『聴覚障害者を疑似体験する方法』(補足説明)

以前から続いていることなのだが、
下の記事がよくランキングに入っている。


『聴覚障害者を疑似体験する方法』
〔2013-02 -28 18:00〕



自分で書いたのだから、自分が言うのもヘンな話だが、
聴覚障害者が読んでいる記事ではなさそうだ。

私は時々、障害者施設に入ることがある。
そこでこのあたりの時期には以前、
依頼を受けたりしたことが何度かあった。

「大学の卒論(研究論文?)を書くため、
聴覚障害者の日常生活や、
困ったことなどについて知りたいのですが、
ご協力していただけませんか?」

といった、健聴者大学生からのアンケート依頼だった。
この時、ろう者は大体、非協力的な態度だった。
やっぱり、健聴者を信用していない人が、
今でも多いからなのだろう。
だが私は協力したことが、何度かはある。
そういうことがきっかけで、上の記事もちょっと
書いてみたつもりはある。

聴覚障害について書くとなると、
これはやっぱり難しい。
(それでも、私は敢えて書いたが)

手話サークルでも健聴者が話し合ったことが
あったが、

「私達には難しいからやめましょう」

ということになった。
たとえ手話通訳士であっても、
聴覚障害者でもない者が無責任に語るもの
ではないからだろう。

「聴覚障害」「聴覚障害者」というものは、
実はものすごく幅が広いので、そういう説明になる。
手話通訳者たちは、手話を母語とする
「ろう者」を中心にして説明を広げていく人が
多いと思うが、
手話がわからない「難聴者」支援が中心の
要約筆記者は、手話通訳者の立ち位置からは
もう少し離れて説明する人もいる。

とにかく、そんな「聴覚障害」「聴覚障害者」の
ことを書けば、本が何冊も出来てしまうぐらい
だろうから、今回は一つの話に絞ることにする。

聴覚障害者は、かなり重度の障害がある人でも、
本人自覚があまりない場合が少なくない、と思う。
実際、身体障害者手帳の1級や2級を持っている
ろう者でさえ、

「自分は障害者ではない。
『ろう』(あるいは、『ろうあ者』)だ」

という人がよくいる。


〔参考記事〕

『「聾唖(ろうあ)」という言葉の存在意義』
〔2012-02 -28 20:20〕




『米国・ギャローデット大学でのろう運動』
〔2013-03-05 18:00〕



自分を「障害者」だとは思っていないし、
それを苦にもしていない。
ならば、聴覚障害者は皆、
本当にそうなのかと言うと、
いやそんな人ばかりでもない、実は。
ろう者からよく対極的な代表にされるのが、
難聴者だ。


『映画『レインツリーの国』(有村浩/原作)』
〔2015-12 -12 00:22〕





しかし、幅広くいても、ケースバイケースであるに
しても、やはり音声コミュニケーションが
苦手になる聴覚障害者は必ずいる。
それが「聴覚障害」なのだから。

よく職場で、何人かの健聴者と一緒にいることになるが、
たまたまにしても必然にしても、
そこに会話(コミュニケーション)が自然に発生する。
色々な話をしているのだろうが、
私には補聴器を幾ら傾けたって、
補聴器のボリュームを大きくしたって、わからない。
何か話していることはわかる。
聴こえている。
しかし、何を言っているのかが、さっぱりわからない。
それは、全く聴こえないで気にしていない場合より、
ずっと心が重くなってくることなのである。
そんな状況の時でも、
皆の輪に入ってコミュニケーションをする方法はある。
手話は使えないだろうから、筆談である。
だから、自分でも筆談ボードを持って来ている。

ところが、そんな気軽な会話をしている最中に

「筆談して」

とは、とても言えない。
そういう見えない力が自分の前に押し寄せてきている。
それで我慢してしまう。

健聴者はよく、

「聞きたいことがあったら書いてと言って」

と、気軽に声をかけてくれる。
しかし、それに素直に甘えることが、なぜか出来ない。
見ているとやっぱり、難しそうに思えてくる。

私の目の前にある、この圧力は一体何だろう?
自分のせいなのか?
そんな悩みを何十年間も持ち続けていた。

そして、同じように悩んでいる聴覚障害者を、
仲間の輪の中に入ってみて、やっと見つけた。
だが、誰も明快な答えを見つけ出せてはいないようだ。
悩みがある、困っているのは皆同じ。

ただ一つ、新たにわかったのは、どんなに下手でも、
諦めずに一生懸命に手話学習に取り組んでいる
難聴者もいるし、手話をマスターして別世界に
飛び込んでいった聴覚障害者たちの姿があることだった。
見える言葉、動く言葉が、聴覚障害者と共にあった。

「はじめに言葉があり、言葉は神と共にあり、言葉は神であった」

という、ヨハネによる福音書の言葉と同じだった。
手話という言葉を覚えるのに全く苦労もしない、
天性の手話者もいた。
それぞれが別々ではあったが。


あるろう者は、健聴者とコミュニケーションを
取ろうとする時のろう者について、
こう証言していた。

「ろう者はダメだよー。
こうやるのよ」

と言って、ろう者のやり方をやって見せてくれた。
手に握りこぶしを作って、机の上をいきなりドンッ!
と叩いた。
そりゃ、私もびっくりした。
だから、健聴者社会での常識から言えば、
感心しないのは分かる。
だが、聴覚障害による障害の深さも知っている
立場から言えば、私には机を叩くろう者を
非難する気にはなれなかった。

社会常識がどういうものであるべきかは
まず置いておくとして、健聴者は、
自分たちの社会の尺度だけで物事を見ているから、
こうした無理解が起こるのではないだろうか。
そこが残念でならなかった。


人間は所詮、限界性のある生き物だ。
各々の限界性をわきまえて生きるべき存在
なのかもしれない。
だが、その限界を変えていくことができる存在
でもあるだろう。
それを、この人たちは私に教えてくれている。
人間の可能性は無限だ。
一つの可能性だけが、全てなのではない。






〔補足説明2〕

「人はパンのみにて生きるにあらず」

という言葉を、だいぶ以前に聞いたことがある。
キリストが聖書の中で言っていた言葉だっただろうか。

http://www.k-doumei.or.jp/np/2002_11/04_02.htm

働いて給料を貰わなかったら、人は生きてゆけない。
だが、人はそのために働き、生きるのではない。
スワンソンという生物学者は、3つの物質の他に、
もう一つの要素を加えた、という。



『人間が生きるために不可欠なものは

 「水、空気、食物、そしてコミュニケーション」

である。』
            (生物学者M・スワンソン)



『コミュニケーションは、
人間が生きるために必要なもの』
〔2012-02-18 01:19〕




東京大学教授・福島智氏は、
この4番目の要素について、

「コミュニケーションは酸素のようなもの」

と解説している。
これを立証するために、彼はある実験をしたという。
ある小学校で、子どもたちに20分間、
誰かと話す事も聞く事も禁止し、給食を取らせた。
そして、終わった後に、子どもたちから感想を
聞いたところ、

「いつもより美味しくなかった」

などというマイナス意見の声が次々と挙がったそうだ。
あくまでも、健聴者の疑似体験として可能な実験に
過ぎないのだろうけれども、これは聴覚障害者の
疑似体験になりうるのかもしれない。



ちなみに、聴覚障害者になると職場で
どういう障害が起きてしまうのかが、
具体的書き記されているのが
『聴覚障害者の就労後問題』です。
それらは全て実話です。
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by bunbun6610 | 2016-11-11 21:00 | 聴覚障害


ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

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