蒼穹 -そうきゅう- bunbun6610.exblog.jp

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ:ろう者世界( 17 )

a0196876_23281137.jpg




東京ろう映画祭
https://www.tdf.tokyo/




〔関連記事〕

『東京ろう映画祭 井上孝治写真展』
〔2017-02 -20 19:13〕
http://bunbun6610.exblog.jp/23664733/



ろう者とは、「聞こえない」という生き方を歩む人―。
「聞こえない」ことも、一つの生き方。


フランスといえば、ド・レペ神父が世界初の、
手話による指導を行うろう学校を創設した国
としても、有名だ。
ところがその後のミラノ会議で手話禁止の
世界潮流へ変わり、フランスも例外でなくなった。

フランスには現在16000人のろう者がいるが、
フランス語と手話のバイリンガル教育を受けられる
ろう児学校には、現在でも100人ぐらいしか
入れないそうだ。
こうした学校は、まだまだ特殊なのだ。
しかし、それでも手話は全世界で生き残っている。
コミュニケーションは、人間の命と切り離せない
ものだからだろうか。

手話を受け容れるというのは、
どこの国でも難しいという。

聞こえる教師が、口話法を教えるため、
ろう児教育は中途半端になりがちだという。
それが、ろう児の能力開花や人格的成長にも
悪影響を及ぼしている。


「双方が『わかったふり』をするという、
奇妙な世界を作り出したのは、一体誰?」

この映画を観ていたら、こんな疑問を抱いた。

この映画に出ているろう者は、ろう学校や家族に
「発音が上手いね」などとおだてられて、
健聴者の前では手話を使わず、
口話で頑張ってきた、という。

ところが大人になって社会に出る機会が増えると、

「君は話さなくていいよ。
君としゃべっていると、まるで女の子と喋っている
みたいで、恥ずかしいから」

と言われたという。
それ以来、彼はもう話すのをやめた。
日本でも、昔からよくろう者から聞かされた
パターンだった。
彼ももう、筆談一本にすることにした、という。
理解のある家族や友人以外とは。

「障害のせいにしている」のは、
健聴者のほうではないか。
ろう者は筆談ができるのに、
ろう者は正しい主張、意見を言っているのに、
健聴者は「いいよ、もういいから」と言って、
事をいつも曖昧にしてしまっている。
それが「問題」なのだ。
自分たちの優位性に胡坐をかいて、居直っている。
この社会の現実に、聞こえない人たちは
いつまでも付き合わされてきた。
そうした人生・・・・。
その中に、魂が引き裂かれそうな怒りと、
それを自ら抑え続けてきた苦しみが、
有り続けている。


この映画は、まだフランスと日本のみの上映だそうだ。


私は、今まで会社の上司に言われてきたことを
思い出した。
ある上司は、こう言っていた。

「私たちは、あなたに合わせることはできない。
あなたと会社との考え方が違う場合は、
私たちは会社に合わせる」

合理的配慮の限界である。
それはそうだろう。

「この障害は、個人の属性に過ぎないものだ」

と思われている。
そうなのかもしれない。
確かに、障害者もよく「障害は個性だ」と主張する。
それならば、それを受け容れるかどうかも、
相手側の自由だと言う。
それが自由社会だ。
だが果して、本当にそれだけだろうか?
「真の自由」とは、そういうものなのだろうか?

私には

「健聴者は障害と差別を混同し、
時には自分たちに都合良く使い分けている」

としか思えない。

『障害者差別解消法』があるからといっても、
この世界は障害者の為に回っているのではない。
彼(健聴者)にも、自分の生活、そして家族の生活、
自分の将来がかかっている。
会社に従って昇進の道を突き進むか、
それとも逆らって落ちるかしか、道は残されていない。
どこの会社にもあるのは、このギロチン台だ。
彼もその俎板(まないた)の上に乗せられているに
過ぎないのだ。
そんな状況で、「障害者にも合わせろ」というのが
酷ではないか。


また、ある上司は、冷静にこう言っていた。

「あなたを雇用していても、
この仕事では費用対効果が合わない」

そういう言い訳も聞かされた。
費用対効果が合わない業務ばかりさせて
(指示して)いるのは、会社の上司だというのに。


ユニクロの障害者雇用率が突出しているのは、
社長自らが障害者雇用を推進しているからだと
言われている。
つまり、トップダウンだったから、ということだ。
もし、ろう者雇用でも同じようにしたとしたら、
どういう結果になるだろうか?



こんな参考記事がある。


〔参考情報〕

プラス・ハンディキャップ
『障害者雇用って企業にとって実際どうなのよ?』
〔2013.7.11〕
https://plus-handicap.com/2013/07/1282/


例えば、「Sign with Me」という飲食店は、
事業主がろう者の事業所だ。
仮に、そこで働いているろう者と他の事業所で
働いているろう者を比較してみたら、
どちらのほうがよく働いているだろうか。
仕事をよくこなしているのは、
どちらで働いているろう者だろうか?
健聴者は、先入観だけで決めつけていないだろうか。



『ろう者スタッフによるカフェ運営(東京都文京区本郷)』
〔2012-02-01 20:27〕


『公用語が“日本手話”と“書記日本語”のカフェ』
〔2012-05-15 22:33〕



健聴者は、本当は怖いのだ。
手話を認めたら、今度は手話が分からない自分が、
逆の立場に立たされてしまうという事を
わかっているから。
もしかしたら、自分のそれまでの仕事を、
ろう者に奪われるかもしれない。
しかしその前に、双方が力を発揮した職場
というものを、考えることはできないのだろうか。
だから、その心の溝を何とかするほうが、
まず第一だ。

ろう学校の教師は

「どんなに子どもたちや親に満足してもらえる
教育ができても、学校を出たら皆、
社会で働くことになる。
そこでは口話がどうしても必要になる。
だから教育も、それに合わせざるをえなくなるのだ」

というふうに嘆いている。

会社は、会社に合わせられない障害者を
雇用したいとは思っていない。
カネを稼いでいる会社があって、
この社会は成り立っていると思い込んでいるのが、
現実だ。

社会でのトップダウンができていないからだ。
もちろん、こうしたトップダウンにするのは、難しいことだ。
しかし、一旦そうし始めたら、変わる可能性が出てくる。
それをやるか、やらぬかだ。




〔関連記事〕

『真の日本語教育とは何か ――ろう学校教育から考える』
〔2017-02 -18 23:30〕

[PR]
by bunbun6610 | 2017-04-09 23:28 | ろう者世界
東京ろう映画祭
井上孝治写真展
https://www.tdf.tokyo/kojiinoue


2017年3月9日(木)~3月12日(日)
Part1 音のない記憶
井上一・副田高行・大竹昭子 ギャラリートーク
会場; アツコバルー art drinks talk
東京都渋谷区松涛1-29-1 クロスロードビル5F
入場料; 無料(ギャラリートークのみ有料)


2017年4月5日(水)~4月10日(月)
Part2 あの頃 ~1959年沖縄の空の下で~
ブリジット・ルメーヌ監督作 井上孝治短編映画ループ上映
会場; アメリカ橋ギャラリー
東京都渋谷区恵比寿南1-22-3
入場料; 無料





「写真の世界に音はない。
〈聴く〉ことの代わりに〈見る〉ことで全ての情報を
得ているろうあ者は〈目の達人〉である。
写真家は被写体に向かう時、〈見る〉ことに集中して、
決定的瞬間を察知して素早くシャッターを切らねばならない。
一般の人なら見逃してしまうようなものを〈見る〉のが
写真家である。
そこには、ろうあ者であるということのハンディキャップはない。
むしろ、聴こえないことがプラスにさえ働いている。」
『音のない記憶』(黒岩比佐子/著者)
2017年夏刊行予定〔復刊版〕
お問い合わせ先
コミー株式会社
〒332-0034
埼玉県川口市並木1-5-13
TEL; 048-250-5311
FAX; 048-250-5318
ホームページ; http://www.komy.jp/ 





〔参考記事〕

『斎藤陽道(さいとう はるみち)/ろう者・写真家』
〔2014-05 -18 18:30〕




〔参考情報〕

鉄道写真家 持田昭俊(ろう者)オフィシャルブログ
http://mochida-photo.xrea.jp/
[PR]
by bunbun6610 | 2017-02-20 19:13 | ろう者世界
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160902-00000121-jij-soci



松山善三さん死去
=映画監督・脚本家、
91歳


時事通信 9月2日(金)17時53分配信


「名もなく貧しく美しく」

「典子は、今」

など社会派の作品で知られる映画監督で
脚本家の松山善三(まつやま・ぜんぞう)
さんが8月27日午後8時41分、
老衰のため東京都内の自宅で死去した。

 91歳だった。
神戸市出身。
葬儀は近親者で済ませた。
喪主は養女の明美(あけみ)さん。

 1948年に松竹入りして木下恵介監督
に師事し、「荒城の月」で脚本家デビュー。

55年に女優の高峰秀子さんと結婚。

61年、聴覚障害者の夫婦の暮らしを描いた
高峰さん主演の「名もなく貧しく美しく」で
初監督を務めた。

 サリドマイド症の被害者本人が出演した
81年のセミドキュメンタリー映画「典子は、今」
は、障害者の社会参加を描き話題を呼んだ。
他の監督作に「ふたりのイーダ」「虹の橋」など。

 小林正樹監督の「人間の條件」シリーズの
他、「乱れる」「恍惚(こうこつ)の人」、
一般公募に名乗りを上げて選ばれた
「人間の証明」など数多くの映画脚本も手掛けた。



========================

[PR]
by bunbun6610 | 2016-09-05 23:13 | ろう者世界


映画『Start Line(スタートライン)』




===========================



松森果林UD劇場~聞こえない世界に移住して~
『「コミュニケーションが苦手」な全ての人に送る映画
『Start Line』』
〔2016-06-28〕




印象的なシーンがある。
道中、パンクした自転車を修理している
人がいても

「聞こえない私は力になれないから」

と素通りした彩子さんに、

「できないって自分で決めつけている」

とぴしゃり。
たとえ力になれなくても、聞こえなくても、
一人より一緒の方が安心できるんだ、と。
それでも

「私なんかいない方がいいと思ってしまう」

と自分を卑下する彼女に、
もう一度言う。

「そんなことを君が決めてはいけない。
相手に聞いてから決めて!」。

テツさんファンになった瞬間だ。
その後ケンカとなり、目をそらす彩子さんに
対し怒ったテツさんが倒した自転車の
カメラが二人の様子をとらえる。

「怒っていても話さないと解決しない。
あなたが目をそらしたらそこですべてが
切れてしまう。
あなたが自分で世界を切っている」。

そう、音声言語での会話は目をそらしても、
相手の話しは聞こえてくる。
しかし視覚言語である手話は目をそらした
時点で遮断される。

「コミュニケーションができないのは
聞こえないせいじゃない」

というテツさんの冷静な論旨が、
コミュニケーションの本質を浮かび上がらせる。




===========================




私も、コミュニケーションが非常に苦手だ。
今村氏とは違ったタイプだと思うが。

で、私の場合はよくケンカする。
相手が誰であっても、上司であってもだ。
かなり損する性格をしている。
能力は高くても、コミュニケーションが
ダメだからと、いつも最低評価を
与えられてしまう。

仕方がない。
すぐに変えられるわけではないし。

社会人として、私の致命的な欠点だ。
[PR]
by bunbun6610 | 2016-06-28 21:10 | ろう者世界



『タイの保険会社の感動CM
耳の聞こえない父・・・娘への愛』
【TVウォッチング】
〔2015年9月21日 配信〕




「コーダの悩み」といった手話講演でも、
よく聞く話だなぁ。

映画『ゆずり葉』にも、ちょっと似ている
気がする。
[PR]
by bunbun6610 | 2015-11-08 07:45 | ろう者世界
フランス映画
『奇跡のひと マリーとマルグリット』


フランスに実在した、盲ろう者の実話物語だ。
勿論、「手話」と「触手話」が出ている。
マリー(盲ろう者)役には、本物のろう者を
起用している。

2015年6月から、東京などを初め、
順次、全国公開される。






〔参考記事〕


『「盲ろう者」について』
〔2011-04-09 09:34〕




『コミュニケーションは、人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕




『『ヘレン=ケラー自伝』
(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(1/5)三重苦』
〔2014-05-01 20:00〕






【追記】(2015年6月21日)

映画館の入場券売り場には、
鑑賞券を買う人の列が出来ていた。
そのなかに、カトリックの修道女もいた。
日本語で誰かと話しているようだった。

その時私は、昔、中途失聴者・難聴者対象
手話講習会で出会ったKさんを思い出した。
Kさんはカトリックの修道院で奉仕活動を
していた。

Kさんが手話の勉強を始めた理由は、
まず自身が難聴になったことと、
もう一つの理由があった。
それは

「カトリックのろう者に、聖書を手話通訳して
ほしい」

という修道院からの要望に応えるためだった。

ところが、最初は挫折してしまう。
Kさんは山登りが好きで、手話を覚えるためにも、
ろう者の山登りの会に入会しようとする。
しかし、「難聴者です」と自己紹介しただけで、
あっさりと無視されてしまったのだという。
それで最初はショックを受けてしまった。

しかし、使命感のある人だったので、
ろう者に手話通訳をすることは、諦めなかった。
そしてとうとう、ろう者の手話を覚え、
使えるようになるまで上達した。

50歳を過ぎてからの手話学習・修得だったから、
相当の努力家だったと思う。
普通の難聴者だったら、ろう者の手話からは
逃げてしまう人がほとんどだというのに。



〔参考情報〕

『『ヘレン=ケラー自伝』
(ヘレン=ケラー/著 今西祐行/訳)(1/5)三重苦』
〔2014-05-01 20:00〕




『コミュニケーションの神秘性』
〔2011-08-30 00:40〕



「誰かとある形のコミュニケーションを保つこと、
友情をともにすることは、
絶望に身を任せるか、
限りない希望へと導くか、
二つの違いを生じさせるのである。」


          (スーザン・シャラー)



『言葉のない世界に生きた男』
(A Man Without Words)
【序文】オリバー・サックス
スーザン・シャラー(Susan Schaller)著
 中村妙子訳
(1993年6月25日発行,晶文社)より引用。

 →http://www.ne.jp/asahi/wtnb/2000/recommend/genre4/schaller.htm





『狼にそだてられた子』
(アーノルド・ゲゼル/著 生月雅子/訳
 家政教育社/発行)
1967年5月20日第1刷発行
アーノルド・ゲゼル
(元イエール大学教授ゲゼル児童研究所長)


「孤立児にはそのほか、社会学者のギングスリ・ディビス
が報告した二例がある。
一例は先天性の精神薄弱らしいが、もう一つの
例は興味がある。
これは耳も口も不自由な母親といっしょに、
暗い部屋のなかに、六年半も入れられていた
コドモであるが、発見されたときには、
まったく人間らしさがなく、白痴のような状態で
あった。
しかし、じゅうぶんに学習させた結果、
二年後にはじゅうぶんに話をすることが
できるようになり、知能指数(I・Q)は三倍にも
達し、十四才にはまったくふつうの頭のコドモ
になっていた。」
(P10~11)



この本の話は、現在では「ウソ」だとされている
らしい。


『世界が騙された「オオカミ少女」というウソ』



しかしそれでも、人間が人間社会で生きていく
ためには、適切な教育が必要だということは
確かだろう。

ヘレン=ケラーも、サリバン先生からの教育を
受ける前は、野生児のように暴れていた、
という自伝記録がある。


耳の聞こえない赤ちゃん』
〔最終更新日 2004.01.26 08:48:19〕



『【感動の話】 あるろう者の苦悩と、幸福観』
〔2015-04-02 23:06〕




マリーは36才の生涯ながらも、マルグリットとの
物語は映画『ゆずり葉』(※)を思い出させるものだった。
マルグリットからマリーへ、そして次の盲ろう者を
この修道院が受け入れ、手話で教育していったそうだ。
そのあたりは、映画『ゆずり葉』を思い出す。


(※)
全日本ろうあ連盟創立60周年記念映画
『ゆずり葉』




また、手話言語法の必要性を強く感じさせる
映画でもあった。


『「教育をしない者の罪」
 教育に捧げた人生 ―古河太四郎 生誕170年―』
〔2015-05-21 19:30〕



聖書に

「光があるように」

といった言葉がある。
マルグリットの人生にとって、マリーが「光」
となった。
マリーにとってもマルグリットが「光」だった
ようだ。

では「言葉」は何だ?
それが「聖霊」の働きの一つなのだろうか?
[PR]
by bunbun6610 | 2015-06-02 19:44 | ろう者世界


はなろぐ hanalog.com
『俺は障害で生まれ、いじめに耐えかね、
「死にたい」と手話した時、
突然先生の鉄拳がとんだ』

〔2015年01月18日14:20〕




「そして次の言葉は俺に衝撃を与えた。

「君は不思議に思わなかったのかい。
 君が物心ついた時には、
もう手話を使えていた事を。」

たしかにそうだった。
俺は特別に手話を習った覚えはない。
じゃあなぜ・・・

「君の父親は僕にこう言ったんだ。

声と同じように僕が手話を使えば、
この子は普通の生活を送れますか


 驚いたよ。」



テレビドラマや映画にもなりそうな、
感動的な話ではないか。

親を恨んでしまうこともある青年期を送った、
先天性聴覚障害者は少なくないと思う。
勿論、誰だって自分の親を恨みたくはない。
でも、やっぱりな・・・。


〔関連情報〕

『難聴者の世界 - 同障者が涙流さずにいられない手記』
〔2014-03-17 18:30〕

[PR]
by bunbun6610 | 2015-04-02 23:06 | ろう者世界
手話カフェ「カフェ&軽食 mimi(みみ)」
by 株式会社ライフサポート
http://www.geocities.jp/mimi_cafe2011/index.html



『手話仲間が集うお店 カフェ&軽食 mimi(みみ)』
〔2013-7-1 22:23 〕
https://hot-korea.net/modules/map/?lid=244



「デフとも」  聴覚障がい者と健聴者が、
「ともだちになる」「ともに生きる」ための情報提供サイト
『全国の仲間のお店紹介』

http://deaftomo.net/omise_shokai.html
[PR]
by bunbun6610 | 2015-01-17 18:30 | ろう者世界
副題;『ヤミキさんの本音は?』


Eテレ『ろうを生きる 難聴を生きる』
2014年7月20日(日) [Eテレ] 午後7時30分~7時45分放送
『あの日の夢を今リングへ ―ヤミキ 63歳の挑戦―』




DEAF JAPAN PRO-WRESTLING HERO




ヤミキさんは、若い時に新日本プロレスリングに、練習生として入門。
練習に通うのはいいが、試合をすることは認めてもらえなかった。
なぜ試合はダメなのか、番組にも詳しい説明はない。


それで思い出したのは、昔、ろう者ボクサーがいたことだ。
ボクサーの場合も、プロテスト合格(認定)までは認めて
もらえたが、試合は禁止されていた、という。

プロボクシング協会の理由は

「試合中のゴングの音が聞こえないのでは、危ないから。
ボクサーの拳は凶器。
もし、(ラウンド終了の)ゴングが鳴っても(ろう者が)
パンチを打ち込んだら、相手選手はそのパンチを
モロに食らってしまい、非常に危険だから」

ということだった。


このろう者ボクサーは結局、どうしても日本国内での試合は
できなかったので、タイに行って、ようやくプロデビューした。
相手もタイの選手だ。


プロレスでも、そんな理由なのだろうか。


確かに、その説明は一応わかる。

しかし、プロレスの場合は、健聴者だって、
聞こえていても無視することはよくある。
特にヒール(悪役)は、レフェリーが止めに入っても、
危険行為をやめないものだ。
ベビーフェースだって、もう我慢できずカッとなれば、
レフェリーのいうことなんか聞かなくなる。
それは認められているというのに、ろう者の「聞こえない」
は認められないのはおかしくないだろうか?
それに、合図の方法は声だけではなく、手話で伝えたり、
選手の身体に触れる方法など、いろいろあると思う。
実際、プロレスの場合は、身体を張って制止するレフェリー
は多い。
(ジョー樋口やタイガー服部など)
ギブアップの取り方だって、選手の身体に直接触れて
確認するレフェリーもよくいる。
方法を変えてもできるはずだ。
だから、疑問が出てくる。


しかし、ヤミキさんはろう者のプロレス団体で2010年、
59歳の時にプロデビューしたそうだ。

やはり、その夢はあきらめられなかったらしい。
そして、現在63歳だが、まだ現役だという。


一度は諦めたときに、本当は会社員で自分の働き甲斐を
捜し求めてみたのではないだろうか。
でも、障害者雇用枠のなかでの就労では、そんな高い
レベルの仕事はみつからないし、どう頑張っても就けない
と思う。
そこでも、また多くの壁があったはずだ。

もし、障害が理由でプロレスを辞めても、どこかに新しい道が
見つかれば、そこで頑張れたはずだ。
プロレスに未練はなかったはず。
そういう道を、まだ誰もつくってはいない。

それがなかったから、若い時に追い求めていた夢に回帰して
いったのではないだろうか。
彼の原点が、そこにあるような気がする。

そうした社会の残酷さに、この映像を通して、私は気がつく。

テレビでは『あの日の夢を今リングへ』などと、美談テーマで
仕上げているが、本当は聴覚障害者差別という障壁を
浮き彫りにしたノンフィクションだ。

だから、ヤミキさんは、この壁を壊す挑戦を始めたのだろう。
プロレスの道を借りて。
勿論、プロレスも好きで戻ったに違いないが。

以上、私なりの解釈で書かせてもらったが。
[PR]
by bunbun6610 | 2014-07-26 08:57 | ろう者世界
斎藤陽道(さいとう はるみち) ・・・ろう者・写真家

http://www.saitoharumichi.com/




例えば、車椅子に乗った子どもが、海の中にいる情景
を撮影するなんて、見る側にとっても、インパクトがある
と思う。
(写真集『感動』より)

http://www.akaaka.com/publishing/books/bk-saito-kando.html



人工呼吸器をつけた障害者の姿を、そのままフレームに
取り込む・・・。
これも、障害者にとっては「普通」のことだし、それを撮った
だけなのだが、自分の心を覆っている、何かが剥がれて
いくような、日常では感じない不思議な気持ちになる。
(『点滴ポール 生き抜くという旗印』より)

http://umideomou.exblog.jp/20825451/



『筆談トーク』なんてのもある。
聴覚障害者とならではの企画だ。

http://umideomou.exblog.jp/20512816/



「陽 指文字」?! これって、面白い!

http://www.saitoharumichi.com/yubimozi/yubimoziframe.htm




【追記】(2017年4月12日)
JOURNAL②
東京迂回路研究
『シンポジウム『対話は可能か』 - 多様性と境界に関する対話と表現の研究所』
(Adobe PDF) - htmlで見る
www.diver-sion.org/tokyo/wp.../TUK_JOURNAL2_web.pdf

http://www.diver-sion.org/tokyo/wp-content/uploads/2016/04/TUK_JOURNAL2_web.pdf#search=%27%E3%83%89%E3%83%83%E3%82%B0%E3%83%AC%E3%82%B9%E6%96%8E%E8%97%A4%E9%99%BD%E9%81%93%27

[PR]
by bunbun6610 | 2014-05-18 18:30 | ろう者世界