手話に対する、健聴者の受け止め方 ―ろう者と健聴者の違い



『手話に対する、健聴者の受け止め方
 ―ろう者と健聴者の違い』

夕方の休憩時間に、■部のろう者(Aさん)と
一緒に、1階喫煙室で手話で話していました。
その後、仕事場に戻ると、M係長から質問を
受けました。

M係長;「さっき喫煙室で話しているとき、
Hさんを指差していたでしょ?」

私;「いえ、O・Mさんがいたことは知って
いましたが、Hさんがいたことは知りません
でした。
指差しした方向に、たまたまHさんがいただけ
なのでは?
何か誤解していませんか?
何を誤解しているのですか?」

M係長;「わかりました。誤解していました」


うーん。
ろう者は音声言語ではなく、手話で話すのが
当たり前ですが、それを見て、健聴者が
いろいろ誤解する可能性には、
考えさせられます。

私は

「誤解って、何ですか?」

とM係長に聞いたのですが、M係長は

「指差しの意味が何だったのか、
ハッキリ聞きたかったから。
今のは気にしないで」

と言われ、結局、他の人が何を誤解したのか、
知ることはできませんでした。
私は納得できなくて、こうつけ加えました。

「私たち(聞こえない人)だって、皆の会話は
聞こえないので、わかりません。
聞こえない私たちが手話を使って話すのは
当たり前です。
それなのに、健聴者は私たちが手話を使うと、
なぜ気にするのですか?」

その反応も、M係長は

「何でもなかった」

と言っていました。

M係長が喫煙室にいたわけでなく、たまたま
喫煙室にいたHさんが、私たちの手話を見て、
何を話しているのか気になり、それを誤解した
のか、M係長に何か言ったと、想像できる。

そういう流れからの質問だったのだろう。

誤解とは、例えば、指差しをしていた方向に
たまたまHさんがいたので、Hさんは

「私のことを手話で話されているみたい」

と勘違いしたとか。

手話は遠くからでも丸見えなので、そんな
感じに見えると、確かにHさんに気の毒だ。
周りには、他の人もいて、見ているかもしれない
のだから。

健聴者の場合、声なしで、身ぶりなどだけで
相手に伝えるとき、他人の陰口だったりする
こともあるから、健聴者から見ると

「その可能性がある」

と見えるわけだ。

私は、有名な蛇の目寿司事件を思い出しました。



=============================


『蛇の目寿司事件』

昭和40年9月19日 ろうあ者2名が上野の寿司屋
で傷害致死事件(蛇の目寿司事件)

昭和41年8月4日 蛇の目寿司事件控訴審開始
(日本初のろう者弁護士松本晶行氏が弁護団に参加)

http://www3.ocn.ne.jp/~oneyes/kobushiza/pri03.html

「二人のろうの青年が、ある寿司屋で、手話で
話をしていたところ、三人の客が、好奇の目で、
じろじろ、二人を見る。
二人は「見ないで」と頼むが、三人の客の態度は
変わらず。
そこで、立って行って、客の肩を叩いて注意を
促したが、逆に殴られ、ケンカとなってしまった。

店の主人はろう青年と顔見知りで、仲裁に入った
が、くちで言っても通じないためか、下駄(ボール…
という証言もある)で、ろう青年の頭を打ったため、
今度は主人と争いになってしまった。
そして、店の主人は、投げ倒された際に、
後頭部を強打し、そのまま亡くなってしまった…。」



=============================



この事件の真相は、全くわかっていません。
一番の問題は、当時は手話通訳もなかったため、
上の文にしても、ろう者の証言が反映されていない
だろう。

私の受けた誤解も、もしかしたら、健聴者の誤解
から勃発した可能性も、ないとは言えないかも
しれません。
自分の知らないところで、いろいろ噂を言われたら、
困るものです。
それはお互いにそうですよね。
ですから、お互いにコミュニケーション・バリアを
なくしていけたらいいのですが。
[PR]
by bunbun6610 | 2015-12-01 19:00 | 就労後の聴覚障害者問題Z1

ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610