難聴者が手話を学ぶ必要性

難聴になっていた父が、今度は呼吸器機能
も衰えてきたようで、声もあまり出せなく
なってきた。
遂に、しゃべることも不自由になり、
ろうあ者と同じような状態になってきた。
さらには、軽度の認知症にもなっている。



〔重要参考情報〕

『『「耳の不調」が脳までダメにする』(中川雅文/著)』
〔2014-07-29 18:30〕



補聴器センター中央
『認知症と難聴-補聴器との関係-』
「難聴も認知症の危険因子」
厚生労働省発表(2015年1月)






「もし、手話を学んでいたら・・・・。
耳が不自由になっても、言葉が話せなく
なっても、手話があればコミュニケーション
ができて、ボケ防止にもなっていた
だろうに・・・・」


そう思わずにいられない。

だが、老人性難聴になったからといって、
いきなり手話を覚えることは難しい。
「難しい」と言う以上に、本人が「無理だ」と
言って諦めてしまうのがほとんどだろう。

父は、筆談だって超苦手で、嫌がる。
だから、こうなってしまってはもう、
コミュニケーションも難しくなる。
そうすると脳も使わなくなって、
どんどん衰えていくだろう。
孤独に耐えて、ただ死が迎えに来るのを
待つしかない。
そんな時期に来てしまっているのだ。

難聴者がなかなか手話を勉強しようと
しない理由のなかには、

「難聴者の手話は、手話じゃない」

と決めつけ、攻撃している日本手話指導者が、
まだ少なからずいて、難聴者もそれに抵抗し、
手話を勉強するのを嫌がる、という事情もある。

だが、そんなことは気にせずに、
手話を勉強してみてほしい。
難聴者には、難聴者の手話でいいではないか。
ろう者からは何と言われようが、
気にすることはないのだ。

仮に百歩譲ったとして、手話だ手話ではない
だのと言う以前に、それも人が人らしく生きる
ためのコミュニケーション手段には違いなかろう。

自分たちの権利ばかり主張して、
こうしたことにも関わる難聴者が手話を学ぶ
権利を侵害しようとするのも、
いかがなものか。


それと、(身体障害者手帳を保持している)
聴覚障害者であっても、高齢になって定年退職
すると、補聴器(の補助金)は交付されなくなる、
というのをご存知だろうか?
障害者福祉が後退している今では、
仕事や学校で必要である場合にしか、
補聴器(の補助金)の交付は認められないそうだ。

これがこの国の社会福祉の貧しさなのである。
耳がいかに重要なのかが、この国はわかって
いない。

特に、地方の貧しい高齢者には、
補聴器が欲しくても高価だからと、
諦めてしまっている人も少なくない。

「自分の少ない年金だけでは、
とても全額自己負担では買えない」

と言うのだ。

だからせめて、その自己対策のためにも、
なるべく早いうちから手話を学んでおき、
手話仲間に入っておくということは、
ボケ防止にも有効な老後対策になる、
というわけだ。




〔関連情報〕

『日本人健聴者が手話を覚えられない理由』
〔2014-07-14 18:30〕

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by bunbun6610 | 2015-12-28 22:32 | 難聴・中途失聴
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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610
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