時代の正体「差別の温床、施設にも」 相模原障害者殺傷


http://news.line.me/issue/oa-kanagawa/1hrm0z7yud643



時代の正体
「差別の温床、施設にも」
 相模原障害者殺傷


02.26 16:40神奈川新聞

 【時代の正体取材班=成田 洋樹】

「障害者を排除するという被告の極端な考え方は、
施設で働いたからこそエスカレートしたのではないか」。

相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で
起きた元職員による大量殺傷事件について、
そう問題提起する施設長が川崎市にいる。
排除や虐待につながる差別感情の芽はどの施設にも
潜在しているのではないかと考えるからだ。

「私が勤める施設で彼が働いていたら、
事件は起きなかっただろうか」。

自身への重い問い掛けと向き合い続けている。


■潜在

 障害者施設「桜の風」(同市中原区)の中山満施設長
(66)は、高齢の元アルバイト職員の言葉にがくぜん
とした。

 「気持ちは分かるけど、殺しちゃいけないよね」

 昨年7月26日の事件の数日後、たまたま街中で出くわし、
交わした会話。
話の流れから「気持ち」が指しているのは、逮捕直後、
警察の調べに供述した

「障害者なんていなくなればいい」

だと受け取った。
仕事熱心で優しい人柄だった元アルバイト職員の思わぬ
共感に、身近に潜む問題の根を突き付けられる思い
だった。

 障害者に接し、十分理解があると思われる人ですら
とらわれてしまう差別感情の芽は、どのようにして
生まれるのか。
施設のありようと無関係とは言い切れない、
と中山施設長は言う。

 「施設では職員と障害者の間で主従関係が生じやすい。
(行動を改めない入所者に)何度も言っただろうと、
私だって言いたくなってしまうときがある。
少しでも油断すると、上から目線になる恐れがある」

 入所者の呼称一つとっても注意は必要だと指摘する。
親しみを込めて「ちゃん」付けや、あだ名で呼ぶことが
主従関係に陥りかねないとして、桜の風では「さん」で
呼ぶことを励行している。

 「大人の入所者に対して、子どもに接するような言い方
をすれば、相手も『従』の役割を果たそうとしてしまうこと
がある。
やがて職員の顔色をうかがったり、こびを売ったりする
ような入所者も出てくる」

 内心は違っても従わざるを得ないという、
すでにしてゆがんだ関係。
職員の心理はどうなるのか。

「自分の言うことを何でも聞くので気持ちよくなる。
支配下に置いているような感覚になる。
周りの職員からも

『言うことを聞かせられる、支援が上手な人』

と評価する雰囲気が漂うようになる」

 エスカレートすれば、命令口調になり、
尊大な態度を取るようになる。

「手間の掛かる人たちの面倒を見てやっている
自分は偉い」

「自分が生殺与奪の権限を持っている」。

第三者の目が入りにくい閉鎖的な施設には、
思い違いが生じる危うさが常に存在している。
中山施設長は

「だから職員は高い倫理観を持ち、
『落とし穴』を自覚しなければならない」

と警鐘を鳴らす。


■逆転

 川崎市の指定管理施設として2013年に開設した
桜の風には、知的、身体障害者約40人、
精神障害者約20人が入所。
社会福祉法人「育桜(いくおう)福祉会」ともう一つの
社会福祉法人が共同で運営している。
育桜福祉会が担当する知的、身体障害者の大半は
最重度の「支援区分6」で、言葉での意思疎通が難しい
人が少なくない。
暴れたりする強度行動障害がある人もいる。

 支援の在り方を模索し続ける桜の風でも、
支援のつもりが、入所者を意のままに行動させるよう
促しているときがある。
入所者が管理の対象になるという主客が転倒した
状態に近づく。

 ある30代の男性入所者は、散歩や体操への関心が
薄かった。
職員はやる気を促すための策を練った。
1日1回運動したらシールを1枚あげ、平日に毎日
続けて5枚たまったら好物の缶コーヒーを飲むことが
できるという約束を交わした。

 やがて支援の歯車が狂いだす。

「運動に行かないとシールをあげないよ」

「シールもらえなくていいの」。

本人の頑張りを引き出すためのシールが行動を操る
手段に逆転する。

 あるとき「シール5枚」を達成できず、
落胆する男性の姿を見かねた職員から相談を受けた
佐野良副施設長(45)は

「来週は頑張ろうと励まして、きょうは缶コーヒーを
飲んでもらおう」

と助言した。

 「支援計画が崩れる。
いいんですか」

と問い返す職員に、佐野副施設長は諭した。

「あなたは仕事で嫌なことがあったら、
気分を晴らすために飲みに行ける。
缶コーヒーをお預けにするのは、
楽しみが奪われてつらい思いをしている人に、
飲みに行っては駄目と追い打ちをかけるのと同じだ」

 佐野副施設長が自戒を込める。

「現場では支援と管理が逆転していても、
気付きにくいときがある。
少しでも油断していると、本人の行動を制限する
という危うさを見失いかねない」


■世相

 「もしもコンビニ店で働いていたら、
犯行に及んだだろうか。
やまゆり園の実情を詳しく知らずに軽々しくは
言えないが、施設で多くの障害者と接したがゆえに
起きた事件ではないか」

 中山施設長があえてそう問い掛けるのは、
施設関係者が事件について語る動きが広がっている
ように思えないからだ。

「凄惨(せいさん)な事件だったため、
別世界の出来事と受け止めているのか。
自らの問題として考え続けている施設職員は
どれだけいるだろう」。

いま、誰もがわが身を顧みなければ過ちの芽は
摘まれぬままだ。

 1月下旬、横浜市で開かれた施設職員研修の全国大会
で他県の職員は神奈川新聞社の取材に

「あのような人物を採用したことが間違い」

「不審者に備えて(身体を拘束する)さすまたの
研修を行った」

と語った。
どこか人ごとのような響きだった。

 低賃金の福祉現場は人材確保にきゅうきゅうとしている
現実がある。
中山施設長は

「猫の手も借りたい現場では、多少素養に欠けていても
夜勤をしてくれる人なら採用してもおかしくない。

『採用したのがまずかった』

『暴漢が起こした事件』

と片付けてしまっては、自分が日々行っている仕事が
問われているということに考えが及ばなくなる」

と危惧する。

 数々の供述からは意思疎通ができない重度障害者を
狙って危害を加えたことがうかがえる。

「社会に最も役に立たない、無駄な人間とみなして
犯行に及んだのだろう。
冷静にターゲットを選別している印象が強い」

と話す中山施設長には、社会に潜在する差別意識が
反映された事件と思えてならない。
佐野副施設長は

「障害者のことを気にも留めなかったり、
さげすんだりする光景は日常的だと思う」

と指摘する。

 施設に向ける社会のまなざしが厳しくなれば、
外で問題行動が起きないよう内部での管理が厳しくなる。
鍵を掛けて入所者の行動を制限したり、
力ずくで行動を押さえ込んだり、
虐待につながる温床は広がる。

 中山施設長の問い掛けは続く。

「犯行の背景には

『世間を代表して犯行に及んだ。
世の中のためにやった』

という意識があったと思う。
障害者をみんな邪魔に思っているじゃないか、
差別して何が悪いんだ、と」

 確かに事件の5カ月前、大島理森衆院議長に宛てた
犯行予告ともとれる手紙に記していた。

 〈保護者の疲れきった表情、施設で働いている
職員の生気の欠けた瞳、日本国と世界のためと思い、
居ても立ってもいられずに本日行動に移した次第で
あります〉

〈重複障害者に対する命のあり方はいまだに答えが
見つかっていないところだと考えました。
障害者は不幸を作ることしかできません〉

 その目に映っていた施設の様子、それを踏まえて
語られた「正義」、等しくあるべき命の否定。

「施設や社会のありようを問い直すために、
事件について語り続けなければならない」。

その責任は施設に関わる人たちにこそあると中山
施設長は考えている。




==========================

[PR]

by bunbun6610 | 2017-03-11 09:00 | 障害者問題・差別
line

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
line