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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ:コミュニケーション能力( 67 )


『もはや世界的な大ブーム…
YouTube再生ランキング世界1位のピコ太郎が凄い』

千葉県出身のシンガーソングライターピコ太郎が、
動画サイトYouTubeの「ミュージック全世界トップ100」
の9/30~10/6付ランキングで1位を獲得した。
ニュースをまとめ。
更新日: 2016年10月13日




大人気のピコ太郎『PPAP』を初めて観た。

「ペンパイナッポーアッポーペン」

でも、何だかつまらなかった。
音声が聞こえない人が観ても、面白くないのか? これって。
でもこれは何だか、手話ダンスに似ているぞ。
もっと手話っぽくしてみたら、聞こえない人にも
聞こえる人にも意味がよく分かってきて、
面白くなりそうだな。
ひょっとしたら、流行(はや)るかも・・・・。
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by bunbun6610 | 2016-12-26 23:55 | コミュニケーション能力
『馬鹿じゃないのか? コイツ・・・・と思ったこと』

職場の先輩が、私を聴覚障害者だということは
知っていた。
私は、職場での昼休み時間中、昼寝をしていた。
昼寝と言っても、完全に眠っているわけではない。
補聴器は装用していたが、眼鏡は外していた。
その時に、先輩に呼ばれたので返事をして、
すぐに眼鏡を掛け直した。
すると先輩は

「眼鏡はしなくていい」

と言った。

ははぁ、なるほど。
この先輩は、私が補聴器を装用していても、
健聴者と同じように完全に聞こえるようになる
わけではない、ということを知らないのだな、
と思った。

実は補聴器が補助的コミュニケーション手段で、
視覚が主なコミュニケーション手段だということを、
健聴者は分からないのだ。

(勿論、補聴器だけで十分聞き取れる人だっているが)

だから先輩は「眼鏡は要らない」と、
無駄なことを言ったのだ。
そのことが全然わかっていないのだと思った。

聴覚障害者はこのように、音声情報の世界では、
幾つかのコミュニケーション手段を併用する
場合が多いものだ。
だから

「無神経」

「馬鹿」

と思われたくなければ、余計なことは言わないことだ。
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by bunbun6610 | 2016-08-09 18:00 | コミュニケーション能力
ある飲食店に入った。
自販機で食券を購入し、
中国人らしき店員に渡した。
すると

「○×■△★・・・」
(実際に何と言っているのか、
私には聞き取れなかった)

と聞かれた。
聞き取れなかったが、
私には

「特定の定食注文に聞かれる、
ご飯大盛りサービスのことだ」

と想像がついたので、

「並盛りで」

と答えた。

すると、その店員は大きく口を開いて、
こう言った。

「おおもり?」(大盛り?)

いやいや、違う。
この店員は耳が聞こえるのだから、
決してそんなはずはないのだ。
でも聴覚障害者の私には、
この人の意図がわかる。
この人が「大盛り?」と、わざわざ聞き返した
のは、ミスをしないための確認方法なのだ。
私もこの手を、随分と使ってきた。

日本人健聴者ならば

「この人はちゃんと聞いているのかな?
それとも、耳が悪いのか?」

などと思ったりするかもしれない。
でも私はわかっているから落ち着いて

「普通で」

と言い換えてみた。
すると、店員はすぐに理解した。

日本語にまだ慣れていない在日外国人の
労働者も、私と同じように、オウム返しの
マジックを使っていたのだった。


『聞こえなくてもわかる(通じる)
 - 健聴者の「身振り」と、
私の「オウム返しのマジック」で』
〔2014-04-12 18:30〕



これはもしかして、日本人健聴者が手話学習
をする場合にも、使えるかもしれない。
少なくとも、読み取り練習にはなるだろう。

それとやはり、この話はその人が聴覚障害者
かどうかを見抜く材料にもなる。
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by bunbun6610 | 2016-04-19 20:25 | コミュニケーション能力


<岐阜市版レッドリスト>
天然アユ→「天然遡上」
…表記変更


毎日新聞社 2015年7月23日 22時41分
(2015年7月24日 00時09分 更新)

岐阜市は23日、「岐阜市版レッドリスト」で準絶滅危惧種
に選定した長良川の「アユ(天然)」の表記を、
「アユ(天然遡上<そじょう>)」に変更したと発表した。
選定を巡っては、岐阜県内の漁業関係者が

「買い控えが起きる」

と抗議し、レッドリストからの削除を求めていた。


 ◇漁業関係者の抗議受け

 市は4月のレッドリスト公表の際、「天然」の定義を、
人の手を借りずに海から遡上したアユとした。
漁業者らは放流した稚魚から育ったものも含め、
全てを「天然アユ」として出荷しているため、
リスト公表後、釣り人や消費者から

「アユを取(買)ってもいいのか」

と問い合わせが寄せられるようになったという。

 岐阜市の担当者は記者会見で

「(天然の表記で)漁業関係者の誤解と混乱を
招いてしまった」

と陳謝。
その上で、海から川をさかのぼってくるアユである
ことを明確にするため「遡上」の表記を追加したと
説明した。

一方、リストから削除することについては

「アユの漁獲量が増え続ければ
(削除は)やぶさかではない」

と述べるにとどめた。

 岐阜県によると、長良川水系のアユ漁獲量は
1992年の1029トンをピークに2004年には180トン
まで減少。
漁業者らがふ化事業や稚魚の放流などを行い13年
には300トンまで回復している。

 表記の変更について長良川漁業対策協議会の
玉田和浩会長は

「市から正式な回答を受けていないが、リストからの
削除を求めていく考えは変わらない」

と話している。

【石塚誠】



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はて?
この記事にある

「やぶさかではない」

の意味は???


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実用日本語表現辞典
『吝かではない』

http://www.weblio.jp/content/%E5%90%9D%E3%81%8B%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84


読み方:やぶさかではない

形容動詞「吝か(である)」の否定形で、多くの場合
「やりたい」というおおむね積極的な意思を示す表現。

「吝か」は、それ自体「気が進まない」「気乗りしない」
「あまりやりたくない」といった後ろ向きな気持ちを示す。
これを「吝かではない」と、否定形によって表すことで、
「やりたくないわけではない」、「やってもよい」、
あるいは、「どちらかと言えばやりたい」、「むしろ喜ん
でする」といった肯定的・積極的な姿勢を婉曲的に表す。

「吝かではない」のように否定的表現を否定する修辞法
は「緩叙法」とも呼ばれる。
例えば「嫌いではない」(わりと好きだ)、「悪くない」
(けっこう良いと思う)などのような表現でも緩叙法が
用いられている。



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健聴者は「耳で聞いて覚える」と、よく言われる。
実際、教科書などにすでに載っていることでも、
先生から改まって声で説明してもらい、
授業を理解するようだ。
会社の研修などでも、資料が用意されていて、
それを読めば内容がわかるのに、
わざわざ講師がまたそれを読むことが多い。

しかし、子どもの頃から耳が不自由だった私は、
そうではなかった。
教科書には載っていないことはわからないし、
教科書を読んでもわからないことは、
諦めてしまっていた。
聞き返しても、また声で言われたらわからないのは、
どうせ同じだったから。

聴覚障害者の中には、例えば自動車の運転免許の
筆記試験でも、苦手意識を強く持っている人がいる
という。
なぜかというと、日本語文法が非常に苦手だからだ。

よく聞くのが

「二重、三重否定文は苦手」

だという話。


「○○○でないのではない」

「▲▲▲ではないわけではない」


といった文章だ。

私も、どうも苦手だ。
先にも述べた通り、私は日本語文法は独学なのだ。

聴覚障害者側からは

「このような日本語文章(読解)力と、
運転能力には何の関係もないではないか」


という批判が、昔から強く残っている。

それはそうだろう。
運転実務では、そんな回りくどい視覚情報など
存在しないのだから。
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by bunbun6610 | 2015-07-24 09:37 | コミュニケーション能力

アイロンが欲しくなってきて、
スーパーの暮らしの用品売り場まで行ってみた。
近くにいた店員に聞いた。

「アイロンはありますか?」

当然、私には店員の声は聞こえない。

声を大きくして、もう一度

「アイロンはありますか?」

と聞いた。

すると、店員のリアクションは大きくなった。
最初から、これが狙いだったのだ。
私は、店員の身振りで察した。

要するに

「置いていません」

という返事。

迷惑だが、これでいいのだ。
こちらが分かるようなリアクションを得るために、
わざとこうやるのだ。

もし会社などで先輩上司に対して、
こういうことをしたら失礼だろう。
だが、お金を払う立場でありさえすれば、
それほど不便にはならない。

障害者福祉も、そうやって問題点を解決して
きたかもしれない。
聴覚障害者にはこんなコミュニケーション方法が、
バリアフリーになる場合だって少なくない。

だが、それだけでは本当の“解決”ではない。
バリアフリーにも、いろいろなものがある。
本当ならやはり、お互いに喜ばしい“解決”になる
ことが一番だ。
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by bunbun6610 | 2015-07-16 22:41 | コミュニケーション能力
2015年6月24日(水)

遅番の出勤前に、いつも何か食べている
人がいる。

Yさんという女性なのだが、Yさんは
前からオニギリを食べながら、私に話しかける
癖がある。

勿論、私が聴覚障害者だということは
知っている。
私が自分でつくった名札にも、「聴覚障害者」
であることを明記している。

それにもかかわらず、Yさんはよく、
オニギリを食べながら話しかけてくる。

私にしてみれば、口型が読みにくくなるばかり
ではなく、補聴器でも聞き取りづらくなる。
音声でも、ここまで崩れた言葉になると、
私の得意とする推測力でもってしても、
言葉を読み取るのが難しくなってしまう。
しかし、それでも健聴者は、言葉がわかるの
だろうか。

「健聴者の耳はやっぱり、すごいなぁ」

と感心してしまう。

しかし、反対に自分はやっぱり、劣等感を
感じてしまう。
そして、こんな障害者に生まれてきたことを
後悔する。

「聴覚障害者に向かって食べながら話すのは、
なるべくやめてほしい」

ものだと思う聴覚障害者は、私だけだろうか。





〔参考記事〕

『口話で聴覚障害者に伝える時の注意点』
〔2014-08-05 18:30〕

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by bunbun6610 | 2015-06-24 23:41 | コミュニケーション能力
会社での朝礼のなかに『イズムの芽』という、
チェーン店全店からの寄稿者紹介文を朗読する
プログラムがある。

その時は当然、私は朗読の声が聞き取れない
ので、その資料を読むことに専念する。
時々、朗読者は口ごもってしまう場合がある。
健聴者でも読めない漢字がある。
でも私は、全部読めた。

今の若い人と比べたら、私のほうが漢字に
強いようだ。
「漢字力」と言うべきか。
大学を出た人ですら、読めない漢字を、
大学も出ていない私が読めるのだ。

でも、そんな私が

「後々になって」

という言葉が、どう読むのかわからなかった。
後でマネージャーに聞いてみたら

「のちのちになって」

と読むのだという。

私は読書勉強で覚えた漢字には強い。
しかし、朗読で覚えるような漢字や、
健聴者が音声会話で十分覚えられるような
言葉は、覚えることが難しい。
だから、難しい漢字は読めても、簡単な漢字の
読み方は知らなかったり、使い方も知らなかった
りする。
これが、先天性聴覚障害者の特徴なのだ。
健聴者はそういことを知らない。
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by bunbun6610 | 2015-06-06 21:40 | コミュニケーション能力


カンパーニュレストラングループBOSSのブログ
『スパゲッティーニ』
〔2015-03-09 12:01〕




「ペンネ・アラビアータ」って、イタリアンの
代表的メニューだと思う。

そのアラビアータをペンネではなく、
別のパスタで食べてみる、
というチョイスもあるのか。


「奥が深いな」

と感心する。

でも、聴覚障害者のある自分にも、
ギャルソンからそんなことか何か、
言われているような時も、あることはあった。


でも結局は、聴覚障害者特有の、お決まりの
パターンで「はい」(うなずき障害)と言うだけで、
全て任せっきりにしてしまうことが多い。

そんなに重要なことを言われている気がしなければ、
あっさりと「はい」で終わりにしてしまっていた。


聴覚障害の話はこれぐらいにして、
上に取り上げた記事を読んで、興味を持った
ことを話そう。

健聴者はいいなぁ。

このブログ主は、

「こんなこと聞いたので、ちょっと不快に思ってしまった。
どうも違和感があったから、ブログに書いてみた」

というつもりなのだろう。
健聴者だからだ。

私はこの出来事を読んで、どう思ったかというと、
やはり


>「するとスタッフは

『アラビアータはソースが濃いですから、
ショートパスタの方が美味しいですよ。』

と、やんわりお断りして変更を促していました。」


という部分。

もし、自分も聞こえていたら、何だか店側から
主張されているように感じる。
ブログ主と同感だ。

聞こえなければ「はい」と答えるだけで、
ショートパスタのアラビアータが、
いつのまにかテーブルに運ばれていただろう。
そして、怒りたくても、やはり

「確認をしなかった自分が悪かったんだ」

という諦めが気持ちの中で勝っていただろう。

実際、自分が注文したのと全然違うものが届いて
しまった経験は数えきれないほどある。

例えば、スターバックス・カフェだったが、
そこでザッハトルテを注文したにもかかわらず、
ワッフルが出てきたのだ。
私は間違って言った覚えはない。
だから

「店員の聞き間違えか?」

と思ったが、できてしまった物に文句を言う気には
なれず、諦めてワッフルを食べた。

同じようなことが、マクドナルドでも何度かある。


また聴覚障害の話しに逸れてしまった。

先ほどの話に戻すが、店側が意見を言うこと自体は、
間違っていないように思う。

ただ、言い方がどうも主張になってしまっていると
感じた。

たとえば

「アラビアータはソースが濃いですので、
ショートパスタにされてはいかがでしょうか?」

という、もうちょっと抑え目の意見(言い方)
だったら

「それもいいかな」

と、客の自分も冷静に考えたかもしれない。
そうなれば、上手いアドバイスになっていたと思う。

店にもよるだろうけど、確かに、アラビアータって、
ソースが濃いと思う。

だから、ブログ主の

>「一歩踏み込んで、バランスのいいソースに
アレンジも出来るのだから。」


もいいと思ったし。

客側も遠慮したりせず、その場で店側ともっと
コミュニケーションをすれば良かったのだ。

もし、自分が聞こえる人間になったら、
そうしただろう。
いや、自分なら筆談でもそうした。
ただ相手に、筆談までする人がなかなかいない
だけのことだ。
下らない話のようで、案外盛り上がるのが、
健聴者の会話だと思う。

聴覚障害者も、いつかそう出来る社会に
変わるように、自分も努力したい。
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by bunbun6610 | 2015-04-10 19:21 | コミュニケーション能力
読話についての、ろう者の証言については


『米国社会から見た手話』
〔2014-05-31 18:30〕


を参照。



役所へ会社の健康保険証の資格喪失届と、
国民健康保険の加入手続きをしに行った。

運悪く、私についた担当者はマスクをしていた。
これだと、読話は全く不可能になる。

私は持参していた筆談ボードを差し出して

「私は聴覚障害者ですので、
これに書いて下さい」

とお願いした。
すると、書いてくれた。



「会社を退職したので、国民健康保険に加入
させてください」

担当者
「会社の」(とまで書いたところで)


「会社の健康保険組合は脱退しました。
資格喪失証明も、持ってきています」

担当者はうなづいた。

担当者
「では、この」(とまで書くと)


「この届出用紙に書けばよいのですね」

担当者はうなずいた。
そして、書くところをペンで指し示してくれた。
資格喪失の届出用紙に書き終わると

担当者
「ちょっと」(とまで書くと)


「『待っていて下さい』ですね。」

担当者は、やはり今度もうなずいた。

健聴者が書くスピードよりも、聴覚障害者の
推測力のほうが速い証拠だ。
だから、読話だと「聞こえている」と勘違いする
健聴者が多いのだ。

健聴者が声を出してしゃべっている時に、
読話と推測力で素早く答えると、どうしても

「何だ、聞こえているのか」

と、健聴者は勘違いしてしまうのだろう。


「聴覚障害者は、読話という特殊能力が
耳の代わりになっている」

と思い込んでいる健聴者もいるかもしれない。

だが、そう思い込んでいた健聴者には、
こんな話を果して知っていただろうか。

聴覚障害者には当たり前すぎることなので、
わざわざこういう話をすることはなかったかも
しれない。

手話講習会とかでも、聴覚障害者理解のための、
こういう話をする機会は、ほとんどないと思う。

健聴者の「勘違い」が原因で、聴覚障害者は
いろいろな差別に遭い、我慢してしまう場合がある。


上の事例では、聴覚障害者がお客様の立場
だからいい。
しかし、立場が下になってしまう場合だと、
聴覚障害者のほうに大きな不利益が生じること
もある。
それが、健聴者にも不利益となる結果になる場合
だってある。
つまり、双方の不利益になる場合もあるのである。

4月から、地域の手話講習会に通う健聴者は、
手話の勉強だけでなく、そのことも理解すべき
だろう。
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by bunbun6610 | 2015-03-29 18:30 | コミュニケーション能力
私はよく、健聴者から

「本当に聴覚障害者か?」

という目で見られる。

「聴覚障害者は、見た目だけではわからない」

からだけではない。
その人の声や、身につけた文化などを見れば、
何となくわかる場合もあるようだが。


例えば、このブログに書いている記事を読んでも、
臨場感(りんじょうかん)ある会話シーンが、
よく描かれていると思う。

これは、聞こえる人でないとできないのでは
ないか、と思うこともあるだろう。

しかし、私にも補聴器をすれば、聞こえること
もあるし、それを元にして、大体想像はできる。

過去には、今よりもっと音声文化と触れてきた
経験がある。
だから、私の場合は健聴者文化がバック
グラウンドとなっている。

けれども、近年は

「それだけではない」

と思うようにもなってきた。


昔、週刊少年ジャンプでブームになった

『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦/原作)

という漫画があった。

その物語の中で、イタリアが舞台になったもので、
主人公がジョルノ・ジョバァーナ(以後「ジョジョ」
と呼ぶ)の時である。

ジョジョの仲間にレオーネ・アバッキオという男が
いたのだが、彼のスタンド名が「ムーディー
・ブルース」と言う。
このスタンド能力が、私の持っている能力と
非常に酷似しているのだ。


〔以下は『ウィキペディア』参照による〕

ムーディー・ブルース
【破壊力 - C / スピード - C / 射程距離 - A(再生中に限る)
/ 持続力 - A / 精密動作性 - C / 成長性 - C】
人型のスタンド。
額にデジタル表示のタイマーがついており、特定のスタンド
や人間の行動をビデオ映像のように再生できる。
容姿や大きさは再現できるが、瞬間移動といったスタンドの
能力までは再現できない。
再生中はその人物に変身するため敵を欺くこともできるが、
攻撃・防御が出来ない無防備状態になるという弱点が存在
する。
作中では主に追跡、探索の目的で使われることが多かった。
戦闘向きのスタンドではないが、作者によればアバッキオ
自身の腕っ節はチーム内で1番強いとのこと[2]。



ムーディー・ブルースの能力は、過去の事象を再現し、
しかも、その時には見逃していたことまでも、隅々まで
見る(調査する)能力である。

聴覚障害者は、ここまではできないが、頭の中で、
過去に見たことをリプレイ(再生)することはできるし、
これが健聴者よりも得意なようだ。

つまり、聴覚障害者の頭脳は、健聴者よりもイメージ力
が強いのだ。

この能力によって、聴覚障害者は推測力も働かせて、
健聴者の言動の裏側まで見抜く。
あとはそれを、日本語で脚本化すればいい、というわけだ。

だから、この能力を使えば、別に難しいことはない。

筆談ならば、その視覚情報を脳内で簡単にリプレイできる
ので、難しいことではない。

筆談だと健聴者も長く書かないから、簡単で記憶に残り
やすい文章になる場合が多いのも、頭の中で録画しやすい
点だ。
それで、ムーディー・ブルースのような能力は効果がある。

皆さんも、聴覚障害者の頭の中を知ってみたかったら、
参考にムーディー・ブルースのことを調べてみるといい。
これは、ろう文化の理解や、日本手話上達のヒントにもなる、
と思う。


「ろう者の手話はリアルだ」

と、よく言われるだろう。
それは要するに、ムーディー・ブルースのような能力があるから、
出来るのだと思う。
同じ聴覚障害者でも、難聴者にはとても、同じにはできないと思う。





〔参考記事〕

『どうしようもない健聴者の無知、無理解』
〔2012-07-24 23:25〕




『聴覚障害者の、聴覚障害をカバーする能力
 - 音声情報を推測する能力』
〔2014-03-20 18:30〕




『「聞こえなくてもわかる」の過信が招いた失敗』
〔2014-10-16 18:30〕





〔参考情報〕

『新・手話 ここが知りたい 学びたい』
(長谷川達也/著 全国手話通訳問題研究会/発行)

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by bunbun6610 | 2014-12-27 18:30 | コミュニケーション能力