カテゴリ:就労後の聴覚障害者問題D( 1 )

健聴者は、聴覚障害者が健聴者との音声
コミュニケーションに、ものすごいエネルギー
を費やしていることがわからないようです。

聞こえづらい不完全な耳で聞き、
健聴者の話すことを理解するのが、
聴覚障害者にはいかに大変なことか。
その内部にある苦しみが、健聴者には
全くわからない。

特に職場で、健聴者には何の困難もなくできる
音声会話が、聴覚障害者にはできなかったりする。
健聴者には気軽にできる音声会話が、
できなかったりする。
それでものすごく、疲れてしまうのです。
何気ない会話をしていても疲れてしまうので、

「もう話しかけてこないでほしい」

と思うことさえ、ある。

でも給料を貰って仕事をしているのだから、
それも自分には言えるわけがない。
そしてその我慢が、自分の苦しみを
増幅させてしまう。

それは、自分が悪いからなのか。
いや決して、そうではないだろう。

会社での飲み会を辞退する聴覚障害者が
少なくないのも、これが原因だと思う。

決して、会社やその人たちが嫌いなわけ
ではない。
もし、健聴者も歩み寄りをしてもらえたら、
私は少しでも助かるのかもしれない。
次第に、そう願いたくなってくる。
でも、それは永遠に無理な注文なのだろう。

この心の葛藤、苦痛は死ぬまで続く。
だから死は私にとって、最悪ではないと考える。
死は少なくとも今の、自分のこの苦しみが
やっと終わるときなのだ、と期待している。

私の目的は生きることではない。
早く死ぬことなのだ。
死は人生に喜びをもたらさないが、多分、
聴覚障害者としての苦痛は終わらせて
くれるだろう。

もしも聴覚障害者の安楽死制度が
ありえるならば、私はそれを支持したい。
この制度ができるといい。

そして、もし生まれ変われことができると
したら、もう二度と聴覚障害者には
生まれてきたくはない。
生まれ変われるとしたら、健聴者に生まれたい。
そして、世の中にいる聴覚障害者のことなんか
気にしないで、自分も健聴者として、
自分の人生だけを思いっきり楽しみたい。
自由なコミュニケーションがしたい。
健聴者のように心底楽しめる、バカ騒ぎも
してみたい。
もう、こんな苦しみは二度とゴメンだ。

人間とは、やはりそういうのものなのかも
しれない。
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by bunbun6610 | 2012-05-19 23:37 | 就労後の聴覚障害者問題D

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610