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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ:ろう者世界( 22 )

フランス映画
『奇跡のひと マリーとマルグリット』


フランスに実在した、盲ろう者の実話物語だ。
勿論、「手話」と「触手話」が出ている。
マリー(盲ろう者)役には、本物のろう者を
起用している。

2015年6月から、東京などを初め、
順次、全国公開される。






〔参考記事〕


『「盲ろう者」について』
〔2011-04-09 09:34〕




『コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕




『『ヘレン=ケラー自伝』
(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(1/5)三重苦』
〔2014-05-01 20:00〕






【追記】(2015年6月21日)

映画館の入場券売り場には、
鑑賞券を買う人の列が出来ていた。
そのなかに、カトリックの修道女もいた。
日本語で誰かと話しているようだった。

その時私は、昔、中途失聴者・難聴者対象
手話講習会で出会ったKさんを思い出した。
Kさんはカトリックの修道院で奉仕活動を
していた。

Kさんが手話の勉強を始めた理由は、
まず自身が難聴になったことと、
もう一つの理由があった。
それは

「カトリックのろう者に、聖書を手話通訳して
ほしい」

という修道院からの要望に応えるためだった。

ところが、最初は挫折してしまう。
Kさんは山登りが好きで、手話を覚えるためにも、
ろう者の山登りの会に入会しようとする。
しかし、「難聴者です」と自己紹介しただけで、
あっさりと無視されてしまったのだという。
それで最初はショックを受けてしまった。

しかし、使命感のある人だったので、
ろう者に手話通訳をすることは、諦めなかった。
そしてとうとう、ろう者の手話を覚え、
使えるようになるまで上達した。

50歳を過ぎてからの手話学習・修得だったから、
相当の努力家だったと思う。
普通の難聴者だったら、ろう者の手話からは
逃げてしまう人がほとんどだというのに。



〔参考情報〕

『『ヘレン=ケラー自伝』
(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(1/5)三重苦』
〔2014-05-01 20:00〕




『コミュニケーションの神秘性』
〔2011-08-30 00:40〕



「誰かとある形のコミュニケーションを保つこと、
友情をともにすることは、
絶望に身を任せるか、
限りない希望へと導くか、
二つの違いを生じさせるのである。」


          (スーザン・シャラー)



『言葉のない世界に生きた男』
(A Man Without Words)
【序文】オリバー・サックス
スーザン・シャラー(Susan Schaller)著
 中村妙子訳
(1993年6月25日発行,晶文社)より引用。

 →http://www.ne.jp/asahi/wtnb/2000/recommend/genre4/schaller.htm





『狼にそだてられた子』
(アーノルド・ゲゼル/著 生月雅子/訳
 家政教育社/発行)
1967年5月20日第1刷発行
アーノルド・ゲゼル
(元イエール大学教授ゲゼル児童研究所長)


「孤立児にはそのほか、社会学者のギングスリ・ディビス
が報告した二例がある。
一例は先天性の精神薄弱らしいが、もう一つの
例は興味がある。
これは耳も口も不自由な母親といっしょに、
暗い部屋のなかに、六年半も入れられていた
コドモであるが、発見されたときには、
まったく人間らしさがなく、白痴のような状態で
あった。
しかし、じゅうぶんに学習させた結果、
二年後にはじゅうぶんに話をすることが
できるようになり、知能指数(I・Q)は三倍にも
達し、十四才にはまったくふつうの頭のコドモ
になっていた。」
(P10~11)



この本の話は、現在では「ウソ」だとされている
らしい。


『世界が騙された「オオカミ少女」というウソ』



しかしそれでも、人間が人間社会で生きていく
ためには、適切な教育が必要だということは
確かだろう。

ヘレン=ケラーも、サリバン先生からの教育を
受ける前は、野生児のように暴れていた、
という自伝記録がある。


耳の聞こえない赤ちゃん』
〔最終更新日 2004.01.26 08:48:19〕



『【感動の話】 あるろう者の苦悩と、幸福観』
〔2015-04-02 23:06〕




マリーは36才の生涯ながらも、マルグリットとの
物語は映画『ゆずり葉』(※)を思い出させるものだった。
マルグリットからマリーへ、そして次の盲ろう者を
この修道院が受け入れ、手話で教育していったそうだ。
そのあたりは、映画『ゆずり葉』を思い出す。


(※)
全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画
『ゆずり葉』




また、手話言語法の必要性を強く感じさせる
映画でもあった。


『「教育をしない者の罪」
 教育に捧げた人生 ―古河太四郎 生誕170年―』
〔2015-05-21 19:30〕



聖書に

「光があるように」

といった言葉がある。
マルグリットの人生にとって、マリーが「光」
となった。
マリーにとってもマルグリットが「光」だった
ようだ。

では「言葉」は何だ?
それが「聖霊」の働きの一つなのだろうか?
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by bunbun6610 | 2015-06-02 19:44 | ろう者世界


はなろぐ hanalog.com
『俺は障害で生まれ、いじめに耐えかね、
「死にたい」と手話した時、
突然先生の鉄拳がとんだ』

〔2015年01月18日14:20〕




「そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。

「君は不思議に思わなかったのかい。
 君が物心ついた時には、
もう手話を使えていた事を。」

たしかにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。
じゃあなぜ・・・

「君の父親は僕にこう言ったんだ。

声と同じように僕が手話を使えば、
この子は普通の生活を送れますか


 驚いたよ。」



テレビドラマや映画にもなりそうな、
感動的な話ではないか。

親を恨んでしまうこともある青年期を送った、
先天性聴覚障害者は少なくないと思う。
勿論、誰だって自分の親を恨みたくはない。
でも、やっぱりな・・・。


〔関連情報〕

『難聴者の世界 - 同障者が涙流さずにいられない手記』
〔2014-03-17 18:30〕

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by bunbun6610 | 2015-04-02 23:06 | ろう者世界
手話カフェ「カフェ&軽食 mimi(みみ)」
by 株式会社ライフサポート
http://www.geocities.jp/mimi_cafe2011/index.html



『手話仲間が集うお店 カフェ&軽食 mimi(みみ)』
〔2013-7-1 22:23 〕
https://hot-korea.net/modules/map/?lid=244



「デフとも」  聴覚障がい者と健聴者が、
「ともだちになる」「ともに生きる」ための情報提供サイト
『全国の仲間のお店紹介』

http://deaftomo.net/omise_shokai.html
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by bunbun6610 | 2015-01-17 18:30 | ろう者世界
副題;『ヤミキさんの本音は?』


Eテレ『ろうを生きる 難聴を生きる』
2014年7月20日(日) [Eテレ] 午後7時30分~7時45分放送
『あの日の夢を今リングへ ―ヤミキ 63歳の挑戦―』




DEAF JAPAN PRO-WRESTLING HERO




ヤミキさんは、若い時に新日本プロレスリングに、練習生として入門。
練習に通うのはいいが、試合をすることは認めてもらえなかった。
なぜ試合はダメなのか、番組にも詳しい説明はない。


それで思い出したのは、昔、ろう者ボクサーがいたことだ。
ボクサーの場合も、プロテスト合格(認定)までは認めて
もらえたが、試合は禁止されていた、という。

プロボクシング協会の理由は

「試合中のゴングの音が聞こえないのでは、危ないから。
ボクサーの拳は凶器。
もし、(ラウンド終了の)ゴングが鳴っても(ろう者が)
パンチを打ち込んだら、相手選手はそのパンチを
モロに食らってしまい、非常に危険だから」

ということだった。


このろう者ボクサーは結局、どうしても日本国内での試合は
できなかったので、タイに行って、ようやくプロデビューした。
相手もタイの選手だ。


プロレスでも、そんな理由なのだろうか。


確かに、その説明は一応わかる。

しかし、プロレスの場合は、健聴者だって、
聞こえていても無視することはよくある。
特にヒール(悪役)は、レフェリーが止めに入っても、
危険行為をやめないものだ。
ベビーフェースだって、もう我慢できずカッとなれば、
レフェリーのいうことなんか聞かなくなる。
それは認められているというのに、ろう者の「聞こえない」
は認められないのはおかしくないだろうか?
それに、合図の方法は声だけではなく、手話で伝えたり、
選手の身体に触れる方法など、いろいろあると思う。
実際、プロレスの場合は、身体を張って制止するレフェリー
は多い。
(ジョー樋口やタイガー服部など)
ギブアップの取り方だって、選手の身体に直接触れて
確認するレフェリーもよくいる。
方法を変えてもできるはずだ。
だから、疑問が出てくる。


しかし、ヤミキさんはろう者のプロレス団体で2010年、
59歳の時にプロデビューしたそうだ。

やはり、その夢はあきらめられなかったらしい。
そして、現在63歳だが、まだ現役だという。


一度は諦めたときに、本当は会社員で自分の働き甲斐を
捜し求めてみたのではないだろうか。
でも、障害者雇用枠のなかでの就労では、そんな高い
レベルの仕事はみつからないし、どう頑張っても就けない
と思う。
そこでも、また多くの壁があったはずだ。

もし、障害が理由でプロレスを辞めても、どこかに新しい道が
見つかれば、そこで頑張れたはずだ。
プロレスに未練はなかったはず。
そういう道を、まだ誰もつくってはいない。

それがなかったから、若い時に追い求めていた夢に回帰して
いったのではないだろうか。
彼の原点が、そこにあるような気がする。

そうした社会の残酷さに、この映像を通して、私は気がつく。

テレビでは『あの日の夢を今リングへ』などと、美談テーマで
仕上げているが、本当は聴覚障害者差別という障壁を
浮き彫りにしたノンフィクションだ。

だから、ヤミキさんは、この壁を壊す挑戦を始めたのだろう。
プロレスの道を借りて。
勿論、プロレスも好きで戻ったに違いないが。

以上、私なりの解釈で書かせてもらったが。
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by bunbun6610 | 2014-07-26 08:57 | ろう者世界
斎藤陽道(さいとう はるみち) ・・・ろう者・写真家

http://www.saitoharumichi.com/




例えば、車椅子に乗った子どもが、海の中にいる情景
を撮影するなんて、見る側にとっても、インパクトがある
と思う。
(写真集『感動』より)

http://www.akaaka.com/publishing/books/bk-saito-kando.html



人工呼吸器をつけた障害者の姿を、そのままフレームに
取り込む・・・。
これも、障害者にとっては「普通」のことだし、それを撮った
だけなのだが、自分の心を覆っている、何かが剥がれて
いくような、日常では感じない不思議な気持ちになる。
(『点滴ポール 生き抜くという旗印』より)

http://umideomou.exblog.jp/20825451/



『筆談トーク』なんてのもある。
聴覚障害者とならではの企画だ。

http://umideomou.exblog.jp/20512816/



「陽 指文字」?! これって、面白い!

http://www.saitoharumichi.com/yubimozi/yubimoziframe.htm




【追記】(2017年4月12日)
JOURNAL②
東京迂回路研究
『シンポジウム『対話は可能か』 - 多様性と境界に関する対話と表現の研究所』
(Adobe PDF) - htmlで見る
www.diver-sion.org/tokyo/wp.../TUK_JOURNAL2_web.pdf

http://www.diver-sion.org/tokyo/wp-content/uploads/2016/04/TUK_JOURNAL2_web.pdf#search=%27%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B9%E6%96%8E%E8%97%A4%E9%99%BD%E9%81%93%27

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by bunbun6610 | 2014-05-18 18:30 | ろう者世界
http://mainichi.jp/select/news/20140421k0000e040183000c.html

北朝鮮のろう学校:
「英語なく水準低い」
 …調査のドイツ人


毎日新聞 2014年04月21日 15時00分
(最終更新 04月21日 15時46分)

 世界ろう連盟(WFD)の北朝鮮担当を務める
ドイツ人聴覚障害者、ロバート・グルンドさん(28)
がこのほど来日し、国内9カ所で北朝鮮の聴覚
障害者の実態について海外で初めて講演した。

同国の障害者を巡る実態報告は世界的にも
珍しいとされる。

グルンドさんはろう学校が少なくとも4校あり、
授業が手話で行われていることなどを明かした。

【黒田阿紗子】


 グルンドさんは15歳のとき、テレビで見た
WFDの手話放送で世界で唯一、聴覚障害者
の数が「ゼロ」と紹介された北朝鮮に興味を
持ち、2004年に初訪朝。
「ろうの人はいますか」などと首都・平壌の路上
で質問したが会うことはできなかった。

 転機は06年。
北朝鮮側の計らいで聴覚障害者に会った。
WFD会長に援助の輪に入れるべきだと手紙
を書いたところ、21歳で新設の北朝鮮担当
に任命された。
これまでに数十回訪朝し、12年からは平壌
に駐在している。

 ◇聴覚障害の子 自宅に隠す親
 グルンドさんの話によると、北朝鮮は1959年、
金日成主席の指示で8校のろう学校を設立。
そのうち訪問を許可されたのは元山(ウォンサン)、
咸興(ハムフン)、成川(ソンチョン)、峰泉(ボン
チョン)のいずれも地方都市の4校で、
外国人の訪問は初めてだったという。

 一方で、平壌にろう学校はない。

「正確な理由は不明だが、平壌は障害者が
いないように見せていると聞いたことがある」。

ただ最近は平壌でも車いす姿などの障害者を
見かけることが増えているという。

 ろう学校に通うのは6〜15歳。
授業は手話で行われる。
北朝鮮国内の一般の学校と比較すると、
主要科目の英語がないなど

「教育水準は遅れている」

と指摘する。

 北朝鮮側からは

「8校で約1250人の学生がいる」

と説明を受けたというが、訪問時に確認した
ところ1校約20〜60人で、

「実際は数百人にとどまるのでは」

とみる。

 聴覚に障害のない親は障害のある子供を
自宅に隠しがちで、ろう学校の存在も知らない
ことが多いとみられ、学生の大半は両親も耳が
聞こえない、いわゆる「デフファミリー」だった
という。

 ◇通学いまだに義務化されず
 北朝鮮では障害者は通学が義務化されて
いないといい、グルンドさんは

「北朝鮮のすべての子供が教育を受けられる
よう支援したい」

と話す。

 グルンドさんは現在、北朝鮮側から土地の
提供を受けて朝鮮ろう協会の設立準備を進める。

「どこに何人の聴覚障害者がいるか分からない。
実態を調査し、集まって交流できる体制を
作りたい」

 2月下旬に東京都内であった講演は聴覚
障害者を対象に開かれ、グルンドさんの国際
手話を訪朝経験のある新潟県在住の聴覚
障害者、桑原絵美さん(33)が日本手話に
通訳した。
初の講演先に日本を選んだ理由を問うと、
グルンドさんは

「日朝には拉致など難しい問題があるが、
障害者の支援は別次元の大切な問題。
近い国だからこそ理解してほしい」

と語った。



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by bunbun6610 | 2014-04-22 07:30 | ろう者世界
『大阪在住のDeaf Pharmacist(ろう薬剤師)のブログ』

http://masaone.blog129.fc2.com/



『早瀬憲太郎&早瀬久美blog』
(早瀬久美氏が薬剤師)

http://hayasekumi.cocolog-nifty.com/



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手話サークルなどでは

「聞くのは失礼なこと」

と考えられているようですが、
職場の健聴者のなかには

「ろう者って、日本語がわかるの?」

などと、よく聞かれます。

そこには、明らかに軽蔑心がのぞいていますから

「嫌なことを聞くもんだな…」

と内心思います。
でも、徒党を組む連中は厄介です。

同じ聴覚障害者である私に対しても、
そんな侮蔑の感情があるからかもしれません。


実は、ろう者本人に聞いても

「ろう者には筆談では通じない」

とか、あるいは全く正反対に

「ろう者でも筆談で通じます」

とか、答え方は人により、いろいろです。

実態としては、彼らが受けていた学校教育だけでは、
断定できるものではなさそうです。


そんななかで、ろう者が著したブログといっても、
健聴者が書いたものと遜色ない文章力で
著されているものもあります。

職業が薬剤師ですから、
それも当然だと思います。
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by bunbun6610 | 2013-04-20 07:32 | ろう者世界
聴覚障害者が著したホームページ

 http://www.haru-aozora.com/index.html

 http://www.haru-aozora.com/tyoukakus.html


>「はっきりした事はわからないが、
僕はおそらく生まれた時から耳が聞こえない。」



私と同じだ。
いたのか、自分と同じように思っている聴覚障害者が。

だけど彼は


>「なぜ耳が聞こえなくて本当によかったと思うのか?
それは手話に出会えたからである。
そして石神井ろう学校という母校に出会えたから。」


と語っている。

彼にはろう学校で出会った友がいる。
私には誰もいない。

私は恩師と言える人には出会ったが、
その方はもう亡くなられていることだろう。

また、私は日本手話を完全には獲得できていない。
その点でも、日本手話だけでは不自由に感じることもある。


>「みんなからは

「なぜ聴覚障害者なのに口話ができるのか?」

とよく聞かれる。
そして文法や単語の意味など、どうやって身につけたのか?」



と書かれている部分がある。
私も同じことを、よく健聴者に聞かれる。

彼の場合、著したホームページを見ると手話の話しが長々と続くが、
彼は口話と日本手話の両方が使える。
つまり、手話と日本語の文法上の違いをきちんと認識し、
学習努力したということが大きいのだろうか。

それから、私とのもう一つの大きな共通点を見つけました。


>「なぜ文法ができたのか?
それは小さい頃から本を読むかのが好きだった。
学校の帰り、電車の中で教科書を読むほど好きだった。
その読書で独学として文法を覚えていき、
コミュニケーションが役に立ったのです。」



私も中学2年のとき、恩師の担任教師の勧めで、
本をよく読むようになりました。
それから人間として、伸び始めたのです。
言葉が人を真の人間へと導くのだと、
そんな体験をした今の自分にはわかります。

先生が初めて薦めてくれた本が、カバ園長が著した
上野動物園飼育日記のような本でした。


>「完璧にわかるわけじゃないので、
ほとんど予測してるといってもいい。」



これも共通している。
後で書きたいと思っていることなのだが、
私の特殊能力についてです。
私も聞くことに関しては予測能力を用いるほうです。

このブログ・カテゴリー『聴覚障害者就労後問題』では
しばしば、対話形式の記述が見られますが、
ほとんどが補聴器を通して曖昧にしか聞こえない音声からの、
私の予測能力による記述です。

ですから、ごく簡単な言葉に変えて書いています。
当然、忠実に書けているわけではありません。

しかしそれでも聴覚障害者のひとりとして、
現代社会の問題点を指摘する権利はある(※)
と思います。

(※)詳細は

『健聴者も聴覚障害者を理解しようとするには、
勇気が必要』
〔2012-02-07 22:54〕

を参照して下さい。



健聴者がこの能力を見て不思議がる、ということは、
特殊な聴覚障害者が持つ、特殊な能力と言っても
いいのかもしれません。

勿論、聴覚障害者にはいろいろな人がいます。
だから、誰もがこの能力を持てるわけではないようです。
特殊な環境で育ったことも影響していると思います。

彼は


>「日本語以上に美しい言語がある。
それは手話だと自分はそう思う。
手話には輝きがある。」



と語っています。
しかし、健聴者にはそう思わない人も多いことだろう。
その理由を、彼はろう者視点で、次のように語っています。


>「口話は口で話すから”言葉”が見えない。
手話は手で話すから”言葉”が見える。
つまり口で言った単語は音として捉えるから
見えない。

手話は手で話すから目に見える。
だから美しく見えるのだろう。」



手話で話すときに、まず相手同士でどうすると
思いますか?
それは、お互いに見つめ合うことから始まります。
それが手話コミュニケーションの基本原則だからです。

だから手話には、ごまかしがきかない、
とも言われています。
ウソも見破られるそうです。

そうやって使う手話ですから、健聴者が筆談をする
のと違って、ニュアンスも非常に細やかに伝わる
場合があるのです。

「美しく見える」というのは、そのせいではないかと
私は思いました。


最後に気づいたのですが、HPタイトルが驚いたことに、
当ブログと同じ意味を持つ『青空』。

かなり似ている人もいるんだなー。

HPの主旨も、私のブログと共通点もあります。


>「この はるHP、そして はる語録はあくまで
僕が経験した事を表現したもので美化してる
訳でも正論を書いている訳でもない…
はるイズムとして書きました。
僕は立派になろうとも偉くなろうとも思わない。
ただ、みんなにこの はるHPを見ていただけたらと…
何かを悩んでる人、何かを考えている人、
何かを探している人達にヒントや勇気に
なってくれたらという気持ちを込めて作りました。」



ちなみに、当ブログの主旨は、下記参照。

『ブログ・タイトルの意味 (1)』
〔2012-01-14 00:11〕


『ブログ・タイトルの意味 (2)』
〔2012-01-17 19:11〕

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by bunbun6610 | 2012-10-03 18:30 | ろう者世界
当ブログ

『ろう者スタッフによるカフェ運営(東京都文京区本郷)』
〔2012-02-01 20:27〕


でも紹介しましたが、
ろう者はもちろん、手話サークル在籍の健聴者も、
遠い所から手話者がやってくるカフェです。

店内のデカ・ホワイトボードには東北の宮城、
九州も長崎、福岡、熊本の人の書き込みが…。

ゴールデン・ウィークの東京巡りに、
わざわざやって来られたのでしょうか。




=================================



 →http://www.excite.co.jp/News/bit/E1336727963145.html


『公用語が“日本手話”と
“書記日本語”のカフェ』

2012年5月15日 07時00分


以前、「手話とお酒を楽しむラウンジ」へ取材に行ったことがある。
キャストには、健聴者の子もいれば難聴者の女の子も在籍。
そして全員が手話を駆使することができる、そんなお店だった。

もちろん、お客さんにはろう者の方もいれば、手話ができない
人だってウエルカム。
手話と筆談でやり取りを満喫するラウンジでのひと時は、
私も凄く楽しくて!

そして、こんなお店もあるらしい。
昨年の12月27日より東京都文京区(東大赤門前!)にて
営業している
Sign with Me
は、“空間を彩る手話を魅せるカフェ”。
スタッフさんは全員手話ができ、カフェ内の公用語は
“日本手話”と“書記日本語”と決められている。
そして、なんと壁全体がホワイトボードになっているそう。
これを利用することで、手話ができなくても広々と筆談
でやりとりができるのだ。

へぇ~、どんな雰囲気なんだろう?
そこで、実際にカフェにお邪魔してきました!

店内に入ると、確かに壁一面がホワイトボードが設置
されてる。
ボードには多くのメッセージが記されているし、お店の
奥を見るとお客さんと店員さんが手話を用いて和やか
に会話している。
うん、なんか雰囲気がいいなぁ。

ところで、なぜこのようなカフェを始めようと思ったのか?
店長である柳さんに、筆談でお話を伺った。

ちなみに柳店長の前職は、障害者を対象とした就労支援
だそう。
「現在、56人以上の社員を抱える会社は1.8%の障害者
雇用が法律で義務付けられています。
昨今の企業はCSR(企業の社会的責任)遵守意識が
高いのですが、結果としては“採る”だけで終わっている
のが現状です。
で、雇用された障害者はどうなっているかというと、隅っこ
でぽつんと佇んでいるような感じです」(柳店長)

これでは、働き甲斐が全く感じられない。
結果、障害者のモチベーション低下につながり、離職して
いくパターンが多いという。
だからこそ企業サイドには「やはり障害者は使えない」
という印象が残り、“負のスパイラル”に陥ってしまうのだ。

そして、もう一つ。
“社会的弱者”といわれる人でも実は社会環境によって
抑圧されている
だけで、環境さえ整えれば実力は発揮できる場合が多い
そうなのだ。

「ただ、『自立している』とされている障害者はたくさん
いますが、その実、“持つ者”(健常者と言われる人たち)
の都合範囲内での自立がほとんどなんですね」
(柳店長)

持つ者の都合範囲とは、単純にいえば福祉制度のことを
指す。
また、その福祉制度内だと「してあげる、してもらう」という
依存関係になりやすいし、それはその依存関係の中でしか
自立出来ないという意味でもある。
これでは本質的解決にはならない。
また“持たない側”がイニシアチブを取って社会環境を
整えていくことが大事にもかかわらず、やろうとする人
は少ない。
これを柳店長は「福祉漬け」と呼んでいる。
だからこそ障害者当事者である柳店長が起ち上げた、
このカフェ。
ここは、まさに“持たない側”がイニシアチブを取った場所
である。

そんなこのカフェ、主な来客層は?
「“手話カフェ”というからには対象は手話者中心という
イメージが先行すると思いますが、実際は手話を使えない
方が8割以上です」
(柳店長)

このカフェでは、店内にいる人を“ろう者”と“聴者”
ではなく、“手話者”か“非手話者”で線引きする。

その理由。
手話者がその社会的価値を発揮する場所は、
今の世の中では限られてしまっている。
それは聴者でも同様で、手話を使える場所はほとんど
なく、力を発揮できる場がないのだ。
そこで、同カフェでは“手話者”(手話で会話する人)と
“非手話者”(筆談で会話する人)というくくりで考える
ことにした。

「私には3人の“手話者”の子供がいます。
この3人が大きくなって社会に出た時、
のびのびと価値発揮できる環境を整えるのは
親の役目だと思っています」(柳店長)

なるほど。
だからこそ、このカフェのスタッフは全員“手話者”に
したのだ。
こうして、環境を整えた。では、その中で“ろう者”の
割合は?

「先ほども言いましたが、当店では“手話者”という
くくりで採用しています。
ただ、“ろう者”と“聴者”のくくりで考えれば、7名の
スタッフのうち4名がろう者ということになります。
残りの3名は手話通訳士を目指しています」(柳店長)

……と色々質問してきましたが、ここはまったりできる
カフェ。
しかも、ゴロゴロ具材が入った“食べるスープ”が売り
らしい。
そういや、お腹が空いたな。
せっかくだから、私もスープを注文してゆったりした
ひと時を満喫してみたいと思います!
カウンターに着くと、スタッフさんが手話だけでなく
大きく口を開いてその動きでメニューを解説してくれる。
私は手話ができないのだけど、全部伝わる。
まるで問題なし!

今回、私がオーダーしたのは男性からの圧倒的人気
を誇る「東京ビーフシチュー」の白胡麻ご飯とサラダ付き
(780円)。
これが、かなりボリューミーで! ご飯もサラダもたっぷり
だし、味も程よく薄口。
癒しの場の食事としてもピッタリで、全てが心地良いです。
結果、言うまでもなく完食。

普通に居心地が良くなければ、それは“自立”とは言えない
と思う。
特別な感情を抜きにして、ぶらっと立ち寄ってもらいたい
カフェでした。
(寺西ジャジューカ)



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by bunbun6610 | 2012-05-15 22:33 | ろう者世界
日本手話が母語の聴覚障害者は、今は「聾(ろう)」とか
「ろう者(聾者)」と呼び合うようになっていますが、
昔は「聾唖(ろうあ)者」という言葉が使われていました。

「聾唖」は、今では差別語とみなされていて、
健常者社会では禁止用語になっていますが、
60歳以上の聾唖者は確実に存在しており、
自らを「ろうあ者(聾唖者)です」と言う(筆記する)
ことがあります。

要するに「聾唖」は、その時代を生きた人たちへの
差別の事実を象徴する言葉だったんじゃないか、
と思います。
その体験から、彼らに自然に身につけられた言葉
だと思います。

しかし最近では、「ろうあ者」という言葉の使用頻度は、
かなり減ってきています。
35歳以下のろう者となると、聾(ろう)の人でも、
日本語を話すことができる人が増えています。
すると、

「今は『聾(ろう)』ではあっても、『唖(あ)』ではない、
だから『聾唖者(ろうあ者)』は今ではいないし、
そんな呼び方はしなくなったんだよ」

という話を、ろう者から聞かされました。

こうした説明には、ろう社会のなかでは賛否両論
あるだろう、とは思いますが…。

(注;「ろう者」「ろうあ者」の用語について、私の使い方は、

 →当ブログ

『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕


に述べたように、区別せずに「ろう者」と呼ぶことにしています)

「差別語は消えつつある」(だから、差別と認め禁止用語になった)
――そう思っていいのかというと、そうではないというのが、
当事者団体『財団法人 全日本ろうあ連盟』です。

私も、差別は今もあると思っています。

数年前の毎日新聞の調査だったと思いますが、
職場での障害者の意識調査で、
「差別があると思うか?」という質問に対し、
「ある」と回答した障害者は70%を超えていた、という。

しかし、それでも職場で「差別はもう止めて」の
言葉は絶対に言えない。
この新聞発表のデータは、障害者たちの、
「声無き声」なのであろうと思う。

職場で言ったら人間関係がまずくなり、
辞めされられる可能性が濃厚だからです。

これは健常者・健聴者でも同じです。

特に女性も障害者同様、立場が低くされている状況
だと思います。

話を「ろうあ者」について戻しますが、
「聾で生まれた人でも話せる人が増えた」理由としては、
補聴器の進歩や、ろう学校での日本語(口話)教育の
進歩が大きいのではないか、と感じます。

それ自体は差別解消と言うよりも、
補聴器の進歩や、自分の聴覚障害の克服という
自己努力によるところが大きいのです。

差別解消は本来、当事者を取り巻いている社会環境、
すなわち人々が努力すべき部分です。

それとともに障害者の自己努力もあって、
はじめて「歩み寄り」と言えるのではないか、
と思うのです。

ところが障害者に対して、一方的な自己努力を強いて
いるばかりの今の社会では、厚生労働省が掲げる
ノーマライゼーション

 →http://kotobank.jp/word/%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3

という目標は達成できません。
あるいは逆に社会が合理的配慮

 →http://www.asai-hiroshi.jp/mysite6/homepage/gouriteki.html

へ努力していても、聴覚障害者がそれを

「不要だ、同じでいい」

と言って合理的配慮を拒否していたり、

(信じられないことかもしれませんが、実際にあることです)

何の自己努力もしなかったりするならば、
本当の差別的状況の解消にはならない。

(実は、彼らの言うこの「同じ」のほうが、おかしいのだが)

加えて、健聴者の立場から見たら自己中心的な行動を
している事実も、一部の若い聴覚障害者には目立つ。

最近では健聴者の方から「逆差別ではないのか?」と
言われるケースも出てきています。

この溝の原因には、やはり国の「障害者分離施策」、
言い換えると「差別」があるのではないかと
言えそうです。

障害者の「住み分け」は合理的配慮になりうるが、
「(障害者と健常者の)分離施策」は考え方そのものから、
違うと思います。






【追記】(2014年10月4日)

今ではすっかり、ろう学校に通う聴覚障害児も
激減した。

数年前に都立石神井ろう学校(中高等学校部)を
見学した時は、一つの教室が一学年になっていて、
生徒数は5人ぐらいしかいなかった。

ということは、他の聴覚障害児はみんな、
普通学校に通っているということなのだろう。
授業は補聴器で聞いている、というわけだ。

いや、ろう学校の中でも、ほとんどの生徒が
補聴器を使用していたと思う。
授業では手話も使われていたが、それはろう社会
で使われる手話〔日本手話〕とは違う。
日本語対応手話だ。
だから、読み手となる生徒にもし、日本語が
わからなかったり、苦手だったら、完全に理解
することは難しいのではないか。
学校の先生も、手話よりも日本語でしゃべること
を推奨していた。

このようになったのは、親の判断の前提として、
学校や医者のアドバイスが大きかったのだろう。
昔と比べ大きく変わった補聴器の進歩が、後押し
したのだと思う。

今の若い聴覚障害者ならば、重度の人でも
発語能力はかなり向上しているらしいが、
それは補聴器の進歩が大きな理由だと思われる。
日本語を話せることこそ、卒業後に社会で生きて
いくために必要なことだと判断されたに違いない。

そして実際、話せるようになったろう者は、
確かに増えていった。
それで、ろう学校教育は成功したかに見えた。

今では、ろう者までもが

「もう、聾唖者はいなくなったんだよ」

と言ったのには、やはり驚きであった。

確かに、彼は日本手話も対応手話もわかるろう者で、
ろう者社会の一員である。
でも、その人が言うのだから

「あー、今のろう者は、変わってきたんだな」

と思った。


しかし、そうとも言いきれない。

ろう者による、ろう者学セミナーというのがあって、
そこでは『ろう者は消滅する民族か』という講演が、
今年あったそうだ。


『スペシャル!! ろう者学セミナー2014』




さらに調べてみると、驚いたことに、ろう者による
「補聴器を壊す催し」が、過去にあったらしい。
その情報源は下記のウェブサイトからである。

『今月の話題(2000年6月)
< テレビ・ドラマ「おふくろに乾杯」 >』



私はろう者ではないけれども

「補聴器を壊したくなる気持ち」

も、よくわかる。
私自身も、過去に次のような記事を書いている。


『補聴器を外した理由』
〔2011-01-07 18:00〕



『職場での音声コミュニケーション障害に疲れて』
〔2012-05-19 23:37〕



『バカがいつまでも聴覚障害者差別をしている時代に』
〔2013-04-03 18:00〕



『音声言語世界の中で生きる、ろう者の現実と、手話が持つ可能性』
〔2014-08-25 18:30〕



補聴器を使うということは、健聴者の土俵に
あえて立つ、ということだ。
しかし、それだけでは永遠に、聴覚障害者の
世界は理解されなくなってしまっていた。
その寂しさ、悲しさは、例えようもないものだ。

そんなものは障害の克服でも、理解でもない。
健聴者が、間違っているのだ。

医学的に言うと、生まれてきた聴覚障害児は、
(補聴器を装用したからといって)
昔よりも聴力が良くなったわけではないのだから、
重度の場合、医学的ろうであることには変わりない。

しかし、言語によって属する社会が変わると、
文化や自己認識にも、大きな変化が起きた。
いや、今はもう言語によってと言うよりも、
補聴器によって変わってしまったのだ。

それでろう者も、分裂、あるいはもしかしたら
消滅の危機にあるということなのだろうか。
やがては一方が生き残り、もう一方が滅びる、
というような見方がされているのだろう。

人工内耳や補聴器の存在が、聾唖者という種族、
そしてその文化も滅ぼす、というのだろうか。
そういう脅威に感じるようになったのだろう。


そういえば、ヴィンヤード島の話が、興味深い。
そこは、平和的な島だったらしい。


『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 3/3
〔2013-10-05 19:00〕



『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 2/3
〔2013-10-04 18:00〕



『みんなが手話で話した島』(ノーラ・E・グロース/著) 1/3
〔2013-10-03 18:00〕



『健聴者も手話を使っていた島 - ヴィンヤード島』
〔2013-10-02 18:30〕




蛇足になってしまったが

「ろう者の言語は手話だから、我々は『唖(あ)』ではない。
(「しゃべれない人」とか「言語を持たない人」ではない、
という意味)
我々は“手話”という言葉を話す種族だ」

という主張も昔からあり、こちらのほうが真実のようだ。
だからそういう意味で「ろうあ者」が「ろう者」に変わって
いった、という見解のほうが有力かもしれない。

要するに、この障害者を医学的に見たか、それとも文化的
に見たかで、その解釈も、このように変わるのだろう。



手話パフォーマー/通訳士
~南 瑠霞(るるか)の手話日記
『「ろうあ者」?「ろう者」?』
〔2011年01月28日〕




〔参考情報〕

コトバンク『聾(ろう)』
https://kotobank.jp/word/%E8%81%BE%28%E3%82%8D%E3%81%86%29-885902

https://kotobank.jp/word/%E8%81%BE-573098#E3.83.87.E3.82.B8.E3.82.BF.E3.83.AB.E5.A4.A7.E8.BE.9E.E6.B3.89



聾 ツンボ


デジタル大辞泉の解説
つんぼ【×聾】
聴力を失っていること。耳の聞こえないこと。
みみ‐しい〔‐しひ〕【×聾/耳×癈】
耳が聞こえないこと。
「我を―にせんとする如し」〈鴎外訳・即興詩人〉
ろう【×聾】
耳が聞こえないこと。




何と!
「聾」の読み方が「つんぼ」になっているのだ。

しかし、当事者のろう者に聞いてみると、
この文字は「ろう」と読んで、
ろう者に好まれて使われている、という。


『「聾」は差別語?』
http://jo.at.webry.info/200803/article_4.html





【追記】(2015年1月25日)


「つんぼ」とは、昭和時代まで存在していた差別語だ。
私も子どもの頃、よく同級生から言われていた。

「コイツ、耳ツンボなんだぜ」

などと大きな声で言われ、バカにされていた。
だが不思議なもので、難聴の私でも、
こういう悪口はよくわかった。
そうすると、よけいに

「難聴なのかバカなのか」

彼らにもよく理解できなかったのかもしれない。

それでも「つんぼ」が使われていた当時は、
まだ差別用語ではなかったのかもしれない。

しかし、同じ時期に、私が健聴者社会で「ろう」
「ろうあ」という言葉を聞いたことは一度もなかった。

「ろう」の人は当時、健聴者社会から今以上に
隔離されていたと思う。
だから、ろうの子どもはみんな「聾唖学校」という、
特殊環境へ集められていたようだ。

そこは差別教育の場だったが、ろう児が集まれる
唯一の場所だったため、そこがろう者たちの社会
を形成する母体ともなっていった。
当然、彼らの使う手話も文化も、そこで生まれ、
発達していった。
それでろう者は、大人になっても「ろう」「ろうあ」
という言葉に親しみと誇りを持っているようだ。(※1)


(※1)〔関連情報〕

『聴覚障害者が著したホームページ』
〔2012-10-03 18:30〕



今では健聴者社会では「ろう」という言葉は
使われていないのが普通のようだ。

ろう者に関係する、極めて重要な法律に
『手話言語法』がある。
しかし、そこでも「ろう者」という言葉は使われず
「聴覚障害者」という言葉になってしまっている。
健聴者がそうしたのだろう。

この法律の当事者側は「ろう者のための法律」(※2)
としたかったようなのだが、
「ろう」という言葉を消すことによって、
健聴者は自分たちがしてきた過去のろう者差別
の歴史認識も消そうとしているのかもしれない。


(※2)
『手話言語法って、何? (1)』
〔2012-01-16 21:06〕




健聴者から聞いた噂に、こんなのもあるからだ。

「日本手話を使うろう者は、
今や“絶滅危惧種”と言われているのよ」

アイヌ民族や、中韓戦争歴史認識の問題と
同じようにしているのかもしれない。
恐らくそれが、日本政府の狙いなのだろう。




【追記】(2015年4月9日)


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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説



ろう
deafness

現在の医学用語では、聴力が悪い状態を難聴(なんちょう)
といい、聴力が非常に悪くなった状態、換言すればきわめて
高度の難聴を聾という。
その難聴の程度については、平均聴力レベルが90デシベル
以上の難聴を聾ということが多いが、まだ完全に統一された
見解ではない。

一方、聾教育界では難聴と同意義に使用しており、たとえば
軽度の聾とか高度の聾といったり、その種類を伝音性聾とか
感音性聾といったりする。
その反面、聾学校では高度の難聴をもつ生徒のみを対象と
している。
このような混乱は、英語のdeafという語の訳に原因がある。
欧米でもdeafは日本の医学界でいう難聴の場合と、聾の
場合とがある。
最近ではdeafを重症の難聴のみに使うべきであるという人
が欧米の医学界にもいる。
聾にしてもdeafにしても、近代医学が発展する以前から一般
の人が使用していたことばであり、それをそのまま医学
あるいは教育学で特定の定義をして採用しようとしたところに
混乱の原因がある。
 聾ということばは非常に古くから使用されてきた漢語であり、
耳が聞こえない状態をいう語である。
その聞こえないということの解釈の差が見解の差になってくる。
実際に完全に聞こえないということはないといってもよいほど
まれであり、非常に聞こえが悪い人でも、ある周波数の非常に
強い音は感知でき、これを残聴という。
言語習得前に高度の難聴となった者は、特別の言語訓練を
受けなければ、ことばを話せない唖(あ)の状態になる。
[河村正三]



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プログレッシブ和英中辞典(第3版)の解説

つんぼ【×聾】
〔耳が聞こえないこと〕deafness⇒みみ(耳)2



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大辞林 第三版の解説

つんぼ【聾】
耳が聞こえないこと。また,その人。
[句]
聾の早耳

ろう【聾】
両耳の聴覚が重度に障害されている状態。
補聴器を利用しても聴覚によるコミュニケーションが
難しい状態。


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『聴覚障害の用語定義について』
〔2011-03-30 22:03〕
『聴覚障害者』-ウィキペディアより引用した文を参照。




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by bunbun6610 | 2012-02-28 20:20 | ろう者世界