理想とは何か?

雑談(2017年9月4日〔月〕)
『理想とは何か?』

当ブログは今日で「全体の訪問者数」
(旧管理画面)
が、26万人を超えました。


最近は企業の不正(不適切)行為などを
暴露する記事が増え、
アクセス数もそれに伴って増えているようです。

こういうのが好きで書いているわけでは
ないけれど、現実生活ではこんな体験ばかり
させられている場合が多いものです。

特に、裏方で働く障害者の場合は、
表舞台で働く健常者とは全く違い、
人の裏側を直に、しかも数多く目撃することに
なります。
それで、他人の良い面を見ることは少なく、
反対に人間の不正や虚偽事実を知る機会が
増えてしまうことになるのです。
職場で、たった一人で働く障害者は、
奴隷扱いされているわけだから、
仕事中は健常者のネガティブな面ばかり
見させられることになります。

正直、人間不信になってしまうくらい、
それは簡単に、自分の心の中に溜まってしまいます。


企業では今、長引く不況の影響で、
人件費カットが行き過ぎていると思います。
労働者はそのあおりを食って、
苦しい状況に追い込まれています。
それで、不正や不適切な行為にも拍車がかかって
しまっているのでしょうか。
しかし、その見方も、実は根本的に「誤り」だと思います。


私には好きな映画が3本ありますが、
その一つに、

『映画『ブルベイカー』』
〔2017-02 -26 13:35〕


があります。

私は、この主人公がとても好きです。
不正がとても嫌いな男で、
映画では不正を行う者に対し、
尋常でないほどに闘います。
と言っても、私は彼のように正面からはできません。
障害者は、そんなことをすれば簡単にクビになるからです。
しかしそれでも、私も諦めないようにしています。
ブログ投稿という方法は、その最大武器です。

何も偉大な力がない人でも、やれることはある。
理想は、それを作り出す源だ。

モハメド・アリも、高い理想と信念の持ち主であり、
尊敬に値します。


『『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(1/2)』
〔2017-08 -11 13:54〕




『『モハメド・アリ語録[世界を揺るがした勇気のことば150]』(2/2)』
〔2017-08 -11 13:55〕




「俺を英雄だと考えた人もいた。
俺がしたことは間違いだと言う人もいた。
だが、俺はすべて自分の良心に従ってやっていたんだ。
俺はリーダーになろうとしたわけじゃないよ。
俺はただ自由になりたかっただけだよ。
俺がやった抵抗は、黒人だけでなく、
すべての人が考えるべき抵抗だったんだ。

黒人だけが徴兵されたわけじゃないからね。
金持ちの息子は大学に行き、貧乏人の息子は戦争に行く、
というシステムを政府は作っていたんだ。
そして、金持ちの息子が大学を出たあとは、
徴兵年齢がすぎるまで、
軍隊に入らないで済むようなことをしていたよ。
だから、俺がやったことは自分のためだったが、
それはすべての人がやるべき決断だったんだ。
自由とは自分の信念を守ることができるということだが、
また善悪の選択に責任を負うということでもあるんだ。
だから、軍隊に入るかどうか俺が決断を迫られたとき、
俺はベトナムで人々が無益に死んでいるのを知って、
自分が正しいと思うことに従って生きるべきだと考えたんだ。
アメリカにアメリカらしくなってもらいたかったんだよ。

そして、いま、世界中の人々は、俺の信念に関する限り、
俺が自分にとって正しいことをしたと思ってくれているんだよ。」
(P264~265)




彼は人間として基本的なことを守り通すため、
最大限の自己犠牲を払いました。
彼にそうさせたのは、彼が黒人として生まれたことが多分、
最も大きかったのかもしれません。
彼の言葉を読むと、自分が黒人であることを
強く意識している場面が、多くあるからです。
それでも、基本的なことの前には、
黒人も白人も、障害者も健常者も関係ありません。
アリは本質的にブルベイカーと同じ、
正しい「人間」だったと思います。


そしてそれは、私の理想でもあります。
理想とは、永遠に追い続けるものだと思います。
たとえ肉体が死んでも、魂はそれから決して離れまいと
する覚悟が大切です。

(もしかしたら、死こそが、
その人の人生の「完成」、
その人の物語の「完結」なのかもしれませんが。
だとしたら、人は皆、平等に生かされているのであり、
生きているうちに、後で後悔しないようにしておく
ことが大切です)


たとえ自分の信頼した誰かが裏切ることが
あっても、あるいは自分がペテロのように心が揺らぎ、
師を裏切ってしまったとしても、
死ぬ(最期)まで諦めないことです。
決して、パウロのような不屈の精神を持った人間
ではなくともよいのです。
キリスト教には、そういった真理が見えますが、
実はそれを示した言葉で、私がとても好きなものがあります。


「理想と現実とは独立したものである。
理想が現実と衝突するならば悲しいけれども、
そのために理想を捨てあるいは理想を低くせねば
ならぬ理由はない。
理想は理想として建ててただ悲しむべきである。
理想をあきらめてはならない。
(『人と人との従属』)」
(『青春をいかに生きるか』P190より)



ほとんど無名の人なのですが、大正時代の随筆家・
倉田百三が遺した言葉です。
彼は障害者ではなかったかもしれませんが、
若い時から病気に苦しんだ人です。
彼も、キリスト教の影響を強く受けた人です。

他人にどう思われようが、金持ちの人や有名人に
「愚かだ」と思われようが、
これが私の理想であり、人生航海図なのです。


「理想はわれわれが実現し得ると否とを問わず、
依然として価値の本体である。
(『静思』)」
(『青春をいかに生きるか』P176より)

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by bunbun6610 | 2017-09-04 20:00 | 雑談
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