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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

『ろう文化』の疑問点


当ブログに、比較的アクセス数が高い記事がある。


『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02-28 20:20〕



なぜ、この記事にアクセスがあるのか、わからなかった。
だが、下の記事を読んで、これが理由の一つなのではないか、
と思えるようになった。



『ろう者の中には、「自分たちは障害者ではない。
手話という言語を使う民族だ。」
という人たちがいます。』

〔2015/9/2309:09:33〕
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail.php?page=1&qid=10150639210



確かに彼らは、聴覚障害者と呼ばれて難聴者等と
混同されることを嫌っている。
それでよく、対立したりしていた。

手話についても

「難聴者が使っている日本語対応手話を“手話”
と呼ぶな。
"手指日本語”と言え」

と、大勢の聴講者がいる講演会で、よく話していた。



他にも、ろう文化のことで思い出すのは、
例えば下の記事だ。
ろう者と健聴者とでは、文化が違う。


『NHK『バリバラ』 ここがヘンだよ! 健常者 第2弾 (2)』
〔2013-05-23 18:30〕




でも、だからといって、モノを投げたりするのはどうか?
なぜ、こうなったのか?

実は、私が働いている職場にも、このような人がいる。
ろう者Tさんだ。

Tさんは、まだ手話禁止時代だった、
A県立ろう学校を卒業した人だ。
学校では手話を厳しく禁止していて、
口話教育を徹底的に受けさせられた。

授業中に手話を使おうというものなら遠慮なく、
先生から手を叩かれたり、
両手に水を一杯に入れたバケツを持たされ、
授業が終わるまで独り立たされたり、
紐で両手を縛られたりするという、
厳しい体罰を受けたりした。

学校ではそんな時代の教育を受けて、
授業が全て終わると皆でバスに乗って寄宿舎に帰った。
そこでは先生がいないので、
皆、手話に戻ってしまっていたという。
つまり、手話を含む、ろう文化の源泉は、
正確に言うならろう学校ではなく、
寄宿舎だったようである。
手話を教えている所なんて、どこにもなかったので、
寄宿舎では皆、オーバーアクションの手話で自由に、
開放的に喋っていたのだという。
授業中にあった辛いことなども、
そこで手話で話していたという。
なかには、手話で先生の悪口まで言い合っていた、
という。
そうやって、彼らは手話を自然に覚えていったようである。

そして、Tさんにはもう一つ、特徴的な文化があった。
同じ聴覚障害者を呼ぶ時、机を思いっきり叩くクセだ。
大きな音を立てたり、振動を起こして伝える方法だ。
あるいは、部屋の電気を突然消したりする場合もある。
これは健聴者からはよく、驚かれる行為だ。
いきなり大きな音を立てれば、聞こえる人はビックリする
わけだし、そもそもそういう行為は誰が見ても、
激怒しているとしか、見えない。
完全に、誤解される原因だ。
職場の人から「勤務態度が良くない」と評価される場合も
あると思う。
だから同じろう者でも、女性の場合は「あれは良くないよ」
と言うものだが、男性にはこういう方法で人を呼ぶ場合が、
今でもあるのだ。
特に、昔のろう学校で育った人にはいる。

こういうことをするろう者は、その方法が良いか悪いかは、
考えていないようだ。
ただ、自分にはこの方法が当たり前だからと思って、
やっているようなのである。
周りの健聴者はそれを見ても「すごい人だな」
「聞こえない、喋れない人だから、仕方がないな」
と思っているのか、
それとも怖がって誰もTさんに近づかないのかわからないが、
とにかく誰も注意しないのである。

これはやっぱり、健常者が必要以上に障害者扱い
しているのと、

「手話という言語を使う民族だ」

とも、無関係ではなさそうなのだが。
正直に言って、手話を取り入れ、ろう者も正しい方向へ
導くべきだと思うのである。
(『手話言語法』の制定)
それが、現状課題点だと思うのである。
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by bunbun6610 | 2017-03-25 18:11 | 手話言語法