会社も労働組合も信用できない


就労後の聴覚障害者問題(■社)

20■■年■月■日(■)

会社の自宅待機命令から2ヶ月以上が過ぎた。

会社は「クビ」「解雇」という表現は避けているが、
このまま私を自主退職に追い込むつもりだ。

その目的はやはり、障害者雇用助成金の凍結を防ぐためだ。
恩情という見方もあるだろうが、それも会社が優位な立場を
保つためだといっていい。

会社や労働組合がそんな配慮をしたところで、
私の心の傷が癒えるわけではない。
会社と労働組合のした聴覚障害者差別問題と、
恩赦を引き換えにしようとしているのだろうが、
それでは私は許さない。
聴覚障害者差別問題は、差別の解消以外に
解決ではないからだ。

会社と労働組合は「名誉毀損罪」を理由に
私に対し処分を下したが、私は会社と労働組合の
聴覚障害者差別問題を何とかするために、
やむを得ずにブログ上に事実を暴露したのである。
言論、表現の自由と、聴覚障害者差別撤廃という、
公共社会の向上の目的がある。

それを隠蔽、抹殺するために、会社と労働組合は
グルになり「名誉毀損罪」を持ち出してきた。
相手側としては、それが自分の身を守るためであり当然だ。

会社の説明では

「会社の中で起こったこと(=秘密にすること)を社外に漏らした」

は、すなわち

「会社の就業規則に違反した」

という違反に該当する、という。

しかし、従業員の立場でそれを守るだけでは、
職場の中で起きている聴覚障害者差別問題は隠されたままだ。

そればかりでなく、これで聴覚障害者問題を考えるのは、
終わりにしようとしている。
会社も労働組合も

「聴覚障害者は、そのくらいのことは我慢しろ」

というのだろう。

最後はやはり、もみ消しを狙った会社と労働組合の思う壺に
はまった。
私の立場としては、相談してもどうにもならなかったから、
こうするより他になかったではないか。
この事件を世の中に知ってもらうためには、
社会的批判を覚悟して、暴露するしかないのだ。


次の一文は、労働組合が私に対して言った言葉
(原文そのまま)である。

「障がい者、健常者如何で差別的な対応を行うことは
もちろんありませんし、また、障がいを持たれた方の
働き方などについて取り組んでいく活動方針も立てている
ところです。」


この言葉の意味をよく考えてみると、どうも疑問が残る。

「障がい者、健常者如何で差別的な対応を行う
ことはもちろんありません」


と言っているが、その後に続く文は、

「障がいを持たれた方の働き方などについて
取り組んでいく活動方針も立てているところです」


なぜだろうか。
ストレートに言えばこうなるだろう。


これは、彼らの「差別」という言葉の否定だ。
だから「差別はない」とし、「障害者の働き方」という
言い方に換えているのだ。
本当に平等で、何も問題がなかったら、後ろにくっつく
文は要らないはずだ。
働いている障害者に不満があるから、こういうことを
考えなくてはならないのだ。
それが、差別という言葉を使うんじゃなくて
「働き方」という言葉に換わっているに過ぎないのだ。
会社も労働組合も「差別」という言葉を使いたがらないし、
認めない。
結局は「障害者差別」の存在を認めたくないから、
こういう表現を取り続けているのだ。

これが真実だろう。

口先だけで、何もしないじゃないか。
聴覚障害者のことを何もわかっていないで、
健聴者だけで勝手に決めてやっているだけじゃないか。
差別はないからといって、それで話を終わりにして
しまうことは簡単だ。

でもそれでは、我慢し続けている聴覚障害者のほうは
たまったものではない。
会社も労働組合も、それを考えたことがないのだ。
こんな会社と労働組合に相談するのはもう、
バカげたことだ。

私はもう、会社も労働組合も信用できない。
健聴者も信用できない。
本当の人間不信だ。
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by bunbun6610 | 2017-04-04 19:30 | Z1.クレジットカード会社
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ある聴覚障害者から見た世界


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