蒼穹 -そうきゅう-


ある聴覚障害者から見た世界
by bunbun6610

カテゴリ:手話( 68 )

北海道産毛ガニとビールの話

夜遅くなってからスーパーで晩飯の買い物をした。
売れ残りの半額弁当、惣菜類はすでに売り切れていた。

仕方なく、お刺身売り場を回ってみたら、
ここでもタコの刺身と北海道産毛ガニ(ボイル済み・解凍)
しかなかった。
タコだけでは物足りない。
だが、毛ガニは半額でも1480円(税別)もした。
どうするか?

しかし、よく考えてみれば、北海道産毛ガニが半額で
買えるのは、滅多にないことだ。
北海道産カニそのものが、もう何年も食べていない
ことだし・・・・。
で、結局、思い切って買うことにした。
そのついでに、酒も・・・・と欲張り出してきてしまった。
でも、今日だけはまあいいか・・・・。

というわけで、財布の紐が一気に緩んでしまった。


酒は

『シメイ トラピスト・ビール(ブルー)』(ベルギー産)
https://www.belgianbeer.co.jp/products/detail.php?product_id=53

と、

『北海道産流氷DRAFT』
http://www.takahasi.co.jp/beer/list/?q=%E6%B5%81%E6%B0%B7%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88

にした。
どちらも高いが、日本のビールは好きではないので、
これらにした。
勿論、美味しい。

他に好きなビールは

『AMBER ALE BEER OF THE DEAD』(メキシコ産)
http://www.jbja.jp/archives/9046

http://import-selection.mods.jp/itm/item-0064.shtml


があるが、今日は2本にした。


北海道産毛カニは、思ったよりずっと美味かった。
半身なので、カニ味噌付き甲羅もついていた。
これが、解凍品でも美味いのには驚いた。
爪の先端まで、しっかり頂きました。


ついでに、カニにまつわる話もしよう。

スーパーで買うカニだと、爪の先端までカットしていないものです。
旨味が全部出てしまうだけでなく、身が乾燥してしまうので、
カットしないのは当たり前だと思います。
でも、この部分を家庭できれいに食べるには、料理用ハサミか、
サバキ包丁が必要だと思います。
素人なら、サバキ包丁は危険なので、料理用ハサミが良いと
思います。
その場合、オススメするのはドイツ製ヘンケルの

ZWILLING(HENCKELS)
ツヴィリング 料理バサミ

https://www.monotaro.com/g/00972818/?t.q=%83w%83%93%83P%83%8B%83X%20%82%CD%82%B3%82%DD%20%83c%83%94%83B%83%8A%83%93%83O

です。
非常に高価な品ですが、プロの料理人も使うシロモノです。
何でも軽く切れるので、重宝です。
手を切ってしまわないように注意が必要ですが・・・・。

高級毛ガニを無駄なく、きれいに食べるには役に立ちます。
非常に耐久性が高いので一生モノで、持っていて損はありません。


もう一つの話です。
数年前のことですが、手話交流イベントで我が聴覚障害者協会で
『カニ食べ放題イベント』をやったそうです。
私は参加しませんでしたが、新聞でその様子が紹介されたので、
少し知りました。
カニ食べ放題イベントを企画したら、申込者があっという間に
定員に達したそうです。
それは良かったのですが、当日、手話で挨拶をしても全員、
そっちのけだったそうです。

何と! 全員、会場に着いた途端から、カニに目が釘付けだった
のだそうです。

「そんなことよりも、早くカニが食べたい!
時間制限があるのだから!!」

とでも言わんばかりに我慢し、そして挨拶が終わると全員、
カニに一直線だったそうです。

後はもう、想像できるでしょう。
手話交流よりも、両手でひたすら、カニを食べまくっていた
ようです。
『カニ食べ放題イベント』はやっぱり、手話交流会には不向き
でしたね。
皆さんもこうならぬように、気をつけて企画を立てましょう。
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by bunbun6610 | 2018-01-09 00:57 | 手話

『手話サークルの件で不満があったのですが…俺は間違っていますか?』

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12109911237

『手話サークルの件で不満があったのですが…俺は間違っていますか?』
yo5yo3yoさん
〔2013/7/702:31:51〕



手話サークルの件で不満があったのですが…
俺は間違っていますか?

先週、後輩から手話サークルの飲み会に誘われ、
本日参加してきました。

自分も、手話に少し興味があり、楽しみだったけど、
飲み会ではサークルのメンバーの八割が手話を使わず、
普通に会話をしていて普通の飲み会感覚でガッカリしました。

耳の聞こえない人が何人かはいてたのに
手話サークルのメンバーはその目的を忘れ、楽しんでいました。
手話とは耳の聞こえない人との会話をするためにあるのに
サークルの皆はそれを分かってないなと思い、
後輩に不満を言ったら手話サークルはそんなもん、
皆、手話サークルに入ってるけど覚える気もなく、
お喋りサークルみたいな感覚だからしょうがないとか
言っていました。

これはさすがにあかんでしょ!
とは思いましたが、これは普通でしょうか?汗

回答お願いします。




=============================





こういう状況って、ろう者にとって、非常に不快だというのは、
ごもっともだと思う。
私も不快に思いながらもガマンして、
3年ほどは続けてみたが、もう行かなくなった。
誘われても、だ。
それから5年ぐらい、もう行っていない。

私の地域には5団体の公認手話サークルがあるが、
いずれも今月はクリスマス会の季節だ。
それを楽しみにしているろう者もいるが、
健聴者の女目当ての若者と、暇なお年寄りぐらいしか、
参加するろう者はいないと思う。

回答者の話を聞いて、全国的にどこも同じような
状況なんだな、と認識できた。

ただ、手話サークルを庇うわけではないが、
私がある会長さん(今は会長から退いている人だが)
から直接聞いた話がある。
手話通訳士にもなられた、その元会長さんが
言っていたのは、要約すると、次のような話だった。


「手話サークルの運営目的で一番大切なのは、
ろう者のために手話通訳をしたり、
支援したりすること。
そうした人たちの育成。
その為に、手話技能を研鑽すること。

ただ、そうは言っても、手話サークルの運営には
いろんな人の、多くの人の協力が必要。
仮に手話が出来ない人であっても、会計担当者、
広報誌編集・印刷者、季節ごとに開かれる催しの
ボランティア要員など、多くの人たちの協力がなければ、
手話サークルの永続的運営は不可能。
会費を集めることも必要で、そのためにはできるだけ
多くの人が必要。
だから、会員になっていただけるだけでも、
そして(極端なことだが幽霊会員であっても)会員で
いてくれるだけでも、ありがたいこと。」


勿論、その飲み会の本来の目的は多分、
ろう者と交流し、手話を楽しんだり、
技能や知識を増やすことだろうと思う。
ただそこには、手話サークルを運営していくための、
苦しい事情も垣間見えた気がした。

もし、手話サークルが存続できなくなったら、どうなるだろうか。
どんどん縮小していったら?

一般財団法人 全日本ろうあ連盟
と、その傘下組織だけで、手話を広めてゆけるだろうか。
健聴者との両輪でなければ、それは難しいことが明白だと思う。

結局のところ、まだ相互理解が不十分だから、
こういう状況でガマンせざるをえなくなっているのでは
ないだろうか。
それはやはり、お互いの努力がまだ実っていない、
ということだろう。


ところで、私の知っているろう者で、手話サークルにも
よく通っていた人がいた。
私もその人には大変、お世話になった。
その人の場合は特別のように感じられたが、
とにかく誰に対しても、面倒見の良いろう者だった。
今は都道府県聴覚障害者団体の重要な役員なので、
忙しくてあまり顔を出していないかもしれないが、
以前は本当に面倒見の良さで評判だった。
その人もやはり、

「手話サークルの学習会が終わった後の飲み会は、
ろう者の手話で話すのが当たり前」

と、手厳しいこともおっしゃっていたが、それでも時々、
自分から席を移動し、新人などの手話の面倒を、
マンツーマンで見ていた。
どんな手話でもOKだが、ろう者の手話を教えることも
忘れなかった。
そんな人柄だったので、手話勉強会よりも、
その後にやっている飲み会に参加する学習者も毎回、
何人かは必ずいた。

飲み会にもそんなろう者が誰か一人ぐらいはいれば、
手話サークルも良くなってゆくのではないかと思うが、
果たして・・・・。
いや、そんなことよりもやはり、学習者本人のやる気次第か?
教わるために、自分から何か出さ(手で表さ)なきゃなぁ・・・・。

ろう者は手話通訳中でもない限りは、
初心者の手話を見ても「下手」と言う人は、まずいない。

しかし、手話通訳となると、話は別だ・・・・。
容赦なく、ハッキリと言うものだ。
それが怖くて、ろう者とあまり接したくない健聴者もいるかも
しれない。
しかし、厳しいのは「愛のムチ」である場合も、ある。
「期待」の表れだ。
本当にイヤになったら、もう相手にしないだろう。
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by bunbun6610 | 2017-12-04 21:53 | 手話

伝統的手話の特徴

以前に観たテレビ番組で、
永井大という俳優が仕事体験をする、
という内容があった。
永井さんが体験した仕事は、庭師だった。

その中に、

「担ぎ棒」

という道具を使う仕事があった。
その使い方を教わっていた。
その時に言った、師匠の言葉が忘れられない。

「伝統技術の継承も大切」

「伝統の技は薄れていってしまう。
いざ使う時、(わからなくなれば)終わってしまう」

これを観て、即座に思い出したのは、
「伝統的手話」とも言われる「日本手話」。


以前に、あるカフェで年配のろう者たちが
集まっていて、こう言っていたのだ。


「静岡の手話は、昔はこうやっていたんだよ。

(お茶の袋を下にトントンと叩きつける動き)

冗談半分で、こうやって表している人もいたよ。

(「静かに」+「岡」)

でもそれじゃあ、他の地域に住んでいる人には
どれが正しいのかわからなくなってしまうから、
今は、こういうふうに統一したんだよ

(「富士山」と同じ手話)」


「私たちの(昔の)手話は、個性があって、面白かった。
でも今は、段々と使われなくなっていって
しまっている。
寂しいが、仕方がないなぁ。
時代とともに、手話も変わる」


手話は元々、ろう者とろう者とで直接、
伝えられてきた伝統言語だ。
それと、庭師職人の伝統技法も同じ伝達方式だった。


そういえば、キリスト教でも

「神の御名が何だかわからなくなった」

という話は有名だ。
「ヤーウェ」ではないか、という説があるが、
定かではない。
元々は旧約聖書に記されていたのだが、
ユダヤ人たちが

「神の御名を(みだりに)言ってはならない」

という言葉を頑なに守ろうとして発語しなくなり、
発音も忘れられていったとか。

言葉は使われなくなると、忘れられてしまうものだ。
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by bunbun6610 | 2017-11-28 13:29 | 手話

手話学習のコツとは?

手話学習のコツとは?

当ブログで近年、下の記事がよく人気記事のランキングに入っている。

『手話サークルを辞めていく健聴者』
〔2015-07-03 19:40〕



『日本人健聴者が手話を覚えられない理由』
〔2014-07-14 18:30〕



『なぜ手話ができない聴覚障害者が多いのか?』
〔2014-07-19 18:30〕




「検索キーワード」でも、

「手話覚えたいが難しい」

などといったワードが挙がってくる。

このことについては結論から言うと、
健聴者が手話を覚えるのは難しいと言える。
聴こえる耳がある以上、音声情報に頼って学習してしまうのは、
無理もないからだ。
特に、年齢が高くなってから手話を初めて学ぶ人ほど、
その困難度は高くなるのは、仕方がないことだ。

そういう言語(手話)を法制度化しようというのだから当然、
摩擦も起こる。
聴覚障害者協会(ろう協)も、

「(手話言語法は)逆差別になるのではないか?」

という、一部の声が社会の中にあるということも、把握している。
聴覚障害者新聞に載っていたからだ。

聴覚障害者の立場として、私が言うとすると、
聴覚障害者が手話通訳者を充分に利用できない以上、
もう手話言語法制定しか、バリアフリーの道は
拓けないように思う。

特に、労働の分野では、手話通訳者の派遣は無理
なのであるから。
この実質的差別的状況を変えてゆくには、
今までの情報保障制度だけでは無理なのである。

というわけで、その手話を言語として広めてゆくには、
法制度化と、それともう一つ、聴覚障害者(ろう者や、
手話を知っている難聴者・中途失聴者など)の、
手話を広めようとする努力が必要となってくる。

更なる問題点もないわけではない。
「日本手話」と「日本語対応手話」の位置付けである。
同じ「手話」と呼ばれるものでも、ろう者が教える手話は
「日本手話」で、難聴者・中途失聴者が教える手話は
「日本語対応手話」である場合が多い。
つまり、異なる手話言語である。
手話は、このように分類されるものなのか、
あるいは一部のろう者が主張するような「日本手話」
だけを「手話」と認めるべきものなのか。


下の資料は興味深い。

『[PDF]日本手話 : 書きことばを持たない少数言語の近代 URL』
一橋大学機関リポジトリ
『日本手話 : 書きことばを持たない少数言語の近代』
(岡, 典栄)
〔2012-03-23〕

http://hermes-ir.lib.hit-u.ac.jp/rs/bitstream/10086/22860/3/0201102602.pdf


日本手話は書きことばを持たない、という。
とうことなのだから、その通訳・翻訳は、
あくまでも同質的な置き換えではなく、
近似値的に日本語で表した言葉、
ということになるのだろう。
日本手話は日本手話としてでしか理解できない。
実際に

「今の日本手話は、日本語にするとすれば、どういう意味になるの?」

と、ろう者に聞くと、

「う~~ん・・・・」

と、考え込んでしまうことも、よくあるのだ。

つまり、日本手話は日本手話を知らない人に、
正確な意味を伝えることは困難だということにもなろう。
これは、言語としての閉鎖性、脆弱性にもつながりかねない。

一方、日本語対応手話では、書き言葉にして表せるのが、
特徴である。
誰にでも教えられ、誰にでも学習が可能になり、
誰にでも広められる可能性がある。
社会福祉がこの側面に関心を持ったのは、当然である。
各地で手話講習会が開かれ、テレビ字幕がまだ普及して
いない時代から字幕付きテレビドラマが放映され話題になり、
日本語対応手話は急速に広まった。
しかし、ろう者からは「私たちの手話と違う!!」といった
反感も、ひそかに湧いていた。

前文が本当に長くなってしまったが、その理由は、
手話には「大きく異なる、二つの手話」が混在して
使われている、ということを、
理解していただきたかったからである。

場所や人によっては、一括りにして「中間型手話」とか
「手話サークル型手話」などとも呼ばれている。
本当は二つどころか、他にも「ホームサイン」(家族だけで
使う手話)とか「スクールサイン」(大学の聴覚障害者学生
支援で考案された手話)とか「職場サイン」とかもあるらしい。
若者だけが使い、若者だけにしか通じない手話もある、という。
日本語同様、無限にあるそうだ。

こういう実情なのだから、手話は決して脆弱な言語などと
断じることはできないだろう。
型にはめようとする何ものかがいるから、
問題視も起こるのだろう。

ともかく、混在する手話を学んでいるとよく、
ろう者には「あなたの手話は手話じゃないよ」とか、
難聴者からは「あなたの手話はわからないから」と
言われたりすることもあるだろう。
私は気にしないで、相手に合わせて使い分けるように
しています。
つまり、できるだけ両方を覚え、場面に応じて使い分ける
ということ。
ろう者も、本当に自分が困っている時は、
日本語対応手話にスイッチ(切り替え)することはある。
自分が困っていなければ、相手にしなくなるろう者も
いるが、それも気にしなくていい。
人間、誰とでも気が合うわけではないのだから。


さて、ここまで書いたところで、日本手話と日本語対応手話
の長短が、わかっていただけたと思う。
手話といっても最初は誰でも、日本語対応手話から
学ぶのがほとんどだ。
ただ、日本語対応手話にこだわりすぎてしまうと、
必ず限界がすぐに見えてきてしまう。
多くの手話学習者がこれにつまづいて、手話をやめていっている。

そうならないようにするためには、日本語対応手話で
単語や簡単な短文を覚えた段階になったら、
もうすぐにでも日本手話の学習にもチャレンジしたほうがいい。
頭を柔かくして、出来るだけ幅広く手話学習を続けることが
コツになる。
いろいろな聴覚障害者の手話を見ることは、
とても大切なことである。

私の場合は、簡単な単語や短文を100ほど覚えたところで、
それは手話学習を始めて約半年で、
ろう者が直接指導している手話サークルにも飛び込んだ。
本当なら、3ヵ月したところで飛び込んでも良かったが、
何しろ、どこの手話サークルを選んだらよいのか、
探すのにも時間がかかっていたのでしようがない。

今回はここまでにするが、私の手元には昔の手話サークルで
学習した頃のメモ書きが残っているので、
次回はその内容を書いてみたいと思います。
いろいろな学習法がありました。

日本語対応手話を教えることを得意とする難聴者
・中途失聴者は、単語や文法を体系化して指導していたので、
覚えやすかったと思います。
講習では予習・復讐を必ずやります。

日本手話の指導を得意とするろう者は、
型にはまらない教え方で、面白く楽しくやろうとしていました。
いつも、「今日は何をやるのかな?」という感じで、
予習復習はしませんでした。
遊びの要素を取り入れています。
しかし、「このやり方が合わない」という手話学習者も
わりといましたが。
それでもやっぱり、受講生の日本手話の力を向上させるには、
こういう自由形のスタイルが、重要だと思います。

健聴者(手話通訳者など)が指導すると、
日本語対応手話がベースでしたが、日本手話ではこうやって
表す人もいる、という幅広さ、応用術も教えてくれました。
これならば両方の手話を覚えられるし、両方の違いも分かって、
受講生も整理して理解しやすいと思います。
とはいっても、受講生に覚える気がなかったらムダに
なりますが。
難聴者や中途失聴者は、同障者(ろう者を除く)と話したい
ために日本語対応手話を学ぶ人が多かったので、
日本手話にはそっぽを向く人も少なくありませんでしたが、
これは良くないと思います。

ですから、この中でバランスがいいといえるのは、
手話通訳者や手話通訳士の方になると思います。
ご参考になれば幸いです。
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by bunbun6610 | 2017-07-25 14:53 | 手話

日本手話学習『「いっぱい」』

日本手話の勉強は、面白いだけでなく、
頭の体操にもなるような気がする。
日本語の文章力向上にも一役買う。


日本手話を楽しもう
『「いっぱい」』
〔2017-03-10 15:06:26〕





上のブログに出ている手話単語「いっぱい」は、
関東では「充分」という意味に使っている
手話と同じだと分かった。
でも、話をよく読んでいるうちに

「えぇぇ~???」

と疑問が・・・・。

ああそうか・・・・。
この筆者は、関西の人だ。
関西では、ろう者がこういうふうに使っているんだな、
と分かってきた。


関東では見ない使い方をしている、と思う。

例えば

>「「電車/いっぱい」⇒満員電車」
>「「エレベーター/いっぱい」⇒エレベーターが満員」

関東では「混んでいる」の手話を使っているろう者が多い。
しかし、「混んでいる」と「満員」は、意味に少しズレがある。
なら、「満員」を表す時は、このほうがいいのかもしれない。
「定員」はないしね。


>「これは?
① 服/1万/いっぱい
② スーパー/レジ/5000/いっぱい

①「この服の値段、1万円ピッタリ」
②「スーパーで買い物したら、5000円ちょうど」

これらは、ろう者はよく使う

10,200円ではない
9,980円でもない
お釣りもない
1万円ちょうど

そんな時
「1万/いっぱい」を使う

私も時々使う事がある
使いやすい日本手話の一つ」



関西に行く時は覚えておくと、
何かと便利な手話かもしれないな。


>「では?
③ 電車/乗り換え/いっぱい

「電車の乗り換えがたくさんある」

ではありません

「電車の乗り換えがスムーズ」

これは私も知らなかった」



私も知らなかった。
「スムーズ」の手話は、関東では別の単語
「~やすい」「易しい」がよく使われているが、
これも覚えておいて、大いにトクする手話だ。



>「「いっぱい」
他にも「いっぱい」ある

④ 服/センス/いっぱい
⑤ 料理/味/いっぱい
⑥ 朝ごはん/7時/いっぱい
⑦ 職場/行く/1時間/いっぱい
⑧ 通帳/1000/いっぱい

翻訳すると?」



これは面白い勉強法だ。
見たことがないが、通じるような気がする。
私ならば、

④は、「服のセンスがいい(素晴らしい)」?
とか、「(今日は)よくオシャレしてきているね」?

⑤は、「料理の味付けがいい(文句なし!)」?

⑥は、「朝ごはんは7時ちょうど(に、いつも食べている)」?

⑦は、「会社への通勤時間は1時間丁度かかる」?

⑧は、「通帳には1000円丁度ある」?

ろう者に聞いてみたくなるものだ。



他にも、下のような例文があるだろう。

「お腹いっぱいになる」

「水槽に注いでいた水がいっぱいになる」

「電車内が人でいっぱいになる(混む)」

「本がいっぱいになる」
(山積みの場合は?)
(本棚にきちんと入っているが、びっしりになっている場合は?)

「バザーの行列が出来て、もう人がいっぱいだ(行列)」

「部屋に入れる人数がいっぱいになる。(満室になる)」

「そのお菓子をもっといっぱい(たくさん)、頂戴!」

「いっぱい(たくさん)遊んでね!」

「傷だらけじゃないの! 随分いっぱい転んだねぇ」

「パチンコで、いっぱい損(大損する)してきたね!」

日本語ではどれも、「いっぱい」だが、手話では多様な表現になる。
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by bunbun6610 | 2017-03-12 11:46 | 手話

手話にまつわる誤解

斉藤りえ オフィシャルサイト
『聴覚障害者だからといって、手話だけでは不十分です』
〔2015年5月15日〕
http://saitorie.com/blog/314/




これって、ビックリすることだ。
でも、手話学習中の人には、よくあることだ。



>「実は、聴覚障がいを持っている方の中にも、
手話が苦手な方は大勢いるんです。
聴覚障がい者はみんな手話ができる…
というイメージを持っている方が多いと思いますが、
実際は、手話ができる聴覚障がい者は、
全体の14%程度。」




『手話言語法』にとっては、
プラスになる情報とは思えないかもしれないが、
これは一面で言うと統計的事実だ。

当ブログにも

『なぜ手話ができない聴覚障害者が多いのか?』
〔2014-07-19 18:30〕


という記事があるが、
身体障害者手帳保持者だけでなく、
それを持っていない難聴者等も含めたら、
統計的に非常に少なくなってくる、
という意味だ。


「ろう者は障害者ではない。
手話という、少数言語を話す民族である
(言語的少数者である)」

といった話を、聞いたことがあるだろう。
私も、そう思う。

また、中途失聴者のなかにも、
音声言語と決別した(せざるをえなかった)人がいて、
書記日本語(筆談や音声認識ソフトなど)を主に使い、
後は出来る限りの努力をして、
日本手話習得にも挑戦する人がいるが、
それも言語的マイノリティだと、私は思っている。

そういった人たちへの言語も、
この広い社会では保障されなければならない。

斉藤りえ氏も、そういう意味のことを、
本当は言いたかったのではないかなぁ?




私の疑問 「手話の欠点?!」

>「手話は1つ1つの言葉を文字で表すため
時間がかかり、健常者の会話に手話がついて
いけないことがあります。」

いやいやいや・・・・。
全然違うと思う。
それは健聴者や難聴者に合わせた日本語対応手話
について言えることなのだろうが、
ろう者が使っている日本手話だと、

「彼らの手話って、音声会話の3倍ぐらい速いんじゃないの?」

と思うぐらいだ。
実際、日本語に翻訳しようと思っても、
ついてゆけなくなるのだ。
それだけではない。
日本語もしゃべれるろう者が、こう言っていた。

「健聴者はろう者の手話を見ても、
それを頭の中で日本語に翻訳しないと、
理解できなくなる。
それで、読み取りスピードがろう者よりも劣るんだなぁ」

翻訳するためのタイムラグが頭の中で生じている、
と想像しているらしい。
しかし、タイムラグでなくとも、スピードが違うと、
私は感じるのだが、この点はどうだろうか?


それと、もう一つ、日本手話の特徴を言うと、
一つの単語を表すだけで、
(それを日本語に翻訳した場合)
それには幾つもの情報が含蓄されている場合もある。
そのように伝えられるという点において、
音声言語よりも優れているのだ。
スピードが速いのは当然なのだ。



>「そのため、会話の速度を上げるために、
「助詞」や「助動詞」を抜いて表すことが多いんです。
「私はコーヒーが好きです」という会話が、
「私 コーヒー 好き」となり、
実は一部のニュアンスが抜け落ちてしまっている
こともあります。」


「会話の速度を上げるために」???
全然違うと思う。
もともと文法が違っていて、
手話のほうが優れている点と言えなくはないか?


>「私はコーヒーが好きです」という会話が、
「私 コーヒー 好き」となり、
実は一部のニュアンスが抜け落ちてしまって
いることもあります。」

これは日本手話ではなく、
日本語対応手話の説明だということが、
まだわからない人がいたら、
その人はこの先も手話を勉強しても、
相当進歩しないだろうなぁ。
ろう者はなぜ、日本手話のほうが理解し易いか、
理由がここにもある。

だけども、「私はコーヒーが好きです」を、
おしゃべりと同様の使い方で
「私 コーヒー 好き」と言っても、
何も問題はないと思うんだが。
書き言葉だったら、場合によっては感心しない
だろうが。




>「「助詞」や「助動詞」を抜いて表すことが多いんです。」

いや、これも文法の違いを理解できていない
ために起きた誤解だと思う。
「空間利用」という手話の理論を知っている
だろうか。
場所、位置で、手話の意味が変わるというか、
助詞を表すことにもなっているというか、
そんなところだ。
抜かしているのではない。


例えば、初級レベルでも

「斉藤さんが田中さんへ言う」

なんていう短文練習が出てくると思う。
日本語対応手話は、同じ場所
(大体が自分の胸部の前)
で単語を表しているに過ぎないが、
それでは「誰が誰に言ったのか」が、
分からなくなってしまう。
でも、日本手話は、空間を広く利用していて、
それにはちゃんと意味がある。
それが文法だからだ。
初心者は「非手指動作」の全てを見ていないから、
まだ理解できないだけだ。



>「また、新しい単語には対応する手話が
ないことがよくあります。
今日の手話サークルで分かったことなのですが、
「一輪車」を表す手話はないそうです。
一般的な名詞でも無い表現が多いようですので、
きっと「政策に関する単語」はほとんどない
のでしょうね。。。」



新しい単語はどんどん作られていっているの
だけれども、ろう者が言うには、
「新しい単語なんていらない」という人も、
結構いる。
なぜかというと、彼らはわざわざ単語を覚えなくても、
自分たちでつくってしまうようだ。
CL(※)という技法で、よく表していたりする。
勿論、こんな単語は、手話辞典にも載っていなくても、
ろう者は誰も困ってはいない。
地域によっても、個人によっても違うのが当たり前、
というぐらい、表現は無限にあると言えるぐらいだ。
日本語で言う「方言」も、たくさんあるぐらいだ。


※ 日本手話の「CL」とは?
『手話の語源説について』
〔2015-05-06 18:30〕





あるいは、日本語を代用したりもする。
こっちのほうが、断然話が面白くなるので、
要らないのかも。

「政策」という単語は便利かもしれないが、
そんな言葉を聞かされても、面白くないだろう。
どんな政策なのかを、最初から具体的に話せば、
不要になってしまう。
そういう話し方を、ろう者はよくしている。
だから、話し方の文化も違うのだと思う。





斉藤りえ オフィシャルブログ
『手話についての補足説明』
〔2015年5月16日〕
http://saitorie.com/blog/320/








〔参考記事〕


『『聴覚障害者とは? ~.聴覚障害・ハンディキャップ・コミュニケーション・手話.~』』
〔2016-03-18 22:04〕



『日本語の助詞と音韻と、日本手話』
〔2014-11-08 19:00〕



『聴覚障害者についての誤解と、手話言語法』
〔2014-06-22 18:30〕


『誤解されている手話』
〔2011-06-18 21:25〕





『手話のダイグロシア』
〔2011-06-21 00:16〕





『手話についての、(財)全日本ろうあ連盟の見解は?』
〔2011-04-12 21:29〕

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by bunbun6610 | 2017-02-25 08:30 | 手話

手話歌&ダンスで、ろう者と健聴者は歩み寄れるのか?

今日は、ろう者だけでつくった新聞を
読んでニタニタとしている。
なぜかというと、とにかく昔とは違い、
内容的に変わってきた、と感じているからだ。
特に女性や、若い人たちが生き生きとしている。

この前、喫茶店で高齢ろう者が

「最近はどんどん新しい手話が出来たり、
手話が変わってきている。
昔あった手話が消えていっている。
でも我々はもう、この手話(古い手話)で
生きてきたんだから、このままでやっていく・・・・」

と、何だか寂しそうに語っていた。
最近の手話通訳を見てもわからない、とも。

そう言っている手話を見て、時代が動くということは、
よいことばかりではないのだな、と思った。


よく世間では「歩み寄りが大切」なんて言ったり
するけれども、これは言葉として言うのは簡単でも、
現実はなかなか・・・だと思う。
国連で障害者権利条約が採択されてから、
何年経ったか。


外務省ホームページ
『障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約)』より。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinken/index_shogaisha.html

「障害者権利条約は,2006年12月13日に国連総会
において採択され,2008年5月3日に発効しました。
我が国は2007年9月28日に,高村正彦外務大臣
(当時)がこの条約に署名し,2014年1月20日に,
批准書を寄託しました。
また,同年2月19日に同条約は我が国について
効力を発生しました。」



採択された当時でさえ、障害者に関する権利条約が
国連で最初に提唱されたのは、30年以上も前だと聞いた。
それからずっと続いているのだから、
もう40年超えたのかな。
すごい根気のいる社会運動だ。


ところで、ろう新聞には手話ダンス&歌のことが
対談で載っている。


H氏(ろう者);
「手話歌を否定する人たちがいますが」

M氏(手話通訳士);
「手話歌が嫌いなろう者がいるということを、
最初にきちんと教える必要がある。
きこえない人がどういうふうに音楽を感じて
いるかを体験。
音楽を流すと『楽しい』『元気が良い』という
感想が出ますが、それをきこえない人に伝える
にはどうしたらいい?
と聞きます。
考える材料として、音を急に消したり」

O氏(ろう者);
「きこえる人ならではの説明方法ですね」

M氏;
「1回目は音を流す。2回目は音を消す。
きこえる人たちは戸惑う。
ろう者に『今のとさっきのと同じ?』と聞くと
『同じ』と答える。
これにきこえる人たちはショックを受ける」

H氏;
「厳しいですねぇ」(笑)

M氏;
「そうすると、きこえる方は手話を大事な
言葉だと意識する気持ちが芽生えます」




実は私も、手話ダンス&歌が嫌いなのである。
あんなものは音楽じゃないと。
健聴者の自己満足に過ぎないものだと。
ろう者とはまた違う視点だ。
ろう者の場合は

「あんなものは手話とは言わない」

という人が少なくない。


それにしてもこの実験、東京大学の福島智氏が
小学生に対し、行った実験と酷似している。
福島氏が

「今日は20分間、話すことを一切しないで、
給食を食べてみなさい」
(耳栓と目隠しも?)

とかいう課題を与え、終わった後に

「どうだった?」

と聞いたところ

「いつもより美味しくなかったー」

などという回答が多数あった、という。
これが、「盲ろう者疑似体験」だったのである。


1回目は音楽を流すが、2回目は音楽を消す。
すると健聴者は楽しくなくなる。
なぜか?
もしも音楽だけなら、ろう者にはつまらないのか?
健聴者だけが楽しめるものなのか?
きこえない人も一緒に楽しめる方法はないのか?

これって、歩み寄りを考える手段になるかもな。
といっても、私はもう、音楽と認める気はない
のだから、そんなものは『音楽体現術』とか、
適当に名前をつけてなら、認めるが。
音楽は音楽で、音楽が聞こえる人にしか、
体験することはできない、と思っている。
頭が固くなってきているかもな。

でも、こんな私でも、実は音楽が大好きだ。
頭の中に古いレコード・プレーヤーが入っていて、
毎日音楽を頭の中でだけ聴いている。
昔聴いた音の記憶がレコード、
脳がレコード・プレーヤーだ。
それでも、とても心地良い。
仕事中に、ずっとかけている。
頭の中での「エアギター」みたいなものなのかも。

今の音楽は全然知らないから、
1970~1980年代の音楽ばかりだ。
最近よく(頭の中だけで)聴くのは、
エリック・カルメンの『悲しみTOO MUCH』(1980年)。
独特の歌声でダイナミックに歌うところが好きだ。

勿論、頭の中に音声(音楽)イメージが完璧に
入っているから、自分でいつでも楽しめる。
だから手話歌なんか、私にはいらない。
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by bunbun6610 | 2017-02-19 07:35 | 手話

『驚きの手話』

日本手話を楽しもう
『驚きの手話』
〔2016-11-27 10:00:00〕



実際にこんな手話、前に見たことがあったな。
ネイティブの手話を使うろう者だ。

(po)(pa)は、口型。

「得意」は、実はその意味ではなくて、
ろう者がよく使う「どうして?」などの意味で
使う手話(手型)だ。


「これを両手で同時にやったら
右手 膝
左手 パー

右手 昨日
左手 山

表す時間は
たったの1秒

驚きの手話」




両手とも、違う意味の手話を同時に表わす。
だから、ろう者の手話は速いのか。

「悪い」は、左手で「パー」なのか・・・。
日本語対応手話とは全然違う。

この「パー」は、

「ダメになってしまった」

「あ~、しまった! やっちゃった」

などの意味にも、ろう者は使っているな。
例えば、

「定時の17時になったから、
帰ろうと思っていたところに、
上司から『今日は残業だ』と言われた。
あ~友人と会う約束が守れなくなっちゃった!」

こんな意味を伝えたい時も、最後は「パー」なのだ。
言葉としての「悪い」だけではない。
これも覚えるには”慣れ“だろうな。

外国人のコミュニケーション習慣だと思えばいいかも。

外国人は会うとすぐ抱きつく。
男女関係なく。
でも、日本人は抱きつかない。
それと同じと思えばいいかも。

日本語対応手話にはない、ろう者独特の文法だ。

難しい? それとも、面白い?
どう思うかで、覚える早さも随分と違ってくる。
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by bunbun6610 | 2016-12-03 22:00 | 手話

外国語獲得と手話獲得との共通点

ある日、職場にいるアメリカ・日本人(ハーフで
二重国籍)のNさんと話す機会があった。

私;
「さっき、障害者のハローワークへ行って来たよ。
そうしたら、その建物に外国人の就労相談窓口も
一緒にあったんだ。
外国人も、日本人健常者とは別なんだね。

しばらく中の様子を見てみたら、今日は相談に
来ている外国人がいつもより少なかった。
通訳者が同行していると見える外国人相談者も
来ていたよ。
ついでにだから、ハローワークの担当官にも、
少し聞いてみた」


私;(ハローワークでの話に入る)
「日本には、外国人を雇用する義務はあるのですか?」

ハローワーク;
「いえ、義務となっていることは、特にありません」

私;
「近年、いろんなお店などで、外国人労働者を
見かけるようになりました。
外国人の雇用が進んできているように見えますが。

私は聴覚障害者(日本人)です。
私は日本語を話すことができます。
しかし、聞くことはできません」

ハローワーク;
「障害のある方なら、企業は法定雇用率を守る
義務があります。
障害者の相談窓口はあちらです。

外国人の雇用が進んでいるように見えるかも
しれませんが、日本語が話せないと、
採用には至らない場合が多いです」

私;
「でも、外国人でも耳が聞こえるなら、
日本語を勉強して覚えれば、
その問題点は解消しますよね。
聴覚障害者の場合は、耳を治すことができません。
ハンディは聴覚障害者のほうが重いと
思います。
それで、外国人のほうが雇用が進んでいる
のではないでしょうか?」

ハローワーク;
「外国人には言葉の問題だけでなく、例えば、
肌の色でも差別を受けることがあります。
日本政府はそうした就職差別をしないよう、
ハローワークを通して事業所に指導をするように
しています」

私;
「そうでしたね。
文化の違いも大きいですよね。
日本では、異文化に対して、まだまだ理解が
足りないと思います。
特に、イスラム教の方に対する理解がまだまだ
だと思いますね。

時間がなくなってきたので、今日はこれまでにします。
ありがとうございました」

ハローワーク;
「健康が一番大切です。
身体に気をつけて、頑張ってください。
ハローワークも応援していますよ」


ハローワークでの話が終わり、今度はNさんと話した。


私;
「今日、ハローワークに行ったんだ。
そうしたら、障害者の相談窓口と、外国人の
相談窓口は、同じ建物だったんだ。
それで、外国人の就労事情の事も聞いてきたんだよ。
そうしたら、外国人も日本語が話せないからとか、
肌の色で差別されて働けない事情を知ったんだ。
アメリカでもそういうことはあるの?」

Nさん;
「ありますよ」

私;
「日本語は、どうやって覚えたの?」

Nさん;
「私はある日本人から、マンツーマンで日本語
指導を受けました。
まず、自分の目指すべきゴール(目標)から、
自分で決める(イメージングする)。

そして、それに向けて自分から練習する。
それを日本語でしか教えない日本人先生の
前でしゃべって見せて、チェックしてもらって
いました」

私;
「その日本人先生って、分かりにくい日本語の
場合でも、英語で説明したりしなかったの?」

Nさん;
「しませんでした」

私;
「えーっ?
でもこれは、ネイティブのろう者が、ろう語(日本手話)
でしか教えないのと同じだな。

日本の学校(国語の授業)の教え方とは逆だね。
日本では基本的に、まず先生が教えてから、
練習問題、確認テストなどをやる、というような勉強
スタイルが多い。
つまり、まずマネさせる。
生徒は受け身になりがちになる。

あなたの教わり方は違うね。
生徒が主体的にやらなかったら、前へ進めないのか」

Nさん;
「勿論。
自分からやらなかったら進歩しない。
勉強方法も自分で見つけたり、工夫してやる。
初めに必要なのは教わること、教わり方ではなく、
自分自身のやる気だ」

私;
「やる気がなければ、自分で練習しないし、
覚えられるわけがないよね。
手話習得と同じだね。
ところで、外国人は日本語を覚えるのに、
どれぐらいの期間を要するのですか?」

Nさん;
「う~~ん・・・。
人によりますね」

私;
「でも、中には幾ら日本語を勉強しても、
話せるようにならない外国人もいるんでしょう?」

Nさん;
「そういう人も、いますね・・・・」




>「まず、自分の目指すべきゴール(目標)から、
自分で決める(イメージングする)。


Nさんのこの話、あの名著
『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー/著者)
にある

「第2の習慣 終わりを思い描くことから始める」

と同じではないだろうか。
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by bunbun6610 | 2016-11-29 20:00 | 手話

手話通訳者の卵さんたちが、ひそかに行っている手話学習法

東京都教育委員会主催『聴覚障害者のための文章教室』

という講座がある。

※ この講座は聴覚障害者優先だが、
健聴者も参加可の場合あり。(条件あり)



もともとは聴覚障害者のための教室で、
私も過去に何度も受講してみたことがある。
その時の感想としては、担当講師が何人かに
分かれているので、人によって教え方も
特色も違っていた。
当然、一言では言い表せない。

担当講師によって、

「これは本当に、日本語の文章の勉強になるな」

と思った場合もあれば、

「いやこれでは読む・書くための文章力を
身につける勉強にはならないのではないか。
どちらかといえば、手話で日本語を学ぶ、
日本語がわからない聴覚障害者に、
日本語の意味を手話で勉強する会
みたいなものだな」

と思うような学習法もあった。


他の講演会の話になるが、ろう学校(小学校)の
国語教師の指導法を聞いたこともあった。
ろう学校と聴覚障害者対象の文章教室とでは、
教え方も目指す成果も全く違っているな、と思った。

最近、外国人向けの日本語学校の教材を
目にする機会があった。
それは、日本の小学校の国語授業で使われている
教師作成のプリント(練習問題)と、あまり変わらない
内容だったが、実践的な会話内容を取り上げ、
なるべく易しくし、コミュニケーション言語として
身につきやすいように編集されているのではないかな、
と思った。
実際のそのプリントを紹介してみよう。
東京・新宿にある、某日本語学校の教材からだ。



=======================


(A)から言葉を選んで(    )に書いてください。
必要なら形を変えてください。

(A)
実感する  訪問する  応募する  戦う


①先輩が働いている会社を(    )して、仕事の様子を聞いた。

②一人暮らしをしてはじめて、親のありがたさを(    )。

③コンビニのアルバイトに(    う )と思って、履歴書を書いた。

④力の限り(    )が、結局負けてしまった。



=======================



外国人向けの日本語学校の場合は、「形容詞」とか
「疑問文」とか「二重・三重否定文」などといった、
曖昧で難しい説明がなければ、勉強もしない。
意味が難解になったり、使いづらい言葉は、
勉強しても無駄だからだろうか。
実生活ですぐに役立つ、すぐに使える日本語から、
最低限学習内容に絞っているようだ。
それだけにシンプルで、外国人には覚えやすく、
勉強したら使うのも早くなると思う。
聴覚障害者向けの文章教室でも、時事用語を毎週
取り上げて、すぐに使える日本語の勉強をやって
いたものだ。
そして、これは手話学習についても、
同じことが言えるのだ。

外国人向けのプリント(練習問題)を読んでみて、

「これは外国人にも聴覚障害者にも難しそうだな」

と思ったのは、

「自分で言葉に変化をつけて使ってみる」

問題だろう。

「聴覚障害者の場合は、名詞や動詞は比較的
覚えていくけれども、助詞などが苦手」

という話を、ろう学校の国語教師から聞いたことがある。
「てにをは」「にでを」などの使い方である。

これはやっぱり、勉強でより、実際に用例を何度も
聞いたり読んだりして、自分でも使ってみることが
必要だろう。
さらに、失敗していたら、それをきちんと指摘してくれる
環境も必要だ。
母が日本人だったので日本語は話せたが、
それでも日本に来てから日本語の勉強に苦労した
アメリカ人も、日本語をきちんと教えてくれる日本語学校
にわざわざ通った、という。

ろう者のように手話で固まっていて、声を出さない、
筆談もしない(日本語も書かない)ままの生活だと、
せっかく正しい日本語を習っても、
結局覚えられなくなってしまうのが当たり前だろう。

反対に、「手話で学ぶ日本語学習」とは面白いもので、
聴覚障害者対象の文章教室なのに、
健聴者受講生のほうが数が多い、
という話を聞いた。
なるほど、確かに・・・・。

特に、手話通訳者を目指している人に、
勉強になりそうだ。
彼(彼女)らはまず日本語を耳で聞いてから、
それをろう者に意味が正しく伝わる手話に、
瞬時に変換させなければならない。
そうすると、聴覚障害者対象の文章教室
(いや、本当は「手話で学ぶ日本語教室」)は、
いい勉強になるのだろう。


手話習得に成功したV6の三宅健氏も、
次のように語っている。

「どれだけ単語を知ってるかってのが重要
なので、とにかく単語を覚えるのが一番じゃ
ないですかね。
知らない単語は読み取れないので」

『V6・三宅健の手話に称賛の声
 NHK・Eテレのパラリンピック番組で
連日披露』
〔2016-09-17 20:00〕

まずは、手話単語を覚えることから始める
勉強方法も、一つにはあるだろう。
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by bunbun6610 | 2016-11-22 23:30 | 手話
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