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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

静かになったクルマの音は・・・


昨年のことだったと思うが、誰もいない、
狭い農道を一人で歩いていた。

未舗装の土道で、道の両側はクルマの
タイヤ跡で凸凹になっていたので、
真ん中のほうが歩きやすかった。
それでつい、真ん中を堂々と歩いて
しまった。

周囲の広大な農地の眺めに見とれながら
歩いて、数分が過ぎたところで

「自分は耳が不自由だから」

という自覚による習慣で、
ふと後ろを振り向いて確認した。

すると、おじいさんの乗ったクルマが、
いつのまにか真後ろにくっついてきたままだった。
当然、びっくりしてしまった。
その様子を見たおじいさんは、苦笑いした。


「なぜ、クラクションを鳴らさなかったの
だろうか?」

そう思いながらも、とりあえず、すぐに道を譲った。

若い人がドライバーだったら、
短気のせいもあるだろうが、
すぐクラクションを鳴らす場合が多い。

だが、よく考えてみたら、そういうことに
なってしまった経緯・理由があるように思えた。

私とクルマとの距離がまだ開いているうちは、
おじいさんのほうも

「(クラクションを)鳴らさなくても、
そのうちに向こうが気づいてくれるだろう」

と、楽観視していたのかもしれない。

だが、近づいていくうちに、そうでないことが
わかってきた。
私の頭は短髪で、両耳には目立つ色の
補聴器が装着してある。
それを見つけたら、おじいさんのほうも

「あー、この人には、クラクションを鳴らしても
多分、聞こえないかもな」

と思ったのかもしれない。

あるいは

「真近くまで来てしまってから、
クラクションを鳴らせば、
やっぱりビックリしてしまうかもしれないな」

と思ったのかもしれない。

いずれにしても、おじいさんは目の前にいる
聴覚障害者に対して、どうしていいか
わからなくなってしまったようだ。

一方、私から見れば

「今のクルマのエンジン音は、
本当に静かになったものだな。
全然気づかなかったよ」

と思ったものだ。


別の日には、会社の人のクルマに乗せて
もらったことがあった。
これも、去年の話だ。
車種はトヨタ『プリウス』だった。
信号待ちをしている時は、次のような会話に
なった。


私;「今、クルマのエンジンはかかっている
のですか?」

Sさん;「かかっているよ」

私;「?・・・。
僕は聞こえないです。
信じられないですね・・・。
昔のクルマなら、もっとうるさくなかったですか?」

Sさん;「うるさかった。
今のは静かになったよ」

私;「振動もほとんどないみたいですね」

Sさん;「そうそう。
クルマを作る技術が上がったから、性能も良くなった」


こういう感じのコミュニケーションをして、
ようやくクルマのエンジン音も、もはや聴覚障害者が
補聴器をしても、聞き取りづらくなってきたんだ、
ということがわかってきた。


そして、別のある日には、私はある建物から出て
階段を降りた。
その出口は直ぐ道路になっていた。

道路へ出ようとした途端に、一台のクルマが、
私の目の前を音もなく、サッと通り過ぎた。
まさに間一髪だった。

ここも狭い道路で、クルマは通れないことはないが、
滅多に通らない道だった。
クルマのドライバーは高齢者だった。
あとコンマ何秒か、私が早く道に出ていたら、
交通事故になっていた。
そういえば、私は子どもの頃も、交通事故に
何回も遭っている。

このような場合でも、健聴者ならば、
クルマが近づいていることが音で、
つまり自分の耳で感知できるのだろうか。

しかし、聴覚障害者にはすでに、
危ないことになってきている、と思う。

健常者にはどんどん便利になっていくように
技術進歩しているが、それは聴覚障害者や、
高齢難聴者などを置き去りにしたものに
なっているという一面も、無視しないように
してほしいと思う。
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by bunbun6610 | 2015-06-15 18:30 | 聴覚障害