互いに理解し合えない存在



全く、会社の人の聴覚障害者への無理解ぶりには、
目に余るものがあります。
職場での聴覚障害者は孤独であるばかりではなく、
差別も無条件に受け入れなければなりません。

私はそのことで、M係長と口論になったとき

「あなたが私の悩み苦しみを理解しないのは、
経験したことがないからです。
これから両耳に耳栓をして、会社に来てみて下さい」

と言いました。
M係長はそれをあっさりと一蹴しました。

当たり前です。
私がもしも、M係長の立場だったならば、
M係長と同じ態度を取るでしょう。

M係長は自分のためだけでも、
私のために生きているのでもありません。
M係長はM係長として生きているし、
そうしなければならないのです。
この会社の、耳の聞こえる係長としているのです。

聞こえなくなったら、会社からは無価値とされます。
逆に言うと、聞こえることも含めて、
M係長として存在しているのです。

私が「それを否定しろ」と言う権利はありません。

「自分で聴覚障害の人体実験をしてみろ」

なんて言えば、それこそM係長への人権侵害
となります。

たとえ体験学習でも、そんな人体実験のような
ことを本気でさせることは、倫理上、
許されないだろう。

だから「本気でそれをしてみろ」と言ったのでは
ありません。
聴覚障害とは何かということを、
自分でもちゃんと掘り下げて考えてみて
ほしかっただけです。
もし、自分も聞こえなくなった場合のことを、
よく想像してみてほしかったのです。

でも、健聴者にはやっぱり、
それすら難しいのかもしれません。

これでは「歩み寄り」だって、難しいと思う。

口先だけの歩み寄りなんて、私はもういらない。
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by bunbun6610 | 2016-11-18 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610