56)参照。

シラノの鼻のコンプレックスも、難聴者の難聴コンプレックスも、
似たようなものです。


この映画の核心的部分ですけど、
「日本はどうして戦争をしたのだろう?」
と思います。
「どうして日本人は国家に従順で、戦争を悪いと思う人があんなにも少なかったのだろう?」
とか、思います。
「あの戦争を止めようとする人がほとんどいなかった日本は、
ある意味で異常な社会でしたが、あれが今でも、日本人の常識なんじゃないか?」
と思ったりします。
「もう過去の話」ですむことではないと思いました。


私の両親もそんな感じです。
ただ国家が決めた流れに向くまま、生きているのだと思います。
今も、何が正しいか、を国民一人ひとりが、自分で真剣に考えていないのではないか。

両親が戦争について語ったことは、ほとんどありません。
多分、ほとんど何も知らないのだろうと思います。


終戦日から66年になりましたが、戦争体験の話を聞くことができずに育った
聴覚障害者もたくさんいたと思います。

逆に言うと障害者が人間らしく生きられる社会こそ、本当の平和なのかもしれません。

平和に見えるけど、平和でない。
それじゃあ、本当の平和とは何か?
どうしたら、そういう社会にできるのか?


映画を途中から観たので、よく言えませんが、母べぇにとって、
国家が父べぇを引き離しすという国家暴力から、平和ではなくなったんじゃないか、
と思います。

平和とは、戦争のない時代、という意味だけではないと思います。


 「愛の反対は憎しみではありません。無関心です。」(マザー・テレサ)

この言葉の意味は、人により、いろいろな受け止め方があると思います。
愛も憎しみも、相手と向き合い、影響しあっているのですけど、無関心はそうではありません。

日本人は太平洋戦争のときも、無関心という罪を犯した、と思うのです。
無関心が罪だったと認めているからこそ、忘れないように、残し続けようとするのだと思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-15 23:01 | 雑談
「世界銀行の調査では、世界の最も貧しい人々は、障害者の20%であった。
ユースの30%は、障害を持っている。」
         (ドン・マッケイ大使〔元・国連障害者権利条約特別委員会議長〕)


企業のほとんどが障害者を雇用しない、または雇用しても、ただの罰金逃れや助成金目的
だったりすることが蔓延しています。

助成金をもらっていても、パート・契約社員のままで正規雇用せず、その金は障害者のいる
職場改善や、新たな障害者雇用のために遣われていない、という問題点が残ったまま、
障害者への差別的状況の改善にはつながりませんでした。

日本の企業の多くが障害者を利用して、公金を食い物にしている状況なのです。

【特定求職者雇用開発助成金の使途目的】
「助成金は、雇用された、また新たに雇用される障害者の職場環境整備のために支給している。
しかし、ハローワークは助成金の使途目的の指導までしていないし、実態調査もしていない。」
(ハローワーク専門援助第二部門職業相談担当 2010年8月当時〕)


【特定求職者雇用開発助成金】

 →http://www.mhlw.go.jp/general/seido/josei/kyufukin/c02-4.html


【特定就職困難者雇用開発助成金】

 →http://www.office-iwamoto.jp/article/13155587.html

経済学的にいうと、問題の根本は、障害者を雇用しない、また雇用しても助成金目的でしか
ないという、企業側の歪んだ姿勢にあるといえます。

【参考】障害者を解雇、雇止め(雇用契約の更新なし)をした場合の失業給付金の受給期間→http://tt110.net/13koyou2/P2-teate-kyuufunisuu.htm

 ・健常者の場合 90~270日間
 ・障害者の場合 150~360日間


〔日本の法定雇用率とは…〕
厚生労働省のF氏
(厚生労働省職業安定局 高齢・障害者雇用対策部 障害者雇用対策課 調整係長〔2009年6月当時〕)
の説明では、

「障害者雇用促進法もノーマライゼーションの考えに沿って進められている。
1.8%の法定雇用率は、働きたいという希望者数を満たす数値。
それに基づいて決まった数値。
法定雇用率を守っていない企業に対しては、指導している。
障害者が職場に定着し、また働いてもらう支援もしている」

です。
「障害者が職場に定着し、また働いてもらう支援もしている」は、はななだ疑問な答えですが。

しかし、1.8%を達成すれば、わが国の全ての障害者が労働に従事できるのではありません。
これは、とても低い設定値なのです。

参考→当ブログ『日本の超恩恵型障害者福祉施策と、障害者の雇用率』(2011-07-03 09:22)

それでも、法定雇用率未達成の民間企業はまだ54.5%もあります(平成21年6月1日現在)。
大企業の7割弱が未達成、というデータもあるほどです。
下のものは、古い資料ですが。

 →http://wiki.blhrri.org/jiten/index.php?%A1%F6%BE%E3%B3%B2%BC%D4%B8%DB%CD%D1%C2%A5%BF%CA%CB%A1

 →http://q.hatena.ne.jp/1067725017

 →http://web.thn.jp/roukann/topikkusu6.html
 →http://homepage3.nifty.com/afcp/B408387254/C783119433/E20070710223252/index.html


このような現状をふまえて厚生労働省は、今後は障害者雇用納付金制度の対象も
拡大することに決めました。
違反企業が確実に増えることにより、納付金収入はアップしますが、
今度はどう使うのでしょうね?
もっとバラ撒いて、雇ってもらうのでしょうか?
しかし、これまでにも書いているように、それでは聴覚障害者の高転職率問題は、
解決できません。

 ・常用雇用労働者201人以上の事業主 平成22年7月~
 ・常用雇用労働者101人以上の事業主 平成27年4月~

障害者雇用助成金制度は、違反企業が払う罰金(上の納付金のこと)で
賄われています。
この集めた預貯金が数百億円あると言われています。
これが、障害者雇用助成金の財源で、企業はこれを目当てに障害者を
雇っているわけです。
(結局は、福祉と同様に、税金と同じしくみになっているのです)

しかし、それでもまだまだ、障害者が仕事を探すのは、非常に困難です。
さらに、障害者雇用枠が設けられても、障害者と募集職種との相性、
つまりマッチングが非常に難しいのです。
その為に、やっと応募できそうな仕事が見つかっても、採用される障害者は
非常に少なく、狭き門です。
自分の障害では、できる職種・仕事内容は限られています。 →職域が狭い

  (当ブログ 『狭き門のろう者雇用』〔2011-05-13 21:52〕
         『聴覚障害者への職域差別』〔2011-07-03 08:36〕  参照。)

これは、医学的見地からの、私への次の診断結論とは、大きく矛盾しています。

「コミュニケーションに支障がある以外は、働くことに問題はない」
                               (某大学病院の診断結果)

障がい者制度改革推進会議で議論されていますが、こうした医学モデルによる
障害認定では、障害者の就労問題は放置されたままになってしまい、
問題が解決されません。
ですから、社会モデルによる障害の認定が必要なのだと思います。

【障害者は、就労後も問題を抱えています】
●労働市場が狭く、働かせてもらえる時間、給料も少ない
 →社会保険にも加入できない仕事が多く、将来の年金生活も心配になる。

●さらに「重度障害者は障害年金があるから…」と、会社から
「低賃金の雇用で構わない」とされるケースも…

【障害年金に依存するリスク】
①障害年金の悪用
障害年金も実は「親が搾取していて、障害者本人の自立のためになっていない」
という衝撃的な事実が、『障害者の経済学』(中島隆信/東洋経済新報社)にも
書かれています。
最近明らかになった、高齢者年金の搾取事件と同類でしょう。

障害者ではなく、障害者を取り巻く人々が、障害年金を我が物にしている、
という事実が発覚しているのです。

②障害年金に依存する生活モデルではなく、就労参加モデルにすべき。
同時に、家族に依存せざるをえない障害者は、こうして自立への道も妨げられている
結果になっているのです。

しかしそれでも、障害者としては家族に依存しなければどうにもなりません。
こうして「家族が本人の社会的自立を阻む」という問題点が見えなくされてしまう
のではないでしょうか。

こうしたことは、もはや障害者個人の努力では無理で、社会の取り組みによって、
断ち切らなければなりません。


結局、障害者と企業の双方が、国に依存する構図が、自然とできあがってしまったのです。
障害者も生きるために、国に甘えざるをえない結果に。
そして、国の借金が一向に減らない結果にもなっていたのです。

そこで、税金の遣われ方が見直されるためにも、障害者雇用のあり方を、
再検討する必要があると言えそうです。

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by bunbun6610 | 2011-08-12 22:43 | 障害者の経済学

ゴロゴロニャンコ

久々にまともな動物写真を撮影できました。

カメラを向けても逃げずに、ゴロゴロし続けるネコくんを発見。

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by bunbun6610 | 2011-08-11 22:59 | 動物
福島原発事故の影響は、目には見えにくいものですが、
やはり確実に、多方面に現れています。

当地での避難や、賠償金というコストだけでなく、
海産物や農産物の放射能汚染、風評被害、そして雇用にいたるまで、
「どこまで続くのだろう」と心配になってきます。

でも何といっても深刻なのは、人々の生活が変わってしまったことです。
人生を大きく左右してしまうほどに。
これが一番、障害者の自分も「ダメージになるのではないか」と
気にしているところです。

そうした不安が、日本列島を覆いつくしているのは、
もう誰もが認めているのではないでしょうか。

「がんばろう日本!」という掛け声も、空しくなってくるのです。

消費者は「汚染牛肉を買わなければ済むこと」と思うかもしれませんが、
実際はそれ以上に大きな被害が広がっています。

牛肉価格の暴落により、生産者は収入減となり、結局は税金から補償するしかありません。
廃業、失業してしまう人もいて、そうした人への生活保護費用も増加しています。

米の場合は、日本人の主食であるため、逆に値上がりが予想されます。
米不足も予想されます。
そうすると、庶民にとっては、非常に苦しい生活になります。

これも、原発のコストだったのか、としかも事故が起きたときになって、
いっぺんにその世代にツケがくるのかと、気づかされます。


東電は事故原因を自然災害と主張しましたが、それはおかしい。
自然災害は、人間に対して、いつか必ずふりかかるもの。
それが想定外だったとしても、最終的に人間が原発事故の被害を、
最小限で安全なレベルに抑えることができないようならば、
決して平和利用とは言えないのではないだろうか?

日本は、それをやってしまったのです。

極言するなら、兵器と何ら変わりない、と私は思います。


当ブログのカテゴリー『六本木ヒルズ回転ドア事故』に、
このドアに関わった人間の傲慢を暴く記事を載せていますが、
それと同じことだったと思います。

後になって思えば、あれは、ただの殺人ドアでした。
安全を二の時、三の次にして、営業利益や見栄えを最優先したものでした。

その責任は大人の人間であって、
「想定外の行動をとった」子供ではありません。

想定外があってもやむをえないのは、人知を超えた存在、
自然災害であって、人間がつくったものに対しても、想定外を設けたら、
自分たちを破滅させることになる。
想像力の欠如が悲劇をもたらしていることは、障害者でさえ知っています。

兵器の形をしていないからといって、平和利用だと思っている人間は、
愚か者と同じです。

利己的な目的達成を優先した公共事業は、凶器と変わりありません。
核の平和利用としての公共事業、という名に化けた兵器を造ったことと、同じなのです。
被害は直接にでなくとも、間接になっており、結果がそれと同じだったのだから。

名前が「原発」だろうが「兵器」だろうが、どっちも同じことです。
核そのものの平和利用が悪いとは言えませんが、
利用のしかたを誤っていたと思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-10 21:46 | 原発問題
「一歩前へ」
「いつもきれいに使っていただき、ありがとうございます」

これは、会社の男性トイレの中の張り紙文句です。

昔は、このような丁寧な言い方ではありませんでした。

「トイレを汚さないでください!!」
    (命令口調でハッキリと)

それがだんだんと、

「トイレをきれいに使いましょう」
    (「!!」の使用も止めている)

に変わり、現在は冒頭のような、丁寧語になってきています。

最も言いたいことというのは

「トイレの使い方が悪くて汚くなり、次の人が気持ちよく使えなくなるので、
皆できれいに使ってください」

ということには変わりないのですが、言い方が物柔らかになったというか、
オブラードで包んで、読み手に差し出して上げているような表現になっています。
「察する文化」だとも言われたりしています。

日本語文化って、こういう方向にも絶えず、進んでいるのかもしれません。
言葉の使い方がマナー、モラル意識の向上とも関係しているのだと思いますが。
でも、それって、ホントにマナー、モラルがいいということなのでしょうか?
私は、そこが疑問に思っています。

もちろん、それとは逆方向の日本語も増えていますが。

当ブログ『「コミュニケーション力」とは』(2011-04-12 21:04)のテレビで
観たのですが、そのときの日本人の言い方に対する、外国人の見方がナルホド、
と思いました。

その外国人は、医者が「○○です」と、傷病名をハッキリと言わないので、
イライラしたという経験を話していました。
日本人のハッキリしない言葉の使い方を「湾曲表現」と批判的な見方をしていました。

そういう見方は、アメリカ人でもヨーロッパ人でも、インド人でも中国人でも、
ほとんど同じらしい。

なぜ、日本人だけが違うんだろう?(笑)

日本語の言語文化は、同じ日本人である聴覚障害者からも、すこぶる評判が
悪いのですが、健聴者の皆さんは、知っていましたでしょうか?

聴覚障害者がそう感じるのは、当たり前です。
ただでさえ、聞こえないのに、日本の健聴者は語彙数が多い日本語を話され、
しかも長ったらしくて何を言いたいのか、なかなかハッキリと言おうとしません。

自己主張がないほうが無難、そのほうがやさしいと思っているからでしょうか。
あるいは、誰にも非難されたくないような自己防衛的な言い方しか、
しようとしないのが日本人の性(さが)なのかも。

原発事故後に、テレビに毎日出てきた、原子力保安院のメガネ男の説明にも、
字幕付き放送で見たときは、本当にウンザリしました。

あれは全文表示の字幕になっていましたが、「もう見たくないな」と思いました。
大事な情報なので、見ないわけにはいかないのですが。
あれは健聴者もウンザリしたのではないかと思いますが、中途難聴者から

「健聴者の場合は、聞き流すことができる。大事な情報だけ聞き取ることができる」

と聞きました。
もしそうなら「健聴者は、何ていい耳をしているんだろうなぁ」と思います。

反対に聴覚障害者は、あのデジタル放送の字幕は、種類にもよりますが、
なかには非常に見づらいものもあるのです。

ただ字幕がつけばいいのではなく、話し手の話し方の工夫も必要だと、正直に思います。

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by bunbun6610 | 2011-08-09 22:12 | 情報保障(テレビ字幕)
イスラム過激派の犯行声明にも使われる
この言葉、皆さんもご存知だと思います。

自分の浅はかな知識で、この言葉の意味を
語ってよいものかと、少し悩みましたが、
書いてみようと思いました。

この言葉は、旧約聖書に収められています。
ユダヤ教、イスラム教、キリスト教が、
実は同じ神を崇拝し、旧約聖書の部分を聖典
として用いている、というのです。


イスラム過激派がこの言葉を使うのは、
例えば米国への報復行為とかで、
その意味は報復宣言とか、
どこまで報復するか、だと思います。

その意味で考えると

「もしも目を奪われたら、奪った人の目を奪え」

というように考えるかもしれません。


もう少し言葉を変えたとしても、

「もしも目を奪われたら、奪った人の目だけ
奪ってもよい」

というようになるかもしれません。


しかし、カトリック信者の犬養道子氏の著書には、

 →http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E9%A4%8A%E9%81%93%E5%AD%90

「もしあなたが、相手の目を奪ってしまったなら、
自分の目をもって償いなさい」

というふうに書いてあったように思います。
(多分…)


それを読んで私は、

「この言葉の意味(作者が言いたいこと)は、
報復ではなく、償う方法(律法)について
語っているのだな」

と思いました。


昔の野蛮な時代には、これでも立派な法として、
そんな野蛮な人たちに与えられていた、
というわけです。

イスラム過激派だと

「やられたら、やり返せ」

のようですが、カトリックでは

「そこまでで、許してやりなさい」

という感じです。

作者はもちろん、神ということになります。


しかし、その法の意味は、ずっと後の時代に
登場するイエス・キリストの教えによって、
人々へのこの言葉の意味の理解が、
さらに深まっていったのではないでしょうか。


キリストのことを伝える新約聖書の部分には、
キリストが弟子に、次のように言った、
と述べています。

「私があなたがたにしたように、
あなたがたもしなさい」

私はこれも「目には目、歯には歯」ではないか、
と思いました。

旧約時代における、「目には目」の本当の意味は、

「もし、あやまって相手の目を奪ってしまったなら、
自分の目をくり抜いて、相手に差し出せ」

という意味ではないようです。
「目には目」は、代価を等しくしなさい、
という意味であり、

「奪ってしまった目に相当する償いをしなさい」

という意味になるのではないか、と思うのです。


今では何でも裁判で争い、何でもお金を支払って
解決するのが当たり前になっていますが。

今の原発賠償問題だって、本当はお金で賠償
すれば済む問題ではないですよね。

数千年前に書かれたと言われる聖書の言葉
からは、現代人である私も、
本当にいろいろと考えさせられます。

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by bunbun6610 | 2011-08-09 21:44 | 雑談

補聴器の効果の程度

自分が使っている補聴器(身掛け型)を
健聴者に貸して、聴いてもらったことがあります。

すると、その健聴者は驚いて、

「盗聴器みたいじゃない!
こんなに遠くの人の話し声まで聴こえるのに、
(あなたは)聞こえない(人の話を全部は聞き取れない)
なんて、おかしいんじゃない?!」

と言われました。

私はこれを聞いてすぐに、

「健聴者には、感音性難聴障害を理解できないんだな」

と思いました。


補聴器を装用すると、かなりの効果が上がる難聴者
というのは、伝音性難聴の人に多いと聞いたことが
あります。
それは、老人性難聴の人に多いらしいです。

しかし、先天性難聴障害の人は、感音性難聴の人
が圧倒的に多いそうです。


伝音性難聴の場合は、耳の器官で、例えば鼓膜が
老化して、振動しにくくなったとかが原因で起こる
障害です。

この場合、補聴器で音の振動を大きくすれば、
聴こえもまた良くなる、という改善法のようです。


それに対して感音性難聴の場合は、聴神経の損傷に
原因があって、起こる障害です。

健聴者や伝音性難聴者の聴神経は損傷がなく、
どの聴神経でも音の信号を正しく受信し、
脳へ伝えているそうです。

しかし、聴神経に損傷のある感音性難聴者の場合は、
音の電気信号が歪んでしまったり、
反応が鈍い、といったことがあり、音の信号が正確に
脳へ伝わりません。

ですから、当ブログ

『感音性難聴障害を、健聴者や、ろう者にどう説明するか』
(2011-07-23 00:10)

で説明したような障害が起こるのです。


この障害の場合、補聴器を装用しても、伝音性難聴者
並みの効果を得ることは難しいのです。


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by bunbun6610 | 2011-08-08 21:58 | 補聴器、福祉機器等
松森果林氏のブログに、難聴ゆえの、聞き取り間違いの
話がでていました。
(正確には聞き取れないので、口型を見て想像したようですが)

 →http://d.hatena.ne.jp/karinmatasumori/


私も健聴者ともっと話していた頃は、聞き間違えては
笑われたことがよくありましたが、近年はそんな経験も
ご無沙汰です。

友人とやり取りして、おかしくて笑っていられるのなら、
まだいいですね。

でも昔の私は、言われても言い返せないと「つんぼ」
(聞こえない人に対する差別語)と呼ばれたり、
言い返してみて間違っていれば馬鹿にされ、
皆に笑い者にされたものです。

どっちにしても良くない思いをしていました。

その私よりも年上の盲ろう者が、いじめられた体験を
講演で話されたときは、昔はそれが当たり前の社会
だったんだ、と感じました。

それにしても、ろう者まで盲ろう者をいじめるということ
があった、という話を聞いたら、昔の差別は相当なもの
だったんだ、と思わずにいられません。


松森氏の話は、多分「おいすたーばー」という言葉が
出てくるとは想定していない場合、言われても自分の
経験で知っている言葉に似ている語を頭のなかで探し出し、
それを言ってみるのかもしれません。

あるいは、相手が聞き取りにくい喋り方をすれば、確かに
何て言っているのか、当てるのは難しくなると思います。

口型が「おじさん」に酷似していると、口を見ただけでは
判別が難しくなります。
健聴者の話し方は、音声ならでは理解できる文法もたくさん
あります。

「あかさかの/おすすめのみせに/おいすたーばーが/ある」
(「赤坂のオススメのお店に、オイスターバーがある」)

と言ったなら、もしかしたら聞こえない人も、もうちょっと
言葉を想像しやすかったかもしれませんね。


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by bunbun6610 | 2011-08-08 00:42 | コミュニケーション能力

年金の話

年金事務所へ、将来の年金のことについて相談に行きました。

60才から支払い開始の老齢基礎年金は、最高額でも792.100円/年額だという。
これは、満額でもらえる人だけなので、まず無理です。

ただし、障害基礎年金の場合は無条件で、この1.25倍の額がもらえるという。

60歳以後、受けとれるのは、老齢基礎年金か障害基礎年金のどちらか一つしかもらえないので、
本人が選択します。

といっても、障害基礎年金のほうが多くもらえるのだから、障害者は皆、老齢基礎年金を捨てる
ことになっています。

障害者の中には国民年金積み立てを免除申請している人もおり、結局、払っていない人もいます。


以下は、年金事務所の担当者の話です。

「障害基礎年金の受給者が年金を払い続けても意味がない。
ただし、将来もし、障害が治った場合、障害基礎年金をもらう権利は消滅するので、
払っておけば、そういう場合に、老齢基礎年金をもらう資格ができる。
免除でも払わなかった人は、それができない。」

理屈はそうですが、この説明には納得できないようなおかしさがあるのではないか、
と思いました。

まず何といっても、先天性聴覚障害って、治るものなのでしょうか?

「原因がわからないので、治しようがない」
と言われている聴覚障害が治った、という前例がないですよね?
私は、聞いたことがないのです。
人工内耳をして聞こえるようになった人は、障害基礎年金の受給資格を失うのでしょうかね?

わからないなぁ。
そんな素朴な疑問を思いました。


それと、要するに障害基礎年金は永久保証というわけではないということですが、
やっぱり幼少から差別的状況の中で生きてきて、低所得で暮らしてきた人が、
例え老齢基礎年金がもらえる資格が持てたとしても、かなり少ない年金額になることは
確実でしょう。
生涯、給料も安く、払い込んだ年金額だって少ないわけですから、
健常者と同水準に年金になるわけがありません。

もし聴覚障害が治ったら嬉しいには違いありませんが、年金生活は貧しいものになることは
確実だと思います。
だからこんな話を聞くと、複雑な心境になるではありませんか。

それと、会社に勤めている聴覚障害者の場合は、免除ができません。
厚生年金に加入する場合は、国民年金との二階建てになっているので、
国民年金免除で厚生年金だけ加入にすることはできません(一体不可分)。

結局、国民年金部分は払い損ということなのだろうけど、上の説明のように、
「万一障害が治ったら、ということに備えて、払ったほうがいいのでは?」
という補説をする人もいます。

治った例がないんじゃないか、と思うので、この話は、どうもありえないように思いますが。

もし自営業者などの人は免除申請をすれば、国民年金を払わずして、
障害基礎年金をもらうことができます。

ただし、老齢基礎年金は300ヶ月(25年)以上の払い込みがないと、
もらえる資格ができないので、もしも障害が治ってから払い始めたのでは、
遅いかもしれません。
(治ればの話しですが…。)

世界中、どの国も、社会保障とはこういうものなのだろうか?

スウェーデンやデンマークでは、どうなのだろう?

将来もらえる年金は、障害基礎年金は老齢基礎年金よりも25%多いとはいえ、
それだけでは老後の生活はできないとわかりました。

それで、民間企業の年金保険にも入ったほうがいいと思い、
筆談で説明してもらい、契約することにしました。

署名するときに、2つの質問がありました。

 ①過去に重い病気になり、手術をしましたか?
 ②身体に障害を持っていますか?

②は具体的に聴覚など、身体障害名があり、それを詳しく書かされたので、
少しびっくりしました。
何でだろう?

今の社会では、障害者差別は消えたように見えますが、それはわからない。
耳が聞こえない人は交通事故を起こしやすいから駄目だとか、
後になって契約を断られる可能性があるかもしれません。

もしそうなったら、聴覚障害者は民間の年金保険にも入れず、
障害基礎年金とわずかな厚生年金と貯金だけで、
暮らさなければならなくなります。

審査結果がどうなるか、やっぱり心配です。

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by bunbun6610 | 2011-08-07 00:18 | 雑談