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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ:雑談( 38 )



「ユニクロ 障害者雇用 実態」

という言葉で検索してみたら、当ブログが上位ヒットしてしまった。

これを喜んでなどいない。
とても残念である。


「他の障害を持つ人がいじめや差別を受けている事例」

「これは非常に稀なケース」

「たかが一人ではないか」

「店長の個人的責任」

といわれているのかもしれない。

しかし、一店舗一人の障害者雇用をしている企業だからこそ、
「たかが一人ではないか」という軽い扱いをしてはいけないのではないか。
それを、全体から見たらどう思うだろうか。
だから、「たかが一人ではないか」なのか?

もし、ユニクロで働く多くの従業員が、
そんな考え方をしているのだとしたら、
この企業は『日本で一番大切にしたい会社』ではない。
『日本で一番必要ない会社』だ。

その後には、昨年7月に神奈川県・相模原の
知的障害者施設で、殺傷事件が起きた。
犯人はこれまた健常者で

「障害者なんて、いないほうがいい」

と言っていた。
やった事の重さは違っていても、ユニクロ店長と同じだった。
考え方は根本的に同じだった、と思う。


俺はもう嫌だ。
障害者と健常者が協力し合う、
もっと明るいニュースが流れる社会になることを願う。
その為に、今の社会を壊す。
新しい社会を創るためにだ。
全ては木っ端微塵に。
そして、再出発だ。
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by bunbun6610 | 2017-04-04 20:38 | 雑談

新年度の気持ち



人が人を傷つけている世の中に、もううんざり。

でも、この瞬間にしか咲かない桜とか、
やって来る鳥とかを観ていると、
それを一瞬でも忘れられるなぁ。

自然は、そんな人間のためにもあるのかなぁ、
と思わされる。

4月は新年度。
それで生活が変わる人も多いはず。
人生が一変するわけではないけれども、
少しずつ変わる。
いや、「時の流れ」任せにするのではなく、
自分の手でも変えてゆこう。
小さな努力でも毎年続ければ、
きっと少しずつは変えられる。
今よりも。
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by bunbun6610 | 2017-04-01 18:05 | 雑談

「幸せ」とは何か?

幸せとは何なのだろうか?
この世の一部の人しか手にすることのできない、
一瞬の輝きに過ぎないものなのだろうか。

テレビなんかに出ている芸能人とか、一般人でも、
人生で“成功”をした健常者がよく言う。
「幸せは自分で努力して掴みとるもの」と。

でも、本当にそうだろうか。
幸せをいくら追い求めていても、頑張っても、
幸せにはなれない人だって、たくさんいると思う。
それで自分が幸せになれたからといって、
他人にもそう言っている人というのは、
そういう現実を知らないのではないか。
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by bunbun6610 | 2017-03-14 01:01 | 雑談

映画『ブルベイカー』

映画『ブルベイカー』

知られざる塀の中の世界。
悲しき囚人たちに自由の光を注ぐため、
その男はやってきた。

製作年/劇場公開年; 1980年
監督; スチュアート・ローゼンバーグ
原作; トーマス・0・マートン、ジョー・ハイアムズ
主演; ロバート・レッドフォード


http://eiga.com/movie/48980/


http://www.weblio.jp/content/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%99%E3%82%A4%E3%82%AB%E3%83%BC





「初めに、神は天地を創造された。
地は混沌であって、闇が深淵の面(おもて)にあり、
神の霊が水の面を動いていた。
神は言われた。
「光あれ。」
こうして、光があった。」
(創世記1章1-3節)
『聖書』(新共同訳/1987,1988)




これは天地創造の有名な話だが、
カトリック教徒・犬養道子氏によると、
他にも関連する意味があるそうだ。
新約聖書の部分でわかるそうなのだが、
「闇」とは、サタン(悪魔)とその勢力を象徴している、
という。
闇の中に神の言葉が入り、光ができた、
ということらしい。

預言者だかイエスの弟子だか忘れたが、
神の栄光を示して欲しい、と神に望んだことがある、
という。
それに対して神は

「神の光とは、闇の中に輝く
蝋燭の光のようなものだ。
私はそれで十分だ」

というふうに言われたそうだ。
勿論、人々はその答えに満足できなかったが。
周囲はサタンとその勢力によってつくられている闇だが、
それでも決して滅ぼすことができないひとすじの光、
それが神の強さなのだと、犬養氏の著書で知った
ことがある。

その話とこの映画は、非常によく似ているのだ。
間違いなく、リンクする。
だからおそらく、監督のスチュアート・ローゼンバーグは、
聖書をイメージして、この映画を作ったのだろう。
物語の最後をハッピー・エンドまで描かなかったのも、
それが理由だと思う。

映画を観ていても、誰もブルベイカーの急進的なやり方
に賛成する者は、おそらくいなかっただろう。
監督はなぜ、観る人に、こんなに苦しくなるような
映画に、あえて作ったのか。

ブルベイカーのやり方に反発する勢力によって犠牲となり、
死人が何人も出たのは、どうあっても彼の責任だ。
それでも、ブルベイカーの片腕として働いてきた
クームスが、最後に言った言葉

「あんたに言いたいことがある。
正しかった」

には、胸にジーンと来るものがある。
「正しい」とは、言い換えるなら「信頼」なのだろうか。

そしてブルベイカーが解雇後に、リリアンに言った言葉、

「真実は、政治とは別のものだ」

にも、観る人誰もが心打たれるだろう。

ブルベイカーは追放されたが、光はなお、
多くの囚人たちの胸に生きていた。
そして、彼らはついに、ブルベイカーの助けなしに自立し、
ウェークフィールド刑務所を憲法違反として、
裁判を起こした。
その結果、彼らは勝ったのである。

この生き方に、私も強い影響を受けている。
私も「向こう見ず」「変人」なのは、この映画の影響だ。
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by bunbun6610 | 2017-02-26 13:35 | 雑談


http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160223-01059279-sspa-soci


辰吉丈一郎が
無収入でも引退勧告
されても
「ボクシングをやめない理由」

週刊SPA! 2月23日(火)18時21分配信


当時、史上最速で世界王座を獲得。その後も
3度の戴冠を果たしたプロボクサー、辰吉丈一郎。
一時は網膜剥離により引退を勧告されたものの
劇的KOで復活を果たし、今なお現役ボクサー
としてベルトを追い求め続ける。
45歳になった“浪速のジョー”は、なぜ引退しない
のか?
ボクシングに人生のすべてを賭けた“男の美学”
に迫った――

 ボクサー・辰吉丈一郎を20年間追いかけた
ドキュメンタリー映画『ジョーのあした-辰吉丈一郎
との20年-』が公開される。
ボクシング界の伝説を紡いできた男も、今や45歳。
映画では、原則的に37歳とされる日本人ボクサー
の“定年”をすぎても現役にこだわる辰吉丈一郎の
思いが、インタビューによって引き出されていく。

幾度となくぶつけられたであろう

「なぜ辞めないのか?」

という問いかけ。
だからこそ本誌もまた、ストレートな疑問を本人に
ぶつけてみた。
数々の伝説の真相は?
現在の収入は?
そしてなぜ、いまだに拳を握り続けるのか?
こぼれ落ちた言葉のすべてに、辰吉丈一郎印が
刻まれていた。


――20年間の集大成である『ジョーのあした』。
試写は見ましたか?

辰吉:はい。でも、自分しか映っていない映画に
コメントはしにくいです。
僕からしたら、もっと撮るところがあっただろうと
思うし「なんでなん?」っていう映画やから(笑)。
ただ、20年間も撮影を続けてくれた監督には
「飽きもせんとよくぞ!」と感謝したいです。


――映画では等身大の日常を20年間積み重ねる
ことがリアリティを生んでいたと思うのですが、
辰吉さんといえば伝説的エピソードが魅力的です。
例えば、地元の岡山ではヤンチャで有名だったとか?

辰吉:あの時代は、社会全体がそうやったからね。
なめ猫とか横浜銀蝿だとか、ヤンキー文化が全盛期
だったんです。
だからまぁ、暴走族からバイクをお借りしちゃったとか
はあった。
当時の暴走族は気合が入ってたから、原付ちゃい
ますよ?
400㏄のバイクが家に8台あったのかなぁ(笑)。
そんな感じやったから、僕が大阪に行くって言い
始めたときは近所のおばちゃん連中がめっちゃ
喜んだらしいです。
「今日はお祝いや。たこ焼きしよう!」
言うて(笑)。
だから、親父に教わって5歳からボクシングを始めた
んですけど、それがなかったらおかしなことになって
たと思います。
そこまで嫌われることはやっていないけど、
時代も自分自身もむちゃくちゃではあったから。


――当時の国内最短記録の8戦目で世界王者
となり、その後も伝説をつくります。
ところが45歳の今も現役であり引退はしないと。
世間からは「もう十分だろ」との声も届いていると
思うのですが?

辰吉:まがいものというのか、ひねくれているという
のか。
……デビューの頃から僕は、普通が嫌やったん
ですよ。
プロテストも普通はC級から受けるんですけど
B級からだったし、具志堅さんが9戦目で世界を
獲っていたからそれよりも絶対早くチャンピオンに
なりたかったし。
そういう意味では、確かに引退に関しても普通では
ないのかもしれない。
でも、僕にとっては、ボクシングが生活の一部
なんです。


――生活の一部とは?

辰吉:みんなも朝起きると歯を磨くでしょ?
それがボクサーだから「走る」が生活の一部で毎日
走る。
階級ごとに体重制限があって太ってはダメだから、
一日1食を続けてるのもそう。
朝起きて走って、掃除して、買い物して、夜練習して、
帰って、洗濯して、飯作って、風呂入って寝る。
極端に言えば、それを365日繰り返すのが日常
というか。
正直、試合が組めない今の状況はきついんです。
でも、何かを引っくり返すためにやっているんだから、
練習は一日たりとも休めない。


――では、単刀直入にリアルな話も。
辰吉さんがプロのリングに最後に立ったのは’09年。
以来、試合は行われてませんが、現在の収入は?

辰吉:まったくない。無収入。


――無収入? 生活は?

辰吉:いうても僕、3回も世界チャンピオンになってます
から(笑)。
ファイトマネーを無駄遣いしてこなかったし、リングに
立って稼いでいるわけではない以上は、貯金を
おろして生活するしかないでしょ?


――過去には、数千万単位のCM出演を断ったとの
伝説もあります。

辰吉:うん。だって僕、タレントじゃなくてボクサーなんで。
ボクサーがCMって違うと思うんで。
小銭ならいいですよ?
でも、何千万というお金を稼いではダメだと思った。


――後悔は?

辰吉:一切ない。
お金ではないけど、WBCというボクシングの団体が
殿堂入りの約束をして、4つ目のベルトをくれるという
話をいただいたこともあるんです。
引退を条件にね。
そのお話も丁重にお断りしました。
だって、ベルトって恵んでもらうもんじゃないでしょう?
ボクサーにとってのベルトは、自分で戦って勝って
獲るものでしょ?

※このインタビューは2/23発売の週刊SPA!
のインタビュー連載『エッジな人々』から一部抜粋した
ものです。

<取材・文/唐澤和也 撮影/ヤナガワゴーッ!>
日刊SPA!



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おぉぉぉぉぉ~。
カッコエエなぁ。

オレは昔から、長島茂雄が大嫌いなんだけど、
こんな辰吉丈一郎は話を聞いて、好きになったな。
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by bunbun6610 | 2016-02-27 23:11 | 雑談
関わったヤクザが何人も障害者になって
しまうとは、主人公・菊川玲二も罪な
ヤツだ。
しかし、そこからが面白くなる。
月原旬も、その一人だ。
月原は菊川から逃れるため、
自ら片手を切断した。

他にもクロケン(黒河剣太)が
パピヨンとの激闘で、
片目になってしまっていたな。
元健常者の障害者が結構、
出てくるマンガだ。

どっちかと言うと、菊川よりは月原のほうが、
俺は好きだな。


http://mogura.shogakukan.co.jp/


http://spi-net.jp/weekly/comic032.html



マンガなんだから、どうせなら二人の
激闘のクライマックスは、
玲二が「腕をやるよ」と自ら言った時に、
月原は本当に切り落としてしまえば、
もっと面白い展開になったんじゃない
かな。
そうして菊川も障害者になれば、
今後の展開も面白そうだった。

しかし、そうしなかったのは月原も、
そこまでの復習鬼じゃなかった、
ということだろう。
それもそれで、月原に意外性を持たせ、
やさしさのあるマンガに仕上がっていると
思うが。



〔関連記事〕

『日浦匡也(通称「クレイジー・パピヨン」)
 ―漫画に見る、私の障害者ヒーロー』
〔2012-12-27 18:00〕

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by bunbun6610 | 2016-01-12 21:21 | 雑談
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』
http://wwws.warnerbros.co.jp/madmaxfuryroad/



この映画は奇妙だ。
こんな極限状態、社会が荒れた世界に、
何人もの障害者が登場する。
しかも、障害者の中には、社会の底辺にいる者から
組織のボスや上官にいたるまで、様々な地位にある
人がいるのだ。
何よりも驚いたのは、彼らも健常者に混じって、
生きるために必至で戦っている姿だ。
自分の権利を得るために、そして守るために。

日本では障害者が出る映画というのはほとんど
ないし、出ても視聴者に同情を誘うような、
極めて地味な役柄が多かったりする。
こんなシチュエーションは普通、あり得ない。

だから、ジョージ・ミラー監督の映画構想には
本当に驚く。
この映画では障害者も健常者と対等に扱って
いるのだ。

この映画のストーリーのようなことは、
実際に起きてほしくはないことは勿論なのだが、
いい面をあえてよく言えば

「障害者も社会参加を果している人間社会」

と言えるかもしれない。
そういう意味で、この映画は障害者、健常者とに
関わりなく、どんな環境の中でも生き抜く、
たくましい人間性を描いている、と思う。


障害者を描いた映画には『フリークス』があるが、
それは上映禁止になった映画だ。

『映画『フリークス』(1932年制作・公開)』
〔2014-11-06 18:30〕


しかしそれに対して、本作はエンターテイメント
作品として成功している。
障害者が活躍し、そして健常者にも称えられる
英雄になるのである。

大悪党のボス、イモータン・ジョーは、呼吸器を
つけていなければ活動できないらしい。
大悪党のボスが何と! 障害者なのだ。

ジョーに反逆し、希望と平和を求める大隊長
フュリオサ(シャーリーズ・セロン)も、義手の女性だ。
本作はフュリオサがジョーの支配を終わらせ、
英雄になるまでの物語だと言ってもいいくらいだ。

他にも、何らかの障害や病気を持つ、
つまりハンディを持つ人々が登場する。
さらに、高齢女性も兵士として、男と戦っている。
そんな誰もが“平等な”人間社会を、
たくましく描いているのだ。
暴力で支配する社会でありながら、
障害者も活躍できていた社会だったから、
私は「奇妙だ」と言ったのである。

彼らは、自分に障害などがあっても決して
卑屈にならず、むしろ堂々と自己主張していく。
それが、この社会では当たり前になっているのだ。
そういう意味では、素晴らしいではないか。

そんな映画をつくったジョージ・ミラー監督の
映画構想には、本当に驚かされた。

個性的でビジュアル的に強烈な印象を持つ障害者
を主役級に多数起用しているためか、
主人公マックスの存在感すら薄れてしまっている
ように思う。
しかし、それも監督の計算のうちなのだろうか。


以前に、ろう者も兵士になれるイスラム圏の国に
ついて話したろう者が、こう言っていた。


「ろう者も兵隊になれる国は、幸せだろうか?
日本では、なれないよね。
あなたなら、この国をどう思うだろうか?」



『ろう者の「幸せ」とは?
(花燃ゆ - 第23話 『夫の告白』)』
〔2015-06-10 19:00〕



障害者だから兵士にはなれないというのも、
実は差別なのである。
それがこの映画に描かれている世界では、
いいかどうかは別として、
そうした差別は全くない、ということになる。

障害者も健常者も関係なく、誰もが皆、
生きるために自分の権利を得るために、
守るために、自己主張をしている。
実際にこんな社会が実現してほしいなどとは
思っていないが、いいところだけを取り上げれば、
まさに障害者や高齢者のみならず、
ハンディを持つ全ての人々も社会参加している、
理想的な人間社会だと言えるのかもしれない。

そんな構想は、映画とはいえ、やはり大した
ものだと思った。
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by bunbun6610 | 2015-07-29 18:30 | 雑談


http://www.excite.co.jp/News/economy_clm/20150728/President_15790.html?_ga=1.198668207.1221020213.1428876294


どこが違う?
定年延長が許される人、
捨てられる人


プレジデントオンライン 2015年7月28日 08時45分
(2015年7月28日 23時21分 更新)


法律改正により、希望者の65歳までの雇用が義務
づけられたが、現実はそれほど甘くはない。
定年延長できる人と、引導を渡される人はどこが
違うのか。
実績だけではない、意外なポイントが浮かび上がって
きた。

「定年後も希望者全員を再雇用します、と謳っているが、
それは表向き。
再雇用後はきつい仕事をやらせて自主的に辞める
ように仕向けるなど、会社にとって必要のない人間
に対しては露骨な嫌がらせをして退職に追い込んで
いるのが実態です」

昨年12月末に電子部品メーカーを62歳で退職した
A氏はこう語る。

本当は65歳まで働きたかったのだが、同僚に対する
会社の仕打ちに嫌気がさして辞めたという。

「定年後も残ってほしい社員は、他社に就職されては
困る技術系の人などごくわずかしかいない。
ほとんどの人はいらないんです」

とA氏は言う。

希望者全員の65歳までの雇用を義務づけた改正
高年齢者雇用安定法が2013年4月に施行された。

しかし、企業の本音は違う。
上場企業に業績評価など再雇用の対象者を絞る
基準は必要かを聞いたところ、

必要と答えた企業が48.6%、

「本当は必要だと思うが、法の主旨から選別基準を
設定するのは望ましくない」が47.1%。

合わせて95.7%の企業が選別したいと考えている
のだ(図表1)。

サントリーホールディングスや大和ハウス工業の
ように定年を65歳まで延長した企業もあるが、
大半の企業は定年後、1年ごとに契約更新する
再雇用方式。
しかも給与は現役時代の半分というのが相場だ。

それでも人手不足の建設業や製造業のように
定年後も残って働いてほしいという業界もあるが、
ほとんどいらないという業種もある。

ソフトウエア開発会社の人事部長は、

「正直言って60歳を過ぎても使える社員は少ない。
発想が古いうえに、技術の進歩が早いので追い
つくのも大変。
できれば60歳前に3年分の退職加算金を払って
辞めてもらったほうが助かる」

と本音を漏らす。
使えない社員は60歳を前に退職勧奨される可能性
も高く、再雇用されても冒頭のA氏のように自主
退職に追い込まれるかもしれない。
法律で65歳雇用が義務化されても決して安心は
できないのだ。

では定年後も会社に残ってほしいのはどういう人
なのか。
元JCB執行役員で再雇用事情に詳しい感性労働
研究所代表の宮竹直子氏は

「特殊なスキルの持ち主よりも知識や経験の伝承
ができる人」

と語る。

「特殊なスキルや知識を持っていることが望ましい
ですが、その能力をフルに発揮してほしいというより、
これまでに培った経験・技術を後輩に伝えることを
会社は期待しています。

自分は黒衣に徹し、若手を前に出してやらせる。
失敗させてもいいからアドバイスしながら後輩を
育てていくタイプに残ってほしい、と会社は思うもの」

たとえば営業職であれば、会社にとってはその人が
いなくなることで顧客や取引先がなくなることが一番
怖い。

「取引先に若手を連れていき、人間関係の築き方を
含めた自分のやり方を実践で教えながら受け継いで
もらう。
それができる人です」(宮竹氏)

逆に自分が培った専門性や経験に過剰な自信を持ち、
後輩を仕切りたがる人もいる。
過去の成功体験を披瀝し、自慢話をする人がいるが、
これが最も後輩に嫌われるタイプだ。
電機メーカーの人事部長は

「自分の実力を知る」

ことが大事だと指摘する。

「過去の実績や自分の専門性を過信している人が
多い。
会社の看板やブランド、優秀な上司や部下の
サポートがあって実績につながっていることを
忘れているのです。
さも自分一人でやったかのような自慢話など誰も
聞きたくありません。
自分の実績が本物か偽物かを検証し、自分の実力
を知ること、そのうえでどんな役割を演じればいい
のかを突き詰めて考えることです」

自分の役割とは何かを知る人の意識は、職場での
立ち居振る舞いに表れる。
実例を挙げて宮竹氏はこう説明する。

「部長職を務めて再雇用された人がいます。
基本的には定時に帰るのですが、若手が残業して
いると常に『お先に失礼します』と言って席を立つ。
会議にも参加しますが、決して自分から発言せず、
意見を求められて初めて答えるのです。
そういう人ですから周りも

『こういうものをつくってみましたが、見てもらえ
ますか』

『ここが行き詰まっているのですが、どうしたら
よいですか』

と言って寄ってくる。
その方は決して無理して自分を抑え込んでいるの
ではなく、後輩が自律的に育つことを支援するのが
自分の役割だと言い聞かせているのです」

元部下の若手社員に

「お先に失礼します」

となかなか言えるものではない。
その人は契約更新のたびに継続して働いてほしいと
懇願されたという。

定年延長すれば、元執行役員、部長、課長職の人
であっても一兵卒として働くことになる。

「現役の延長線上で

『おまえ、そんなやり方はダメだよ』

と口うるさく言う人もいるし、俺が俺がというタイプだと
若手が遠ざかってしまう」(宮竹氏)

という弊害をまき散らす人も少なくない。
再雇用したくない人はプライドが高く、勤務態度が悪い
人だ。
大手食品会社の人事課長はこんな事例を挙げる。

「途中席を立ってタバコを吸いに出かけたまま帰って
こない人、あるいは周りに行き先を告げないで席を
立ってしまう人がいますが、上司としては部下の手前、
示しがつきません。
もっとひどいのは仕事のじゃまをする人。
終業前の4時を過ぎると、バサバサ大きな音を立てて
新聞を捲って読み始めるのです。
なぜ、そんなことをやるかというと誰かが飲みに誘うの
を待っているわけです。
うるさくてしょうがないから、誰かが別の社員に

『今日はおまえがつきあえ』

と目配せして、結局、誰かが犠牲になってしまうことに
なる」

プライドが高い人ほど職場に疎まれて辞めざるを
えなくなることが多い。

「年収が半分になり、決裁権限もなくなる。
女性の一般職と同じような仕事をやらされ、なんで俺が
こんな仕事をしなきゃいけないんだと愚痴を漏らす人が
います。
割り切れない気持ちもわからないではないが、その結果、
いいかげんな仕事しかしなくなり、自分で自分の価値を
下げてしまう人がいます。
周りの目も厳しくなり、最後はいづらくなって辞めてしまう
人も」(宮竹氏)

40代が定年後もすんなりと再雇用される保証はない。
工作機械メーカーの人事部長はこう指摘する。

「課長の平均年齢は44歳ですが、同期で課長になれる
のは半分もいません。
社員の人口構成も48歳から50歳の層が最も多く、
いずれ定年を迎えるとして、全員を再雇用するとしたら
人件費が膨らむのは間違いありません。
今、考えているのは40代半ばから50代半ばまでの層
を対象にした退職加算金つきの転身支援プラン。
これでできるだけ定年到達者を減らし、必要な人だけを
再雇用する形にしていきたい」

同社に限らず40代後半の社員に向けたセカンドライフ
支援セミナーの開催や割り増し退職金つきの転身制度
を設けている企業は多い。
バブル入社組の人件費圧力は企業に重くのしかかって
おり、給与制度の改革に踏み切る企業も出てくるだろう。

国の強制で65歳まで会社が面倒をみてくれると思って
いるとしたら甘い。
40代の今からこれまで培った自分の専門性や経験を
一度棚卸しして、今の会社で何ができるのか、自分の
役割を知ることが重要だ。

ジャーナリスト 溝上憲文=文



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by bunbun6610 | 2015-07-28 23:43 | 雑談
180度向く方向を変えたら人生が素敵になった僕のブログ
『お店の店員さんに敬語を使わない人は、
価値と対価のバランスが分かってないと思う』

〔2015-07-04 14:52〕

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by bunbun6610 | 2015-07-07 22:43 | 雑談


http://karapaia.livedoor.biz/archives/52194718.html


『一定の割合で発生する身体障害や奇形は
人類の進化に重要な役割を果たしていた
可能性(英研究)』


〔2015年06月22日〕


歴史を通して、身体障害者は避けられ、ときに
迫害すら受けてきた。
だが、進化の新理論によれば、身体障害や
奇形が人類を発達させるうえで重要な役割を
果たしたらしい。
英ヨーク大学とニューカッスル大学の人類学者
は、遺伝的な身体障害が初期の人類を社会的
で協力的な存在にすることを強いたと確信して
いる。

 彼らの主張では、我々の祖先は、小規模の
集団が孤立して存在した進化のある時点で
遺伝的なボトルネックに直面し、近親交配の
確率が高まったという。
これは、弱い顎、体毛の薄い身体、木を登るに
は不適切な弱い腕、まっすぐな足といった
”身体障害”がこの時代に現れた可能性を
意味している。

このような障害者の子孫が生まれる確率が
高い状況では、”最適”な個体とは、必ずしも
”最高”の遺伝子を持った個体ではなく、
障害と生きる子孫を助けることができる個体だ。
すわなち、賢く、柔軟で、思いやりに溢れた
個体が有利になるようになった。
このようにコミュニケーションといった社会的
な性質や、実験を行う能力を発達させたことで、
遺伝子によって投げかけられた困難に対応
することが可能になった。
  
 “脆弱な類人猿”モデルが提唱された
『インターネット・アーキオロジー』誌の論文
では、人類の進化論は書き換える必要が
あると主張している。
現代進化論は、種の雑種化について考慮
しておらず、人口は独立した単位へ分岐
すると仮定している。
しかし、本研究グループは、初期の人類と
類人猿は、進化のいくつかの段階で分岐し、
雑種化した可能性があると主張する。

研究に携わったニューカッスル大学芸術
文化学部のウィンダー博士によれば、
”適合”という概念について再考が必要で
あるそうだ。
自分の子孫の半分の遺伝子は他人から
もたらされるのだから、単純に優れた
遺伝子を持つかどうかといった問題では
ない。
潜在的な配偶者のストックが少ない状況
では、提供される遺伝子を受け入れなけ
ればならない。
ときには親族、あるいは種の垣根を越えた
交配が起きることもある。
そして、こうした状況では身体障害者が
生まれる確率が高くなる。
そこで必要となるのが、障害を抱える
子孫と共存する能力である。

 最新の化石やDNAの調査の全てが
人類進化の再考を促してくるのは、
生物学者によってもっぱら利用される
モデルは、大きな人口の各個体による
激しい競争が存在する分岐階層モデル
であることが原因だ。
これは細菌やミバエなどには有効だが、
人類学的な証拠とは整合的ではない。

だが、太古の人口は小規模であることが
多く、原人が現代よりも複雑な性活動を
行っていたという仮定に則れば、最新の
証拠は、かなり理解しやすいものだという。

初期の祖先アウストラロピテクス・アファ
レンシス(歩行/木登り型)とそれより
新しいホモ・エレクトス(歩行/長距離
走行型)の身体的な特徴の差異。
遺伝的ボトルネックが、短い腕、小さな
足といった”奇形”の原因となり、人間の
進化を促したのかもしれない。

 従来の競争モデルは、種における
遺伝的障害の高い発生率は脅威と
見なすように促す。

しかし、人類学的証拠が示唆すること
とは、遺伝的障害の頻度は遠い昔に
おいてかなり高かったということだ。
先祖がこうした脆弱性に対処するうえで、
思いやりや工夫、柔軟性が大いに役立
ったと考えることは理にかなっている。

via:dailymail・原文翻訳:hiroching



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by bunbun6610 | 2015-07-04 23:10 | 雑談