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ある聴覚障害者から見た世界


by bunbun6610

ろう者の「幸せ」とは?(花燃ゆ - 第23話 『夫の告白』)

花燃ゆ - 第23話 『夫の告白』



NHK大河ドラマ
 『花燃ゆ』

http://www.nhk.or.jp/hanamoyu/





文;(声で)
「敏。どうしたん?」

敏三郎;(筆談と身振りで)
「下関に行く」

文;(声で)
「下関・・・何しに?」

敏三郎;(筆談と身振りで)
「奇兵隊に入る。」

文;(声で)
「奇兵隊? 敏が?」

(全員坐って、百合之助が敏三郎の持って来た
手紙を開く)

梅太郎;(声で)
「高杉殿からじゃ」 

(百合之助が手紙を読む)

百合之助;(声で)
「『送られた図面、すばらしく。
その才能、我が隊でも役立ててほしい』と。」

文;(声で)
「どういう事?」


(敏三郎は、自分で描いた地図を出して見せる。)

周囲から;(声で)
「あんた、すごい!」

文;(ほとんど声だけで)
「でも、奇兵隊 入るいうんは、異国と戦うっちゅう
事よ。」

敏三郎;(「やる」の身振りで)
「戦える」

文;(身振りも少し交えているが、ほとんど声だけで)
「でも、大砲の音も、鉄砲の音も聞こえんかったら・・・。」

敏三郎;(身振りで)
「僕は目がいい」

梅太郎;(声で)
「そうは言うてものう・・・。」

(敏三郎は、またも悔しそうにする。
そして、筆談メモに書いて見せる)

文;(敏三郎が書いた筆談文を、声で読む)
「『何の役にも立てんなら、僕は、
どうして生きているんじゃ。』・・・」

百合之助;(身振りと声で)
「わかった。
行って来い。」

(敏三郎は、満面の笑みを見せて喜ぶ)

滝;(身振りと声で)
「いけん!
いけん!
母は許しません!」

(滝は立ち上がって、一人で去る)





聴覚障害者の読者ならこのシーンを見て、
気づいただろう。
『声が支配する世界』というものに、だ。

本当ならば、まず健聴者が敏三郎に
筆談を提供することが必要なのに、
健聴者は誰もしないのだ。

そして声を出せず、耳も聞こえない敏三郎が
筆談と身振りを交えて、一生懸命に
コミュニケーションを取ろうとしているのだ。
かなりの大変さだったろう。

それは、おかしいといえばおかしい。
だが健聴者には、気づかないのだ。

彼らは皆、敏三郎の読話能力等に依存し、
敏三郎にも、もっとわかりやすくなるような
コミュニケーションにするための努力をして
いないのだ。

今でも日常的にある聴覚障害者との
コミュニケーションは、この数百年前にあったと
されるコミュニケーション方法と、
大差ないのである。


次のストーリーも、健聴者ならではの考え方である。



百合之助;
「まだ怒っとるんか。」

滝;
「あの子が戦なんて。
皆様にきっと、ご迷惑をかけます。
望まれとるんは、兵として戦う事ではない。
あくまで、奇兵隊の手伝いじゃ。」

滝;
「でも、あの子は・・・。」

百合之助;
「高杉殿は、耳の事も分かって、それでも、
来いと言うてくれた。
ありがたい事ではないか。
寅と同じ目をしとったな・・・。
役に立ちたいと。」

滝;
「だから、たまらんのです。
もし・・・もし敏まで、先に逝ってしもうたら・・・。
あねな知らせを聞くんは、もう、たくさん。」

百合之助;
「それでも、寅の弟じゃ。
こねな、こまい家に閉じ込めるんが、
敏の幸せかのう・・・。」




多分、当時はこのドラマにある百合之助のようには、
誰も考えていなかっただろう。
やはりテレビドラマだからこその、美談演出だろう。




このストーリーが、どこまでが史実通りなのか
どうかは、わからない。
でも下のような、敏三郎に関する資料がある。


男的充実LIFE
『杉敏三郎生涯と亀太郎の松陰肖像画の秘密
…難聴障害のろう者/大河ドラマ花燃ゆ』

〔2015/1/4〕



私がこの資料を読んで、非常に気になった点は


>「吉田松陰を除く杉家の家族は皆晩年の記録が多く
残っており、生前の事細かな出来事の記録と談話が
あるのですが、末っ子の敏三郎に関しては彼に対する
記述は本当に、本当に少ないです。
たくさんの書籍や歴史書を見ても、杉家の中で敏三郎
の所だけ非常に簡易的で、内容もほぼ同じ。
他の家族の情報量からすれば、敏三郎だけ完全に
抜け落ちていると言っていいほどです。」


という部分だった。

テレビドラマでは、身振りなどで家族とコミュニケーション
が通じていた、敏三郎の様子が描かれていた。

しかし、本当はそうではなかったのかもしれない。
敏三郎よりも軽度の難聴障害であったはずの私でさえ、
無口でほとんどコミュニケーションもできない青年期を
過ごしていたのだから。
これがろう者の場合だと、ほとんどそんな話をよく聞く。
そうすると、このテレビドラマの敏三郎描写は、
かなり疑わしいことになる。

だから、その後に続く下の情報も、確かだと思われるの
である。


>「取材する側も松陰のことばかり聞いて、敏三郎の
ことに関して誰も知りたがらなかった、或いは取材や
研究過程で誰も記録に残そうとしなかったのかも
しれません。」



なぜ、こう書いてあるのか。
これは健聴者が推測し、書いたに違いない。

私から見れば、やはりこれは、敏三郎が周囲の健聴者
とのコミュニケーションに、かなりの不自由を感じていた
からだと思われる。
だからこそ、資料も書けず、敏三郎の分だけ、ほとんど
何も残せなかったのではないだろうか。
つまり「差別的状況があった」のが原因、ということだ。

松陰に愛され、精神的影響を与えたともいわれる敏三郎
のことが、こんなに語られていないのは、それ以外に
考えられないだろう。
それを伝えないこのドラマ『花燃ゆ』は、偽善でさえある。

彼らは、当時にあったはずの「ろう者への差別的状況」
という事実を隠してドラマを仕立て、自分勝手に鑑賞して
楽しんでいるだけなのである。
健聴者の大好きな障害者というアイテムを利用した
「お涙頂戴」パートで、視聴率を稼ぎたいだけなのである。
あれはNHKならではの、テレビお得意の美談演出だろう。

そして


>「ただ、彼に対する記録が少ない最も大きい理由は、
数少ない敏三郎の資料の中にあった、当時の様子を
記した下記一文に集約されます。


自ら聾唖(ろうあ)常人にあらざることを悟りてより以来は
他家に出入りすることなく、常に静座して縫糊(ほうこう)
の業をなし、祖霊祭奠(さいてん)の事をなす
関係者人物略伝 全集・十二


縫糊(ほうこう)というのは、恐らく書物の袋綴じの事で
ページを折りつけて糊付けすることを指しているのでは
ないかと思います。
これでお金を稼いで仕事をしていたのでしょう。
つまり、自分自身が難聴で普通の人とは違うということを
悟って以来、他の家に出入りすることはなく、常に静座
して書物の袋綴じを仕事とし、ご先祖様にお供えなどを
していた、と。
敏三郎は終生嫁は貰わず、明治9年(1876年)に病没
しました。享年32。」




このような締めくくりになるのも、当然と言えば当然だろう。




ここからは、私が本当のことを話したい。
あるろう者(Deaf)講演会でのことである。
そこで外国には、ろう者の兵がいることが
紹介されていた。
そのことに引っ掛けて、講演者は次のように
話していた。

「ろう者も兵隊になれる国は、幸せだろうか?
日本では、なれないよね。
あなたなら、この国をどう思うだろうか?」

これを聴いた、ろう者の聴衆はざわついた。

私は

「確かに、ろう者でも兵隊になれるほうが、
真に自由な社会であって、
その社会で暮らすほうが、ろう者にも幸せ
かもしれない」


と思った。

なかには

「兵隊にならなくて済むんだから、
ろう者は幸せだな」

と思った人もいたかもしれないが。

NHKも脚本家も、このような話を知っていた
可能性があるだろう。
テレビの美談づくりにも、異なる世界での
取材が欠かせないはずだ。





〔関連情報〕


『NHK大河ドラマ『花燃ゆ』 ろう者・杉 敏三郎』
〔2015-01-11 22:03〕




『花燃ゆ - 第9話 『高杉晋作、参上』』
〔2015-03-08 13:30〕




『花燃ゆ - 第15話 『塾を守れ!』』
〔2015-04-12 22:52〕

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by bunbun6610 | 2015-06-10 19:00 | NHK大河ドラマ『花燃ゆ』