松陰神社(世田谷区若林)

松陰神社
(東京都世田谷区)



〔関連情報〕

NHK大河ドラマ
 『花燃ゆ』

http://www.nhk.or.jp/hanamoyu/





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解説(世田谷線「松陰神社前駅」)
『吉田松陰と世田谷松陰神社』



長州藩の志士吉田松陰が幕府の弾圧「安政の大獄」に連座し、
江戸伝馬町獄で処刑されたのは、安政六年(1859)十月二七
日のことでした。

松陰は死に際し、

【身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも、留め置かまし大和魂】

と詠みました。
自分の肉体は亡んでも、志だけはこの世に留めておくのだという
決意を込め、三十歳の若さで散ったのです。

松陰の志を継いだ高杉晋作や久坂玄瑞等の門下生たちは、
尊皇攘夷を唱え、ついに二百数十年間続いた幕府を倒し、
維新の大業を成し遂げました。

松陰の遺骸は最初、千住小塚原に罪人として埋められましたが、
文久三年(1863)一月、高杉ら門下生の手で、長州藩の所有地
だったここ世田谷若林に丁重に改葬され、その後明治十五年
(1882)、松陰神社が建立され現在にいたっています。



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大鳥居
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吉田松陰先生像(大熊氏廣作〔鋳造:平成25年 ブロンズ〕)
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松下村塾
(雨戸開放は、土日祝日  午前9時~午後4時半)
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松下村塾(内部)
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松下村塾(内部)
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吉田松陰先生像(松下村塾敷地)
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松陰先生墓(吉田松陰先生他烈士墓所)
歴史上の有名な人物のお墓というのは、
それだけ大きさや造りが立派なものが多いが、
松陰先生のお墓は他と変わらない。
ただ、真ん中にある。
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解説(松陰神社)
『吉田松陰先生他烈士墓所』



文久三年(1863)正月。高杉晋作、伊藤博文、山尾庸三、白井小助、
赤根武人等は、松陰先生の亡骸を千住小塚原回向院よりこの世田谷
若林の大夫山の楓の木の下に改葬し、先生の御霊の安住の所とした。

同時に小林民部、頼三樹三郎も同じく回向院より改葬。

その数日後、来原良蔵の墓を芝青松寺から改葬。

同年11月、福原乙之進を埋葬した。

禁門の変後の、長州征伐の際に幕府によって墓は破壊されたが、
木戸孝允等の手により明治元年(1868)に松陰先生以下の墓を
修復し、更に綿貫治良助を埋葬、中谷正亮を芝青松寺より改葬、
長州藩邸没収事件関係者の慰霊碑(井上新一郎建立)を建てた。

その後、墓所修復の話を聞いた徳川氏から先生墓所前の石燈籠と
墓域内の水盤が、謝罪の意を込めて寄進された。

明治8年、来原良蔵妻和田春子を埋葬。

明治37年、桂太郎が長州藩第四大隊招魂碑を建立。

明治42年、遺言により野村靖を埋葬。

明治44年、野村靖夫人野村花子を埋葬。

昭和33年松陰先生100年祭にあたり松陰墓域の柵を修復した。



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境内の石燈籠(32基)
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絵馬「志」
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御社殿
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by bunbun6610 | 2015-05-17 18:30 | NHK大河ドラマ『花燃ゆ』

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