<   2010年 12月 ( 3 )   > この月の画像一覧

コミュニケーション上手とは、話し上手とは限らない。

能力レベルの問題とも限らない。
声だけの喋りは上手、と評判の人でも、
言葉が異なる相手とのコミュニケーションはできない、
という人もいることだろう。

間接差別とは、無意識の行為が多い。
そしてさらに聴覚障害者にとっては運の悪いことに、
健常者は無意識にしてしまっていることならば
「差別ではない」と思っている人が多い。
「気がつきませんでした」と謝って済ませてしまうだけの
人が多い。

本当は

「謝ったんだから、もういいだろ」

で済む問題ではないことなのに。

謝らないよりはまだマシなほうだが、
肝心の改善には全く至らないのだから、
困ったものである。

まず、大多数の人には差別しているという意図がない。
意図にも良いものと悪いものとがあるが、
そのどちらでもない。

というと「普通」なのか?

普通ならば、それは「常識」とか「問題ではない」と
解釈されるものなのだろうか?

けれども当事者(聴覚障害者)にとっては、
大問題なのである。

何を言われたのか聞こえない(聞き取れない)
音声を

「何と言われたか、あなたも言い返してみて」

と言われても、答えられないのは当たり前だ。
それが健聴者にはわかっていない。

「○■△×…?□」

という、わけのわからない音声が聞こえたからといって、
答えられるわけがないのと同じである。

それを聴覚障害者に「もう一度言ってみて」と頼んでみたとしても、
やはり自分も喋れる日本語として

「聞き取れない」

と自分には分かっているから「書いて下さい」と頼むのに、
健聴者はさらに声を大きくするなりして、また同じことを言い続ける。

だが、本当はこういう場合は、書いてくれればいいのである。

日本語として聞こえない言葉を発音しろ、と言われても、
難しいのである。
聴覚障害による「語音識別力5%」という意味を、
健常者は理解して欲しい。
だが、健聴者はそんな体験はしたこともないのだから、
それも難しいのかもしれない。

本当の理解のためにお互いが、聴覚障害者のことも含めて、
もっといろいろな体験をする必要がある。
[PR]
by bunbun6610 | 2010-12-20 18:00 | 就労後の聴覚障害者問題B

差別の代償

差別があると、障害者側の憎しみが消えず、
健常者に対し敵意を持つ。
社会での協力関係もなくなる。
さらに、差別の代償として障害年金は当然だ、
と考えるようになるのである。

差別をすれば、した方が何らかの利益をより多く
享受できると思う者がいることだろう。

しかし実際は、差別したことによって、
社会全体で代償を支払うことになるのである。
[PR]
by bunbun6610 | 2010-12-17 18:00 | 就労後の聴覚障害者問題B
今年■月■日で、M社をクビになったMさんに

「『障害者を何だと思っているんだ!』と
思わないのか?」

と聞いたら、Mさんは

「思わない。運命だから、しょうがない」

と答えていた。

Mさんは幸か不幸か、差別だということに気づいて
いないように思える。
これが差別だということを知らなければ、
苦しまないだろう。
当たり前だと思っていれば、苦しまない。
だから、もし苦しくなったら、当たり前だと思えばいい
のかもしれない。
ある意味、そういう鈍感力が、働く聴覚障害者には
必要なのかもしれない。

障害者雇用で最も重視されるのは、能力ではなく、
真面目にコツコツと働く姿勢だと、ある本でも読んだ。
[PR]
by bunbun6610 | 2010-12-16 18:00 | 就労後の聴覚障害者問題B

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610