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蒼穹 -そうきゅう-

『健聴者の偏見と差別による不合理』


運転免許制度と酷似した聴覚障害者差別事例が、
近年にもあった。

某遊園地であった、聴覚障害を持つお客への、
乗り物搭乗の「お断り」である。


『某遊園地での聴覚障害者バリアフリー化について(朗報)』
〔2014-08-15 08:36〕





「・・・補聴器を使用しない聴覚障害者の入場は固くお断り、となって
いました。
補聴器の使用者が一人いる、または健聴者の付添人が一人いる、
などで入場が可能となっています。
何故そうなっているのかと聞いたところ、2011年に発生した
『スピニングコースター舞姫』『サンダードルフィン』の死傷事故により、
お客様の安全性を考慮した上での判断であり、障害者規制として
設けたとのことでした。
なお、事故現場に聴覚障害者はいなかったとのこと。
・・・(中略)・・・
先方に『他の遊園地では、補聴器を使用しない聴覚障害者への
入場について、特に規制を受けていない』旨を伝えたところ、
『前向きに検討します』との回答でした。」
(2013年)



この文章を読んだら

「他の遊園地では、聴覚障害者でも補聴器を
つけさえすればOKなのか?」

と疑問に思うところだが・・・。
(では、補聴器をしても効果がない聴覚障害者も、
これでOK? になりそうだが・・・)

そんな意味ではよく理解できないので

>「補聴器を使用しない聴覚障害者」

の意味は「(補聴器を必要としない)難聴者」ということか?

その聴覚障害者に限り「規制がない」ということか?

すると、この施設側は

「補聴器を使用しないろう者はお断り」

と、遠回しに言いたいのか?

意味がよくわからないが・・・。


多分、結論から言ったほうがわかりやすいと思うが、
このろう者が要望したいこととは、要するに

「“補聴器を装用しての搭乗に限り認める”という、
条件を外してほしい」

ということだろう。

ところが、施設側の条件では、自動車運転免許証の
場合と同じなのだ。
健聴者は、聴覚障害者でも補聴器があれば安心
できるとか、健聴者のように聞こえる、と思い込んで
いるようだ。
しかし、安心なのかどうかは、聞こえの状況を把握
している本人が一番よくわかるのではないだろうか。


その遊園地の乗り物に乗るには、以下の条件がクリアされ
なければならない、という。


「ある聴覚障害者から、某遊園地への入場を断られたと連絡を
受けたことが始まりです。
・・・(中略)・・・
但し、聞こえの具合問わず補聴器装用、または話ができる方との
同行等で入場は可能であることがわかりました。
理由は、緊急時に放送されるスピーカーを聞けるという判断基準
とのことからです。」
(2014年)




最終的には、この施設でも差別的状況はほとんど
撤廃されたようだ。

しかし、自動車の運転免許制度の場合は、依然として
同種の、大きな疑問の残る差別が続いている。


健聴者の皆さんは、おそらく

「念入りの安全のためであって、差別するつもりはなかった」

と言いたいと思う。
しかし、意図はなくとも、障害者の側から見て差別的状況
なのかどうかが、差別であるか否かの、判別材料になる。

差別には「意図しなかった(差別的)状況の発生」も含むのだ。
そこを、よく理解してほしいと思う。
それが理解できないからといって、非協力的であることは、
差別的状況の放置になりうる。





【追記〔参考記事〕】

『“軍艦島上陸ツアー”での聴覚障害者拒否事件』
〔2015-05 -09 18:30〕

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by bunbun6610 | 2014-09-09 18:30 | 運転免許制度への疑問

『バイクの運転では違反回数1回(警察の調べ)
・・・しかし実際の違反数は1000回以上・・・』

『警察は、補聴器の欠点については、
何もわかっていないで形式的に法令を定めていた』

『補聴器の両耳装用が不可欠であるにもかかわらず、
日本の障害者福祉では原則、片耳しか交付されない』
(欧米では両耳装用が主流だと言われている〔※〕


〔※〕当ブログ

『『「耳の不調」が脳までダメにする』(中川雅文/著)』
〔2014-07-29 18:30〕


参照。






『公開シンポジウム報告
運転に聴力は必要ですか?! ~欠格条項見直しと運転免許~』
〔2006年10月15日〕





『PDF文書「50年の軌跡とアンケート調査から」
- DPI日本会議(Adobe PDF)』





『聴覚障害者と運転免許』



聴覚障害者の樋下氏は、バイクの無免許運転で、
何度も捕まってはまた運転する、をくり返して、
裁判で有罪判決を受けたことは有名だ。
今よりも障害者雇用促進法も進んでいなくて、
職域差別があった当時では、どうしても、
生きていくための仕事にバイクが必要だった
そうだ。

日本の障害者運動のなかには、車椅子障害者が
国鉄の駅構内を集団で突入し、バリアフリーを
訴えた運動も知られている。
その違法がいいとは言えないが、結果的には、
その行為から障害者の権利擁護が前進した。

確かに、裁判という、重い審判で有罪判決を
受けたことは、非常に重く受け止めなければ
ならないことだ。

しかし、この後、警察は軟化姿勢を示して、
法改正により聴覚障害者にも一定の条件を
満たせば、運転免許証が取得できるように
なっていった。
その条件は長い期間を経て、段階的に
緩和されていった。

しかし、それでもなお、完全にバリアが
なくなり、問題が全て解決したというわけ
ではない。

私は、初めのうちは難聴でありながらも、
補聴器装用という条件もつかず、まず原付
自動二輪の運転免許を取得したことは、
以前に述べた。
そして、その後に、普通自動車の運転免許も、
初めは補聴器の条件も無しで取得できた。


『平成20年(2008年)6月1日改正
道路交通法の前と後』
〔2014-09-02 18:30〕



しかし、その後、聴力が低下したわけでも
ないのに「人の話し声が聞き取れない」
という理由で、運転の条件に補聴器装用が
付け加えられた、という話も、その後に述べた。


『運転免許制度への疑問』
〔2014-09-06 18:30〕




〔原付バイク運転での問題点〕

私も、その頃、社会人として一人で生きていく
ために、2つのアルバイトを掛け持ちして
働いていた。

その頃はまだ、私は障害者手帳も知らず、
したがってそれを持っていなかった。
手帳を持った後だって、何しろ、手帳の使い方
もわからず、障害者雇用促進法という恩恵的
制度があることも、知る機会もなかった。

だから案の定、就職にも困っていて、仕方なく
2つのアルバイトを掛け持ちして働いたことも
あった。

そのうちの一つが新聞配達で、バイクの運転免許
証を持っていることが採用・勤務の条件だった。
それで、最初のうちは補聴器をつけて、
ヘルメットを被り、新聞配達をこなしていた。

ハウリングの問題もあり、補聴器は装用しても、
電源は切っていたのだが、実際には正しく使用した
ところで、この時には問題が他にもあったのであった。

配達作業中は短時間にかなりの激しい運動になるので、
多量の汗をかく。
それで補聴器にほんの少しでも汗が落ちると、
マイク部の小さな孔が塞がってしまったりして、
聴こえなくなることもしばしばだった。
あるいは、イヤーモールドの内部に水滴が溜まってしまい、
それで聴こえなくなってしまうこともあった。
補聴器は、汗そのものだけでなく、湿気の多い場所に
弱いので、ヘルメットの中に装用するのは、
もってのほかだったと思う。

そんなふうだったから、補聴器にも汗がついたりして、
壊れてしまったり、補聴器の寿命が縮んでしまっていた。
安月給なのに、自腹で買って、何度も壊れてはまた
買っていたら、働いても何もならないと思った。

自腹で買っていた補聴器は何台も持っていたが、
それらは性能に不満があるだけでなく、非常に高価な
ものであったので、次第に、壊れてももう補聴器を
買う気をなくしていた。
防水機能の高いスポーツ用補聴器もあったが、
それはより高価だった。

「どうせ買い換えても、この仕事で使ったのでは、
またすぐに壊れるだろう」

と思い、新たな補聴器は買わなかった。

いっそのこと、最初から補聴器をしないで運転する
ようになっていった。
新聞配達は住宅街のなかの狭い道路を走るので、
パトロールカーに出くわすこともなかった。
だから、見つかることもなかったのである。


補聴器の不具合は即、聴こえなくなってしまう、
ということだ。
しかもそれは、運転中でも突然に起こるものだ。

ずっと後の運転免許フォーラム(2006年10月15日)
に参加して、そのことを思い出し、矛盾に初めて気が
ついた。
補聴器の実用性にも大いに疑問があったことを、
警察は当時も今も、全く知らないで条件に付していた
ということになる。
このことからも、依然として、形式的な法制度だったと
思わざるをえないだろう。




〔補聴器の片耳装用運転の危険性〕

運転免許試験の聴覚検査は、補聴器は片耳装用
でも十分通る。

しかし、実際の自動車の運転で、片耳装用のままで
運転すると、危ない。

なぜかというと、片耳装用では、左右からの聴こえの
バランスが悪くなってしまうからである。
特に補聴器をした方からしか、音が入らない場合、
そっちの方ばかり気になってしまうので、
本当はどっちから音がしたのか、一瞬わからなくなる。
補聴器の方からだけ聴こえるとなると、
そっちの方にばかり反応してしまい、
逆の方向はおろそかになってしまう、ということだ。

補聴器をしていない方から音がしていても、
その方の耳から聴こえなかったら、わからない、
あるいは、反応が遅れてしまう、ということもある。

したがって、補聴器は必ず両耳装用でバランスを取る
ことが大事である。
特に、車などの運転の時は、そうだろう。

ところが、実際は高額な補聴器を両耳分購入できる人は、
そんなに多くないのではないか。
障害者福祉でも、特に認められた場合にしか、両耳分の
補聴器の補助金をもらうことができない。

私も、初めは片耳だけで我慢していた。
そのようなわけで、片耳装用ではかえって危険なので、
実際の運転時は、補聴器を装用しなかったのである。




以上、これまで数回にわたって述べてきたように、
聴覚障害者に対する運転免許制度は矛盾がまだ
まだ多い。
それにもかかわらず、私がそれを黙秘してきたのは、
法改正が何度も進むと期待していたからで、
現に私自身も運転することには何の壁もなかった
からである。

しかし、聴覚障害者全体の問題として考えた時、
この差別を放置するならば、決して本当の聴覚障害
者理解のある社会はやって来ないだろう。
そう思える。
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by bunbun6610 | 2014-09-08 18:30 | 運転免許制度への疑問

『聴覚障害者標識の義務付けに反対する声から』

自家用車に「聴覚障害者標識」をつけると、
それが目立つ。
マークだから目立たなければ意味がないので、
当然だが。

他の車の注意を引くことになり、配慮が得られるという
点は、確かにいいと思う。

だが、デメリットのほうも考えられる。
それは、その車を所持するろう者のほうにある。

そのマークがきっかけで、犯罪に利用される可能性が
心配されている。


『「道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令案」
等に対する意見の募集結果について
結果概要、提出意見、意見の考慮 結果・理由等 結果概要』
〔2008年05月20日〕


マークを貼った車を、自宅の車庫に入れていたら、
その家にはろう者が住んでいると簡単にわかってしまう。
しかも、夫婦がろう者というケースも少なくはない。

ろう者を手話で騙す商法は、すでに以前にもあった
ことだが、これは手話で騙す健聴者などに好都合だ。
ろう者は

「手話のできる人は自分たちの味方だ」

と信じやすいと言われているからだ。

また、音がほとんど聞こえない、助け声も出せない
という障害を持つという点につけ込まれて、
予め周到に人物調査された後に狙われて、
引ったくりや窃盗犯罪の標的にもなりやすい
のではないだろうか。

ろう者側が、日々、そのような心配をする
ようになったことは確かだろう。

初心者マークなどとは違い、聴覚障害者標識は
恒久的義務になっているからだ。
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by bunbun6610 | 2014-09-07 18:30 | 運転免許制度への疑問

運転免許制度への疑問

私の経験を話すと、次の通りである。

当時の私は、障害者福祉制度のことも
知らなかったので、障害者手帳を持って
いなかったが、聴覚障害6級相当の難聴
の頃だ。

最初に原付免許を取得した。
難しい試験はなく、講習会のみだったので、
簡単に取れた。

補聴器は一応、持っていたが、わざわざ申告する
ことはせず、免許の条件にはならなかった。
当時の補聴器は、あまりに性能が悪かったので、
装用してもヘルメットを被るとハウリングがして、
使い物にならなかった。
もともと、補聴器無しでも10メートル離れた
位置からクラクションの音は聞こえていたので
問題ない、と思っていた。


普通自動車運転免許を取得する時も、当時の聴力は
6級相当で、障害者手帳もまだ持っていなかった。
補聴器無しでも原付免許を取得できていたので

「耳のことは言う必要はない」

と思っていた。
そのまま教習所に通っていて、教科書の丸暗記に
強かったので、筆記試験は簡単に合格できた。
(本試験でも、合格率50%の中を突破した。)

しかし、実技指導がよく聞き取れず、仮免許試験
合格後に、教習所側に

「何で入所する時に、耳のことを言わなかったのか」

と言われた。
それでも「大丈夫だろう」と思われたらしく、結局、
何で咎められたのか、自分にはわからなかった。

「法令で定められた聴力基準を満たしているんだから、
言う必要はないじゃないか」

と思っていたが、公安局から認可を受けている教習所にも、
仮免許を交付する責任があったのだろう。

そして、本番の免許試験場でも、実技試験免除だから、
そのまま通っていたが、不安になり、自主的に試験官に
耳のことを伝えて、法令に基づく聴覚試験を受けることを
申し出た。
それが

『平成20年(2008年)6月1日改正道路交通法の前と後』
〔2014-09-02 18:30〕

に述べている試験方法だった。

その結果は、私の場合は

「補聴器は免許の条件にはつかない。
でも、安全のため、補聴器をつけて運転するほうが
いいですよ」

と言われた。

(健聴者読者は、この説明の矛盾に、気がつくだろうか?
なぜ、法令で定められた聴覚検査で合格しているのに、
こう言われなければならないのだろうか?
日本人は、このように曖昧に説明してしまうことが多い)

そして、それから何年かは補聴器無しで運転していて、
それまでに事故はゼロ、違反が、原付自転車運転時の
ヘルメット無しによる反則1回だけだった。

しかし、その数年後、免許更新のある時、聴覚の検査を
申し出てみたら、その検査官の場合は法定検査ではなく、
検査官が指示したやり方で検査をした。

それは、私の後ろの10メートルほど離れた位置から、
声で呼ぶという方法だった。
それで私は反応できなかったので、

「今日から補聴器の条件をつけます」

と言われた。
でも、車のクラクションの音は常に、
ちゃんと聴こえていましたので、
自分は納得できなかった。

人の声とクラクションの音とは、
幾らなんでも違い過ぎないだろうか?

これはどうも、きちんとした客観的判断が
なされた結果ではなかったように思う。

それを差別と言うのではないだろうか。

このような健聴者の個人的な先入観で
何事も決めつけられてしまうのは、
納得がいかない。

検査官は手抜きして自分勝手な判定をせず、
法定検査をやるべきだったと思う。

聴覚障害者の運転が心配だというのなら、
それは自分たちのつくった法律にこそ、
問題があるのだ。

屁理屈で聴覚障害者の心を傷つけるのは、
本当にもうやめてほしい。

健聴者も、自分たちのそういうところに気づき、
変えるべきところは変えていってほしい、
と思う。


私はこの時初めて、運転免許制度、そして警察のいい
加減さを知り、それからは疑問に思うようになっていった。

なぜ検査もせずに、勝手にこんなことをするのだろうか?
自分たちのつくった法令に、そんなに自信がないから
だろうか?

そうだ。
きっと、心配だからだ。

聴覚障害者への偏見か?
差別からか?

そうだ。
これは、彼らの鈍感による、差別なのだ。

いずれにしても、理解しがたい愚行だ。

それから数年後、大勢のろう者が集まる運転免許フォーラム
があり、私も参加したのだった。



警察に

「補聴器は条件にならない」

だの、一転して

「補聴器も条件にする」

だのと勝手に言われていたのは、
それはもう25年ぐらい前のことだった。
障害者手帳も持っていなかった頃のことだった。
聴覚障害6級に相当すると思われる聴力だった。

なぜなら、その頃、すでに、確実に人の話を聞き取る
には1メートル以内でなければならなかったからだ。

その頃の国産アナログ型補聴器の性能の悪さは、
半端ではなかった。

加えて、当時の自動車のほうも、エンジン音は
今の自動車に比べ、かなりうるさく聞こえた。

それでも、後になって免許の条件に、一方的に補聴器
をつけることが義務付けられてしまったので、
最初は真面目に補聴器を装用して運転してみた。

ここで、健聴者の読者の皆さんにも、補聴器というもの
について、しかもここでは、約30年前に買った補聴器と
いうものについて、勉強しなくてはならない。

そうでないと、私がこれから話すことを正確に理解できない
からだ。

当時の国産アナログ型補聴器の特性を説明しよう。
バイクではハウリングの問題を挙げたが、車の運転では、
補聴器に内臓されたマイクの「指向性」が問題になる。
ノイズも著しかった。
狭い車内で機械を操作するのだから、補聴器は近くの雑音
をみんな拾ってしまう。
その音が耳、そして頭の中に入ってきてしまうので、
まともに運転し出すと、外の音まで聞き分けるのは不可能
に近かった。

これで、運転に集中できるだろうか?

補聴器をしたほうが、余計に外の音が聞こえなくなる
危険状態だというのに。

免許試験の時の聴覚検査は、何のためにしたのだろうか?

このようになってしまうのは、補聴器の内臓マイクによる
指向性も原因なのだと思う。

もともと、補聴器というものは、近くの人の話し声を聞くために
あるもので、そういう設計になっているものだ。
だから車内でも当然、そうなってしまう。
車内の操作音を何でも拾って、耳に入れてくるので、
外の音なんかほとんど聞き取る余裕が持てなかった。

さらに、窓を開けた時の、風が補聴器のマイクカバーへ当たる
「ザザー」という強力な音(風切り音)も、外の音をほとんど、
わからなくしてしまっていた。
これだけ説明すれば、健聴者ももう理解できるはずだ。

「何のために補聴器をするの?」


そして、それは

「なぜそれでも、補聴器をつけることが条件になるの?」

となるだろう。
誰もが「おかしい」と思うはずだ。


「窓を開ければ、補聴器で外の音も聞こえるようになるだろう」

と思っている健聴者もいるかもしれないが、こちらとしては

「補聴器が風で吹っ飛んでしまわないか」

と心配になってくる。
特に対向の大型車などとすれ違う時の突風は、
危険だと思った。
だから、もし補聴器を装用して運転するなら、
窓はあまり開けないのである。

たしかに、車を運転する時は、常に補聴器を持っているが。
仮に装用するとしても、電源を入れないか、
入れてもボリュームを最小にしてしまうのである。


ワイドミラーがその時になって必要だとも、
私は思わなかった。


では、聴覚障害者マークはどうだろうか?
これも、よく考えると、一部のろう者だけには、
免許取得時から半永久的に義務付けるというのは、
疑問もあるのではないかな、と思う。
いつまでも「初心者マークと同様に」とすべきなの
だろうか。


「初心者マークと同様に、周囲の運転者はこの標識を
掲示した車両を保護する義務を有し、幅寄せ・割り込み
(やむを得ない場合は除く)などの行為を行なっては
ならない」



「表示は義務となっており、表示しなかった場合、違反点数
(1点)、反則金などが課せられる。」


ちなみに、パブリックコメントでもあったように、
やはり珍しい聴覚障害者マークをつけた車を
見かけると、写真でも撮られたり、何かと差別的な
話題になったりしかねないような心配もある。

中には、本当に冷やかしてくる人もいるかもしれない。

車にはナンバーもわかることから、プライバシー侵害
の心配もあると思う。
駐車場にあるだけで、その家に、あるいはその辺に
ろう者が住んでいるとわかってしまう。
もみじマークと同様に、不特定多数の人にわかるので、
犯罪の標的にされやすくなる可能性もある。




運転免許制度で運用されている「聴覚障害者標識」だが、
こんな使い方をする警察署もある。
認知度はいかほどなのだろうか?
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路線バス車内のポスターにも、聴覚障害者標識が掲示されている。
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by bunbun6610 | 2014-09-06 18:30 | 運転免許制度への疑問

『運転免許の聴力基準に関する意見書』
〔2003年12月26日〕



『道路交通法の改定と課題
―聴覚障害者を中心に―
臼井久実子・瀬山紀子』
〔「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年9月号〕




『自動車などの運転免許について』
〔障害者欠格条項をなくす会〕



『公開シンポジウム報告
運転に聴力は必要ですか?! ~欠格条項見直しと運転免許~』
〔2006年10月15日)




『PDF文書「50年の軌跡とアンケート調査から」 - DPI日本会議
(Adobe PDF)』





『聴覚障害者と運転免許』



〔警察庁発表によるパブリックコメント〕


『「道路交通法改正試案」に対する意見の募集の結果について』
〔2007年2月15日〕

8ページ;(4)聴覚障害者の運転免許に関する規定の整備について



『聴覚障害者標識に関する基本的な考え方の
パブリックコメントの募集の結果について』
〔2007年10月3日〕




『「道路交通法施行規則の一部を改正する内閣府令案」等
に対する意見の募集結果について』
〔2008年5月20日〕






〔運転免許フォーラムなどでの、ろう者の反対意見の主な例〕

(1)「法令の聴覚検査では合格できても、実際の運転で
音がわかるとは限らない。
窓を閉めたら、補聴器をしたってわからない。
だから、そんな制度も試験も意味がない。」
(補聴器の条件についても反対)


(2)「耳が聞こえるから安全運転ができるとは限っていない。
車の安全運転は運転者の良心がするものだ。
聞こえない人でも、安全運転はできる。
私(ろう者)だって、ゴールド免許証だ。」
(補聴器の条件についても反対)


(3)「健聴者は携帯電話で話しながら車を運転しているじゃないか。
あれのほうが危ないではないか。
なぜ、あれがOKで、ろう者はダメなのか。
差別だ。」


(4)「ワイドミラーも蝶マークもいらない。
なぜ、ろう者にだけ、これらを義務付けるのか。
安全運転上必要なものなら、健聴者にも義務付けるべきだ。」
(「条件付きで認める」という改正法への反対)


(5)「ろう者は健聴者よりも、視野がずっと広い。
そもそも、聴覚によって音声情報が得られない分、
目でよく注意しながら運転している。
ろう者の場合は、補聴器を使う人でも、補聴器に頼っている
のではなく、視覚情報に十分注意しながら安全運転をしている。
だからろう者の場合は、補聴器は安全運転を心がける上では、
それほど重要ではない。」
(補聴器の条件についても反対)






〔参考情報〕


『聴覚障害者の視覚能力が高い理由』
〔2010年11月08日〕





「ろう者の眼は、健聴者よりも視野が広い」

と言われている。
これは本当のことで、実際にそれを裏付けるエピソード
がある。

ある日のことである。
すでに、かなりの高齢になっていたろう者Oさんは、
腰をほぼ直角に曲げたまま歩きながら、私の手話を
見ていたが、だんだんとこっちを見なくなり、
下を向いたまま歩いているように思えた。

私は

「高齢であの姿勢で歩くものだから、疲れるんだろうなぁ。
ろう者は常に相手のほうを見ていなければ、
話が読み取れないから、大変だなぁ」

と思っていたが、Oさんはそうは見えても全然そんなこと
はなく、話をちゃんと読み取っているのだった。

その時、ろう者の視野の広さは、超広角レンズのように
広いのだと、初めて知った。

その特性を、別のあるろう者は日本手話で、
非常に面白く表現している。
健聴者や、他の聴覚障害者は知らないが、
ろう者なら、皆知っていることだろう。
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by bunbun6610 | 2014-09-05 18:30 | 運転免許制度への疑問

ある日、マンション前の車庫から公道にバックして
出ようとしていた車を見かけた。
車の運転手は、私の知っている不動産会社の社長だった。
その他に女性社員が二人、同乗していた。

よく見ると、社長は片手に携帯電話を持って話し中だった。
それだけでなく、時折、女性社員とも車の中でモメていた
ようだった。
そういう状態で、右手だけで車を運転しているのだった。

その車庫から出る際、社長があまりにチンタラとやって
いたので、公道を通りたい車はどんどん停まり、
渋滞のようになってしまった。

しかし、それでも社長は携帯電話をやめない。
感情的になって、電話相手に文句を言っているようだ。
同乗の女性社員も怒っていた。
それを見ていた私も、不愉快なので怒っていた。
周囲の車の人も、迷惑そうに冷たい目で、社長のほうを
見ていた。

車庫から車を出す時に携帯電話をしている人を見たのは、
この時だけではなかった。

別の時も、やはりチンタラとなってしまうもので、
終わるのを待っている人が、次第に溜まってくるのだった。

もし、その場に警察官がいたら、こういうことはダメ
だろう。

だが、いなければやる健聴者もいる。

おそらく、電話の話し相手は、その人にとって大事な人
なのだろうが、それでもダメなものはダメだ。

それでも、こういう者には車の免許証も与えるし、
迷惑行為なんかやっても、大目に見られている。

しかし、耳の聞こえない人の場合は、どうか。

耳が聞こえても、周囲の状況を無視するヤツが
車の運転を認められていて、耳の聞こえない者は、
なぜそれだけで認められなくなるのか。

その部分は一応、2008年の道路交通法改正によって、
条件付きながらも認められるように変わった。

だが、多くのろう者が集まった『運転免許フォーラム』
では、その条件全てに猛反対を表明していた。
なぜか?

彼らの反論の幾つかを、次回で述べてみたい。
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by bunbun6610 | 2014-09-04 18:30 | 運転免許制度への疑問

運転免許制度の疑問
『聴覚障害者が、原付自転車や自動二輪を運転する場合は?』


「考えられる方法は4つある。

①補聴器を試験時と同じように装用する。

②補聴器を装用するが、電源スィッチは入れない。

③補聴器を装用するが、ボリュームを目一杯下げる。
 (ハウリングはしなくなるが、補聴器の役目はほとんど
  果たさなくなる)

④補聴器を装用しない。


上の行為を健聴者から見ると、①は違反ではない。
では、②と③は? これを健聴者は、どうやって識別
できるのか?
④は健聴者からも、明らかに違反と見える。
しかし、車の中の運転者が装用している小さな補聴器を
確認するのは容易でない。
実際は、見つからなければ装用しないことだってあるのだ。
普通自動車の免許所持者は、原付自転車の運転も認められて
いるが、それもヘルメットを被るから、補聴器をしているか
どうかは、外見からだけではわからない。」


以上は、当ブログ

『平成20年(2008年)6月1日改正道路交通法の前と後』
〔2014-09-02 18:30〕


より引用。



===============================




昔の補聴器の性能がどれほど悪かったか、健聴者は
知るはずもない。
だからなのか、健聴者は今も昔も変わらず

「補聴器をすれば聞こえる」

と勘違いしたままだ。

困ったことなのだが、これを逆利用してごまかすことも、
随分とできたものだ。
就職なんかの時でも、特に障害者雇用を知らない会社
だったら、補聴器をつけて聞こえるフリをすれば、
採用してもらえるところもあったものだ。
障害者雇用が今ほど知られていなくて、「合理的配慮」
なんていう考え方もなかった時代だったから、
これしかなかったのだ。
健聴者の無知を逆手にとって、健常者と同じ仕事をする
こともできたものだ。


さて、本題に入るとしよう。
その補聴器は、昔はみんなアナログ型だった。
役所の福祉課と癒着した業者に勧められて購入した
補聴器は、国産(株式会社リオン)の「リオネット補聴器」
という商品名だったが、性能が著しく悪かった。
それを装用してヘルメットでも被ろうものなら、たちまちハウリング(※)
を起こして、運転に集中・・・どころではなかったものだ。
ノイズもひどかった。


(※)「ハウリング」
当ブログ

『補聴器のハウリングと、ろう者』
〔2012-09-19 18:30〕


を参照。



補聴器店に相談して「ベント」という細い空気孔をつけた
特注イヤー・モールドに変えてみたが、それでも改善でき
なかった。
当時のイヤー・モールドは、今のものと比べて材質が
劣っていて、硬かった。
今のものは体温に反応して柔軟性が生じるのでフィット
するが、昔のものは硬かったので、ハウリングが起きて
しまうこともあった。
それで、運転中に突然、ハウリングが起きることもあった。
だから結局、原付自転車を運転する時は


①補聴器を装用するが、電源スイッチは入れない。

②補聴器を装用するが、ボリュームを目一杯下げる。

③補聴器を装用しない。



のどれかしかなかった。

この答えを正直に書くことはできないから、後は読者の想像
にお任せする。

それを想像してみた上で、昔の免許制度の意義についても、
考えてみてほしい。

自分も聴覚障害者になったつもりで、よく考えてみて下さい。
ハウリングがしたまま我慢して補聴器を使っていたら、
周りの音なんか聞こえなくなります。
それでも、補聴器を装用することなんかに、意味がありますか?

その馬鹿げたことを、警視庁は聴覚障害者に運転の条件として、
聴覚障害者に押し付けていたのだ。


現在の補聴器は、私は外国製を使っており、デジタル型だ。
それからは、ヘルメットを被っても、ヒアリングは起きなくなった。

だが、今のデジタル補聴器であっても、性能の悪い補聴器だった
ら、もしかしたらハウリングはあるかもしれない。
実際、ハウリングを起こしっぱなしの人もいるからだ。


『補聴器のハウリングと、ろう者』
〔2012-09-19 18:30〕



その真実を知っているのは、その補聴器を装用する聴覚障害者
本人のみであろう。
勿論、健聴者にはわからない。
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by bunbun6610 | 2014-09-03 18:30 | 運転免許制度への疑問

自動車運転免許制度への疑問
『平成20年(2008年)6月1日改正道路交通法の前と後
 - 差別黙認から反差別へ』


『聴者の不安払拭のための聴覚障害者運転免許制度』



ウィキペディアによる『聴覚障害者標識』〔概要〕
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%B4%E8%A6%9A%E9%9A%9C%E5%AE%B3%E8%80%85%E6%A8%99%E8%AD%98


「2008年(平成20年)6月1日の道路交通法改正による聴覚障害者
に係る免許の欠格事由の見直しに伴い導入された。

補聴器により補われた聴力を含めて、10メートルの距離で90デシベル
の警音器の音が聞こえるものという、免許取得の従来の基準を
満たさない者でも、運転する車種を限定した上で、「特定後写鏡」
(ワイドミラー)を設置していることを条件に、車の運転を許可された者
は、当該標識を、運転する車両の前後の視認性の高い部分
(地上0.4 - 1.2メートル以内)に掲示して運転しなければならない。

2012年(平成24年)4月1日の改正まで運転できる車種は
専ら人を運搬する構造の普通自動車と定められており、原動機付
自転車、小型特殊自動車、貨物自動車の運転はできなかったが、
原動機付自転車・貨物自動車については解禁された。

また取得できるのは普通免許と自動二輪免許(2012年(平成24年)
4月1日から)だけであり、中型免許・大型免許などは取得できない。

また、初心者マークと同様に、周囲の運転者はこの標識を掲示
した車両を保護する義務を有し、幅寄せ・割り込み(やむを得ない
場合は除く)などの行為を行なってはならないと定められており、
表示車に対して幅寄せ・割り込みをした場合は交通違反となる
(詳細は割り込み (運転)を参照)。

なお、表示は義務となっており、表示しなかった場合、違反点数
(1点)、反則金などが課せられる。

ただし、2012年(平成24年)4月1日に解禁された二輪車について
は構造上表示が難しいため表示義務の対象から除外される。


このマークはあくまで耳の形をモチーフとして蝶にも見えるように
デザインされたものであり、「聴」と「蝶」を掛けて、蝶々のマークに
なったというのは俗説である。
定まって間もないため「若葉マーク」や「紅葉マーク」のような俗称
は2009年(平成21年)11月現在定着していないが、一部で
「蝶マーク」[2]、「蝶々マーク」[3]という呼び方がされている。
なお、「耳マーク」は、一般に別のマークを指して用いられる[4]。」



〔関連情報〕

『道路交通法の改定と課題
―聴覚障害者を中心に―
臼井久実子・瀬山紀子』
〔「ノーマライゼーション 障害者の福祉」 2008年9月号〕





健聴者は、自動車の運転免許試験で、わざわざ聴覚の検査
など受けたことがないだろう。
しかし、私は実際に、この検査を受けたことがある。
私も、ろう者と一緒に、である。
健聴者が実施したその方法は、実におかしな聴覚実験のよう
だったので、笑ってしまう。
紹介しよう。


※これは実際に、約25年前の埼玉県大宮試験場で実施
されていた聴覚障害者の試験方法である。


まず、試験を実施する場所は、試験場内の静かな場所
である。
広い運動場のような場所に車が置いてあり、その前方
10メートルの位置に被験者を後ろ向きに立たせる。
そして、3回実験する。
3回とも違う問題、つまり、クラクションの鳴らし方を
変えていた。

初めに、検査官が受験者に

「私がクラクションを鳴らすので、後ろを向いたままで、
何回聞こえたか、指の本数で表してください」

と、やり方を説明した。

例)
1回聞こえたと思ったら、人差し指だけ立てる。

2回聞こえたと思ったら、二本指を立てる。

3回聞こえたと思ったら、三本指を立てる。


試験官が実際にこうやって見せて試験及び解答方法を
説明した。
一人ずつ順番を待ってやるので、他の人はまず見ている。
だから検査官も問題の順番を変えて実施していた。

問題例(クラクションの鳴らし方の例)は、次のよう
になる。
勿論、他の鳴らし方もある。

1回目;「プーッ。」

2回目;「プーッ。・・・プッ。」

3回目;「プーッ。プ、プーッ。」


こんな感じの音出しをし、引っ掛け問題のように
細工して検査するのだった。
つまり、この検査では聞こえるだけでなく、音を
区別できなくてはならなかった。
これは、法令に基づく条件には書いていない。

法令では

「10メートルの距離で90デシベルの警音器の
音が聞こえ」

ればいいはずだ。
わざと小さく鳴らして、その総回数をまで聞き取れ
なければならない、という意味に相当する文言はない。

そもそも、その小さく鳴らした音は、90デシベルには
遠く満たぬ音だと、私は思ったのだが。

なぜこんなおかしな検査をするのだろうか。

もちろん、受験者は補聴器を装用していて、この時だけ
はボリュームをMAXにしているだろうから、
聴こえるに決まっている。

しかし、実際に車を運転する場合、その道路状況は、
もっと多くの種類の音が、複雑に混じっているはずだ。
その雑音が入れば、小さく鳴らした警報音など、
聞き分けられるかどうかはわからないと思うのだが。

それなのに、静かな場所でクラクションの音(大きな
音や小さな音)だけが聞こえるかどうかをテストしても、
実践的とも安全確認に必要な検査とも、到底思えない。

このテストの状況を見ていて、私もろう者も全員合格だった。

だが、もしも音は聞こえても、鳴らされたクラクションの
音数を正しく答えられなかったろう者がいたとしたら、
その人への判定はどうなるのか?

このテストをやる意味はあるのだとしたら、やはりその
ろう者の場合は、落とされるだろう。

しかし、例え落ちたとしても、再試験の時は、そのろう者
だって、次はもっと強力な補聴器を借りてきて、
聞き取れるようになるかもしれない。
ボックス型補聴器ならば耳掛け型よりも、もっとパワー
がある。
そして、試験が通った後、運転の時には、もう使わない
かもしれない。
あるいは、運転中は、使っているフリをしているだけ
かもしれない。

考えられる方法は4つある。

①補聴器を試験時と同じように装用する。

②補聴器を装用するが、電源スィッチは入れない。

③補聴器を装用するが、ボリュームを目一杯下げる。
 (ハウリングはしなくなるが、補聴器の役目はほとんど
  果たさなくなる)

④補聴器を装用しない。


上の行為を健聴者から見ると、①は違反ではない。

では、②と③は? これを健聴者は、どうやって識別
できるのか?

④は健聴者からも、明らかに違反と見える。
しかし、車の中の運転者が装用している小さな補聴器を
見るのは容易ではない。
実際は、見つからなければ装用しないことだってあるのだ。
普通自動車の免許所持者は、原付自転車の運転も認め
られているが、それもヘルメットを被るから、補聴器をして
いるかどうかは、外見からだけではわからない。




これは、2008年の道路交通法改正によってようやく、
クラクションの音も全く聞き取れない聴覚障害者にも条件
付きで免許が交付可能とされるように変わった。
それより昔は、全く聞こえないろう者が、警察側の実施して
いた運転免許試験方法により、差別を受けていたのである。

今は、このようなテストは実施していないかもしれない。
だが、ろう者への差別を語る歴史の一ページとなるだろう。

彼らが免許証を取得後、実際に車を運転するとき、果たして
補聴器のボリュームをMAXにすると思うだろうか。


あるろう者は、こう言う。

「補聴器をしないほうが、安全運転に集中できる」

この証言が一体、何を意味しているのか、健聴者はよく
考えるに値するだろう。
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by bunbun6610 | 2014-09-02 18:30 | 運転免許制度への疑問

〔関連情報〕

ろう者が著した『運転免許裁判』関連記事がある。

『聾史を探る 「運転免許裁判」』




他にも、多数の資料がある。


『公開シンポジウム報告
運転に聴力は必要ですか?! ~欠格条項見直しと運転免許~』
〔2006年10月15日)




『PDF文書「50年の軌跡とアンケート調査から」 - DPI日本会議
(Adobe PDF)』





『聴覚障害者と運転免許』




==============================



このカテゴリーの記事は、健聴者が知らないで
あろう事実を書いたものだ。

警察の人が読んだら問題視するであろうから、
公開し続けることはできない。
したがって、公開しても数日後、非公開にして
しまう記事もある、と思う。

聴覚障害者だけに限らないが、障害者には
直接差別や間接差別だけでなく、欠格条項の
問題もある。
健常者が一方的に法令で定めたことは、
差別とはされない。
つまり、法律の壁である。

平成20年(2008年)の道路交通法改正が
行われるまで、全く聞こえない者(※)は、
運転免許を取得することができなかった。


(※)この言葉自体は、「ろう者」と呼ばれる人
全般を指しているのではない。
ここでは、道路交通法が定めた聴力基準外の
聴覚障害者を指しているに過ぎない。



しかし、この改正によって条件付きで、その一部
の人には免許証の交付が認められるようになった。

しかし、そのような聴覚障害者(以後「ろう者」
という)にある差別は、それだけではないという。

車の運転はできても、筆記試験問題にある、
いわゆる引っ掛け問題など、あまり経験のない
文章が理解できず、この試験が通れない人も
いる、という。

現在の運転免許制度も、多くの疑問点があり、
ろう者には到底納得されてはいない。


2008年の道路交通法改正の直前、警視庁から
だったと思うが、パブリックコメントがあった。
いろいろな声があったのだが。

そして、超満員になった『運転免許フォーラム』
(2006年10月15日)があった。
そこでの、警視庁改正案に対する、ろう者の
猛反対運動を憶えている。
あの時ほど、ろう運動の熱気を感じたことはない。

だが、その気持ちも、結局は無視されたようだ。
警視庁改正案は全く修正点もなく、そのまま
改正法に反映されただけだった。

このカテゴリー記事を読まれる読者は、是非、
冷静に考えてみてほしい。
警視庁の定めた法令の何がおかしいのかを。
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by bunbun6610 | 2014-09-01 18:30 | 運転免許制度への疑問