カテゴリ:人権、差別( 51 )

『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(2/2)

『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(1/2)



「友情は、この世で最も説明しづらいものだな。
それは学校で教えてくれるものじゃない。
でもその意味を知らなければ、
実際何ひとつ知らないのと同じだよ。」(P180)

「ジョー・ルイスの生きざまを見ろよ。
もし彼が悪い奴だったら、
悪い奴として名を残しているはずだろ。
ところが、みんなジョーを愛していた。
黒人だけでなくミシシッピの白人労働者までもが
ジョーを愛していた。
みんな泣いていたよ。
それを見ればわかるだろう。
ハワード・ヒューズは億万長者だったが、
あいつが死んでも誰も涙を流さなかった。
でも、ジョー・ルイスが死んだら、
みんな声を上げて泣いたんだ。」(P183)

ジョー・ルイス…黒人ではジャック・ジョンソン以来、史上2番目の世界ヘビー級チャンピオン。親しみやすいキャラクターで、人種を問わず愛された。

「俺には世界一の親友がいるんだ。
ハワード・ビンガムだよ。
彼は何も求めない奴さ。
誰かが彼を必要とするときに、
いつもそこにいてくれるんだ。
彼みたいな奴は一人もいないよ。
彼は最高の奴さ。」(P184)

「バンディーニは街頭詩人であり、アリが絶えず利用した活力のもとであり、ぴったり自分の意味になるように、そしてアリに理解できるように、みごとに言葉を組み合わせた奴だった。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」これもバンディーニだ。彼はよくこう言ってたよ。アリとその仲間は、小麦粉、卵、砂糖で作られているケーキみたいなもので、自分は、つまりバンディーニはナツメグで、それにちょっぴり余分の風味を添えるんだとね。ときどきあることだったが、彼が酔っ払っているときは、問題があったかもしれんが、しらふのときは、彼くらい優しく、いい奴はいなかったよ。」(P191 フェルディー・パチェコ)

※ バンディーニ…ドリュー・ブラウンの愛称。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」は、ドリューが口ぐせのがオリジナル。シュガー・レイ・ロビンソンのスタッフもしていた。アリに苦言を言える人物として、数少ない存在だったという。ただし、数多くの問題を起こした人物だという。
※ フェルディー・パチェコ…アリの担当医。白人。

「みんなはアリが人のためにしたことの半分も知らないのよ。彼はキャンプにスパーリングパートナーを抱えていたんだけど、彼がまずやることは、その相手がちゃんとしていない場合は、お金をあげて、新しい服を買いにやらせることだったわ。一度、目を怪我したスパーリングパートナーがいたけど、世界中のどんなプロボクサーだって、そんなことがあったって、ほっとくはずよ。ところが、アリは彼を病院へ連れて行って、勘定を払い、ちゃんと面倒をみてやったわ。」(P193 ラナ・シャバス)

※ ラナ・シャバス…1962年から引退まで、アリの食事の世話をした女性。ある食堂で働いていた時、アリにスカウトされたのがきっかけ。

「動物たちの世界は平和で穏やかだ。
鳥たちの世界も平和で穏やかだ。
自然界のすべては、
人間を除き、完全にうまくいってるよ。
人間が苦しんでいるのは、
自然や神の掟に逆らった生き方をしてきたからだ。
世界中の憎しみ合いは間違っているよ。
国家なんて忘れることだよ。」(P194)

他人のために何かをするのは、
この地球上に住まわせてもらっている
家賃を払うのと同じことさ。
」(P195)

皮膚の色で人間が悪魔になるわけではない。
大切なのは心で、魂であり、精神なんだ。
」(P196)

「子供というのは、
さまよえる天使なんだ。
子供はとても神に近いんだ。
神のもとを離れてから、
あまり時間がたっていないからな。」(P197)

「俺たち人間どおしに、違いなんかないんだよ。
ヒンドゥー教にも、キリスト教にも、イスラム教にも、
どんな宗教にも真実はある。
それに、ただのおしゃべりにだってな。
大切な宗教はたったひとつなんだ。
それこそ本物の宗教――愛だよ。
」(P198)



聖書の「神は愛」を思い出す。違う宗教といえども、もともとは同じ神を崇拝していたことは事実だ。


「人間の心ほど偉大なものはない。
何もないんだ。
金のように善良な心を持つ人間がいる。
金は銀よりきれいだが、銀はもっと役に立つ。
それに鉄のように不屈の精神の持ち主もいて、
鉄は頑丈だが溶かすこともできる。
石のようにタフなやつもいるが、石は割れることもある。
紙のような薄っぺらな心のやつは、
まるで凧のように吹き飛ばされちまうが、
それはちっともかまわない。
強い糸がついている限りはね。」(P199)

「我々がロサンゼルスにいたときのことだが、一人のベトナム帰還兵がビルの9階にいたんだ。その男はフラッシュバックを起こしていて、飛び降りそうな気配なんだが、警官は近づくことができないんだ。路上では見物人が「ジャンプ、ジャンプ」と叫んでいたよ。男は泣いていたな。彼はバルコニーにいたんだ。アリが男に近づいて、両手で抱きかかえて、連れ戻した。それから彼は男に服とアパート用にと1800ドルを与え、生きる場を与えてやったよ。」(P200ハワード・ビンガム)

「アリはどんなチャンピオンとも違っていたよ。彼のキャンプは世間に解放されていたんだ。フロイド・パターソンはチャンピオンだったとき、ライフルで武装した護衛付きでトレーニングしていた。ジョー・ルイス、ロッキー・マルシアーノ、ラリー・ホームズ、彼らはみな他人をシャットアウトしていた。だが、ディア・レイクには誰でもいつでも入っていけたよ。ある日、ハリーラがロープを張ったのを覚えているよ。人々は向こう側でアリに手を振っていてね、アリが彼らに「入って、こっちに来てくれ」と言ったんだ。誰かがロープを指さした。アリは、「誰がそんなものを張ったんだ?」と聞き、ハリーラが「私よ」と言った。そこでアリは彼女に、「そいつを外せ。二度と張るんじゃないぞ」と言ったんだ。まさにそれが彼のやり方だったね。まったく誰でも歓迎だったよ。」(P200~201 ブッカー・ジョンソン)

※ ブッカー・ジョンソン…アリの取り巻き。
※ ロッキー・マルシアーノ…世界ヘビー級王者史上、唯一全勝無敗のまま引退した、イタリア系ボクサー。
※ ラリー・ホームズ…アリの元スパーリング・パートナー。世界ヘビー級王者。
※ディア・レイク…1972年、アリがペンシルバニア州ディア・レイクに開設したトレーニング施設のこと。
※ ハリーラ…アリの2番目の妻。ベリンダ・ボイドのこと。「ハリーラ・アリ」はムスリム名。

「12歳くらいのある少年がいたんだ。その子は地元の病院に入院していて、白血病で死にかけていたんだが、父親と一緒にディア・レイクを訪ねて来たんだ。父親自身はアリが好きじゃなかったんで、そんなことはしたくなかったんだが、息子のたっての願いだったし、息子は死にかけていたんだ。父親が車でやって来たとき、私はたまたまキャンプの前にいた。彼は息子を車に残して、私に近づき、こう言ったよ。「失礼します。こんなお願いできるかどうかわかりませんが、チャンプがこちらでトレーニングしていると聞いたもんですから。チャンプにお願いして、何とか息子に会ってもらうことはできないでしょうか? 息子は白血病で死にかけているんです。医者の話では、もうあまり長くなさそうなんです」。私は「大丈夫、彼は会ってくれますよ」と言った。ところでその少年だが、治療のため髪の毛はなくなり、ひどく痩せて棒みたいだった。いかにも死にそうな感じだったよ。私はドアをノックし、なかに入って、事情を説明した。チャンプは「その子を連れておいで」と言った。彼はその日の午後はずっとその子と話したり、遊んだり、ふざけたりして過ごしたよ。そのあと、少年は病院へ戻って行った。だが、父親があとで私に会いに来てね、ほとんど泣いていたな。彼はこう言ったよ。「実は私はアリが好きでなかったんです。彼のことを知ってからずっと嫌っていたんです。誰かが彼をやっつけて、ぶちのめしてくれればいいといつも思っていたんですよ。だが、彼が私の息子にしてくれたことを私は決して忘れないでしょう。彼はいい人です。彼をあんなふうに思っていたことを申しわけなく思います」。」(P201~202 ラルフ・ソートン)

※ ラルフ・ソートン…ディア・レイクで雇われていた人物。無一文になっていたところでアリに救われ、施設の掃除係を任された。

「50になってもまだ20歳のガキと
同じようなことを言っている奴は、
人生の30年間を無駄に過ごしたってことさ。」(P205)

「年齢は、自分がどう思うかだ。
まだまだ若いと思えばまだ若いし、
もう遅いと思えばもう遅い。」(P206)

「ああ、本当に、俺はこれまで苦しかった。
苦痛を感じるんだ。
これからは新しい生活を送っていきたい。
俺は25年間もボクシングをやってきて、
身体を酷使してきただけなんだ。
それは人間を変えてしまうんだ。
俺も変わってしまった。
俺にはそれがわかるんだ。」(P209)

「俺は世界中を旅してきた。
どこに行っても、人々から何かを学んでくる。
子供を見れば、そんなに昔ではない自分の姿が見える。
老人を見れば、俺が彼らの仲間になるのは
それほど遠くないことだとわかる。
そして考えるんだ。
「俺はもうすでにこの人たちの一員なんだ」ってな。」(P211)

「どうしてこうなったのか、わかってるよ。
神さまがお示しになってるんだ。
俺がただの人間だと。
他のみんなと同じなんだと。
」(P213)
(パーキンソン症候群を患ったことについて、アリ自身が語ったこと)

「俺にとっての最もタフな試合は
ボクシングを引退した後にやってくる。
仲間を助けるという終わりのない戦いだ。」(P216)

「新しいタイプの黒人がどういうものか、
それを世界に証明する必要があったんだ。」(P217)

「俺は自分が最も偉大だと言ったが、
最も頭がいいとは言わなかったぞ。」(P218)

「モハメドはおそらく白人既成勢力と争って生き残ることのできたアメリカ史上最初の黒人でしょう。」(P225 アンドルュー・ヤング)

※ アンドルュー・ヤング…公民権運動家。マーティン・ルーサー・キングの最も親しい協力者のひとりで、南部キリスト教指導者会議(SCLC)の事務局長として活躍した。

「哲学的に言って、アリは自由な人間だった。おそらく史上最高のボクサーであるうえに、彼は自由だった。どんな人間でも自由でいることが歴史的にきわめて難しかった時代に、彼は自由だったのだ。アリはアメリカ史上最初の真に自由な人間のひとりだったよ。」(P226 ビル・ラッセル)

※ ビル・ラッセル…1950年代から1960年代にかけて活躍したバスケットボール選手。同じくNBA選手のカリーム・アブドゥル=ジャンバー、ジム・ブラウン(NFL)、ウィリー・デービス(MLB)らとともに、兵役を拒否するモハメド・アリを支持する、1967年のアスリート・サミットに参加した。

「彼はわが国で非常に敬愛された。スポーツマンとして、ボクサーとして、そしてひとりの人間として。彼の評価は常に高かった。しかし、彼とこんな形で会えるとは、想像したこともなかった。医療援助を携え、わが国の子供たちを励まし、病院を訪問してくれるとは。直接会えてたいへんうれしい。こうして会って、感謝を伝えられて喜んでいる。彼が強いことは見てわかった。またとてもやさしい顔をしているのもわかった。」(P227 フィデル・カストロ)

※ フィデル・カストロ…キューバ国家評議会議長。チェ・ゲバラらとともキューバ革命を成功させた立役者。アメリカの経済制裁を受けて物資に乏しかったキューバに、1996年、アリは50万ドル相当の医療品を持参して彼の地を訪問。カストロ議長と対面した際には、アリは特技の手品を披露。お互いに体を触れ合い、じゃれあったが、アリはカストロを前にして一言も喋らず、終始暖かい眼差しを向けていた。

「逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げます。最近では、体調を崩されているということを聞いて心配しておりましたが、こうして、かつてのライバルたちを見送ることは非常に辛いものです。あの戦いから今年で40年。6月26日が『世界格闘技の日』と制定された矢先の訃報でしたので残念です。」(P262 アントニオ猪木)

※ アントニオ猪木…アリの「東洋の格闘家で誰か私に挑戦するやつはいないか」の発言で、最初に名乗りを挙げたプロレスラー。力道山の弟子でジャイアント馬場と並び称される名レスラー。

「俺を英雄だと考えた人もいた。
俺がしたことは間違いだと言う人もいた。
だが、俺はすべて自分の良心に従ってやっていたんだ。
俺はリーダーになろうとしたわけじゃないよ。
俺はただ自由になりたかっただけだよ。
俺がやった抵抗は、黒人だけでなく、
すべての人が考えるべき抵抗だったんだ。

黒人だけが徴兵されたわけじゃないからね。
金持ちの息子は大学に行き、貧乏人の息子は戦争に行く、
というシステムを政府は作っていたんだ。
そして、金持ちの息子が大学を出たあとは、
徴兵年齢がすぎるまで、
軍隊に入らないで済むようなことをしていたよ。
だから、俺がやったことは自分のためだったが、
それはすべての人がやるべき決断だったんだ。
自由とは自分の信念を守ることができるということだが、
また善悪の選択に責任を負うということでもあるんだ。
だから、軍隊に入るかどうか俺が決断を迫られたとき、
俺はベトナムで人々が無益に死んでいるのを知って、
自分が正しいと思うことに従って生きるべきだと考えたんだ。
アメリカにアメリカらしくなってもらいたかったんだよ。

そして、いま、世界中の人々は、俺の信念に関する限り、
俺が自分にとって正しいことをしたと思ってくれているんだよ。」(P264~265)






『踏出力(とうしゅつりょく)』(著者;アントニオ猪木 発行所;創英社/三省堂書店)
より引用。


「更に追い打ちを掛けたのが、モハメド・アリの言葉だった。
「あれ(新日本プロレス『格闘技世界一決定戦』への参戦)はお遊びさ」
それを知った私はモハメド・アリを恨まないわけにはいかなかった。
モハメド・アリを蹴り続けた私の右足は剥離骨折していたが、モハメド・アリも試合直後、ホテルのエレベーターの中で倒れて、帰国後左脚血栓症で1ヵ月入院したのだ。それほど本気で闘ったにも拘らず、そう言ったのだ。
いくらビッグ・マウスとは言え、モハメド・アリの一言は世界中に配信され、影響力が大きい。ただ悔しかった。モハメド・アリへの恨みと、悔しさは長い間ダメージとして残り、モハメド・アリを思い出すたびに、私を苦しめた。
だが、ある時私はモハメド・アリのことを思い出しながら、こう思ったのだった。
私はモハメド・アリを3ラウンドで捕まえられると思っていた。
ところが、15ラウンド使ってもモハメド・アリを捕まえることが出来なかった。あれだけ蹴ったのに、モハメド・アリは最後まで立っていた。私が捕まえられなかったのではなく、モハメド・アリが捕まえさせなかったのだ。私も怖かったが、モハメド・アリも怖かったろう。それでもモハメド・アリは逃げることなく私を終始挑発し続けたのだ。
その時初めて私はモハメド・アリを認めることが出来たのだった。そう思うとモハメド・アリへの怨念は私の中からスーッと消えてなくなって行くようだった。私はこの時モハメド・アリを受け入れたのである。「試合をやれたことが最高。モハメド・アリに感謝しなければ」と思えるようになったのである。
その後、私がロサンゼルスに居を移してモハメド・アリと再会した時、「あんなに怖いことはなかった」とモハメド・アリも率直に語ってくれたのだった。
モハメド・アリ戦は私に多くのものを残してくれた。
モハメド・アリとの前哨戦で生じた心の葛藤は、人間的な成長をもたらしてくれたし、目前の敵との戦いは自分との闘いであることを私の中でより明確にしてくれた。モハメド・アリと闘った男として、世界的に知られるようにもなった。そしてモハメド・アリとの友情も手にすることとなった。」(P150~151)

「モハメド・アリと会えば、言葉をそれほど交わさなくても、眼と眼で分かりあえる部分が多い。私のテーマ曲『炎のファイター』は、もともとモハメド・アリの評伝映画『アリ・ザ・グレイテスト』のテーマ曲で、モハメド・アリが私にプレゼントしてくれたものだ。私の引退試合にモハメド・アリを呼ぶことになった時、彼のマネジメント会社は「私たちには理解できない、二人で勝手にやってください」と言ったそうだ。」(P151~152)

「(1995年4月28日から30日までの北朝鮮『平和のための平壌国際体育・文化祝典』で)
私はモハメド・アリを立会人として招くことにした。
しかし、アメリカ政府の許可が下りない。モハメド・アリはわざわざ断りを言うために来日した。
久し振りに会ったモハメド・アリは、パーキンソン病が悪化していて、夫人の手を借りなければバスのステップさえ昇り降り出来ない状態だった。
アメリカの政治判断が変わったのか、結局モハメド・アリにも北朝鮮に行く許可が下り、二人して北朝鮮の地を踏むことが出来たのだった。私たちは熱烈な歓迎を受け、報道陣のフラッシュを受け続けた。
するとモハメド・アリは、シャキッとなった。特に壇君窟(だんくんくつ)と言う名所で、百数段もある階段を夫人の手も借りずに登った時には驚かされた。スターと言う人種は人に注目されれば蘇るのだ。
私が何よりも嬉しかったのは、北朝鮮が3万人の外国人を招じ入れたことだ。国の門戸を閉ざしていれば、いらぬ誤解を招くだけだ。門戸を開いて交流が深まれば、可能性が広がる。このイベントは外交的に見ても画期的だったと思っている。
プロレスが行われた2日間で38万人もの観客が会場を埋め尽くした。北朝鮮国内のテレビ視聴率は99パーセントだったと言う。ある政府高官は「一夜にして反日感情がなくなった」と言ってくれた。
イベントに参加したのは、新日本プロレスをはじめアメリカのWCW、全日本女子プロレスである。私たちへの声援も凄かったが、それを上回る熱烈な声援を受けたのは全日本女子プロレスだった。
私はNWAの元チャンピオンであるリック・フレアーと闘った。彼は私が求めた激しく厳しい闘いに精一杯応えてくれた。」(P244~245)

「(1998年4月4日の引退試合〔対ドン・フライ戦〕で)
リングに立った私は、これから7万人の観客に向かって何を喋ろうかと考えていた。そこに、ウィレム・ルスカ、アンディ・フグ、ボブ・バックランド、勇利アルバチャコフと言った人たちやキラー・カーンやアニマル浜口、天龍源一郎、前田日明等が花束を持って上がり、労いの言葉を掛けてくれた。そして最後にモハメド・アリがリングに上がって来て、花束を贈ってくれた。その後、モハメド・アリのメッセージが読み上げられた。モハメド・アリ戦の時の通訳だったケン・田島が代読してくれたのである。心に沁(し)みるメッセージだった。」(P253)

[PR]
by bunbun6610 | 2017-08-11 13:55 | 人権、差別

『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(1/2)

『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』
(N. U. D. E. /(編集) ゴマブックス/出版社)

http://www.goma-books.com/archives/49043


https://www.amazon.co.jp/dp/4814913680



俺はアリの“言葉の力”を信じる。
アリは信念を持った男だからだ。
本物の信念を持った奴は、人が見ていようが見ていまいが、
それを曲げたりもしない。
そういうものが、真に“信じる”に値する。
(bunbun6610)


全米の障害者にも勇気を与えた、黒人の公民権運動。
黒人の起こした運動の影響を受けて、
全米の障害者も立ち上がり、そしてADA法ができた。
カテゴリ『哀れみはいらない』参照)
そんな伝説を聞いて、私も思った。

「私にとって、そんな黒人こそ友だ。
差別を差別と思ってもいない、日本人健常者なんかクソだ」
(bunbun6610)



「アリは稲妻だ。信じられないほどの反射神経で相手のパンチをよけ、電光石火の一撃を喰らわせた。全盛期のアリと対戦したボクサーたちは口をそろえて言う。
「触れることさえ、できなかった」と。
そんなアリも相手のパンチを浴び、数回マットに倒れたことがある。しかし、彼の長いボクシング人生でキャンバスに這いつくばりテンカウントを聞いたことはなかった。倒されたとしても立ち上がり、ファイティングポーズをとった。とは言うものの、彼は五回ほど負けている。1971年、徴兵問題が片付き、復帰後に初めて世界ヘビー級王座をかけて挑んだジョー・フレージャー戦では、プロデビューから11年目にして始めて敗北を味わった。〈アリはいつものように吠えるのだろう〉と予想する記者の前で、極めて冷静にこう語り始めたという。

「どんな試合でも、誰かが勝って、誰かが負ける。俺たち黒人もそうだ。勝利の時もあれば、失意の時もある。負け方と、それでも立ち上がる姿を俺は同胞に見せなければならないんだ」」(P8 『まえがき』ブラックパワー研究所代表N.U.D.E.)

「アリは稲妻だった。稲妻を殴りつけたり、牢屋に放り込むことなどできなかったのだ。それにしてもなぜ彼はこれほどまでに不屈だったのか。
「勇気を失ったのはすべてを失ったことだ。そのくらいなら生まれなかったほうがいいだろう」と言ったのはゲーテだった。哲学者のエリック・ホッファーは、この格言を引用しながら「絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になる」と語っている。
財産や名誉を失くしたら取り戻せばいい。だが、それには勇気が必要だ。立ち上がるか、立ち上がらないか、すべては勇気の問題だ。アリの生涯と、彼の残したことばは、そのことを教えてくれる。」(P11 『まえがき』ブラックパワー研究所代表N.U.D.E.)

「アリは若くして、自身の物語を綴っていこうと決心した男だった。
運命や時間に定まれるのでなく、権力に屈するものでない。
人権問題、周囲の意思、そのどれにも自身の物語は
変えられないと心に決めて前に進んだ男だった。」(P19 ビル・クリントン〔第42代アメリカ合衆国大統領〕)

「アリは人々の間に壁を作るのではなく、架け橋となることが生きる最善だと示してくれたんだ。」(P20 ビリー・クリスタル〔俳優・コメディアン〕)

「彼はどんな代償が伴おうと、自分の信条を貫き続けた。」(P24 デレク・ジーター〔ベースボール・プレイヤー〕)

「アリは自分が本当に思っていることを話そうとした
最初のアスリートの一人であり、
後に続くものたちが同じことができるように扉を開いてくれた。」
(P25 デレク・ジーター〔ベースボール・プレイヤー〕)

「何が起こっているの??!!
私たちはこの国の宝物を
失くそうとしている。
私たちの精神的支柱。
彼は最も偉大な男だった。」
(P28 マドンナ〔ミュージシャン〕)

「自分のなかで、
最も大切な一部が逝ってしまった。」
(P32 ジョージ・フォアマン〔ボクサー〕)

「彼が、アトランタ・オリンピックで聖火を掲げたときに、
彼は私にとって本当に高貴な存在になった。
考えてみてくれ。
もし、何らかの病気で苦しんでいるとしたら、
この国で暮らすほとんどの人々は、
とりわけ名の知れた有名人ならばなおのこと、
ひっそりと隠れたがる。
人前に出てこない。
パーキンソン病症候群などに侵されたら、
誰だって家でひっそりと隠れていることだろう。
そして、彼らは言うんだ。
「こんな姿を人前にさらしたくない」と。
それなのにあの男は、
震えながらも聖火を持って点火したんだよ。」
(P33 ジョージ・フォアマン〔ボクサー〕)


「蝶のように舞い、蜂のように刺す。」(P38)


漫画『あしたのジョー』の名セリフとしても、出ている。
もともとは、アリの言葉だったんだ。


「俺ぐらいグレートになると、謙虚でいることが難しいんだ。」(P46)

「家では俺もおとなしくしているさ。
でもそんな姿は世間に見せたくない。
おとなしい人間は大成しないってことを悟ったのさ。」(P47)

「言っていることをやってのける
力の裏づけがあるのなら、
それは自慢じゃないよ。」(P49)

「郵便切手にでもならない限り、
俺をナメることはできない。」(P51)

「俺は最強じゃない。
最強の二倍強いんだ。
ただ敵をノックアウトするだけでなく、
どのラウンドで倒すかを決められるんだ。」(P52)

「モハメド・アリのようなファイターはもう出ないと思うね。
別に他のファイターをけなしているわけじゃないよ。
全盛期のアリを倒せたのもいるかもしれないが、
そういうことを言っているんじゃないんだ。
彼のようにリング上で美しいファイターは他にはいない
ということだ。
あれだけの大きな体で、彼のように動くのは、
それはまさに音楽か詩のようなものだったよ。」
(P54~55 ハンク・アーロン〔野球選手〕)

「クレイ(アリの改名前の本名)の自慢話は、
「やると言ったことは実現できる」と自分に言い聞かせる
ための手段だったんだ。
そのことに僕は気づいた。
僕は彼の自慢話が嫌いだったし、クレイが誰に向かって
言っているのか気づくのに長い時間がかかった。
クレイは自分に言いきかせていたんだ。」
(P55 フロイド・パターソン
〔世界ヘビー級チャンピオン。アリとは2戦2敗〕)


サッカー日本代表の本田圭祐と共通する部分だ。


「彼が目立っていたのは、他の子たちより意思が強かったからじゃないかな。それに、将来ものになりそうな動きの速さを持っていた。苦労をいとわない子供だった……あいつにやる気をなくさせることは不可能だったろうな。私が教えた子供たちのなかでは、文句なくいちばん練習熱心だった。」(P57 ジョー・マーティン〔アリにボクシングを勧めた元警官。アリの最初のトレーナー〕)

「俺は他のボクサーとは違うんだ。
俺は、いつ下がるべきか、
またいつ前に出ていけばいいのか、
直感でわかるのだ。
俺には、そのような、
たぐいまれなボクサーの技術があるのさ。」(P58)

「誰も見ていないジムやロードでの
トレーニングで勝負は決まるんだ。」(P61)

「腹筋は数えないよ。
痛みを感じ始めたら、
そのときに数え始めるんだ。
意味があるのはそこからさ。」(P62)

「人は世界一のゴミ収集人になれるんだ。
世界一のモデルにだってなれる。
たとえ何をやろうと、
それが世界一なら何も問題はないぜ。」(P64)

「彼はあらゆる能力に長けていた。相手との間の取り方や攻撃を仕掛ける時の動作は、最初から信じられないほど俊敏だった。モハメドには、ルイス・サリアというマッサージとエクササイズを担当する人間がついていて、彼は暇さえあれば、モハメドに柔軟体操をさせていた。それがボクシングに大いに役立ったんだ。だからモハメドは、少年のような華奢な身体つきから、あっという間に立派な身体に成長した。彼がここにやってきた時は189ポンド(約86キロ)だったが、瞬く間に200ポンド(約91キロ)を超えたよ。それも全部筋肉なんだ。自然なことであるけど、ウエイトトレーニングは一切やっていないし、その変身ぶりにはびっくりさせられたな。モハメドはライトバッグとヘビーバッグを叩き、たいてい3マイル以上はロードワークをこなしていた。彼はロードワークを重視していて、それでガゼルみたいに走ることができたんだ。」(P68 アンジェロ・ダンディー〔アリのプロ第2戦から引退までのトレーナー。シュガー・レイ・レナードなど世界王者15人を育てた名伯楽。〕)

「彼に何かをやらせようとするのは無理だ。そういうふうに仕向けないとだめなんだ。彼は直接的に命令されることを何よりも嫌った。自分の独創性を大切にしたがっているんだ。」(P69 アンジェロ・ダンディー)

「俺には俺の信じる道がある。
他人が思うような人間にはならないよ。
俺は俺の道を行くんだ。」(P70)

「ガードを下げるなという
ボクシングの基本とやらには意識的に抵抗したね。
俺がガードを下げたのは、それが相手をはめて、
打って出る気にさせるからさ。
フェイントだったんだ。
隙だらけの格好をしてても、素早く後ろにかわせるんだ。
レーダーみたいに相手の距離を判断して、
相手の手の届く範囲から1インチ離れる。
パンチが飛んできたらもう1インチ離れる。
2インチの差で相手のパンチが届かないところで、
カウンターを狙うんだ。
今までそうしてきたし、
これからもうまくやるさ。
だけどこれは誰にでもできるわけじゃない。」(P71)

「俺はアーチ・ムーアではなく、ヘビー級のシュガー・レイみたいになりたい。」(P71)
※アーチ・ムーア…世界ライトヘビー級チャンピオン。アリにボクシングを教えた恩師。
※ シュガー・レイ…世界ミドル級&ウェルター級チャンピオンのシュガー・レイ・ロビンソンのこと。「パウンド・フォー・パウンド」(仮に体重差がなかった場合の最強を決める評価基準)と称された元王者。




想像力のない奴に、翼は持てない。」(P73)

そのことをあなたの精神が思い描き、
心がそれを信じられるなら、
達成することは可能だ。
」(P74)

チャンピオンはジムで作られるものじゃない。
彼らの奥深くにある「何か」で作られるんだ。

例えば願望、ビジョン。
そのためにはどんな土壇場でも耐えるスタミナと、
少しばかりのすばしっこさ、
そして技術と意思が必要だろう。
だが意志の力はどんな技術よりも
更なる強さを与えてくれる。」(P76)

今考えていることが、将来の自分の姿だ。」(P77)

自分はダメだと思えば、
その時点から自分はダメになるぜ。
」(P78)

肯定の繰り返しが信念につながる。
その信念が深い確信になると、
物事が実現し始めるんだ。
」(P79)

不可能とは、自らの力で世界を切り開くことを
放棄した臆病者の言葉だ。
不可能とは、現状に甘んじるための
言い訳にすぎない。
不可能とは、事実ですらなく、
単なる先入観だ。

不可能とは、誰かに決めつけられることではない。
不可能とは、可能性だ。
不可能とは、通過点だ。
不可能なんて、ありえない。」(P80)



ナポレオンの有名な言葉「余の辞書に不可能という文字はない」を思い出す。
ウィキペディアには次のような解説が載っている。

「同じ意味で別の言回しとして「余の辞書に不可能という文字はない。」「不可能という文字は愚か者の辞書にのみ存在する」「不可能は小心者の幻影、卑怯者の避難所」などがある。ナポレオンが日常よく口にした言葉で、一般には「余の辞書に不可能の文字はない」として知られる。「不可能と言う文字は愚か者の辞書にのみ存在する」という言葉から、変わったという説もある。」(2017年7月18日時点での調べ)



人間が困難に立ち向かう時、
恐怖を抱くのは信頼が欠如しているからだ。
俺は自分を信じる。
」(P81)

「俺はジャック・ジョンソンのイメージに憧れて育った。
俺は白人の連中に嫌われるような、
荒々しくてタフで傲慢な黒人になりたかった。」(P83)

※ジャック・ジョンソン…黒人初の世界ヘビー級王者。映画『ボクサー』(1970年)のモデルになった。

「兄弟姉妹が腹を空かせて給食センターに
並んでるのを知りながら、
ロールスロイスに乗って丘の上に住んでも、
俺は嬉しくない。
俺は世界チャンピオンだが、
俺とファンに違いがあるとは思わない。
俺は今でもスラムを歩き、
質問に答え、
赤ん坊にキスしている。
俺は絶対に仲間を忘れない。」(P99)

「俺はリングに上がるとき、神を思い、
また、アメリカのあらゆる
都市のスラム地区に住む人々のことを思う。
そして俺は、権力を握っているすべての偽善者どもを
なぐってやるつもりで相手を攻めるんだ。
俺は、自分の自由のために戦っているのだが、
また、この国の三千万人の黒人の希望も、
背負っているんだ。」(P100)

「俺は白人が手を出せない
黒んぼとして生きることに決めた。
白人のあんた、
あんたが手に入れられなかった、
ただひとりの黒んぼだよ。」(P101)



この点では、歌手マイケル・ジャクソンと比較してしまうところだ。
両者の違いは、思想なのだろうか?
黒人としての誇りは?
障害者も、もっとプライドを持って生きていいと思う。



「俺が自分の感じたままを
思いきって言う初めての黒人アスリートだから、
何だっていうんだ!
他の人たちを助けるために自分を犠牲にする
日本人の特攻隊員と同じかもしれないじゃないか!」(P102)

「雄鶏は光が見えて初めて鳴くんだ。
暗闇のなかでは決して鳴かない。
俺は光を見たからこうして鳴いているんだ。」(P103)

「アリは入隊拒否によって金銭だけでなく、もろもろの損失を被り、その額は1000万ドルに及ぶものと想像する。」(P107 ゴードン・ダビットソン〔ルイビル・スポンサーリング・グループの弁護士〕)

「お前たち白人は
「国のために命を捨てて戦え」
と平気で命令する。
そのくせ俺の名前も宗教も尊重しようとはしない。
そればかりか不当なやり方で
俺から職業を奪い、
収入の道さえ閉ざす。
すべては、お前たち白人がやったことだ。」(P116)



障害者である俺も、日本人健常者に、こんな言葉を一発ぶちかましてやりたいものだ。100発でも1000発でも、物足りないくらいだ。


「これからこの国がどうなるのかは、
君たち白人の双肩にかかっている。
よく考えて欲しい。
答えは君たち自身の中にある。」(P117)



日本にも言えることだと思う。在日外国人や障害者を差別する、右翼やレイシストの運動激化で今、この国も揺れ動いていると思う。少し違うが、小松左京の『日本沈没』を思い出す。政府と民衆が奴らをコントロール出来なくなった時、「日本沈没」となろう。


「ブラザー、君らにはわかっちゃいないんだ。
これからどこに行くのか、
腕や目をなくして戻ってこられる可能性がどれだけあるか、
他人の土地で現地の人たちと戦い、
君らが彼らを撃たなければ知らないんだ。
彼らはニガーと呼んだことも、犬をけしかけたことも、
君たちの指導者を撃ったこともないんだぜ。
そんな彼らと戦ったあげく、故郷に帰ってみれば仕事もない。
それに比べれば、刑務所に何年か入っていることなど
何でもないぜ。」(P119)

「俺を自由の身にするか、さもなければ刑務所に入れろ。」(P120)

「人生はボクシングと似ている。
問題は倒れることではなく、
立ち上がろうとしないことだ。
」(P121)

「そのとき私は、こう思ったのを覚えているよ。この男はとてつもなく強い男なんじゃないかってね。彼は、合衆国政府の激怒にさらされていた。投獄の危機に瀕していた。ボクシング界からの追放の危機に瀕していた。それなのに彼はたじろかずに、権力を持った人々に対峙していたんだからね。」(P122 ジョージ・シュバロ〔アリが「洗濯女」と呼んだカナダ史上最も有名なボクサー〕)

「「俺をニガーと呼んだベトコンはいない」アリのこの一言に全米の黒人たちが敏感に反応した。ベトナム戦争や公民権運動に無関心だった白人たちにまで影響を与え、多くの一般市民が深い関心を持つようになった。」(P123 ジュリアン・ボンド〔公民権運動家。全米国人地位向上協会(NAACP)の執行委員長で、ジョージア州議会議員。近年はNAACP会長として黒人の地位向上につとめた。〕)

「我々の信じる宗教は違いますが、問題意識は同じです。アリの勇気をたたえないわけにはいかない。」(P123 マーティン・ルーサー・キング)

「君は、恐怖や弾圧に屈しないことを決意したすべての人々を覚醒させた意識の象徴的存在であり、私は全身全霊を傾けて君を擁護する。」(P123 バートランド・ラッセル〔イギリスの哲学者、論理学者、数学者。社会運動、平和運動にも積極的で、サルトルらとともに、アメリカの対ベトナム政策を糾弾する国際戦争犯罪法廷を開廷。イギリスの貴族出身で白人であるが、アリを全面的に支持した。〕)

「アリが入隊命令を拒否した時、私は自尊心の満足をはるかに超える激しい感情を抱いた。黒人としての、いや人間としての名誉をアリが見事に守ってくれたように感じた。彼はさながら龍を退治する偉大な戦士だった。私は都会に住む幼い子供にもかかわらず、自分が偉大な知恵と豪胆さを兼ね備えたアリの家来になった気分だった。アリが入隊を拒否した日、私は部屋で泣いた。私はアリと自分のために泣いた。私はアリと自分の未来を思い、黒人全体の将来を慮って涙を流した。」(P124 ジェラルド・アーリー〔大学教授。作家。〕)

生きていく中でリスクを冒す
勇気がなければ何も達成できない。
」(P132)

「ボクシングは俺を別の人間にしてくれたんだ。」(P133)

「アリのハートは、まるで大自然みたいにでっかいんだ。彼は、絶対に恐怖を口にしない男だ。絶対にね。口にするくらいなら、死を選ぶだろうよ。それこそ、俺が彼のプライドを尊敬している理由さ。」(P135 アーニー・シェーバーズ〔1977年、アリの通算19回目の世界王座防衛戦の対戦相手。〕)


P127の言葉と上の言葉を比較すると、アリの本心(感情)と意思とは逆だということがわかる。世間では「ビッグマウス」と言われていたが、確かに人前では恐怖を口にしなかったようだ。アリは、感情を自分の意思でコントロールしていたんだ。


「アリは精神力の権化だったよ。誰も彼を屈服させることはできなかったよ。多くのファイターは負けるとがっくりきてしまうんだ。彼らは得意になっているぶん、やっつけられるとだめになってしまうんだが、アリは負けてもくじけなかったよ。」(P137 マイク・カッツ〔スポーツ記者〕)

「打ち負かされるのがどういうことか、
というのを知っている人間だけが、
ドン底の状態からわずかながらも
相手より強い力をつけて這い上がり、
僅差の勝負を勝利に導くことができる」(P138)

「負けは頭になかった。
だが敗北を喫した今、
俺を信じてくれた人たちに
きちんと責務を果たしたい。
人生に敗北は付きものであり、
敗北を糧にすることが大切なんだ。
」(P140)

俺たちはみんな人生で何かを失うもんだよ。
妻を失い、母親を失う。
俺たちはみんな失うものを持ってるんだし、
やるべきことは生き続け、
そうした損失を克服し、
そしてカムバックすることだ。
失ったからって、死ぬわけにいかないぜ。」(P141)


障害だって、そうだ!
アリ自身が患ったパーキンソン症候群だって、そうだ。健康も失うが、それでも彼は社会の表舞台にカムバックした。あの最強チャンプと言われたジョージ・フォアマンが驚くこともした。


「俺の人生で最良のことは、
何年かタイトルを失って
普通の男として暮らしたってことさ。
おかげで金の値打ちってものを学んだよ。
買う必要のあるものと、
ないものを見分ける目が持てたのさ。」(P171)

あんたは何も所有しちゃいない。
この世のものは皆、預かりものなんだ。

用心しろよ。」(P173)

「彼がマニラでジュー・フレージャーを倒してから2、3週間後、私たちは国連のレセプションに出るためニューヨークにいた。アリはテレビのニュースを見ていたが、ユダヤ人センターが資金不足のため閉鎖されると報道していた。それは老人用の施設でね。彼らは障害を負っており、その多くはドイツでナチの迫害を受けた人たちだった。次の朝(1975年12月2日)、私たちはそのセンターが入っているビルに行った。アリはあたりを見回し、何人かの人たちに話しかけ、彼らに10万ドルの小切手を与えたよ。彼はそういう人間なんだ。なぜそういうことをしたのかと誰かがたずねると、彼はただ、自分の心には年寄りに対しては弱い部分があるんだ、とだけ答えたよ。」(P175 ハワード・ビンガム〔写真家。アリの親友で黒人。吃音の持ち主だが、アリとは長い友情を持っていた〕)

「アリほど寛大な人間はこの世にいなかった。彼に5ドルだろうが、一万ドルだろうが渡してニューヨークの道を歩かせれば、角を曲がる頃にはポケットにはもう1ドルも入っていなかった。アリがどれだけ大きなハートを持っていたか、誰も信じられないよ。」(P175 ボブ・アラム〔世界二大プロモーターの一人〕)



『『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(2/2)』
[PR]
by bunbun6610 | 2017-08-11 13:54 | 人権、差別

【MLB】観客の差別発言が波紋 イチローは地元紙に “自分にもあった”と経験明かす



https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170503-00010022-fullcount-base



【MLB】
観客の差別発言が波紋
 イチローは地元紙に
“自分にもあった”と経験明かす


Full-Count 5/3(水) 14:39配信



ジョーンズに対する差別発言でRソックスが謝罪、
米国で大きな問題に発展


 オリオールズのアダム・ジョーンズ外野手が1日
(日本時間2日)の敵地レッドソックス戦で観客から
人種差別発言を受けたことが、
米国で大きな問題となっている。
ESPNによると、一夜明けた2日(同3日)には
レッドソックスの球団幹部が本人に謝罪し、
ケネディ球団社長は声明も発表。ジョーンズは
翌日の試合で同じフェンウェイ・パークで
スタンディング・オベーションを受けて打席に入った。



 ただ、今回の問題は波紋を広げており、
地元紙「マイアミ・ヘラルド」はマーリンズの選手も
同様の経験をしたことがあるとする記事を掲載。
その中で、MLB史上初の日本人野手である
イチロー外野手も自身が受けた“仕打ち”を
振り返っている。

「ボルチモア・オリオールズのアダム・ジョーンズ
外野手がフェンウェイ・パークで差別的発言を
受けたと述べた翌日、同様の経験があると何人かの
マーリンズ選手が語っている。
しかし、彼らはその件について、ただ沈黙していた」

 記事ではこのように指摘し、ディー・ゴードン内野手が

「あなたが思っている以上に多いんだ。
今回に限ったことではない」

と話したことも紹介。
さらに、レッドソックス側がジョーンズ本人とオリオールズ
に謝罪し、MLBコミッショナーのロブ・マンフレッドが
ファンの行いについて

「全く受け入れがたい」

と非難したことも伝えている。


イチローに対しても行われた差別行為、
「アイスやコインを投げつけられた」


 そして、MLB史上初の日本人野手であるイチローも、
取材に対して通訳を介して

「よくあることです。
でも、選手は何も言いません。
もし、みんなが観客から何を言われたのかを
口にすれば、大騒ぎになるでしょう」

と明かしたという。

 記事では

「ゴードンと他のマーリンズ選手は、稀なことではない
と言う」

とした上で

「スズキは差別的発言を受けてきたと語る。
しかし、その多くはメジャーリーグでのキャリア序盤の
ことだった」

と言及。
イチロー自身は

「かつて僕にもありました。
アイスやコインを投げつけられたんです。
実際、何回かは僕の頭に当たったことがあります。
彼らは耳をふさぎたくなるようなことを言うんです」

とも話している。

 この他にも、ゴードンに加えて、スタントンも差別的
発言を受けたことがあると伝えており、
現在は解説者の元メジャーリーガー、
プレストン・ウィルソン氏については

「10年間のキャリアにおいて頻繁に差別の対象と
なっていた」

という。
同紙は、ウィルソン氏への差別的発言はボストンが
最悪だった、という事実も報じた。

 ウィルソン氏は

「ラテン系選手に対しても起こる。
黒人だけではない。
無視するために最善を尽くしたよ」

と話したという。
今回、大きな問題に発展したメジャーファンによる
差別的発言。
その根は深いと言わざる得ない状況のようだ。

フルカウント編集部●文 text by Full-Count





=============================





『ジャッキー・ロビンソン・デー』
〔2015-04 -23 19:00〕

[PR]
by bunbun6610 | 2017-05-05 06:55 | 人権、差別

「この体が嫌なんよ」胸かきむしり嗚咽、命絶った我が子

http://news.yahoo.co.jp/pickup/6229133


「この体が嫌なんよ」
胸かきむしり嗚咽、
命絶った我が子


朝日新聞デジタル 2/3(金)21:32配信



8年前の冬、ある性同一性障害者が自ら命を絶った。名は「優子」。女性の体に男性の心を宿し、その相克にさいなまれ続けていた。母は願う。個人がそうありたいと思う性を受け入れる社会を――。



 母の今の思いを、記者が聞いた。

あの子が大人になってから、2人でよく釣りに出かけました。

 「釣れるかねぇ」

 「釣れるといいねぇ」

 そう話しながら堤防から糸を投げました。また行こうねと、約束していたんですけど……。

 《私は29歳になったばかりの女性です。しかし幼少の頃から女の子が好む「ままごと」や「縫いぐるみ」は嫌いで、「ミニ四駆」や「少年ジャンプ」を愛好していました。スカートは制服なので仕方なく穿(は)いていました》(優子さんの仮処分申し立ての陳述書から)

 「そういうのが好きな女の子なんだな」と思い、性同一性障害とは気がつきませんでした。女の子が最高に着飾り、思い出に残る成人式。「一度は着物をきちんと着たいのではないか」。そんな親心から、「スーツで行く」と言う優子に黄色地の振り袖を用意しました。今振り返れば、かわいそうなことをしたと思います。私が喜んで支度しているのを見て、台無しにしたくないという思いで何も言わなかったんじゃないかな。写真館で撮った振り袖姿の写真は、どうしてもリビングには飾れない。

 《戻っても居づらかったらその時に考えるので、自分の好きな職場に戻りたい。この先、女として生きるのも男として生きるのも、精神的にも肉体的にも生き辛(づら)いのには変わりがないので》(同)

 職場のことを話すとき、「天性の仕事なんよ」と言ってとても楽しそうでした。でも同僚に性同一性障害と打ち明けると、離れていってしまった。

 優子にとってはすごく生きづらかっただろうなと思います。心と一致した性で産んであげられなかったという思いもあります。

 《今でも、自分は男として生きていくべきなのか迷います。女で通すと決める一方、それが卑怯(ひきょう)だという思いがあり、いつも「普通の女」「普通の男」の言動と自分との差を何となく気にしています》(同)

 亡くなる数日前、「この体が嫌なんよ!」と言って胸のあたりをかきむしり、嗚咽(おえつ)をもらしていました。感情をあらわにすることはほとんどなかったのに。それほどまでに失望したんだと思います。自分の体と性を受け入れて何とか生きていこうとしたけど、周りに受け入れられなかった。

 亡くなったのは自宅の和室。29歳でした。

 「優ちゃん、優ちゃん」

 必死に名前を呼びました。懸命に何かをこらえているような表情を見て、「苦しかったんだね」という思いがこみ上げました。

 どうして死ななければいけなかったのか。優子の死を自己責任と言って終わらせないでほしい。そう思って裁判を闘ってきました。

 これは優子だけの問題じゃないんです。みんな違ってみんないい。みんながそう思える社会だったら優子は受け入れられていたのかもしれない。自分の生きたい性で生きられる社会になってほしいと思います。(田中瞳子)

■解雇後に自殺、控訴

優子さん(当時29)の母親(65)=山口県岩国市=は、「性同一性障害の告白をきっかけに会社から退職強要を受けるなどしてうつ病になり、自殺した」として、国に遺族補償年金の不支給決定の取り消しを求め広島地裁に提訴した。だが地裁は先月、「自殺は業務が原因と認められない」として請求を棄却。母親は3日、控訴した。

 判決などによると、優子さんは自動車販売会社の正社員になった直後の2008年11月、同僚に性同一性障害を告白。同月下旬に解雇通知を受け、地位保全を求め仮処分を申し立てたが、09年1月に自殺した。母親は11年8月、労災に基づく遺族補償年金を申請。岩国労働基準監督署は「自殺は業務上のものではない」として退けていた。

朝日新聞社


=========================



差別に負けないで頑張っている人もいるけど、
こういうニュースを見るとやっぱり、

「社会(企業)には責任はないのか?」

と疑問に思う。

自動車販売会社って、まさかトヨタや日産、
ホンダ系じゃないだろうな。


ちなみに、当ブログのカテゴリ

『就労後の聴覚障害者問題E』

は、実はトヨタ直系のディーラーの実態を
記録した就労日記である。
現社長は、親会社(トヨタ自動車)から天下りした人だと
聞いている。






[PR]
by bunbun6610 | 2017-02-04 07:21 | 人権、差別

社会の目

数日前、バラエティテレビ番組で「ぺぇ」という
芸能人の話を観た。



芸能人へのクチコミ
『ぺぇ?
ぺえのキモイお姉系のゲイのキャラ!
性別、年齢や本名を公開!』
〔2016/4/22〕




見た目は女の子の格好だったが、芸名「ぺぇ」
とは本名の「慎平」かららしい。
つまり、「おネェ」キャラの芸人なのだが、
本当はキャラなんかではなく、「恋愛対象が男」の、
正真正銘のおネェだった。
故郷に残る両親にはテレビで観てもらってはいた
ものの、きちんとしたカミングアウトはしていなかった。

それで番組の力を借りて、とうとう両親にカミング
アウトした。
両親は

「ショックがないとはいえない」

とか

「信じたくない」

とか言っていたが、カミングアウトの後、息子のぺぇ
にこう言った。

「40歳になっても50歳になっても、
親にとって子供はずっとかわいいもの」

「世間が何と言おうと、子どもが幸せであるなら、
私たちもうれしい。
それが最高の親孝行だからね」

とか言っていた。
感動的だった。

ただ、その最後のゆるぎない言葉があっても、
なお両親には不安というのか、迷いというのか、
そんな気持ちも心の中をよぎるそうだ。
私はそれを観て、

「”社会の目”があるからだ」

と思った。
両親にも、社会の目が染み付いているはずだ。
でも奥底の、本能的にあるのは親としての、
子どもへの愛だと思った。

多くの人はよく「社会の目」に苦しむ。
マスコミに追われる芸能人だけではない。
障害者にだって、障害児を持つ親にだってある。
私の親も、聴覚障害を薄々と気づいていたし、
学校の担任教師にも指摘されたことがあったが、
自分の子が障害者などと認めたくなかったようだ。

『耳の聞こえない私が4カ国語しゃべれる理由』

で有名な金修琳氏も、保護者である母親が
認めたくなかったと告白している。
やっぱり、その一番の原因は、"社会の目”が
怖かったからなのかもしれない。
「親のプライドが原因」だと言って責めるのは、
あまりに酷過ぎるだろう。


ハヤブサというプロレスラーが試合中の事故が
原因で障害者になり、昨年亡くなった。

そのハヤブサさんもEテレ『バリバラ』に出演した時、
「社会の目」のことを言っていた。


『バリバラ団の「がんばらなくていい!」に賛否両論』
〔2014-02 -14 18:00〕




日本映画に『悪人』という作品があったが、
それも同じく、”社会の目”の怖さを描いていると思う。

『誰が本当の悪人なのか・・・映画『悪人』耽溺サイト』


人間は死ぬまで、この社会の目と付き合って、
生きていかなければならない。
[PR]
by bunbun6610 | 2017-01-14 10:00 | 人権、差別

<自公>ヘイト解消へ法案…禁止・罰則は盛り込まず





http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160405-00000104-mai-pol


<自公>
ヘイト解消へ法案
…禁止・罰則は盛り込まず


毎日新聞 4月5日(火)21時21分配信

自民、公明両党は5日、特定の人種や民族に
対する差別的言動を街頭で繰り返すヘイト
スピーチの解消に向けた法案をまとめた。
憲法が保障する表現の自由の重要性に配慮し、
禁止や罰則の規定は盛り込まない理念法に
とどめた。
近くに国会提出する方針だ。

 自公両党は5日、与党ワーキングチーム
(座長・平沢勝栄衆院議員)を国会内で開き、
法案内容について合意した。
法案では

「不当な差別的言動は許されない」

と明記。
在日コリアンの排斥を主張する街頭活動が
社会問題となったことから、ヘイトスピーチを

「日本以外の国の出身者で適法に居住する
ものを、排除することを扇動する不当な差別
的言動」

と定義した。

 政府には、相談体制の整備や教育、啓発
活動などの差別的な言動が解消されるための
施策を実施する責務があると明示。
国民に対しては

「不当な差別的な言動のない社会の実現に
寄与するよう努めなければならない」

との努力義務を課した。

 禁止・罰則規定を見送ったことについて、
規制の実効性を疑問視する声もあるが、
法案をとりまとめた公明党の遠山清彦座長
代理は会合後、記者団に

「公権力が特定言動を取り締まることは、
憲法との整合性に疑義があるため」

と説明した。

 野党は既にヘイトスピーチの禁止規定を盛り
込んだ人種差別撤廃施策推進法案を国会提出
している。
与野党は与党の新たなヘイトスピーチ法案を
加えた3法案の審議を進めることについて
協議する。

【飼手勇介】



======================

[PR]
by bunbun6610 | 2016-04-05 22:55 | 人権、差別

<ハンセン病>「最高裁隔離法廷は差別」有識者委が指摘方針

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160330-00000005-mai-soci

<ハンセン病>
「最高裁隔離法廷は差別」
有識者委が指摘方針

毎日新聞 3月30日(水)7時31分配信


ハンセン病患者の刑事裁判が裁判所外の隔離施設などに設置された「特別法廷」で開かれていた問題で、最高裁の有識者委員会が「患者の裁判を一律に特別法廷で開いてきた最高裁の手続きは差別的な措置だった」と指摘する方針であることが分かった。最高裁はこの指摘を踏まえて4月にも検証結果を公表する予定で、特別法廷の設置を認めた最高裁の手続きの根底に差別があったとの評価が検証結果に盛り込まれる見通しとなった。

 有識者委は29日に東京都内で会合を開いて意見交換し、最高裁がまとめる検証結果の報告書の内容についても議論した。座長の井上英夫・金沢大名誉教授は会合後に取材に応じ、「特別法廷の問題の根本には差別がある。その認識は最高裁と一致していると思っている」との見解を示した。

 最高裁の検証は▽特別法廷を開廷する必要性はあったか▽開廷場所の指定手続きに不備はなかったか▽法廷は適切に公開されていたか--などが焦点となっている。

 憲法と裁判所法の規定に基づき、裁判は裁判所の公開法廷で開かれるのが原則だが、司法行政機関としての最高裁が必要と判断すれば、極めて例外的に裁判所外に特別法廷を設置することができる。本来は裁判ごとに最高裁の全15人の裁判官で構成する「裁判官会議」が設置の可否を判断する必要があるが、当時の最高裁は、ハンセン病患者については裁判官会議を経ないまま伝染の恐れを理由に一律に特別法廷とする運用をしていたとみられている。

 こうした経緯を踏まえ、有識者委の委員らは、特別法廷の設置の背景には隔離政策に基づく元患者らへの差別があり、最高裁の対応は裁判所法に反していたとの意見でほぼ一致しているとみられる。最高裁も有識者委の指摘を尊重する見通しだ。

 ハンセン病患者の特別法廷は主に、医療刑務所やハンセン病療養所、拘置所内で開かれていた。最高裁の調査では、裁判所が特別法廷の開廷を掲示で知らせるよう療養所に促す記録が見つかった。だが、隔離施設内で開かれる法廷は一般の人の立ち入りが困難な上、元患者は最高裁の聞き取りに「(特別法廷は)何をしているか分からず、近づけなかった」と証言した。

 委員からは「特別法廷が憲法で保障された法の下の平等や裁判の公開原則を満たしていたかについても検討すべきだ」との意見が出ており、有識者委は今後最終的な意見集約を図る。

 一方で憲法は「裁判官の独立」を保障しているため、最高裁の検証対象は個別の裁判ではなく「最高裁による開廷場所の指定」という司法行政上の判断に絞られている。最高裁は、個別裁判に影響しないよう慎重に検証結果をとりまとめたい考えだ。【山本将克、江刺正嘉】

 【ことば】特別法廷

 裁判所法の規定に基づき、裁判所の庁舎外で開かれる法廷。災害で庁舎が損壊するなどした場合に、最高裁が必要と判断すれば、例外的に設置できる。最高裁によると、1948~90年に地裁などから特別法廷設置を求める上申が180件あり、113件が許可された。このうちハンセン病を理由とする上申は72年までに96件に上り、95件が許可された。残る1件は撤回されており、最高裁が却下した例はなかった。


【関連記事】
·<療養所入退所者調査>「今も差別」77%

· <療養所入退所者調査>自由記述欄に書かれた元患者の思い

· <動画あり>宮崎駿監督、高齢化進むハンセン病療養施設の保存訴える

· 「これからは隠れず生きる」…実名で提訴 父親がハンセン病患者だった

· ハンセン病と生きた70年 「犬死にするな」胸に

最終更新:3月30日(水)7時31分



==========================





==========================



http://www.asahi.com/articles/ASJ4V20KJJ4VUBQU002.html?ref=yahoo


ハンセン病「特別法廷」
最高裁が謝罪、
違憲性は認めず


市川美亜子

朝日新聞デジタル
2016年4月26日06時07分

かつてハンセン病患者の刑事裁判などを隔離
された療養施設などに設けた「特別法廷」で
開いていた問題で、最高裁は25日、調査報告書
を公表した。

「社会の偏見や差別の助長につながった。
患者の人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、
お詫(わ)びする」

と謝罪した。
その一方で、憲法が保障する「法の下の平等」や
「裁判の公開原則」に違反するとは認めなかった。

·ハンセン病特別法廷、最高裁が謝罪 「尊厳傷つけた」


 最高裁が司法手続き上の判断の誤りを認め、
謝罪するのは極めて異例のことだ。
ただ、最高裁が調査にあたり設置した有識者
委員会(座長=井上英夫・金沢大名誉教授)は

「特別法廷は憲法に違反する」

と指摘していたにもかかわらず、最高裁として
違憲性を認めなかったことには、元患者など
から批判が出ている。

 最高裁はこの日、司法行政を担う事務総局
のトップにあたる今崎幸彦・事務総長が記者
会見し、報告書を説明したうえで謝罪した。

 当事者がハンセン病患者であることを理由と
する特別法廷は、1948~72年に95件開か
れた。
報告書によると、事務総局はハンセン病患者
であれば特別法廷の設置を認める「定型的な
運用」をしていた。
2001年の熊本地裁判決で

「隔離政策の必要性が失われ、違憲は明白
だった」

とされた60年以降もこうした運用を続けていた
という。

 報告書はこうした運用について

「合理性を欠く差別的な取り扱いだった」

と指摘。
やむを得ない場合にのみ特別法廷を開けると
した裁判所法の趣旨に違反すると認めた。

残り:955文字/全文:1566文字



==========================




「差別の定型化」か・・・・。
こうして差別問題は、
いつのまにか合法化される状況に変わったり、
問題点なのに埋もれていったりして
しまうのだろうなぁ。

気をつけなくてはいけないことだ。
難聴者も、こうした形の差別の前に、
諦めてしまう人が多いと思う。




==========================



http://www.asahi.com/articles/ASJ4T4RCSJ4TUTIL02Z.html


ハンセン病特別法廷、
最高裁が謝罪
 「尊厳傷つけた」


朝日新聞デジタル
2016年4月25日14時40分

ハンセン病患者の裁判を隔離された療養施設
などに設けた「特別法廷」で開いていた問題で、
最高裁の今崎幸彦事務総長は25日、調査報告
書を公表し、

「患者の人格と尊厳を傷つけたことを深く反省し、
お詫(わ)びする」

と謝罪した。

 ハンセン病患者であれば例外なく特別法廷の
設置を認めてきた最高裁の判断について、
報告書は

「社会の偏見、差別を助長するもので、
深く反省すべきだ」

と言及。
一方で、特別法廷を開いたことは、憲法の「裁判
の公開」には違反しないと結論づけた。

 最高裁事務総長は司法行政の事務方のトップ。
最高裁が司法手続き上の判断の誤りを認め、
会見で謝罪するのは極めて異例。



==========================

[PR]
by bunbun6610 | 2016-03-30 20:34 | 人権、差別

【発言全文】「同性愛は個人的趣味」 支援を疑問視する杉並区議の発言に批判



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160221-00010000-bfj-pol


【発言全文】
「同性愛は個人的趣味」
 支援を疑問視する
杉並区議の発言に
批判


BuzzFeed Japan 2月21日(日)8時18分配信


東京都杉並区の小林ゆみ区議が「同性愛は個人的趣味」「自治体が時間と予算を使う必要があるのか」などと議会で発言した。これに対し、当事者たちから「趣味の話ではない」などと反発が出ている。【古田大輔】

小林議員の発言は2月15日の杉並区議会で出た(8分20秒から)。定例議会で区への質問に立った小林議員は「性的マイノリティについて質問をします」と述べて、次のように発言した(抜粋、全文は記事末尾)。

「レズ・ゲイ・バイは性的指向であるのに対し、トランスジェンダーは性的自認であり、医師の認定が必要である明らかな障害であると言えます。トランスジェンダーの方は法律的に保護する必要があり、世間的な目からの誤解を解かねばなりませんので、彼らの人権のために区が啓蒙活動をするのは問題ないと考えます」

「そもそも地方自治体が現段階で、性的指向、すなわち個人的趣味の分野にまで多くの時間と予算を費やすのは、本当に必要なのでしょうか」

小林区議は、このようにトランスジェンダーと同性愛者を区別し、行政による後者への支援を疑問視した。
区議会後にアップした自身のブログでは、こうも書いている。

「レズ、ゲイ、バイは性的指向(好み)、トランスジェンダーは性的自認(障害)であるという大きな性質の違いがあるため、私はそれらを一括りにすること自体に疑問を抱かざるを得ません」

「性的指向は選びとれるとの誤解は本当に多い」

これに対し、同性愛の当事者らからは批判の声が上がった。

ゲイであることを公表して活動している豊島区の石川大我区議は「性的指向はほぼ生得的なもので、個人的趣味ではない。誤り。性的指向は選び取れるとの誤解はほんとうに多い」とツイート。

レズビアンの立場から発信している村田悠のブログも小林区議の発言を取り上げた。

「正式な場所だからこそ差別的なニュアンスも持つ”レズ”ではなくて”レズビアン”と呼んでほしい」「同性愛、バイセクシャルは趣味でないってところだけでも認識してほしいです。そんなほいほいやめられないから、頑張っていきやすい道を探してるんですし」

同性愛や両性愛は、異性愛と同じく「性的指向」の一つ。同じ読み方をする「性的嗜好」が性に関する好みや趣味的な意味を持つのと異なり、「性的指向」は生まれついてのものとされる。

異性愛の男性が女性を、女性が男性を愛するように、同性愛の男性は男性を、女性は女性を自然と愛するようになる。趣味や好みを意味する「嗜好」ではなく、初めからその方向に向かっていることを示す「指向」という文字が使われる所以だ。

国連人権理事会は2011年6月、「人権、性的指向および性同一性」に関する決議で、性的指向と性同一 性障害を理由にしたすべての暴力や差別行為の対策に取り組む姿勢を明確にした。この決議には日本も賛成している。


日本は性的少数者への差別が少ない国?

また、小林議員はアメリカやロシアでの同性愛への差別や、同性愛を犯罪行為と認定している国がある中東やアフリカを例に挙げ、「日本は性的マイノリティへの差別が少ない」と指摘した。

しかし、日本の法務省サイトでは「内閣府の人権擁護に関する調査」をもとに「差別的な言動」「職場や学校などでのいじめ」などの事例を取り上げ、こう訴えている。

「同性愛者,両性愛者の人々は,少数派であるがために正常と思われず,場合によっては職場を追われることさえあります。このような性的指向を理由とする差別的取扱いについては,現在では,不当なことであるという認識が広がっていますが,いまだ偏見や差別が起きているのが現状です」

「こうした性的指向や性同一性障害を理由とする偏見や差別をなくし,理解を深めることが必要です」

小林区議が同性愛差別が根強い国として例に挙げたアメリカでは昨年6月、最高裁がアメリカの全州で同性婚が合法だという判決を下している。


小林区議の性的少数者に関する質問全文

杉並区議会・小林ゆみ議員(自民・無所属・維新クラブ)

最後に性的マイノリティについての質問をします。

昨年に実施された電通総研の調査によると、日本人の約13人に1人が性的マイノリティであるという結果が出ています。今までよりもそう言った話題が遡上に登ることが多くなったこともあり、区としても実態把握に努める必要があるのではないか、と思えるほどに性的マイノリティの人権を守るための運動は日本でも広がってきています。

同性パートナーシップに関する渋谷区の条例、世田谷区の要綱はその象徴といえるでしょう。ただし、これらは憲法24条、94条に違反している疑いが強いことが指摘されています。

確かに性的マイノリティの方々のアパート入居、病院での面会などの不利益が存在するのであれば、彼らの苦しみを取り除き、彼らを救済する必要があります。しかし、それら個々の問題が発生した時には、それらに対する個別の運用で十分に対応が可能ではないでしょうか。

例えば、アパート入居や病院での面会権を家族以外にまで広げることは不可能ではないですし、財産に関する問題は公証人役場で遺言、公正証書を作成すれば、新たな条例などは不要です。また、家族ではないから、といってアパート入居や病院での面会を断られる問題は本当に多く発生しているのでしょうか。

現在、日本には性的マイノリティ向けの心理カウンセラーや同性結婚式を行う神社や結婚式場、性同一性障害の患者を積極的に診察する病院が存在します。さらに厚生労働省が精神障害者保険福祉手帳から性別欄を削除するなど、性的マイノリティに配慮した対応が国内ですでに進んでいます。このように日本は他国に比べると、性的マイノリティに対して、目に見えた差別が少ない国であると言えます。

例えば、アメリカではキリスト教の教えによって同性愛は罪とされているため、同性愛に対する差別が根強くあります。また、ロシアでは、2013年に同性愛宣伝禁止法が定められ、去年は動画サイトのYouTubeで同性カップルが手をつないで歩いているだけで、周囲の人々がそのカップルに対して暴言を浴びせたり、殴りかかってくる動画が2日間で200万再生され、話題となりました。

さらに中東やアフリカには同性愛自体が犯罪行為とされており、死刑を含む刑罰で罰せられる国も存在します。そのため日本では、性的マイノリティへの差別は比較的少ないと言えます。しかし、それは裏を返せば、国民が彼らについての正しい知識を持っていないという裏付けでもあります。

そのため、ここで整理をしておきたいのですが、レズ・ゲイ・バイは性的指向であるのに対し、トランスジェンダーは性的自認であり、医師の認定が必要である明らかな障害であると言えます。トランスジェンダーの方は法律的に保護する必要があり、世間的な目からの誤解を解かねばなりませんので、彼らの人権のために区が啓蒙活動をするのは問題ないと考えます。

また、トランスジェンダーの方は、障害であると認められているからこそ、性別を変更できるなどの法的な救済策が定められています。

それに対し、レズ・ゲイ・バイは性的指向であり、現時点では障害であるかどうかが医学的にはっきりしていません。そもそも地方自治体が現段階で、性的指向、すなわち個人的趣味の分野にまで多くの時間と予算を費やすことは、本当に必要なのでしょうか。その前提に基づき、幾つか質問をしていきます。

杉並区男女共同参画行動計画においては、性的少数者(性同一性障害者等)と記載されていますが、ここでいう「等」には具体的に何が含まれているのでしょうか。うかがいます。

また、関連して杉並区男女共同参画行動計画は今年改定されますが、そこでは性的マイノリティについて、どのように表現されるのか、うかがいます。

杉並区は性的少数者とひとくくりに表現していますが、本来、レズ・ゲイ・バイとトランスジェンダーは本質的に異なるため、区別されなければなりません。実際に私の友人のトランスジェンダーの方に話を聞くと、レズ・ゲイ・バイとひとまとめにされることには抵抗があるとのことでした。

そのため、区はレズ・ゲイ・バイとトランスジェンダーは異なるものであると周知し、LGBTや性的少数者という性的指向と性的自認をひとまとめにした表現を改めるべきだと考えますが、区の見解はいかがでしょうか。

障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律が今年4月1日から施行されますが、性同一性障害の方々は対象になるのか、杉並区の見解を問います。

最後の質問となりますが、杉並区は今後も性的マイノリティの人権を守る活動を続けていくのでしょうか。また、杉並区は今後、渋谷区の条例や世田谷区の要綱のようなものを出すことがありうるのかうかがいます。

以上、性的マイノリティに関して幾つか質問させていただきましたが、それはトランスジェンダーである私の親友がここ最近のLGBTに関する運動の盛り上がりに不信感を抱いており、「自分はカムアウトはしたくないし、そもそも世間にここまで大きく、性について取り合げて欲しくない」という彼女の言葉を聞いたことがきっかけでした。

多様な思想や個性を持つ私たちが共生していくにあたり、身近に性的マイノリティの方々がいるということを認識することは重要です。その上で、マジョリティ側がマイノリティの気持ちを理解し、その気持ちに寄り添うことで、様々な状況が改善するはずです。

ただ、そこで注意すべきこととして、マイノリティを助ける側の人々が、人助けをしようという気持ちが過剰に膨らみ、上から目線となり、マイノリティの方々に差別的な目線を送っている可能性があります。また、その逆のパターンで、マジョリティの力よりもマイノリティの力が大きくなり、マジョリティ側を迫害する構図が生まれることも考えられます。

実際にアメリカのコロラド州では、キリスト教の信仰から同性婚のためのウエディングケーキの販売はできないと断った洋菓子職人の男性が、日本円にして約1700万円の賠償金支払いを命じられたという事例があります。洋菓子職人の男性は同性カップルにウエディングケーキを作ることを強いることは、信教の自由と言論の自由を迫害していると主張したにもかかわらず、訴訟に負け、自身の宗教的信条を否定される苦痛を味わうことになりました。

海外ではこのような性的マイノリティによる、過剰な人権訴訟が増えており、敗訴した企業や店舗は営業停止に追いこまれるなど、本末転倒なケースが少なくありません。性的マイノリティ支援において本当に重要なことは彼らが本当に求めていることは何であるのかを見極め、一人一人にあった対応をすることです。それにもかかわらず、結果的に差別のなかったところに差別が生まれてしまうという逆説的な結果が生まれてしまうこともあります。

すべての人がマジョリティに対してもマイノリティに対しても思想・信条の自由を侵害しないことを願い、私の一般質問を終わらせていただきます。
(拍手)



========================





〔関連記事〕


『Eテレ・バリバラ『セクシュアル・マイノリティー』 』
〔2015-09-22 20:00〕

[PR]
by bunbun6610 | 2016-02-21 09:14 | 人権、差別

元職員「抱き上げ、落とした」…「介護に嫌気」

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160217-00050005-yom-soci


元職員
「抱き上げ、落とした」
…「介護に嫌気」

読売新聞 2月17日(水)3時8分配信

川崎市幸区の老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」
で2014年11~12月、入所者の男女3人が
相次いで転落死した事件で、最初に死亡した丑沢
(うしざわ)民雄さん(当時87歳)に対する殺人容疑
で逮捕された同施設の元職員今井隼人容疑者(23)
が神奈川県警の調べに、

「丑沢さんは(介護に)手がかかる人だった」

と供述していることが捜査関係者への取材で
分かった。

 今井容疑者は夜勤も多い介護の仕事についても
「嫌気が差した」などと話しているといい、県警は、
こうした不満やいらだちが動機につながった可能性
もあるとみて調べている。

 県警の発表では、今井容疑者は14年11月3日
深夜から翌4日未明の間に、4階から丑沢さんを
投げ落とし、殺害した疑い。
捜査関係者によると、

「(丑沢さんの部屋の)ベランダに誘導し、
抱き上げて投げ落とした」

と供述しており、

「殺すつもりだった」

という趣旨の説明もしているという。

最終更新:2月17日(水)3時9分




========================





最初にテレビニュースで、この事件のことを知った時は、

「えっ?! 介護者がこんなことを?!」

と思った。
介護職の人が、なぜこんなことを?

でも

>「丑沢さんは(介護に)手がかかる人だった」

という部分を読んだら、納得できるような気に
なってきた。
いや、本当は、そんなことは言ってはいけない
のだけれども、絶対に暴力や、殺してはいけない
のだけれども。
障害者支援をする側、例えばジョブコーチの
中にも、そんな人がいるかもしれない。

あるいは障害者雇用でも、困ったケースは
山ほどある。
私もそんな問題のある人
(障害者だったり、上司だったり同僚先輩
だったりと、いろいろ)
と一緒に働く障害者として、イヤと言うほど
経験している。

周囲ではもう誰もが、そういう人をほったらかし
にしていて、自分の仕事をすることだけに
専念している。
そういう職場環境が良い環境だとは思わないが、
関わると業務に支障が起きてしまうことは事実。
だから関わらないほうがいい、というのが、
職場の判断なのだろう。

でも、介護職は、面倒な人とも関わらなくては
ならない仕事だ。
大変さはわかると思う。


入寮している老人にも

「お金を払っているのは自分」

という、驕りがあったのではないだろうか。
介護者も、ただ仕事をするだけのマシンとは違う、
人間だ。

感謝の気持ちを忘れてしまうというのは、
怖いものだ。
それって、自分に跳ね返ってくるんだな・・・・。



========================




http://bylines.news.yahoo.co.jp/kawaikaoru/20160218-00054529/


90歳の入居者が
激白!
介護ホームの
“悲惨なる日常”


河合薫 | 健康社会学者
2016年2月18日 15時31分配信


川崎市幸区の老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で、
入所者の男女3人が相次いで転落死した事件で、
殺人容疑で逮捕された同施設の元職員の男は、

「(介護に)手がかかる人だった」

「ベランダまで誘導し、男性を抱きかかえて
投げ落とした」

といった供述をしているそうだ。
介護のいかなる状況にあっても、
暴力や虐待は許されることでない。
だが、

「他人事ではない」ーーー。

介護現場で働く人たちは、口をそろえる。

「……誰にでも、実はそういう事件を
起こしてしまう立場にあるんだなぁって…」

いや、働く人たちだけではない。
ホームに入所している“高齢者”の方も、だ。
現在、90歳。
ご主人が要介護となり、ご夫婦で入所されて
いる方から寄せられたメッセージを紹介します。
介護現場のリアルを「我がごと」として一緒に
考えてみてください。

「Sアミューユ川崎幸町で起こったことは、
他人事ではないような気がしています。
殺害なんて絶対に許されることではないし、
虐待も暴力もいかなる場合も許し難いこと
です。
でも、入所者の中には大声で喚き散らす人、
たえずヘルパーを呼びつける人、
自分が判らなくなってしまった人、
思うようにならないとヘルパーの手を
かみつく人など、さまざまです。

そんな人達の家族に限って 面会に来る
ことがなく、ホームに預けっぱなしなのです。

私は夫とともに、毎日、食堂で食事をして
いるのですが、食事は終わったのに、
食べた感覚がなく

「食事を早くください!」

「死んでしまいます」

と大声でわめいている女性がいて、若い
ヘルパーが優しく対応している姿に頭の
下がる思いがしています。
ヘルパーさんたちがあまりに大変そう
なので、食器を運ぶくらいお手伝いしようと
申し出ました。
でも、絶対にやらせてもらえません。
ナニかあったときに、施設の責任になる
からです。

先週、またヘルパーが二人辞めてしまい
ました。
理由は

『給料が少なくて結婚できないから』

ということでした。
離職者があとを絶たず、その補充もなかなか
見つからないので、残ったヘルパー達が、
過重労働を強いられているのが現状です。

ホームには各部屋にインターホーンが設置
してありますが、認知症の進んだ入所者が
ひっきりなしに夜間押すこともしばしばです。
夜勤ヘルパーは、その度に対応しなくては
ならない。
就寝前に投薬が必要な人もいるので、
夜勤の仕事はかなり重労働です。
ヘルパーの中には夜勤はしない、という条件
で勤務している人がかなりいるので、
限られたヘルパー達が順番でやっているの
です。
すぐに順番がやってくるので、真面目な
ヘルパーは体重は減るわ、顏はやつれるわで
見ていて可哀想になります。
私はいつもそんな彼等に感謝と激励の言葉を
送っていますが、そんな感謝の言葉だけでは、
彼女・彼らが報われません。
みなさん、献身的にやってくださります。
でも、……人間には限界ってものがありますよね。

政府は施設を作る、と言っていますが、
その前にヘルパーの待遇を改善すべきだと
思います。
ヘルパー不足は入所者へ深刻な影響をもたらし
ているのです。
オムツ交換が4回だったのが3回になり、
夜間見回りもなくなり、適性があろうとなかろう
と採用するしかない。
悪循環です。

高齢者へ3万円支給する余裕があるなら、
介護関係に回すべき、だと思います。
ここはまさしく姥捨山です。
入居者たちはみんなそういっています。

入所者は家族が介護の限界にきたために
本人の意志でなく入れられた人が多いので、
私のように発言できる入所者は滅多にいない
と思います。

私のコメントがお役に立つようでしたら、
こんな嬉しいことはありません。
どうか薫さんのお力で、たくさんの方に現状を
知ってもらってください」

……これが介護リアルです。
介護職の方たちの多くは、

「おじいちゃんやおばあちゃんに、少しでも
笑顔になってほしい」

と献身的に働く人立ちが多い。
だが、そもそもそういう方たちでさえ、常に
心の葛藤に襲われるのが介護の世界だ。
だって、関わるのは全員「人生の大先輩」。
それぞれの人生、価値観で長年過ごして
きた高齢者の方に、注意するのはとても
気を使う。
自分の親でさえそうなのだから、
他人であればなおさらだろう。

「本当にこれでいいのだろうか?」

「他にもっといいやり方があったんじゃ
ないのか?」

そんな不安に苛まれる。
相手が“人”である以上、10人いれば10通り
の問題が起こる。
一つひとつは小さなトラブルで、ちょっとした
対応で処理できるかもしれない。
だが、

「ホントにコレで良かったのかな?」

と不安になる。
特に高齢者の“変化”は突然起きるので、
対処が実に難しい。
本来であれば、そういった不安を現場の
スタッフたちで分かち合えればいいのだが、
全員が自分の仕事でいっぱいいっぱいで
時間的にも、精神的にも、余裕がない。
他の職員を気にかける余裕はなど微塵も
ない。
おまけに夜勤、早番、遅番とシフト勤務
なので、顔を合わせることも少なくなる。
介護の現場というのは、実に「孤独」なのだ。

さらに、平均月収は21万円程度で、他の
職種より10万程低い。
ただ、これには施設長や看護職員など、
比較的高い賃金の職種の方たちも含めた
数字なので実際には10万程度という人も
いる。
この低賃金を一般平均である30万程度に
するには、年間1兆4000億円ほど必要と
なり(NPO法人社会保障経済研究所算出)、
労働人口で単純計算すると

「ひとりあたり年間3万円弱の負担」

が必要になる。

ご存じの通り、昨年、4月から介護報酬が
2.27%引き下げられたが、これは2006年
の2.4%の引き下げから2回目のこと。
介護施設の人権費率は約6割、訪問系介護
は7割と大きいため、報酬引き下げはダイレクト
に労働力不足に影響を及ぼす。
前回の引き下げで労働力不足に拍車がかか
ったにもかかわらず、再び引き下げを決めた
のは狂気の沙汰としか言いようがないのである。

「月額1万2000円引き上げるっていってた
でしょ?」

そのとおりだ。
だが、それが本当に労働者にちゃんと支払われ
ているかどうかは確かではないのが実情なのだ。

また、前述の女性のメッセージからも人手不足
なのは痛いほどわかるのだが、2020年代には、
さらに約25万人もの人材が不足するとされて
いる(厚労省算出)。

重労働、低賃金、超高齢化社会ーーー。
この先どうなってしまうのだろう……。

「高齢者へ3万円支給する余裕があるなら、
介護関係に回すべき」

という、“高齢者”からの意見を、どう政府は
受け止めるのか。

もし、質の高いサービスを望むなら、もっともっと
介護保険料を国民が負担すべきで、それができ
ないのであれば、サービスの質を下げるしか
ないと思う。

食事、排泄、入浴のニーズに対応するためだけ
のサービスと割り切り、現状の劣悪な環境を
変え、当然、残業はゼロ。1人でも離職者を
減らし、1人でも多くの人たちが介護士さんを
目指し、1人でも多くの高齢者がケアを受けられ、
1人でも多くの家族が自分の仕事と両立できる
ようにする。

「でも、それじゃあ……」

うん。
それでは……だ。
だが介護現場は、頑張りすぎた。
頑張らないことから、議論し直す。
崩壊するよりその方がまし。

だって、このまま質を求め続ければ、
介護業界は破綻する。
これ以上の甘えは、暴力と同じ。
崩壊も、虐待も、破綻もイヤ。
誰もが老いる。
親も老いる。
自分も老いる。
その人生最後の終の住処が、こんなにも
悲惨な状況じゃ誰1人、幸せにならない
のではないか。
そして、私も、もっとこの闇の解決策を現場
に耳を傾け探して行きたいと思っています。




========================

[PR]
by bunbun6610 | 2016-02-17 21:12 | 人権、差別

「鮮度が落ちるから入れ替え」ベローチェ雇い止め訴訟が和解…元バイト女性に解決金




http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160216-00004297-bengocom-soci


「鮮度が落ちるから入れ替え」
ベローチェ雇い止め訴訟が和解
…元バイト女性に解決金


弁護士ドットコム 2月16日(火)15時52分配信

喫茶店チェーン「カフェ・ベローチェ」千葉店で長期間、
アルバイトとして働いていた30代女性が、雇い止め
されたのは不当だとして、運営会社「シャノアール」
(東京都)に雇い止め撤回と慰謝料などを求めていた
訴訟は2月16日、東京高裁で和解が成立した。

和解成立後の16日午後、東京・霞ヶ関の厚生労働省
記者クラブで、元アルバイトの女性と代理人弁護士ら
による記者会見が開かれた。
代理人弁護士らは、和解内容について、女性が2013
年6月付けで合意退職したことを相互に確認する一方、
会社が女性に解決金を支払うものと説明した。
解決金の金額は明らかにしなかった。


●「尊厳が回復されないまま諦めるのはいやだった」

女性は2003年から勤務。一時離職した後、2008年
7月からふたたび千葉店でアルバイトとして勤務して
いた。
3ヶ月ごとの更新を繰り返していたところ、2012年3月、
運営会社から突然、契約更新に上限を設けるという
通達を受けた。
女性は労働組合・首都圏青年ユニオンに加入し
「働き続けたい」と主張を続けたが、連続勤務が4年
11カ月となった2013年6月、雇い止めになった。

女性は2013年7月、雇い止めの撤回を求めて提訴。
雇い止めになる前、運営会社と組合の交渉の場で、
人事部長に

「従業員は定期的に入れ替わって若返ったほうがいい」、

「うちの会社ではこれを『鮮度』と呼んでいる」

などと言われ、人格を傷つけられたとして、200万円
の慰謝料もあわせて請求した。

しかし、一審の東京地裁は2015年7月、雇い止めは
有効であるなどとして、女性の請求をいずれも退け、
女性が控訴していた。

この日の会見で、女性の代理人の三浦佑哉弁護士は、

「弁護団としては、解決金を支払うということは当然、
会社側が雇い止めや鮮度発言への責任を認めた
のだと解釈している。
勝利和解と言っていい内容ではないかと考えている」

と述べた。

また、女性は記者会見で次のようにコメントした。

「『鮮度発言』をした会社に、裁判所がなぜ『おかしい』
と言ってくれないのか疑問に思って控訴した。
私の尊厳が回復されないまま諦めるのはいやだった
ので、楽ではなかったが頑張れた。
私としては勝利に近い和解だったと思っている」。

運営会社「シャノアール」は、弁護士ドットコムニュース
の取材に対し、

「円満に和解させていただいた。
和解内容については双方とも公言しないことになって
いるので、コメントは差し控えたい」

と述べた。

弁護士ドットコムニュース編集部



=========================




https://www.bengo4.com/roudou/1103/n_3484/


「鮮度が落ちる」
と雇い止めされた
「カフェ女性店員」
不当と提訴するも認められず


弁護士ドットコム
2015年07月31日 19時42分

全国展開する喫茶店チェーン「カフェ・ベローチェ」の
千葉県の店舗で4年11カ月の間、アルバイトとして
働いてきた30代の女性が「雇い止め」を受けたのは
不当だとして、店舗の運営会社に雇い止めの撤回と
慰謝料を求めていた裁判で、東京地裁は7月31日、
請求を棄却する判決を下した。

判決後、東京・霞ヶ関の厚生労働省記者クラブで
開かれた記者会見で、女性は

「若くないからもういらない、という発言はひどいと
(裁判所が)言ってくれると思っていた。
今回の判決で、アルバイトは何の権利もなくて、
人間としても保護する意味がないんだということを
突きつけられた」

と涙ながらに語った。


●「正社員との同一性」を否定

女性は、2008年7月から2013年6月まで、
千葉市の店舗でアルバイトとして勤務していた。
アルバイトの契約更新に制限はなく、3カ月ごと
の更新を19回繰り返していたが、2012年3月、
同社から突然、契約更新の回数を上限15回と
して、通算4年の勤務で契約を満了するという
通達を受けた。

通達に納得できなかった女性は労働組合・首都
圏青年ユニオンに加入し、

「なぜ辞めなければならないのか」

「ここで働き続けたい」

と同社に主張し続けたが、納得できる理由が
示されないまま、2013年6月に雇い止めに
なった。

弁護団は、女性が「時間帯責任者」として正社員
の店長と同様の業務を行う中核的な役割を担って
きたことなどをあげ、

「正社員の解雇と同一視すべきだ」

と主張してきた。
しかし、東京地裁の吉田光寿裁判官は、女性が
店長の指揮命令下で「時間帯責任者」としての
職責を長期間果たしてきた事実を認めたものの、
正社員との同一性までは認めなかった。


●人事部長の「人格を傷つける意図」を認めず

また女性は、雇い止めとなる前の2013年1月、
同社と組合の交渉の場で、人事部長に

「従業員は定期的に入れ替わって若返ったほうが
いい」

「うちの会社ではこれを『鮮度』と呼んでいる」

などと言われ、人格を傷つけられたとして、200万円
の慰謝料を請求していた。

しかし東京地裁は、人事部長が「鮮度」に関する
発言をしたことは認定しつつ、

「原告の人格を傷つける意図があったことを
認めるに足りる証拠がない」

として、不法行為責任を否定し、慰謝料請求を
認めなかった。

代理人の笹山尚人弁護士は

「極めて不当な、多数の誤りを含む判決だ」

と厳しく批判し、

「控訴して、戦っていきたい」

と話した。

女性は

「裁判所は、正しいことを企業に対して言ってくれる
と思っていたが、そうではないと分かって、すごく
落胆している。
『鮮度が落ちた』という言葉には、納得いかない。
言ったことは認めているのに、それが悪いと認めない
のはおかしいと思っているので、できるだけのことを
やりたい」

と語った。

(弁護士ドットコムニュース)



=========================

[PR]
by bunbun6610 | 2016-02-16 21:02 | 人権、差別


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

カテゴリ

全体
はじめての方へ
街風景
自然風景
祭典
動物
食べ物
食べ物(ラーメン編)
食べ物(カレー)
sweet
製菓の話
お酒
観光(北海道)
観光(関東)
観光(四国)
観光(中国)
観光(九州)


薔薇
紫陽花
聴覚障害
聴覚障害者心理
ろう者世界
難聴・中途失聴
難聴の記憶
手話
コミュニケーション能力
手話言語法
補聴器、福祉機器等
情報保障・通訳
情報保障・通訳(就労)
情報保障(テレビ字幕)
国連・障害者権利条約
社会
人権、差別
障害者問題・差別
原発問題
六本木ヒルズ回転ドア事故
バリア&バリアフリー
医療バリア&バリアフリー
障害者の経済学
運転免許制度への疑問
哀れみはいらない
だいじょうぶ3組
NHK大河ドラマ『花燃ゆ』
就職活動・離職
就労前の聴覚障害者問題A
就労後の聴覚障害者問題B
就労後の聴覚障害者問題C
就労後の聴覚障害者問題D
就労後の聴覚障害者問題E
就労後の聴覚障害者問題F
就労後の聴覚障害者問題G
就労後の聴覚障害者問題H
就労後の聴覚障害者問題M
就労後の聴覚障害者問題R
就労後の聴覚障害者問題Z1
職場の回想録
ブラック企業と障害者雇用
聴覚障害者版サムハル
Eテレ『バリバラ』
生活保護を考える
年金・無年金障害者の問題
人気記事(再掲)
雑談
未分類

以前の記事

2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 10月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月

フォロー中のブログ

おばば奇譚
ボーダーコリー モリーが行く!
但馬・写真日和
九州ロマンチック街道
東京雑派  TOKYO ...
大目に見てよ
Photo Galler...
おっちゃんの気まぐれ絵日記
松浦貴広のねんきんブログ
qoo's life
poiyoの野鳥を探しに

検索

タグ

(178)
(94)
(51)
(47)
(40)
(33)
(31)
(13)
(7)
(6)
(5)
(4)
(2)
(1)
(1)

ブログパーツ