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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

Nさんの虚偽証言と、聴覚障害者の権利保障とは



20■■年■月■日

翌日の朝礼は、S課長だけで対応されました。

朝礼は聞こえないまま立っているだけでしたが、
終わった後にS課長が内容を簡単にホワイト
ボートに書いて伝えてくれました。
それで

「Oさんは午前休み(午後から出勤)、
YさんとM係長は休み」

ということがわかりました。

ただS課長の話は、それだけで話が終わって
しまったので、私は課長に

「昨日の事実調査はどうなったのですか?」

と聞きました。

S課長は話したくなさそうな表情になりながらも、
対応してくれました。
ホワイトボートに書いてくれましたが、
回りくどく状況の話ばかり書くので、私は

「その説明はもう必要ありません。
Nさんは昨日、何と言ったのかを教えて下さい」

と聞きました。
するとS課長の文章は乱れてきて、書きづらそうで、
私も何を言いたいのかよくわからない文でした。
だから私は、

「つまり、Nさんは22日は私が仕事をサボッて
いるから、送付状だけをやらせればいい、
と思って、あの指示を言ったのですか?」

と聞きました。
すると課長は「違う」と言いました。
そして考え込んでから、こう言いました。

「初めはUCとMFの両方の送付状付けをやって
いたが、UCが先に終わった。
しかし、それでもあなたははまだ送付状
付けをやっていたので、
そのまま続けさせて、自分たちだけで封入を
やることにした」

と説明しました。
これは偽アリバイというか、Nさんに有利な口実に
なっているので、私は事実を言いました。

「Mチームは、MFの送付状付けからやり始め、
UチームはUCの送付状付けからやり始めました。
その時にNさんは私に向かって、
MFの送付状付けをやれ、
というジェスチャーをしました。
(口ではそれを話していたと思う。筆談はなかった)
そして、その後、ずっとそのままでした」

しかし、Nさんは昨日(26日〔■〕)は、

「Aさん(私のこと)は22日、仕事を全然しなかった。
今日(26日〔■〕)もしなかったから」

と、22日朝に他の人と違う仕事を指示した理由を
説明しています。

これは、今日(27日〔▲〕)のS課長の代弁による、
Nさんの言い分とは矛盾していました。

それに、22日朝のNさんの指示がS課長の

「彼(私のこと)も皆と一緒に仕事をやってもらう」

という話とは、食い違っています。
だからNさんは自分勝手な判断で聴覚障害者に
業務を指示し、職域差別をしていることになるのです。

さらに、22日朝の指示が聴覚障害者に対し、
差別的取扱いをしていると私は見るのに、
Nさんはなぜ、その後に起こった、
私のサボタージュを差別的指示を正当化する理由
に使うのか?

S課長はこのことを、おかしいと思いませんか?」

しかし、これだけ話してもS課長は、
この事実をまともに受け入れようとはしませんでした。

そしてS課長は話を180度変えてしまった。

「ここの部署は今まで、障害者はいなかった。
健常者ばかりで働く場だったので、障害者に対して、
まだどう配慮していいのかわからないだけ。

(すでに一年も経つのに?!
まだ、この理由を言うのだろうか?!)

差別はしていない。
けれども、あなたに苦しい思いをさせてしまったことは
事実なので、その点は謝ります。
Nさんも反省している。
今、この職場には障害者も入っているので、
これから少しずつ理解していきたい」

私もこの話をある程度は理解できるし、
同感ですと言いました。

S課長はさらに、
「今後、このようなことが起きないようにするうえで、
Oさん、私、皆も含めて、Aさん(私のこと)だけが
知らずに取り残されてしまうようなことがないように
したい」

これもある程度はわかります。
しかし、具体的にはどう行動するのか、
その実施計画を立てないと、進まないものです。
決めて、すぐに実行に移せるようにしないと、
また口先だけで終わってしまうでしょう。

今まで一年間も、ほったらかしにされてきた事実は
もう、

「どう配慮していいのかわからない」

では済まされないと思います。

今までは、特に仕事の指示をしてきたNさんが

「やろうとしない、考えようともしない」

という問題だった。
他の人は問題なかったが、仕事の指示をしていた
Nさんが、聴覚障害者とのコミュニケーションで、
一番問題が多かった。

ろう者の先輩の言う通り、
健聴者はそんなことは全く考えていないのが
当たり前だろう。

(当ブログ

『聴覚障害者の、職場でのストレス』
〔2015-09-01 18:30〕

参照)

それは、もしも私が健聴者に生まれていれば、
同じ罪を犯していただろう、
ということです。

私も、もし健聴者に生まれていたら、
聴覚障害者に配慮なんかしないだろう。
自分の生きたいように、好きなように生きるだろう。

でも、それだからこそ、私は聴覚障害者の権利を
保障するための法律が、社会に必要だということも
理解すると思います。

人々のこの問題への無知、無関心、無理解を
全面的に責めることなんかできないし、
私だってしたくもない。

だからこそ、この法律が、真の平等社会実現の
ためには必要なのだということは、わかるのです。
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by bunbun6610 | 2015-12-09 19:00 | 就労後の聴覚障害者問題Z1