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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

合理的配慮を求めるのは、子供のすること?!

以前に人事部のM課長に

「情報をメールなり筆談なりの方法で、
聴覚障害者にきちんと伝えないのは、
どうしてですか?」

という質問をしました。
M課長は

「何でもしてもらおうというのは、子供と同じ。
情報を自分で採りに行かないあなたが
悪いのです」

と言っていた。

これは、どうだろうか。

確かに、状況や聴覚障害者の態度によっては、
これも正論となりうるだろう。

しかし、健聴者と聴覚障害者が違う点は何か、
考えている上での発言と言えるのだろうか。

健聴者は、周りの音声が自然と耳に
入ってきています。
だから

「あ、今のあそこで話していることは、
自分にも関係がある話だ」

と気づき、その情報を聞き逃すまいと、
そこへ採りに行くことができるのだ。
健聴者の耳には、このようなアンテナがある。
「情報のアンテナを張る」と言うそうだ。
だから健聴者は、自然に話者のほうへ、
皆集まります。

ところが聴覚障害者は、
自分に与えられた仕事に集中していて、
そのことが視覚に入っていなければ、
気づきません。

それだけでなく、誰かが話していても、
それが自分に関係があるのかどうかまでは、
わかりません。
いや、全く気づかないといったほうが、
答えとして合っているかもしれません。

そして、最も恐ろしいことは、
わからないことだらけだと、
それに注意し続けることにも疲れてしまうので、
自然と無関心になってしまうことです。

これは聴覚障害者を一方的に責められる
ことだろうか。

私ならば、無理もないことだと思う。
自分ではどうにもならず、回りも配慮がない
ようだと、今度は「諦めてしまう」という障害
が起こります。
これが聴覚障害の二次障害と言われます。

実際に、精神障害が起きている聴覚障害者
もいます。
この精神障害を、果たして全面的に
聴覚障害者の自己管理能力に起因する
問題だと、言い切れるだろうか。

テレビでも

「難聴になると認知症(ボケ)の発症率も
高くなる」

という。
が、これも

「高齢だからしょうがない」

というのだろうか。
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by bunbun6610 | 2016-09-13 19:30 | 就労後の聴覚障害者問題Z1