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蒼穹 -そうきゅう-

聴覚障害者に「無音の世界」は馴染むのか?

この前にあるテレビ番組で、釧路湿原の中を
流れる釧路川でカヌー体験をしていた情景が
映っていた。
健聴者のリポートでは

「釧路川は石も岩もないので、
“無音の世界”なんです」

というふうに話していた。
それを字幕で観ていた私は最初、「ああそうか・・・」
とうなづいていただけだった。

しかし、後になってよく考えてみると、それは他人
の言葉を借りて、そこの世界を表しているに
過ぎないのではないか? とも思えるようになった。

釧路川でカヌー体験をしたわけではないのだが、
聴覚障害者がその体験をしても、果たして本当に
同じ言葉で言い表せるのだろうか?

健聴者の世界ではよく、聴覚障害者の世界を
「音のない世界」とか「静寂の世界」というふうに
言い表したりする。
しかし、果たしてそうだろうか?

健聴者は、実は聴覚障害者の世界を知らない
のである。
知らないのに勝手にそう決めつけ、そう言い表し
たりしているのだ。
聴覚障害者自身が釧路川の世界について、
もっとよく考えて、そして自分の言葉で言い
表してみると、それは違うのではないだろうか。
音は意識しない人もいるかもしれない。
けれども、大体、多くの難聴障害には耳鳴りが
あると言われている。
私もそうだ。

目を覚ましていると、ほとんど一日中、耳鳴りが
しているようだ。
ただ耳鳴りは、心の状態、体調、ストレスなど
とも関係して、調子が変わる。
というより、気になるかならないかの場合だって、
よくある。
ここのところの説明は難しい。
自分でコントロールすることは出来ないし、
耳鳴りなのか、それとも外からの音なのかも、
判別が難しい場合もあるように思えるからだ。

耳鳴りのことを話したが、これがあるために、
釧路川の「無音の世界」も、聴覚障害者だと
健聴者と同じような体験談になるのかどうか。
そこは疑問があるかもしれない。

音のことを全く無視して、きっと視覚情報に
基づいた表現になることも、あるだろう。
そういう意味でも、きっと「無音の世界」という
言葉は、使わないに違いない。
その世界はおそらく、自分の住んでいる世界
に近いと思う人ならば、肯定的に捉えるだろう。
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by bunbun6610 | 2015-09-08 19:00 | 聴覚障害