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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

少し休みたいときの、聴覚障害者の悩みとは

「私のブログを読んで、心情もわかってほしい」

と提案したが、M係長は

「ブログは主観的な感想、意見が書かれた
ものなので、読まない」

と言いました。
それはわかるけれども、健聴者は、
なぜ聴覚障害者のことを全然、学ぼうと
しないのだろうか。
これでは会社や健聴者の考え方が変わる、
というのは、やはり難しい。
待っているだけでは、時間の無駄です。

健聴者は「知らない」のではなくて、
知ろうとしない。
調べて学ぼうとしない。
読んでほしいと思ってブログを書いても、
読もうとしません。
そして、理解しようともしなかった。

こういう根本的なバリアを張って、
自分たちだけに都合のいい社会にしている
ことがわかり、愕然とした。

Y人事部長やM人事部課長も同じ考えだ。
会社組織だから、組織的な考え方で
行動するのが当然であり、
障害者の多様性を会社が受け入れることの
難しさが、浮き彫りになった。

M係長は、主観か客観かのどちらかに、
こだわり過ぎると思う。
まず、人の話を聞いた上でないと、
自分が客観的判断を下すことができなくても、
当たり前なのではないだろうか。

上司だということもあるだろうが、
自己の考えに拘ったために、

「客観性が高い、低い」

という考え方はできていなかったと思う。

本当は誰でも主観が高くなったり、
逆に普段はそんな人でもその分野に
関しては、客観性の高い発言をするときも
あるだろう。
主観的なのか、そうでもないのか、
客観的と言えるのかは、
人にもより、判断が異なってくるはずだ。

先入観だって人それぞれにあるものだし、
その差はいろいろだろうが、
障害者への合理的配慮を考える場合には、
殊に健聴者だけの杓子定規に考えず、
いろいろな障害者の実情を理解した上で
判断を実行してほしい、と思う。

M係長は上司として、健常者と障害者を
平等に見て判断していない。
見た目で「同じ」=「平等」という思い込みで
頭の中が固まっており、
実質的平等という意味までは理解できて
いない。

こういう人の頭を柔かくするために
揉みほぐしてやるのは大変だ。
ストレスを逃がすための、仕事中の健聴者の
おしゃべりは黙認する、と言いながら、
それが納得できない聴覚障害者の精神的
苦痛は理解しない、というのはおかしい。

過去にはあった

「20分間の休憩」も「就業規則にはないから」

という理由でなくなるのはわかるが、
健聴者の仕事中のおしゃべりは容認されて、
私のそれに対応する時間中のメモ書きは

「仕事中にそんなことしていいわけが
ないだろう」

と全く容認されない。
なぜ、見た目の違いだけで判断されてしまう
のだろうか。

だから

「聴覚障害者は聞こえないので、
皆のようなおしゃべりができないし、
皆が公平に休めた20分休憩時間も
なくなったので、息抜きするタイミングも
わからなくなった。
いつの間にか、皆が休んでいるとき、
自分だけ

「休んでいいのかな?」

と気にしながら働き、皆が働いているときは

「自分はちょっと休みたいけど、
行っていいのかな?
どうなのだろうか?」

とまた気にしながらになる。
この心情が堪らないものだということを、
上司は理解してほしい」

と頼んだ。
その結果、理解してくれた(と思うが)。
立場の異なる自分一人だけで、
その立場からの事情を説明し、
理解してもらうのは大変だったが。

自分の言っていることが聴覚障害者に対して、
あまりに理不尽だと悟ったのか、
それとも聴覚障害者の心情を理解したのか、
どっちなのかはわからないけれども…。
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by bunbun6610 | 2016-09-23 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1