<水俣病>46歳、認められぬ苦難…公式確認60年




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<水俣病>
46歳、認められぬ苦難
 …公式確認60年


毎日新聞社 2016年5月1日 21時11分
(2016年5月1日 23時06分 更新)


「公害の原点」とされる水俣病は1日、
公式確認から60年を迎えた。
患者認定や被害補償を求める訴訟が続き、
60年を迎えても解決の道筋は見えない。


 ◇特措法の救済、生年で線引き

一定の感覚障害がある未認定患者に
一時金などが給付される水俣病被害者
救済特別措置法(特措法)は、対象を原則
「1969年11月末生まれ」までとしている。
しかし、その後に生まれた40代の人々が
被害を訴えている。

 チッソ水俣工場は水俣病原因物質の
メチル水銀を生み出したアセトアルデヒド
製造を68年5月に終了した。
国、熊本県はこれをもって

「69年以降、水俣病が発生するレベルの
水銀汚染はない」

との立場を取っている。
特措法は妊娠期間を考慮し対象を69年
11月末までの出生としている。

 熊本県南部に住み、医療福祉関係の
仕事をしている女性(46)の誕生日は、
その十数日後。
親族が認定患者であるにもかかわらず、
救済の枠の外に置かれたままだ。

 女性の家は、水俣工場の排水が流れ
込んだ不知火(しらぬい)海でイワシ漁を
していた網元。
母(71)は

「魚をすりつぶして離乳食にしていたし、
網子さんたちも抱っこしては魚を食べさ
せていた」

と振り返る。

 女性は小さい頃から

「どうしてここで?」

という場所でよく転んだ。
手足に傷ができても気づかなかったり、
就職後も知らないうちにボールペンを
落としたり。
頭痛やこむらがえりもひどくなった。

 祖父は死亡後に親族が認定申請して
水俣病と認められていた。

女性と同様の症状に悩んでいた母も
2005年、水俣病不知火患者会が国など
を相手に起こした未認定患者の損害賠償
請求訴訟に参加。
和解で救済を受けた。

 女性は

「自分は水俣病とは関係ない」

と思っていた。
しかし、母の勧めで検診を受けると症状を
指摘された。
熊本県に特措法の適用を求め申請したが
「対象外」の判定だった。

 出生時期や、提出したへその緒の水銀値
が比較的低かったことなどが理由とみられる。
だが、納得のいく説明はなく賠償請求訴訟に
加わった。

「出生年の線引きはおかしい。
確かに症状があるのに。
認めてほしい」


【笠井光俊】




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感音性難聴者と全く同じ対応の仕方だ。

どこかで線引きしなければ、
「どこまで?」となってしまう問題だからだろうが、
症状があると認められる人にまで、
年月日だけで完全に線引きしてしまうのは疑問だ。
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by bunbun6610 | 2016-05-01 23:42 | 障害者問題・差別

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610